はぐれミーシャ純情派

日本でタシケントからの留学生の女の子と激しい恋に落ちたミーシャ氏。日本での彼女との生活は充実したものでした。しかし、時間は残酷なもので彼女の留学期間は終わり、二人は泣く泣く別れ別れになってしまいました。それでもミーシャ氏は彼女に電話や手紙を送りお互いの愛を確認し合い、そしてとうとう彼女を追いかけてタシケントに行く決心をしました。タシケントに着いて1ヶ月、だんだんと彼女の愛が冷めていくのがわかったミーシャ氏の行動は・・・。
タシケント激闘編1日目

7月5日
 今日、ついに彼女の家を飛び出してしまった。もう愛されていないことを知っていながら彼女のそばにいることは苦痛以外の何物でもない。そのことが明らかになってから3日ほど耐えた。その間、どんどん溝は深まっていった。関係を修復したいと思いながらも、彼女が求めるような「ぼく」であることはできなかった。愛が壊れたときに笑っていられるやつがいるか?分かれた彼女が友達になることなんてことが本当にありえるのだろうか?ぼくにはできない。そんなことを言うとよく「子供みたい」と言われるが、連らいに子供も大人もあるもんか。子供だって子供なりに真剣に恋愛するもんだ。もし、彼女との関係を普通の友達の状態にできたとしても、僕は正面切って断る。ぼくにとって、それは一つの愛(あるいは終わった愛)に対してとても不誠実なことに思われるからだ。こんなことを考えてるから、いつも長続きしないのかもしれない。ちなみに、ぼくはまだ彼女のことが好きだ。
 今日の朝起きたときは、もしかしたら、ずっとこのままここにいることになるのかな、と思っていた。理性的に考えればここに残ったほうが得策である。住むのも食べるのも、全部ただ。しかし、目が覚めるにつれて残酷な現実が目の前に現れてくる。彼女はもうぼくのことを愛していないという現実が。腹は決まった。ここを出よう。でも、足取りは重い。まだ、心は揺れる。ここを出たら、この愛のすべてが終わる。この愛のためにタシケントまでやってきたのだ。彼女と同じ空気を吸い、同じ時間を抱いていきるためにこの町にやってきた。まだ、後ろ髪は引かれる。
 朝のうちに大学に電話する。パスポートを預けているのでとりに行かなければならない。これまでは彼女のお姉さんが手伝ってくれたが、今の状態では頼めないし、頼みたくない。一人で行くことにした。
 一番近い駅まできたはいいが、当然のごとく道に迷う。道行く人に尋ねても、そんな大学は聞いたこともないと言う。仕様がないので白タクを捕まえて一緒に探す。俺は日本人だ、と言うとたいていの運転手は調子よくしゃべりだす。このときはまだ、この国では日本が愛されているんだな、と思っていたがそれは大きな間違い。単にお金を多めに稼げるという理由で愛想が良くなるのだ。結局、ちょっと多めに金を取られたがなんとか着いた。
 大学の担当者のところに行くやいなや、すぐに寮の部屋をくれ、と頼んだ。そしたら、あっさりOKがでた。担当者と一緒に寮の部屋に行った。ひどい部屋だ。でも、そのときは彼女から離れたいと言う気持ちでいっぱいだったので、すぐに引っ越すことにする。
 すぐに彼女の家に戻った。しかし、家に着くまで、依然として心は揺れていた。自分の部屋に入る。妙に部屋がすっきりしている。最初は何故かわからなかった。でもすぐにわかった。彼女の荷物がない。たんすも一緒に使っていたのに空っぽ。場所がないので、彼女のスーツケースやダンボール箱などはぼくの部屋においてあったはずなのが、全部隣の部屋に移されている。最後の一撃。ここを出よう。
 そこから先は早かった。彼女の母親がうだうだ言うのもお構いなし。こうなるであろうことはある程度予想していたので、ある程度荷造りはしてあった。荷造りを五分ほどですませ、引越しするために白タクを捕まえる。2000スムと言ったら断られた。4000スムまで値段を吊り上げられる。結構遠いので仕方ないか、と思っていたが、実はかなりぼったくられている。1000スムがいいところなのだそうだ。まあ、いいや。荷物を運んでいる間、彼女の母親はしゃべりっぱなし。それが嫌なんだよね。「私達が何をしたって言うの!?」の連発。彼らはまったくわかっていない。俺にだって意志はある。こちらの気持ちをすべて無視してことを進めていたのは誰だってんだよ。一人で外に出ることさえ止められていたんだから。息苦しくってしょうがない。五階の部屋から荷物を下ろすのは一苦労だった。すると、彼女のお姉さんが手伝い始めている。おいおい、だれも頼んでないよ。
 最後の荷物を部屋から出すとき、彼女の母親は「あなたがかけた国際電話の料金を払ってちょうだい。」まあ、お金を払うのは当然のことだから何の問題もないのだが、こんなタイミングじゃなくても・・・。
 いつのまにか、お姉さんはタクシーに乗り込んでいる。「なんで?」と聞くと、一応どんなところか見ておかないと、とのこと。もう、うんざりだ。寮に行くまで、ガソリン代を払えだの、何だのと運転手は言ってくる。散々迷った挙句、到着。迷ったせいで追加料金1000スムとられる。ばかやろー!!
