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<title>閑話傍題（アネクドートの小部屋）</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/</link>
<description>－タイトルについて－

これは閑話休題がもとですが、閑話はアネクドートのことで、小話を読んでみて、及第となるのか、はたまた「コリャ、ア閑話」となるのか受け取り方は人それぞれという意味もかけています。
傍題は「針小棒大」と「膨大」、それと「本題ではない」と言う意味を掛けています。</description>
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<dc:date>2010-03-07T18:40:17+09:00</dc:date>
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<title>新帯研　第104回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/03/104.html</link>
<description><![CDATA[<p>今回の話題は散漫。ロシア語の隠語ではшестёрка（標準語では６番）というと三下のことだが、これはカードゲームで価値の低い取札ということから来ている。別の説では革命前のтрактир（食事処、ロシア料理のレストラン）のボーイполовойの月給が1カ月6ルーブルであり、このボーイのことをそう呼んだという説もある。половойはチップで生計を立てるのが普通で店から給与をもらわない場合も多かった。日本語では陸（ろく）というのは、「平らなこと」から「まじめなこと、きちんとしていること、十分なこと」という意味になり、「ろくでなし」は「のらくらもの、役立たず」という意味なのはなぜかおかしい。<br />
60年代末現在のトヴェルスカーヤ通りは、若者の間でそれまでブロドウェイБродвейと呼ばれていたのがストリートСтритと変わった。厳密にはゴーリキー通りの左側でプーシュキン広場からホテル「モスクワ」までを指した。<br />
ロシアでは第1次世界大戦が始まったころから禁酒令が敷かれ、それを革命政府も踏襲してきたが、密造酒にからむ犯罪が増えたため、酒を飲まないように1918年5月1日工業用アルコールに毒を混ぜるという政令を発布した。Постановление о добавлении яда к техническому спирту, дабы неповадно было пить.しかし、それでも酒はなくならなかった。<br />
今回の課題は、<br />
Жена наставила мужу рога. Узнав об этом, он откинул копыта.<br />
設問１）和訳せよ。<br />
設問2）イギリスのことを英国、大英帝国と日本語では言いかえるが、ロシア語ではどうか？</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2010-03-07T18:40:17+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/03/103.html">
<title>新帯研　第103回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/03/103.html</link>
<description><![CDATA[<p>ロシアの街でшиномонтажという看板を見かけることがある。ロシアのガソリンスタンドは給油専門でそれ以外のサービスをすることがない。タイヤがパンクして交換する場合にはшиномонтаж、故障ならремонтный заводと分業化が進んでいる。ユーザーには不便な限りと思うが、基本的にロシア人は日常の車の点検は自分でするのが普通なのであまり気にしないのかもしれない。ロシア人観光客でガソリンスタンドのピストル型給油装置が珍しいと言って写真を撮っていた人もいた。<br />
江戸時代の奇譚や噂話、薬の処方などを記した耳嚢（根岸鎮衛）の巻之八に「チンカという病名の事」という記事があって、「歯茎など黒く成りて…其病ヲロシヤの地などは多く…」とあり、ツィンガーцинга（壊血病）のように思われる。治療法は「股の黒く成し所は針して血を取て吉し」とあるが、ビタミンＣの不足からおこる病気ゆえ、これでは治らないだろう。それにしても著者の根岸鎮衛（1737～1815）は鎖国していた江戸時代の人だからその好奇心と知識欲には驚くほかはない。<br />
（文学志望の君に贈るトルストイの言葉）<br />
Пишите, когда приспичит.Когда чувствуете потребность писать, - пишите. Человек как чайник. Закройте чайник, - пар пойдёт носиком. Раз чай горячий!<br />
書かねばと思ったら書きなさい。書く必要があると感じるときには書きなさい。人は急須のようなものです。急須の蓋を閉じると蒸気が口から出てきます。お茶が熱ければ。<br />
今回の課題は、<br />
- За что сняли Подгорного?<br />
- За небрежность вместо «дублёнка» он сказал «дублёнька»<br />
設問）訳せ。オチを別に解説してもよい。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2010-03-05T12:38:59+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/02/102.html">
