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<title>閑話傍題（アネクドートの小部屋）</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/</link>
<description>－タイトルについて－

これは閑話休題がもとですが、閑話はアネクドートのことで、小話を読んでみて、及第となるのか、はたまた「コリャ、ア閑話」となるのか受け取り方は人それぞれという意味もかけています。
傍題は「針小棒大」と「膨大」、それと「本題ではない」と言う意味を掛けています。</description>
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<dc:date>2008-08-26T13:04:01+09:00</dc:date>
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<title>ロシア人と日本観光案内</title>
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<description><![CDATA[<p>「ロシア人と日本観光案内（仮題）」（ユーラシアブックレット、東洋書店）という小冊子を2008年10月刊行予定。もともと、「ロシア語ガイド（通訳案内士）入門」ということで原稿を書いていたが、やはりもっと一般向けのほうがよいとのことで、内容を一般向け（ロシア語ガイド用ではなく）に大幅に変えた。もっとも、もともとガイド試験の受験用参考書ではなく、ロシア語のガイドの業務とロシア人気質について書いたものだった。本書の内容について、参考のために目次を書いておく。<br />
目次</p>

<p>第1章	ロシア人と日本観光<br />
(1) ロシア人気質<br />
(2) ロシア人観光客に対するちょっとしたアドバイス<br />
(3) ロシア人の日本観<br />
(4) ロシア人観光客のよくする質問<br />
       宗教、文化、社会、日本人、観光、その他<br />
第2章	観光ロシア語<br />
買い物、観光案内、交通機関、食べ物、ホテルにて、要望の問い合わせ、花粉症、植物<br />
第3章	観光案内<br />
空港での出迎えと見送り、新幹線での見送り、観光スケジュールの見方<br />
第4章	観光案内のための参考書<br />
第5章	ロシア語ガイドの現状とアドバイス<br />
終わりに代えて<br />
</p>]]></description>
<dc:subject>著書紹介</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2008-08-26T13:04:01+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/08/32_1.html">
<title>新帯研　第32回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/08/32_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>去年の2007年10月1日午後4時ごろいつものように中川の土手を1枚歯の高下駄で散歩していたら、魚が2度3度空中に飛んだ。魚が空中にはねるのには、体についた寄生虫を水面に落ちるときのショックで叩き落すのだとか、空中に浮かんでいる間寄生虫が息が苦しくなって（普段水中で生活しているので）、自然と虫が魚の体から離れるのだとか（1秒ぐらいで息苦しくなるほど虫はやわなのだろうか？）、いろいろ説を聞いたことがあるが、ひょっとしたら、魚も楽しんでいるのかもしれない。魚にとって空中にはねるというのは、我々人間が水に潜ると同じことではないか。お互い長くはできないが、普段と違うスリルを体験してそれが病みつきになってしまったのかもしれない。一番のスリルは臨死体験だというから。そんなことを考えた。今回の課題は、<br />
Решение о выделении юридической консультации с преобразованием ее в коллегию адвокатов принимается простым большинством адвокатов.<br />
課題）和訳せよ。（これは小話ではない。単なる露文和訳であるが上級者でないと無理かもしれない）</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2008-08-11T17:58:39+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/07/31_1.html">
<title>新帯研　第31回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/07/31_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>ロシア語と日本語の通訳・翻訳には露文和訳と和文露訳がある。露文和訳の例では文脈によっては勘のいい人なら文法を極めなくても、ほぼ一見同じように正しい訳が出てくる場合が多い。ニュアンスを含めての解説をつければ別だろうが、普通はいちいちそういうことをするような閑はない。一通り訳が出来ればそれでよしとしている人も多い。一方和文露訳となると、繰り返しや一般的にこうだというような不完了体を使う文では楽に露訳できても、例示的であるとか順次的用法の完了体を使うような口語的用法の文ではロシア人から直されることが多い。現代ロシア語文法の中上級編をマスターしたつもりぐらいでは不十分なのだ。ロシア語では体の用法（不完了体と完了体の使い分け）が一番難しいと実感する今日この頃である。いろいろなタイプのロシア語を読んで、研究し、それを和文露訳に応用できないか試行錯誤の毎日である。<br />
