オープンキャンパスとロシアまつりのお知らせ
ロシア極東大学函館校では様々なイベントを通して、函館校に、そしてロシアに親しんでいただきたいと思っております。
この機会に、函館・元町にあるキャンパスを気軽に訪れてみませんか?
詳しくは函館校ホームページでご確認ください。
第1回 オープンキャンパス
2008年6月14日(土) 13:00~15:00
2008はこだてロシアまつり
2008年7月19日(土) 12:00~17:00
ロシア極東大学函館校では様々なイベントを通して、函館校に、そしてロシアに親しんでいただきたいと思っております。
この機会に、函館・元町にあるキャンパスを気軽に訪れてみませんか?
詳しくは函館校ホームページでご確認ください。
第1回 オープンキャンパス
2008年6月14日(土) 13:00~15:00
2008はこだてロシアまつり
2008年7月19日(土) 12:00~17:00
1945(昭和20)年の敗戦後間もなく私が中学生だったころ、当時盛んに流れ込んでいた欧米の映画に混じって、1本のソ連映画が紹介され評判になりました。「石の花」というその作品は、当時まだ珍しかった“総天然色(カラー)”映画で、それを観たのが今にして思えばロシア語に接した私の初体験でした。
その後大学に入り、社会主義への関心の高まりを背景に、個人的にはトルストイの『戦争と平和』にのめり込むなど、ロシア語を勉強してみたいという気持ちが深まったように思います。大学2年の時、教養科目におかれていたロシア語を選択することにしました。ところが、地道でまじめな努力を怠ったせいで、一夜漬けの試験勉強で何とか単位はとれたものの、“基本のアルファビート”すら身につかず、結局20年も経って一から学び直すことになります。
大学を卒業し母校の函館東高校に勤め始めて10数年経った頃、私は当時図書館分館で毎年開かれていたロシア語講座に思いきって参加することにしました。1973(昭和48)年から2年間通いました。この講座は戦後の函館で長い歴史を持ち、年齢・職業の様々な方がおられて男性、女性も半々くらいでした。1年目の初級クラスでは、高専のY先生から基本をしっかり教えて頂き、私もようやく33のロシア語字母と簡単な挨拶・文章が頭に入るようになりましたが、この教室の特色は何と言っても、かつて日魯漁業の社員の奥さんとなられ永く函館に在住されていた成田ナデジダさんに、発音の指導を受けることができたことでしょう。
ところで本題のロシア語クラブについてです。昭和48年というのは、高校の新学習指導要領でいわゆる“ゆとり教育”の導入が決められ、本来の自発的な部活動とは別に、生徒全員が何らかのクラブ活動に参加する「必修クラブ」制が始まった年でした。東高校でも初年度は文化系・運動系合わせて20のクラブが設けられ、ペン習字・囲碁将棋・凧などといったものもありました。私はさっそくこの機会に便乗して、2年目から「必修ロシア語クラブ」を開設したというわけです。
昔から、人に教えることで自分が一番学ぶことができる、と言われています。ロシア語クラブを始めた年、分館の講座は中級に進んではおりましたが、自分自身がまだまだ未熟なのに大胆にも教えたとは、今考えれば冷や汗ものです。ただ、集まってくれたあまり多くない(多分5、6人の)生徒たちと一緒に、日本では少数派の外国語であるロシア語を学び楽しめたのは幸いでした。手元に残るノートによれば、第1回目はロシア語の系譜について、インド=ヨーロッパ語族に属する言語として英語と共通するвода(water)といった単語があることを専門の世界史と結びつけて説明したり、アルファベットを覚える際は英語を忘れること、などと強調した覚えがあります。
必修クラブ制は結局なし崩し的に廃止となります。ロシア語クラブもどれ位のことを勉強できたのか、今では記憶があいまいです。多分、ロシア極東国立総合大学函館校の玄関脇の易しいロシア語くらいは分かるようになったと思いますが、そのほかロシアの民謡やポップス――「ともしび」「カチューシャ」「モスクワ郊外の夕べ」など――をテープで聞き、一緒に歌ってみたことも、今や懐かしい思い出となりました。
ロシア語クラブから30数年、去年、函館東高校と函館北高校が統合され発足した市立函館高校では、生徒諸君にロシア語を学ばせるカリキュラムを作ったと聞きました。日ロの正式な国交樹立で函館に最初の領事館がおかれてから丁度150年の今年は、色々な行事が行われるようです。地元の若い人たちが、これをきっかけとして、“懐の深い北方の隣人”ロシアへの関心と新たな経済・文化の交流を深めてくれれば、と願っております。
春の宵、八幡坂が一夜限りのお祭りでにぎわいました。
4月18日(金)に開催された「バル街」の中のイベント、“フィエスタ・デ・バル~世界ガチャガチャ夜市~”の中で、我々函館校は学生によるロシア民族衣装体験コーナーを出展しました。
その夜は我々ロシアチームの右隣がアラブやポルトガルの焼き菓子を売るチーム、左隣は香港の胡桃のおしるこを売るチームとまさにワールド・ワイド。1時間ごとに演者が交代するライブではアメリカ・カントリーあり、フルートとピアノのジャズあり、お抹茶席やバングラディッシュの雑貨を中心としたフェアトレードショップも出店しました。
はじめは子供連れなど、このガチャガチャ市がお目当てのお客さんが多かったようですが、夜が更けるほどに、「灯りが付いているので寄ってみた」というバル街参加者が気軽に訪れてくれました。ほろ酔い気分のお客さんで会場は大いに盛り上がり、急きょ終了時刻を延長するほど、世界がガチャガチャしたいい夜でした。
絵になる街・函館では、昔から映画やドラマのロケーションがよく行われる。函館には市や経済界を中心に構成された「はこだてフィルムコミッション」という団体があり、あらゆる面で撮影をサポートしている。
ロケにはエキストラが付き物である。たとえ主役はきれいな女優さんでも、脇役の脇役だとしても、エキストラがいなければ臨場感のない映像になってしまうことだろう。
2006年の秋から2007年の夏にかけて、映画「犬と私の10の約束」の撮影が、ここ函館を舞台に行われた。その最初の頃のロケで、私たちの大学にも、フィルムコミッションからお呼びがかかった。卒業式の後の謝恩会のシーンを撮りたいので、女子学生を集めてほしい、袴を履かせてあげるから楽しいよ、と。ついでにあなたもいらっしゃい、とのことで、私も学生を連れて初めてのロケに喜び勇んで出かけた。
夕方5時に撮影場所である金森赤レンガ倉庫に行くと、まず食事をしてくださいということで、カレーライスが振舞われる。他大学からもたくさん学生が集まっていたので、その場はちょっとした交流の場となった。
食事が済んだ人から着付けや髪のセットをしてもらい、立派な袴姿になっていく。私も袴を履きたかったのだが、学生にしては無理があると言われ、残念ながらスーツ姿で大学の先生役となった(さすがに厚かましかったと反省。父兄にされなかっただけ、まだまし)。
謝恩会場となるレストランに移動し、いよいよ撮影開始となる。女優さんに話しかけてはいけません、とか置かれている食べ物を全部食べてはいけません、など注意事項の説明を受ける。そしてついに、主演の田中麗奈さんと池脇千鶴さんが現れた。二人とも小柄だけどとっても光り輝いている!さすがは名の通った女優さんたち。そしてうちの学生たちはこの二人の同級生役となり、私はその先生役だ。主人公が獣医学部を卒業という設定だったため、私は助監督から“バイオテクノロジーを研究する助教授”という、自分とは全くかけ離れたイメージで演じるよう指示された。
