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2018年07月11日

ロシア風のワルツについて

 一般向け文化講座「はこだてベリョースカクラブ」の今年度第3回目の講話内容です。

テーマ:「ロシア風のワルツについて」
講 師:スレイメノヴァ・アイーダ(准教授)

 ワルツの起源はオーストリアです。ロシアとは一見関わりはありません。しかし、帝国ロシアの文化には欠かせないものとなり、現代に受け継がれています。
 まず、ワルツ王であるヨハン・シュトラウス2世の話から始めましょう。シュトラウス2世は名前の通り2代目です。父親が1世です。甥っ子が3世です。
ヨハンの父親は音楽家でしたが、ヨハンが音楽をやるのを好ましく思っていませんでした。応援していたのは、母親のアンナです。浮気した父親よりも立派な音楽家に育てようと思っていたからです。
 結果として、ヨハンが父親の代わりに音楽で生計を立て、母や弟たちを養いました。ヨハンは立派な音楽家となったのです。
 しかし、音楽家というのは浮き沈みのある仕事です。オーストリアで仕事のない時、彼はロシアのサンクトペテルブルク郊外へ出稼ぎに行きました。出稼ぎと言ってもコンサートです。彼のコンサートはロシアで人気が出ました。この出稼ぎの期間中に、オリガという女性と恋に落ちます。結婚も考えましたが、しませんでした。オリガの両親に反対され、その関係は1年半という短い期間で終わってしまったのです。その後、二人とも別々の人と結婚しますが、彼は「僕の心はロシアに置いてきた」と言うくらいオリガのことを愛していました。
 さて、話をワルツに戻します。こうしてヨハン・シュトラウス2世のコンサートでワルツがロシアに広まりました。ヨーロッパの音楽や踊りがみんな好きでした。中でもワルツは、結婚相手を探す舞踏会で必要なものとなりました。
 有名なものはグリンカの「幻想的なワルツ」、チャイコフスキーの「花のワルツ」です。これらのようなワルツは貴族文化に欠かせないものになりました。
 徐々にワルツは貴族だけでなく、一般市民のものにもなりました。戦争中もワルツで兵士を応援する曲が作られました。「満州の丘に立ちて」や「アムール川の波」などがそうです。
 その後、一時期、ワルツの人気は下火になりました。貴族文化の舞踏会のイメージが強く残ったのです。これは悪い意味ではありません。そのきらびやかな美しいイメージは「戦争と平和」(1967)の映画のワンシーンに集約されています。そしてこれによって演劇のひとつとして、ワルツの人気がまた復活しました。
 ワルツのリズムそのままにアコーディオンで演奏する人も増えました。それはまるでパリのシャンソンのようです。こうして日常生活の中にワルツが浸透しました。
 そして現代のロシアでは、卒業式の日、結婚式の日にワルツを踊ります。高校の卒業式で踊るワルツは17歳の男女にとって初めてのダンスです。ある学校では3カ月以上も前から練習をします。女性はドレスを選んだり、様々な準備をします。結婚式では、花嫁が父親とワルツを踊ります。
 こうしてワルツは、オーストリアから来たものとしてではなく、ロシアはロシアとしてのワルツの形を作っていったのです。
 

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2018年07月09日

2017ウラジオストクの旅 4

*少し間が空きましたが、続けます。

 <3日目>

 日曜日、この日は極東大学日本学科の学生で、2016年にロシア極東大学留学生支援実行委員会の招へいプログラムで函館校に留学していたスルタノワ・リュバーワ(リューバ)さんが街を案内してくれた。ちょうど夏休み中でカフカス地方から遊びに来ていた従妹のディーナも一緒であった。ディーナはまだ16歳で、日本語はまったくわからないそうだが、タクシーを呼んだり、チケットを買う手伝いをしてくれたり、何かと世話を焼いてくれた。

 午前中はホテルから徒歩3分のところにある、アルセーニエフ記念沿海地方博物館を見学した。10年前に訪れた時とは随分印象が違う。以前はアムールトラや鷲のはく製、石などが展示されたカビ臭い、博物館らしいイメージだったが、今は歴史的資料というよりも“見せる展示”の度合いが高くなった気がする。

 コーナーごとにテーマがあり、北方民族の生活やソ連時代の赤十字活動の展示など博物資料はもちろんだが、3階では“ペルミの神像”という木造彫刻の企画展が行われていた。

 ランチはスヴェトランスカヤ通りをはさんでホテルヴェルサイユの向かいにあるスタローヴァヤ(食堂)で、それぞれ好きなものを注文する。カフェテリア形式で種類が豊富、ガラスケースにはピロシキ、サラダ、肉料理などが並べられ、スープや飲み物も選べる。ロシア語がわからなくても指さしで「これ、これ」と言えば済むので、気軽に入ることができる。

 午後は希望者6名とリューバとディーナでルースキー島に新しくできたオケアナリウム(水族館)に向かう。ほかの人々はホテルで休息したりお土産を探しに出かけたり、自由である。

