2005年06月09日

●ラニェーフスカヤ(第1回)

ラニェーフスカヤ Раневская Фаина (1896~1984年、映画舞台女優。1961年ソ連人民俳優、49年、51年と2度スターリン賞受賞、1976年レーニン勲章受賞)

 今ロシアでは新しい小話のヒロインが生まれつつある。名言を数多く生んだラニェーフスカヤである。生まれたときの姓はフェーリトマンФельдманと言い、チェーホフ所縁のロシア南部タガンローグ市の富裕なユダヤ人の家庭に生まれた。一家は革命のときロシアを離れたが、ラニェーフスカヤは女優になりたくてロシアに残った。ラニェーフスカヤという姓の由来は、家からの送金をうっかり風に飛ばしてしまったときに、追いかけもせずに彼女は「飛び去って行くと言うのはなんて悲しいの」とつぶやいた。それを見た友達が「桜の園」のラニェーフスカヤみたいだというのでつけられたという。彼女はこの姓はロシア語のラーナраноから来ており、早咲きの人という意味でチェーホフがつけたのではないか、つまり時代よりも早く生まれすぎたからだと述べている。舞台では「ソナタ «悲愴»」での売春婦ジーンカЗинка役、チェーホフ「桜の園」のシャールロッタШарлотта役、その他サヴェジ夫人миссис Сэвидж役など名高い。もう舞台で見ることはできないが、モスクワの秋葉原と言われるゴルブーシュカГорбушка(地下鉄バグラチオーノフスカヤБагратионовская駅の近く、昔はロックコンサートがこの近くの公民館でよく行われた)に行けば、500円くらいで、CDやビデオが手に入る。もっともビデオ(特に最新作、例えばスパイダーマン2にはほとんど音が入っていなくてサイレント映画みたいだった。)やCDの音質はあまりよくない。ここでラニェーフスカヤの映画のビデオを数本手に入れた。余談だが、タンゴの王と言われたピョートル・レーシシェンコПетр ЛещенкоのCDも買った。隣は市場で、チコリーцикорий(代用コーヒー)なども売っている。

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●ラニェーフスカヤ(第2回)

彼女は脇役で主役を食ってしまうことがよくあった。「夢Мечта」という映画のポーランドのユダヤ女主人役はロマンロランも激賞したという。私が見てよかったと思うのは映画「重箱男(殻男というのが定訳だが、直訳ではカバーфутлярに包まれた男であり、このカバーはメガネカバーや車カバーなどカバーする(包む)ものと同じような形をしたものを指す。チェーホフの原作を読めば、重箱をつつくという意味から重箱男の方がよいのではないか。)」における学監の妻の役で、ピアノを引いているときに、旦那さんが一杯きこしめして擦り寄ってくる場面で、早くも遅くもなく、かといってゆっくりでもなく、自然にしかも腹に響くようにビンタを食らわせて、「また飲んだくれてるね。人がミュージックにいそしんでいるのに」というセリフにはしびれてしまった。また「パルホーメンコПархоменко」という映画はマフノーМахноとの国内戦を描いた単なる国威発揚映画だが、その初めの方にラニェーフスカヤがピアノ弾きの役で出ている。口付きタバコпапиросаをくわえながら歌うのだが、そのアンニュイ感は絶妙である。ここだけ見れば後は見る価値はない。「捨て子Подкидыш」でのリャーリャでのセリフ「Муля, не нервируй меня! ムーリャ、イライラさせないでよ」は全国的に有名になり、彼女が街を歩いていると子供達がはやし立てるので、ラニェーフスカヤはこれを嫌がったと言う。1976年80歳でレーニン勲章授与のときブレジネフがこのセリフを言ったとき、ラニェーフスカヤはそれは街の餓鬼が言うセリフですよと言ったら、さすがのブレジネフもどぎまぎして、私はあなたが大好きなんですと答えたと言う。

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●ラニェーフスカヤ(第3回)

 エイゼンシュテインの映画「イワン雷帝」(1942~43年)におけるイワン雷帝の叔母の大貴族夫人エフロシーニヤ・スタリーツカヤ役に推されながら、映画「夢」でのユダヤ女主人の演技が抜群だったためと、風貌がユダヤ人そのものである(もっとも彼女はユダヤ人ではあるが)という理由で共産党トップの受け入れられるところとはならなかった。戦争が始まっており、国威発揚のためユダヤ人排撃が始まりつつあったのである。
 心を偽らない一見奇矯とも見える彼女のユーモラスな言動は新たなアネクドート神話を築きつつある。彼女は天然ボケではなく、女流詩人アフマートヴァやブルガーコフ夫人との交流や豊富な読書量に裏付けられた知性人であることを理解する必要がある。吉本の社長がある芸人を指して、あれは天然ものですから傷みが早いと言った言葉が思い出される。それは天然ボケの生き腐れ、とか立ち腐れということだと思うが、ラニェーフスカヤはそうではない。ラニェーフスカヤは小話を創作したのではなく、ただ場面場面での会話の切り返しが上手だったと言う見方もある。ラニェーフスカヤの小話とされているものの中で、友人でイタズラ好きの俳優のプリャットРостислав Плятт やゼリョーナヤРина Зеленаяが面白がって作ったものも相当あるらしい。

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●ラニェーフスカヤ(第4回)