とは言え、セリフがあるでもなく、どの場面がどう使われるのかもわからないまま、謝恩会にお決まりのみんなで記念撮影、や不出来な卒業生を激励する、等を繰り返し繰り返し行う。これなら普段からしていることなので簡単である。撮影は休憩も入れながら、深夜12時近くまで行われた。
終了後、夜食のお弁当と記念のTシャツをもらう。ただ働きのエキストラでも、2食分とおみやげまでいただいて、きれいな女優さんも間近で見られたし、とても貴重な経験だったと思う。うちの学生たちもかわいらしく着飾ってもらえたし、満足満足。
そして、2008年春、その映画がようやく公開になった。長期に渡ったロケにより、函館の街並み、特に函館校のある西部地区の様子が四季折々に美しく描かれていた。函館をよく知る人なら、あれはここ、あれはあそこ、と一々嬉しくなるだろう。犬のソックスの名演技には会場全体が泣いていた。
肝心の出演場面は、というと、窓に背を向けて座る私に、よその学生が何かを説明しているところが遠くから3秒ほど写っているだけであった。それでも自分たちが映っているかもしれないと思いながら映画を見る高揚感は、エキストラ参加でもしていなければ味わえないもの。いい思い出になりました。

今回の広告制作の手順は以下のとおり。
まずロシア連邦観光局から委託を請けたモスクワの広告代理店ターゲット・メディア社から提供された資料を元に、写真を選定し、コピーを考えます。ポスターなら教会の尖塔が立ち並ぶロストフ・ヴェリキーの写真を選び、「そこにしかない風景。」をキャッチコピーに、「そこにはアジアでもヨーロッパでもない風景があります。石造りの聖堂や教会、修道院、クレムリン…。はじめて見るけれどどこか懐かしい、日本から最も近い異国ロシアへ。」という文章が続くといった具合です。
新聞広告は計8回、ヴォルガ川やタイガ、田舎暮らし、バイカル湖など、多岐に渡るロシアの魅力にスポットを当てました。シベリア鉄道の回では「またとない退屈」と題し、「はじまりは富山。フェリーに乗りウラジオストクへ。そこから、世界最長のシベリア鉄道にゆられ、モスクワまで1週間の旅。同乗する人々との語らい、車窓に広がる広大なタイガやバイカル湖の眺め。心地よい退屈に身をまかせましょう。」という感じです。
函館校教職員が写真を選びながら活発なブレーン・ストーミングをして文章をひねり出す。写真と文章を函館の広告代理店に渡すと、それをもとにデザインしたものを4パターンほど作ってくる。その中から、ロシア人と日本人がそれぞれの感覚で意見を出し合い、1つの案に絞る。ロシア側から提供された写真に思い描くようなものがない場合は、我々の手持ちの写真を使うほか、時にはロシア在住の卒業生に頼み、写真を撮って送ってもらう。
そう、特筆すべきは、この卒業生による協力です。日本側代理店である(株)函館国際貿易センターでも、函館市内で屋外広告を製作・設置した会社でも、中心になって働いたのは、実は函館校の卒業生たちなのです。
函館校から発信するこのキャンペーンが、教職員そして卒業生の英知を結集し、日本とロシアをつなぐとしたら、なんと素敵なことでしょう!
“WELCOME TO RUSSIA” ~またロシアへ行きたくなりませんか?(おわり)

今回で9回目となり、函館にすっかり定着したイベント、「バル街」。函館の旧市街(西部地区)をスペインのバル街に見立てて飲み歩くというもので、バル街のある夜は函館校の周りも陽気な酔客で賑わいます。
しくみを簡単に説明すると、5枚綴り3,000円のバル街チケットを買い、バル街マップを見ながらいろいろなお店をはしご酒するというイベント。各店ではチケット1枚につき、自慢のピンチョー(おつまみ)と飲み物を提供します。ここ西部地区には素敵なお店がたくさんありますが、普段興味があっても入りづらかったお店にも気軽に入ることができると評判です。
そのほか、人力車の無料乗車体験やフラメンコの上演など、チケットを使わなくても楽しめるイベントもたくさん予定されています。
そんな中、北海道国際交流センター(HIF)が主催する“フィエスタ・デ・バル~世界ガチャガチャ夜市~”に私たち函館校も協力することになりました。
当日はアメリカン・カントリーやジャズのライブ、ポルトガル・タイ・中東などの世界のお菓子&お茶コーナー、フェアトレードショップなどが楽しめます。
函館校が参加するのは世界の民族衣装試着コーナー。ベトナム・インド・マレーシアなどの国とともに参加します。お手持ちのカメラで自由に撮影していただけますので、デジカメやカメラ付き携帯を手に、是非遊びにいらしてください。
<フィエスタ・デ・バル~世界ガチャガチャ夜市~>
日 時:平成20年4月18日(金) 18:00~21:00
場 所:函館市国際交流プラザ 大会議室
(函館市元町14-1 函館校建物の1階です)
*バル街チケットは必要ありませんので、どなたでもお気軽に。
函館校の学報であり、函館日ロ親善協会の会報であるミリオン・ズビョースト/百万の星 第55号を函館校のページに掲載しました。
今回の巻頭言は、中村勇人 前事務局次長による「タイドプールとしての函館校」。先頃本校での2年間の任期を終え、函館市に復帰した中村さんが、函館校での出会いについて語っています。
また、今春函館校を卒業し、社会への第一歩を踏み出した若者たちが、学生生活に対する思いも寄らない心の内を述べていて、興味をそそります。是非ご一読ください。
美しく重厚な文化遺産と個性豊かな自然があふれるロシア。
連邦政府は現在、アジアやヨーロッパ諸国からの観光客誘致に力を入れており、2007年からは日本もキャンペーン対象国となりました。日本でまだ知られていない魅力を紹介すべく、ロシア連邦観光局がキャンペーンを進めるにあたり、函館にいる私たちがそのお手伝いをした顛末をお話しましょう。
この仕事は株式会社函館国際貿易センターが日本側代理店として受託、日ロ双方の事情に精通するわが函館校がアドバイザーとして、ポスターや新聞広告制作などに協力したものです。
すべてに共通するキャッチフレーズは“WELCOME TO RUSSIA”。
そして2007年、第1回目のキャンペーンとして函館市内の空港や電停・観光地など約30ヵ所に屋外広告を設置すると同時に、北海道内で新聞広告を掲載することから始まりました。
このときには「ロシア歴史に出会う旅」と題し、モスクワからサンクトペテルブルクへと続く“NEW GOLDEN WAY”の8都市について紹介しました。
ロシアと言えば、モスクワ北東部の古都を結ぶ“GOLDEN RING”、いわゆる「黄金の輪」が有名ですが、今回はまだあまり知られていない町、トルジョクやヴェリキー・ノブゴロドなどを紹介するのが目的でした。
この函館市内での広告が好評だったため、次なる展開としてロシア側は東京でのキャンペーンを提案してきました。たとえば、東京の広告代理店が地方へ発信するのは普通のことですが、地方から東京へ、しかも外国政府の仕事を請け、仕掛けることは、異例のことと言えるでしょう。
第2回目のキャンペーンとして、B0サイズ(1.5×1メートル)のポスターが国会議事堂や桜田門といった東京メトロ40駅に2008年3月中の約2週間、貼り出されたのです。
