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2006年09月06日

日本の夏休み ~極東大学附属観光大学留学生のインタビューより~

今年7月、5人のロシア人留学生が日本の旅館について学ぶため、函館に滞在しました。この研修はウラジオストクの極東国立総合大学と函館の老舗温泉旅館・湯の川グランドホテルの提携により実現された、初めての試みです。
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研修を終えた留学生によるこのインタビューは、2006年8月25日付ウラジオストク新聞に掲載されたものです。ウラジオストク紙のホームページでは写真入りの原文がご覧いただけます。
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(研修についての詳細は、函館校ホームページの「お知らせ」バックナンバーをご覧ください)

*     *     *     *     *     *

―あー、もう、日本語なんて嫌い!はっきり言って、日本の文化を知れば知るほど、日本の事を学びたくなくなる。男性は食事の時にゲップをするのは当たり前、上司にはお世辞を言って回り、女性には何の権利もないじゃない!いったいどういう国なの?

観光大学で学ぶリュドミラは2年間の日本語の学習に頭を悩まされて来た。しかし彼女の日本語能力はまだまだ低いレベルにあった。日本へ行くまでの数週間、ずっと気持ちが落ち着かず不安だったと言う。それもそのはず、ほとんど解からないも同然の日本語で、日本人と付き合っていかなければならない、その上、レストランのウェイトレスとしても働かなくてはならないと言うのだから。

極東国立総合大学附属観光大学の学生モイセーエワ・リュドミラと4人の同級生の女の子達は北海道の函館市で1か月間という時間を過ごした。そこで彼女の中にある日本に対するステレオタイプ的な考え方はすぐに消し飛んだ。

―なにか日本人には愛嬌があって、彼らはそれぞれに子供っぽさのようなものを持っていました。最初の頃、日本人はいつも同じ表情をしているように感じられたのですが、日が経つにつれて彼らの持つ性格を理解できるようになって行ったんです。日本人は日本人で最初のうちは私たち若いロシアの女性を、髪の長さと色でだけ見分けていたと思いますね。

研修が始まったばかりの最初の頃は極東国立総合大学の函館校で講義を受けた。彼女達を毎日車で送り迎えしてくれていたのは、担当の木下支配人であった。彼女達は木下氏を後に「日本のお父さん」と慕い呼ぶようになって行く。木下氏は研修中、何かと面倒を見てくれ、また大学での講義を担当したのも彼であった。講義の内容は日本のホテルビジネスの歴史、日本料理やエチケットなどであった。そんな中、リュドミラが最も楽しみにしていたのは日本料理を深く理解することだった。

―初めての昼食で私たちは座敷に座り、箸を渡されましたが、誰も箸を上手に使って食べられる子はいませんでした。その時、とってもおいしいお肉があったというのに、箸でそれを食べる事が、悔しいけれどできないんです!すると日本人のロシア語を学んでいる学生たちが話しかけて来て、「お友達になろう、僕らが町を案内するよ」って。彼らは周りを取り囲み、その場を離れようとしません。私たちは恥ずかしくてたまらなかったんです、だって、私たちはみんな、食事さえ満足にできないんですから。やっとの思いで学生が去って行き喜んでいると、今度は彼らがまた別の学生を連れて来て、話しかけて来るんです。どうやら他の学生も町を案内したいということらしいんですが、そんな彼らが去ったと思いきや、また別の学生が現れる…。結局、私たちはすべて放っておいて食事することにしました。けれど一人の子はお腹を空かしたまま、結局最後まで食べることが出来ないという結果になってしまって…。

ホテルでリュドミラ達は従業員の仕事ぶりを注意深く研究することにした。

―私たちは食器を洗ったり、お風呂のある「温泉」という場所の掃除をしたりしました。仕事はそんなに大変ではなかったです、洗剤できれいに洗えばいいだけ。最初の頃は「きっと私たちをただ働きの労働者としてこき使っているんだわ」と感じたりもしたんです。けれど後々、この研修プランがどれだけ綿密に考えられて作られたものかが分かりましたね。最初は「自分はよそ者なんだ」って事をすごく感じました。だって本当にたくさんの従業員と自己紹介しなければならなかったから。

彼女にとって最も楽しい時間は研修の最終週に予期せずやって来る事になった。数日間に渡り、リュドミラと2人の同級生はホテル内のレストランでウェイトレスとして働いていた。この事が日本で体験した多くの中でも、最も忘れ難い思い出となったと言う。どんな観光よりも、どんな講義よりも。或いは「海の日」に心地よい音楽を聴きながら見た、浜辺でのすばらしくきれいな花火よりも。ホテルの食事は所謂バイキング形式で、彼女たちの仕事内容は客を出迎え、テーブルに案内し、食事のシステムについて説明すると言うもの。そのシステムとはある一定の決まった金額を支払い、好きなだけ飲み食いできるシステムと、注文した料理に対してその都度、金額を支払うというシステムの説明であった。