<title>新帯研　第102回</title>
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<description><![CDATA[<p>間宮海峡のことをロシア語でТатарский проливというが、ただ漠然とサハリン近辺にタタール人が住んでいたのだろうと思っていて深くは考えなかった。クルゼンシュテルンの「最初のロシアによる世界周航記」によると、レザーノフ使節とともに日本を離れた後、蝦夷、千島列島、サハリンを経てカムチャッカ半島に戻ったわけだが、そのときサハリン南部に住むクリール人（アイヌ人のこと）とは明らかに種族が違うサハリン・タタール（またはアムール・タタール）人について記している。つまり18世紀末から19世紀前半まではニヴヒ人（旧ギリヤーク人）をタタールと呼んでいたことが分かる。間宮海峡をタタール海峡とロシア語で呼ぶのはそのためである。今回の課題は、<br />
Парфюмерные товары к ленинскому юбилею: одеколон «Ленинский дух», пудра «Прах Ильича», мыло «По лениским местам».<br />
設問）訳せ。オチを別に解説してもよい。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2010-02-28T12:58:10+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/02/101.html">
<title>新帯研　第101回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/02/101.html</link>
<description><![CDATA[<p>ドイツの外交官ゲルベルシュテインГерберштейн（1486～1566）はヴァシーリー3世治下のモスクワを2度（1517年と1526年）訪問した。そのときに大公（ツァーリを名乗るのは息子のイワン4世以降）であるワシーリー3世に謁見したわけだが、呼びかけのときにワシーリー3世の全肩書きを読み上げられるわけで、それにかなり時間がかかり、外国の使節は閉口したようである。16世紀末になると、最初の呼びかけのときだけ帝の全部の肩書が読み上げられ、二回目からは「帝と大公がおつかわしになるцарь и великий князь подаёт」と短くなった。大公がパンを外国の使節や臣下に下げ渡すときも同様で、このときの白パンは形状からカラーチのようである。パンを下げ渡すのは大公からの恩顧を示し、特に塩は最高の名誉とされた。宗教上肉の許される日には、一番目に出てくるのは焼き白鳥だった。あまりうまいものではなかったらしい。これを酢、塩、コショウ、酸乳（液状ヨーグルト）をつけて手で食べた。ナイフを出されたのは特別な貴賓のみで、後の人には手で食べれるようあらかじめいくつかに切って出された。西洋のようにソースとかサラダオイルのようなものは知られていなかったとゲルベルシュテインは書いている。この食事は長く、終わるのが午前1時ということもあった。政務はこの昼食前に終わらせる決まりなので、終わるまでは食事ができなかった。この食事のあとは政務はしなかったとある。<br />
　ちなみにイワン雷帝の書簡から肩書を抜き書きしてみる。<br />
Великий государь, царь и великий князь Иван Васильевич всея Руси, Владимирский, Московский, Новгородский, царь Казанский и царь Астраханский, государь Псковский и великий князь Смоленский, Тверский, Югорский, Пермский, Вятский, Болгарский и иных, государь и великий князь Нижнего Новкорода, Черниговский, Рязанский, Полоцкий, Ростовский, Ярославский, Белозерский и отчинный государь и обладатель земли Лифляндской Немецкого чина, Удорский, Обдорский, Кондинский и всей Сибирской земли и Северной страны повелитель（全ルーシ、ウラジーミル、モスクワ、ノーヴゴロド大君主、帝にして大公イワン・ワシーリエヴィチは、カザン帝にしてアストラハン帝、プスコフ君主、スモレンスク、トヴェーリ、ユゴール、ペルミ、ヴャーツク、ボルガール他の大公にして、ニージュニー・ノーヴゴロドの君主にして大公、チェルニゴーフ、リャザン、ポーロツク、ロストフ、ヤロスラーヴリ、ベロゼール世襲領地の君主にして、リフリャンジアドイツ位の所有者にして、ウドール、オブドール、コンヂン、全シベリア領土および北方の統治者）今回の課題は、<br />
В Шотлландии разводят лохнесских чудовищ в пропорции: два лоха на одну Нессии.<br />
設問）訳せ。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2010-02-23T19:10:36+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/02/100_1.html">