同時に2~3月の間、北海道およびウラジオストクとの定期航空路を持つ富山県にて新聞広告によるPRも展開しました。(つづく)
上海で? そう上海で。
上海では、洋食としてロシア料理が浸透していた。
レストランから家庭にまで普及し、根づいた洋食料理のひとつに「ボルシチ」がある。
祖界時代に、ロシア人から伝わったものだ。
中国語で「羅宋湯(ルオスンタン)」、ロシアのスープ=ボルシチとして伝わっている。
そのころ、洋食を口にした事のない中国の人々にとって、ハイカラなスープだったに違いない。
若者たちがデートでボルシチを食べに行き、また、親子の団らんの中にもボルシチがあったのだろう。
そして時の経過とともに、お洒落な洋食から家庭の味にもなった上海の洋食の1つである。
日本のカレーライスのような感覚なのかな?と思いつつ、ボルシチが上海の食文化に深く根づいていた事は今まで気が付かなかった。
上海の祖界時代中、フランス租界には、外国人として一番多く生活していたのがロシア人である。
街はロシア料理店が並び、人々が行き交い、またロシア語を大事にもしていたらしい。
今なお残るロシア教会が、その時を教えてくれるようだ。
がっ、しかし。ボルシチといえども、このスープ「羅宋湯」は、赤ビーツを使ったものではない。
「赤ビーツを使ってないならボルシチじゃないよ。」と言いたいところなのだが、私はあえて「羅宋湯」を「上海ボルシチ」と呼んでしまいたくなる。
本当に上海の「羅宋湯」に出会うまで、私は日本で赤ビーツを使わないボルシチが「ボルシチ」として提供されていることに違和感すらあった。
だが、旅の終わりとともにその違和感は、なんと綺麗さっぱりと消え去ってしまった。
各国のさまざまな店で、ボルシチをトマトベースで作っていることに対してさえ、やさしい眼差しに変わった。そんな「上海ボルシチ」との出会いであるのだ。
日本でも同じように、ボルシチはロシア人から伝わったもののはず。
今も作られつづけている上海のボルシチと日本のボルシチの味も似ている。
「トマトベースのボルシチとは、ロシア人が教えてくれたロシア風スープ」という大きい括りを勝手に作り、トマトベースのボルシチも「ボルシチ」であるとした今日この頃の私。
当時のことを考えると、上海でも日本でも赤ビーツの入手または栽培は、大変難しかったのではないだろうか? 租界で生活するロシア人でさえ、もしかすると赤ビーツのボルシチは口にはできなかったかもしれない。日本でもようやくビーツが周囲に認知され、栽培されはじめ、食卓にのぼりつつあるのだから。数十年も昔には赤ビーツは、アジアでは珍しいものだったに違いない。しかも赤ビーツは寒冷地野菜のイメージもある。上海は温かいと、こぎつけて思うのであった。
愛国心を一杯のスープに…、心の味、ビーツの味。心の色、ビーツの色…。
きっとそれをトマトに託したのであろう。
洋食が広まっていく中で、ロシア人から教えてもらった料理の一品に、ボルシチ(ロシア風スープ)として教えてもらったスープがあったのなら、それは「ボルシチ」なのだ。
たとえ、ビーツが入っていなかったとしても…、それでいいのだ。
トマトベースのボルシチを「ボルシチ」じゃないと思っていると、その流れを見失う。
文化の流れ、食の流れ。時の流れ。
もっと簡単に、日本国内で提供されているトマトベースのボルシチも「ボルシチ」であると考えて良かったのかもしれない。食の歴史は、自分の思考の時間よりも古くて長い。
ルーツは、はるか大陸から、そして島国へ…。
そう、そうなのである。ボルシチに、ビーツがあるなしを問うのではなく、両者を認めずして語れずといったところである。
もっと気持ちを整理するなら、例えば餃子がシルクロードを渡り、各地で形を変え名称を変え、独自に味が変わり民族の食卓に浸透していくように、「ペリメニ」を「ロシア風水餃子」なんて言ってみたりしているではないか。
そんな「ペリメニ」のように、「上海風ボルシチ」などとして「羅宋湯」をそう呼んでみようと思う。
赤ビーツを使ったボルシチを「ロシアンボルシチ」。トマトベースのボルシチを「上海風ボルシチ」。そんな感じだろうか…。
この「上海風ボルシチ」もまた美味である。牛肉ブイヨンにトマトベースの野菜スープ。
ポタージュまでのとろみはないが、シャバシャバした感じではない。
残念ながら、私が食べたかったお店は、万博に向けての改装工事地域内のようで、営業していなかったため、別のお店で「ボルシチ」をいただいた。
食しながら、「上海風ボルシチは、ロシアへのつながり。明日、日本へ帰ってからは日本のボルシチをも愛そうと…。ロシアへとつながるのだ…。などと考えていた…。どこで食べても、奥深い一品に変わりなく。」そう、思っていた。
作る人への感謝を込めて。これからも、いろんなレストランヘ足を運んでいきたい。
そう問われたら、私は間髪入れずこう答える。間違いなく答える。
それは「六花亭のマルセイバターサンド」。説明するまでもない、北海道みやげの定番である。六花亭は道東・帯広市に本社があるお菓子屋さんであり、以前は札幌のデパートまで行かなくては買えなかった。この頃は六花亭のお店が函館市内にも出来、購入しやすくなったとは言え、自分ではなかなか買わないものだ。
私も子供の頃、初めて口にしたときには文字通りバタくさい味がそれはそれは衝撃的で、世の中にこんなにおいしいお菓子があるのか!と大げさでなくそう思ったが、それにしてもうちのロシア人たちの喜びようは尋常ではない。
函館校の教職員室には小さなお茶コーナーがあり、休み時間にはみんな自由にお茶を楽しむ。頂き物のお菓子があるとそこに置いておき、好きなときに好きなようにつまむ。
大概のお菓子はそれで済む。だがバターサンドの時だけは違う。先日もいつものようにテーブルの上に箱を載せておいた。すると最初に見つけた先生が「おお!誰からですか?」と声を上げる。そしてその様子を見て別な先生が「はー、あるなんて知らなかった!」と言い、その場所に集まると、次々とバターサンドを手にお茶を入れ始める。挙句、これを差し入れた人に向かい、(そこに姿があろうとなかろうと)「ああ、俺たちのことをわかっていてくれてありがとう!」と感謝する。何年経っても、何度頂いてもこうだ。まるでバターサンド祭りである。
年齢・性別にも関係がないらしい。うちの先生に限らず、誰にあげても喜ばれる。たしかにおいしいが、それにしてもこの喜びよう。あるとき、「なぜそんなにバターサンドが好きなんですか?」と聞いてみた。返ってきた答えは「乳製品の嫌いなロシア人はいない」という至ってシンプルなものであった。ストレート過ぎる答えだ。
ともかく、ロシアからお客さんが来た時、あるいはロシアへ行く時のおみやげは、マルセイバターサンドにすれば間違いなく先方は喜んでくれるだろう。函館校への差し入れも。そしてまだまだ、函館校のバターサンド狂騒は続く。
FMいるか「ONE WORLD WAVE」で放送された内容をご紹介する最終回です。
ゲスト:遠峯 エレーナ(以下レナ)
聞き手:財団法人 北海道国際交流センター
事務局長 池田 誠(以下池田)
ロシア極東国立総合大学函館校
事務局 大渡 涼子(以下大渡)
<11月17日放送 第3回 函館での通訳の仕事>
池田:さて、3週目に入りました。
エレーナさんはまだ函館に来て1年経たないそうですけれども、どういう生活をしているのかなあ、と。今週はエレーナさんの日々のことをお伺いしたいと思いますが、どうですか、落ち着きましたか?
