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2007年06月13日

ロシア演劇来日公演

 いま静岡県舞台芸術センター(愛称SPAC)では、とても興味ある企画がされています。世界各国の実力ある劇団の公演もあります。
 とうとう、ロシア国からやってきます。
 くわしくは、こちらをご覧くださいね。
 ロシア語を学ぶ人、ロシアのことを知りたい人はもちろん、日本に住むロシア語使いの人たちがほっと息をぬける場としても、ロシア演劇鑑賞をおすすめいたします。

 とくにロシア語学習中の方、ロシア俳優の語るロシア語シャワーを浴びにおいでになってくださいね。きっときっと今後のロシア語学習に役立つこととなるでしょうから。

 6月16日(土)18:30~ 
 6月17日(日)14:30~

 フィロクテテス

 演出 ニコライ・ローシン 
 出演 Actor-Director Theatrical Community 略 A.D.T.C.

 お話 弓の名手フィロクテテスはトロイア遠征中に毒蛇に咬まれて傷口が悪化、その苦痛の声と悪臭がイヤになったオデュッセウスらは、フィロクテテスを孤島に置き去りにしてしまう。10年後ヘラクレスからフィロクテテスに与えられた弓がないかぎりトロイアは陥落しないとの予言を得て、急遽オデュッッセウスらは孤島を訪れ、ヘラクレスの弓を奪取しようとする………。

 さあ、チケットのお申込みはいますぐに。

 電話・054-202-3399 チケットセンターへ 


2007年05月29日

おめでとう!男優賞!!

 第60回カンヌ国際映画祭にて、男優賞を獲得した俳優は、ロシア俳優・コンスタンチン ラブロネンコ です。エッ?その方はどなた?ロシア映画「父、帰る」の映画で寡黙なパパを演じていたのが、ラブロネンコです。

 私が2度も見た「父、帰る」の映画にひきつけられたのは、このパパの演技をするラブロネンコの色気あるぞっとするような魅力が、画面にあふれていたこともあります。ぞくぞくするような魅力って俳優の条件ですものね。
 今回の受賞作品「バニッシュメント」は日本での公開あるのでしょうかしら?ぜひ観たい、会いたいラブロネンコです。


2007年05月10日

「ロマノフ王朝と近代日本」展 お見逃しなく

 残り会期(5月27日まで)があと少しとなってしまったのですが、「ロマノフ王朝と近代日本」展をご紹介しましょう。

 と、申しましても私も、「ロシア皇帝の至宝展」の会場で、あら?べつのところでなにかやっているみたいねえ、で知ったのですが。↑ これと同じく、江戸東京博物館の常設展示室5階にある第2企画展示室で開催中です。ちょっとわかりにくい場所ですが。こちらだけの見学でしたら600円です。

 近代日本が帝政ロシアにどのように観られていたのか、日露の交流の歴史資料展です。ロシア国立図書館が持っている写真書物版画絵画などかなりの数の展示物です。

 ニコライ2世が日本へやってきたときの写真の数々など貴重なものが、ナマでみることができこれは面白い!
 「日本人の容貌」の銅版画、1800年代のちょんまげ姿の男たち8人の横顔などロシアの人々は興味津々だったろうと思われます。「なんだいこのヘンな髪型は?」「のっぺりな顔だねえ」「着物っていうのかい?寒くないのかねえ」と、声が聞こえそう。

 時間をゆっくりととり、のんびりと歩いて見る展示会です。おすすめいたします。
 


2007年05月07日

開催中 ロシアの至宝展 ごらんになりましたか?

 4月、連休の混雑に入るまえ、行ってまいりました。江戸東京博物館で開催中の「ロシア皇帝の至宝展~世界遺産クレムリンの奇跡~」です。

 私の住む名古屋では、この展覧会の宣伝も評判人気具合などの情報が入ってきません。東京では盛大に宣伝されているのでしょうかしら。
 
 平日の午後に会場へ行き、ちょっと驚きました。首都東京では当たり前かもしれませんが、もっと人が居ないだろうと予測していたのは見事にはずれました。展覧会などの観客としてはちょうどいいくらいのお客たちです。

 熱心に見て回る人が多いです。ひとつひとつ丁寧に時間をかけて。いま、流行のイヤホンガイドを借りている人も多く見受けられました。

 私はモスクワクレムリン内の武器庫博物館には1度だけ行ったことがあります。金銀財宝やロシア正教イコンや聖書、皇帝女帝の日常の持ち物や衣装などは、圧倒されました。あまりにきらびやかでちょっと目がくるくるしてしまったほどです。

 今回の東京での武器庫コレクション展示は、本場クレムリンの展示物が貧弱になっているのではないかと思われるような、たくさんの展示物です。会場に入って最初は、どうせ少ない数で短い時間で観覧できるだとうと思っていた自分が恥ずかしかったです。

 目玉は、クレムリンエッグです。クレムリンの上に卵型宇宙船号が降りているようなデザインときらめく宝石類は「日本初公開」でうれしいです。

 ところで、こんな宣伝用ブログもあり、おもしろいです。ロシアが正しく宣伝されていくこと、美しいものをたくさん持つ国と宣伝されていくことは大賛成です。

 


2007年03月27日

「かもめ」に出てくる ロトゲーム

 このロシアンぴろしきの掲示板に「チェーホフの『かもめ』にあるロトゲームを知りたい」旨の投稿がありました。これは私もどんなゲームかな?と場面を見て読んで,とても興味を持ったものです。トランプゲームと変えてしまう舞台もあるようですが、「かもめ」の中で遊ばれる、ロシアのロトとは、どんなものでしょうか?

 写真があります。これは新しいものですね。

  
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 ラトーとよびます。
 1~90までの数字が飛び飛びに書かれたカードがあり、先にこれを配る。「かもめ」の中では、5人に3枚ずつを配っています。布袋の中にたる型のサイの底には数字が書かれており、だれかが=「かもめ」ではマーシャが袋の中からそれを取り出し、数字を言います。言われた数字を自分の持ち札の上の数字に、青いコインで埋めていきます。それが揃えば勝ち。「かもめ」の中では一番にトリゴーリンが「揃いました」と言います。
 この写真の緑のカードの役割は、私はわかりません。私はこのラトー遊びの本物も見たことありません。どれくらい楽しい遊びかは想像するばかりです。ロシアの古い遊びなのですね。
 もっと知りたいものです。


2007年03月20日

ロシアンプレッツェル って?

 名古屋駅前の高層ビル、ミッドランドスクエアは、世界の高級ブランド店が煌々とあかりをつけて、いまはお客がどんどん訪れています。私が買い物をできるのは、地下1階のアメリカからやってきたスーパー内のパンくらい。
 
 そこでみつけたのが、「ロシアンプレッツェル」と札がついている、甘そうなこれ ↓。
 ロシアと名が付けば、興味いっぱいに買い求めて、なにがロシアかなと食しましたが、甘いだけでした。ドイツの有名なプレッツェルはビールのお供におすすめの塩味ですから、それとは違う甘いプレッツェルとして、ロシアンとしたのでしょうか。ちっともロシアの香りではないけれど。
 お茶のおともの甘い菓子パンとしては許しましょう(笑)

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2007年03月09日

名古屋国際女子マラソン

 来る3月11日、名古屋国際女子マラソンが、開催されます。

 ペースメーカーや招待海外選手には、ロシア人女性もいて、注目されそうです。

 陸上競技を専門として通訳で活躍されている、TANAKAさんと名古屋でお会いして、彼を通じて外国からおみえの選手7人に、春のお花、スイトピーを贈りました。「国際女性ディー」ですから。

 選手のみなさまと支えるスタッフのみなさま、大会の成功を祈念いたします。


2007年03月08日

女性の日 おめでとう!

 3月8日は国際女性ディーです。

 ロシアではこの日、男性は、あらゆる知り合いの女性に「おめでとう」と告げ、贈り物をします。

 日本では、なぜか根付かないというか、施政者たちが意図的に知らない顔をしているみたいな、そんな日です。

 全女性たちへ。ミモザの花をかざり春の訪れを喜びながら、全世界の女性たちに幸福が、いまよりもっと幸福がやってくることを、みなで願いましょう。

 ☆☆☆

 コメントをいただいています、みなさま。お返事コメントがすぐに返さなくて、ごめんなさい。また、12月に行ったサンクトペテルブルク&モスクワの旅日記が遅々として進まずにごめんなさい。もうしばらくお待ちくださいね。
 では、ステキな女性の日を、世界中に!!
 
 


2007年03月06日

名古屋駅前高層ビル商業棟の開店

 名古屋と周辺にお住まいの方がたには、ここしばらく「ミッドランドスクエア」が大きな話題となることでしょう。JR名古屋駅桜通り(東口)目の前に、とうとうグランドオープンです。このミッドランドスクエアは、トヨタ自動車と毎日新聞社と東和不動産が造り上げた、名古屋一高層のビルです。

 ビジネス棟と商業棟に分かれています。3月6日に、その商業棟がオープンいたします。すっごくにぎやかになります。では、どんなお店が入っているのでしょうか?
 ちょっとしたご縁で、内覧会に行くことができました。世界の高級品が集まり、すべて私には、目の保養と世界ブランド品薀蓄勉強の場所です。値札を見ては、「桁違い」と驚愕してしまう品ばかりです。

 内覧会では、混雑の中、どこかにロシアはあるかと探してはいたのですが、フランス語やイタリア語や英語などは、あふれているのですが、ロシアやロシア語は……?みつけられません。

 サンタ マリア ノヴェッラで、ハーブ茶をいただきました。まったくどんなお店から知りません。売られている蜂蜜がめちゃくちゃ高額で内心「これだったらモスクワでは400円くらいで買えると思うから」と、イタリアからやってきた4000円に近い値札をつけた蜂蜜には、首をかしげています。
 と、言いつつ、店内のハーブの香りとハーブ茶で体がポッとあったかくなったのです。

 帰宅してから、ネットで、サンタ マリア ノヴェッラ を調べていて、びっくりです。いろいろな商品群のなか、この店の自慢が、「さるロシア貴族のために調合された香水」=ルシアン コロン という人気香水とあります。
 それはいったいどんな香りなのでしょうか?ロシアの香り?
 いつもモスクワやサンクトペテルブルクの、あの香りでしょうか?

 私のお気に入り俳優が言ったことがあります。
 「俳優は良い服を着て、美しい髪形をして、おしゃれな靴を履いて。でも、一番は良い香水を使うことだよ」と、彼のお気に入り香水は、フランス某社をご指名です。すれ違う人たちの香りにも敏感で、「香水文化を身に着けている人たち」と、いつも感心しています。

 ミッドランドスクエアにある、サンタマリア ノヴェッラ へ、混雑の波をくぐって早速行って、確認したいものです。

 ちょっと話しがかわって。
 あの高層ビルには映画館はありますが、劇場はありません。名古屋駅前に小劇場が生まれるかと、少々は期待したのですが、日本の劇場経営は経営効率の悪いものですから、新築高層ビルに、造るハズない、です。
 


2007年02月25日

ブリヌイを焼いてみました。

 先週、教えていただいた美味しいブリヌイ。家族にも食べさせたくって、休日に自宅でひとりで焼いてみることにしました。
 まず買い物へ行き、ブリヌイのために生クリーム、牛乳、サワークリームと具にするひき肉にイタリアンパセリです。あとは自宅にあった在庫でつくれます。

 料理に大事なことは、分量を正確にはかることと、料理の工夫をすることです。

 
 ①ベーキングパウダーは食品添加物です。これが入っていなくとも上手にできます。わざわざ購入する必要はありません。

 ②薄く薄く焼きます。周りにこげ色が付いてきたころ、竹串で周り浮かせて、フライパンから生地が自然に、はがれると裏返すことに失敗しません。

 ③ちょっと乱暴ですが、裏返すのは、フライ返しとかを使うよりも手で生地のふちをもち、「エイッ」と勢いで裏返すときれいにできます。

 ④たくさん焼いて、いろんなものを入れてたくさん食べましょう。楽しいです。ひき肉いための具には、イタリアンパセリなどのハーブ葉もいれてみましたら、ぐっと美味しくなりました。


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 薄く伸ばして焼きます。表面がふっくらと膨らんできて、周りがこげてきたら、竹串を回りに入れて、生地をフライパンからはがすようにして、フライパンをゆすると自然にはがれます。両手で生地のふちを持ち、エイッとひっくりかえしましょう。


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 焼きあがったら重ねておきましょう。どんどん高くなっていくのはうれしいです。


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 具を入れてからもう一度焼いています。油が要りますから、気になる方は焼かずに電子レンジで暖めても良いでしょう。



2007年02月21日

「ヴァルプルギスの夜」日本語訳本を手に入れる!

 昨年12月22日、モスクワユーゴザーパド劇場で観た芝居は、「バリプルギエバノーチ」、これは、はじめてみる芝居です。
 行く前に、先にモスクワで見た友人が言うには「ソ連時代の精神病院をあつかったかなり重い芝居でかなり衝撃を受けるよ」。
 お気に入り俳優シューラも出演します。劇団のHPを見ると、シューラもベテラン俳優たちも多く出演して、みな白い衣装での舞台のようです。
 「精神病院」「ソ連時代」「重い芝居」と言うことだけ知識として得ていて劇場の席に座りました。

 2時間休憩なしでの芝居は、ロシア語が不自由な私にも、俳優が演じきる、ソ連という時代の不条理と、精一杯に生きる人々の怒りとか閉塞感とか連帯感とかが、どんどん伝わってきました。もう、重くって重くってたまりません。それなのに、この舞台には強烈に惹きつけられました。俳優の巧さもひきつけられた魅力でしょうか。
 しかし、ロシア語せりふがわかりません。ああ、もっとロシア語せりふがわかりたい!と、痛切に思いました。

 2月はじめ、モスクワから来日したユーゴザーパド劇場主宰者で演出家のベリャーコビッチ氏を空港へ迎えたときのこと。
 私は、「12月にモスクワへ行き、『バリプルギエバノーチ』を見てきた。シューラがお尻を出していた」などと伝えましたところ、ベリャーコビッチ氏は「あれは日本語の本になっているよ、ユーゴザーパド劇場の舞台写真を使っているよ」などと、教えてくれました。

 その後、ネットで検索してもヒットしません。きっと「ВАЛЬПУРГИЕВА НОЧЬ」というロシア語の日本語表記が問題か、日本語題名にしているのかもしれない……。

 思い切ってここは不特定多数の人にきいてみましょうと、「ろしあんピロシキ」の掲示板に投稿しました。

 と、ご親切に教えてくださる人がいて、ジュンク堂書店の在庫ページを貼ってもくださって、私は飛び上がらんばかりにうれしかったです。在庫が1冊となっているので、その1冊をネット注文しました。

 そして、21日、手に入れました。やりました。

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     ちょっと恐い表紙絵です。作者エローフェーエフ(1938年北極コラ半島の生まれ~1990没)は戯曲の題名ふたつ作り、どちらにしたら良いかを迷ったようで、だから、ふたつの題名を持っています。    
                 
 「ヴァルプルギスの夜、あるいは石像の跫音」 ヴィネディクト エローフェーエフ作・真木三三子訳・七月堂 2004年9月30日 発行 2625円 です。

            

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   巻頭写真のページにはユーゴザーパド劇場の舞台写真が掲載されています。ユーゴザーパド劇場のレパトリーのなかでも、悲劇の重い内容の芝居のひとつです。
 

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   戯曲です。世界中の有名人、地名そしてソ連時代の科学者・政治家・文学者・芸術家などいっぱい登場します。それらが欄外に注釈されていますが、それだけでもすごい資料集です。
              
 まさにめぐりあいの本です。
 芝居と出会い、その芝居に一番くわしい演出家と出会い、翻訳本にくわしい人と出会い、そしていま我が家にやってきたきました。感謝です。大事にしっかり読もうと決めています。


2007年02月19日

ブリヌィを焼いてみましょう。

 2月19日のNHKではラジオでもテレビでも、ニュースの時間に「ロシアでは春を迎えるお祭り、『マースレニッッア』です。(略) そこで食べるのが丸く焼いたブリヌイです。丸い形は太陽を表し春の訪れを待ちながら喜びます……」。だいたいこんな内容で放送されていました。ラジオのアナウンサーが「マースレーニッツア」で噛んでしまって言い直していましたっけ。テレビ画面では雪の上で踊る人たちとブリヌィを食べる人たちを写していました。

 ブリヌィ、私は大好きです。パンケーキとも言いますが、モスクワでもサンクトペテルブルクでも、街のお惣菜屋さんとか出店とか、軽食堂でも高級レストランでもメニューにあります。柔らかく甘く、ジャムやイクラやお肉や野菜類やスメタナ(サワークリーム)など好きなものを好きなだけはさんだり、乗せてみたり。手づかみでもフォークやナイフでお上品に食べても良いですし。作るのも焼くのもすっごく楽しそうです。

 名古屋や近郊の町で、いろんなグループにロシア料理を教えている日本在住16年と言う、ナターシャさんが教えてくださる「ブリヌィを作ってみましょう」料理教室へ行きました。ナターシャさん直伝の美味しく簡単にできるブリヌイをぜひ作ってみましょう。

 きょうはお肉をはさんでちょっとボリュームのあるブリヌィにしましょう。

 
 約5人分 18枚くらい焼ける予定です。
【材料】
 薄力粉 300グラム
 生クリーム 200CC
 牛乳  500CC
 卵 1個
 ベーキングパウダー 小さじ1杯
 砂糖  30㌘
 塩 5㌘
 サラダオイル 適宜

【作り方】
 ① 薄力粉をよくふるう。ゴミや虫が入っていないかと見ることでもありますが、粉を生き返らせるために必ずふるってください。

 ② ふるった小麦粉に砂糖、塩、ベーキングパウダーを分量入れ、スプーンなどを使ってよく混ぜます。

 ③ そこへ卵を割りいれ、混ぜます。さらに生クリーム、牛乳を少しずつ注ぎながらよく混ぜます。

 ④ 生地をもっとなめらかにするために、ここでもう一度こし網を使ってこします。このときはご飯しゃもじを使うと、きれいに全部をこすことができます。これがポイントです。

 ⑤ 焼きます。あたためたフライパンにサラダオイルと薄く塗ります。生地は玉じゃくしですくい、薄く丸くします。1枚目は失敗します。だんだん上手に焼けるようになります。

 ⑥ 周りがきつね色になってきたら裏返して焼きましょう。こげ模様もしっかり焼けている美味しいサインです。
  
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↑ これは厚くなってしまった失敗作です。
                    

 ⑦ お皿に並べて、そのままで食卓へもよろしいですが、お肉を真ん中に置いて四角く包みます。

 ⑧ フライパンにバターを熱して、お肉を包んだ四角いブリヌイを焼くと包み目がしっかり重なりあい食べやすくなります。

【入れるお肉の作り方】

 材料は、たまねぎ 中1個 ・ 豚ひき肉 400~500㌘ ・ 塩とこしょう、バター。 ↑上記のブリヌイの全部にお肉を入れる場合です。

 ① たまねぎはみじん切りにします。

 ② テフロン加工のフライパンに油を引かずにたまねぎをしっかり炒めましょう。

 ③ そこへひき肉も入れてよく炒めましょう。ちょっと多目の塩、コショウで味付けます。

 ④ あればフードプロセッサーで炒めあげた③を滑らかにします。フードプロセッサーがなくとも大丈夫です。

 
【包み方のコツ】

 ① 丸いブリヌイの真ん中に大匙 2~3杯くらいの分量でお肉などを置きます。
 ② 手前の生地をお肉などの上に持って行きます。
 ③ 左・右(どちらでも)の順で折りたたみます。そして、お肉などの実を持ってくるりと上の生地に乗せます。四角いブリヌイができました。
  だんだん包み方も上手になります。

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               Приятного аппетита !


2007年02月18日

光太夫さんで、より日露の交流を

 大黒屋光太夫さんは、ご存知の通り、1782年に伊勢白子の港から船で、江戸へ向かっていたのに、北のアリューシャン列島に漂流してしまった船乗りさんです。その後の彼と彼をとりまく人々のいろんな運命がいくつか重なり、日本の歴史とロシアの歴史にも名を残す人となりました。

 光太夫さんが当時のロシア女帝エカテリーナ2世に謁見でき、日本へ無事に戻ってきたのは、白子の港を出てから10年後のこと。その間にどれだけご苦労されたことでしょうか。ロシアの地を少々知る人たちは、あの過酷な自然の中で生き続けていた彼の強い運命に思いを馳せてくださると思います。「日本へ帰りたい」の強い思いがあって、ロシア語も学び、ロシアの人々とともに生きて笑って泣いて闘っていたから無事に戻ってこられたのだと思います。

 光太夫さんが江戸に戻り、歴史的には隠されていた、「故郷へ戻る=40日間」が近年明らかになり、また鎖国の時代に外国へ行った「罪人」の扱いも、事実ではないことも明らかになったと言われています。
 だから、地元鈴鹿市伊勢若松地域では、堂々と胸を張って、光太夫さんを町の英雄としています。以前は小学校の一角に、整理もされず置かれていた光太夫さんの資料を、町の人々の情熱で2005年秋に記念館を作り上げたのは、素晴らしいです。無料で公開していることも拍手を贈りたいです。

 記念館は「光太夫さんが覚えたロシアの文字を覚えよう」と、キリル文字でのあいうえお表記印刷物にしています。ロシア全土の地図で都市名もいれて光太夫さんの足跡を入れています。サンクトペテルブルク郊外の夏の宮殿の写真とエカテリーナ2世に謁見できた広間の写真も飾っています。
 また、「ロシア科学アカデミーにある光太夫さんの愛用品」のレプリカのすずりと扇も置いています。ロシアがいっぱいある記念館です。

 私は、サンクトペテルブルクで科学アカデミー・クンストカメーラ(人類学・民族学博物館)に行き、光太夫さんのみやげを見てきたのですが、展示は地味なものです。
 地元伊勢若松の人たちは、サンクトペテルブルクに興味を持っている人たちも多くいるようです。子どもたちもロシアのことをもっと知りたがっているようです。
 私はこれから、光太夫さんとともに、三重県鈴鹿市とロシアサンクトペテルブルク市がもっと交流できるとおもしろいことだなあと考えているところです。

 ああ、大黒屋光太夫さんは、いまの私たちに日露交流を呼びかけているようです。

 伊勢若松の地元の人たちは、「北槎聞略」=帰国した光太夫からの聞書集の学習会も定期的に開催していると知りました。これもすごいことです。

 春の旅は、伊勢若松を歩き、光太夫さんたちが船出した白子の港をたずね、美味しい穴子料理でお腹も満足させる、そんな旅をおすすめいたします。

 近鉄名古屋駅~急行「伊勢若松」まで730円、約50分ほど。伊勢若松から徒歩15分で、記念館。途中は案内板もあり、わかりやすいです。


2007年02月17日

大黒屋光太夫記念館へぜひおでかけください

 冷たい雨が降っている2月17日土曜日は、三重県鈴鹿市の大黒屋光太夫記念館へ行ってきました。昨年も行きました。そのときは大勢で、鈴鹿市内はバスで移動でした。だから最寄駅の近鉄電車伊勢若松駅から記念館までの位置も町の様子もわかりませんでした。
 きょうは、ひとりで町を歩いてゆっくりと記念館も楽しみました。と、言っても雨が本格的に降ってきてちょっと寒くもなり、傘がなくて困りましたが。でも、助けてくれる方たちが多くいて楽しいものでした。
 
 大黒屋光太夫記念館は、開館1年半でずいぶん展示物や方法も充実してきています。どれも大事な宝物で、写真を写すことはできませんが、大事に大事守ってきたゆかりの人たち、こうして多くに知らせるために管理展示して守り広げている地元の人たち、日本中の大黒屋光太夫ファンの人たちの熱い思いが、伝わります。素晴らしい展示です。

 管理員として働いている地元の女性は語りました。
 「幼いころおばあちゃんとお墓参りに行くと、『光太夫さんのお墓にも参るのだよ』と教えられていました。でも光太夫さんはだれなのかどんな人なのかは知らなかったのです。おばあさんが『光太夫さん』と言うので、よほど大事な偉い人なのだとはわかったのですが。何も知りませんでした。が、いまは地元若松では、光太夫さんは偉大なる人とみなが知っています。船乗りさんですが、学問が好きで本が好きで書くことが好きだった人ですね。だから多くのことを書いているし、ロシア語を覚えるのは早くできて、ロシアの国で多くのロシアの人とたくさん話したのだと思います。それが生きる力になったのでしょうね。偉い人で、私たちの町の英雄で、多くの人たちにもっと知って欲しい光太夫さんですよ」。

 小さな記念館です。伊勢若松駅の周辺もなにもありません。田舎の静かな町並みの中にある記念館です。でも、町の人たちが守り育てている記念館です。
 みなさん暖かくなりましたら、ぜひ、大黒屋光太夫記念館へおでかけください。

 そして、閲覧後のお食事は、伊勢若松のおすすめ穴子料理店魚長さんへ。美味しい穴子のてんぷらほかの料理が堪能できます。

  次号に続きます。


2007年02月12日

シベリア鉄道が楽しめる!