<title>新帯研　第100回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/02/100_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>例えば、Это проблематично в свете решений, принятых на собрании.という文があったとして、в светеの意味が分からないとしよう。岩波の露和辞典を引くと、в свете чегоで「～にかんがみて、～の見地から見て」という訳が載っている。これで終わりにしてもいいのだが、言語運用（発話）能力向上用の語彙（通訳をするための和文露訳用の語彙）を増やそうと考えるなら、さらに露露辞典を引いてみるべきだ。露露には、с учётом чего-л., в соответствии с чем происходит что-л., с точки зрения чего-л.と説明してある。辞書の説明は普通分かりやすい語句を使うのが当然で、説明にある語句を知らなかったのならこれも暗記してしまうとよい。с точки зренияは「～の見地から見て」ということだし、с учётомは「～を考慮して」（上の例文では意味が取りにくいが）であり、в соответствии сは、「～に基づいて、～に一致して」ということである。例文の前置詞句の中にсвет（光）が入っているので、これをもとに訳がずれないように和訳すれば、「会議で採択された決定に照らして、これは問題だ」というのも可能である。<br />
外国人には風呂敷が珍しいらしいということはいろいろ書かれている。アーネスト・サトウの「一外交官の見た明治維新」（岩波文庫、1960年）にもそのようなことが書かれている。確かに一升瓶を風呂敷で包むとかいろいろな包み方があるというのは外国人にとって驚きであろう。19世紀のロシアの役人に関する本を読んでいたら、その頃の小役人は勤務時間が午前9時から午後3時で、家族持ちは в узелке из платка（プラトークを包みにして）残業の書類を持ち帰ったとあるから風呂敷ではないかと考えた次第。この時代取っ手のついたハンドバッグはまだない。今回の課題は、<br />
設問1）和訳せよ。<br />
-Скажите, пожалуйста, здесь живёт Эдита Пьеха?<br />
- Нет, здесь живёт Иди Ты на Хуй.<br />
設問２）次の語句は正しいか？<br />
в отсутствии отца</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2010-02-15T22:11:26+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/02/99_1.html">
<title>新帯研　第99回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/02/99_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>アネクドートもさまざまで人により好みも違う。私の好きなのはロシア語のダジャレкаламбурで、しかもその和訳が日本語でもダジャレになるもの、もっというとそこから派生して、まったく別の日本語のダジャレになるものである。つまりロシア人には結果的にそのオチが分からなくなるというのが好きだ。そうなるとオリジナルのロシア語の小話がまったく別の小話に変身するということになる。第98回の課題も、成功しているとはいえないまでもこれに近いと思う。第100回のものなどトライされるとよい。<br />
ロシアでは春か夏にボイラーの予防点検をする。そのため3週間ぐらい風呂が使えない。真冬に暖房が壊れてはこまるのでやむを得ないが、この3週間は真夏でもない限り困る。ロシア人の出張の必需品に電気ヒーターがある。これは金属の電熱コイルがむき出しで、これを水が入ったカップに入れて温めて紅茶などを作る。この大型のも売っていて、我が家ではこれをバスに入れ、お湯を沸かしていた。ただ漏電しないのだろうかといつも気になっていたが特にそういうこともなかったが、暖かくなるのに1時間以上かかるのにはまいった。今回の課題は、<br />
設問）和訳せよ。<br />
Килька и тюлька вышли замуж за рыб еврейской национальности и стали мойвой и сайрой.</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2010-02-11T22:23:02+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/02/98_1.html">
<title>新帯研　第98回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/02/98_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>モスクワの冬は寒い。そのため寒暖計に必需品である。ただどこにかけるかが問題である。あるときの昼間、外に出ようとして、寒暖計を見るとプラス15度ある。雪が積もっていたが、さんさんと日光が降り注いでいる。オーバーも着ないで外に出た瞬間、間違いに気づいた。マイナス15度だったのである。寒暖計がこわれていたわけではなく、寒暖計のかける場所に日光があたって、寒暖計を温めていたわけである。寒暖計は日陰におかないといけない。<br />
男装で戦った女性は何人かいるが、旅順攻防戦の女性英雄ハルチーナ（？～1904） Хартина Евстафьевна Короткевичはほとんど知られていない。ハルチーナは第13東シベリア連隊第7中隊兵卒として勤務。トボーリスクの農民の子として生まれ、6歳で母をなくす。すぐに女中や乳母を経て、1902年ヤーコフ・コロトケーヴィチに嫁ぐ。夫が1904年2月に召集されると、夫の後を追って前線へ向かう。男装して夫の任地にたどり着く。場所は日露戦争の旅順。1904年4月4日連隊勤務許され、同年10月3日日本軍の砲弾の爆発により戦死。旅順攻防戦の英雄としてスチェパーノフの「旅順」にも描かれている。今回の課題は、<br />