レナ:そうですね、落ち着いて専業主婦にも慣れて、だんだん仕事をやりたいなと思っていろんな仕事を探しているんですけれども。
池田:毎日料理は作らねばならない、という話でしたけれども、仕事もちょっとずつやっているということですか?
レナ:まだ正社員ではないんですけれども、バイトとして通訳とか翻訳もやっていますね。通訳は極東大学から頼まれたり…。
大渡:ええ、これだけ日本語がお上手ですから。
池田:上手ですよね。
レナ:いえ、まだまだですけど。
池田:ロシア極東大学でも先生方は通訳もやってるんですか?
大渡:ええ、ロシアといえば、ということでうちに通訳依頼が来るんですけれども、うちの先生たちも学生に授業をするのが本業で、なかなかそれが本業ではないものですから、うちでまかなえきれない時にはエレーナさんにお願いしたりとか。
レナ:よくあります。嬉しいことです。
池田:極東大学は函館だけじゃなく、ほかからも翻訳の依頼とか来るんですか?
大渡:そうですね。たとえば夏場、日本のいか釣り漁船がロシアの海域内に入るときには必ずロシア人のオブザーバーを乗せなくてはいけないんですよ。
池田:いか釣り漁船に?
大渡:ええ、中型の漁船だったら日本人船員が7~8人のところにロシア人がたった一人で乗り込んで、日本側が決められた漁獲量を守るか、きちんと監視するんですよ。
池田:日本人がイカを釣っている訳ですよね、それにロシア人が必ず乗っていると…。
今、漁火がたくさん見えてますけれども、あれにも乗っているんですか?
大渡:あれは小型でロシアの海域まで入らないので乗っていないと思いますけれども。中型だと例えばカムチャッカとかサハリンとか、ロシアの海域内に入ることがあるんですね。それはロシアの国と日本の国との取り決めで、入って獲ってもいいけれども必ずロシア人オブザーバーを乗せてくださいね、と。
池田:エレーナさんはそれに乗ったことがあるんですか?
レナ:いか釣りに行ったことはないんですけれども、オブザーバーが函館に来たときに、1ヵ月とか2ヵ月とか長い間船に乗るので、その間の食べ物とか作業服とかの買い物をするときに私が通訳したり。あとは船に乗った時点で書類検査がありますね、それで書類が全部そろっているかとか、ハンコが足りないとか、そういうのを通訳しています。
大渡:函館から船が出港しますよね。そのときに去年はサハリン、今年はカムチャッカからオブザーバーが来る、そのように決まっていて、函館から乗り込むときに1ヵ月分の必要なものを買いに行ったり、お食事に付き合ったり、ホテルのチェックインを手伝ったり。
池田:長くないですか?
レナ:日本にいる間だけなので、一日二日です。出航に関係あるので、例えば台風が来たときにみんな船が港に戻ってきて急に頼まれたりもします。
池田:どうですか、おもしろいですか?
レナ:おもしろいんですが…、ロシア人として恥ずかしいこともいっぱいあって、必要以上の物を日本側に買ってほしいだとか、態度が悪かったり。日本の船頭さんに悪くて悪くて私が自分から謝ったら、「ロシア人とは前にも働いたことあるけど、みんなそうですよ」って言われてすごく落ち込んで。みんなそうではない、って自分が例になって見せたいんですけれども、自分は一人だけ。オブザーバーは何人も。
池田:オブザーバーになったらいいじゃないですか!そしてロシア人は違うんだぞ!って。
レナ:船を見送るときに「さようなら、いってらっしゃい!」って私が言うと、「なんで、どこ行くの?一緒に乗って行こう」って言われたりしています。
池田:オブザーバーは、女性はならないんでしょうね。
大渡:今のところ見たことはないですね。
池田:ほかに函館で仕事しているんですか?あるいはこんなことやりたいな、ってことがあれば。
レナ:函館はロシアのウラジオストクとユジノサハリンスク、二つの市と姉妹都市交流をしていますね。それで毎年青少年交流団が来ています。旦那は市役所に勤めて、その青少年交流の担当です。それで交流団が来たときに私が通訳として一週間ずっとついてガイドしたり学校訪問したり、いろいろしています。
池田:そういうのって、日本の学校を見れたりするいいチャンスですよね。いろんな知り合いも増えていきますもんね。
レナ:そうですね。より多くの人たちにロシアの紹介も出来ますし。子どもたち、特に中学生なんか私が通訳したときにみんなびっくりしてますよ。英語じゃない!なんか変な言葉だ!って。
池田:みんな英語を話すと思ってますからね。
レナ:それと身体障害者の交流もやっていますが、スポーツ大会に来たんですね。サハリンから来たロシア人もみんな参加して、楽しくやっていました。
池田:いい交流ですね。でも、今年の3月に来てそれだけいろいろな活動をするっていうのは素晴らしいですね。
レナ:そうですね、でもシーズンは夏です。
大渡:季節的なものもありますけれど、函館とロシアって繋がりが非常に深いので、需要はたくさんあります。ですからエレーナさんのように上手な方がいるととっても助かります。
レナ:私も助かります。仕事があって楽しくやってて。
池田:やっぱり仕事したいですか?
レナ:ずっと家にいると落ち込むこともあるので、外に出ていろいろ活発にやったほうがいいですね。
池田:結構お友だちはいるんじゃないですか?
レナ:仲いい友だちは二人ぐらいですけれども、これからまたいろんな人と知り合って。
池田:函館は結構おもしろい人たちもいますし、極東大学の先生方もそれぞれおもしろいですから。
大渡:とても個性的な先生が多いので。
池田:極東大学の先生は標準ではなくて、個性的な人が多いんでしょうかね。いろんなことが出来る人が多いような。
大渡:どうでしょうね。ロシア人って、みんないろんなことが出来ますよね。
池田:音楽が出来たりとかね、料理が得意だったり。
大渡:家の修理なんかもロシア人は全部自分でやりますよね。エレーナさんも床の修理とかね。
レナ:はい、床を張り替えたり。
池田:えっ、日本に来てから床を張り替えたんですか?
レナ:はい。うちの床を張り替えました。
池田:借りてる家じゃないですよね?
レナ:ばあちゃんの家ですね、一応ばあちゃんに借りてるんですけど、ばあちゃんなので。大阪でやろうとしたときには旦那にやめて、って言われて…。
池田:なかなかおもしろいですね。自分のことは自分でやるっていうのがロシア人。
レナ:私が思うには日本人は自分の家でも業者に頼むんですよね。それだとかなり高くなるので、家の修理とかリフォームとかなかなかしないですよね。ですけどロシアでは4、5年に1回壁紙を張り替えたり。床は悪くなったときに張り替えますけれども、壁紙は模様を変えたいとき、気分転換にって感じでやってますね。
池田:いいですね、そういう精神はね。
いやー、いろいろお話をお伺いしましたが、3回はあっという間だったような気がします。今度はエレーナさんのコーナーを設けてもいいぐらい、まだまだお話ありますよね。
レナ:ありますよ、いっぱい。
池田:また是非、今度はボルシチでも食べながらお話を伺いたいと思います。
ますます函館でご活躍していただけるようにと思っております。
ペットとの生活でもしようか……、と思う2008年。
皆様は、かわいいペットといかがお過ごしですか?