 「シベリア鉄道に乗りたいなあ」とは、実はまだ思いいたらない私です。
 現役労働者の悲しさで、のんびりゆっくりと時間を取っての電車の旅は、とても考えられないですね。それと、ウワサされる長距離電車の、治安の悪さの問題も、シベリア鉄道を私から遠ざけるのです。

 でも、与謝野晶子さんがヨーロッパへ渡った夫・鉄幹を追ってシベリア鉄道の旅を経て、ヨーロッパへ入っていった足跡は、追ってみたいともちょっとだけ思うのですが。

 そんなときに教えていただいたおもしろいもの。

 ネットでシベリア鉄道が楽しめるという素晴らしいことです。これなら、いつでも好きなときに好きなだけ、無料で安全安心して、シベリア鉄道、モスクワからウラジオストックまで楽しめます。さあて、きょうも、少し乗って遊んでみましょう。


2007年02月08日

ビーツ販売中

 名古屋と周辺にお住まいのみなさまへ。

 名古屋駅、JRタカシマヤ地下野菜売り場に、いまビーツが売られています。大きなお芋のような3つで150円の値段がついています。柱の影のちょっと見にくいところですが、ぜひいまのうちにお早くどうぞ。


2007年01月25日

きょうは、タチヤナの日

 1月25日は「タチヤナの日」です。身の回りのタチヤナさんに「おめでとう」と言わなければなりません。ええ、日本のことではありません。ロシア正教会カレンダー「名前の日」によりますと、25日は、タチアナさんにとって、第2の誕生日みたいな大事な日「タチヤナの名の日」です。タチヤナさんを知っているみなさんは、タチヤナさんに「おめでとう」と言います。
 ロシアでは、誕生日や名の日の前日に、お祝いを言うことは禁句ですが、後の日に「おめでとう」を言うことは許されています。

 ロシア正教会には、それぞれの「名の日」が刷り込まれているカレンダーが多くあります。ロシア人の名前は聖人からのゆかりが多く、生まれたその日や前後の「名の日」から、赤ちゃんの名前を決めることも多くあります。だから、1月25日生まれの女の子は、タチヤナさんが多いことでしょう。となると、誕生日+名の日となって、パーティも盛大でしょうね、きっと。
 