　ロシア語の単語だけではなく、ことわざ、慣用句、句動詞を覚えようと初めて思ったのはロシア語勉強し出してから2年目ぐらいのときである。初めは政治用語が中心だった。これは辞書でも訳にぶれがない。つまりおかしな日本語だなと思うことはなかったし、当時社会主義ソ連ということもあって政治用語が分からないでは新聞も読めないという時代だった。しかしロシア人と会話することが増えるにつれて、より日常会話的表現を覚える必要に迫られてきて、現在に至っているわけである。今でもテレビのニュースなどで「人の渦」、「村八分にする」、「肩を寄せ合って」などという日本語を聞くとロシア語では何と言うのだろうと気になってくる。людской водоворот, создать вокруг кого зону отчуждения (подвергнуть кого общественному остракизмуではややかたいか？), сомкнув плечиなどではないかと考えたりする。今回の課題は、<br />
- Что такое миниюбка?<br />
- Это маленькая юбка.<br />
- А миникомпьютер?<br />
- Это карманный компьютер.<br />
- Тогда почему самый бардак называется министерство?<br />
設問）和訳せよ。オチを別に解説してもよい。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2008-07-28T07:47:11+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/07/post_22.html">
<title>新帯研　第３０回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/07/post_22.html</link>
<description><![CDATA[<p>通訳をしているとロシア人から「それはこういう意味ですかな」などと、婉曲的に間違いを指摘されることがよくある。ビジネス関係のロシア人はジェントルマンが多いからか、「そんなロシア語は初めて聞いた」とか、「ロシア語ではそうは言わない」などと第三者のいる前で通訳に対して言う事はない。そういう意味で通訳やビジネスでロシア語を使っていると正しいロシア語に触れる機会は多い。前にも書いたが私が恥をかくのは黒帯どころか赤帯だというのはそういう意味である。実戦で恥を多くかいて、それを基に修行を続けていけばロシア語はきっと上達する。書いたものばかりでロシア語を勉強しても、頭の中ではすべて分かったような気になっても実戦で和文露訳が即座には出ない。一方通訳やビジネスなどで和文露訳だけやっても、ロシア語の本を読んでいかないと語彙が増えない。どちらも大切である。今回の課題は、<br />
Одноглазый ведёт за собой группу слепых. Неожиданно он натыкается единственным глазом на сучок дерева и восклицает:<br />
- А чёрт, всё, приехали!<br />
- Здравствуйте, бабушка, здравствуйте, дедушка! – хором говорят слепые.<br />
- Да нет, это я на сук напоролся, - объясняет им первый.<br />
Слепые снова хором:<br />
- Здравстувуйте, девушки!<br />
設問）和訳せよ。オチを別に説明してもよい。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2008-07-21T13:26:10+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/07/29_1.html">
<title>新帯研　第29回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/07/29_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>技術関係のシンポジウムの通訳では当然ながら技術用語が頻出する。これが同じ日本語かと思われるものもある。例えば「サワー環境における応力腐食割れ」сероводородное коррозионное растрескивание под напряжениемというのが、石油掘削関係のパイプ（鉄鋼分野）の技術交渉で使われるが、この日本語を一度聞いただけで意味が分かってすぐ露訳できる人はまずいないだろう。これは硫化水素（今流行りの猛毒のガス）がある環境でパイプに応力がかかって腐食が起き、それによるひび（割れ）のことである。応力というのは物体に力が加えられるとそれに抵抗する力が起こる。これを応力といい、応力より物体にかかる力大きければ物体は破壊される。応力はнапряжениеで、ロシア語では電気用語の「電圧」と同じ形なので、使われる文脈によって和訳を変える必要がある。このようにビジネスロシア語とはいってもその分野の専門用語が分からないとお話にならないわけである。今回の課題は、<br />
Кто может – превышает свои права. Кто не может - качает.<br />
