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2009年03月25日

米原万里の朝食

 昨年秋、山形県川西町にある「遅筆堂文庫」という図書館の方からお電話をいただいた。念のため申し上げると、遅筆堂とは直木賞作家・井上ひさし氏のことであり、井上氏の夫人は米原万里さんの実妹、井上ユリさんである。米原万里展を開催するにあたり、資料を集めているが、米原さんが函館で講演したときの新聞記事があったら送ってほしい、ということであったので、早速お送りした。

 米原万里さんが亡くなって、もうすぐ3年になる。米原万里は言わずと知れた、ロシア語界のスーパー・スターである。私は、その米原さんと朝ごはんをご一緒したことがある。これは相当な自慢である。ロシア語を学ぶ函館校の学生には、米原さんのファンが多い。米原さんのお話を聞きたい、是非学生に聞かせたい、という思いから、様々な方の協力を得て、2002年11月6日、函館での講演会が実現した。

 米原さんは、鎌倉の自宅から寝台列車に乗って函館にやってきた。早朝6時半に着いた北斗星の駅のホームまで、事務局数人でお迎えに上がった。当時、週刊文春で書評コーナーを担当していた米原さんは、南京大虐殺について書かれた本を取り上げたために脅迫を受け、飛行機に乗るのが怖いのでJRで行きます、とのことであったのだ。
 列車を降りた米原さんはすぐに公衆電話で、鎌倉の自宅に連絡をとった。お母さんと猫たちの様子を心配してのことだ。愛情深い人柄が垣間見えた。
 その足で朝市の食堂に移動し、みんなで朝ごはんを食べた。米原さんが食べたのは、確か銀だら定食だったと記憶している。そして、函館に来たのだから、是非イカ刺しを召し上がってください!とすすめたところ、どれもおいしいと言って食べてくださった。

 講演会は「ロシア人に学ぶ小咄の作り方」というテーマで、金森ホールを会場に約250人の聴衆を集めて行われた。正直、ロシア語を学ぶ学生たちに聞かせるためには、通訳の作法や裏話などを話してほしいと思っていたので少し残念に思ったが、その講演でお話された内容が後日、集英社新書「必笑小咄のテクニック」と題して出版されたことを思えば、当時最も興味があったテーマを先んじてお話くださったのだと思う。
 
 その頃は「オリガ・モリソヴナの反語法」を上梓したばかりだったので、私はそれを2冊携え、楽屋でサインをしていただいた。1冊は大学の図書館のもの、もう1冊は自分のために。そして私も以前猫を飼っていたことなどをほんの少しお話しした。イリイン校長が挨拶をしたとき、「あら、イリインさんというのはロシア人にしては言いやすいお名前ですねえ」と、あのゆっくりとした口調で言ったのが、とても印象に残った。

 講演を終えた米原さんは、函館校に寄ってくれた。そして玄関前で、学生や教職員、ちょうどロシアから来ていた留学生と一緒に記念撮影をして、そのまままたJRで鎌倉に帰っていった。戻ってすぐ、今度は松山に講演に行くという。「さすがに四国には、飛行機で行こうと思うんです」と言い残して。

 昨年暮れになって、遅筆堂文庫から図録「米原万里展『ロシア語通訳から作家へ』」が届いた。井上ユリさんが企画・構成・編集をしたこの図録は、米原さんの仕事、そして人生が凝縮された素晴らしいものだった。それにしても、米原万里の仕事を振り返り見るにつけ、本当に惜しい人を失くしたと、心から思う。

ロシア極東国立総合大学函館校 事務局 大 渡 涼 子

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2009年03月10日

グータラ猫のウラジオ日記11 ロシア語と韓国語のハザマで…

090310a.jpgどーもどーもども。スネかじり万年学生、パラサイトシングル&結婚できないスパーニートのグータラ長谷川です。

いきなりですが、韓国が好きだ。サランヘヨ。

食べ物がいい。酒をよく飲み豪快で太っ腹な性格も好きスムニダ。きれいなお嬢さんもたくさんいるムニダ。できればきちんと韓国語を覚えて住んでみたいくらいムニダ。

って、ロシア関係のブログにそんな「韓国万歳」みたいなことを書いてもいいのか!このミーハーな奴め!!!と思われた皆さん。ぶぇ~。 私は味わいあるボルシチも好きだが、万人受けするカルビやビビンバも好きなのだ。加藤登紀子の歌も好きだが、perfume(流行りのアイドルグループ)の歌もよいと思うのだ。

何を言いたいのかよく自分でも(皆さんにも)わからないのだが、まあ、ウォン安だということです!!!!