 私もあとで電話でもしましょうかしら。友人たちのタチヤナさんへ、「おめでとう」と。

  ※時差の関係で、電話できなかった。残念。あちらの夜の盛り上がりの時刻は、私、夢の中です。


映画「赤い月」テレビ放送・俳優に出演は

 この記事は、「マーミンカ通信」全体で600号となります。
 おおっ~! 600ですか。われながら驚き、です。
 記念の600号はテレビ映画です。

 ~~~~~~~~~~~~~~ 


 作家なかにし礼氏の自伝小説「赤い月」、2003年に映画化となりました。

 1月26日テレビ放送されます。

 映画館でご覧になった方も、見逃した方もぜひ、どうぞ。

 この映画のなかでロシア人とロシア語せりふがいくつか出てきます。ひとりのロシア人俳優は、私がいつもここに書いている、モスクワユーゴザーパド劇場所属の俳優です。

 ワレリー ドリジェンコ さんです。「検察官」「巨匠とマルガリータ」「夏の夜の夢」などで来日経験も豊富なベテラン俳優です。

 さて、「赤い月」の映画の中でモスクワの俳優はどんな役柄でしょうか?
 そして、満州という国を作り戦争へまっしぐらに走った日本軍と財閥たち、栄華の果てにはなにが、そして、生きていくには……。

 では、お楽しみください。


2007年01月07日

ことしも続々とロシアの展覧会

 1月7日、名古屋市美術館にて、「大エルミタージュ展」を観てきました。先に東京で開催されていたものです。展示の仕方は少々気に入りませんでしたが、はるばる名古屋までようこそと、並んでいる作品群には敬意をはらい、楽しみました。
 サンクトペテルブルクの地名は知らなくとも、エルミターシュ美術館の知名度は高いのだということがよくわかりました。
 会場で聞こえてきた声。
 「レニングラードはどこだった?」
 「一度行きたいけれど、遠いでしょうねえ」
 「ものすごくたくさんの絵画があるのに、展示品はこれだけかい?」など。
 この寒い冬の間は名古屋で開催されています。

 ことしは、ほかにもいくつか興味ある展覧会が開催されます。

 「世界遺産クレムリンの奇跡・ロシア皇帝の至宝展」は、3月20日~6月17日まで、東京にて。
 
 4月28日~7月8日までは、ナント、サンクトペテルブルクにあるロシア美術館からやってくる絵画展「ロシア絵画の真髄」が、開催されます。レーピン作品もやってくるようです。

 これからもこちらで、日本にいて出会うロシアの情報などを、できるかぎりお知らせしていきます。
 また、こちらで紹介させていただく情報などございましたら、ぜひ教えてください。
 どうぞ、ことしもよろしくお願いいたします。


2007年01月02日

BSジャパン放送番組で

 1月2日19時からハイビジョン放送BSジャパンでとても良い番組が放送されました。
 
 以下、BSジャパンの番組表のコピーです。

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    歴史ロマンスペシャル「エルミタージュの秘宝が明かす 最後の皇帝ニコライ2世と日本」

放送日時: 1/2(火) 19:00~20:55
番組内容: 今年は、日露戦争100周年。当時の皇帝はニコライ2世。彼は、皇太子時代にはるばる日本を訪れていた。約100年後の現在、もう一度その旅の痕跡を辿る…。
最後のロシア皇帝ニコライ2世は生涯を通して日記をつけていた。1万ページを超える膨大な記録。その中には歴史の波に翻弄された彼の心情が綴られている。かつては皇帝が冬の間を過ごす宮殿だったエルミタージュ美術館の倉庫には、薩摩焼の壷など日本の美術品の数々が眠っていてその中にはニコライ2世自身が集めたものがたくさんある。19世紀末当時このエルミタージュに暮らしていたニコライ2世は皇太子時代に日本に旅行している
出演者: 【ナビゲーター】 黒谷友香
【ナレーション】 大杉漣

========

 番組案内はしっかり見ずに、「エルミタージュ美術館」のことが放送されるみたいの思い込みで、チャンネルを合わせました。はじめの数分はしっかり見ていませんでした。

 落ち着いて画面を見始めると、それはとても魅力的な番組でした。ニコライ2世が日本を訪問した足跡をたどりながら、サンクトペテルブルクやモスクワに残っている彼のゆかりの日本の品々を、日本でのゆかりの人たちがまた検証してみる。それを縦糸にして、横糸はニコライ2世の日記の朗読です。

 途中からわくわくしながら見入ってしまいました。それは、サンクトペテルブルクの「ピョートル大帝記念人類学民族学博物館」(クンストカーメラ)が紹介されたからです。そして、ちょうど一年前の「冬のサンクトペテルブルクの旅」で、出会った学芸員で日本担当のサーシャがテレビ出演をしていました!!!

 ニコライ2世が持ち帰った「丸山応挙の(画と言われる)掛け軸」や「動く龍の置物」を博物館の収蔵庫で見せている美しい銀髪のサーシャ。画面にむかって思わず「サーシャ!!」って呼んでしまいました。クンストカーメラのちょっと不思議な日本コーナーの展示物も、ニコライ2世が日本から持ち帰ったものが多く展示されていることもこの番組で知りました。日本の織物会社の社長からの贈り物の巨大日本人形などは、ちょっとびっくりでした。が、思い出しました。昨年サーシャが所蔵品のいくつかをパソコン画面で見せたくれたときに、あの人形もありました、たしか。

 テレビ番組は、ニコライ2世の日本訪問と言えば、欠かせない大事件「大津事件」も当然とりあげています。ニコライ2世の血染めのハンカチの本物も紹介されていました。もっと小さいハンカチとイメージしていたのですが、ハンカチと言うよりもさらしの生地の一部のように見えましたが。

 ニコライ2世は、日本の長崎・鹿児島・京都などでいろんなものを大量に購入したようです。いまのお金で言えばウン千万円の単位とか。お土産も持たされ、大津事件で斬りつけられた“お見舞い”の品も日本各地から寄せられて、それらで帰国の船は、甲板まであらゆるものでいっぱいとなっていたそうです。そして、いま、それらがロシアに保管され残っているとは、とても興味があります。

 ニコライ2世は日本を気に入ったのですが、日露戦争への突入サインをします。その後、ロシア革命が起こり彼と家族は惨殺されます。
 最後のロシア皇帝と日本のかかわり、そこにだけ焦点を当てた、丁寧に、細やかに作られたわたし的にはとても評価の高いお正月番組でした。
 ぜひ地上波テレビでも放映をして欲しい内容です。


2006年12月16日

バレエ、バレエああバレエ

 いままでロシアバレエは、本場で何度も見ることが幸運に恵まれましたことは、すでにお伝えしたとおりです。が、今回は名古屋でステキなバレエ公演に感動したお話しです。

 レニングラード国立バレエ団の「くるみ割り人形」を楽しみました。

 その翌日、ご縁があって名古屋でも宿泊ホテルから中部空港までの移動の荷物持ちなどのお手伝いをいたしました。主役のシェスタコワさんとシャドルーヒンさんのおふたりは福岡へ移動されました。

         DSCN5130.JPG

 主演・マーシャを踊られた オクサーナ シェスタコワの美しいお手
 準主演級・王子を踊られた ドミトリー シャドルーヒン の長い指のお手 
 
 移動中です。舞台が命のおふたりの顔写真は写しませんでしたので、この手の写真でご勘弁ください。
 シェスタコワは、「写真を写すほうは簡単に言いますが、写されるほうは、ちょっと気分は複雑です。私は写真があまり好きではありません」。
 シャドルーヒンは、「ええ、指の写真だけで良いの?こんなリクエストはじめてだよ」。

 なにも言わなかったのに、おふたりは手を重ねてくれました。


DSCN5134.JPG

 シェスタコワの サイン です。


DSCN5135.JPG

 シャドルーヒンの サイン です。


DSCN5131.JPG

 
 時はクリスマス前、場所は中部国際空港 です。


 (おまけ)
 ロシアでは、お迎えやお見送りする人は、お相手に、お花を1本お渡しするのが、ちょっとしたおしゃれなマナーです。
 私は、シェスタコワに、オレンジのバラの花を1本、贈りました。とてもバラが似合っていました。バラと小さなマイカバンだけを持って、お二人はいっしょに、名古屋を離れていきました。


2006年12月07日

よほどの縁があるのかと

 私は現在ロシア語の勉強を教室に通うとか、先生に付くとかいっさいしていません。もちろん再開はしたいです。ロシア語も満足にできないし、専門教育も受けていない、そんな私にまた、最近よっぽど私はロシアと縁があるのかなと思うことが、立て続けに起こっています。

 ↓ でもお伝えしました、チェリアビンスクからのメール。マラトさんが元気でうれしいです。
 
 またある日、数年ぶりに友人からの電話。私がはじめてのロシアの旅へ行ったときに、添乗員さんで、いまは主に日本国内でロシア語通訳業で活躍している、Mさんから。
 Mさん、名古屋にまもなくやってくると言う。有名ロシア人を伴って。
 「ぜひいっしょに会いましょう」となりました。「ただし、短い時間だけ。すぐ移動ですから」とのこと。

 Mさんに会えるのは、すっごくうれしいことです。ロシアのことたくさん教えていただきたいものです。

 そして、きょう届いた国際郵便は、ウクライナ国キエフ市から。万博ウクライナ館で知り合った、アリョーナから。忘れてはいなかったのね、うれしいかぎりです。

 そして、モスクワの俳優からもメール。「もうすぐだね。待っているよ」。

 そうです。私、また、サンクトペテルブルクとモスクワへ行ってきますね。ルンルンです。たくさんいろんなことを実地で勉強してきます。ロシアの友人たちにたくさんのことを教えてもらってきます。

 こんな私に、こんな楽しいロシアとの縁をくださって、ありがとう、みなさん。
 


2006年12月04日

雪の街の文学博士

 一枚の写真が届き、びっくりしました。

 10月、留学生生活を送った日本を後に、ふるさとチェリアビンスク市(ロシアのウラル地方・ソ連時代は隠されていた軍事都市)へ、帰国したマラトさんから1枚の写真が送られてきました。

       Nov2006 018.jpg


 7年間の日本生活から、やっとロシアの生活に戻って、ほっと安心の毎日のようです。

 写真は彼の住宅街だそうで、うわ~寒そうだな~。「いつか行きますね」」と約束してある街です。


2006年12月02日

消えるロシア料理店 テアトロ スンガリー青山

 寒くなってきて、これから温かいロシアの煮込み料理などが、なつかしく美味しくなるころです。
 悲しいお知らせです。

 東京のテアトロ スンガリー青山が 年内いっぱいで閉店となります。

 私は、いつか行きたいお店でした。が、間に合いそうにありません。「行ってみようか」と友人と話していのはいつだったかしら。あの時に行っておくべきだったと、いま悔やまれます。

 お近くの方たちぜひお出かけくださって、お別れをお伝えください。


キューピー3分クッキング ロシア料理

 長寿番組で有名な、お料理番組のキユーピー3分クッキング、今月の土曜日は、ロシア料理です。先生はロシア料理でこれまた有名な荻野恭子先生です。

 本日2日は、ボルシチでした。
 来週の土曜日は、ビーフストガノフ です。

 が、が、今日まで、私も知りませんでした。↑ これは、日本テレビバージョンでした。
 このキユーピー3分クッキングは、名古屋CBC放送バージョンもあったのです。残念、きょう、こちらはロシア料理ではありませんでした!スペインです!!


2006年11月27日

「二重の不実」、ピッコロ劇場公演

 ロシア演劇が日本で楽しめます。
 楽しんできました。
 でも、また公演があります。兵庫県ピッコロ劇場で。

 ロシア・ノボシビルスク市からやってきたグローブス劇場の「二重の不実」、11月26日、静岡芸術劇場で楽しんできました。ネタばれはしたくありませんので、くわしくはこちらをクリックしてみてください。
 
 ああ、こういうやり方があるのね。
 ああ、やられた。

 帰り道はそんな思いでいっぱいでした。

 俳優が美しいです。彼らの演技は、技(わざ)そのものです。基礎がしっかりできているロシアの俳優たちだからできる見事な演技に、ブラボーです。

 兵庫ピッコロ劇場での公演、なぜ11月30日(木)午後と言う、公演時間なのでしょうか?月末の週半ばの午後……、「みなさん、どうぞ観に来てください」とは、なっていないような…。
 でも、どうか、お近くのお時間の許される方、この機会にぜひ、「二重の不実」の不思議な魅力の舞台を楽しんでみてください。私も行きたいけれど……。


2006年11月25日

指揮者 井上道義氏が探しています

 「週間新潮」10月26日の「週間新潮・掲示板」に、指揮者井上道義氏からのメッセージを見つけました。

 「ショスタコービッチという音楽家は、本当に興味深い曲を書いてくれた、我々の同時代の大天才ですが、彼に会ったことがある方を探しています。お会いになった方がいらっしゃれば、どんな話でもお聞きしたいです」。

 ショスタコービッチ氏にお会になったことがある方、そういう方を知って見える方など、ぜひ「週間新潮掲示板係」へメールを送ってください。

井上道義氏オフィシャル ウエブ サイト

 ショスタコービッチとは


2006年11月24日

「打ちのめされるようなすごい本」

 追悼・米原万里さん

 ことし、大事な人と悲しい永久のお別れをされた方も多くおいでのことでしょう。
 愛する人との別れは悲しくって涙をどれだけ流しても、まだ涙が落ちます。
 大事な友人との別れ、学校や職場で地域でともに笑いあったり怒ったりした仲間との別れも、当然に悲しくてたまりません。
 いつか会いたいと思っていた人との急な別れは、これもまた悲しいことです。

 米原万里さんの急逝も、ロシアとロシア語を愛する人たちだけでなく、彼女の著作本愛読者やマスコミ登場の万里さんのファンも多く、みながいまも悲しいことです。

 2006年10月文芸春秋社から1冊の本が刊行されました。
 「打ちのめされるようなすごい本」
 金色を配した本が広げられているカバーの中部分には、笑顔の美しい米原万里さんが語っています。
 「皆さん、本を読んでいますか?」と。

 彼女が著した書評文を集めたものです。いったい何冊の本を読んで、書評を書いたのでしょうか?385冊の書評が載せられています。いろんな分野の本が評されています。後半は「がん」に関する本が多くなっているのも彼女の人生です。

 最後近くの520ページには、井上ひさし氏が「解説」を書いています。
 「思索の火花を散らして」が、涙を流させてくれます。

 あなたの蔵書に、ぜひともの1冊となるものと思い、ご紹介させていただきました。

 アマゾンではこちらです。


2006年11月23日

ご容赦・遅報* 静岡芸術劇場にて

 見逃していた、しまった、と気がつきあわてて掲載です。

 静岡県静岡市にあります、「静岡芸術劇場」は、積極的にロシア演劇を日本に私たちに紹介しています。過去、モスクワ・フォメンコ工房や、サンクトペテルブルク・アレクサンドリスキー劇場などが初来日して、私などコーフンしてしまったものです。

 11月25日・土曜日
    26日・日曜日
     いずれも午後2時30分開始

 作 : ピエール・マリヴォー   の 「二重の不実」が上演されます。
 ノボシビルスク市からやってくる グローブス劇場 によるロシア語での演劇公演です。
 
 演出・美術・衣裳は、ドミトリイ・チャルニャコフ氏

  チケット料金 4,000円/同伴チケット(2枚)7,000円 ← すっごく安い!!

 場所は、静岡県静岡市 静岡芸術劇場です。劇場のロビーからそれはきれいな富士山が見えます。

 チケットは、まだあるそうです。(つまり売れていない模様)
 行ってみようかな、観てみたいなと、思われた方、さあ!すぐに電話しましょう。
 静岡芸術劇場チケットセンター 054-202-3399

 同時に開催されているのは、 ロシア現代建築展 です。
 
  「20YEARS AFTER 20年の時を経て -1980年代日本の建築コンペに参加した、ロシア人ペーパー・アーキテクト達のその後」
   11月18日(土)~12月16日(土) 静岡芸術劇場内ホワイエにて。こちらは、入場無料

 詳しくはこちらをクリックしてください。

 遅いお知らせで申し訳ありません。もし、次の土・日予定が入っていない静岡近くの方、遠くの方も、ぜひロシア語日本語字幕でのロシア演劇をご覧くださいまし。私は日曜日行きます。私に会いたい人は会場で探してみてください。どうやってや??


2006年11月21日

「検察官」は「査察官」だった

 11月19日(日)毎日新聞の人気ページ「今週の本棚」には、こんなおもしろい書評が載っていました。

 いままで慣れ親しんでいた、ゴーゴリー作の「検察官」が実は、「査察官」が正しいのですか。
 ロシア語  ревизор を辞書で引きますと、「監査官」とか「審査官」「(鉄道)検査官」などとなっています。そうですね、「検察官」とはちょっと違う。
 沼野先生は書評文中で、「この主人公は『検察官』などではない。長年放置されてきたタイトルそのものの『誤訳』を大胆に訂正しただけでも、訳者の手柄は大きい」と、記してみえます。

 ロシア演劇の人気演目でロシアのだれもがきっと一度は観たことがあるだろう、ревизорの邦訳は、これからは「査察官」と呼び変えなければなりませんか。ユーゴザーパド劇場が来日公演で「検察官」を持って全国を回っていたとき、日本語の「ケンサツカン」がなかなか言えなかったロシア俳優たち。
彼らには、「ン」と続く「サ」の音が言えませんでしたね。

 「ササツカン」は上手に発音できるでしょうか。今度俳優たちに言わせて、ためしてみようかな?きっと下手だと思います。

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 表紙もおもしろい、光文社古典新訳文庫版「査察官」浦雅春訳です。

 手元にある群像社版・船木裕訳と読み比べることとしましょう。

***********
 名古屋とその周辺にお住まいの方へ。

 光文社古典新訳文庫版が並んでいる大型書店のひとつは、栄三越となりラシック5階「丸善・ラシック店」です。
 


2006年11月05日

再掲 テレビドラマご案内

 10月半ばに書いて、もう↓ 次のページに送られてしまうので、上げて再掲します。

 11月25日(土)21時~23時14分・フジテレビ系列で、「遥かなる約束~50年のときを越えた運命の愛~」が、放映されます。

 くわしくは、こちらをクリックしてください。主演の阿部寛さんは、ロシア語の特訓を受けて撮影に入られたそうです。

 さて、どのようなドラマとなっているでしょうか。楽しみましょう。
  
 


2006年10月23日

み~ぃつけたぁ。

 ★NHKの連続テレビ小説==「芋たこなんきん」の場面で、きれいにならんだ赤いマトリョーシカが、出てきます。健次郎さんの家の茶の間に置かれた、サイドボードの中です。
 
 ★日本のある有名会社、名古屋が本社の会社です。ここの商品宣伝のためのインターネット広告をみつけました。ロシア語版のロシア国でロシアの人たちが制作したものでしょう。
 テーマは日本です。書道・尺八・石庭と、日本へのロシア人の興味ある、3本です。←画面上3つの窓をクリックしてみてください。(注)いきなり音も出ます、びっくりしないでね。
 
 製作者は一生懸命に日本を表現したと思います。いろいろ調べてはいると思います。でも、ですねえ。突っ込みどころ満載です。
 さあて、間違いはいくつあるでしょうか??

 こういう間違いを、私は指摘していきたいです。「正しい日本」を世界の人たちに知っていただきたい、が願いです。


2006年10月16日

もうひとつ、TVドラマご案内

 11月25日夜、フジテレビ系列で、「二夜連続、奇跡の夫婦愛スペシャル」と題して、実話ドラマが放送されます。そのひとつが、シベリアで生きていた夫と、夫の帰りを待っていた妻と、夫と暮らしていたロシア女性、3人の愛の物語「遥かなる約束」が、阿部寛さん主演で放映されます。

 ご存知、「クラウディア奇蹟の愛」を原案として、主役を演じる阿部寛さんは、ロシア語を特訓してこのドラマに全力投球しています。

 (この項、更新予定です) 


2006年10月15日

エカテリーナ二世 テレビ出演?

 来る、10月24日は、またテレビを見ましょう。

 日本テレビ系、10月24日午後9時~ドキュメンタリー番組「女帝エカテリーナ 愛のエルミタージュ」と題して、女優山口智子さん(久しぶりの登場!)がサンクトペテルブルクを訪ねたりしての、番組です。地方によって放映時間などちがうかもですから、それぞれお調べくださいね

 エカテリーナの手紙もいくつかが読まれるようです。たぶん、日本語でしょうね。
 エルミタージュ美術館も、ゆかりの地も登場するでしょうか。
 楽しみです

関連ニュースリンクしました。
  
 日本テレビ

 毎日新聞


2006年10月11日

追悼 アンナ ポリトコフスカヤ記者

 すでにご存知のことでしょうが、10月7日、モスクワで、ひとりの女性ジャーナリストが待ちぶせをしていただろう人物に、ピストルで撃たれて亡くなりました。
 休日の買い物に行き、車とアパートを何回も往復して荷を運んでいる途中でのこと。きっとそのときの彼女は、仕事を離れたママと妻の顔だったろうに、ピストルを向けた奴は、ジャーリスト ポリトコフスカヤを待ち伏せ狙い撃ったのです。
 アンナ ポリトコフスカヤ記者のご冥福をお祈ります。
 犯人とその背後にいる人たちを厳しく糾弾します。

 このニュースを聞いたとき、私の頭に浮かんだのは、4つのことでした。
 
 ウクライナの作家 アンドレイ クルコフ作の「ペンギンの憂鬱」の小説。
 なにか大きな見えない、命をねらう恐ろしい人たちが闇にいることをこの小説はテーマのひとつにしています。

 映画「大統領のカウントダウン」に登場するチェチェンを取材する女性ジャーナリストのこと。ロシア人女性での設定ではなかったが、体当たりで取材をする女性ジャーナリストが活躍した、映画でした。

 モスクワ・ユーゴザーパド劇場の演目は「殺し合いをテーマにしない」と言っていた、俳優シューラのことば。「世の中、あまりにも殺し合いが多い。舞台の上までも殺し合うことは要らない」と、言っていました。

 そして、この夏の暑い日の記憶ですが、街の大型書店の書棚でみつけた、「チェチェンやめられない戦争」の本。著者はアンナ ポリトコフスカヤ記者。
 そのとき、買うべきで読むべきと思ったものの、いろんなことでいっぱいいっぱいの私だったから、「もう少し後で読むね」と、本に伝えて、一旦手にしたのを書棚に戻したのでした。
 この事件を知り、すぐに行った書店の棚に在庫はなく、いま取り寄せてもらっています。

 殺しあうことから、生まれるのは憎しみしかないはず。もう世界中の人間は長い長い歴史の中で十分に知っているはずなのに、まだわからないのでしょうか?なぜでしょうか…?
 
 ジャーナリストは、綿密な計画を立て、歩き回って現場で人に会い、取材し、あらゆる資料をさぐって、十分過ぎるほどの記録を留めて、的確な表現手段を使って発表していく人たちです。それは天から与えられている使命・役割です。
 体制側の批判や問題点の指摘や隠された真実を明らかにしていくなど、ジャーナリストがやるべき仕事です。
 
 気分感情で、匿名で、無責任な態度で、ネット掲示板に書き込んで、人を嗤うような人は絶対に、ジャーナリストではありません。

 もし、気に入らない意見があるのなら、また、間違っている視点なら、堂々と意見交換をしていけば良いではありませんか!
 それが民主主義のルールであり、私たち人類がまた歴史から学んだ、現代では保障された表現ルールでしょうに。
 意見が合わないから、あの人は嫌いだから殺す……、こんなことをぜったいに許すわけにはいかない。ロシア政府はいま、全世界がこの事件の真相解明を求めていることを、真摯に受け止めて、決してうやむやにしないで欲しい。してはならない!私も、ここ日本から熱く厳しく、プーチン大統領らに求めていきたいです。
 
 「チェチェン総合情報」 から。
 10月12日夜には、「緊急追悼集会」が東京でも開かれます。東京にいれば参加したいものです。
 
 転載をして多くに広めてほしいとの主催者の依頼に応えて、ここに内容を転載しておきます
 
    【集会の概要】

集会名: 緊急追悼集会「アンナ・ポリトコフスカヤの暗殺とロシア・チェチェン戦争」

日時 : 10月12日(木)19時00分~21時00分(開場18時30分)

会場 : 文京区民センター 2A (210名収容可)

地図 : http://www.city.bunkyo.lg.jp/sosiki_busyo_academy_shisetsu_gakusyubunka_kumincenter.html

交通 : 交通:地下鉄丸ノ内線・南北線「後楽園」駅徒歩5分/地下鉄三田線「春日」駅A2出口真上・大江戸線春日徒歩1分


参加費: 300円 (可能な方はお見舞金への協力をお願いします)

共催 : チェチェン連絡会議 市民平和基金 チェチェンニュース編集室 チェチェンの子どもを支援する会 ハッサン・バイエフを呼ぶ会 社団法人アムネスティ・インターナショナル日本 日本ビジュアル・ジャーナリスト協会

後援 : DAYS JAPAN 週刊金曜日

連絡先:editor*chechennews.org (*を@に置き換えてください)

   【内容】

報告: 林克明(ノンフィクションライター)「ポリトコフスカヤという人・事件の経過報告」
     稲垣收(フリージャーナリスト・翻訳家)「ポスト・ソビエト時代の報道弾圧の歴史」

司会: 青山正(市民平和基金代表)

共催各団体からのメッセージ・アピール 追悼文または共同声明の読み上げ

                                              以上


2006年10月08日

ロシア演劇鑑賞のおさそい

 12月来日のロシア国立ボルコフ記念劇場を下↓で、ご紹介しました。ぜひ、多くの方たちといっしょに鑑賞したいです。

 ロシア語に興味のある方やロシア語を学んでいる方には、特にご覧いただきたいです。

 私のお気に入りモスクワユーゴザーパド劇場の来日公演のときも、まわりのロシア語学習仲間らに声をかけました。興味をもって劇場へお出かけになった方たちも大勢いました。が、こんなことをおっしゃる方もおいでで、いささか驚いたのです。

 「ロシア語わからないから」と、ロシア語学習歴相当の方。
 「シャークスピア劇をロシア語で?大丈夫?」と、意味不明なことを。
 「ロシア語芝居は、相当のレベルの人が見るべきで、初心者が行くのは場違いでしょう」と、あら、私へのあてつけ!?

 もちろん、演劇鑑賞は個々の嗜好の範囲です。
 映画を見るより、入場チケット料金も高いですしね。
 ボルコフ劇場公演に限って言えば、東京だけでの公演ですし。
 
 ロシアの俳優教育過程では、ロシア語の講義も長時間組み込まれています。ロシア語しろうとの私にわかるように、俳優シューラが教えてくれました。
 「発声、発音の教授が4年間厳しく指導する。僕たちはいつもロシア語話しているのに、だよ。舌と歯と唇の動きと息とを、訓練するのだよ」。

