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2005年09月28日

160号 きょうが私の万博おわりの日です。

 きょう、28日は、私の万博すべての終わりの日でした。

 ロシア館メンバーに貸してあったものを返してもらったり、依頼されていたものに応えることができたり、紹介した人と会っていただいたりして、ロシア館と私の、関わるすべての用件が終わりました。

 ものすっごくホッとしております。と、同時に疲労もかなりです。
 ああ、終わった……。

 そしてきょうは私の誕生日です。ジーマさんやナタシャさん、ガリーナさんらが祝ってくれました。
 ありがとうございます。素晴らしい誕生日となりました。
 
 明日、ジーマさんは、中部空港からフランクフルトへその後モスクワへ飛び宿泊して、翌日サンクトペテルブルクへ戻ります。さようなら、ジーマさん。またお会いいたしましょう。


2005年09月26日

159号 今度の日曜日は……

 ↑ と、こんな題をつけると、また私がどこかへ出かけると思われるでしょう?

 いいえ。このところの激しいお出かけ続きで、私の身の回りはちょっと、いや相当に乱雑となっております。一番は、万博で買ったもの、もらったものがひとつの袋(大)からはみ出してしまいました。これら記念の品大事なものを整理しておきましょう。
 二番目には、洋服を秋~冬用に整理しなければなりません。万博通いにいつも着ていたTシャツ類にもご苦労様をしましょう。
 三番目には、パソコンの中の整理です。特に写真を整理しておかねばなりません。

 だから次の週末は、久しぶりに家にいましょう。

    ◇◇◇◇◇

 日本へ、EXPOへ長期出張をしていた人を待っているご家族が「もうすぐ、パパに(ママに、子どもに、じいちゃんに、ばあちゃんに)会えるからうれしい」と待ってみえることでしょう。世界のあちこちで、日本でも。みなさん、おつかれさまでした。 


158号 もう万博へ行かなくとも良いのですね。

 正直な気持ちを書きます。

 もう、万博会場最南端にあるあのロシア館まで行かなくとも良いのですね。
 もう、万博へ行く必要もないのですね。
 もう、あの賑わいの中を歩かなくとも良いのですね。そうです。これがいまの正直な気持ちです。

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(だれもいなくなってロシア館入り口 9月25日午後7時すぎ)

  出会ったすべての人々に感謝いたします。ロシア館メンバーの豊かで深い知性に心から敬意をはらい、彼らとの再会の機会を待っていましょう。それは全てが許されたときにはたせます。

 読者のみなさまへ。まだ、モチネタたくさんをありますので、しばらくはまだ続きますので万博は閉幕しますが、たまにはこちらものぞいてやってくださいね。

 また、「ロシア夏の旅」の部はこれから書き進んでまいります。こちらもよろしくお願いいたします。
 
 しかし、泣くかな?と予測していたけれど、私は泣かなかったね。
 ほっとしたので、ウオッカを飲んでしまいました。


2005年09月25日

157号 大人気のトヨタ館へはいる

 愛・地球博最後の思いで作りができました。大人気のトヨタ館へ入館しました。ロボットの楽器演奏や未来の乗り物と人とのパフォーマンスショーです。照明も音楽も、アクロバットもなかなかきれいでした。

 きょうも大勢が集まって賑やかな万博会場を行ったりきたりしたし、トヨタ館は座席に着くまでもしっかり待たされたので、ショーを見ていて、すっごい睡魔に襲われてしまいました。


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 そしてわかったこと。私はやはり車にいっさい興味がない!!ということでした。だって、運転免許も持たないし、車の話題にはまったくのれないし、トヨタ館の車ショーに燃えなかったし。

 こんな私がトヨタ館へ入館してしまい、がんばっても入館できなかったみなさん、申し訳ありません。


2005年09月23日

156号 万博で鍛えたおかげ

 香川県こんぴら宮へ、ジーマさんをお連れして、行ってきました。あそこにある旧金毘羅大芝居(金丸座)をお見せしたかったことと、あの階段を上ってさぬき平野を見ていただきたかったから。

 現存する日本最古の芝居劇場は、入っただけで劇場の空気が流れています。私も心癒されますが、ジーマさんも同じくですね。とてもくつろいでいます。もちろん日本の古い劇場のつくりには、興味津々であちこちを観察しています。

 その後、私たちは1368段の石段をあがり、奥の院めざして上りました。途中で、書院を見たりして。蒸し暑い日ですが、なんなく上がりました。あいにく讃岐平野をぼんやりと雲が覆っていて、景色はかくれていますが、気持ちの良い風と静かな山の中腹で深呼吸できました。
 ちょっと休憩後、1368段を下りてきました。