 
 さて、水族館チームはタクシーで黄金橋とルースキー大橋、二つの橋を渡り、いよいよルースキー島に上陸する。極東大学のキャンパス前も過ぎたが、今日は素通り。停車場でタクシーを降り、プロムナードを歩いて行くと、大きなシャコ貝のようなオケアナリウムの建物が見えてくる。事前情報ではとても混んでいて入場に2時間待ち、などと聞いていたし、日曜日なので心配したが、リューバがチケットを先に手配してくれたこともあり、並ぶことなく入ることができた。ここも“見せる”展示内容で、ロシアはこういうところの見せ方は本当に上手だなあ、と思う。世界最大級の水槽を持ち、館内はとても広く、あちこちに海のオブジェや熱帯ジャングルもあり、まるでディズニーランドみたいな水族館だ。

 刷毛で砂をよけると化石を発見した気分になれるコーナーなど、遊び心満載である。

 そしてチケットに記載されている時間にプールに行くと、ショーを見ることができた。イルカのジャンプ、アシカの曲芸、腹筋するトドなど愛嬌ある海獣たちのショーはなかなかクオリティーが高い。
 見ごたえのある水族館で、全部を回りきることはできなかった。

 ふたたびタクシーでホテルに戻る。リューバとディーナとはここでお別れ。二人ともオケアナリウムには行ったことがなかったので、とても喜んでくれた。リューバは日本語が随分上達していたし、ウラジオで再会できて嬉しかった。かわいいディーナもよく付き合ってくれて、ありがとうございました。

 少し休憩した後、ホテルの隣のスタローヴァヤ「ニ ルィダイ(Не рыдай=泣くな)」で夕食をとった。今回の旅行の基本は5泊6日コースだが、3泊4日コースで参加した二人はこの夜が最後となるため、全員での晩さん会となった。スタローヴァヤなのでお酒は置いていない。自分たちで持ち込んでもよいと言われたが、不幸にも向かいのお店のレジが壊れていて、今日は売れないという。しかたがないのでクローバーハウスというショッピングセンターの地下にあるスーパー、フレッシュ25まで買い出しに出かけた。ここは24時間営業で何でもそろうので、お菓子などちょっとしたおみやげ品を買うにも便利なところだ。

 「ニ ルィダイ」ではペリメニ、蕎麦の実のカーシャ、極東地方特産のわらびの和え物や甘いものまでいろいろお皿に載せて、レジでお会計する。ヨーグルトのピロシキというのは初めて見たので、どんなものかと試してみたら、ヨーグルトというより甘酸っぱいクリームパンのようなものだった。みんなよく食べ、よく飲み、よくしゃべった。

 食事の後は勢いづいて、ウラジオストク駅の方向へアレウツカヤ通りを下り、右に入ったところにある、俳優ユル・ブリンナーの像まで全員で散歩した。名舞台「王様と私」のシャムの王様の格好で腰に手を当て、少し顎を上げ気味に遠くを見ているユルの前で、ハイテンションになった私たちは同じポーズで写真を撮った。みんなで笑い転げて、この一年で一番笑ったという人もいた。

 せっかくみんな打ち解けたのに、もう帰国する人がいるとは、3泊4日は短すぎる。しかも明日は飛行機が早いので、朝5時50分にはホテルを出発しなければいけない。正味2日しかウラジオストクを見ることはできなかったが、二人とも楽しかったと言ってくれた。二人が満足なら良かったと、心から安堵する。

 ホテルに帰るとフロントで、帰国する二人のために明日の朝食ボックスが手渡された。サンドイッチやヨーグルト、ジュース、ゆで卵など軽い食事がコンパクトに詰められていた。(つづく)

          

ロシア極東連邦総合大学函館校 事務局 大 渡 涼 子

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ミリオン・ズビョースト 第96号

函館校の学報であり、函館日ロ親善協会の会報であるミリオン・ズビョースト/百万の星 第96号を函館校のページに掲載しました。

 今回の巻頭言は、4月に着任した安達幹彦事務局長による「極東大学に勤務して」です。着任してまもなく約3カ月。函館校のある元町地区は安達事務局長にとって思い出の地だそうです。その自身の経歴やロシアとの関わりについて書いていただきました。

また、同じくこの春から函館校の一員となった学生からの投稿もあります。ロシア語を学び始めて約3カ月、その喜びや苦労が垣間見える文章です。是非ご一読ください。

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2018年07月02日

2018年極東大学オリジナルカレンダー 7月は??

<7月>
 ウラジオストクのスポーツ湾は家族やカップルが訪れる場所です。夏はボートや海水浴、冬は凍った海面を歩いて楽しむこともできます。
 スポーツ湾を背にして街の方向を見ると、噴水があります。周りには屋台や映画館、遊園地などがあり、老若男女の憩いの場となっています。
 また、この側には一際目を引くカラフルな観覧車が設置された遊園地があります。この観覧車は窓がなく開放的な気分を味わいながら、スポーツ湾とそしてウラジオストクの街の景色を眺めることができます。
 

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