はぐれミーシャ純情派

タシケント激闘編9日目中編パート2
7月31日
 なぜだか笑顔になってしまう。やっぱり自分の力を評価されるのは嬉しいもんだ。
 急がなきゃ。料理をしなきゃいけないんだけど、まだやる事がある。寮に行ってかぎを返してこなきゃいけない。でも、一つもんだいが。フサンに会ったとき、「出発する日取りが決まったら絶対連絡してくれ」とくどいほど念をおされたのだ。フサンは自宅の電話番号まで渡してきた。でも、これにはなんか狙いがあるに違いない。俺が日本に帰るといったのを信じていないのだろうか。単に見送りたいだけとは思えない。パスポートは返してもらったとはいえ、俺の運命を左右する力が彼にはまだ残っている。それは俺がレギストラーツィア(登録)した寮に住んでいないということ。つまり、俺は法律に違反した状態のまま生活しているのだ。この国でその手の法律に違反することがどんなに恐ろしいことか、今の俺は肌で感じてわかっている。もし、フサンが俺のモスクワ行きを知ったら、どんな手を打ってくるかわからない。警察を使ってくる可能性もある。彼は「国立大学」の人間なのだ。国とのつながりがあるということは、警察などの組織とつながりがあっても不思議ではない。これは誇張でもなんでもない。この国ではそんな冗談のようなことが起こりうるのだ。「そんな大げさな」と思われそうだけど、これが事実。おれが過剰に反応しているのではない。現地の人間がそういっているのだ。
 とりあえず駅から寮まで行くのに、タクシーを拾う。ウズベク人のおじいちゃんが運転しているワゴン車だ。後ろのほうではカーブのたびにたくさんのスイカがゴロゴロと転がってものすごい音を立てる。こんなのどかな雰囲気を味わうのも今日限りか。タシケントでは苦しいことが多かったが、こんなのんびりした雰囲気は愛しく思う。
 寮に到着。2階にある自分の部屋に向かう。他の人と会うのは面倒だ。隣の韓国人の夫婦はいい人だが、英語しか話せないしな。できることなら会わずに済ましたい。と思っていたが、その願いは届かなかった(誰に?)。隣の部屋のドアが開けっぱなしだ。俺が自分の部屋の前まで行くと旦那のほうが出てきた。俺がこの部屋を出ることを告げると「部屋が汚いからねえ」だって。その通り。人間の住むところじゃないよ。この夫婦も寝泊りするのはホームステイしているウズベク人の家なのだそうな。適当に、そしてにこやかに別れの挨拶をして自分の部屋に入る。するとそこには1枚の紙切れが。「あなたのことを探しています」と書いてあって、最後には彼女と彼女のお姉さんの名前が。俺が彼女の家を飛び出した日の翌日の日付になっている。彼女のお姉さんの名前が先に書いてあることに、俺は何故だか強烈に憤った。彼女はお姉さん抜きでは行動できない。やるせない。そして、悲しい。
 この部屋には荷物なんてない。誰かが俺の所在を調べに来たときのために、新聞を机の上に広げておいたり、飲み物を置いたりしているだけだ。何もない部屋をガサ入れされたら一巻の終わりだからねえ。簡単に片付けて部屋を出る。
 俺が部屋を出ると、すぐに韓国人の旦那のほうがでてきた。そして、俺にメロンをプレゼントしてくれた。「あなたの幸運を祈ってます」だって。三回しか会ったことないのに。うれしくて涙が出そうになる。ビニール袋に適当にカットしたメロンが入っている。全然、予期していなかった。彼らを避けようとしたことを恥ずかしく思った。
 タクシーを拾うために大きな通りに向かう。道々、メロンを食べて歩く。うまい。うますぎる。丁度のども乾いてたし。それにしても、歩きながらメロンを食べるなんて贅沢のきわみだね。
 大きな通りでタクシーを拾う。家の近くのミルゾ・ウルグベック駅まで200スムで行きたい。相場では250だろう。300では高すぎる。何度か断られたが、なんとか200でいってくれる運転手を捕まえた。車が動き出すと運転手は「200は安すぎるよ」と言い出した。俺が「最初に約束したんだから、だめー」というと、運転手は黙ってしまった。悪いことをしたな。確かに200は安すぎる。運転手に話しかける。話題は「お約束」、給料の話。彼はウズベキスタンの民族アンサンブルの歌手だった。当然、おれと話が合う。「日本に俺達のアンサンブルを呼んでくれ」「いつか呼んでみたいねえ」「で、いつだ?」こんな軽い会話が続く。ある人にあげようと思って折っておいた折り紙、鶴とくじゃくがリュックの中に入っている。「こどもはいるのか?」「ああ、男の子と女の子だ。まだちっちゃくてかわいいぞ」おれはその折り紙をあげた。「200スムじゃ安いのは知ってるからねえ。ちょっと悪いなとおもってたんだ。その代わりにこれを子供にプレゼントするよ」もう、運転手はニコニコ。絶対、自分たちのアンサンブルを聞きにこいという。降りるときに彼の住所を手帳に書いてもらう。「これは俺からのプレゼントだ」と言って、小指ほどの大きさのナイフを渡された。ペーパーナイフだ。彼はニコニコ顔で握手してきた。これまで、正直言って、ウズベク人に対してはいい印象を持っていなかった。でも、彼らの中にもいい人はいる。それは日本人にしたって同じこと。自分のなかに偏見を持つ要素があることが恥ずかしい。そして、このタシケントの人たちが愛しい。

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