設問）訳せ。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2008-07-14T17:55:15+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/07/28_1.html">
<title>新帯研　第28回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/07/28_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>「カラシニコフ自伝」（エレナ・ジョリー聞き書き、朝日新書、2008年）を非常に興味深く読んだ。訳がちょっとおかしいところが若干あり、姓名の力点が無視されていて実際の発音とかなり違うが、フランス語からの和訳なのでそれはそれでやむを得ないと思う。それと「共力作用」という日本語はないと思う。これは「相乗効果」ではないか？そういう細かいことを別にすれば、ロシア関係に興味のある人なら読むことを勧める。カラーシュニコフのライバルのジェクチャリョーフが「鎌と槌」２等記章を受けるくだりで、１等はだれがもらったんだという話になったときに重い沈黙に包まれたという。ナンバーワンは常にスターリンだからだったらしい。カラーシュニコフも最優秀企業家２等勲章をゴルバチョフ時代に授けられた時に果たして１等はだれなのか分からなかったという。同じことが1939年第1回全ソ芸能人コンクールに1位なしの2位でトップになったライキンにもいえる。ずっとユダヤ人だったからだと思っていたが、やはりスターリンのことを考えて審査委員会が遠慮したのだろう。また1964年レーニン賞を受賞するくだりで、「レーニン賞はソ連におけるもっとも栄えある賞の一つで、科学技術や文学、芸術などさまざまな分野の偉大な功績に対して授けられていた。この賞はレーニンの死後、1925年に創設されたものだが、1935年から1957年にかけては誰一人受賞していない。スターリン賞がレーニン賞に代替しためであり、その後、1966年にこのスターリン賞はソビエト連邦国家賞に取って代わられた」とある。まず、医者関係のбайка（馬鹿話）を一つ。<br />
Все ясно, как в морге.   　　　　　　　　 明々白々、霊安室の如し。<br />
Тяжело в лечении, легко в гробу.　         治療はつらいが、棺の中では気も軽く。<br />
Нет кремации без реанимации.　　        集中治療なくして火葬なし。<br />
Врач ошибается однажды, но каждый день.　医者の間違い一度きり、でも日々のこと。<br />
На леченом коне далеко не уедешь.　　     病気の馬じゃ遠くは行けぬ。<br />
今回の課題は、<br />
Анекдоты про Горбачёва пока в основном идут из среды недовольных алкоголиков.<br />
Пустыня. Зной. В песке зарытый по шею Горбачёв.<br />
- Пить! Пить! – просит он.<br />
Мимо идёт человек. Он поднимает руку, смотрит на часы.<br />
- Рано! Ещё двух часов нет.<br />
設問）訳せ。オチを別に解説してもよい。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2008-07-02T18:34:16+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/06/27_1.html">
<title>新帯研　第27回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/06/27_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>1996年か97年カザフスタンのアルマトゥイに駐在していたとき、オフィスの近くに住んでいたマンションに休みの日の朝から電話が鳴った。当社の下の住人からわりに穏やかな声で、天井から水漏れするので急いで来てくれとの事だった。現場までは歩いて5分。水漏れというよりは滝のように水が降ってきている。えらいことになった、トイレから水が漏っているのかと思い、２階のオフィスのドアを開くと天井からこれもまた滝のように水が降ってきている。私の机の上にはノートパソコンが置いてあり、その１メートルぐらい離れた上から水が降ってきているのだ。結局３階の朝鮮系の夫婦（カザフにはスターリンの政策で極東に住んでいた朝鮮系の人たちを第二次世界大戦直前にカザフなどに強制移住させ、今でも50万人ぐらい住んでいるとのことだ）が洗濯機に水を入れたまま外出したせいだと分かった。それにしても考えられないことである。モスクワに住んでいたとき（2002年）も、元旦に天井から水が漏ってきたことがある。これは上の階のポンプの故障らしく、元旦からではついてないと思ったが家主に始末書を書かせたが、その始末書をどうしてもこちらには渡さないという。責任問題になるのがいやだからであろう。もっとも80年代にモスクワのある日本の駐在員の家ではトイレから水が吹き出し、家中水浸しということがあったというから筆者などはましなほうであろう。<br />
Вопрос армянскому радио:<br />
- Хорошо ли в Армении с мясом?<br />
- С мясом хорошо, а вот без мяса совсем плохо.<br />