Перекличка:<br />
-	Петров!<br />
-	Я!<br />
-	Иванов!<br />
-	Я!<br />
-	Череззаборногузадирищенко!<br />
-	Я!<br />
-	Ни фига себе фамилия!<br />
-	Я!<br />
設問）和訳せよ。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2010-02-09T12:58:33+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/02/97.html">
<title>新帯研　第97回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/02/97.html</link>
<description><![CDATA[<p>カザフに駐在していた頃カザフスタン東部の都市アクチュービンスクの近くのクロム鉱山に出張することがよくあった。1996年の冬でカザフの経済もあまり芳しくなく、ホテルも鉱山経営のが一つあるきりで、客も少なかった。あるときカザフ人の部下と一緒に昼食食べていた。客は他にはロシア人女性の技師が二人。私の座っているところから料理が出てくる廊下が見える。廊下には黒っぽい影が見え、猫がいるのかなと思った。料理を食べていたら、部下が肘でつく。「佐藤さん、佐藤さん、ドブネズミкрысаだ」。女性もいるのだから大きい声は出すなと言った瞬間、魂消るような悲鳴のあとに、なんとそのロシア人の女性は二人ともぴょんとイスの上に飛び乗り、ナイフとフォークを振り回していた。猫と思ったのはドブネズミだったのである。人間というのは必死になると神業みたいな真似ができるなと感心した次第。<br />
1985年頃Бородино「ボロヂノー」というボロヂノーの戦いに関する本を「軍事図書」という本屋で買った。当時2万円ぐらいした豪華本で挿絵が豊富だった。買う時に売り子がわざわざ上司のところに行って外国人にこのような本を売っていいのかとお伺いを立てていたのを思い出す。軍事図書は紫色の建物でサドーヴァヤ環状道路沿いにあったが、７、８年前につぶれてしまった。今回の課題は、<br />
Чукча идёт по улице: на шее у него полотенце намотано, на плече висит огромная бас-труба, а за собой он тянет на верёвке двух коров.<br />
- Чукча, ты куда это собрался?<br />
- Чукча в баня звали.<br />
- А труба и коровы тебе зачем?<br />
- Мне сказали, что в баня пойдём с тёлками гудеть.<br />
設問）和訳せよ。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2010-02-04T13:41:08+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/02/96_1.html">
<title>新帯研　第96回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/02/96_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>ロストフ・ナ・ダヌーРостов-на-Донуは20世紀初めからロストフ・パパと言われ、オデッサに並ぶ犯罪都市だった。カフカスからのロシアへの出口に位置しており、グルジア人、アルメニア人、ユダヤ人も多かったことによる。残念ながらロストフ・ナ・ダヌーには行ったことはないが、現在もロストフの公園にはブジョンヌィ将軍（第一騎兵軍1-я Конная армияの指揮官）の乗馬像が立っており、「6時にタマの下で会おうぜ」といった表現も現地では聞かれるとのこと。是非どなたか行くチャンスがあれば確かめてほしい。<br />
Памятник С.М. Буденному в центре города<br />
Говорят, что великий скульптор Вучетич изначально изобразил Буденного на кобыле, но затем, по указанию «сверху» срочно переделал кобылу в жеребца, приляпав к статуе исполинские яйца. Теперь монумент (а точнее его незначительная часть) - одна из достопримечательностей города. Дом Советов, находящийся за монументом, часто называют «домом под яйцами». «Встретимся под яйцами» - означает свидание возле этого памятника. Еще говорят, что иногда шутники красят эти яйца в яркие, веселые цвета.<br />
（市の中心に立つブジョンヌィの銅像<br />
大彫刻家のヴチェーチチは最初牝馬にまたがったブジョンヌィを作った。しかしながら、後になって上からの指令により、銅像に巨大なタマをくっつけて、早急に牝馬を雄馬に作り変えた。いまや記念碑（より正確にいえば、その微々たる部分）は市の名所の一つである。記念碑の後ろにあるソビエト会館はしばしば「タマの下の家」と呼ばれる。「タマの下で会おうぜ」というのは、この記念碑のそばでのデートを意味する。さらに、ときどきイタズラ者がこのタマを明るい、楽しい色に塗ることもあるという）<br />