 ものすごく気持ちの良い達成感に包まれて下りてきました。思ったよりも早く下界に下りてきました。汗はかきましたが、足も痛くならずにとても心地よい疲労感です。

 この元気さは、ひとえに万博で歩き回っているおかげと私は、思っております。感謝です。が、万博終わったら、さてどうしましょう。あら、終わったらって……、もう、終わりますね。


2005年09月22日

155号 Mさんお誕生日おめでとう

 21日は、ロシア館で働く日本人青年Mさんのお誕生日です。お祝いのパーティが開かれ、私も参加してきました。Mさんは、まだ寒くって人もまばらだったときのロシア館で出会った青年です。そのころ滞在していたオレクさんといっしょに交流しましたね。
 
 おめでとう。ロシア館メンバーの宿舎の1室で夜遅くに彼を祝いました。とってもステキな記念となるお誕生日です。さらにもっとロシアとロシア語を学んでください。
 うーむ、うらやましいなあ。こんなステキなお誕生日の夜があって。とっても記念になるお誕生日となったMさんに、幸あれ。


2005年09月21日

154号 ジーマさんと歩くあちこち

 サンクトペテルブルクからやってきたジーマ バラノフさんと休日があえば、いっしょにあちこちに出かけています。京都や奈良、伊勢や岐阜も名古屋市内もあちこち歩いています。ジーマさんは歩くことが大好きで、またあちこち見て回るのも大好きと言います。ということは私といっしょです。

 京都へ行ってきました。今度は西の方、竜安寺・仁和寺・金閣寺です。


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 別の日には、名古屋近く犬山市にある「リトルワールド」へ行ってきました。
 今度は、四国香川県の金毘羅宮へ行く予定です。あそこにある「金丸座」をお見せしたいのです。

 私は昨年やっと、日本の芝居は低い位置で演じるのが大きな特徴だと気がつきました。先日のジーマさんのミニ講演の中で、「日本へ来て、日本人は、低い位置で生活していることを知った」とおしゃって、あらためて私が気がついたことへの確信を得ました。
 ※注 低い位置とは、生活のレベルとか文化の度合いが低いということではありません。目線というか生活仕様というか、そういうことが低いポジションにあるということですので、誤解なさいませぬように※

 私たちの生活が「低い位置」でされていることに気がつきはじめました。鵜飼舟に乗ったとき、水面に近い位置に座る私たち。ロシアでは、船に乗ってもイスに座ります。京都の歴史的建物などの古い襖絵の一番美しく見えるポイントは正座をして見る位置であり、神社仏閣のお庭の美しさもおなじく正座して見る目線が美しいところなのですね。立って見るのと座って見るのとでは、まったくといって良いほど違います。

 などなど、ロシア人と歩きながらいま私は日本を勉強しています。まだまだ何も知らないことが、多すぎます。


2005年09月20日

153号 さすがの私もへこたれる

 愛・地球博始まって以来最高の人出となった18日。最終的には281,441人が入場しました。28万人ですよ!!ひとりずつから1円をもらったらなんと28万円になるのです。
 はじめての入場制限もされました。場内に滞留する人が17万人を越えたら、入場口でストップがかかります。帰宅する人があれば入場できるという措置ですが、ストップされたゲートでは、きっと大混乱が生じていたものと予想できます。

 入場もタイヘンなら帰宅もタイヘンです。
 帰る時間は人それぞれでしょうが、だいたい遅くまでいたいですよね。閉場の午後10時まで会場にいる人も多いです。午後8時半くらいから、みなが集中して帰り始めますが……。

 18日、私は帰りの人の渦の中にどっぷりとはまってしまい、どっぷりと疲れました。たいへんなことが予想されたので、別ルートでの帰宅を選択し少しでも楽になるようにと工夫をしたのですが、それでも……。

 さすがの私も疲労コンパイ。翌19日の万博行きは、やめました。万博エネルギーがすっかり枯渇してしまいました。すぐに充電しておかねばなりません。あと少しの時間しかありません・。


2005年09月19日

152号 モスクワで会いましょう、コースチャ!!