 寮に着いたが、人気がまったくない。何もすることがないので、とりあえず晩御飯を買いに町に出る。町に出るといっても、今いるところがまったくわからない。チランザールの駅が一番近い駅だということしかわからない。タクシーを捕まえれば早いが、それではこの寮に来るまでの道筋が憶えられない。この辺には日本のような標識もないし、目印になるものが何もないのだ。もし寮までたどり着けなかったら、という不安。不安というよりは恐怖に近い感情だった。こんな町で野宿は危険すぎる。歩いてみる。やっぱり暑い。地獄のような暑さの中、太陽の下に剥き出しになった街道の上を歩く。乾いた空気が最大の敵だ。誇りっぽい風は、まさに砂漠のそれである。パゾリーニの映画で「アポロンの地獄」というのがあったが、その冒頭のシーンにそっくりだ。広い街道の歩道。俺の横の車がものすごい勢いで通りすぎる。横に目をやると・・・描写できない。荒れ果てた大地が広がるのみである。
 人がいる街角に着くまで約20分歩く。そこで、駅までどれくらいかかるかたずねると、まだまだおそろしく遠いという。しょうがないので白タクを捕まえて、駅まで行く。寮まで遠いが道筋そのものは簡単だった。
 地下鉄で街の中心、アミール・チムール・ヒヨボネに行く。寮には電話がないので、日本との連絡手段がない。引っ越したことはなんとか両親に伝えなければならないので、近くにあった超高級ホテルに入って、フロントのお姉ちゃんにたずねてみる。ホテルからかけてもいいとのこと。電話はコンピュータ管理されているので、その場で支払いもできてしまう。かけかたがわからないので、お姉ちゃんにやってもらう。母親に引越しのことを告げると、「そんなときが来るとは思っていたけどね」 親までもそう思っていたとは・・・。電話も終わりお金を払おうとすると、スムじゃなきゃだめだという。高級ホテルだから、ドル払いでいいだろうと思っていた。
 ホテルの二回の両替所があるからそこで両替しなくちゃならない。「いくら両替しますか」と聞かれて、考えるのが面倒だったので「100ドル」と答えてしまった。そのあとがたいへん。公定のレートは1ドル100スムぐらいだが、実際のレートは600、700スムぐらい。高級ホテルだから公定レートかと思っていたら、町中で換えるのと変わらなかった。100ドルで68000スムぐらい。10000スムの束(100スム100枚)が6つ。急に大金持ちになった気分。ちょっと嬉しい。でも、そのときバッグのようなものを持っていなかったので、どこにいれていいかわからない。こんな町でお金を剥き出しで持って歩くなんて恐ろしい事はできない。あっ、東京でも同じか。しょうがないのでポケットや財布にできるだけいれて、どうしても入らなかった札束一つはジーパンのベルトのところに挟みこむ。ずり落ちないようにしなきゃ。側からみたらとっても変な人なんだろう。以上に膨らんだポケット。ベルトのところで札束が落ちないように常におなかを押さえていなければならず、変な歩き方になっている。フロントに行く。「両替できましたか?」と聞かれたので、「出来たけど失敗しました。」といってベルトのところの札束を見せる。彼女は笑っていたが、こんなときに笑いを取らなくてもいいのにね。「トルコで両替したらもっと大変なことになるわよ」と彼女は笑いながら言っていた。とっても感じの良い対応。少し心が和む。また行こう。