設問）オチが分かるように和訳せよ。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2008-06-22T14:15:19+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/06/post.html">
<title>新帯研　第26回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/06/post.html</link>
<description><![CDATA[<p>20年ほど前モスクワに駐在していたときの事、オフィスにロシア人の若いビジネスマンがやってきた。書類を持ってきてくれたらしく、会社の秘書が対応した。どうもその若い男の態度が生意気だったらしく、別の女子社員にコソコソ話している。別に立ち聞きしていたわけではないが、最後のところだけ聞こえた。それはОн ещё мальчик!というものだった。Мальчикというのは５歳から12歳頃までの少年だとばっかり思いこんでいたので少々びっくりした。強いて訳せば、「まだボウヤじゃないの」とか、「まだガキのくせいして」となろうか。ちなみにこのお姉さん方は年の頃は30前後だったと思う。<br />
«Армянское радио» справшивают:<br />
- В какой геологической период вступил Советский Союз?<br />
- В юрский, но андропогенез уже начался.<br />
設問）オチが分かるように訳せ。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2008-06-20T13:31:22+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/06/25_1.html">
<title>新帯研　第25回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/06/25_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>詩が現代の歌謡曲にとって代われないのは、歌謡曲には歌詞のほかにメロディーがついており、歌詞の内容が具体的にイメージしやすい（感情的な面で）ということもあるだろう。これは文学が映画やアニメ（漫画）に取って代われたのと軌を同じくする。分かりやすいものへと移行するのは水が低きにつくのと同じである。万葉の歌垣や万葉の歌は庶民のものだが、それとて即興のメロディーがついていたと思う。エセーニンの詩は好きだが、その中でも好きなのは歌になっているКлёнやПисьмо материなどである。メロディーがつくとイメージが固定するというような危惧もあるが、よいメロディーならそれはそれでよいのではないかという気がする。文学や詩を味わうには、想像力が必要ということで、歌にもいい歌、悪い歌というよりは、自分の好みの歌というのがあるのだから、詩はメロディーがないだけ、自由に自分のイメージを膨らませる事ができるはずだ。もっとも常人にはそういう鍛錬が必要だとは思うが。<br />
Из мемуаров старого большевика, изданных в 1970-е годы.<br />
- Помню, идут Ленин с товарищами по Петрограду в октябре 1917 года и обсуждают, когда поднять восстание. Вдруг сзади появляется бровастый мальчуган:<br />
- Двадцать пятого, дяденьки, только двадцать пятого.<br />
- Погоди, - спрашивает Ленин, - а как тебя зовут-то?<br />
- Лёнькой.<br />
設問）オチが分かるように訳せ。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2008-06-16T13:57:04+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/06/24_1.html">
<title>新帯研　第24回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/06/24_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>日本人でロシア語が一番できるのはだれかと問われれば、30年前なら躊躇なく上智大の染谷茂教授を挙げただろう。文法から隠語の知識に至るまでかなう人は今でもいないだろうし、誰からも異存は出ないであろう。ところが現在はとなると、そう簡単ではない。ロシア語ができる人というと、それは大学の先生だと考える人がいるかもしれない。確かに大学の先生や語学学校の先生方は教えるのはプロだが、自分で使うロシア語の能力となると、学校の英語の先生の例でも分かるように会話などでは心もとないという人が多いようだ。ロシア語の能力を仮に4つ、露文和訳、露話通訳、和文露訳、和話露訳に分けて考えてみると、露文和訳についてはロシアソ連文学の翻訳者の諸氏が一番であろう。露話通訳ならプロの通訳の諸氏、和文露訳はあまりいないが、例えば2001年ロシア大使館の河東公使が熊野アキラのペンネームでЗа даль земли. Повесть об Ильеという1993～1994年のロシアを舞台にした小説をロシア語でВагриус社より出版されたという。私は残念ながら読んでいないが、この方などは和文露訳では一番であろう。