ロシアにはтаксофонというのがあるが、長いことタクシー呼び出し電話だと思い込んでいた。ソ連はさすがに進んでいると思ったのものだったが、最近になって何のことはないтелефон-автомат公衆電話のことで、таксо-というのは時間単位で課金されるという意味だということが分かった。今回の課題は、<br />
На призывной комиссии:<br />
-	Ваша фамилия?<br />
-	Ба... Бабах...Бабахин<br />
-	В пулеметную роту!<br />
設問１）和訳せよ。<br />
設問２）次の語句のうちどれが正しいか？<br />
a) спускаться с лестницы<br />
b) спускаться по лестнице<br />
c) во дворе<br />
d) на дворе</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2010-02-03T12:44:05+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/02/95_1.html">
<title>新帯研　第95回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/02/95_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>旧ソ連では１階や２階は泥棒に入られやすい。ガイダールという最近亡くなったロシアの元首相も１階にマンションに住んでいて、危険だからといってエリツィンに新しい住まいを提供するように頼んでいる。カザフにいるときある日本の商社の所長の家が２回連続泥棒にやられた。マンションの２階である。ただこの所長単身赴任で、地方に出張した時に入られたらしいが、どうして２回も留守だとわかったのか日本人会で不思議がられた。どうもこの所長、部下には厳しい人で、会議中こっくりしようものならボールペンを居眠りしている部下にぶつけるという人だったらしい。前の駐在は東南アジアで現地人の部下を下に見るという癖がついていたようだ。旧ソ連ではそうはいかない。現地の人をなめるとえらい目にある。多分、それとなく出張の日が漏れていたのかもしれない。今回の課題は、<br />
Детям дали задание узнать, какого роста был Владимир Ильич. Если не найдут в книжках, спросить у родителей. На следующий день на уроке.<br />
Маша: У него был рост 168 см.<br />
Петя: У него рост был 169 см.<br />
Вовочка: Он был карлик. Я у папы спросил, а он ответил: «А мне – по хую».</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2010-02-01T12:00:41+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/01/94_1.html">
<title>新帯研　第94回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/01/94_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>1990年代初め、ロシアではまだ本が（というよりは古本が）とても安かった。1冊100円か200円でハードカバーを売っていた。ここぞとばかりに買い込み、1回のロシア出張で60～70冊買っていた。郵便局から送ればいいようなものだが、当時は外貨ショップ（ベリョースカ）で買ったものでないと（そのレシートを提示する必要があった）受け付けてくれない。1950年以前の本だと文化省の許可を取れとかうるさかった。最初はアエロフロートのチックインカウンターでカレンダー3本でエクセス（超過重量分の支払い）を勘弁してくれた。一度だけその前の税関でひっかかったことがある。ゲルツェンとストルガツキーの全集だったが、端本（全集のうちで揃いとなっていないもの）はいいが、全集は国外持ち出し禁止だという。見送りのわが社の運転手も帰った後で結局税関の前の廊下に20冊ほどおいておく羽目になった。2冊ぐらい読んで、なるほどと思ったところに印をつけていたので、手放しがたく、いろいろ粘ったが駄目だった。ロシアで誇れるほぼ唯一の文化を日本に広めてやろうとしているのにその態度は何だとかいったが、先方は馬耳東風。全集から2冊ずつ抜いて、これなら端本だなといって通してもらった。結局その後端本では売っていないので全集をモスクワで買い直し、置いてきた分を次回の出張で持ち帰った。今回の課題は、<br />
К концу пятилетки у нас будет по 10 кг мяса на человека, - говорит лектор.Его перебивают из заднего ряда:<br />
- Тут плохо слышно, вы сказали «ка» или «ке»?<br />
- Не понимаю вопроса.<br />
- На человеКа или на человеКе?<br />
設問１）和訳し、オチを説明せよ。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2010-01-30T12:36:53+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/01/93_1.html">