いつもなんとなく、ロシアが原産国となるペットにそそられます。
ロシアン家族としてかわいらしさをかもし出してくれること間違いなしでしょう。
ペットショップなどでロシアが原産国となるものを見かけますが、「あなた、ロシアのどちらのご出身で?」そんな彼らの会話が聞こえてきそうです。
≪≪ 犬 ≫≫
★ シベリアンハスキー
( 英:Siberian Husky , 露:Сибирский хаски )
シベリアのツンドラ地帯チュコート半島に住む民族のチュクチ人を、北方の狩猟民族を含めてエスキモーという呼称が、やがてハスキーという呼称に変化しました。
橇を引く運搬、また狩猟といった生活を支える犬として生活を伴にしていたのでしょう。
キリリとした青い目は、北極海の氷河の色のようですね。
★ サモエド = シベリアンスピッツ
( 英:Samoyed , 露:Самоедская лайка )
中央シベリアで狩猟や漁業でくらすサモエド族のこの民族名が由来。
サモエド(Самоед)は、サモジー語を話す民族であるサモジー人(Самодиец )の旧称。
さらにサモジー人(Самодиец )は、ネネツ人Ненец、エネツ人Энец,ヌガナサン人Нганасан、セリクープ人Селькупなどの総称です。
この犬もまた人々と生活を伴にしていたことでしょう。
とても綺麗な真っ白な毛で、まさにシベリアの樹氷のような白さに、心に癒されること間違いなしです。
★ ボルゾイ = ロシアンウルフハウンド
( 英:Russian wolfhounds Borzoi , 露:Русская псовая борзая )
ロシアウルフハウンドと呼ばれていたが、ボルゾイに改名されました。
ボルゾイ(Борзой)には、1.ボルゾイ種の~ 2.ボルゾイ犬 という2つ意味がありますが、この語源にはボルジー(Борзий)があると思われます。
ボルジー(Борзий)は、民衆語の形容詞で廃語になっていますが、(馬の)足の速い~、
駿足の~ という意味です。
この足の速さを活かして、狼の狩に使われていたようです。
ロシアの皇帝や貴族に愛され、狩のお伴はもちろん、かわいがられいつも優雅に長い毛並みをフサフサさせながら走っていた事でしょうね。
ただ、革命とともに種の存続の危機に陥った事があるようです。
気品さえ感じられるそんな立ち振る舞いは、ロシア貴族のあのころのままのようです。
ロシア語にボルゾイ(борзой)が付く犬で、アフガンハウンド(Афганская борзая)
と、ボルゾイ種の和名がわからないのですが(Южнорусская степная борзая ←ロシア南部のステップに生息するボルゾイ)というのもありました。
★ ロシアン・シープドッグ
( 英:Russian Sheepdog=South Russian Ovcharka , 露:Южнорусская овчарка )
次の3種類の犬を総称してロシアン・シープドッグと呼んでいるそうです。
☆セントラル・アジア・シープドッグ
( Central Asia shepherd Dog , Среднеазиатская овчарка )
☆サウス・ロシアン・シープドッグ
( South Russian Ovcharka , Южнорусская овчарка )
☆コーカサス・シープドッグ
( Caucasian Shepherd Dog , Кавказская овчарка )
牧羊犬としてつくられ、これもまた人々と生活を伴にしていますね。
かわいいモップのようなフワフワ感があるシープドックがたまりません。
ちなみに、日本のお犬様のロシア語を…、
チンはЯпоннский хин 、秋田犬はАкита ину です。
犬ばかりじゃなく猫たちからの会話も聞こえてきますよ。
≪≪ 猫 ≫≫
★ ロシアンブルー
( 英:Russian Blue , 露:Русская голбая кошка )
起源説があるようですが、アルハンゲリスクというのが外せないようですね。
この色の毛の猫が、ロシアで自然発生したようです。
ブルーとは、猫の毛ではグレーを表す用語なのだそうで、見た目はグレーですが、
ロシアの青い猫なのです。
私は、ロシアの空の色を表して、ブルーと思っていました…。
その艶々のグレーの毛に、アルハンゲリスクの夜空に輝くオーロラのような緑の目が
とっても魅力的です。
★ スキフ トーイ ボブテイル
( 英:Skif Toy Bobtail , 露: Скиф Той-Бобтейл )
スキフ(Скиф)は、黒海北岸の古代民族であったスキタイ人の意味です。
黒海北部の内海であるアゾフ海に面する、ロストス州のロスト-ナ-ドヌ市で
シャム猫とシャム猫との間からできた子が起源です。
その後の交配で、世界一小さい猫となっているそうです。
ボブテイルの種類として、クリルボブテイル( Kurilian Bobtail ,Курильский бобтейл )、ジャパニーズボブテイル( Japanese Bobtail ,Японский бобтейл )というのがあって、ジャパニーズボブテイルは日本産の猫をアメリカで改良した種ですが、クリルボブテイルとの遺伝子に関係があるとか…。
≪≪ 人気の今年の干支たち≫≫
★ ロボロフスキー
( 英:Roborovsky hamster )
フセーヴォロド・イヴァナヴィチ・ロボロフスキー(Всеволод Иванович Роборовский)氏が発見したとされている。
彼は、ペテルブルグの生まれ。旅行家そして探検家としてプルジェヴァリスク、キリギス、カラコルム、天山、チベットなどで動植物学や地理学からさまざまなものをコレクトしている。生息が今ではモンゴルやカザフスタンで多いので、この当りで発見されたのだろう。
不思議な事に、このハムスターを示すロシア語があてはまるものがない。
Роборовский хомячокとして良いのかどうか…?
★ ジャンガリアン=ヒメキヌゲネズミ
( 露:Ждунгарский хомячок )
中国のウイグル自治区にあるジャンガル盆地が名前の由来のようで、その地方で発見され、多く生息していたのでしょう。
ジャンガルとはモンゴル語で、民族の間での「左翼」というのを表していたそうです。
そしてなぜかこちらは、英語にあてはまるものがありませんでした。
シベリアに多く分布していてロシアンハムスターとも呼ばれることもあります。
ということで、Russian hamsterといって良いのかどうか…?
≪≪ おまけに≫≫
★ ロシア陸ガメ
( 英:Forsfield's Tortoise ,露:Сухопутные черпах )
「ホルスフィールドリクガメ」と「ヨツユビリクガメ」という種類が、日本でロシア陸ガメといわれているようです。
ヨツユビリクガメは名前のとおり指が四つ、チェブラーシカみたいな手です。
ロシア陸ガメといっても、生息はカザフスタン、ウズベキスタンです。

©Leonid Shvartsman
こんにちは!卒業生の小寺光美です。
私の事、ご存知の方はいらっしゃいますか~?(笑)
特に1997年から1999年までの間に在籍されてた方、
是非コメントをよろしくお願いします♪
早いもので、卒業してからもう9年経ちました。
地元の函館から東京へ、主人と引っ越してきたのが7年前。
最初は新しい場所に、友人も知人も殆どいなかった私達。
でもお陰様で、今ではたくさんの友人に恵まれてます☆
さてさて、先日はそんな友人たちと、新年会がありました。
お料理のテーマは・・・「餃子とモツ鍋」(笑)
みんなで餃子とモツ鍋をワイワイ作りながら
楽しく飲もうじゃないか♪という企画でした。
(メニューがメタボ?ええ、承知の上ですともっ。)
餃子なら・・・じゃあ、うちはペリメニでも作る?