 Р の巻き舌が出来ずに苦労するとか、Л が、聞き取れないからと特別指導されるとか、  Щ と Ш の発音の違いを厳しく指摘されるとか。
 胎内にいたときからロシア語を聞いてきた人たちが、大学入学するまでにすでに舞台経験も豊富で、難関を突破して入学した演劇大学で、ロシア語の基礎の基礎で苦しんでいるなんて、信じられないのですが。それほど厳しいロシア語専門教育を体得して、日夜舞台の上で、観客たちを心から楽しませてくれるのです。もちろん(ロシアからみれば)外国語を母語として、ロシア演劇大学で学ぶ人たちも多く、ロシア語履修にどれだけご苦労されているかは、推して知るべしでしょう。

 と、いうわけで、ロシア演劇で、俳優がせりふで語るロシア語を約3時間、シャワーのように浴びて、どっぷりとつかって、チェーホフやゴーゴリー劇を楽しみましょう、と熱く、お誘いいたします。
 日本での公演は、日本語字幕がつきます。

 そうそう、演劇大学でのロシア語訓練で、こんなことをやっているそうです。
 口を大きく開けて、そこへ自分のげんこつをいれます。そして、せりふを言い、伝える。
 やってみてください。げんこつを入れたら舌が奥へ引っ込むでしょ。唇も動きません。でも、訓練でこんな状態の口から、せりふが発声できるようになっていくとか。厳しい訓練を得て、演劇と舞台芸術に関するあらゆることを学び研究してきて舞台に登場するのが、ロシアの俳優たちです。
 もちろん、俳優になる輝きを持って生まれた人たちでもあります。 


2006年10月05日

12月来日 ボルコフ劇場 (2)

 ロシア国立ボルコフ記念劇場の来日公演について、くわしいことはこちらへ。

 まあ、びっくり巨○ですねえ~。フレスターコフさんもクラクラですか?


2006年10月04日

12月来日・ボルコフ劇場 (1)

 ことしは、ロシア文化フェスティバル2006 IN JAPAN の1年です。師走、フェスティバルの最後を飾るにふさわしい、素晴らしい演劇公演が行われます。すでにチケットは販売中です。

 モスクワの東方向にある都市、ヤロスラバリ市。ここには創立から256年のロシアで一番歴史のある劇場といわれる、ロシア国立ボルコフ記念劇場があります。


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 このボルコフ記念劇場が初の来日公演です。持ってくる公演演目はふたつ。

 12月13~16日は「結婚の申込み」と「熊」=チェーホフ作=Bプログラム
 12月20~22日は「検察官」=ゴーゴリー作=Aプログラム
 会場はともに、東京池袋の東京芸術劇場(中・小ホール)です。

 「検察官」は、私にはとても思い入れがあるお芝居!楽しみです。

 にせ検察官を演じるのは、エフゲニー ムンディム さん。ここは白い衣装のフレスタコフです。ユーゴザーパド劇場のフレスターコフは赤い派手な衣装ですからつい、比べてしまいました。

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 市長は、ロシア人民俳優・ウラジミール サロポフ さん
 市長の妻アンナ役は、ロシア功労女優 タチヤナ イワノワ さん
 
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 そして演出家は、ロシア功労芸術家の ウラジミール バガレポフ 氏

              
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 年末のお忙しいときでしょうが、ぜひロシアの舞台芸術を楽しみましょう。

 チケットなどの詳しいことは
 阿部事務所 (10時~20時ごろまで) 048-475-0355
 日本ユーラシア協会


2006年10月03日

NHKBS2 で「ドクトル・ジバゴ」、放映予定

 イギリステレビドラマ版、「ドクトル・ジバゴ」が、NHK BS2に登場します。

 前編10月4日と後編翌5日の2日間の放映です。くわしくはこちらへ。

 どうぞお楽しみください。


2006年09月30日

3本のDVD鑑賞感想

 最近の休日+夜長には、TUTAYAで借りたDVDを楽しんでいます。
 映画の世界には疎く、映画専門家やファンの方たちは、おおぜいいらっしゃるから映画の感想を述べるの恥ずかしいのですが、3本のロシアがらみの映画について書いておきます。


 【ひまわり】 
 あまりにも有名な1970作のイタリア映画。話題となったころは、ロシアに関心もなかったときでもあったけれど、それよりなにより、ソフィア ローレンの顔があまりにも、濃く深くって、日本人とは対極線側にあってこわかったので、見なかったのです。

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 いま、咲くひまわりの映像が、ウクライナの景色だということもわかるようになって、落ち着いてみると、お勧め度☆×5個の良い映画ですね。ソフィア ローレンがこんな可愛い女優とは、たいへん失礼をいたしておりました。
 熱烈恋愛新婚時代のふたり、巨大オムレツを食べ始めるときと、食べあぐねている演技は、すばらしくって感動感服です。
 ソフィア ローレンが歩く、モスクワのロケは当時西側の映画撮影をやっと許したというときで、「ソ連お国自慢」を垣間見ることができます。
 いまと違って車もほとんど走っていない静かなクレムリン周辺、男性労働者ばかりの工場前、地下鉄駅など、「どうぞこれがソ連です、ご覧ください」みたいな景色でした。原子力発電所が遠景に見える新しい集合住宅に意気揚々と引っ越す人々の様子なども、そうですね。

 ひとりの男と2人の女の構図で、女同士が顔を合わせたときの、つらさや哀しさやいろんなこんがらがった様子を女優ふたりの、上手い演技と演出の妙で、2人のどちらのことも、わかってとても悲しかった。

 日本語吹き替えでも、字幕でもない、まったくわからないタリア語で全編見ていましたが、名優たちの演技表現で、すべてわかりました。

 累々と続く墓に眠るひとりづつみんなすべてが、愛するものがいて、悲しみがあるのです。戦さは悲しいばかりです。


 【ドクトル ジバゴ】
 2002年イギリスのテレビ映画版です。だからでしょうか、途中ばっさりと切れたり、画面の半分が消してあったりします。これは英語、日本語字幕つきです。
 これも、ひとりの男とふたりの女で、両方の女性の魅力にも惹かれますが、悲しさにも共感してしまいます。ラーラは可愛い女性なのでしょうねえ、男性が、ほおっておくことのできない魅力をもうひとつ掘り下げられると、ふたりの女の悲しみももっと深まったでしょうか。

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 ロシア帝国が終わろうとして、革命がはじまり、内戦が起き、やはり人の死が多くって、つらいです。つらすぎます。ジバゴの人生と、はじまりのソ連時代が重なって作られて、ロシアの大地には、多くの戦士者が累々と眠っていることを、また教えてくれる映画です。
 ジバゴはその現実からある意味目をそむけているような映画のつくりですが、原作でもパステルナークは、そのように書いているのでしょうか?原作を読まなければ。また読むべきものが増えてしまいました。
 最後の場面には、涙です。生きろ少年!!です。
 
 【パパってなに?】

 原題は「泥棒」ロシア語では「BOP」です。
 2000年劇場公開されました。

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 ソ連の時代に生きた子どもたちのたくましさです。生まれ落ちる場所から、彼はたくましく生命力あふれ、生きる十分の力を持っています。そんな少年の前に現れた男も、きっと少年と同じく母の苦しさを見て生きてきて、修羅場をくぐってきた男だったのでしょう。偽軍人の泥棒男の哀しさとたくましさが、びんびんと伝わってきました。
 主人公はこの、パパにはなれなかった、泥棒男です。胸に彫ったスターリンを誇りに戦場へ行って、でもなにもかも失った哀しさから、生きていく術を少年に渡しながら、どうしようもない現実と闘って生きているのです。
 最後に、戻ってきた男と再会するちょっと大きくなった少年に、泥棒男は自分を重ね、ひとりでたくましく生きていくことを命を掛けて教えたのです。
 私、少年よりもこの男の最後に涙です。


2006年09月20日

ロシア料理を食べながら

 晩夏のある日、この秋から住まいと仕事先も変える友の、送別会みたいな食事会を、ふたりで急に開催しました。
 だれでも人生いろんな苦しいことがあるもので、大人の女性は、それはそれで苦しい日々を送ってもいるのです。そんな私たちにぴったりな食事は、心温まるロシア料理だと思いまして、と、あるロシア料理店へ。

 グルジアワインで、まず乾杯。その後料理は、前菜、ザクースカで、野菜サラダと塩漬魚とハムなど。だんだん話を弾んできて、ピロシキは、ラグビーボール形で、具はさっぱりとキャベツやゆで卵など。

 「ロシア料理もグルジアワインもはじめてよ」と言いながら、友は飲んで食べて話して。人生に予定ではなかった転勤に、「まあ仕様がないか」と言いつつ、親のこと、自分の健康のことなども当然心配しています。

 ボルシチに「わあ、美味しい。ロシアの人は毎日これ食べているの?」と、言いながら、ワインが程よく体をめぐり、ますます舌もなめらかに話は進みます。

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 魚料理には箸が添えられ、「ああ、やっぱり日本人はこれでなければ…」。鯛のホイル焼きです。美味です。

 きのこのクリーム煮は、パン生地のふたをかぶせられて焼かれて、「つぼ焼ききのこ」と、呼ばれています。「ああ、美味しい~~!!」と、喜んでいる友。

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 紅茶には、木の実類のジャムも添えられて、甘く良い香り。
 「まあ、どこにいても、元気でやっていきましょうね。また、いつでも会えるしさ」。ジャムをなめながら、新しい地でも、しっかりやっていくしかないと、決意を新たにしています。

 私はすっかりワインに酔って、「ロシア料理は、身も心も温めてくれるから、ここへ連れてきて大正解だった」と、喜んでおります。

 「すっかり満腹だぁ」。仕事場だけの付き合いで、いっしょに食事をしたのもはじめてなら、こんなに話し込んだのもはじめて。そんな2人の間には、ロシアの料理がありました。
 ふたりで飲み干せなかったワイン。店主にコルク栓をしっかり閉めてもらい、友はそれを抱えて、あと少しの名古屋の街を、家路に戻っていきました。


2006年09月19日

ロシアの言葉が語源となって

 19日の午後、NHKTV「スタジオパークからこんにちは」のゲストは、倉嶋厚さん。優しい語り口で、気象を自然を植物たちを語る、御年82歳でとてもお元気な、倉嶋さんです。

 インタビューの中で、倉嶋さんがつくった気象言葉が、いま普通に私たちが使っている言葉となっていることが、語られていました。例えば「熱帯夜」は、気象予報官当時の倉嶋氏の造語とのこと。ああ、言葉はこうして作られていくのかと、続けてみていました。

 「『光の春』も倉嶋さんのおつくりになった言葉ですか?」と言う司会者。

 「『光の春』とは、ロシアの言葉です。3月ごろは、寒い土地で気温は低くても、光がもう春の光だから、『光の春』とロシアでは言います。もとはロシア語ですよ」。倉嶋氏が語られて、驚きました。

 「光の春」は、 Световая весна で正しいのでしょうか?

※9月25日追記※
    ロシア語語源については、下のコメント欄をごらんください。
    コーシカさんと K さん、ありがとうございます。

 復活祭=マースレーニッツァのころのお祭り期間=光明週間のころ、待ち遠しい春を陽の光にみつける北の国の人たちの喜びの言葉が、光の春なのですね。ロシア語のなんとも美しい言葉でしょうか。
 「光の春」は日本古来の言葉と、きょうの午後まで、思っていましたが、改めましょう。

 倉嶋厚氏の最新著「花の季節ノート」の中の、ライラックの花のページ。
 トルストイの「復活」の描写を引用して、「カチューシャの花」という副題で、紫も白もある美しい花、ライラックを紹介しています。
 


あっ!俳優シューラが…

 NHKラジオロシア語講座のテキスト10月号。表紙を開いてすぐに目に飛び込んできたのが、シューラの後ろ姿。おお、俳優は神父さんになったのかしら?髪の色、ちぢれ具合、頭の形、肩幅の広さなどなど。これはシューラの後ろ姿です。
 驚きました。びっくりです。
 でも、違いますね。キジー島の本物の神父さまです。

 NHKラジオロシア語講座は、10月から新スタートです。ただし、入門編は2005年4月からの再放送ではありますが、応用編は、新テーマでロシア映画をラジオで見ましょうと、おもしろいです。
 NHKは語学テキストに「やる気、発揮の秋」とコピーを入れています。まもなくスタートです。


2006年09月10日

69号 名古屋で開催の 2件

 その1  
  山之内重美さんの御話しを聞く会

  くわしくはこちらを。そして、参加希望の方へ、直接ユーラシア協会へご連絡してください。

  日本ユーラシア協会愛知県委員会のある建物が新しくなりました。それまでは、古くて明治村へ持っていってもいいような木造2階建てでした。地下鉄駅から近いことだけで便利で、暗くて、トイレはなるたけ使いたくないところでしたね。
 が、建て直し新築できれいになり、会議室は広く明るくなりました。トイレは男女別で明るく広くなりました!
 だから、大勢の人に集まってもらえるような企画として、「市民大学」と銘打っての取り組みです。
 
その2
 「ロシア・ソビエト映画祭」です。
 上記の民主会館の近くにある小さな映画館、名演小劇場にて、9月30日~10月6日まで4本の映画が上映されます。
 
 「私の鶯」=1943年作品。監督・脚本は、島津保次郎。せりふの大部分はロシア語、当時日本本土では公開できなかったフィルム。
 
 「宇宙を夢見て」Космос как предчувствие=2005年作品。監督はアレクセイ ウチーチェリ。宇宙開発競争と若者たち…。
 「コーカサスの虜」Кавказский рленник=1996年作品。監督はセルゲイ ボドロフ。人気俳優オレク メンシコフ主演、セルゲイ ボドロフ ジュニア も出演です。(nao さん、ジュニア 情報、ありがとうございます!)

 「死という名の戦士」Всадник по имени смерть=2004年作品。監督は、カレン シャフナザーロフ。

前売り券販売中です。4本全部みておこう!!という方は、4回通し券=4000円がお得です。


2006年09月06日

68号 夜長には、ロシアアニメ 52本!!

 9月の声を聞いたらとても涼しくなりました。そして、夜がだんだんと長くなってきました。
 秋です。隣はなにをする人かは、わかりませんが、私はロシア語の勉強でもしましょう。

 ロシアアニメ傑作選 52本 Yahoo動画 より 
 これ、すごいです。あっ、ただし、日本だけでしか見ることができません。


2006年08月29日

67号 名優イッセー尾形氏 

 ロシア人アレクサンドル ソクーロフ監督作品、映画「太陽」は人気ヒット映画となっているようです。マスコミ評も上々で、“勇気”を持って扱った配給会社もきっと、ほっとしていることでしょう。

 昭和天皇を演じる俳優イッセー尾形氏が、こんなブログを、ただし2号はこちらですが、発信し始めました。
 「映画」撮影秘話ということでしょうから、筆記はぼちぼちとなさる気配ですが、ロシア情報がたくさん載りそうなので、今後要チェックブログです。

 ソクーロフ監督はイッセー尾形氏を「日本の宝のような俳優だと思います。あそこまで演じてもらって、正直驚いています。偉大なる俳優である彼が、一人の人間である天皇ヒロヒトを演じ切ってくれました」(週間新潮06、6、15号、インタビュー記事より)

 先日のチェルカスキィ教授は、言いました。
 「作品、俳優を選ぶのが演出家(監督)の仕事。演出家(監督)は、俳優がいない場合、作品をつくってはならないものだ」と。

 「太陽」のソクーロフ監督は、イッセー尾形氏に出会って良い作品をつくることができたのですね。名優イッセー尾形氏の映画「太陽」であり、名監督がつくった映画「太陽」。この夏のヒット作となり、これから各地上映でますます話題になっていくことでしょう。


66号 トロイツキ聖堂への思い

 サンクトペテルブルクのトロイツキ聖堂の火災のニュースは、相当のショックです。
 5月の旅の写真集を見ていたら、聖堂の写真がありました。

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 この聖堂は、サンクトペテルブルクをめぐる運河のひとつ、フォンタンカ運河にかかる橋から見えます。ロモノーソフ橋から見る遠景には必ず、トロイツキ聖堂と近くにある高層のホテルソビエーツカヤが見えます。

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        (運河の流れの奥のほうの丸屋根が聖堂、四角がホテルです)
 エッ、↑これは見づらいですって。では、こちらをご覧ください。(SP Walker さんのところから。絵葉書だから合成写真ですが)。   

 聖堂のすぐ南の通りを1本だけ奥に入ったところが、私がいつも泊まっていたガリーナハウスです。そこからすぐに聖堂は見えないのですが、聖堂がすべての目印です。
 「市場は聖堂の前にあるよ」、「地下鉄の駅は聖堂を過ぎてまっすぐ歩いていきなさい」など。
 そして、「迷ったら、トロイツキー聖堂を目印に」と、いつもガリーナは言っていました。
 ガリーナもショックを受けていることでしょう。

 サンクトペテルブルクに住む愛すべきオレクもジーマもレナも、「トロイツキー聖堂は思い出の地」だそうです。彼らもいまごろさびしい思いをしていることでしょう。

 聖堂火災は、修復工事現場からの発火だったようで、堂内に大きな損傷はない模様ですから、また、大屋根を時間をかけて修復することでしょう。次に会いにいくときは、聖堂が復活していることを祈ります。いつ会えるかな……。


2006年08月27日

65号 見学者の報告 最終号のつもり

 「チェルカスキィ演出家育成ワークショップ」のすべての日程を終えた、22日17時20分。「さあ、これからここで、終了式とパーティです。参加費2000円!見学者の方もぜひご出席ください」。

 ええ、出席いたしました。

 以前、ある俳優が言いました。
 「俳優とは荷物を開けて、荷物をしばることが大得意!」そのとおりですね。全員で各部屋の片付け掃除、各人の荷物整理に衣装替え、その動きのてきぱきさ、お見事です。

 そして時間通り、18時から楽しい集いです。もちろん異国からこの受講生のために、いいえ日本人舞台芸術関係者のためにやってきたセルゲイ先生とガリーナ先生も、それはうれしそうにしています。受講生たちは、明るくさわやかで、とっても美しいです。

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 修了書は、ご夫妻のサインも入った世界で1枚だけのもの。ふたりの先生を囲んでそれぞれが記念写真に納まり、それをまた貼ってくださるという、主催者の粋な計らいも、良いものですねえ。

 受講生の何人かにお聞きしました。
 「とても良かった、無理して来て大正解でした」。
 「なんだか、あっという間でした。もっと教えていだたきたい」。
 「良い芝居をつくりたいと、強く思っています。ぜひ見にきてくださいね」。
 「セルゲイ先生と私は同じ感覚の持ち主だとわかりました。そういう人のお話がこんなにじっくり聞けてうれしいです。参加して良かったです」。

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 くにさん(野崎美子さん・写真真ん中)は、かってサンクトペテルブルクでセルゲイ先生のワークショップに参加しています。ロシア語も堪能ですから、とても仲良くって、深い信頼関係があることが見て取れます。先生ご夫妻もくにさんも、最高の笑顔です。

 受講生みんなの幸福を祈ります。私に出来ることはただそれだけです。また、きっとどこかで会いましょう!!

 突然挨拶をせよ!と言われて支離滅裂を言ってしまいました。

 ですから、ここであらためて受講生のみなさんへ。
 「ぜひ、サンクトペテルブルクとモスクワへ行って本場の『かもめ』ほかを観ましょう。本場の劇場で観客となって、俳優たちの名演技に酔いましょう。もちろん本場のウオッカにも酔いましょう」。

 ああ、こういうしゃれたあいさつが突然の指名でもできるような素養があるべきです。まったく……。

 セルゲイ先生とガリーナ先生に「次はサンクトペテルブルクで会いましょう。きっとお芝居を観に行きますから!」と、再会を約束してお別れしました。
 品川駅から20時まじかの新幹線に飛び乗って名古屋へ、それはいままでにない、とても気分の良い帰路でした。なんだか人生を大もうけした感じでした。参加できてよかったです。
 みなさんに、ありがとうございます!!
 


2006年08月26日

64号 見学者の報告 4

 チェルカルスキィ 夫妻は、熱く熱く受講生を指導しています。ロシアの舞台芸術のすべてを極め、それを広めるために生まれて、いっしょになり、ともに協働して高めあっているご夫婦です。当然、とても仲良しということが周りのだれにもわかります。
 妻のガリーナ先生の講座は、見学していませんので、しのぶの演劇レビューを私も読んで「おおこれはすごいこと」と知りました。体で覚えると言いますが、体に覚えさせるためにも、系統だてられた科学に裏打ちされた、実践的教育が必要だとわかります。
 夫婦の理論で教育しているのではありません。ロシアが生んだスタニスラフスキーの演劇教育システムにそっての指導です。

 スタニスラフスキーシステム?これがロシア舞台芸術システムと、言われても素人の私はチンプンカンプンです。このサイトをみつけてなぞってみました。舞台の上で俳優たちは、独立した人間として演じているからこそ、観客たちと共鳴できるのです。深い感銘を生むのです。

 俳優シューラは「僕は俳優です」と誇り高く言います。「俳優はいつもいつも芝居のことを考えています」「俳優はどうしたらもっと上手くなるのか、もっと前に進むにはどうしたら良いのかを考えいます」。そして「俳優は稽古です。いつも稽古をして、良い芝居をつくっていかねばならない」と、言います。
 もちろん彼も、ユーゴザーパド劇場の俳優たちすべてが、スタニスラフスキーシステムを学んできている俳優ばかりです。

 ロシアでは、道でスカウトされたり、出演俳優一般公募とか、そんな安直な方法で「俳優になる」ということはありえません。俳優とは、演劇大学でみっちりと学んできた人たちを指して言う言葉です。

 ▽ ▽ ▽
 
 セルゲイ先生の次の講座は、いままでに受講生に課題としていた「絵画に見る演劇葛藤」のまとめの講座です。

 これ、実は私、わからなかったのです。先生の言葉を追っていくのも難しかったのです。そうです、私はスタニスラフスキーシステム演劇教育など、いっさい受けていないから、わかりません。

 1枚の絵を見て、想像すること。うむ、これが、いかに貧しい私の絵画鑑賞能力かと、我ながら唖然です。絵は見えても、観ていないのですから。
 受講生が「演劇的葛藤のある絵」として捜して、選んできた絵のうち、セルゲイ先生に選ばれた何点かを、壁に貼っての講座です。

 難解なのでレポできません。

 最後に先生が言いました。
 「今後、美術館などで絵を見たときは、そこに演劇的葛藤があるかどうかと観てください。そして、僕を思い出してください」。ええ、思い出しますとも、忘れません !!
 “なんとも貧しいわたし”と、気づかされたこの講義ですから。

 私が知っているわずかなロシアの人たちですが、だれもが美術にも造詣の深い方たちばかりです。いったい彼らはこれまで何枚の絵、もちろん本物を観て、感じて、学んで、研究してきたのでしょうか、といつも思います。まさに私は門外漢ですから、美術も、語れません。なにも私には語るものはないのですが。

 でも、なにも落ち込んでいません。私は、専門家ではないから。が、専門家ではない私もわかりました。
 舞台芸術は科学であること、科学は発展しなければならない。それは専門家のためだけのものでは、ない。全人類的な総合芸術科学の役目を持っていることが、少しわかりました。平たく言えば、舞台芸術は、全人類をしあわせにするプランなのです。
 幸福つくりのための、専門家となるべき人たちには、もっともっと専門教育を受けて欲しいです。専門教育機関が豊富にあるべきです。日本には国立演劇大学は存在しません。
 専門教育を受けて、専門家となって、多くの人々の前で総合芸術の花を咲かせてください。美しい飛び切りの花を咲かせて欲しい。
 
 私は、シューラたちの芝居が見たくなりました。彼らの花の中に全身をうずめたくなりました。


63号 トロイツキ聖堂、火災

 26日昼のニュースで、「ロシアサンクトペテルブルクのトロイツキー聖堂で火災発生」が報じられていました。

 とても驚きました。
 そして、すぐに顔を思う浮かべたのは、サンクトペテルブルクの友人たちであり、いま来日中のセルゲイ先生と妻のガリーナ先生です。どれだけ驚かれることでしょうか。

 06年の1月と5月のサンクトペテルブルクの旅で、宿にしていたのは、この聖堂のすぐ近くでした。正道を目印に町を歩いていたのです。
 市民にとっても、この聖堂は大きな目印でした。
 丸い青い屋根を改修中でした。
 建物の中には、入らなかったので様子はわかりませんが、外は大勢の信者が集まる広場といくつかの店が並んでいました。

 オレクが言いました。
 「とても歴史のある聖堂は貴重なもの。この青い屋根は、いまは見ることができないがとても美しいものだよ」。

 「冬の旅・24号」に写真を掲載しています。
 また燃え上がる痛々しい写真はこちらでご覧になれます。


2006年08月25日

62号 見学者の報告 3

 【 26日、かなりの加筆をしました 】


 22日の午前は、まずは、神田のナウカ書店へ。西新宿花伝舎でのチェルカスキィワークショップは、10時からスタートしていましたが、午後からの参加です。
 朝兼昼食をしっかり食べて、会場に駆けつけるとちょうど午前の部が終わろうとしていたときでした。ガリーナ先生が体を動かす講座をしていました。

 午後からは、チェーホフの「かもめ」の1場面を題材にしての発表です。

 まずは読者のみなさま、こんな情景を想像してみてください。
 喫茶店に男女が入ってきました。あなたはその男女の関係が見ただけでわかりますか?たいていの大人の人なら、だいたいは、わかるはずです。
 夫婦か、親子か、親戚同士か、熱々の恋人同士か、仕事学校やサークルの仲間か、仕事がらみの上下関係か、もめてドロドロ状態なのか、初めて会ったのか、たまたま前後となって入ってきただけの男女とか、いくつも組み合わせがある男女二人連れ。それが、見た目でだいたいわかるのはなぜでしょうか?わからないのもなぜでしょうか?
 見える形と、見えない雰囲気、聞こえる言葉とかが、あるからでしょうか。それとも…?