 その足で、近くのスーパーマーケットに入る。スーパーマーケットにはいいものがあるが、当然高い。でも、かなり疲れていたのでそこで必要なものを買う。パン、缶詰のソーセージ、水、プリグルス。プリングルスは1800スムぐらい。日本と値段の差はない。ということはここではかなり高いということになる。
 チランザール駅のそばで魚のキムチを買い、タクシーで寮に帰る。部屋のある二階への階段を上っていると、上から人の声がする。急いでかけあがる。1組のカップルが僕の部屋の隣に入っていこうとしている。そう言えば、昼ここにきたとき、韓国人の夫婦が隣に住んでいるって言ってたっけ。声をかけたが、どうも様子がおかしい。俺のロシア語そんなに変なのかな、と思っていたら、彼らはロシア語がしゃべれない。英語なんて俺はしゃべれない。単語をつないで何とかコミュニケーションをとる。彼らはウズベク語の勉強のためにタシケントにきたのだそうな。仲が良いのでちょっとむかつく。何かあったら助けるから、といっていたが多分助けてくれないだろう。彼らが言うには俺の隣の隣に若い女の子が住んでいて、彼女はロシア語がしゃべれるという。これはラッキー。でも、今留守でいつ帰ってくるかはわからない。まあ、いいや。
 部屋に入って、夕食。パンとキムチは合わない。スーパーで買ったハイネケンのボトルを歯で開けて飲む。ワイルドな感じがしてちょっと得意げ。わびしいけど冒険が始まったみたいで変にわくわくする。というか、無理にでもわくわくしないと失恋のショックの波に飲み込まれそうになるから、鼻歌交じりで雰囲気を演出。ビールはとても小さいビンに入っていたのですぐなくなる。もう一つ買っておいたカールスバーグは歯であけられなかった。生意気だ。酔うところまでいかないまま、ディナーを終了。ベッドに横になりボーっとする。ロシア語の新聞でも読もうと思ったがとてもそんな気分になれない。
 すると、部屋のドアがノックされる。また、彼女のお姉さんだったら嫌だな、と思ったがどうやら違うらしい。女性の声。何語をしゃべっているのかよくわからない。なんとなくロシア語のようだ。「隣に住んでいるものです」というのは聞き取れたのでドアを開ける。そこにいたのは韓国人の女性。まさかまたもや韓国人とは思っていなかった。俺の部屋から明かりが漏れているのを見てきたのだそうな。それにしても、彼女のロシア語はめちゃくちゃ。訳してみるとこんな感じ。「わだすは韓国から来る。わだすはロシア語が勉強する。きょう」とにかくひどい。こちらの言っていることもよくわかっていないみたい。とてもじゃないが付き合っていく気にはなれなかったので、適当に返事をして部屋に戻る。
 トイレに行く。部屋にあるのではなく、各階共同。とても汚い。しかも水を流すためのレバーも紐もどこにもない。大のときはどうするんだよ。当然トイレットペーパーもない。買っておいて良かった。シャワー室を探す。地下にあると聞いていたが、地下にあるのは廃墟のような倉庫だけ。まじかよ。探そうにも、管理人のおばちゃんはウズベク語しか話せないから、ロシア語で聞いてもどうにもならない。普通、ロシアの大学にある外国人用の寮だと食堂があって、自分で料理するためのキッチンがあると聞いていたが、ここにはそんなものはない。みんな何食ってんだ?ここに来て三時間。もう限界。ここに1年住むなんてできっこない。部屋に戻って、MDで音楽を聴きながらボーっとする。すると、突然の停電。もうかんべんしてくれ。

次の日に続く

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