 若いロシア館通訳の人気者コースチャさんが帰国します。大学生生活に戻ります。日本語を学んでまだ日が浅いというけれど、いくつかの試験や面接を受かりなし得たEXPOの通訳。この半年間の大活躍はモスクワに戻ってからの彼の勉学を一層充実させることでしょう。きっと将来大成功する優秀な通訳になると私は承知できます。


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 彼にモスクワに戻って一番にしたいことはなに?と聞きましたら、「母の作ったボルシチが食べたい」との答えです。ご両親も優秀なご子息のいっそうの成長を喜ばれることでしょう。私とモスクワで会ってくださったお姉さんのユーリアさんも、いまごろはきっと大事な弟さんの帰国を首を長くして待っていることでしょう。

 彼はモスクワに戻ってもこの「マーミンカ通信」を読んでくれるそうです。とてもうれしいです。

 お別れ嫌いな私は悲しくなかったです。モスクワへまた行けば彼にまた会えるからです。今度行った時は、必ず会いましょうと約束をしました。
 コースチャさんお世話になりました。お元気で~~~。
 


151号 3連休の真ん中の日

 9月18日は、日本では3連休の真ん中の日です。愛・地球博ではものすごく混雑が予想されていた日です。予想ははずれませんでした。最高の人出です。28万人くらいとか。
 なんというか、狂喜ならぬ狂気のような雰囲気ですよ。まったく。

 ああ、3月4月のあのがらがらで寂しいころにもっと見ておけばよかったと思うこのごろです。

 さて、ロシア館の18日は、待ち時間1時間以上という時間帯もあって、そのときの行列はとなりのリトアニア館前まで進入していました。もちろん他の館もどこも大行列です。ウクライナレストランは正午のころ1時間は、待ちの行列です。そのとなりのポーランドレストランも1時間以上の待ちだったでしょう。陽射しの強いなか、だれもが無口になって、待っています。

 ロシア館には、多くのお客様が受付でスタンプを押してもらいます。そこで見た風景をご紹介しましょう。

 ☆「ありがとう」をいう子どもは、その親も「ありがとう」が言える大人です。

 ☆外国人は珍しいのはわかりますが、見世物ではありません。写真を写す時は、声をかけて許しをもらうのがマナーです。黙って突然シャッターを押すぶしつけな人多し。

 ☆「ソ連」がまだあるのかな?「ここはソ連館ですか?」がけっこうオジサンに多いのですが。

 ☆日本人で「スパシーバ」を知っている人が多しで、私は驚いた。

 ☆ときどきキラリと光るとっても可愛くって、丁寧な言葉使いの良い子がいるものですね。そのまままっすぐに育って欲しいと願います。

 ☆たしかにジーマさんはステキですよ。惚れ惚れ見とれている女性多々あり。

 などなど私はロシア館の混雑の中で見ました。

 さあ、あと数日です。万博の無事を祈ります。みなさんお疲れさまです。


2005年09月18日

150号 閉幕まで1週間 !

 愛・地球博は、誰がなんと言っても、9月25日に閉幕してしまいます。

 いま、駆け込みの大勢の来場者で賑わいを越えて、大混雑中です。待つ時間が長いです。が、ひとり身でするりするりと、人の間を通り抜けて(追い越してではありません!!)歩き回り、ひとり分の空き地があればさっと休み、相席でも遠慮せずにこりと同席する……。工夫で人ごみも気にならないのは、リピーターだからでしょうね。

 では、きょうも行って来ます。最高の人出が予想される日です。秋の陽射しが気持ちの良い朝です。


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(9月14・15日ロシア館内で行われた「サンクトペテルブルクの日」に飾られたのは、私のあこがれのイサーク寺院です)


 ※※※ ニュースネタをいっぱい持っているのですが、こちらへの書き込みが追いつかずごめんなさい。前後する話題も登場しますが、できるだけ書いていきますので……。ナント言ってもあと1週間ですから。  ※※※


2005年09月12日

149号 民族学者のミニ講演 ロシア語サロン

 9月11日午後、日本ユーラシア協会主催の「ロシア語サロン」に、ゲストとして招かれたのは、ジーマ バラノフさんです。テーマは彼の民族学者の仕事についてです。
 
 とっても面白い興味深いお話しでした。最初の第一声から、参加者のこころをぐっとつかんで、ぐんぐん話しの世界に引き込まれました。ロシアの北の村での調査活動でわかったカルドゥーニャ(魔術師・占い師・・治療師などの要素を含む女性)の存在などを中心に学術的に話されました。

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 ロシアのあの大地に生きる人々の中の人間の力では解明ができない不思議の世界が、いまも生活に役立ち伝わってきている事実を語る民族学者です。冷静に事実だけを見て、何度も現場を訪ね、各方面で話を聞き文献もあたり、ロシアそのものの歴史文化を学問としている人が語ることができる、魔女の存在です。