と、主人に提案。(彼も卒業生です。念の為。)
「いいんじゃないか?美味いし。」と、あっさり快諾。
そして当日。友人宅のパーティールームへ
向かう前に、せっせと皮を仕込む私。
そうそう。水にはローリエで香りをつけておくんだっけ♪
こねるのが結構大変。でも、久しぶりで楽しい♪
おっと、中身も作って行かなくちゃ。
玉ねぎやニンニクはフードプロセッサーで簡単にみじん切り。
ひき肉に混ぜて、塩、胡椒、お砂糖。
(私はハチミツもちょっぴり入れました)
皮で中身を包むのは、パーティールームで
みんなでやる事になってるけど、
ちょっと練習しなきゃね。
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うん。形はまあまあかな。
・・・でも、時間がかかるな。大丈夫かな。
まあ、皆でやれば何とかなるか♪
そして皮と中身を持って、いそいそと友人宅へ。
モツ鍋班は一生懸命仕込中。
私は空いているところで、ペリメニ作成開始!
「ロシア餃子ってあるの?へえ~。」と
珍しがって、友人たちもお手伝いしてくれました☆
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↑(一番左が私の主人です)
よく働く男性陣、素敵です。
「この形、どうやるの?」
「皮の感触が気持ちいい~。癒されるう。」
「ちっちゃくて可愛い♪」
なんだか、みなさんペリメニの皮(の感触?)と形が
すっかりお気に入りのようです。
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おお!皆さん、お上手じゃないですか!!
あっという間に皮も中身もなくなり、
私たちは、他の皆さんの餃子をお手伝い。
・・・そういえば、私達夫婦は
普通の餃子って、あまり作ったことが無かったです。
ペリメニは、在学中に何度か体験したのだけど・・・。
友人に教えてもらいながら、えっちら、おっちら
餃子の皮と格闘しました(笑)
そして、いよいよ、かんぱーい!!!!
まずは皆さんの焼き餃子から。
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皮ぱりぱり、中身ふんわり。おいしいぃぃぃ~~~!!
そして、モツ鍋。
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これも・・・美味っ。
このモツは、なんと飛騨牛のモツだとか。
そしてコンロが空いた頃、いよいよペリメニを茹でる作業です♪
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どきどき・・・わくわく・・・。
うまく出来るかなあ~~~~?
あ、何分茹でるんだっけ?
いいや、野生のカンで!
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味付け二種類。
スープペリメニと、バターを絡めたペリメニ♪
人気投票は・・・同じくらいでした☆
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わーい!ペリメニができちゃった!!
・・・でも、私、すっぴんだ・・・(恥)
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↑ペリメニできて喜びのポーズ♪
いやはや。皆さんにも喜んで頂けて、よかった、よかった。
それにしても・・・ペリメニの皮って
こんなに癒しの効果があるとは(笑)
「今度、おうちに作りに行っていい~?」という
オファーまで頂いてしまいました。
いつでも、是非、喜んで☆
なんだか、学生時代を思い出す新年会でした。
またいつか、みんなで作ろうっと!
今年7月に開催される北海道洞爺湖サミットの準備に追われる洞爺湖町や北海道庁などをウラジオストク新聞が取材しました。その様子が2回に渡り特集記事として掲載され、注目の高さを窺わせています。
ウラジオストクは、2012年に開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会合が開催される予定で、それに向けて空港や道路整備など大規模な開発が予想されます。同じく大きな国際会議が開催される2つの地域ですが、環境をテーマに、自然と人間の調和を目指した洞爺湖サミットとの違いは大いにあるようです。
「ハーモニーを崩さないことが重要だ」と題された記事は、こちらからご覧ください。
函館校の学報であり、函館日ロ親善協会の会報であるミリオン・ズビョースト/百万の星 第54号を函館校のページに掲載しました。
今回の巻頭言は鳥飼やよい准教授による「ロシア人の法則」です。アメリカでロシア語を学び、日本語・英語・ロシア語を自在に操る鳥飼先生が見つけた法則とは?
また、ウラジオストク留学実習から帰ったばかりの3年生の感想も寄せられています。是非ご一読ください。
FMいるか「ONE WORLD WAVE」で放送された内容をご紹介する第2回目です。
ゲスト:遠峯 エレーナ(以下レナ)
聞き手:財団法人 北海道国際交流センター
事務局長 池田 誠(以下池田)
ロシア極東国立総合大学函館校
事務局 大渡 涼子(以下大渡)
<11月10日放送 第2回 ロシア料理について>
池田:さて、2週目に入りました。前回はエカテリンブルグ、エレーナさんの出身地についてお話をお聞きしましたが、やはり食べ物の話を聞きたいですよね。
大渡:そうですね。みなさん共通に興味があるのは食べ物だと思いますよね。
池田:僕も興味があるんですけれども、エレーナさんは料理はされるんでしょうか?
レナ:専業主婦ってことで、毎日することになっていますね。
池田:義務!?
レナ:義務ですね。
池田:あんまりやる気がないけれども、しょうがないと…。
レナ:それは女性同士だとすごくわかると思うんですけれども、義務になるとやる気がある日とやりたくない日がありますね。
池田:作るのはロシア料理なんですか?
レナ:ロシア料理も作るんですけれども、やはり旦那は日本人なので和食も勉強して作っています。
池田:大変ですねー、ロシア料理も和食も。
レナ:洋食もお弁当も。料理の本を買って、それと旦那のお母さんに教えてもらってますね。
池田:なるほどね。味が違いますよね、日本食とロシアの料理では。
レナ:そうですね。味も違いますし、私は和食の味、もちろんわからないんですね。なのでレストランとか、お母さんのうちで食べたりするんですけれども、なかなか、自分で作るとなると、この味でいいのかなって迷ったりしてますね。
池田:しょうゆとか使わないんですよね、ロシアでは。
レナ:最近は使ってるんですけれども、ロシア料理には使わないですね。
池田:ではここで、エレーナさんの得意料理を伺いたいと思いますが、ベスト3を教えてください。
レナ:そうですねー、みなさんよく知っているピロシキ。ロシアでは作ったことがない料理だったんですけれども。
池田:ロシアでは売ってるの?
レナ:はい、売ってますが、どちらかと言えばみんな作っていますね。うちだけは作らなかったんですけれども。函館でも売ってますよ。
池田:僕も買って食べるんですけれども、揚げた感じのと焼いた感じのがありますよね。どっちが主流なんでしょう?
レナ:どっちもやってますね。たぶんシベリアのほうは揚げていて、ヨーロッパのほうは焼いたもの。
池田:大渡さんはどっちが好きですか?
大渡:私は焼いたのも好きですね。日本だとパン粉がついて揚げてますけれどもロシアじゃパン粉はついてないですもんね。
レナ:ついてないですね。
大渡:あれは日本だけなんですよ。
レナ:日本人はやっぱりピロシキって言うと多くの人は揚げたものって思ってますね。
大渡:あと日本人はひき肉が入ったものがピロシキと思ってますけれども、中身もいろいろあるんですよ。
池田:えーっ!
レナ:でもお肉が一番おいしいです。
池田:肉が入ってると思って餡とかジャムが入ってたら大変ですよね。
レナ:ジャムは入ってますよ。
大渡:りんごの、アップルパイの中身みたいのが入ってたり、じゃがいものつぶしたのとか、卵とか…。
レナ:きのことか。
大渡:キャベツとか。いろいろおいしいですよ。
池田:へえー、ちゃんと表示しておいてほしいですよね。食べるときの覚悟ってありますからね。ほかの料理はどうですか?