―私たちは説明の仕方が書いてある紙をもらい、その紙を読んでもいいと言われました。けれど「レストランでお金を払い、お客様はそれ相当のサービスを期待している。外国人の実習生がぐずぐずしていたって、逆に怒らせてしまうだけではないのだろうか?」と心配でした。だから、私たちはすぐに聞いてみたんです。「私たちが紙を読んでなんていたら、お客様は怒ってしまうのではありませんか?」。私たちの聞いた質問に笑いながら、スタッフの方はこう答えたのです。「逆にお客様は喜ばれると思いますよ」と。結果、実際にそうだったんです。
私たちは日本の伝統的な衣装を着て、お客様を迎え、そして彼らの母国語で話しかける。その時はなんとも言えないくらい、とにかく、本当に感動しました。
こんな面白いこともありました。お客様がお酒を注文した時は「冷」なのか、「熱燗」なのかを聞く事になっていました。私は「熱燗」とメモを取っていると、お客様は驚きのあまり拍手をし、こう叫びました。「ジョウズ!!」。つまり、「おー、なんと、日本語を書くことも出来るんですね!」という意味だったのです。
スタッフの方々は本当にいろいろと助けてくれ、また教えてくれ、つたない英語と日本語やジェスチャーなどを組み合わせての意思の疎通だったのですが、本当に心と心の暖かい関係を結ぶことが出来たと思います。

―仕事中は面白いことがたくさんありました。ある時レストランに韓国のお客様が見えたのですが、彼らは日本語がわかりません。彼らはバイキング形式と言うことでアルコールの入った飲み物も無料だと考えたのです。彼らは無料の飲み物のコーナーに案内されました。その飲み物とは水とお茶でした。韓国のお客様は水を飲んでから、驚いた表情でお互いに顔を見合わせていました。彼らは少しかわいそうでした。だって彼らはビールを飲みたかったのですから。私は急いで彼らのところに行って、英語でアルコールは別料金であることを伝えました。

ホテルにとってもこのようなロシア人の研修生は無料の宣伝効果があると言える。地元テレビ局や地元の新聞社が彼女達の研修について取材し、彼女達の生活は日本のカメラマンの撮影と共に進んで行った。彼女達は町の名士達と食事をする機会もあったと言う。

―一度、私たちはレストランで本格的な日本のお寿司を食べてみたいと提案したことがあったのです。(日本の人々はロシア語のように《スシィ》とは発音しません。はっきりと《すし》と言います)。そして私たちはある晩にお寿司を食べる事になりました。食事を終えて帰る時、日本のお父さんは私たちにこう言いました。「私は研修が終わる時、みんなには喜んでロシアに帰ってもらいたい」。私たちはみんなそのロシア語訳に対して笑ってしまいました。なぜならその文章はロシア語では、「早く研修を終えて、ロシアに帰ってください」という様な意味に取れるのです。けれど本当の意味はすぐに分かりました。ロシアに帰っても、日本での研修を暖かい思い出として覚えておいてほしかったのです。
本当に、すばらしい研修でしたが、何かが足りない気がしていたんです。日本の空気は何の匂いもしません。あたかもなにか、空気が蒸留されていると言うのでしょうか。ウラジオストクに帰って来た時、空港で雨の匂いを嗅ぎ、不覚にも涙が出てきてしまいました。
函館のみなさんは私達を本当に暖かく見送ってくれました。プラットホームまで見送りに行くためには乗車券がなければ通してくれないのですが、日本人の学生たちは特別な通行券を自分たちで買ってまで私たちを見送りに来てくれました。

現在、リュドミラは日本語の学習に励んでる。インターネットで日本語のサイトを探してみたり、昔使っていた日本語の教科書や日本語の授業で配布されたプリントをもう一度取り出してみたりと。

―言葉は必要不可欠です。旅行会社やホテルで仕事をする時、日本人のお客様が来たら、日本語で一言二言いってあげたい。その人にとってはきっとうれしいはずだから。少なくとも私は日本に滞在している時、ロシア語で「こんにちは」の一言でも言ってくれる人が見つかった時、うれしかったから。日本を出発する時、なんとも言えない、けれどとてもなにか大切な気持ちに襲われました。日本のお父さんがいつも私たちに言っていた一つの哲学的なフレーズの意味をようやく理解できた瞬間はあまりにも遅く訪れました。それは「一期一会」と言う言葉。私たちは人と共に過ごす瞬間を大切にし、そして一つ一つの出会いを人生で最後かも知れないという姿勢を持って、そう心掛けて生きていかなければならないのです…。

(日本語訳:ロシア極東国立総合大学函館校 講師 工藤久栄)

日本にいながらロシアの大学へ!ロシア極東連邦総合大学函館校
ネイティブのロシア人教授陣より生きたロシア語と
ロシアの文化,歴史,経済,政治などを学ぶ、日本で唯一のロシアの大学の分校です。

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