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2012年04月09日

ロシア語は「恐ろしあ語」?

 幼いころ、僕を子守りする人がいた。中学を卒業してまもなく宮城の僕の家に奉公に来た彼は、僕をおんぶして「尻取り歌」をとなえていた。「ろすあ やばんこぐ くろぱとちん ちんたま まっこのふん ふんどす すめだたかちゃんぽん ぽんやり りこうしょうの はなめっちゃ ちゃんちゃんぼうずのいげどりで ていこぐばんざい ばんばんざい」。ロシアは恐ろしい国として僕に刷り込まれた。あれから60年。今度は、完了体、不完了体、形動詞だという。恐ろしさを通り越した。
 もちろん救いもある。偉大なプーシキンがフランスからの船を待って、牡蠣を食べたとの由。このカキはヨーロッパヒラガキ、通称フランスガキ。日ロ戦争の時に巨大な金塊が出たという金山を一時所有して失敗した僕の父は、今度はこの牡蠣の垂下養殖を手掛けていた。あの丸くて、平らで、ちょっと渋みのあるヤツ。どうだい、僕は牡蠣でプーシキンと繋がっているではないか。フランスから輸入した冷凍モノではなく、プーシキンが食べた生ガキと同じ生ガキを食べたじゃないか。それも父が育てたモノを。
 僕がこの学校にいる間にフランスガキも養殖場も跡かたもなく流された。母までも。しかし、「かきじいさん」と呼ばれている兄は、その子供たちは再びヨーロッパヒラガキを育てるでしょう。僕はそのときこう提案するつもりです。「この牡蠣を『プーシキンの牡蠣』と呼ぼうじゃないか」と。震災時のロシア人の援助を忘れはしない。
 何?ロシア語は恐ろしいかって。あったりまえだ。だって大統領の熊語じゃないか。

ロシア極東連邦総合大学函館校 ロシア語科卒 畠山 重人

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2012年04月08日

学生生活を振り返って

 私にとってロシアという国は、入学当初のまわりの人達と同様に広くて寒い国、というイメージでした。しかし学生生活を始めてみて、また、私にとって初めてのロシアであるユジノサハリンスク、留学先のウラジオストクなどを訪れてみて、一つの枠にとらわれない様々なロシアを発見できたと思います。そのうえ、これでも一部だというのがまた驚きであり、まだまだ自分達の知らないロシアがたくさんあるのだなと感じました。
 「言語」というものは様々なものとリンクしています。私は、アンドレイ・イワーノヴィチ教授の「民族(文化)を表すのは言語である」という言葉がとても印象に残っています。それを更に色濃くしたのは留学先での経験でした。 
 留学先のウラジオストクは、極東地域にあるため、町にはロシア人以外にタジキスタン人、ウズベキスタン人、カザフスタン人、韓国人、中国人、北朝鮮人がいました。普段日常的に日本語に囲まれていた私はとても驚かされました。顔は全くロシア人じゃないのにロシア語を話し、ロシアで育った人や、その逆の人、どこか似ているけど全く違う言語が行く先々で飛び交っていて、すごく刺激的でした。
 ロシア語は英語より難しいと言われますが、私はロシア語との相性は良くて、発音で困ったり、理解に苦しむ、ということはありませんでしたが、それはきっとネイティブのロシア人の先生に教えてもらえたからでしょう。昔は英語ならわかる言葉が、ロシア語ならわかる、といった状態です。
 卓球をしたり、ジョークで笑ったりとすごく楽しかった思い出が詰まった学び舎を去るのはさびしいですが、今後の先輩、後輩、そして友人たちの活躍を期待しています。
 3年間ありがとうございました。

ロシア極東連邦総合大学函館校 ロシア語科卒 成田 千穂

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2012年04月07日

長くて短かった4年間

 大学生活がもう終わり、新生活が始まろうとしています。4年前の私でしたら、きっと今ごろ「ああ~もう学生は終わり、もう遊べない」、「日本で働くなんて絶対嫌!残業あるし~休み少ないし~」などと考えていたことでしょう。しかし今私は、とてもウキウキしています。希望を持って社会人になろうとしています。これは、きっと4年間密接にロシアと関わってきたからだと思います。4年間私の心はロシアのものだったと言っても過言ではありません。朝から夜までロシアづくしでした。
 ロシアは私を精神的に成長させてくれました。まず、ロシア人学生から私達日本人がどれだけ恵まれているかを教えてもらいました。ウラジオストク留学中、日本を好きなロシア人とたくさん交流し、そこで聞いた日本の良さが私に母国を愛することを教えてくれました。そして日本から出てロシアで生活したことで、すこし違う視点から日本を見ることができたこの経験は、本当に宝物です。
 ロシア人の生活を直に見てわかったこと、それは、人生を楽しんでいるということです。ウォッカとかお酒という意味では無く、ロシア人は、人生を自分達の知恵や工夫で楽しくする天才だと思いました。年齢に関係無く、楽しむ時は楽しむ!足りない物があったらどこかで材料を見つけて手作り!一度、私の友達は落ちていた木で包丁を作りました(切れ味最悪)。天気が良ければ山でバーベキュー!どこにいっても部屋に一台はあるギター。自虐ネタ!ほとんどのロシア人女性は開脚ができる!などなど、本当に楽しい国民!そんな彼らに私は人生をより良くする為の工夫を教わりました。開脚はまだ無理ですが、無いものを絶対無いと考えない。本当に無いなら、近いものを作ったらいい。もちろん時と場合によりますが、この考え方ができるようになって、未来が少し明るくなった気がします。なので今私はこれからの新生活にドキドキワクワクしています。
 この4年間を振り返ってみると、すごく恵まれた環境にいたなと思います。知識豊富な先生方、生きたロシア語を毎日聞ける環境、美味しいロシア料理、無駄に卓球のうまい学生達。そしてむちゃくちゃだけど面白いクラスメート。無事みんなで卒業できて本当に良かった!
 最後に!先生方のお陰で、今ではもう一人でブリヌイとペリメニが作れるようになりました!優しくて怖かった、けどたくさんのことを教えてくださった先生方、本当にありがとうございました!