 ジーマさんは民族学博物館で所蔵品の管理をしているだけではなく、各地に調査活動に出かけることや、大学でも講義・発表文献の執筆・他国の博物館援助もするなど、すごい仕事ぶりです。それに、話しがとても上手いです。

 「アイヌ民族は解明がまだまだされていない民族です。とても興味がある」ということを、また語られました。彼は来日早々から「アイヌ文化が日本文化に与えている影響を知りたい」とおっしゃっていました。日本に来て、日本を肌身で知り、もっと民族学博士の視点は向上されていくこと間違いないと思います。
 ミニ講演を聞きながら、「ジーマ博士がんばれ!」と、応援していくことがこれからの私の喜びになると熱く思いました。

 夕方、私たちは5人のグループで岐阜へ繰り出し、長良川の鵜飼見物の宵を楽しみました。楽しかった。


2005年09月11日

148号 また記録更新の日に、参加している

 9月10日土曜日、愛・地球博の入場者数は、250,694人。ある都市の人口全部と言ってもいいくらいでしょ。と、いうことはすんごいこととなっているわけです。
 食事は、すべての人がお弁当を持ち込むわけではないから、大混乱です。どこも列、列、列。やっと待って手に入れても、「エッ、この値段でこれだけ?」みたいなもののあるそうです。販売店店員もあまりの忙しさで、ちょっとぼんやりしたり……。
 トイレは、これもどこも行列です。長蛇の列です。女性用は当然のことですが、男性用も列ができているのです。ああ、すごいことです。

 パビリオン待ち時間は、有名館では、最高300分とか!もうなにも言えません。ほとんどのパビリオンに入るには並ばねばなりませんし、待たねばなりません。

 会場へ行くために乗るリニモ、バスも待ちます。会場へ着いて入場するまでにも入り口に列を作って待ちます。パビリオンで待ちます。食事で待ちます。トイレで待ちます。おみやげを買うのに待ちます。飲み物を買うのに待ちます。帰りも待ちます。出口で待ちます。バスもリニモも乗るまでに待ちます。そして、みな疲れ果てて帰りつきます。

 ゴミ、急病、けが、迷子、いざこざ、落し物、事件事故、きっと多くあったことでしょう。

 そんな日に私は、はじめて瀬戸会場へ行きました。やっと行くことができました。いつも行っているロシア館がある会場は、長久手会場ですが、そこから東北に位置する瀬戸会場へです。

 瀬戸物の町、瀬戸市は、名古屋の繁華街「栄」から名鉄電車瀬戸行きが出ています。私はこれに乗り40分くらいかで瀬戸市に着き、タクシーに乗って瀬戸会場入りをしました。いろんな行きかたはありますが、たまには思い切って行きかたを変更してみたくタクシーを使いました。

 瀬戸会場のあまりの小ささの驚きました。長久手会場の大きさに比べたら、象さんとねずみさんみたい、が第一印象です。幸運なことに、話題の群読劇「一粒の種」の入場整理券を配布しているところに出会って、14時10分の入場チケットをゲットできました。と、いうことは、瀬戸会場には、4~5時間いることとなります。


 当所、万博開催を目論む人たちは、ここの山を崩して大きな会場を作りたかったのです。海上の森(かいしょのもり)と呼ばれる自然豊かな山里です。オオタカも住んでいるこの森を壊してはならないと反対運動が大きく起こりました。そして、瀬戸会場は、規模を小さくしたのです。隣接する長久手の青少年公演をつくりかえて、大きい会場をつくりました。

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    (瀬戸会場の半分くらいの様子。奥にある建物が、瀬戸愛知館(左)と瀬戸日本館です)

 
 そのあたりのことを映像でみせる「瀬戸愛知県館」は、待ち時間40分ほど。それだけ待って見た映像は、なかなか正直でした。反対運動があったことも伝えていますし、森を守る工夫も知らせています。
 映像ルームから愛知県内の小中学生が作った作品のならぶ廊下にでます。これもなかなか秀作です。

 昼食は、我が家にある食べ物をでかけにかばんに突っ込んできたので、会場内の野外劇場みたいな座席にすわって子ども達の遊ぶ様子をみながら済ませました。

 その後会場をぶらぶら。ここは市民参加の万博です。こういう形もこれからの万博でしょうか。でも、万博とは感じられないふつうの公園みたいです。

 「一粒の種」の公演時間が迫ってきました。では、次号にて。


2005年09月08日

147号 さあ残りわずか !!