 人間の行動は、いくつもあってその場により行動は違いますよね。それが人間の関係によっても表れます。熱々の恋人同士のときの浮き立つきれいな笑顔と、けんか中の夫婦の顔、表情だけでも違いがあります。歩き方もふたりの距離感も、手の位置もあきらかに違うでしょう。これが人間の普遍的行動パターンではないでしょうか。

 訓練された俳優は、いくつもある二人連れの行動を、きっちりと演じ分け見せてくれるものです。観客は見ていて、わかるものです。いっぱいいる人間を、演じるのが俳優です。

 セルゲイ先生は、まず言いました。
 「俳優は、隣にいる人をジュリエットと信じなさい。そう信じなくては、ジュリエットの芝居はできません。いつも顔をあわせている劇団の人と思ってはダメです」。

 「かもめ」のはじまり部分で登場する、恋多き医師ドールンと元恋人だったパリーナ、もうパリーナに興味がないドールン医師、なんとか以前のようにこの医師の気持ちを振り向かせたいと思う人妻パリーナ。彼らの会話が、この芝居のこんがらがる恋模様をすでに暗示しています。そして、季節も年齢も、教養も立場も語ります。
 と、言うことなどをまったく知らない、初めてこれを見る観客となって、受講生たちが演じる医師ドールンとパリーナの登場場面を見てみましょう。
 台本は日本語(神西清 訳)で、全員が同じものを持っています。稽古場に椅子やテーブル、衣装掛けなどをざっとならべて、舞台設定をつくってあります。
 正面に座り、なにやら書かれたものにも目を通しながら、登場する受講生たちの発表具合を見ているセルゲイ先生。通訳の久保さんが、時々小声でせりふをロシア語訳して伝えています。

  ※ちょっと記憶があいまいになっていますので、登場組の順番とか違うかも。ごめんなさい。

 まず1組目。最初から私は驚いてしまいました。
 男性は、衣装の形を一応整えて、スーツ姿で登場です。が、女性は、いま稽古していたままのジャージ姿です。二人並んで登場したときは、「学生の仲良しの登場」と見えました。

  「ふたりはどんな関係ですか?いまあなたたちは一緒に出てきましたね。ここへ来る前にはどこにいてなにをしていたのですか?」
 「衣装を着けてください。Gパンのときと夜会服のときでは、動きが変わってきます」。
 と、セルゲイ先生は厳しいお顔です。

 2組目の登場です。男性の靴音がカツカツと響きます。男性が登場して、ウロウロ。その後女性が追っかけるように登場。長いスカートです。
 セルゲイ先生が、男性に「なにを見ているのですか?なぜそのように動くのですか?」
 「あなたは満腹や飲みすぎたときに、外へひとりで出たら、そんなときはどんな行動をしますか?」
 「一人になりたかったとき、だれかが、それもあまり話したくないような人が追いかけてきたら、どうしますか?」
 「だれか飴とか持っていませんか?飴を食べてみましょう」と、男性に飴を持たせて、やり直します。
 再登場の男性は、今度はポケットから飴を口に入れて、あたりを見ながら一息をついている雰囲気が出ています。
 女性が登場して、演技。セルゲイ先生、ここでまた男性に、「彼女の来るのを待っていたらダメです。彼女が来ることをあなたは知りません」。
 男性を引っ込ませ、女性に耳打ちをして、再演。男性が登場して、女性がやってきたら、女性の動きが、男性と打ち合わせをしていない、「思わぬ動き」(をするように先生が指示したのでしょう)となって、一瞬男性の素のたじろぎの表情がでました。
 「そういう場面なのです」。

 「役を演じるときは、戯曲をしっかり読んで、戯曲の中の設定に合っているのかを考えなさい」。
 「戯曲を自分に近づけないで、こちらか戯曲へ近づくこと」と、セルゲイ先生。

 次は、先ほどの1組目の再演です。今度は彼女が長いスカートを履いて、出方も少し変えています。それだけで芝居がずっと変りました。

 3組目。夫婦の痴話けんかの場面に見えます。
 4組目。なぜ客にお尻をむけて演じるのでしょうか?
 セルゲイ先生も「資料で撮影テープも回しています。彼の前に立ってしまっては彼が見えません!」
 「俳優は、いつも照明の下に居てください」。

 5組目。声が小さくって、私には、もうどうしようもなくイヤな芝居です。

  時に、セルゲイ先生は、大きな声でかなり厳しい口調のときもあります。

  「人間の行動分析が必要です。人間を観察することです。1秒1秒の詳細な研究で結果があります」。
  「目的を達成するためにはいくつかの道があり、それを考えて具体化していくことと、分析を同時に行うことが大事です」。
 
 組と組の登場の合間のことです。舞台の奥に衣装掛けが置いてあり、それは舞台では「木」の設定だったようで、男性がひとり、そこから衣装を大急ぎで取り、衣装掛けのハンガーなどの並びが乱れました。
 セルゲイ先生、かなり厳しく、「舞台の上にある『これは木だ』ということを俳優が信じずに、伝わるわけがない!」
 「だれかが、いい加減に衣装を取りましたね!」
 つまり、設定に対する思い込みが不足していることの指摘です。

 セルゲイ先生かなり熱くなっています。でも、時間も迫っています。

 ここに集まっている人たちは、一応応募資格は、俳優としては3回以上公演実績のある人。演出家としては、3回以上公演実績のある人です。それらの人たちが、10日間以上の訓練を受けての発表ですが、「おっと、これはすごい!」とは出会いませんでした。
 セルゲイ先生がちょっと教示するだけで、すっと芝居がかわることを見ていて、論理に基づく行動と的確な科学的指導がいかに大事かを知りました。
 私にはホントに短い時間のことでしたが、セルゲイ先生の指導に見入りました。

 セルゲイ先生が、講評の中で言われた一言。
 「きょうは、客(受講生や見学者)の前でのこういう稽古だったから、やり難かったでしょう」。

 私はいつも観客。観客は、やはり劇場で出来上がった芝居を見るものです。俳優や演出家たちとの「ダメだし」のやりとりは本来見るものではありませんし、俳優らも見せるものではありません。 
 稽古は「関係者以外禁止」の、俳優らの聖域だと思います。本番の楽屋も同じです。当然、舞台の上も同じです。
 
 観客は、観客席で時に熱く時に冷静に、出来上がった芝居を見ている者だと、改めての痛感です。
 でも、舞台の上と観客席は、芝居を通じて、「気」のキャッチボールができます。映像と違い、その場を共有している人間同士ですもの。
 良き指導者は、良き俳優らを育て良き芝居をつくり、良き芝居は観客らをつくり、観客らは俳優らを育て、俳優らと観客らはまた、良き芝居を通じて、世界を創っていく…。だから、芝居は楽しいのです。

 
                    まだ、次号に続きます。
 =====

 専門家によるより詳しいレポは、こちらをご参照なさってくださいネ。
 しのぶの演劇レビュー
 流山児祥さんのブログ
 日露演劇会議掲示板


61号 見学者の報告 2

 8月21日の午後の東京新宿は暑いけれど、このワークショップ会場は、冷房が効いているだけでなく、どこか気持ちの良い風が吹き抜ける涼しさがあります。とても気に入った場所です。

 ほんの少しだけ、講義の稽古場に入れていただき、半円でぐるりとセルゲイ先生を囲む受講生たちの顔ぶれを見せていただきました。
 受講生は30人くらいかな、男女比は、女性の方がやや多いかな。年齢は、これからヤルゾォ!!という年代の人ばかりです。
 芝居稽古着は黒いTシャツとジャージが動きやすくって良いようです。はだしの人もいれば、楽屋ぞうりの人、幼稚園の子が履くバレエシューズと呼ぶ靴の人、ダンスシューズの人、靴下の人。
 汗を拭くタオルを首に巻く人、2㍑ペットボトル水を離さない人、膨れた可愛いキャラクターバッグを持っている人……、でも、全員が手には、しっかりとノートとペンを持ち、セルゲイ先生の講義を一言も聞き漏らすまいとしています。

 この講座は、9日から始まり、すでに集まっている人たちは、すっかり場を作り慣れ親しんでいる良い雰囲気が伝わります。セルゲイ先生も受講生の名を呼びかけながら、午前中の演目の講評をしているようです。セルゲイ先生の赤いシャツが目立ちます。

 夕方から、日露演劇会議が主催で2004年3月サンクトペテルブルク演劇大学で行った、日本初のグループワークショップ参加者がセルゲイ先生とガリーナ先生を囲んでの同窓会です。サンクトペテルブルク演劇大学でのワークショップ参加者11人のうち、7人が、「セルゲイ先生に会いたかった」と再会をとても楽しみにかけつけて、交歓していました。
 その席にちゃっかりと同席させていただき、それぞれのいまをお聞きしながら、元気をいっぱいいただきました。

 セルゲイ先生とガリーナ先生は、教え子との再会をとても喜び、「あれから、なにをしていたか?いまはどうしているのか?」と、一人ずつの成長を優しいまなざしで喜んでみえます。教育者の一番の喜びのときです。

 居酒屋のセルゲイ先生、「日本にいる間はずっとお箸を使うのです。ナイフやフォークは使わないから」と言いながら、みなの話を聞きながら、こんなお茶目もしています。

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    楽しい夜はいつまでも長く続きました。


2006年08月24日

60号 見学者の報告1

 女優でも演出家でも、舞台関係業界人でもない私。なぜ、チェルカスキィ セルゲイ教授の「演出家育成ワークショップ」などを聴講しに、1泊2日の東京への旅に出かけたのか。まず、そこからはじめましょう。

 《1》セルゲイ先生とは、1999年5月のサンクトペテルブルクへの旅のときに、ホントにちょっとだけお会いしたことがあります。その旅は、城谷(当時は西宮)小夜子さんと行く旅で、私には2度目のサンクトペテルブルクでした。演劇大学見学や演劇学生たちとの交流しました。でも、そのころの私は、ロシア演劇のすごさもなにも、まだ知らないのでした。

 《2》小夜子さんは、その後、セルゲイ先生と熱い交流を続けていて、時々彼女からセルゲイ先生のことが聞こえてきました。

 《3》セルゲイ先生が来日されることを、6月ころ小夜子さんから知り、「セルゲイ先生を日本案内したい、歌舞伎に京都へなどぜひお連れしたい」と言っていました。

 《4》その歌舞伎鑑賞会を小夜子さんが企画して、私も誘っていただいたので暑い日、東京歌舞伎座へ出かけたのでした。そうです。「ロシア人ご夫婦と歌舞伎鑑賞予定」は、セルゲイ先生とガリーナ先生のことでした。
 当日、両先生には会えませんでしたが、「ぜひ、お会いしたい」に気持ちは高まっていました。

 《5》愛称くにさんこと、野崎美子さんに、お会いしたい。彼女は、チェルカスキィワークショップの通訳を働いているだろうと思い込んでいました。が、行ってわかったのですが、受講生として勉強していました。

 《6》何度もモスクワへ通い、ユーゴザーパド劇場の芝居を見ていて、いま、とても興味があるのは、ロシアの俳優教育とその内容です。いつかは、モスクワの国立演劇大学(GITIS)を見学したいと思っています。 

 《7》とは言っても、そんなに簡単にしろうとの私が演劇大学を見学できません。なにより言葉が問題です、大問題です。
 
 《8》「こんな楽しい企画があります。ぜひ見学においでください」と、日露演劇会議からのメールが届きました。

 《9》ワークショップ後半は、私の休日と重なっています。

 《10》日本にいて、ロシア演劇教育の大教授のお話しが聞けるのは、なんという幸福なことでしょう。この機会を逃すものか!!

 《11》ロシア語が聞きたい。
 《12》ほか、いろいろ。

 以上、11点 +α の理由により、東京へ駆けつけたのでした。

 わくわくして新幹線の座席指定券も用意していた月曜日21日の朝、家を出る間際にちょっとアクシデントで、時間どおりにことがすすまなくなってしまい、座席指定券を自由席にしてしまい、予定より2時間遅れて新宿へ着いたのです。
 腹ごしらえをしたりして、イザ会場の「芸能花伝社」なる建物を探しました。ナント!カバンに入れたつもりの会場地図が見当たらないので、記憶にある「新宿オークタワー」を周辺をウロウロして時間がかかってしまう。どこなの??
 まったくドジな自分に、あきれながら炎天下を歩きました。

 と、目の前に幼稚園と続く小学校のような建物。その看板が「芸能花伝社」です。
 
 あっ、やっとみつけた。そして、建物の中でウロウロしていると、親切に「ワークショップはあちらの建物ですよ」と教えてくださって、やっと会場へ到着です。

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 歴史ある小学校のまわりがどんどんと繁華街になり、生徒数の減少で廃校となった新宿淀橋第3小学校。その後が「芸能花伝社」となっています。くわしくはここを、クリックしてね。ワークショップ会場は、すぐ隣の幼稚園だったところです。
                
 ビルの間の木々の多い、とても気持ちの良いところです。なんというか、子どものころの夏休みの出校日の午後のような気分です。暑いけれど涼しく、いつも騒がしいところだけれど静かで、知恵の気があふれているような、そんな場所です。

 会場から、ロシア語と大きな声の通訳の日本語が聞こえます。窓から見える受講生たちの真剣なまなざしと、予想したよりも多い人数に、ややびっくりしました。

 休憩時間となって、日露演劇会議の村井健さんからセルゲイ先生を紹介していただきました。

 「あっ、オレク リシェンコに、似ている!」。セルゲイ先生と、8年前にお会いしたときの記憶は、もう定かではなかったことに気がつくと同時に、去年万博ロシア館へやってきていた、サンクトペテルブルク民族学博物館のオレクとお顔立ちがそっくりで、その後、つい私は「オレク」とセルゲイ先生を呼んだことが、3回くらいありました。

 セルゲイ先生は、お背が高くスマートで、足が長く、キラキラ光る眼ととてもわかりやすい丁寧なロシア語を話されます。俳優シューラや演出家ベリャーコッビチ氏らと同じの俳優口調です。魅力的です。すてきです。


59号 「ナウカ」、まもなく閉店

 8月22日午前の東京神田の町も暑かった。他のどの店も素通りして、「ナウカ」をめざしました。もう、8月も残り少ない、つまり「ナウカ」がこうしてドアを開けて客を待つのも、あと少しだから。

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 店の奥では、そのとき男女6人ほどが働いていました。かかってくる電話の前で頭を下げていたり、書類のたばを手にしていたり。
 店内の本たちは、けっこうの冊数の本が、いまもこれからも手にとってくれる人を待ち続けているようです。私は、店に入るまで「きっともう在庫も少なくなっているだろう」と“期待”していたのが、ちょっと裏切られるように、たくさん並んでいます。
 8月22日の毎日新聞夕刊「ナウカ書店・ロシア語の老舗が最後の奮闘」によると「14万冊の在庫」ですか!彼らはどうなるのでしょうか?

 ハードカバーの本はきっとどれも貴重な本でしょう。本国ロシアでも、すでにお目にかかれないような貴重なものもあるでしょう。が、お値段もそれなりに高く、モスクワでの同じものと比べれば=ロシアは本が安い=数倍の値の高さと思われます。「うわっ 高い!」とつい、口を出そうでした。
 いま、成田空港からアエロフロートのモスクワ行きが毎日出航し、ビザ申請などはあるものの、ロシア入国も簡単になり、町の本屋で並ぶ、豊富で安い本をどれだけ買ってもそれは、自由となっています。機内で、「本の買出しにモスクワへ」という日本人に会ったこともあります。
 と、言いましても、ちょっと「モスクワへ買出し」とはならないから、「ナウカ」があり、飛行機代ほかが含まれての値段設定で販売されているのですが、わかりますが、複雑な思いです。

 エッ?14万冊在庫をどれだけ減らしてきたのか?ですか。スミマセン。ほとんど協力できませんでした。
 
 あのドアが開いているのも、あと1週間だけのことです。


2006年08月22日

58号 すっごく刺激的な演劇ワークショップ

 詳しいレポートは後日とさせていただきまして。
 
 サンクトペテルブルク演劇大学演技・演出教授 チェルカスキィ セルゲイ氏と妻で女優のガリーナさんの演劇ワークショップを聴講いたしました。

 まずは写真をごらんください。


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     主催:日本演出者協会   協力:日露演劇会議
     後援:日本芸能家実演団体協議会
  「チェルカスキィ演出家育成ワークショップ・8月9日~22日」


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     素晴らしいロシア演劇教育者 チェルカスキィ夫妻


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      指導風景 チェーホフの「かもめ」を題材に。


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      指導風景 想像力を。1枚の絵はどんな演劇となるか。


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      素晴らしい通訳は、女優の久保遥さん

 もうおひとりの通訳は、NHKロシア語会話でおなじみの上世博及(かみぜひろちか)さん です。

 おふたりとも俳優ですから、声が良い、大きな声、はっきりした発音、聞きやすい正しい日本語です。


2006年08月19日

57号 映画、「太陽」を観る

 
  帽子…、監督は相当に日本を勉強しているとわかるものです。

 映画「太陽」は、ヒット作。名古屋の小さな映画館はこのヒットに驚き、上映期間を延ばしました。

 公式ホームページ

 名古屋で上映のシネマスコーレ
 


2006年08月13日

56号 歌舞伎座で歌舞伎

 8月13日の日曜日は、東京歌舞伎座で、あるロシア人ご夫妻と歌舞伎鑑賞の予定をしておりました。友人たちとともに、「きっと楽しい日曜日」とこの日を待っていたのですが、ロシア人ご夫妻が「仕事のおつきあいでどうしても、動けない」とかで、ごいっしょできなくなりました。
 とても残念です。歌舞伎関係ロシア語を調べたりしていたのですが…。

 せっかく買った切符ですから、日本人だけで楽しみました。

 いやあ、面白かったこと!! いよっぉ 成駒屋 !!

 ロシアの演劇やバレエとの違いはなにかな?
 また、おなじところはどこかな?
 そんな見方で楽しんでおりました。

 空と地ですか。バレエはより高く飛ぶことが美しく、日本舞踊は、地を踏むことが美しい。
 バレエは舞台を大きく動きまわり、日本舞踊はその地を回る、だから舞うと言う。
 手の指は、バレエは開き開放へ、日本は指をそろえ内面へ。足も同じく開いて歩くロシアと、内へと歩く日本。

 芝居は、静止が美しいのが歌舞伎で、静止は苦手かなロシア。
 とことん主役を引き立てる歌舞伎、出演者みんなが主役となりうるロシア。

 とか、なんとか言っているよりも、とにかく楽しむことができれば良いのです。笑って泣いて、共鳴して納得して、技に感動して、ときには反発や不満があっても良い。観客と舞台出演者が、同じ瞬間を共有できるのが舞台の最高のおもしろさ。難しいことは、専門家におまかせして、楽しませていただきましょう。

 歌舞伎と言えば、2題。
 四国金比羅大芝居金丸座
 昨年の万博ロシア館の仕事のためにやってきた、ジーマ バラノフさんをお連れして、金比羅さんへいきました。金丸座をお見せしたかったことも目的です。
 とても気持ちがよい劇場の風が吹いている金丸座でした。
 「ここで芝居はいつやるのか?観たいが」と、ジーマは、言ったのですが、残念ながら、常時歌舞伎がかかっているわけではありません。「ああ、残念だ」と。
 ジーマに歌舞伎を見せたかったです。

 小豆島肥土山歌舞伎座
 島の中央にある歌舞伎小屋。ここでチェーホフの芝居が演じられました。モスクワに当時住んでいた、日本人女優野崎美子さんとモルドバ出身の女優ダニエラのふたりの「チェーホフの中の女たち」です。
 翌年は、野崎美子さん演出による「夏の夜の夢」が、この舞台で演じられました。ともに、素晴らしかったです。
  


2006年08月12日

55号 広島へ  

 8月6日の早朝、私は広島の平和記念式典の会場にいました。暑い夏の日差しが容赦なく照りつける日です。8時15分人類史上はじめての原子爆弾に襲われたのは、61年前のこの日のこの時間です。
 
 やはりどうしても、私たち日本人が率先して、広島・長崎を世界へ、原子爆弾の恐ろしさを全人類へ伝えていかねばならないと、強く思っています。と、言っても私にできることはなにかと、いつも悔しい思いもあわせて持っているのですが。せめて、この日は、平和公園で祈って、静かに広島の町を歩くことかなと、ことしはここにいます。
 秋葉市長が高々と読み上げた「広島平和宣言」は、こころに深く留め置きます。
 こどもたちが読み上げた、「平和への誓い」。ことしの「平和の誓い」には、広島で起きた小1女児殺害事件を織り込んでいます。子どもたちの未来をつくるのは、いま生きている大人の私たちの責任だと痛感しました。

 そして、ある出会いがありました。
 ちょっとさかのぼります。
 井上ひさし氏作、こまつ座「父と暮せば」は、1994年東京紀伊国屋ホールで初演でした。この初演舞台をなんの知識もなく、ただ「東京に出てきたので、なにか観る芝居はないかな?」っていうことで、教えられて観た芝居でした。それは、強烈な印象でした。
 その後、この芝居は、出演者を交代しても続き、2004年には、宮沢りえさんの主演で映画にもなりました。

 2001年6月5~7日、こまつ座「父と暮せば」は、モスクワ・エトセトラ劇場で日本語で公演を行っています。
 当時の日本の新聞各紙や劇評には、モスクワ市民をも泣かせた公演で、大きな拍手喝采を浴びた舞台だったと知らせていたことを、とてもうれしく読んでいました。そのときの、主演女優は、斉藤とも子さんです。細いからだと優しい声と、大きな瞳をまっすぐに舞台を精一杯に努めてみえる斉藤ともこさんです。

 彼女が、「父と暮せば」に出会い、それ以降、素晴らしい活動をしてみえることを、ことしの広島で知ったのです。
 
 彼女は、昨年8月に大学院の修士論文をまとめて一冊の本を出版しました。くわしくはこちらを
 出版から、1年間後に私は知ることとなりました。これから、この本を読んでみます。

 さて、式典終了後、広島の町を歩きながら、市電にも乗ってみました。原爆投下時、市電の停留所で、市電の中で被爆した人も多くいます。広島の被爆のことを語るときは、町の名前や距離も大事なことですから、それを知るためにもと、電車に乗りました。
 新しい車両で、市電というよりは郊外電車の赴きですが、広島の市中は車も多く、電車運転手たちは、事故の回避をと相当に神経をつかう仕事です。
 ちょっとだけ、原子爆弾が投下された地点からの距離感がわかりました、ちょっとだけですが。

 広島・長崎とロシアのかかわりで、小さなことですが、ふたつご紹介します。 
 ヒロシマとナガサキの被爆した母と子がつづった手記や短歌などを編集して、朗読劇という新しい舞台を作り出した、演劇制作体・地人会公演 [この子たちの夏」。もう、全国で何回と公演されているこの台本のロシア語訳したものは、石川県ロシア協会が発行しています。
 ロシア語では、「Лето этих детей」、私は、昨年の万博にやってきたロシア館スタッフたちにこの本を贈りました。彼らは「ああ重い本です」と言っていました。
 少々の在庫はわたしのところにもあります。
 いつか、ロシアの町で、この「Лето  этих  детей」「この子たちの夏」が、ロシア語で朗読劇ができればですが、夢です。大きなプロジェクトを組まなければなりませんが……。

 また、漫画「はだしのゲン」もロシア語版で出版されています。プロジェクト・ゲン にお問い合わせください。主宰者、浅妻南海江さん、素敵な方です。
 2年前だったか、私は、この「はだしのゲン」を持ってモスクワに行き、俳優シューラの家族にプレゼントしました。彼らもちょっと重い気持ちとなったようです。


2006年08月10日

54号 帰省中のめるさんに会う

 暑い日の夕方近く、こちら、ロシアンぴろしきでおなじみの、「調子悪くてあたりまえ」のスター執筆者で、ただいまウラジオストクから帰省中のめるさんに、はじめてお会いしました。嵐のごとく、私の前をかけぬけて行きながら、たくさんのパワーをいっぱい置いていかれました。

 めるさんは、小柄の美人と評判なので、待ち合わせ場所の人ごみの中で、小柄だけれど美人でない、美人だけれど大柄、ともに合致するけれど彼氏がさっと現れる、どうも年齢が合わない……はて?。
 はじめてお会いする人との約束出会いの楽しみいっぱいで、その瞬間を期待していました。

 と、ピンクのシャツの小柄さんが、携帯電話になにか苦労している模様。「あっ、めるさんですね!」疑問形ではなく、確実確定形で声をかけて、初めて会う私たちは大喜びしました。

 ウラジオストクに住むロシア人男性=日記の中では、『オッサン』とか『おじちゃん』とか『オーサン』とか呼ばれているのは夫氏=縁あって彼のところへ嫁に行き、それはもう毎日てんこ盛りのネタがある生活を送っている、めるさん。ウラジオでお留守番中の夫氏が、いま腰痛で苦しんでいることを案じておりました。

 彼との馴れ初めが一番私の知りたいこと。うむうむ、まあドラマですねえ。人生はドラマです。

 愛する夫氏が腰痛中なのになぜ妻が日本へ?ロシア国での滞在が認められない、つまりビザ期限が切れてしまい、法的に追い出されてしまったのです。いろんな手続きを自分で走り回ってしなければならないし、ロシアに戻ってもまた、いくつかの手続きをしなければ、安心して夫と住むことができない日本人妻なのです。そして、それはまた、何年かごとに更新しなければならないものなのです。

 夫の母、オカーサンとのやりとり=嫁と姑のいろいろも、笑いながら語っているけれど、なかなかと辛い場面もあるドラマです。

 携帯電話の使い方がわからないとか、電車の自動改札機をどのように通過したらよいかわからないとか、町の変貌振りに浦島太郎さん状態で驚いたりとか、日本滞在中もドラマチックめるさんです。暑さで溶けてしまうかもしれません。いいや、大丈夫です。小柄な体に秘められた強烈パワーは、すんごいものです。

 疾風怒涛のごとく駆け抜けていかれて、あれ?めるさんの本名はなんだったかな?でした。

 だから、今度は私からゆっくり会いに行きましょう。


2006年08月04日

53号 多忙につき簡単にご紹介

 

  ▽ 名古屋で深夜ですが、チェブラーシカに会えますよ~。

 ミリオン座オールナイトシネマアニメワールド3本立て=8月26日日曜日です。深夜です、深夜なのですがアニメです。


 ▽ バルチカビールは、まだ東急ハンズ名古屋店6階で販売中でした。ただし、3番と8番だけですが、ちょっと奥まったところに世界のビールの間に、バルチカビールは、売られています。

 


2006年08月02日

52号 夏いちご・ペチカ 躍進中

    ♪~雪の降る夜は楽しいペチカ ペチカ燃えろよ、お話しましょう ~ ♪