レナ:あとは日本にない赤カブを使ってボルシチを作りますね。
大渡:日本の赤カブは外が赤くて中は白いんですけど、中まで赤いカブですね。
池田:知ってます、赤ビーツ。僕、昔農業やってましたから、赤ビーツ作ってたんですよ。真っ赤になりますよね、ほんとにすごい色ですよね。あれがないとボルシチは作れない?
レナ:作れますが、ロシアは広いので、家庭によってボルシチの作り方は違いますね。ウラルは赤カブがないとボルシチじゃないって言われますけれども、私のおばあちゃんがウクライナに近いところの出身で、ウクライナのほうは、トマトと酢を使って作りますね。
池田:ボルシチにはどんな野菜が入ってるんですか?
レナ:まずお肉が入って、キャベツとじゃがいもと玉ねぎとにんじんと、赤カブ。
池田:上にサワークリームかなんかかけますよね。
レナ:サワークリームですね。私サワークリームがなくて本当に困っています。大好きでロシアではサワークリームだけをスプーンで食べるくらいだったので、日本にはなくてちょっと…。
池田:あれは売ってないですか?
大渡:最近売ってますけど、小さくて高くて、硬いですよね。
レナ:硬いですよね、ちょっと違います。
大渡:だからうちの学校で何かやるときには生クリームとプレーンヨーグルトを1パックづつ混ぜ合わせて、そうするとゆるい、ロシアのサワークリームに近いものになります。
池田:ボルシチはエレーナさんの家では週1回くらい?
レナ:週1回はないんですけれども、1ヵ月に2回は絶対作ります。
池田:あともう一つくらい得意な料理を教えてください。
レナ:クレープかな。
池田:クレープ?ロシア料理ですか?
レナ:ロシア料理ですね。ロシア語ではブリヌィって言いますけど。
池田:あれはデザートですか?
レナ:食事にもなります。作り方によっては食べ方も違います。
大渡:日本だとクリームとかジャムとか、甘いイメージしかないですけど、きのこを炒めたり、ひき肉を炒めたり、そういうものを包むと食事になりますよね。
池田:そうかそうか、それはピロシキと一緒ですね。食べたくなってきましたね。ロシア料理は特に冬の季節にいいような気がしますけどね。
大渡:あったまるような気がしますよね。
池田:あとそうだ、極東大学でお祝い事にでっかいパンで何かやってましたよね、なんでしたっけ?
大渡:「フレップ・ソリ」という歓迎の儀式がロシアにありまして、直径40センチくらいで高さが20センチくらいある大きいパンを用意して、お客様がいらしたときにパンをちぎって塩をつけて食べていただく。「フレップ・ソリ」というのは「パンと塩」という意味なんですけれど、それで歓迎するという儀式があります。
レナ:それはなぜかというと、パンは主食ですよね、塩はどの料理にも必ず使うものですよね、一番大事なものです。そういうことで、お客さんが来たときに一番大事なものを出します。
池田:なるほどね。意外とあれがおいしいですよね。パンと塩だけなのにね。
大渡:うちの学校では入学式に必ずやります。新入生をお迎えします、ということで。あとはこの前、ベールィ駐日ロシア大使が函館にいらしたときにもうちの学生がロシアの民族衣装を着て、フレップ・ソリでお出迎えしました。
池田:エレーナさんはフレップ・ソリのパンは作りますか?
大渡:あの大きいのは家庭のオーブンでは作れないんじゃないですか?
レナ:そうですよね。
池田:ロシアというと、やはりパンは黒パンという感じがするんですけれど、食べてますか?
レナ:黒パンはサハリンから飛行機の直行便で、友だちとか知り合いが持ってきてくれますけども、1回だけ自分で作ってみたんです。ロシア料理の本に載ってて、ライ麦を買ってきて、作ったんですけれども、ちょっと失敗して。おいしいのはおいしいんですけれど重くなって。
大渡:もともとむっちりしてますよね。
レナ:はい。またがんばりますので、作れたら黒パン屋さんでも。
池田:是非是非!そのときには連絡ください。
今年も残りわずかとなりました。こうして1年を振り返ると、実に様々な人の手をお借りして、この「極東の窓」は成り立っていると感じます。書き手はもちろんのこと、こちらからは見えない、どこかで読んでいてくださるみなさんにも。
このブログにとっての今年は、新コーナー「八幡坂ノート」や、通訳・翻訳サークル「訳者小屋」の活動紹介など、函館校をもっと身近に感じていただこうという思いとともに、外へも広げるべく、ロシアという国を様々な角度から紹介しようと試みてきました。そんな中、「ウラジオストクのうまいものめぐり」を書いてくださった山崎淳司さんや、いつも楽しい話題を提供してくれる卒業生のみなさんには大変感謝しております。
一番嬉しかった出来事は、「元気娘のウラジオ便り」を連載してくれていた寺越弓恵さんが、外国人として初めて極東大学本学の修士号を取り、卒業されたということでしょう。函館校の卒業生が世界のどこかでがんばっている、彼女はその好例だと思います。ウラジオ便りとしての連載は終了しましたが、また新たな形で参加してくれることを望んでいます。
そのほか、今まで函館校および領事館関係者だけだった函館市在住のロシア人に遠峯エレーナさんが加わり、ラジオ出演という形でこのブログにも参加してくださったことも喜びです。こうして函館校に関わる人が増え、ロシアの輪が広がっていくことが私たちの願いです。
来る2008年は、北海道洞爺湖サミットが開催されます。ロシア関係のイベントも増え、私たちがお手伝いできることも出てくるでしょう。サミット関連の行事として開催されるG8大学サミットにはロシアを代表して極東大学本学が招待される予定です。世界各国から錚々たる大学が集まる中に名を連ねることは、函館校にとっても誇りです。
まだまだ寒い日が続きますが、学校の裏にある猫柳はもう赤い芽をつけ始めました。この芽がふくらみ、3月頃、銀色の花穂に変わるのをいつも楽しみに眺めています。みなさまにもよい春が訪れますように。
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函館校の前「八幡坂のイルミネーション」
今回は2007年11月、FMいるか「ONE WORLD WAVE」で放送された内容をご紹介します。
この番組では毎月いろいろな国の方をゲストに迎えてお話を聞いていますが、11月はロシアをテーマに、遠峯エレーナさんがゲスト出演しました。
エレーナさんはロシア・エカテリンブルグ出身。大阪留学中に知り合った現在のご主人と結婚して、2007年3月から函館在住になりました。主婦をしながら通訳・翻訳の仕事もこなされるエレーナさんのバイタリティあふれるお話を聞いてみましょう。
3回に渡り放送された内容を随時掲載しますので、今後もお楽しみに!
ゲスト:遠峯 エレーナ(以下 レナ)
聞き手:財団法人 北海道国際交流センター
事務局長 池田 誠(以下 池田)
ロシア極東国立総合大学函館校
事務局 大渡 涼子(以下 大渡)
<11月3日放送 第1回 エカテリンブルグについて>
池田:今月はロシアということでお届けしていきたいと思いますが、特別にロシア極東大学の大渡涼子さんと一緒にお届けしたいと思います。大渡さんにロシアの方をご紹介していただきました。遠峯エレーナさんをお迎えしています。こんにちは。
レナ:こんにちは。
池田:エレーナさんはエカテリンブルグ出身ということなんですが、場所がどの辺かをイメージしたいので教えてください。
レナ:まず、みなさんはモスクワがどこにあるか知っているかと思うんですけれども、モスクワからシベリア鉄道に乗って列車で30時間ぐらいかかりますね。
池田:30時間!?