和話露訳となると、現役のロシア語ガイド、通訳ということになる。これで分かるようにお金をもらうプロでないとその道の一番にはなれないと思う。真剣さが違うし、恥をどれだけかいてきたかというのも実力向上には必須だと思うからだ。ロシア語が一番できるというのを、上記の四つの分野のいずれかと考えるか、あるいは筆者のように4つの総合的な力を評価したいと考えるかは好みによる。別に4つではなく、技術関係、ロシア史とか、文法、ロシア哲学とかなどと細分化して考えればなおのことである。ただロシア語を読む、聴く、話す、書くという能力は基本であり、この一つにでもロシア人と普通にコミュニケーションが取れなければ、プロとしては問題だろうと思う。自分の好きな分野で流暢に話したり読んだりということは5年もロシア語を一生懸命勉強すれば不可能ではない。通訳、翻訳者、語学の先生などのプロは自分の好き嫌いにかかわらず仕事をせねばならないわけで、それに対応できるだけの語学力をつけるには10年では不足だろう。<br />
- Какая страна самая целомудренная?<br />
- Советская Россия, так как она ни с кем не имеет никаких сношений.<br />
設問）オチが分かるように訳せ。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2008-06-12T10:12:21+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/06/23_1.html">
<title>新帯研　第23回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/06/23_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>今評判の「カラマゾ－フ兄弟の翻訳をめぐって」（大島一矩、光陽出版社、2008年）を読んだ。基本的にロシア語ができる以上ロシア文学はロシア語読むことにしているので、和訳では読んだことがない。例外はソルジェニーツィンの「収容所列島」で、40年前学生の時に、隠語辞典が手に入らなかったこともあり、これは和訳で読み、後に原語で読んだ。そういう意味で大学者たちの和訳の比較ができる機会を与えてくれた著者には深く感謝したい。5か所ほど自分でもっと調べてみたいなという個所はあるものの、それ以外はなるほどと感心するのみである。これまで大学者たちが「カラマーゾフ兄弟」の和訳をしてきたわけだが、中には同じようなミスをしており、訳を参考にしたのが裏目に出た（124ページ）ように思えるのもある。その中のある翻訳者などは自分の訳に絶対間違いがあるはずがないと豪語していたのだから失笑するばかりである。訳している日本語の文章に引きずられて、語義を正確に露露辞典で確認するのを怠ったのだとしか思えない。完了体の訳がおかしいと著者が指摘したところが2か所（131ページ、337ページ）ある。別にむずかしい用法でもないからどうなっているのだろうと首をかしげざるをえない。著者が誤訳を指摘した箇所は100ほどだが、これは目についたものを挙げただけで、本気で最初から著者がチェックしたらこの何倍も、何十倍も見つかった可能性が高い（もっともそんなチェックに金を出す人はいまいが）。村上春樹氏が新聞に書いていたが、自分の小説はあとで直そうと思ったことはないが、翻訳は何度でも機会があるなら手を入れたい、間違いというのは誰にでもあるからだと書いているのは当然のことだと思うが、立派な見識と思う。ロシア語の大家ですらこうなのだから、自分などはまだまだ精進する必要があるなと心した次第。著者のこつこつとした努力には頭が下がる。大学でなくとも、市井にこういう大ロシア語専門家がいるというだけで心強い限りである。<br />
ドストエーフスキーやチェーホフは日本でもファンが多いが、語学を覚えるのは日常の決まり文句から覚えていくわけで、語学の授業にチェーホフなどの大作家の文章を講読としてやるのはいかがなものか。偉大な作家になればなるほど、独自の表現が多く、ありきたりの語句は使わない。無論語彙がкрылатые слова（名言）になったものは別だが、語彙を多く覚えるためには、露文解釈の教科書には、かえって二流作家の本のテキストを使うほうが分かりやすい。つまり映画化やテレビ化されるような探偵小説などがよいと思う。美しいロシア語が分かるには、あるいは勉強するには、一般的なロシア語が自分の中にできあがってからでよいと思う。今回の課題は、<br />
Двое приятелей разговаривают:<br />
- Моя жена – просто ангел.<br />
- Везёт тебе! Моя ещё жива.<br />
設問）和訳せよ。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2008-06-09T12:37:11+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/05/22_1.html">
<title>新帯研　第22回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/05/22_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>地方での仕事のときに一枚歯の下駄を見つけたので買った。5000円だった。こういう天狗がはくような下駄のあることは古武道で有名な甲野善紀先生の著書で知ってはいたが、なかなか売っていなかった。店主に聞いたら特注品の売れ残りらしい。結構学生でも体の鍛錬（バランスを鍛えるために）買う人がいるとのことである。さっそくはいてみた。立ち上がったときはバランスがとりにくいが、一旦歩き出したら結構スイスイと歩ける。ただ歩幅が小さくなるせいか遅い。婆さんにも抜かれる。もっともトボトボ歩くのが性に合っているのでそれはそれでいい。仕事がないときは毎日30分ぐらいこの下駄で散歩している。最近浅草の仲見世でも見かけた。ちなみに花魁用の下駄は3枚歯のもので25万円で浅草の仲見世で売っていた。興味ある方は一度覗いてみたら？<br />