 寒い寒い北の国の夜の情景が、目に浮かびます。
 
 歌われている、ペチカとは、ロシア語で、暖炉のこと。サンタクロースが煙突から入って、室内に下りたときに顔を出す、冬はいつも赤々と火が燃えている暖房器具です。だからホントはサンタさんがそこからは、入れないはず、きっと。
 
 だから、ペチカは冬の季語ですが、これからは夏の季語になるかもしれません。

      夏に食む いちごはペチカ つぶきらり
         (恥ずかしいので、この句は 削除) 
      ペチカいま いちごをなのり 季をかえる

 夏いちご・ペチカを発見した日は、ちょっと俳句をひねってみましたが、ああ、お粗末なり。恥ずかしい。なんともつまらない句で、失礼しました。
 お口直しに夏イチゴのきらきらをご覧ください。

               sitigo.jpg
(写真の出典は楽天、期限付き掲載です)
    


2006年08月01日

51号 ロシアケーキは戦前から

 なにかに興味を持ったときは、興味のあるものが目に飛び込んできたり、耳に聞こえたりするものです。それが重なって、より興味あるものへの愛着や教養が高まります。では、目に耳にと入ってくるのは偶然でしょうか?いいえ、出会うようになっているのです。
 たとえば、いまあなたが、宇宙に興味を持っているとしましょう。そんなときにいくら、フィギアスケートのことばかりが聞こえてきても、耳の穴はそれを聞かないでしょ?でも、その中に「宇宙」とか「星の一生」などと聞こえてきたら、「おっ!!なんのことか?」といっぺんに耳の穴は全開しますよね。偶然ではなく、興味を持ったことは、見えて聞こえてしまうのです。興味を持つとか関心があるというのは、そのようなことの繰り返しで一層に深まっていくのでしょう、きっと。

 仙台の町のアーケード街を歩いていて、実は寿司でも食べようとお店を探していたら、目に飛び込んできた、「ロシアケーキ」のポスター。おっとこれは何か?さっそく偵察観察取材購入へと、想定外の行動をしてしまいました。

   「どうしてロシアケーキと名乗っているのですか?」
 「まあ、そういう名前をつけただけです」。
   「いつから作られているお菓子ですか?」
 「まあ、戦前からでしょうか」。
   「ロシアのお菓子なのですか?」
 「まあ、昔からこれはロシアケーキですから」。

 ご主人は、糊の効いた白いうわっぱりで、もう何度も応えてきた、せりふをやや面倒そうに客に言っています。「ロシアケーキ」と名乗る、やや大ぶりのクッキーは、ロシア話題を探す私に見つかってしまい、小袋に納まり身を寄せ合い、「うちらロシアとは関係ない、仙台のお菓子ですから、手荒なまねをしないでよね」と、言っています。だから、大事に抱えて名古屋までつれてきました。

 ロシアケーキで検索 Google しますとナント各地にあるではありませんか?いろいろおもしろそうな歴史を持っているようで、興味津々です。

        rosiakeki.jpg    

       ロシアケーキのポスター。
  初めて歩く繁華街、人ごみの中でも、これを目ざとく見えてしまうほど、私はいまロシア物さがしの毎日を過ごしております。

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       これが、ロシアケーキ。
 大きさがわかりやすいように、ボールペンもいっしょに写りこみました。大型クッキーですし、個別の袋には、「DINNER  CAKE 」と書かれおりまして、どこをさがしても、ロシアの文字はありませんが、でも、「ロシアケーキ」です。くれぐれも疑わないように。


2006年07月31日

50号 「チェーホフを楽しむために」


 旅先の本屋で、「チェーホフを楽しむために」、阿刀田高さんのエッセイを買いました。新潮社2006年7月刊行のハードカバー本。阿刀田さんの軽妙な名文は、旅の移動中に気持ちよく読んでしまうことができました。
 阿刀田さん、チェーホフが大好きで、同業者としてもたくさんの刺激をもらい愛してやまないことが、全編からあふれています。

 ロシア演劇の代表作、「かもめ」とか「桜の園」、「ワーニャおじさん」や「3人姉妹」などはご存知の方も多いことでしょう。2004年は、「チェーホフ没後100年記念」の行事も多く開かれました。チェーホフ研究家、愛好家、ファンの人たちも多くいます。ロシアに関心がなくても、その名前を聞いたことがある人も多くいます。
 日本で多くの人が知っているロシア人のひとりが、アントン チェーホフではないでしょうか。医師でもあり作家でもあり、妻は女優で、1860年に生まれて、1904年に44歳の若さで亡くなってしまいました。その間、書いて書いて書きまくっている人です。
 あっ、大事な偉業、チェーホフは、30歳前後で「突然、ふいに」サハリンへ行っています。そして、「サハリン島」と題する学術論文を書いているのですが、阿刀田さんは「(その論文には)ここでは中味には触れない。一読して“チェーホフを楽しむための”のものではない(略)」と、サハリン行きについては、少々だけのページ数です。その潔さが気持ちよいので、また阿刀田ファン度が深まります。

 わたしは、もうずっとずっと前のこと。チェーホフの戯曲「桜の園」を演劇鑑賞会でのお芝居で見ましたが、まったくちんぷんかんぷんという思い出があります。日本語で、日本人がロシア人になって演じている「桜の園」なのですが、もう名前からして、よくわからなかった…。
 だからでもないでしょうが、いまもチェーホフ劇との縁は、薄いです。いつか、しっかりとチェーホフ劇ばかりを楽しみたいとの、願いはあります。
 
 阿刀田高氏は、チェーホフの人生を追い、作品を紹介しながら、チェーホフへの愛を軽妙なタッチで、楽しくってたまらない様子で書き綴っています。まさに題名、「チェーホフを楽しむために」の通りです。この題名は大正解ですよ!おすすめの一冊です。
 とりわけ、第9話、「チェーホフの周辺飛行」で綴られている、モスクワのチェーホフ劇と、いまはDVDで見ることができる「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」と「ストーン」の紹介は、ワタシ的には、とてもおもしろいです。

 雨が降る旅先の北の町で、出会った一冊は、旅の友でした。
 日本の北の町のこの夏、日照時間が短くて、稲の成長が心配されています。旅人には涼しくって快適でしたが。
 で、どこへ行っていたかですって?
  

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 ここでした。笹かまぼこと牛タンと「♪~広瀬川 ~♪」と歌われいる、仙台市へ行っておりました。
 まもなく七夕まつり。JRの駅構内は、すでにこのように飾られて、旅人を迎えてくれました。

  《 仙台余話 》
 2003年6月、モスクワユーゴザーパド劇場の来日公演スケジュールの終盤は、仙台での1週間でした。東京公演を終えて仙台に移動した彼らは、仙台の町をとても気に入りました。当時、シューラが送ってくれた手紙があります。
 「仙台では、たくさんのお客さんが、『夏の夜の夢』をよく笑ってくれます。町は公園があって、僕たちは散歩をたくさんして、とても気分が良い毎日です。仙台が大好きです」。


2006年07月27日

49号 多忙につき、簡単。話題ふたつ

 ▽名古屋と東京でスタート
 昨年モスクワなどで上映され話題となった映画が、8月5日からはじまります。
 「太陽」。昭和天皇を題材にしています。私は演じるイッセー尾形に興味津々です。
 ぜったいに見に行きます!!

 ▽「赤旗しんぶん」モスクワ支局閉鎖のニュース
 日本共産党の台所事情かもしれません。が、もう、共産党が支局を置いておくほどのニュースは、モスクワには、ない、のかしら?

 
 ※ 週末、東北遠征に出かけ、経由する東京で、神田ナウカ書店によるつもり。  


2006年07月25日

48号 バルチカビールの写真はこちら

 第43号が下に流れてしまいました。こちらでバルチカビールの写真を掲載します。

 むかしむかしのロシアでは、ビールは各家庭でつくる女性のための飲み物だったそうです。あの大地で麦を作っていたのですから、ビールをつくることはあたりまえ。ワインではなく、ビールの国です。

 麦を選びより分け、ビール酵母菌、砂糖、水などと大きなたらい(盥)状のもので混ぜ(たのだろう、と曖昧表現)、その後発酵させる、たる(樽)に仕込み、程よい時期を選んできりりと栓をあけて、кружка(ビールジョッキ)などに注ぎ、味わいます。もちろん、いま私たちが味わうビールとは違う味だったことでしょう。
 地方で、家庭で、あるいは人によって、ビールつくりの上手い下手があったでしょう。
 ロシア語ですが、サンクトペテルブルク民族学博物館「生きている水・ロシアのビール醸造の歴史」展示会が開かれています。←5月11日にこの展示を見ました。

 ソ連時代は、どうもビールつくりが下手だったようですね。美味しくないので、「馬のおしっこ」と間違えられるビールと、笑い話は伝えています。
 
 いまや、サンクトペテルブルクの町のあちこちには、バルチカビールの看板があります。そして、とっても美味しくできているので、人気です。もちろん他のメーカーも外国輸入ビールもあり、ビールが大復活です。大小の売店には、ビンビールが各種これでもか!!と、たくさ~ん並んでいます。
 カフェやビヤホール、テントと簡易テーブル・椅子を並べたビールガーデンも、にぎやかです。

 サンクトペテルブルクで開かれたビールフェスティバルを SP walker  さんのページからのご紹介です。
 
 サンクトペテルブルク生まれのバルチカビールは、0番から9番まであり、番号が大きくなるほど、アルコール度数が強くなっています。

        bartika.jpg

 3番と8番を東急ハンズは、売っておりました。

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 3番は、いわゆる白ビールです。フルーティな香りです。


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 ↑は、8番。とても美味しいです。気に入りました。

 


2006年07月22日

47号 名古屋場所で活躍

 
 平成18年大相撲名古屋場所で活躍のロシア国籍のお相撲さんたち。
 白露山(はくろざん)・露鵬(ろほう)・若ノ鵬(わかのほう)・阿夢露(あむうる)・大露羅(おおろら)の5人です。
 そのうちのひとりが、場外で大きな話題をつくってくれました。ご本人は反省しています。(たぶん)

 私は、いまは親方O氏の関取時代からの後援会員、相撲好きでもあります。いまも彼がテレビに登場すると、ドキドキと見入っております。
 
 この夏のいち押しは、把瑠都(ばると)・エストニア出身、三保が関部屋。
 土俵入りのとき、並んだ関取陣のなかで飛びぬけて長い足。ひざから下が長い!その長さにクラクラしてしまいます。
しおたらん」って知ってます?(右側の動画クリックすると笑顔の把瑠都がいます)。


2006年07月20日

46号 「ロシア語プレス大会」INカザフスタン

 業界には「業界紙」とよばれる業界の動きを報じる新聞があります。美容業界・食料品業界・タクシー業界・新聞業界・船舶業界……、多種多様な業界の業界紙にいま興味があります。
 と、あるところで目にした、「新聞協会報」という新聞業界紙のなかの小さな囲み記事。珍しくロシアに関するものでしたから、そのあらましをご紹介しましょう。
 
 ====
 6月25日から3日間、ロシア語を使う世界の新聞や放送局などの代表者が、カザフスタンの首都アスナタで開かれた「第8回世界ロシア語プレス大会」に、40カ国以上から約200人が集まり、ロシア語系住民の交流手段としてのメディアの役割をテーマに協議した。
 
 ここに寄せられたプーチン大統領のメッセージは、「討議が国際交流や海外でのロシア語やロシア文化の普及を促進すると確信している」と、いうものだ。
 ====前段は概略こんな内容でした。

 日本には、ロシア語新聞ありますか?ロシア語放送ありますか?
 日本に住むロシア人のために、ロシア語を学ぶ日本人と日本に住む外国人のために。
 たしかありませんよねえ。
 ロシアと日本は隣国、なのですが……。


2006年07月19日

45号 ナウカ書店、8月まで営業


「ナウカ書店倒産」とショッキングなことをここで書いて以降、私に「なにか」できないものだろうかと、ない知恵でぼんやりと考えもしたものです。「なにか」というのは、ナウカの労働者たちのためにです。このどうしようも暮らし難いご時勢に、失業はなんと言ってもつらいこと。いったいみなさんどうするのだろうか。
 東京にある本屋ですから、名古屋にいる私は、やはりなんにもできないな。無力だなと思っていたときに、いただいた、拙ブログへのコメント。心打たれました。避けたい2重掲載ですが、ぜひ多くの方に知っていただきたいので、あらためてここで紹介させていただきます。

     ★ ★ ★ ★ ~~~~~~  ★ ★ ★ ★ 

 ナウカ書店元社員さんからのコメントです。

 ナウカ神田神保町店は、実は、その後、破産管財人の許可が
下りまして、8月末まで、営業しております。祝日・日曜日を除い
て、朝10時から夕方6時まで。在庫に限り、通信販売もいたして
おります。電話03-5259-2711です。
 遠慮なく、お問い合わせください。
 
     ★ ★ ★ ★ ~~~~~~  ★ ★ ★ ★ 
 元社員さま、書き込みありがとうございます。
 
 ぜひ多くのロシア書籍ファンのみなさま、この機会にぜひ、ナウカ書店へお立ち寄りになってください。

  **追記
 なお、ナウカ書店については、毎日新聞東京版、7月20日朝刊掲載関連記事をご参考にしてください。
 


2006年07月16日

44号 思いきりロシアな土曜日 2

 7月8日土曜日のことです。前回の続きです。

 午後は、「莫斯科浮遊録」という教養あふるるブログ主宰者にお会いしました。misakkさんとは、はじめてお会いしたにもかかわらず、約3時間新宿の某デパート内レストランの席に居ついてしまい、全編ロシア話題で、ふたりは盛り上がりました。

 夕方は、当所は「ロシぴろ」オフ会を開催する予定でしたが、申込者ゼロでしたから開催はできませんでした。なにかとみなさんご多忙な土曜日夕方だったのでしょう。

 ならばと、misakkさんもご存知で最近モスクワから戻ってきた日本人女優、くにさん、こと野崎美子さんに会いに行きました。街角のオープンカフェで3人短い時間でしたが近況報告などもかねて、モスクワを振り返って、日本でのこれからの夢を語りました。 《 くにさんについては、また別項でくわしくご紹介いたします。 》

 女優・演出家はいろいろなつながりで、いろいろお芝居を見ることも仕事です。くにさんといっしょに芝居を観ることを予定していました。misakkさんとは再会を約束して、新宿で別れました。

 若手演出家、竹重洋平氏が率いる劇団「弾丸MAMAER」(ダンガンママー)主催の「からっぽう」という芝居。なんの知識も持たず、小劇場・新宿シアターサンモールの席に座りました。

 ロシアと関係ないじゃないか?と思われることでしょう。と、私も席について、くにさんから教えられるまでは、そう思っていました。
 この芝居の美術担当、佐藤朋有子さんと舞台監督の山田和彦さんは、モスクワユーゴザーパド劇場来日公演時の日本側スタッフなのです。だから、彼らはモスクワにも通い、ユーゴザーパド劇場の芝居のしかたをじっくりと学んできた人たちなのでした。

 「からっぽう」の芝居は、思いのほか気真面目なものでもっと練り上げると、中高年女性受けるするようなテーマです。原爆・戦後の混乱・高度経済成長・老齢化社会など……、ふんだんに盛り込んでいるテーマのなかの人の書き方は、まだちょっと荒いのが気になってしまいましたが。でも真面目さと女優の声が気に入りました。

 終演後、くにさんと佐藤さん、山田さんとともに、モスクワやユーゴザーパドやロシアつながりなどを話題に夜更けまで盛り上がりました。


43号 ワールドビア特集@東急ハンズ

 暑い、暑い名古屋です。夏だから仕方がないです。
 こんな暑いときは、デパートへ行っておもしろいことはないかな?とウロウロすることが、私の消夏法のひとつです。いまは夏物がすでにバーゲン価格で、思わぬ掘り出し物もありますし、夏ならではの、イベントもあり、けっこう楽しめます。

 東急ハンズ名古屋店でみつけたのが、「ワールドビア」イベントです。(東急ハンズ名古屋店HP→イベント情報→6F )

 思えば、昨年の愛・地球博(万博)のとき、世界各国のパビリオンの中のビール販売があるところでは、ビールを飲みましたね。「世界のビールめぐり」とひとり命名をして。足しげく通った一番はやはりベルギービールでした。次は、ロシア館のお向かいにあったリトアニアビール、チェコビールも。
 
 つまりはビールが好きなので、東急ハンズでこれをみつけたときは、「おっと」と、喜びニコニコしてしまいました。

 販売コーナーの担当者は、ベルギービールからの回し者か、さかんにベルギービールをすすめ、2本以上の本数を買うごとに景品もつけると言います。

 しかし、私は、ベルギーの谷間にあったロシア、バルチカビール№3、№8 を見逃しませんでした。そうです、サミット開催の場所サンクトペテルブルクで生まれたビール、バルチカです。日本で普通に販売しているのは珍しいです。ロシア料理店などで置いているところもありますが、高い値段で高級ビールです。

 やはり、買いました。ベルギービールだけをすすめる彼女は、「いっしょにベルギーも味わってください。ロシアのビール買っても景品はないですよ。ベルギービールで景品がもらえますよ」。
 その言葉に乗ったわけではない!と強調しておきますが、ベルギービールも2本買いまして、どうでも良い景品もゲットしました。6本のビンビールを家に持って帰るまでが、重いこと重いこと。汗をどっとかいてしまいましたので、急速冷蔵して、ベルギービールは飲み干しました。

 さあて今夜は、サミットのニュースでも聞きながら、バルチカを飲み干しましょう。ボルシチでも作ろうかな…。

   (あとで写真を掲載する予定です)


2006年07月15日

42号 お誕生日おめでとう !!

 今度は明るい話題でいきましょう。


 7月14日は、大好きなジーマの長男サーシャの 1歳のお誕生日です。
 
 「おめでとう」の電話をしました。

 サンクトペテルブルクといえば、サミット開催で周辺も街中も、規制ばかりで市民生活が不便なこととなっていると思います。だから、ジーマ家族はきっと、ダーチャに行っていることでしょう。

 やはり。電話は、あの素晴らしいダーチャで受けてくれました。


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 (ジーマのダーチャについては、後日記載いたします。ロシア語ダーチャの訳は別荘が正しい、そう思える、立派なダーチャです)。
           
 「サーシャのお誕生日おめでとう!!」
 
 電話口のパパは、長男の誕生日をとてもうれしく迎えていることが、見えます。元気で明るい声です。

 
 ジーマは昨年、7月23日から、愛知万博のロシア館のスタッフとして万博終了までの期間を、暑い名古屋で働きました。はじめての子どもが生まれて、たった10日後、はるか東方の国への3ヶ月の長期出張へと旅立ったのでした。

 ことし、1月と5月にもサンクトペテルブルクで、妻のジェニャともどもお会いしました。
 そのときジェニアは、「パパが不在で、新生児をかかえての3ヶ月間、たいへんだった」と。そうでしょうとも。
 だから、ジーマパパは、「しばらくは子どもとの時間を大事にしたいから、出張などは出かけない予定にしている」と言ってました。お会いしたときのジーマはそれはそれは素敵なパパでした。

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       (5月サンクトペテルブルクで。このときサーシャは10ヶ月)
            
 おめでとうございます、ジーマとジェニャ、かわいいサーシャ。
 サーシャはもうすぐ歩きだしますね。3人で、サンクトペテルブルク中をいっぱい散歩することでしょうねえ。また、会いましょう。きっと、きっとね。


41号 ナウカ書店が倒産!!

 7月8日の土曜日、私は東京神保町の書店街をかなり気分良く歩いていました

 「このあたりだったよな~」と大通りから1本奥まったところにある、ロシア書籍の専門店ナウカをめざしていました。妙に静かなところです。みつけた書店はシャッターを下ろしていました。
 シャッターの上には、小さなメモ紙に「臨時休業します」。 エッ~~~!!!

 買い込むつもりで、リュックを背負って名古屋からやってきたのに。 
 土曜日に臨時に休むなんて、ちょっといかんですよ。

 そんな東京の旅を終えて、我が家にもどり、「ナウカ書店」のHPへ訪ねていくと、つながりません。あれれ??

 「ロシぴろ」の掲示板にマチルダさんの書き込みで、「ナウカ倒産」を知りました。
 
   …
   … 
   …

 またひとつ貴重な日本の文化が消えていきました。
 
 私たちはわがままです。
 欲しい本は一刻も早く手に入れたいです。電脳ショッピングという便利な手段を使って、かなりマニアックな本も簡単に手に入るようになりましたから、駆使してなんでも手にいれます。
 書店は、いつも開いていて、いつも新刊本がきれいに並んでいて欲しいです。そして、書店の窓口で注文しても、対応良くすばやく入荷して欲しいです。
 私たちはわがままなんですねえ。
 こんな私たちに応えるための、書店の努力はいかばかりでしょうか。

  …
  … 
  …
 
 いろんなことを考えてしまう…、寂しいかぎりです。


2006年07月11日

40号 週間「エコノミスト」誌

 

 7月18日号の週間「エコノミスト」誌は、大解剖ロシア経済 と特集を組んでいます。
 ロシアで初のサミット、まもなく開催されるからでしょう。
 高成長が続くロシア経済を各界専門家が分析しています。

 最近気が付いたのですが、朝日新聞朝刊経済欄掲載の各国通貨対日本円 の表の中に、ロシアルーブルも仲間入りしています。


2006年07月09日

39号 思いきりロシアな土曜日 その1

 6月8日土曜日は、東京へ出かけ、神田の古本屋街を歩くことと、「ろしぴろオフ会」を開催することを予定していました。その前日金曜日の夜、友人のこれもまたロシアつながりのAさんの面白話しで夜更けまで酒を酌みかわし、好きではないカラオケで、間違っていっしょに、「ポルシュカ ポーレ」をめちゃくちゃ怪しいロシア語で歌ったので、翌朝土曜日の目覚めは少々悪し。

 では、ぶらぶらと歩いた神田古本屋街でのご報告から。
 
 ロシア童話と、ロシア演劇関係の本と出会うと良いなと思っていました。
 ちゃんと出会うようになっていたので、感動してしまいました。「講談社・世界童話文学全集11:ロシア童話」=1960年発行がありました。
 なぜ古いものが欲しいのか?特段の理由もないのですが、ソ連時代に日本の子供たちへどんなロシア童話を選んでいたのかが、ちょっと興味があるところです。私も子供時代は、ソ連時代だったからということです。私が子供のときに夢中で読んでいた童話をもう一度読み返してみたくなったのです。この日以来のことですが。
 赤い表紙がちょっと汚れているこの童話集、いったいどんな道程を経て、いま私の手元にやってきたのでしょうか?かすかに、お医者さんの匂いがするのですが……。

 ロシア演劇に関する本もみつけました。が、かなり専門的なもので、高額で、小さい字でいっぱい書かれていることに、ちょっと怖気づいてしまい、止めました。

 その書店の中でみつけたのが「日本図書センター・作家の自伝 20 唐十郎・わが青春浮浪伝」です。「ああ、唐さん…!」
 また書いてしまいますが、モスクワユーゴザーパド劇場の大演出家ベリャーコビッチ氏とおもむきが似ている日本の演劇人が、唐十郎さんです。パッと見ておふたりが同じような輝きを持っているような。だからもっと知りたい唐十郎さんでしたから、この本はすぐ買いました。
 
 神田の書店街、ここへ来たらやはり行かねばならない、ロシア図書専門店のナウカ書店。大通りからはちょっと奥まっている書店は、シャッターが降りていて、ナント!!「本日臨時休業いたします」。
 まあ、私が名古屋からやってきたのに……、ああ、ショックでした。


2006年07月02日

38号 心のこもっている本・2冊

 “本を書く”とは、作者と編者の全身全霊を本に写り住ますことです。もっと言えば、製本や販売する人の気持ちも入っています。そういう本は、「この本を買ってください。読んでください」と本のほうから、呼び止めてくれます。そういう出会いの本がこのところ多くあるのは、私が求めているものが多くあるということです。読むべき本がありすぎるこのごろです。

 「トルストイのアーズブカ」=Азбука льва Толстого =心をたがやすお話・・・・(日本語版) 日本トルストイ協会企画、新読書社刊行・税別2000円。
 先日、名古屋で開かれた日本トルストイ協会の講演学習会、遅れてしまって肝心な講演を聴くことができなかったのですが、この本には出会えました。そして、出会いに感謝できる、心が澄み渡るような一冊です。

 ロシアの大文豪と称され、その本を読んでいなくとも名前だけでも知っている方は多いでしょう。私もそのひとりですが。レフ ニコラエビチ トルストイ(1828~1910)が、子供たちのためにと書いたお話し集です。アーブズカとは、ロシア語で「アルファベット」の意味とか。

 この本に集められている127編のお話は、だれもが、きっといままで聞いたことや読んだことがあることでしょう。私も子ども時代に大事にしていた童話集が、このお話集だったことに、気がつきました。「あっ、この話し、たしか、載っていた。あら、これも知っている」など、ウン十年も前の愛読書の世界に戻りました。
 優しい言葉で、ていねいに、人間の暮らし、知恵、愛、自然、動物たち、植物たち……、それらの短いお話し集です。最初に掲載の「ニワトリとガチョウとキツネ」は、たった4行だけのお話し、でもその世界にすっと入り込むことができるのは、作者トルストイの人をひきつける心の表れなのでしょう。
 いくつかを読んでいくと、先日名古屋で見た芝居、「木の皿」の、あきらかに原題となっている「年老いたお爺さんと孫」に出会いました。「木の皿」はアメリカ人の作家のオリジナルだと思っていたのに。
 
 そして、挿絵のおもしろさも秀逸です。ちょっと前のロシアの人々の暮らしぶりがとてもよくわかります。挿絵画家は、M.G.クリャッツキーエワと、巻末に記されています。原作のトルストイの心がそのまま画家に映っていったものでしょう。優しくわかりやすくきれいです。

 もう1冊は「トルストイの生涯」。日本トルストイ協会の前身の昭和女子大学トルストイセンター企画の写真集、2000年5月発刊のA4サイズ224ページに及ぶもの。お値段は4000円です。
 これは驚きです。と、いうか私が無知なのですが、トルストイはこんなに写真を残していたのですか。
 掲載されている多くの写真と説明文は、今後ゆっくりと読んで、トルストイとの時間を持ちたいと思います。