レナ:飛行機だと2時間くらいで着きますね。モスクワから東の方ですね。
池田:遠いですねー。ちなみに乗ったことはないと思いますが、モスクワからシベリア鉄道で一番端のウラジオストクまではどのくらい時間がかかるんですか?
レナ:ウラジオストクまでは8日間ですね。
池田:じゃあ30時間は近いんだ。
レナ:そうですね。ちょっと覚えてないんですけど、千七百何十キロですね。
池田:大渡さんもロシアは何回か行ってると思いますけど…。
大渡:私はウラジオストクに1回行っただけなので、エカテリンブルグの方は行ったことはないんです。
池田:今は函館に住んでいらっしゃるんですけれども、気候的にはどうなんでしょうか。
レナ:気候は、エカテリンブルグよりも、ちょっとこちらがやわらかい。
池田:それじゃあ、エカテリンブルグは寒いんですね。
レナ:はい。
池田:実は今日は半袖でいらしてるんですけれども、寒くないですか?
レナ:寒くないです。
池田:冬が本当に寒いということなんですけれども、暖房なんかはどういう感じなんですか?
レナ:暖房は集中暖房なので…。
池田:集中暖房。別に自分で灯油を買ってきたりはしなくても。
レナ:しないんですね。町が管理しているので、光熱費として毎月料金を払って、町が決めた日に暖房が点くっていう形になっています。
池田:ああ、ちょっと今日は寒いからストーブ点けよう、なんて言っても点かないってことですよね。
レナ:そうですね。
池田:ロシアには極東大学の学生さんも行っていると思いますが…。
大渡:うちの学生はウラジオストクに留学するんですけれども、寮もそういう感じで夏場はお湯も出ないし…。
池田:夏はお湯ないの!?
大渡:はい。
池田:寒くないですかね。
大渡:そんなに函館と変わりはないと思うんですけれども。ただ社会主義時代の名残なんでしょうかね、国が管理して一斉に暖房が入る、切るっていうのは。
レナ:例えば真冬にとても熱くなることがありますよ。最近ロシアもちょっと変わって、お金持ちの人が結構出てきて、家の暖房機械を変えて、それでお湯を切って冷たくすることは出来るんですけれども、暖房はなかったらないってことですね。それだけは自分で管理出来ないんです。
池田:すごい、国の力!夏の冷房なんて入れてくれないんですよね?
レナ:冷房はないんですけれどもエアコンを付ける人はいますね。
池田:それはOKなんですね。そういう意味ではだんだんお金持ちの人も出てきてると。
レナ:はい。
池田:今エカテリンブルグを地図で見てたら、ここにウラル山脈ってありますけど、聞いたことないですか?
大渡:地理で必ず習いますよね。
池田:習ったような気がしますよね!
レナ:でも、日本のイメージでは山脈って山が高いですよね。だけどウラル山脈ってそんなに高くはないんですよ。山がもう古いので、低くなってますね。
池田:またまたー、そんな知らないと思って!山が低くなりますか?
レナ:はい。もう低くなってて、町から山は見えないし、私が大阪に行ったときに山の景色はどちらかというと不思議に思いました。
池田:だんだん低くなるんですか?
レナ:はい、古くなるとそうですね。
池田:へえー。なかなか興味深いですね、エカテリンブルグ。ここは観光地なんでしょうかね。
レナ:私は大学にいたときに日本人の団体旅行者のガイドをしていたんですね。それでシベリア鉄道に乗っている人が、ウラジオストクからモスクワまで8日間はちょっとつらいので、途中で降りたりしています。
エカテリンブルグは大きな町なので、途中で降りる人がいて、それでガイドしたりしてたんですけれども、観光地としてはまだ有名ではないと思います。なぜかというと、ソ連の時には外国人は入っちゃだめな都市だったんです。
池田:じゃあ、今は入れるんですね。
レナ:入れるのは入れるんですけど、まだそんな有名ではないので、観光客の数が少ないです。
池田:でも行ったことないところはみんな行きたいですからね、これから来るかもしれませんよね。
レナ:よろしくお願いします。
池田:そういえば僕、ご紹介もせず、遠峯エレーナさんがなぜ函館にいるのかを説明してませんでしたが…。
レナ:エカテリンブルグで生まれて、ウラル大学で日本学を勉強して、一回短期留学で大阪外国語大学で勉強して、そのときに今の旦那と知り合ったんです。
それからまたロシアに帰って、それでまた日本に戻るってことになって、大阪外大で修士課程を卒業して、旦那と結婚して、旦那の仕事の関係で函館に引っ越して来ました。
池田:ほおー、すごいですね。ますます日本が好きになりましたよね。どうですか、函館は。
レナ:函館は大阪よりはエカテリンブルグに近いという感じで、それとロシアとの関係・歴史が深いので、好きなところです。どちらかというと、函館に住みたいと思っていました。
池田:よかったですね。極東大学にロシアの先生方がいらっしゃいますけど、お話とかはされます?
大渡:ときどき遊びに来てくれます。
池田:いいですよね、やっぱりいるとね。日本語で話すんですか?
大渡:ロシア人同士が?
池田:でも、みんな日本語が上手だから、日本語で話してますよね?
大渡:ロシア人同士はやっぱりロシア語ですよ。
池田:そうですよね。でも、ここはいいですよね、ロシアのハリストス正教会もありますしね。
レナ:日本のロシア正教会で一番古いって言われています。
池田:何回も行きましたか?
レナ:はい、何回も行っています。ガイドとかもしてるし、友だちを誘ったときも必ず行く場所なので、百回近く行ってますね。
池田:百回!? 来たのは今年の3月ですよね。百回ってのはちょっとオーバーじゃないですか?
レナ:函館に来たのは今年の3月ですが、大阪にいたのは合わせて5年間です。
今の旦那は最初は大阪にいたんですけれども、その後2年間函館にいて、旦那の実家も函館なので、夏休み・春休みは絶対函館に来てたんですね。それと大阪から友だちも連れて来たり、ロシア人の友だちも連れて来たり。私は函館行きの飛行機のスチュワーデスさんの顔を知っています。スチュワーデスさんも私の顔を知っています。
大渡:いつも函館に来る人って?
池田:顔なじみになるくらいってすごいですよね。楽しいですね、函館。
レナ:そうですね、観光地もたくさんありますし、おもしろいところに友だちを連れて行けるんです。主婦なので、時々自分一人でも散歩したり写真撮ったりしています。
池田:大渡さんと遊びに行ったりするんですか?
大渡:それはまだないんですけれども、毎年函館公園で学校のお花見をするんですね。ちょうど今年、エレーナさんのお母様もエカテリンブルグからいらしたのでご招待して、みんなでお花見しました。
池田:ロシアにはお花見の習慣はあるんですか?
レナ:ロシアではまず桜がないんですね。
池田:日本もでも、桜がなくても別にいいんですよ、お酒があれば。桜じゃなくても花は何かあります?
レナ:りんごの木とか咲いてますけれども、5月末ですね。
池田:だんだんエカテリンブルグがわかってきたような気分になりましたね。この続きはまた来週お伺いしたいと思います。