<title>新帯研　第93回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/01/93_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>カザフ国内を出張していたときのこと、深夜にアクチュービンスク（カザフ西部）からアルマトゥイ行きの便に搭乗した。座席の前方が騒がしい。若い人がスチュワーデスと口論になっている。その若い人は酔っ払っていて、中年のがっしりしたスチュワーデスが「Молодой человек（直訳すれば「若い人」）、周りの迷惑になるから降りるように言ったとたん、いきなり胸のボタンを外して胸を出そうとする。男じゃないぞということらしい。うら若き女性だったのである。頭がショートカットだから分からなかったわけで、結局たくましいスチュワーデス二人に腕を取られて飛行機を下りて行った。カザフでもロシアでもスチュワーデスは毅然として（態度がでかいということでもあるが）、頼もしい。<br />
ロシアにもモグサというものあったというのを最近知った。мокса といって、日本のヨモギと違い、木綿クズで皮膚の上に載せる。革命前のギリシャ起源の民間療法らしい。今回の課題は、<br />
Демократия - это когда народ открыто проявляет недовольство своим правительством. А диктатура – когда народ также открыто выражает недовольство чужим правительством.<br />
設問）和訳せよ。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2010-01-29T13:32:36+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/01/92_1.html">
<title>新帯研　第92回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/01/92_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>革命前のロシアの貴族の称号（爵位）дворянские титулыを戦前の日本や西欧のように公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と考えている人がいるようだが、それは違う。ロシアでは公爵、伯爵、男爵のみである。公（侯）爵、伯爵、男爵のみである。公爵свелейший князь（侯爵の中で特に功績のあったものに与えられた）や侯爵 (простой) князьはРюриковичи (Вяземскиеなど), Гедиминовичи (Голицыныなど), Чингисхан系統 (Юсуповыなど), グルジア貴族系統 (Багратионы, Грузинские, Имеретинские), князь Римской империи (Меншиковы, Орловы, Суворовы), Голенищевы-Кутузовыの家系）であり、伯爵графはБенкердорфы, Палены, Киселевы, Васильевы, Толстые, Панины, Игнатьевы, Шуваловыの家系である。男爵бароныはバルト海の沿岸のドイツ系かスウェーデン系の貴族предствители остзейской (прибалтийской, немецкой) или шведской родовой аристократииであり、(Дельвиги, Корфы, Врангели, Розеныの家系である。これらは世襲貴族だが、功績によって政治家なら伯爵とか、大貴族の庶子や大商人に男爵を授与される場合もあった。。一代貴族 личные дворянеから世襲貴族потомственные дворянеになる例もあった。この場合のдворянеは日本語の士族に近い。爵位をもったдворянеは華族といったところだろう。<br />
　日本の植物学の父と呼ばれた牧野富太郎先生の「植物記」に、「植物の学問は口舌や文字の学問でなく、徹頭徹尾実地の学問である。実地につき、実物について研究するところに植物学研究の真髄が存在する。地理を教える人の中にはロンドンを知らずしてロンドンを授け、鹿児島の地を踏まないで鹿児島の地理を説くものがある。そんなことではどうして生きた地理教授、力のある地理教育が行われるものぞ。教育は教師の実力が根本であって、教授術の如きは末の末である。…」とある。牧野先生は、77歳まで東大講師として教えていたが、ついぞ教授にはならなかった。もっともなっていれば定年でとっくに大学を去らねばならなかっただろうが。この文章を読んで思うには、ロシア語も露文解釈を教えるだけを教えるならともかく、せいぜい自分の考えや言いたいことをロシア語で言える程度でロシア語会話を教えるのは無理があろうということである。このレベルはロシア語を一生懸命やれば2～3年で到達できる。もっともプロのロシア語ガイドや通訳が、いくら会話ができると言ってもロシア語会話を教えることができるかというとそれも疑問である。会話の実務能力とともに、生徒に対して平易で納得のいく文法的な説明ができなければ無理だろう。今回の課題は、<br />
Ночь. Стук в дверь.<br />
- Кто там?<br />
- КГБ<br />
- Чего надо?<br />
- Открывайте, нужно поговорить.<br />
- Сколько вас?<br />
- Двое.<br />