2006年06月27日

37号 ロシア語単語をおぼるために

 えー、きょうはロシア語のお話しでございます。

 くま「おい、はっつぁん、ロシア語の勉強はどうだい?もうなんでもロシア語で話せるかい?」
 はち「くまさんや、そんな簡単なものじゃあないよ。長いこと日本語ばっかりのところで暮らしてたんだい。ロシア語は、むりやりに覚えて、脳みそにいれこまなきゃあなんないだよ」

 くま「ああ、そうだろうな。どうだい、ちょっとロシア語の勉強手伝ってやろうかい」
 はち「うれしいね。どうやるのだい?」
 くま「そうさな、単語をいくつ知っているか。まあ、長い間ロシア語勉強してりゃあ、いっぱい知っているだろうけれどさ。ちょうど、いまサッカーワールドカップやってるから、サッカー用語をロシア語で答えておくれよ」

 はち「サッカーは得意だよ。じゃあ、日本語言っておくれ」
 くま「ボールは?」
 はち「мяч・ミヤーチ」
 くま「名古屋弁みたいだな。じゃあ、ロスタイム?」
 はち「потерянное время ・ パチェーリンナエ ヴリェーミャ」
 くま「また名古屋弁みたいだなあ。次は、キック オフ?」

 はち「начальный удар・ ナチャーリヌィ ウダール」
 くま「前半は?」
 はち「первая половина игры ・ピェールバヤ パラヴィーナ イグルィ」
      …
      …

 おかみさん「おまえたち、なにやってんだあい?さっさと片付けておしまいよ。また、ロシア語の勉強かい?熱心だね。そうそう、さいきんいい本があるんだよ。ボーナスはずむからふたりともお買いよ」

 はち「おかみさん、ボーナスはずんでくれるんで、うれしいねえ」
 くま「おかみさん、なんて本ですか?ボーナスで買えますか?」

 おかみさん「なに言ってんだい。お前たちは、ロシア語の勉強を甘く見ちゃあいけないよ。使ってなきゃあすぐに忘れるし、忘れたら思い出せないよ。いつも忘れないように、忘れないようにとしておくこったよ。なんどもなんども繰り返しさ。そして単語だよ。見えるもの全部ロシア語単語で言えるようにおしよ。
 そうそう、いい本ってのはね、これだよ。お前たちのボーナスでちゃんと買えるよ」

 はち・くま「あのう、おかみさん。その本はボーナスで買います。おれたち、実は、研究社の辞書が欲しいですよ。あれこそボーナスで買おうと思ってたんで、あのう、もっとボーナス出してくれませんかねェ」

 おかみさん「そうさね、サンクトペテルブルクにトヨタの工場も出きるし、日産のゴーンさんもあそこ狙っているしねえ。うちも、そろそろやってみようかね。サンクトペテルブルクで、売るんだよ。そして大もうけしたら、ボーナスどんと出してやるから。おまえたち頼んだよ」

 はち・くま「がってんだ。おれたちロシア語しっかりやって売りまくりますぜ。で、なに売るんで、おかみさん」

 おかみさん「サンクトペテルブルクで売るものは、………だよ。ビールじゃないよ、発音気をつけなよ。大きな声で言っちゃあ、ライバルが聞いているからさ、ナイショダヨ。寿司つくるのにぜったい要るものだけれど、あっちじゃあ無いものだよね。そのうちにみんな家でも寿司つくりたくなるよ。そのときこれがあると便利だしさ、名所の地図や美人の顔でも描いてあったら、良いよねえ。
 まあ、そのうちブームになってさ、おおもうけで、わたしゃあ、ひだりうちわってもんさ」。

 お粗末でした~~。(しーーん)
 


2006年06月24日

36号 「トルストイ」に魅せられた人々と

 34 号でお知らせいたしました、「日本トルストイ協会」の集まりへ行って来ました。大先輩が名古屋においでになることと、名古屋での集会に興味があることで、早くから参加を予定をしていたにもかかわらず、肝心な講演会にはどうしても間に合わず、聞き逃してしまいました。

 でも、交流会には参加して、いくつかの驚きがありました。

 昨年の万博でロシア館で出会った通訳さんも参加していました。
 同じく万博のマンモス展示場で通訳をしていた方もおいででした。
 「ろしあんピロシキ」掲示板などでおなじみの方が、おいでになってびっくりでした。
  == Mさん、わたしも驚きましたし、うれしかったです。またお会いいたしましょうね。

 2010年は、トルストイ没後100年です。

 終了後、大先輩と共通の友人とともに、名古屋ロゴスキーで夕食をして、ロシア話題いっぱいの楽しいひと時を過ごしました。
 みなさま、お疲れ様でした。


2006年06月21日

35号 「マクベス」テレビ放送決定

 お知らせいたします。

 3月来日公演をした、モスクワユーゴザーパド劇場の「マクベス」がNHKテレビで放送されます。

 7月9日(日) 22:00~ 24:20 NHK 芸術劇場 にて


 私のお気に入り俳優、アレクサンドル(シューラ) ゴルシュコフは、残念ながら「マクベス」には出演しておりません。が、ロシア語で演じられるシェークスピア劇をどうかお楽しみください。
 
 「巨匠とマルガリータ」も劇場にNHKのテレビカメラが入っていました。いつか放送してくれないかしら? 


2006年06月12日

34号 ふたつの集会のお知らせです

 名古屋で近日に開催されます、集会をふたつご紹介いたします。
  (どちらも主催者から掲載のご許可をいただいております)


    ◇    ◇    ◇


 6月24日(土曜)開催の、日本トルストイ協会・第8回トルストイを語る会 名古屋集会 です。

 くわしくは、こちらをご覧ください。

 この日本トルストイ協会は、私の大先輩がかかわってみえます。とてもお世話になり尊敬している大先輩が、トルストイやロシアに詳しい方であるとは、ある日までまったく知りませんでした。
 ある日何気なく手にした「日本トルストイ協会」の書物の中に大先輩のお名前をみつけ、最初は同姓同名の方?と失礼なことを思いました。とても理知的で広く深い知性教養にあふれ、優しく穏やかで面倒みが良く、だれからも愛されてみえる大先輩なら、大文豪トルストイにかかわるのは、必然のことと思いました。
 そして、確かめる電話をかけてみました。やはりそうでした。「トルストイを訪ねてロシアの旅へも出かけました」とおっしゃられ、ああ、ロシアを知る人がまた身近においでになったと、喜んだ私です。
 実はトルストイ、まだしっかり読めていません。ごめんなさい。でも、いつか必ず身に着けていきたいロシアの大文豪です。

  ◇   ◇   ◇

 6月25日(日曜)午後開催の、日本ユーラシア協会愛知 主催の ユーラシア市民大学講座です。

 くわしくは、こちらをご覧ください。

 講師は、金田一真澄(きんだいち ますみ) 先生です。NHKテレビロシア語会話講師としてご活躍されていたころ、私はテレビの前でお世話になりました。
 「日本とロシアの交流の歴史探訪」は、とても興味あるテーマです。金田一先生は、どのようなところから話されるのでしょうか?演劇のこともきっと登場することでしょう。期待しています。

  梅雨空の6月末の土曜日と日曜日は、名古屋でロシアな日を過ごしてお勉強といたしましょう。

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  オフ会、開催いたします。
  くわしくはこちらをクリックしてくださいね

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2006年06月04日

33号 ゴーゴリーに魅せられそうな

 モスクワで、ユーゴザーパド劇場で、ゴーゴリー作「検察官」を見て帰国後、原作「検察官」をもちろん日本語で読み返しました。芝居は、原作に沿ってはいるものの、かなりそぎ落としてある部分もあれば、付け加えている部分もあります。それはそれで素晴らしい。ゴーゴリーが生きた時代のロシアと生きていた人々に興味もわいてきます。「ペテルブルク物語」を読んでみました。「ネフスキイ大通り」「鼻」「外套」の短編3本が収録されています。

 「鼻」「外套」は10年位前に読んだのが、記憶がぼんやりです。当時は、まだロシアのことも、サンクトペテルブルクのことも、ぼんやりしか知らなかったので当然です。当時よりもちょっと物知りになっているので、物語はとても楽しめました。
 
 (地名表記は本書原文のまま)
 ネフスキ大通りをゴーゴリーもどれだけ歩いたのでしょう。
 ネワ川で魚を見てみたり、(4頭の馬がいる)アニーチキン橋で女性たちをながめ、焼きたてのピロシキを食べ……、読みながら、思いは舞台のサンクトペテルブルクへ飛んでいました。
 
 「鼻」のおもしろさ。いやあ、ゴーゴリーさん、やってくれました。「外套」は涙なしには読めませんでした。
 この本おすすめの最高傑作です。ゴーゴリー作をもっと読むことにします。まだまだ読むべき本がいっぱいあります。

 ▽  ▽  ▽

 我が家の庭はことしもびわが豊作ですが、去年より実の成り時期がちょっと遅いです。そんな我が家の庭で、ロシアのダーチャ生活をちょっとまねてみました。いつも部屋の中に置いていた楽に座って本を読むのに最高の椅子を、外へ出し木陰に置いてみました。早い夏の緑の風に吹かれながら読みすすめたのが「ペテルブルク物語」です。この夏は、このスタイルで本を読んでみましょう。


32号 フィンランド話題ふたつ

 きょう、6月4日から中部国際空港(セントレア)からフィンランド国ヘルシンキへの直行便が飛び立ちました。この日を待っていました。ホントは、この一番機で私はヘルシンキ経由ペテルブルクへ行きたかったのです。が、できませんでした。

 次回はぜったいに、セントレアからヘルシンキへ。そして乗り継ぎ時間を短くして便利になった、サンクトペテルブルクやモスクワへ行きます。もちろん他の都市へも便利になります。
 我が家からセントレアまで電車乗車時間わずか。ああ、ロシアが近くなりました!!
 時刻表はこちらです。


 ▽ ▽ ▽

 直行便の就航を記念して、ある日、オールヘルシンキ撮影の触れ込み、映画「かもめ食堂」を観てきました。

 感想を一言申し上げれば。

 季節は夏、白夜のころ、明るい町が映し出されていました。ちょっと風の強い曇りの日もありました。そんな日は、マリメッコの衣装などが映えました。外を歩くのも自転車も平気です。「ああ、きれい、いいなああ」とヘルシンキ行きを決意させるような、ヘルシンキ万歳映画でした。
 それもそのはず、フィンランド国の公私いろんなところがスポンサーです。

 ヒット映画ですから、ぜひ冬の季節バージョンをつくるべきです。朝は10時ごろまで暗くって、寒くって道は凍りついているし、15時過ぎには日没を迎えるというヘルシンキの、暗くつらい冬の季節も、写して欲しいものです。
 
 先週観た映画「ククーシュカ」もフィンランド語せりふが語られました。「かもめ食堂」も日本人主演女優は、一生懸命学んだであろうフィン語のせりふを流暢に言います。出演の地元俳優人ももちろんフィン語です。
 私はまったくわからなかった。「キートス」だけ聞き取れた……。ちょこっと勉強してみようかな?


2006年06月02日

31号 「地球の歩き方」06~07年版

 2006年6月2日、「地球の歩き方」A31 ロシア・ウクライナ・ベラルーシ・コーカサスの国々 2006~2007年版 改訂版 第10刷第1版 が発行されました。
 さっそく買い求めて、旅人の目で、中身をただいまチェックしている途中ですが、なかなかの充実度です。

 とてもうれしいのは、「モスクワ/エンターテイメントリスト」が充実していることです。やっと、ユーゴザーパド劇場が紹介されるようになりました!!

 サンクトペテルブルクは、ロシア美術館内の案内図が掲載されています。
 
 写真が豊富で、カラー写真です。
 文字も一部大きくなって見やすいです。各情報欄のロシア語表記やホームページ表記も充実しています。評判の悪い!ロシア語だけ表記の、ロシア国入出国カードの記入例も書かれています。
 ウクライナ国のページ表紙は「ビザのいらなくなったウクライナへ行こう!」です。
 
 ロシア国も、そのように表記される日が早くやってきて欲しいものです。


2006年05月29日

30号 米原万里さん安らかに

 ロシア語通訳で作家としても大活躍の米原万里さんが亡くなられた。そのニュースを聞いたとき、体の力がすっ~と抜けてしまった。彼女の本を全読破し、いつか必ずお会いしたいと思っていたから。

 そして、奇縁なことに、先のロシアの旅に持っていった本のうちの一冊が「旅行者の朝食」文春文庫版で、旅先でのこの本の話題を、きょう(29日)ここへ書こうと思っていたのです。

 5月4日、俳優シューラの家族らと彼らのダーチャへ行く日、私はかばんの中に、「旅行者の朝食」本を入れていました。行きの飛行機の中でちょっと読んだだけで、まだほとんど未読なので、「なにもやらなくても良い」と言われたダーチャで、読んでみようと持っていったのです。

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 本の表紙絵がロシア人たちに話題になっていました。「日本の文字はたてに書く」と言うことも、話題になり、本の文字を指でたどりながら、シューラは「上から書くのか?」と聞いたので、「いいや、下から書くのさ」みたいに答えたら、ものすっごく驚いていたロシア人たち。
 「あははは、冗談だよ。上から書くのです」と、ダーチャの昼下がり、小さな本を囲んで笑いました。

 帰りの飛行機の中で、読みながら眠ってしまい、本を座席の下に落としたことに気づかず、もう少しのところでそのまま私は、降機してしまうところでした。本が、「ちゃんと持って帰りなさいよ」と呼んでくれたがごとく、拾い上げカバンに収めたのでした。

 米原万里さん、まだお若いのに残念でたまりません。
 あなたの書かれた、私たちへ教えて残してくださった書物を、心して読みます。
 どうぞ安らかにお眠りになってください。合掌。


2006年05月28日

29号 映画「ククーシュカ」を観る

 ラップランドってどこか知っていますか?
 日本からはるばる遠い北の地はいま白夜の季節です。でも冬はそれはそれは厳しい寒さで、私たちの想像を絶するものでしょう。
 きょう観てきたロシア映画の画面では、色を抑えてラップランドの秋を映し出しています。

 良い映画を観ました。東京に続き名古屋での公開、そしてこれから各地へ。
 ぜひ出会えばご覧ください。

 「ククーシュカ」、最後の最後、ぐっと熱いものが押し寄せてきてしまいました。
 
 そして、エンドロールでみつけたのは、ナント この「マーミンカ通信」でおなじみ,ドミトリー バラノフの名前です。が、早く通り過ぎてしまうその中で、彼だ!との確信はいまひとつなのですが、ジーマ(ドミトリー)が、歴史民族風俗検証責任者として、この映画つくりにかかわっています。たぶん、ぜったいに。
 
 映画を観ながら、登場する女性が腰につけている白樺細工のカバンがとても印象に残りました。ああ、あれはジーマが私に教えてくれた白樺細工物だと、見入っていたのです。
 
この映画を教えてくださった読者T氏、ありがとうございます。


2006年04月17日

28号 甘くて美味しい 「シベリア」

 ご存知ですか「シベリア」と言う名のお菓子。

 ある日、我が家の近くの庶民的なスーパーのパン売り場の片隅で、立っていました。いや、以前から置かれていたのかもですが、これまでは気にも留めなかったのです。

 ネットの中でこのシベリアをくわしく書いているページ (AHO's Room さん、ありがとうございます)。みつけて以来、「食べたいなあ」と思っていたのです。と、思ったときに発見。もちろん即、購入し、即、食しました。

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   (黒は小豆あん、緑はうぐいすあん。外はカステラ生地、焦げた皮も美味しいです)

 名古屋中川区川原製菓製造  250円也 


27号 ビーツ販売中 タカシマヤにて

 ロシア料理で有名なボルシチには欠かせない大事なビーツが、名古屋JRタカシマヤ地下野菜売り場で売られています。

  長野県産4個入り 100円です。
 ボルシチの作り方レシピも入っています。

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   (ビー川  って読めるのですが…)

  さあ、いまからまるごとゆでます !!


2006年04月08日

☆ 26号 ☆「大統領のカウントダウン」を観る

 黄砂が降る土曜日の午後、ロシア映画「大統領のカウントダウン」を見てきました。日本語題はなぜか「大統領のカウントダウン」ですが、ロシアでは「Личный номер 」(個人番号)、2004年制作の映画は、3月末東京からはじまり各地で上映されていきます。

 いくらロシア映画でも、たぶん見ないだろう分野の映画です。アクション映画は怖いのです。人が殺される場面がある映画は嫌いなのです。だから、あのひとことがなければ見ない映画です。

 ひとこととは。

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 シューラとの東京散歩のときです。小さな映画案内板の1枚のポスターをみつけた、シューラは「アッ、ロシアの映画だ。この俳優、Алексей Макаров は僕の友だちだよ」。
 
 映画ストーリーそのものは、よくある話しです。英雄が大好きな国の人には、おおうけするだろうな映画です。モスクワ劇場占拠事件、ベスラン学校占拠事件を背景にしてつくられています。怖い映画です。モスクワへ行くことがちっと怖いと思いました。
 シューラの友人で、主役を演じる俳優アレクセイは、寡黙な強い男をなかなか好演です。どこかで会ったようなだれかに似ているようなと、ずっとそう思いながら見ていました。

 多くの出演者のなかに、ユーゴザーパド劇場所属で、東京の舞台にも立っていた俳優をみつけました。「まあ、ナウモフさんではありませんか!」と画面に語りかけました。
 他にもきっとどこかに知っている俳優たちが、ちょこっと出演していたのかも?と、エンドロールで捜そうとしましたが、それはムリでした。同じ名前の人が多いのです。
 
 「大統領のカウントダウン」くわしくは、こちらへ。


2006年04月03日

☆ 25号 ☆4月1日全世界同時発売の日本酒 

 日本酒の酵母が宇宙を旅してきました。そしてその酵母は日本酒となって、4月1日に発売解禁となりました。酒酵母を乗せた宇宙船は、ロシアのソユーズでした。

 ロシアの宇宙開発のニュースを聞くといつも思い出すのが、万博ロシア館に来ていた宇宙開発専門家たちの元気さです。「毎日仕事ばかりさ」と言い、仕事をすることが楽しくってたまらないような科学技師たちでした。宇宙開発のことを聞けば、きっとなんでも答えてくれるだろう大専門家たち。もちろん、ウオッカも大好きで、楽しいお酒の場所をつくってもくれました。
 みんなどうしているかなあ?

 土佐宇宙酒については、ここをご覧ください。

 お酒好きな私はもちろん申し込みました。宇宙へ、ロシアの彼らへ、そんな思い巡らし栓を開ける日を楽しみにしています。


2006年03月14日

☆ 24号 ☆ ラジオ深夜便 11時40分ごろ

 急ぎお知らせいたします。

 キリチェンコ マリアさんが、NHKラジオ深夜便「ナイトエッセー」のコーナーに出演しています。テーマは「道歌にみる日本」です。

 日本文化を語る、モスクワ生まれモスクワ大学で日本文学を専攻して、日本へ留学したマリアさん。合気道に出会い、そこからまた知った「道歌」(どうか)は、日本文化についての「大事な資料」と語られます。夜遅い時間ですが、ぜひお聞きください。もちろん、マリアさんは流暢な日本語で話されます。


2006年03月06日

☆ 23号 ☆ サンクトペテルブルクがちょっと近くなる

 旅と関係なく、フィンランドのことを調べようと検索していたら、「フィンランド航空」に入ってしまい、ステキなニュースをみつけました。

 すでにマスコミ発表されていますが、この6月からセントレア・中部国際空港から、ヘルシンキ直行便が飛び立ちます。名古屋から約10時間で、ロシアの隣りの国にフィンランドに降り立つのです。これはこれで、もちろんうれしい。が、ヘルシンキ空港での待ち時間が約5時間と長く、サンクトペテルブルク到着が、(現地時間)午後10時くらいとなっていました。←ことし1月経験スミ。

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(フィンランド バンター空港で待機中の関西国際空港行き)

 が、フィンランド航空、がんばりました!!増便で乗り継ぎスピードアップ!!午後6時ごろにはサンクトペテルブルクに到着するようになります。
 うれしいですね。これならば、我が家からSt.Peter.まで最短15時間で行くことができます。いままでは、21時間以上はかかっていたので、驚く早さになります。

 くわしくは、フィンランド航空日本語ホームページへ。


2006年02月27日

☆ 22号 ☆ マースレーニッツア

 きょうから、ロシアでは、マースレーニッツアがはじまります。
 冬の終わりを感じる2月の終わりから3月はじめにかけてのこの期間は、「ブリヌイを食べるお祭り期間」です。宗教的に言えば、精進期(断食期)に入る前の「いっぱいいまのうちに食べておきましょう期」みたいなもの。 
 ※※ このあたりは、もっと詳しく書いて、別の号でUPします。

 油をたっぷり使って焼くブリヌイ。フライパンで丸くたくさん焼いて、スメターナをたっぷりつけて、みんなでたくさん食べます。そして、歌って踊っての楽しいひとときを過ごします。
 町の中には、祭り飾りや屋台も出て、楽団や舞踊団が賑やかに盛り立てます。もうすぐ春ですよ!という祭りなのですね。

 私はブリヌイが大好きです。スメタナをたっぷりつけたブリヌイを、思い切り食べることが許される、マースレー二ッツアは、魅力的です。でも、確実に太ります。

 2002年のマースレーニッツアの様子(「ろしぴろ」内、ひよこさん投稿記事より)


2006年02月23日

☆ 21号 ☆ 「るるぶ」ロシア特集

 「るるぶ情報版」14号は、ロシア…モスクワ・サンクトペテルブルク・黄金の輪・ノヴゴロド です。1260円。2月15日発売。るるぶコーナーを持っている書店にはたぶん並んでいると思われます。

 さっそく2冊買いました。さっそく中を開いて、ちょっと興奮してしまいました。豊富なきれいな写真、記事情報もたくさんあります。食べ物やウオッカやロシアの歴史も……、これ一冊でロシアのいまがずいぶんわかります。おすすめです。

 なぜ2冊買ったのか。
 1冊をモスクワの日本語ガイド通訳の、キム コースチャに送りました。日本でこういうガイドが売られていて、それを見てモスクワに行った人が、「『るるぶ』に載っていた○○が欲しい」といわれたときに、ガイドさんが、「あれですね」と即答できると、ポイントアップです。
 コースチャさん、モスクワへ行く旅人がきっと多くなりますよ~~。

 私も「るるぶ」を見ていて、もう、また行きたくってたまらなくなりました。どうしようかしら。


2006年02月22日

☆ 20号 ☆ 新垣 勉氏の歌声

 
 ちょっとムリヤリのロシアつながり?かな。お許しを。

 2月21日、愛知県芸術劇場コンサートホールで開かれた、新垣勉(あらがきつとむ)氏の「命どぅ宝」のコンサートへ行ってきました。

 私は、THE BOOMの宮沢和史氏(MIYA)に心酔しているので、MIYAが新垣さんに贈った「白百合の花が咲く頃」も聴きたくって。
 MIYAは昨年のいまごろ、モスクワをはじめヨーロッパ各地で公演をしておおいに話題となり、その後彼の「島唄」は、一層世界に広がっていきました。新垣さんもMIYAの世界での活躍を紹介されました。「モスクワでも」と語られたのは、私のためかしら。

 新垣さんの歌声は最高です。なによりも「心」がビンビンと伝わってきます。「陽はすでにガンジス川から」が最初の曲です。彼が歌った瞬間から涙があふれました。その後も何度か涙があふれました。
 最後にはびっくり報告がありました。
 新垣さん、ご結婚されたのですって!!!テレながら「5~6年のお付き合いがありまして……」、会場からは「おめでとう」の声援も飛びました。

 MIYAが作詩作曲の「白百合の花が咲く頃」。しびれました。これからじわじわと伝わっていく歌だと思います。みなさまもよろしく!!


2006年02月21日

☆ 19号 ☆大黒屋光太夫 の出身地へ 

 冬の終わりが近づいてきた日曜日、大黒屋光太夫記念館を訪ねました。

 名古屋から、近鉄電車急行に乗って40分ほどの伊勢若松駅で降りると、駅前には光太夫さんのブロンズ像があります。この光太夫さん、帽子が……。当時の日本には帽子文化は入っていないし、ロシアの帽子文化は、このデザインではないし。まるで、光太夫さんは南の島から戻ってきたみたい。が、私の第一印象でした。

 近くの緑芳寺には、光太夫さんがロシアでエカテリーナⅡからいただいたという当時のカペイカ貨幣を模したメダル(?)とロシア文字の書き物。寺の宝として大事にされているのがわかります。

 次は、2005年11月13日オープンしたばかりの「大黒屋光太夫記念館」へ。光太夫さんが、ロシアから戻ってきて「江戸で幽閉生活」ではなく、「かなり自由」にしていたのはないかと、最近は言われているそうです。
 地元には、いくつか光太夫さんの書やロシアみやげが個人の所有などで散逸しているとか。地元が持っている資料などを、近くの小学校で15年ほど管理していたそうですが、それも困難となり、光太夫さんを愛する地元の人々の熱い情熱で、昨年やっと記念館開館にこぎつけました。今後この記念館が、貴重な資料の収集と管理をして、この大事なものを未来へ残していく決意のあらわれです。
 地元では、いままでもこれからも光太夫さんは、愛されているのです。

 記念館の新春企画展は「光太夫がかいたロシアの文字」です。光太夫さんが、62歳に書いた「福寿」は ФУКЖЗЮ  と書かれているようです。1812年当時のキリル文字のデザイン文字ですが、なかなか美しいです。
 光太夫さんが72歳で書いた 「イロハ48文字と洋数字」のキリル文字が、これも美しいです。

 その後、近くの魚料理店で昼食をして、造り酒屋さんへ。ここで「大黒屋光太夫」と名のついた、米焼酎を買いました。中味よりもそのボトルデザインが、駅前でみた光太夫さんのブロンズ像と同じでとてもおもしろい。「今度、サンクトペテルブルクのクンストカーメラに持って行こう」と決めたのでした。

 光太夫さんはじめ17人の船乗り仲間は、米や木綿を積んで江戸へ出帆したのは、1783年12月13日。三重県東側の唯一の紀州藩地・白子の港。その港には、光太夫さんの記念モニュメントが海を見て静かに建っています。10個の石積みは、光太夫さんの波乱の10年間を表したものとか。

 こうして巡ってきて、1月にSt.Peter.で、大黒屋光太夫の縁あるものと出会っている私は、光太夫さんとご縁ができているとずっと思っていました。
 はるか遠いサンクトペテルブルクでは、光太夫さんはきっと精力的にロシアとロシア語を勉強したのだと思います。あそこは知的な向学心の街だから。そして、できる限りに「日本」を彼の地の人々に伝え、それはきっと評判となったことでしょう。インテリたちが次々と光太夫さんから日本を学んだと思います。 なによりも光太夫さんは、とても大事にされていたことでしょう。ロシアの人々はお客様が大好きな優しい人々だから。
 