 名古屋の町のあちこちにポスターが貼られています。
 「愛・地球博は9月25日に閉幕します」

 あと少しの間に、やっておきたいことがたくさんあります。あれとこれと、あれも状態です。だから元気でいなければなりません。

 もう、終わってしまうのね……。観客のひとりの私でも、こころが揺らいでいるのですもの。万博会場内で働いている人たち、とりわけ外国からやってきた人たちは、どんな思いでしょうか……。
 
 台風もたいしたことなく相変わらず大勢の人で賑わう愛・地球博です。


2005年09月04日

146号 雨が。どしゃぶりで。でも、やんでしまった。

 9月3日の愛・地球博の入場者数は、249,873人です。最高記録です。さぞや大混乱があちこちで起きたことでしょうね。交通機関も、パビリオンも、食堂も、おみやげ屋も、トイレも……。迷子の大人も子ども多かったでしょうね。、気分の悪くなった人、けんかしちゃった人、怒られてしまった人……さぞやドラマがあったことでしょう。
 ジィーマさんとユリアさんと私は、奈良に行っていたので会場にいなくて良かった。昨日は、万博関係者のバスなども大渋滞に巻き込まれて大混乱だったそうです。今朝も、大渋滞は起きていました。朝のニュースで「すでに万博への道路は渋滞中。駐車場もすでに満車です」と聞いた瞬間に、「きょうは万博行くのはやめようかな?」と思ったのです。
 が、わたしはやはり、行きました。

 午後からゆっくりと。いつもどおり名古屋駅からのシャトルバスで。朝は大混雑だったのだろう、バス担当者たちがすでに疲れているとわかります。午後3時近くのバスはとても順調に走り、東ゲートに15時20分ごろ、到着が近くなった。と、雨がパラパラと降ってきて、「ああ、とうとう降ってきた。雨具を持ってくるべきだった」。バスを降りたとたんに、大粒の雨になる。天気予報は午後から雨とは伝えていたが、まったくその気配はなかったのに。
 
 入場してすぐに、東ゲートの公式グッズ販売店に飛び込んで、簡易レインコート=600円=愛・地球博キャラクター入り=を買うことにした。店内はめちゃくちゃに混んでいて、レジに到着するまでに外に並んで待たねばならない。屋根があるのでよかったが、待つ間に雨はどしゃぶりに。ああ~~~。レインコートを着てもこれじゃあ楽しめないし……。10分ほど待ってやっと、レジをすませた。

 外へ出るとどしゃぶりの雨は、やんでいた。まだ雲行きは怪しいが、とにかく雨がやんでいるうちに、屋根のあるところまで歩こう。買ったばかりのそれを手にして、さてどこかパビリオンに……。が、どこも混んでいて、やはり一気にロシア館まで歩いた。

 ジィーマさんとユリアさんとの約束があるから顔だけでも出しておこう。空はさきほどよりも明るくなってきた。手にしているレインコートはかばんにしまう。受付にいたジィーマさんにあいさつをして、ユリアさんに奈良での思い出の写真をもらって…。

 休憩時間となったジィーマさんが彼の仕事のホームページを教えてくれた。私はジィーマさんにこの「マーミンカ通信」を教えた。などやりとりをしていると、外はもう明るい。雨の心配はないようだ。
 
 かばんのなかにあるキャラクターつき簡易レインコート。結局使わなかった。買わされたようなものかなぁ?との、思い出になるレインコート、となったのであります。


145号 奈良の旅へ。

 奈良へ行きました。残暑の厳しい9月3日土曜日です。少しでも安いお値段でいけるように工夫をして、名古屋~京都~西の京へ。ロシア館の民族文化などの展示責任者のジィーマさんと、モスクワ市紹介担当のユリアさんと私の3人です。

 ジィーマさんは、仕事でアフガニスタンの博物館展示品整備のために、いままでもこれからもアフガニスタンとかかわりを持つので、ならばぜひお見せしたい、薬師寺にある平山郁夫画伯の渾身の仏教の道を描かれた絵がご本尊という新しい院を、お見せしようと出かけたのです。

 すでに萩の咲く道を歩き、院の前にくれば、いまは「閉鎖中」でした。ものすごく残念です。

 他のお堂や庭などを静かに鑑賞しました。暑い日です。堂内の涼やかに通る風に助けられて、とてもおだやかな休日を楽しんでいます。

 薬師寺から、東大寺へ。「鹿がいるのでしょ?」「とっても大きい仏像があるのでしょ?」「たくさん観るものがあるのでしょ?」と、ユリアさんは事前学習をしてみえています。写真もあちこちでたくさん写しています。