韓国には行くたびに2週間くらい滞在してくるので、結構慣れたものです。今回もウラジオストックで出会った韓国の友達のアパートに転がり込み、韓国のあちこちに行ってきました。私たちの共通言語は「ロシア語」なのですが、これが本当に便利で、韓国であれば英語や日本語を話せる人がたくさんいるから、ちょっと周りに人がいて言いにくいことでもロシア語であれば堂々と会話ができるという(いったいどんな会話なのだ!?)。

[あるバスの中での会話]

私:早く着かないかなウ○コしたいよ!!
友:私も!!朝からゲ○ぎみで。
私:え?そのロシア語って「やわやかいウ○コ」のことだっけ?
友:そうそう。水っぽいの。逆が「ベ○ピ」ね。
私:ああ~、忘れちゃったよ。「ゲ○」と「ベ○ピ」。 ゲリベンピゲリベンピゲリ・・・(←忘れないように繰り返して覚えている)。
友:そうそう!使わないとすぐ忘れちゃうからね!はい、「う○こが何日も出ないこと」を?
私:「ベ○ピ!!」
友:ふふん、覚えたじゃない。

な~んて。くす(←汚くてご~めんねご~めんね~)。
それにしてもロシア語は難しい。もう語尾変化なんてめっっちゃくちゃ。きっとネイティブロシア人がきいたら何の会話なのかわからないであろう。でもロシア語を外国語として勉強した私たちの間ではわかっちゃう。(*これを「中間言語」と呼ぶそうです。)

ロシア語のほかに、今回は韓国語も少し覚えました。以前、ロシアで韓国語講座に通っていたので、文字は少し読めます。ただしまったく話せなかったのですが、今回友達が熱心に教えてくれたので、(マジ)簡単な会話はできるようになりました。例えばですね、


090310b.jpg腹へった。たべたい。酒がのみたい。レストランへ行きましょう。私は韓国人ではありません。日本人です。マッコリも飲みましょう。韓国に美人がたくさんいます。これ高いですよ。安くしてください!買いませんよ。ミョンドンにも行きたいです。あ~難しい。今日は寒いね。問題があります。ウォンがありません。お金、お金、お金がないよ。大丈夫です。カードがあります。これは、母のカードです。

・・・・などなど。 韓国でどんな生活を送ったか十分わかりますね。

私は言語の才能はまったくないけど、やっぱり話せないより少しでも話せるほうが人生はもっと面白くなる~。中途半端がなにさ~!!

もうすこし韓国語を覚えたいな!そんで、ひとりで韓国を旅したい。

ロシア語を通じて出会った韓国。やっぱりどの言語でも1つ覚えるだけで世界が広がるんだな~と思う。ロシア語を勉強して言語のありがたさを知ることができてよかった(^-^)

さ、韓国ドラマでも見ようかな~。きゃっきゃ♪

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2009年03月02日

マースレニッツァの舞台裏

冬を追い払い、春の到来を祝うロシア伝統のおまつり、マースレニッツァ。
函館校で行われたおまつりの舞台裏です。

冬の象徴であるワラ人形「モレーナ」。竹で骨組みを作り、くくり付けるための稲ワラを束ねていきます。
厨房では先生の指導に従いブリヌイ作り。1枚1枚ていねいに、太陽のように丸く焼いて、バターをたっぷりと塗ります。マースレニッツァの語源は、このバター(ロシア語でマースラ)からきています。この日の中身はジャムとスメタナ(サワークリーム)。ジャムはイチゴとブルーベリーの2種類用意しました。
左はコンポート。生のリンゴとレモンのほか、レーズンやアプリコットなどのドライフルーツがたっぷり入り、ハチミツを加えたやさしい甘さ。
右はきのこのスープ。椎茸、エリンギにイタリアの高級きのこ・ポルチーニで風味付け。押麦や野菜、豚肉も入ってこれぞまさにロシアのスープ!
こちらはシャシリク。前日に玉ねぎやスパイスで漬け込んだお肉を串に刺し、あとは炭火で焼くばかり。
吹雪の中、歌う「コール八幡坂」。
モレーナに貼られた「冬」の文字に糸偏を足して「終」に変えるアナスタシアちゃん。小学校1年生で漢字も習っている、在札幌ロシア総領事館函館事務所 ブロワレツ所長のお孫さんです。
会場からラジオに生出演!FMいるかの中継車・いるか号の丸山潤子さんが自治会副会長 ロシア地域学科3年の山口攻くんにインタビュー。クラスメイトらに見守られ、「緊張した!!」
卒業生たちが赤ちゃんを連れて遊びに来てくれました!
来年はみなさんも是非見に来てくださいね。
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