- Так в чем дело? Вот между собой и поговорите.</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2010-01-27T13:32:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/01/91_1.html">
<title>新帯研　第91回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/01/91_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>カザフのアルマトゥイに駐在していたときのことで1995年のことである。朝、うちの近くの国会の前を散歩していたら、車が交差点でガクンといって止まった。心なしか前輪の片方が沈んでいる。パンクかと思い近づいて見ると、どうも様子が変である。よく見ると、前輪の片方のタイヤがマンホールに落ちている。マンホールの蓋を盗んだやつがいて、そこにタイヤが落ち込んだという次第。このころカザフやロシアの沿海州でも電線盗というのが多く、金属はどうも中国に売り飛ばしていたらしい。ここでチェコのВинкельхоферヴィンケリホーフェル夫妻の書いた「日本百見Сто взглядов на Японию」の中に、似たような話のあったことを思い出した。夫妻は日本語が堪能で1960年代の日本全国を旅して、その印象を本にまとめている。ちなみに、この本は1968年にチェコ語からの露訳で出ている。橋の上で水道や電線管で道路工事をしているときに、夜中は道路に開いている穴の周りに何も注意標識をおかなかったらしい。それで自転車に乗った人が落ちて、一人溺れ、もう一人は泳げたので助かったとある。日本もそういう時代があったから強くは言えない。今回の課題はあるペテルブルグの人から聞いた小話。こういうのが好きだという。当方は落ちは分かるがあまりピンとこない。人それぞれである。<br />
По раскалённой зноем пустыне катится нолик и под одним из кактусов замечает восьмёрку:<br />
- Ну надо же! Такая жара, а они любовью занимаются.<br />
設問）和訳せよ。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2010-01-24T13:29:30+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/01/7.html">
<title>ロシア語質問箱　第7回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2010/01/7.html</link>
<description><![CDATA[<p>「植物の話」（田中修、中公新書、2007年）によると、地球に生存する植物の95％はC3植物だが、C4植物というのがあり、大気中の二酸化炭素を効率よく取り込むという。C3植物は晴天の日の昼間、太陽光の1/3の強さしか使いこなせないが、C4植物は、晴天の日の昼間の強い太陽光をすべて使って光合成を勧める。C4植物と言うのは、20科約1200種が知られており、身近な雑草では、シバ、ススキ、イヌビエ、ノビエ、メヒシバ、エノコログサ、カヤツリグサであるという。ススキはともかく、縄文時代より存在したというメヒシバ（オヒシバもそうであろう）やエノコログサも環境のために頑張っていると思うと荒川の土手で頻繁に行われている草刈りについても考えさせられる。</p>

<p>（質問）<br />
ロシア語基本熟語500を購入し、勉強させて頂いております。以下は質問です。（ももこ）<br />
わざわざご購入いただき、ありがとうございます。下記（　）で回答申し上げます。間違いについては、深くお詫び申し上げるとともに私のサイトで追加訂正いたします。売れ行きがぱっとしないようなので再版の話はまだありませんが、ひょっとして再版の折は訂正いたします）</p>

<p>стр.2<br />
Полиция наконец-то вышли на след банды.<br />
普通の文法ではвышлаが正しいと思いますが、複数形なのは何か理由がありますか？<br />
（タイプミスです。申し訳ありません。）<br />
стр.5<br />
дальнейшегоとなっているところは文法的に間違いかと思います。<br />
（その通りです。дальнейшейとすべきです）<br />
стр.9<br />
рельефно видно ＋生格<br />
この生格を使った例文を知りたいです。<br />
（申し訳ありません。これはрельефно видно на пример + 生格の間違いです。例文を挙げると、Это особенно рельефно видно на примере таких видов загрязнений.　これは特にこの種の汚染の例で一目瞭然である）</p>

<p>стр.22<br />
活用の道を見出す、のところの例文に誤植があります。<br />
（すみません。не смоглаとすべきです）<br />
стр.25<br />
関係する、の例文に誤植があるかと思います。на руководящих должностиのところです。もし誤植でしたら、正しい訳文を知りたいです。<br />
（на руководящие должностиの誤りです）</p>]]></description>
<dc:subject>ロシア語独習者のための質問箱</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2010-01-08T13:57:32+09:00</dc:date>
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