На устном экзамене в комакадемии Чапаева спрашивают, какие документы выдаются делегатам. Василий Иванович смущённо молчит. Котовский, прикрываясь ладонью, подсказывает:<br />
- Манда-ты!<br />
- А ты, Григорий Иваныч, - вскипает Чапай, - если тебе уши отрезать, и вовсе на хуй будешь похож!<br />
設問）訳せ。オチの訳が難しいようであれば別に解説をつけてもよい。<br />
</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2008-05-22T21:03:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/05/21_1.html">
<title>新帯研　第21回</title>
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<description><![CDATA[<p>最近綾小路公麿の本を4冊図書館から借りてきて読んだ。ジョーク関係の本は面白くないのが普通だが、これは語呂合わせの妙もあって、また自分も中高年だからかとても面白かった。彼も自分の才能を信じて長く努力を続けてついに売れっ子になったわけだが、ロシア語についても同様で、ロシア語に対して向き不向きというよりは、物事を続けるというのも才能だから、長く続けられるというのであれば必ず成果は出る。ただ凡人である我々は20年から30年はやらないとものにはならないだろうけど。<br />
У писателя, произведение которого пошло на отзыв Фурцевой, спросили, не боится ли он её.<br />
- Нет, я не боюсь министра культуры, - ответил писатель, - я боюсь культуры министра.<br />
設問）オチが分かるように訳せ。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2008-05-10T14:56:39+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/04/20_1.html">
<title>新帯研　第20回</title>
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<description><![CDATA[<p>人が何を考えているかは誰にも分からない。パラノイアでない限り一つのことに固執する人はあまりいないが、その人を理解しようとして単純なレッテルを貼りたがる傾向がどの人間にもある。ただ逆に、政治家など、あるイメージを抱かせるために、人に自分がどんなタイプの人間かを、故意かそうでないかは別にして、他人に分かりやすい行動をとることはありうる。今回の課題は、<br />
Фоторепортёр показывает другу альбом с фотографиями.<br />
- Вот землетрясение в Японии... Вот ураган на Флориде..Страшный пожар в Чикаго... Моя свадьба...<br />
設問）オチが分かるように訳せ。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2008-04-27T18:53:06+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/04/19_1.html">
<title>新帯研　第19回</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/04/19_1.html</link>
<description><![CDATA[<p>Гюгоとその孫Жан Юго（画家）（Эренбург-9-715）でどうしてロシア語表記が違うのかというと、19世紀に発音しない 'h' で始まるフランス人の姓は、Гюго, Гудон（彫刻家）, Гавр（都市名）のようにгをつけた。ところが、後により発音に忠実に表記されるようになった。Эредиа（詩人）、Оннегер（作曲家）、Эрриоなどである。今回の課題は、<br />
- Обязательно купите это платье – это же последний крик моды!<br />
- Боюсь, это будет последний крик моего мужа!<br />
設問）オチが分かるように訳せ。</p>]]></description>
<dc:subject>新帯研</dc:subject>
<dc:creator>SATOH</dc:creator>
<dc:date>2008-04-19T06:40:09+09:00</dc:date>
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