Во время Отечественной войны не хватало многих продуктов, в том числе и куриных яиц. Для приготовления яичницы и омлетов пользовались яичным порошком. Народ к этому продукту относился недоверчиво, поэтому в прессе постоянно печатались статьи о том, что порошок этот очень полезен, а натуральные яйца, напротив, весьма вредны. Война закончилась, появилсь продукты. В один прекрасный день несколько газет поместили статьи, утверждающие, что яйца натуральные – полезная и питательная еда. В тот вечер замечательная актриса и меткий острослов Ф. Г. Раневская звонила друзьям и каждому радостно сообщала: «Поздравляю, друзья мои! Яйца уже реабилитировали!»
*яйца に卵と睾丸の意味の俗語をかけている。
*яичное порошок 乾燥卵、井上ひさしの「東京ローズ」に乾燥卵が出てくる。つまり日本でも戦後直後は出回っていたのである。
訳)
 第2次世界大戦中、多くのものが不足したが鶏卵もそうであった。卵焼きやオムレツ用には乾燥卵が使われた。しかし国民は乾燥卵には信をおかず、そのためマスコミでは乾燥卵の方がよい、天然ものは有害であるというキャンペーンをずーっと流していた。戦争が終わってものも出始めたあるとき、いくつかの新聞に天然卵は体のためによくて、栄養があるという記事が載った。このときラニェーフスカヤは友人達に電話して、楽しげにこう言った。「みなさんおめでとう。タマタマはもう名誉回復よ」

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●ラニェーフスカヤ(第5回)

В ее паспорте значилось: «Фаина Григорьевна Раневская», но в жизни ее чаще всего называли Фаиной Георгивной Раневской. И устно, и письменно,
- Почему?
- Вот уж никогда не задумывалась над этим! Называют и называют – какая разница как! – ответила Раневская, а потом добавила: - Может, мне хотят польстить? Ведь Гришка – Отрепьева, а Георгий – Победоносец!
*может = может быть
訳)彼女のパスポートにはファイーナ・グリゴーリエヴナ・ラニェーフスカヤとあるが、実生活ではよくファイーナ・ゲオールギエヴナ・ラニェーフスカヤと呼ばれた。
「どうして?」
「そんなこと考えたこともなかったわ。呼ばれるのは呼ばれるからよ。どんな違いがあるっていうの。」とラニェーフスカヤは答えます。その後つけ加えて、「ひょっとしたら、ごまをすってくれてるのかも。だって、グリゴーリエヴナはグリーシャ(グリゴーリーの蔑称で、歴史上では17世紀の偽ドミートリーДимитрий Самозванец、いわば天一坊のスケールを大きくしたものを指す)を連想させるけど、ゲオールギエヴナなら、聖ゲオールギーとなるもの(モスクワ市の旗にもあるように竜退治で竜を踏んづけている)。

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●ラニェーフスカヤ(第6回)

- У него голос – будто в цинковое ведро ссыт.
*ссать ションベンする(卑語、使わない方がよい)
訳)あいつの声ったらブリキのバケツにションベンしたみたいね。

Однажды Раневская участвовала в заседании приемной комиссии в театральном институте.
Час, два, три ......
Последей абитуриентке, в качестве дополнительного вопроса, достается задание:
- Девушка, изобразите нам что-нибудь очень эротическое, с крутым обломом в конце ...
Через секунду приемная комиссия слышит нежный стон:
- А ... аа ... ааа .... Аа-а-а-пчхи!!!
*облом オチ(肩すかしの)
訳)
 あるときラニェーフスカヤが演劇大学の入学試験官となりました。1時間、2時間、3時間(と時は過ぎて行きます。)
最後の女子受験生に追加の問題として出されたのは、
「とてもエロチックで、終わりが肩すかしとなるようなオチを表現してください」
「アー、アアー、アアアー、アー、クション」

Эх, не имей сто рублей, а имей двух грудей.
訳)ほんとに、100ルーブルより二つの胸を持てよね。
解説)バストの豊かで配役に恵まれた女優を見て。ラニェーフスカヤは胸は立派な方ではなく、大きい鼻にコンプレックスを持っていた。ロシア語の諺「100ルーブルではなく、100の友を持て(金より友。友情は金で買えない)Не имей сто рублей, имей сто друзей」から。筆者なら「100のチヂン(知人)より二つのチチ(乳)を持てよね」とする。

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●ラニェーフスカヤ(最終回)

- Почему, Фаина Георгиевна, вы не ставите и свою подпись по этой пьесой? Вы же ее почти заново за автора переписали!
- А меня это устраивает. Я играю роль яиц: участвую, но не вхожу.
訳)
「ラニェーフスカヤさん、どうしてこの戯曲に自分の名前を入れなかったんです?作者の代わりにほぼ全部書き直したのはあなたじゃないですか」
「これでいいのよ。私、タマタマの役をやっているのよ。参加すれども介入せず」

- Что такое облысение?
- Это медленное, но прогрессивное превращение головы в жопу. Сначала по форме, а потом и по содержанию,
*жопа お尻の卑語、つまり「ケツ」。使わない方がよい。
訳)「ハゲとは何か」
「それはゆっくりとしてはいるが、進み行く頭のケツへの変貌である。初めは形態から、その後は中味の」

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