 エカテリーナⅡに謁見したとき、光太夫さんは、彼女の手の甲にキッスをしたと言う。10年もロシアにいれば身につけなければならないマナーですから、驚くことでもないけれども。
 
 光太夫さん日本に戻り、老いてもときに、猛烈にロシアが、サンクトペテルブルクが懐かしくなった時もあったことでしょう。ちょっと違うけれど、いま私が彼の地が懐かしいのと同じかな?

 サンクトペテルブルクのインテリ、サーシャ、ジーマ、エレーナやオレクたちを三重県伊勢若松に、連れてきたいですね。  (万博の時には、まだ博物館はオープンしていませんでした。)

 お世話になった地元のみなさま、貴重な日曜日にご親切をありがとうございます。
 ごいっしょいたしましたみなさま、お世話になりました。


2006年02月11日

☆ 18号 ☆ 答えましょう。100問。

 有名な100問シリーズのなかのひとつ。


  「ロシア好きに100の質問」を答えました。こちら。

  回答にかなり時間がかかってしまい、疲れてしまった。答えてからちょっと考えた。私は「ロシア好き?」なのかな?


2006年01月28日

☆ 17号 ☆ St.Peter.へ行く友人に

 知り合いAさんが、「ちょっとSt.Peter.へ行ってきます」と言う。ならば、ぜひ会って来て欲しい私の友人たち、ぜひ見てきて欲しい民族学博物館、熱く熱く紹介いたしました。先日私が、アストリアホテルで買った英語版地図もプレゼントしちゃいました。知る限りのアドバイスをいたしました。

 すぐに、St.Peter.の友人たちにもメールをしたら、「もちろん、喜んで会いましょう」とうれしい返事が届きました。Aさんも「民族学博物館興味ありますから」と、おおいに期待しています。
 
 Aさんからの旅の報告を聞くことが楽しみです。気をつけていってらっしゃい。


2006年01月24日

☆ 16号 ☆ 大阪を歩く 

 寒風の吹く休日、プーシキン美術館展=大阪市中ノ島の国立国際美術館と、国立民族学博物館=吹田市万博公園に出かけました。歩いた、歩いた!!

 プーシキン美術館展は、モスクワにあるプーシキン美術館からはるばるやってきた素晴らしい絵画たちの展覧会です。本場プーシキン美術館へは、何度も行っており、大好きな絵が1枚あります。たぶん日本へやってきてはいないだろうけれど、その絵が気になるので、どうしてもこの展覧会を観たかったのです。

 が、並んでいる絵画からは、ロシアよりもフランスの臭いがプンプンです。それはそのとおり、フランス近代絵画をロシア人コレクター・モロゾフさんとシチューキンさんのふたりが蒐集したものですから。
 私のお気に入りピカソの絵「玉乗りの少女」は、モスクワでお留守番のようでした。
 でも、この展覧会にこんなに多数の絵画が出張してしまうと、モスクワのプーシキン美術館は、さてどんなこととなっているのでしょうかと、気にもなります。

 出口付近には、お決まりのおみやげ屋さんがあります。ここで売っていた、ロマノーソフ陶器は、きれいでした。が、聞こえてくる「ロシアのものですがアメリカに工場がある」とか「サンクトペテルブルクってどこですか」には、ちょっとねえです。
 マトリョーシカや琥珀も売っており、ここだけはロシアを意識していました。

 その後、大阪万博跡地にある、国立民族学博物館へ、地下鉄とモノレールを乗りついで行きました。

 世界各地の民族資料があり、地域別にわかれて展示の仕方もわかりやすいのですが、ロシアがない!!ヨーロッパ地域の展示がややさびしいです。中央アジアとして、キルギス、ウズベクなどは紹介されています。アイヌの展示もかなり充実しています。サハリンアイヌやクリルアイヌなどの民族資料が展示されていますが、それがいま地球の上でどのあたりとなるのかは、わかりません。
 係員に「なぜロシアものがないのですか?」と聞くと「専門家がおりませんので」とか。それはとても残念です。

 ここでも帽子などの「かぶりもの」の展示があり、それはサンクトペテルブルクの民族学博物館と同じでおもしろい。
 かなりゆっくりと楽しみながら、あらためて日本は「紙」の国とわかります。和紙が生活に多く利用されていることが、あまりにも日常で私たちは気がつかないのですが、この博物館の日本の祭りの展示などは、それを教えてくれます。

 この博物館のおみやげ屋でもロシアものはマトリョーシカです。人気ですねえ。でも、お値段がちょっと……。万博ロシア館みたい。
 


2006年01月21日

☆ 15号 ☆ 大寒波 !

 ご存知のとおり、ロシアを大寒波が襲っています。氷点下30度がず~~~と続く世界って、どんなのか?わかりません。
 心配で、モスクワのシューラの家に電話しました。彼は古い住宅の1階に住んでいます。以前冬に行った時、寒かった。

 「マローズでしょう?どうですか?」
 「はは、寒いよ~。でもニチボーさ」

 ニチボー、ロシア人がとてもよく使うことば。「平気さ」「大丈夫」「なんのこれしき!」

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      《 ニチボーな 俳優 シューラ !》

 そうでしょう。ロシア人こんな寒さでへこたれないです。

 でも、心配です。それで、在日ロシア人に聞きました。
 「こんな大寒波のときに、お見舞いする言葉はあるのですか?」
 「お見舞い?ふつうお見舞いしないけれど…。まあ、『元気でね』か『外では気をつけてね』かな。その時の話しのながれでしょうねえ」。
 
 やはりロシア人、これしきの寒さはニチボーなので、見舞いをする必要はない、らしい。


2005年12月24日

☆ 14号 ☆ ウクライナの歌と踊りと

 12月18日、名古屋市国際センター別棟ホールで開催された、なごや民間大使のウクライナのベレジヌィイ ビタリーさんのお話しを聞く会の後半は、ウクライナ民謡と舞踊が披露されました。
 きょう出会った「ロシア」ではないのですが、ロシアにも大きな影響を与えているウクライナの歌と踊りをご紹介します。

 民謡などを歌ったグループは、日本ユーラシア協会の会員のなかにある合唱団「ミール」です。「ミール」とはロシア語で「平和」です。ユーラシア諸国の民謡などをできるかぎり原語で歌うという合唱団です。今回、歌ってくださったのは、
 「広きドニプロの嵐」「月の明るい夜」「キエフの鳥の歌」「愛おしいお母さん」の4曲です。伴奏と指揮・指導は、名古屋青年合唱団の合唱専門家先生たちが援助しています。(合唱団員募集中です)。

 民族衣装=これはロシア民族のものですが=を着て、とても楽しそうに歌っています。男声の高低が音域ぐっとを広げて合唱の表情が豊かになります。

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 舞踊は、ウクライナからの留学生おふたりが、とても表現力豊かに踊ります。アンドリーさんとオレーナさんです。男性は勇敢な力強さを現し、女性はしなやかな美しさを現しています。

 大阪からかけつけてみえたのは、趣味でフォークダンスを踊っているという竹山ご夫妻です。ウクライナ女性のシンボル花の輪を髪に飾り、若さの象徴の赤い刺繍のブラウスとスカートで軽やかに踊ります。

     takeyamaper.jpg

 ウクライナといえば、コサックダンスです。14~16世紀に生まれたコサック集団の男たちが、勇ましく力強く強靭で柔軟な身体を使い、誇り高く舞い上げるコサックダンス。ヨッパの男たちが祝宴の騒ぎの中で踊りまくったので、本当は大勢の男たちで見せて欲しいのですが、きょうは名古屋の吉田さんが全男性を代表して勇ましく踊りました。
(動きが激しくって写した写真はどれもボケボケでした。ごめんなさい)


 そして、最後には参加者の多くが輪になって、踊ります。簡単なリズムとステップで全員があっと言うまにひとつの大きな輪ができました。

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 コサックダンスを踊った吉田さんは「ダンスはみんなすぐに友達になります。どんなところでもいつでも、みんなと踊りましょう。世界交流がとても楽しいものだと、私たちは愛知万博で学びました。これからもいろんなところで踊りましょう!!」と、おっしゃいました。そのとおりです。

 外は、雪が降っている、とてもウクライナな日でした。みなさん、ありがとうございます。


2005年12月23日

☆ 13号 ☆ 破れた 靴 !!

 雪が降った朝。庭と公道の雪かきをおもしろがってやっていた。☆12号☆でご紹介した、靴を履いて調子に乗って。

 と、ジワリと足に冷たさを感じるではありませんか。ハッとして、靴を見ると、甲のあたりに小さな割れ目というか裂け目というか。ほとんど靴箱にいた靴が突然の出番で、それも過激に動き回ることを仰せつかって、破れてしまったのでしょう。足首周りには、ふわふわのあったかボアが貼ってあるので、雪の中でも寒くなんかない、とっても良い靴なのに。

 今度のSt.Peter.行きに、出番をもってもらおうと思っていたのですが、遠い国で働く前に、名古屋の雪の中で、そっと生涯を終えたようです。
 モスクワの雪の中を何度か歩いた靴です。寒かったけれどとってもきれいなモスクワ、雪景色のクレムリン。ユーゴザーパド劇場にも何回も……、思い出いっぱいの靴です。

 足が濡れてもその靴を履いたまま、雪かきやご近所散歩をしていましたら、破れはどんどん大きくなっていきました。


2005年12月19日

☆ 12号 ☆ 大雪の名古屋から

 寒い~、大雪、ナント名古屋では23センチの積雪を記録して58年ぶりの大雪です。

 はじめて出かけるモスクワの冬の旅=2001年1月=いったい何を履いて行けば良いのだろうかと思い悩んでいた(?)ときに、日本の雪国の小さな町の靴屋で見つけた、金2千円のブーツ。
 寒いモスクワの旅でとても重宝しました。暖かく、軽く汚れも平気でおまけに滑らないブーツ。
 それからの毎年のモスクワ他への冬の旅ごとに、トランクに入れて出かけました。でも、このところの暖冬や雪が降っていなくて、旅先では履く機会がなかったブーツ。
 きょう、名古屋で出番です。こんな日こそ役立っております。

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 お住まいのところによっては、まったく珍しくもないでしょうが、雪国名古屋からの写真です。

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    ↓ これは12月18日夕方撮影

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2005年12月13日

☆ 11号 ☆ 朝日新聞元モスクワ支局長にお会いする

 夕方突然、「朝日新聞の元モスクワ支局長の話が聞けるよ」と連絡が入る。それはなにをおいても駆けつけて、お話しをききたい。

 1978年~83年、1800日間のモスクワ特派員としての新聞記者生活もさることながら、その前に、新聞記者をしながらのロシア語学習と語学留学体験を語られたのはとても興味深いことでした。現在は中部大学国際関係学部教授の高山智(たかやまさとし)さんのお話しです。

 「71年朝日新聞の語学留学生制度によって当時の所属部長の推薦で、ソ連へ留学をめざすが、当時のソ連側の交換条件を受け入れることが困難で、ブルガリアでのロシア語学習をめざした。が、手続きに時間がかかり、ユーゴスラビアに3ヶ月住む。やっとブルガリアに入ることができ、国立ソフィア大学で、とても有意義なロシア語学習ができた。9ヶ月間という限られている留学生を個人指導も受けるなど、学ぶ環境はとても良かった」。

 そもそも早稲田大学の2外でロシア語を始めて、ロシアにあこがれた青年時代。「シベリア物語」の映画を見て、スターリン礼賛のそれよりもロシアの自然に感銘をうけたのがあこがれの元だったそうです。
 内勤の新聞記者となったときに、ロシア語を工夫して勉強をし、経済部記者となって、トクダネ記事も書き、それが語学留学制度の活用に推薦されることとなったそうです。「勉強もさることながら、仕事も一生懸命している」と認められての留学となったそうです。

 高山さんが特派員生活を送ったモスクワは、「おもしろい時期だった」そうです。ソ連が硬直・停滞していた時代から、変化の波が激しく押し寄せた時期だった。また、アメリカがカーター大統領からレーガン大統領になり、ソ連を「悪の帝国」と言い、クレムリンの言うことを国民は黙ってきいているだけと、宣伝されたが、モスクワに住んで、取材活動をして、それはちがうとわかる。指導者批判、このままではダメだ、ナントカしなくちゃという人々が動き出した、そういう「おもしろい時期」だったのです。

 高山さんは、「ゴルバチョフは突然出現した指導者でなく、すでに70年代から用意されていた」と熱く語りました。

 私は思いました。やはりどんな場面でも「用意されたときに先生が表れる」のです。高山さんは、そうおっしゃいませんでしたが、彼のお話しのすべてはまさにそのとおりを語られました。

 高山さん、ありがとうございます。とても有意義なお話しを聞くことができました。また次の機会が早く実現することを願っております。


2005年12月09日

☆ 10号 ☆ 「モスクワ郊外のゆうべ」ほか

 きょうはロシアとの出会いが3つあった日です。

 ■名鉄電車の駅でポスターをポワンと見ていたら。
 「リトルワールド」のポスターでした。世界のスープのフェステイバル月間です。「世界3大スープの第一はロシアのボルシチ」とあります。うむむむ。

 ■ご用ではじめてお会いした男性。彼がかばんから取り出したノートがちょっと目に入ったら。
 表紙にキリル文字が書かれています。と、「ロシア語を3年ほど習ったのです」とおっしゃってびっくりです。「そうですか。私も……」と言いますと、私以上にビックリ仰天する彼でした。ふふっ。

 ■夜のNHKラジオをプチッとすると。
 流れてくるロシア語版「モスクワ郊外の夕べ」。続いて「ボルガの舟歌」。なかなかステキ。


2005年12月07日

☆ 9号 ☆ 福岡県をちょこっと訪問する

 12月のはじめの、福岡県へ遊びに行ってきました。北九州と大宰府、博多を歩きました。

 大宰府市に新しく出来た「九州国立博物館」へも行ってきました。10月16日にオープンしたばかり。全国からの来館者で賑わっています。
 ここの展示目的は「古来より交流の窓口であった九州の地で、アジアとの文化交流と日本の文化の独自性に注目した、新しい博物館を目指します。楽しく学べる、教科書よりもわかりやすい展示でご紹介いたします」。

 そのねらいどおりに、なかなかおもしろい展示の工夫と子ども達にもわかりやすい(だろう)説明文の書きかたです。ただ、暗い展示室で、展示物にだけ明りを当てる方法は、私にはちょっと……。
 思い出します。万博ロシア館の展示の仕方と同じですね。

 博物館は、朝鮮半島や中国、琉球などとの交流の様子はよくわかります。が、残念ながら、ロシアとの交流の展示は、どこにもありませんでした。だから、博物館での“出会ったロシア”は、ありませんでした。残念です。

 日本には国立博物館はいくつありますか?東京・京都・奈良・そしてここ九州の4館です。これを多いとするか少ないとするか。数の問題もありますが、展示物の充実も大事です。オープンから日も浅く、展示物が借り物も多い、九州博物館です。今後もっと充実をされることをのぞみます。

 さて、私が、博物館を歩いていたころ、福岡の町では「福岡国際マラソン」が開かれていました。とても寒い日でした。風が冷たく強く吹いて、雨も降ったり雪も舞ったりとする、寒い寒い日でした。

 寒い日のマラソンに1着ゴールをしたのは、ウクライナ国からやってきた、ドミトロ バラノフスキー (26歳)選手です。あとのマスコミインタビュを読むと「ウクライナではマラソンは2時間11~13分台が“一流”らしい。彼はそんな国から2時間8分29秒で走り抜けて、この記録を政府が認めてくれて支援をしてくれることを願っている」とのことです。
 
 私はこのニュースを見て驚いた。万博ロシア館に来ていた、後半いっしょに遊びまわったジィーマ バラノフさんと同姓同名(ウクライナ読み)でのバラノフキー選手です。ジィーマさんも趣味は「走ること」です。

 バラノフスキー選手は、オレンジ革命から1年経ったウクライナ国に戻って、誉め讃えられているかしら?

 福岡から名古屋への飛行機は、強風の中部セントレア空港にかなり危なく降りた。セントレア空港開港以来の多くの欠航便が続出した日でした。にもかかわらず、他空港へも回らず着陸できた幸運を喜びます。
 ※しかし、中部空港?セントレア空港?名古屋セントレア空港?中部名古屋空港?セントレア? まだ呼び方が統一されていない空港です。


2005年12月01日

☆ 8号 ☆ 「ボルシチパーティはいつ?」

 このところ毎年冬に、職場で「ボルシチ」を大鍋に大量に作りみんなでワイワイと食べます。美味しいワインやパンと、たっぷりのサワークリームも用意して、「ボルシチパーティ」です。
 が、出来上がったものは、「ボルシチ」には二つくらい足らない「ボルゴ」みたいなものですが、なかなか人気なのです。

 きょう、いろんなことがあって、そんなことをすっかり忘れているところに「いつやるの?ボルシチパーティは?」と声をかけられてしまいました。
 きょうから師走。寒くなってきました。そうですね、そろそろボルシチパーティを企画しましょう。


2005年11月30日

☆ 7号 ☆ 空道をご存知ですか?

 11月29日朝日新聞夕刊のスポーツ面・「格闘技」という囲み記事が目にとまりました。

 “ 空手+柔道=空道 ”と “ 日本で発祥、ロシアで人気 ” との見出しがついています。

 記事の中でいちばん気になったのが、「(日本では) 顔面プロテクターで選手の表情がよく見えず、テレビ映えしない地味な印象がメジャー化を妨げている」とあります。きっとそれだけのことではない、なにかがあるはずですが。

 選手の顔が見えない地味な空道、なのになぜロシアでは人気なのでしょうか?
 ロシアでは「安全性と大衆性が受け入れられ」ているそうです。大きな企業スポンサーもついて、大会結果もロシア全土にニュースとなるとか。ウラジオにある極東大学では体育授業に取り入れられていることも報じられています。

 格闘技話題には疎い私です。「空道」というものも今回この記事ではじめて知りました。そしてすぐに「空道」で検索をしてみると、日本の空道選手達がモスクワ訪問をした様子なども書かれたホームページを見ることができました。
 
 日本で生まれたものが諸外国で人気となるものは、スポーツだけに限らずとても多いことです。もちろんそれは大賛成。国境や民族などを超えて多くの人たちの発想・知恵・工夫・向上心などで、より良いものに発展していくことを望んでいます。どんどん交流できていけばとってもうれしいものです。

 この空道、これから、ちょっと気にかけておきましょう。
 空道と書いて「くうどう」と読みます。“ 空洞 ”とは発音を変えて読んでくださいね。空道家も日本においでになって日々発展にご努力してみえます。 


2005年11月29日

☆ 6号 ☆ 幹事はТАМАДА

 きょう29日は結婚する友人のお祝い会とお別れ会です。結婚を機に遠方へ行ってしまう友人は、万博のとき、ロシア館メンバーを紹介しいっしょに遊びました。
 彼女にゆかりの友人たちを集めてパーティを計画しています。私は幹事ですから、プレゼントの準備やお金の精算も気を使います。幹事はなかなかたいへんです。

 まったく関係なく、ロシア語→日本語を調べたくって、露和辞書のページをめくっていて、目に止った単語が「ТАМАДА」 最後のAにアクセントがあり、タマダーと読みます。

 そして他の辞書をみれば、この語の語源はグルジア語。そして、Aで終わるけれど男性名詞で、変化は女性形です。なんともおもしろい単語です。

 これからの季節、 「ТАМАДА」 さんたちが活躍されますねえ。そうです。「ТАМАДА」とは「(宴会の)幹事」の意味です。幹事の日にみつけたので思わず笑ってしまいました。きっともう忘れないハズです。


2005年11月28日

☆ 5号 ☆ 「父、帰る」 WOWOW登場

 我が家はテレビ家族ですから、WOWOWの加入者です。毎月送られてくるガイド誌を読むのも楽しみですが、なんと言ってもアメリカ映画の上映が多いのがちょっとイヤなところです。

 が、とても久しぶりに、ロシア映画が放映されます。

 12月7日(水)13時 から
 2003年作 監督 アンドレイ ズビャギンツエフ 
 「父、帰る」 

 そうです、昨年日本で話題になりました、謎ふかきロシア映画です。
 私は気に入って2度も続けてみました。
 あの画面の色合いと音楽が素晴らしい。
 父親役の俳優の抜群の上手さ。
 母親役の女優のこれもすごい演技。
 もちろんふたりの息子たちも……、でも兄役の俳優はもうこの世にはいない。

 放映が平日の午後です。ちょっと悔しいことです。


☆ 4号 ☆ 毎日新聞 日本のスイッチ には…

 編集制作は毎日新聞、企画は慶応大学佐藤雅彦研究室の「日本のスイッチ」は、毎週月曜日に掲載されます。いま話題の事柄質問が8個くらいで、回答はふたつのうちのひとつを選ぶもの。携帯サイトからも参加できます。(各携帯の「毎日新聞」サイトから)。

 11月28日の「日本のスイッチ」結果発表では、参加者44162人。問い②で、「ロシアと中国、よりつき合いやすい隣国は? ロシア60%、中国39%」となっています。回答者は「どっちにしとこうかな?」と、きっと悩んだものと思われますが……。

 先週プーチンさんが日本においでのときの、設問と回答期間でした。
 プーチンさんは、小泉さんになにも期待していないような顔つきで、「島の話」よりも「金もうけの話」で、日本企業の方だけを見て帰っていきました。
 小泉さんも、ちっとも歓迎していないみたい。と、テレビ画面からは見えました。

 おっと、問い①の「ブッシュ・小泉両首脳の友達のような親密さは?いいことだ39%、不安を感じる61%」とありました!
 プーチンさんの前においでになったブッシュさんは、京都金閣寺に連れて行ってもらいました!!


2005年11月27日

☆ 3号 ☆ フィギアスケート ロシア杯

 日曜日の朝でも、私は早起きです。いつものようにNHKラジオのスイッチをポチッ。
 定時のニュースがはじまったところ、トップニュースが「ロシア、サンクトペテルブルク…」、ヒャッとびっくりしました。なにがあったのか!! と。

 でも次の瞬間それはとても明るいニュースとわかりホッとしました。

 フィギアスケートグランプリシリーズロシア杯にて、女子フリー演技で安藤美姫さんは2位、恩田美栄さんが3位と大健闘です。
 その安藤さんが言いました。
 「上手になりたいと思わない。強い選手になりたい。強い選手とは自分に自信を持っている選手、そういう選手が勝つ」。
 彼女たちの大奮闘に敬意を表します。
 
 私は中学校から高校後もしばらく、遊ぶ場所はスケートリンクでした。近所だったこともあるのですが、いつもスケート場へ行っていました。ところがちっとも上手くはないし、いつも緊張状態で滑っていました。もちろん転んでは、あちこち打ち痛くてこまったことや、衝突事故が目の前で起きて、キャーと叫んだこともありました。
 下手で、やる気はなくってダラダラしていたので、それだけです。大枚をはたいて買ったスケート靴の調子が悪くって、いつのまにかやめていました。別に選手になろうとかまったく思ってはいないから、何も後悔はないけれども。

 当時、いつも一生懸命やっている少女たちがいました。そこだけ特別の光がさしているような輝く少女達でした。その中のひとりが伊藤みどりちゃんだったとは、あとで知ったことですが。

 今年もどこかへフィギアスケート観に行きましょう。防寒をしっかり整えて。くるくる回る彼らの回転数はあまりの速さで数えられないけれど、ピシッと決まったときは素晴らしい。
 


2005年11月25日

☆ 2号 ☆ 甘酒(あまざけ)

 ただいま、私は甘酒にハマッております。
 甘酒はアルコールが入っているとばかり思っていました。あまり美味しいものではないとも思っておりました。ある日ネットサーフインしておりましたら、「甘くて美味しい日本のヨーグルトが甘酒」とみつけて、すぐに食料品店で「米と麹だけの甘酒・袋入り」を買ってきました。
 どれどれ、と言う感じで、温めておろし生姜をちょっと入れて飲むと、まあナント美味しいことでしょう。酒と名が付くのですがアルコールは入っておりません。
 以来どこで売っている、どこのメーカーのものが美味しいかなと、いろいろ試しているところであります。

 甘酒の袋入りの中味を鍋にあけるときのどろりとした米と麹のつぶつぶは、見た目はお粥と同じです。

 モスクワの旅で食べたミルク粥のことを思い出します。お米でできた粥にミルクと砂糖をたっぷり入れて、また少し煮て最後にバタを落として出来上がる甘いミルク粥です。どこか懐かしい甘さです。が、甘さはしっかりしていて、最後には甘さに負けそうになります。ああ、でもまた食べたい!!

 そして、お粥といえば赤ちゃんの離乳食は、日本もロシアもお粥です。
 万博で働いていたジィーマさんと、名古屋市内見学で寄った「ノリタケの森」でのこと。食器売り場で和食器を見ていたジィーマさんは、赤ちゃん用の食器セットの中の小さいお茶碗を手にして、不思議そうに眺めていました。
 私が「カーシャ(お粥)のために……」と言えば、彼はこくりとうなずき、その赤ちゃん用食器をそっと置きました。
 彼は、日本に来る前に長男が生まれたばかりでした。新生児を病院から家に連れてきて、すぐに彼は日本へ万博へとやってきたのでした。内心とっても心配をしていたのです。だからこそ万博の仕事も、日本の見学もなにもかもを精いっぱい大奮闘でした。と、私は見ておりました。
 そんなジィーマさんへのおみやげには、「可愛い赤ちゃんの成長を願って」の思いをこめて、そのとき見ていたノリタケの赤ちゃん用食器セットを贈りました。とても喜んでくださいました。

 甘酒から連想ゲームのようにお粥とジィーマさんのことを思い出しています。いま、温かい甘酒を飲みながら書いております。
 ところで、ロシアには、甘酒はないことでしょう。今度、あちらの友人たちにおみやげで持っていこうかな?「日本のヨーグルトだよ」と。さて、気に入ってくれるでしょうかしら?


☆ 1号 ☆ 新しいカテゴリーです。

 いつもお読みいただきありがとうございます。
 きょうから、新しい話題をはじめます。「きょう出会ったロシア」です。

 私はロシア語もロシアに関しても専門家ではありません。ちょこっとロシアに縁があるような、こんな私が、日常生活の中で気がついてしまったロシアのことを書いていきます。どうぞよろしくお願いします。さあて、どんな話題が飛び出すか、実は私も楽しみにしています。

 なお、予告ですが、12月にはもうひとつ新しいカテゴリーを開く予定です。
 もちろんいままでの「万博」話題は、まだ終わりとはなりませんので、ご安心ください。


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