 ジィーマさんは静かに黙って鑑賞です。そんなジィーマさんがおっしゃったひとこと、大仏殿に入り大仏様とお会いした時です。「まあ、なんと大きいことか!!」。

 英語版パンフレットを熱心に読み、どれも見逃すまいと、熱心なおふたりです。私が、どうのこうのと言う必要もないでしょうが、でも、そこは日本人です。できるかぎり質問にはお応えしたり、説明をしてみたり。もちろん拙いロシア語で。もっとロシア語チカラをつけよう。
 二月堂・三月堂もめぐりました。美しい仏像と建物の美しさもみていただきました。

 
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 暑い日です。かなり歩き回ったので、3人は疲れて奈良公園の一角で座り込んで、鹿に囲まれてしばし休憩です。世界中でいろんなことが起きているけれど、人生もいろんなことがあるけれど、「平和な風景」を黙って見入りました。

 夕暮れ、元気を取り戻し、春日大社まで。もう参拝客もいない静かな参道を歩きます。「ここは仏教寺院ではなく、神道ですよね?」とジィーマさん。答える私は、「日本は、神道・仏教・キリストも、みんな好きですよ」。あらためて日本人の心の広さを実感している私です。ロシア民族学博士は、にこりと笑いうなづずかれました。

 夕方にはさすがに涼しくなりました。もう、秋です。もう、万博も終わり、みなさん帰国されるのですね。などとしみじみ思いながら、やや疲れて乗った京都からの新幹線。車内電光掲示板のニュースは「愛知万博入場者が最高、18時現在23万人」。ギョエッ~~です。おふたりもとってもとっても驚かれて「明日は日曜日、どうなるのでしょうか!?」と。

 名古屋駅で午後9時半。「明日は万博へおいでよ」とジィーマさん。「また明日ね」と、ユリアさん。
あと少しだけの万博です。「はい、では、また明日ね」。 


2005年09月03日

144号 伊勢の旅へ。

 8月最後の日曜日、ロシア館メンバー等と二見の海から伊勢神宮そして真珠のお店へと行きました。
私にはロシア館メンバーと出かけるのは4度目です。各回いろいろ趣が違っておもしろく、楽しい旅です。
 ロシア館のそれぞれの担当者は、入れ替わっていますから、みな今回はじめて伊勢の旅です。

 きょうは、先に海で泳ぐことにしました。日本ではじめて海水浴場として整備されたといわれる二見海水浴場です。

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 みなさん、海で泳ぐのをそれは楽しみにしていますから、子どものように大喜びでそれぞれ遊んでいます。すごく晴れわたっている日ではありませんが、海日和です。
 私も海に入りましたが、やはりもう、秋ですね、水が冷たいです。砂浜にも台風などの荒波で打ち上げられたのか大量の貝殻です。

 伊勢の日本の美しい景色のひとつ「二見夫婦岩」(FUTAMIMEOTOIWA)にも行きました。

      
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 とても穏やかな海です。みなさんも大喜びです。海の岩も神域としてしまう日本の神道には驚かれいます。


 「せっかく伊勢にみんなで来たのですから、美味しいものを食べましょう」ということで、伊勢市のレストランへ。ビール醸造もしているレストランですからみんなも、また大喜びです。魚を食べたい人と魚を食べない人もいるので、それぞれが選んで、楽しいお食事タイムです。


   
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 食後やっと伊勢神宮の参拝ができました。神域のスギ木立に驚くみなさん。神の前で深く額ずく魂を持つ日本人をじっとみつめるみなさん。式年遷宮(20年後との建替え)には、驚くみなさん。きっと日本の良い思い出を作ってくださったと思います。

 その後は、真珠販売店へ。真珠のネックレスも指輪もブレスレットもピアスも、日本思い出のおみやげに選ばれました。

 楽しい伊勢の旅でした。帰りの電車もにぎやかです。みなさんの溢れるパワーにあらためて驚く、私でした。


2005年08月30日

143号 ジィーマさんのお話しを聞く会 開催のお知らせ

名古屋市にある日本ユーラシア協会愛知県本部では、万博ロシア館で働く ジィーマ バラノフさんをゲストにして、「ロシア語サロン」を開きます。

 ロシア語でジィーマさんに語っていただきます。通訳もいますので、ロシア語が分からない方も大丈夫です。申し込みもお問い合わせも、日本ユーラシア協会愛知県本部へ、お気軽にどうぞ。