ロシア極東連邦総合大学函館校 ロシア地域学科卒 森谷 美里

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2012年04月06日

世界は広い

 私がこの学校に入学した時、人数の少なさに驚きました。しかし今、この学校はマンモス校とは違い、みんなと仲良くなれて、みんなの名前を覚えられて、みんなが力を合わせられる。「団結力」ではどこの学校にも負けないとても楽しい学校、素晴らしい学校だと思います。
 そんな環境で学ぶロシア語は、いわゆるサボリ、手抜きが一切できないので、だらけ者の私にとっては苦しくもありましたが、しっかりとロシアについての全分野を学ぶことができました。
 私は身につけたロシア語をビジネスで使うことが理想ではありますが、まず何よりも私がしたいことは(してきたことでもありますが)、たくさん友達を増やしたいです。実際、私が2度のロシア留学で経験したことですが、言葉を覚えれば覚えるほど新しい言葉を使いたくなり、友達がどんどん増えて行くのが実感できました。そのような面で見ると私達の学校は、マンモス校へ行くよりもはるかに友達は作ることができて、はるかにじっくり勉強できるという、学生にとっては最高の環境であります。
 ロシアで出会った友達はいつになってもどこかで元気にしているようないいやつばかりで、世界中から集まった仲間達は今も世界を相手に頑張っているのです。あんな小さなウラジオストクの町で、あんなにいい人達と出会えて幸せです。
 この学校で私は大きな意味で世界の広さを教えられました。この4年間は人生のゴールデンウィークと思えるくらい本当に楽しかったです。ロシアが大好きになれました。
 頑張れ日本!そして力を貸してくれたロシア!ありがとう。

ロシア極東連邦総合大学函館校 ロシア地域学科卒 小柳 卓也

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2012年04月05日

今日までそして明日から

 2008年4月10日、私は本校に入学した。函館という新しい土地、環境で、今まで一度も目にしたことも耳にしたことも無かった「ロシア」という「世界」に入り込み始めたのだ。
 元々語学に興味を持ってはいたが、私にとってロシアは何もかもが初体験で、世界で難しい言語の一つと聞いた時は正直心が折れそうになった。
 函館校で学んでいくうち、その予感は的中した。ほぼ毎日出される課題、日に日に上がっていく授業レベル、一日休むと取り戻すのに時間がかかってしまうというプレッシャーに、私の心はバキバキに折られてしまった。精神的にボロボロではあったが、何とか2年生、3年生、4年生と進級することができ、今に至る。
 今までの4年間、私をここまで支えてくださったのは、他でもなく先生方、先輩方、事務局の方々、そして両親である。この支えがなかったら、私は1年生の心が折られた時点で、踏ん切りをつけ、故郷へ帰っていただろう。それに、支えられる事は、少人数の学校であってこそである。一般の大学ではまず無いことだろう。
 函館校での想い出は?と聞かれても、内容が濃すぎて、とても「これ!」と一つには絞れないくらいたくさんある。ロシアまつり、言語まつりАБВГ-Day、マースレニッツァ、ウラジオストク留学……やはり決められない。
 そしてこの4年間、本当に色々な人たちと出会った。その全ての人たちがいたからこそ今の私があるのだと思う。まさに一期一会、十人十色であると思った。とても貴重で、誰にも真似できないような体験をさせていただいた。これまでの「学生生活」から得たものを、少しでも今後の生活に役立てられたらと思う。
 振り返ってみれば、長いようであっという間の4年間だった。今まで私を支えてくださった皆々様方、本当にありがとうございました。
 またいつか学生食堂で大盛りの定食食べたいな(笑)。

ロシア極東連邦総合大学函館校 ロシア地域学科卒 川原 陽介

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2012年04月04日

ミリオン・ズビョースト 第71号

 函館校の学報であり、函館日ロ親善協会の会報であるミリオン・ズビョースト/百万の星 第71号を函館校のページに掲載しました。

 今回の巻頭言は、大渡涼子総務課長による「学問の道」です。語学学習の難しさや学び続けることの苦しみ、喜びを自分の体験と先輩の助言や学ぶ姿を通じて述べています。ともに学ぶ仲間に対する絆や、精進し続ける心の大切さをかみしめることのできる文章になっています。
 また、3月に卒業し、それぞれの道を歩み始めた学生たちの寄稿も載っています。学校生活で印象に残ったこと、教職員や仲間たちへの思いなどが、個性豊かな文章で綴られています。
 今回、ミリオン・ズビョーストに載せきれなかったほかの学生の寄稿文は、今後「極東の窓」でご紹介しますので、お楽しみに。

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