2005年08月28日

142号 会場に3時間 18万分の1

 これから、できるかぎり、万博会場内の写真を写しておこうと決めて、いざ、万博へ出発です。
 と、言ってもきょうは、午後から仕事があって、往復の交通事情などを考えても、会場内でいることができる時間は、3時間くらいか。
 
 もうひとつ、ロシア館のメンバーに会う約束もあって、東ゲートからいつもどおり歩いて、ロシア館へ向かう。思えば、開幕当時はこの距離が遠くって、ゴンドラ=600円に乗ってしまったり、IMTSと呼ばれるトヨタ自動車開発の未来のバス=200円にも乗ってしまったが、いまは、鍛えたこのたくましい両足で、歩きます。

 が、暑い。が、空がとってもきれい。が、人が多い。

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   ※※ この日の入場者は、18万4千人で、開幕以来 2番目に多い入場数でした ※※

 東ゲートから入場する前には、10分の待ち時間。手荷物検査と金属探知機を通る“検査”があるからです。もう何度も経験しております私が見ますに、かなり、ざるでございます。

 さて、ロシア館へ。暑いです。体温が上昇していることがわかります。「熱中症」に注意です。首にタオルを巻いて歩きます。人ごみの中では使えませんが、日傘も使います。
 もし、イタリア館がすんなり入れるのならば、「踊るサチュロス」を見ようかと近寄るが、まったく不可能というか、待つ列が長くって。きょうはダメです。また、今度にしましょう。

 リビア館へ、ここは、先日万博会場周辺に局地的な降雨があり、唯一浸水してしまったお気の毒なパビリオンです。「お見舞い」のつもりで、ピアスを買いました。


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 ロシア館の前は長蛇の列ですが、お隣りのリトアニア館は、きょうはすんなり入れそうです。と、入り口の前で、組みひもと切り絵の実演販売中です。わたし、こんなのものすっごく弱いのです。つい、衝動買いをしてしまうのです。で、やはり買いました。
     


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 リトアニア館の展示の中にあまり知られていませんが、リトアニア演劇についての展示があります。もう一度見ておきたかったのですが、そのあたりには人が滞留しており、やめました。また、次の機会に必ずみてきましょう。

 ロシア館のジィーマさんに会い、明日の日曜日にみんなで行く「伊勢の旅」の確認をしてきました。館内もあいからず大勢のお客様です。おみやげ屋さんもにぎわっています。冷房の効いた館内でちょっと身体を休ませて、でも、のんびりしている時間はありません。

 人ごみの中を帰ることとしましょう。慌てずのんびりと歩きながら東ゲートへ戻りましょう。「きょうは確実に記録の出る入場者数だろう」と思えます。グローバルループと呼ばれる場内を1周する木の道は、人がいっぱいです。でも、7月の21万人入場者のときと比べれば、少ないです。

 東ゲートへ到着したら、「案内所でロボットの案内嬢が動いています。ぜひお立ち寄りください」と誘われて、開幕当所から人気のロボットさんに会いました。

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 日本語・英語・中国語・韓国語はおなはしできるそうです。万博会場内に関する質問に答えてくれるそうです。では、質問しましょう。

 「ここ(東ゲート)から、ロシア館まで歩いていくと、何分くらいかかりますか?」
 
 彼女の返答。

 「ロシア連邦パビリオンはコモン4にあります。勉強不足でごめんなさい。わかりません……」。つまり歩いて何分かかるかは、わからないというお答えでした。あのね。もうすぐ閉幕です。勉強しておきなさい!40分かかります。

 さっさと退場して、名古屋へ戻るバスに乗ります。当然、これから入場する人たちもおおぜいいます。暑いですから気をつけてね。       


2005年08月25日

141号 スタンプを集めるのが楽しい

 来月の25日には幕を閉じる万博……、万博にハマッタ多くの人たちはいま、とても複雑な心境なのです。すでに寂しくなっております、と、ともにこれからの1ヶ月をどのように楽しむかとも、作戦を練っています。
 私もそのひとりです。これからの1ヶ月はまじめに愛・地球博を楽しもうと思っています。

 愛・地球博は、スタンプ博でもあります。各パビリオンの出入り口にはスタンプが置いてあります。自分で押したり、アテンダントさんに押してもらったりします。

 押してもうらノートは人それぞれですが、私は万博協会発行の500円のスタンプ帳を最初のころ買ったのです。が、ずっと集めずにいました。


     
         
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 ですから、これから集めるだけ集めることにします。

 ロシアファンとしては、やはり気になるロシア館のスタンプは、大きい。

     
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 他館のはこんな感じです。

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 ロシア館の入り口で「スタンプドーゾ」って言っている、ジィーマさんに会われましたらぜひ、お声をかけてあげてくださいね。

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140号 ロシア館のこれから行事予定

 ああ、万博もあと1ヶ月でおしまいです。
 今年の秋は、とりわけすっごく寂しくなります。


 ロシアパビリオンのこれからの行事は以下のとおりです。

 9月6・7日   ロシア石油とガスの日
 9月8日     円卓会議=21世紀のユーラシア輸送体系
 9月8・9日   トムスク州の日
 9月14・15日 サンクトペテルブルクの日
 9月25日  ああ、閉幕でーす。


2005年08月23日

139号 携帯電話紛失 騒動記

 21日の日曜日夕方に近い午後、万博会場へ入りました。通算28回目くらいかな?

 最近気に入っている「地球タイヘン大講演会」の江古野守博士(名古屋の劇団「劇座」所属俳優が演じる愛すべき博士)にまず会い、彼が撒くさくらの花びらを拾い、そこに博士の似顔絵が押してあり喜んでしまいました。

 ロシア館に行き、次の小旅行の計画の打ち合わせをしました。心無い人の言動にややムッとしたり、ジィーマさんが私の下手なロシア語を聞き取ってくださるのでうれしくなったり、声をかけてくださったスタッフの名前を思い出せなくって、失礼をしたり……。

 打ち合わせを無事終えて、いつもどおりに東ゲートからバスに乗り、我が家へ。家に着いた時に、「あれ、ケータイがないけれど…」と思ったが、眠くって「朝捜そう」。

 月曜日の朝、万博へ持っていったかばんの中も、着ていた服のポケットにもケータイはない。あれれ。

 仕事をしながら?昨日のケータイの記憶をさぐると、ロシア館で天気予報を見た、場内を歩きながら途中で時間を見た、バスに乗る前にトイレへ寄った。あれれれ、トイレの棚に置き忘れたか……。それとも、ほかで??

 万博協会テレホンセンターへ電話をするが、なかなかつながらない。困ったね。

 何度目の挑戦でやっとテレホンセンターにつながり、そこから「忘れ物センター」に回してもらう。

 「携帯電話の特徴を教えてください」。

  ==「ボーダーフォンの新しい機種、東芝製です。赤いです」。

mobphon.jpg

 「ストラップや待ちうけ画面について教えてください」

  ==「ストラップは、えっと鈴です。小さな金色の鈴です。待ちうけ画面は、朝顔の写真です」と、きっぱり答えられた。というか、へんなおっさんの待ちうけ画面(どんなんでしょ)にしていなくて良かったと内心思った。

 と、電話の向うの女性は、「そのような携帯電話がセンターに届いているようです。が、いま、この電話があるところにその電話があるわけではありませんので、確かめましたら、もう一度お電話しますので、連絡先電話番号を教えてください」

  ==「エッ、ありそうですか、うれしい。連絡先は、090 … あっ、携帯電話がないのにケータイの番号を言ってもダメですね」と、笑われてしまいました。

 「必ず確認して電話をしますので、お待ちください」。

 なんとも親切な対応に感謝です。待つこととしましょう。

 そうですね。夕方近くだったでしょうか。電話がかかってきました。もう一度特徴を伝えましたら、ぴったり一致する携帯電話でした。

 ==「受取に行きます。明日行きます」。

 そして、23日火曜日仕事を終えてすっ飛んで行きました。万博会場内北ゲート「お忘れ物センター」へ。行ってびっくりです。

 「~~~の忘れ物をしました。きょうの午後◎◎パビリオンあたりで」。
 「これと同じものを落としたらしいです。ありませんか?」
 「携帯電話受取に来ました」(私といっしょだヮ}
 
 その間もスタッフが、かばんとか傘とか、紙袋とかを持って「忘れ物センター」へ入ってくる。

 これだけ人が集まれば、当然忘れ物落し物をいろいろあることでしょう。

 そして、私の携帯電話は無事戻りました。やはりバスに乗る前にご用に寄ったトイレの棚にあったそうです。親切な方が発見してくださったのですね。そして、親切な対応で早く手元に戻って、うれしいです。

 皆さん、ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます。感謝です。


2005年08月22日

138号 ジィーマさんと歩く 名古屋の町

 万博期間中の私の休みの日は、全部万博とロシア館のために使おう!!と決めています。あと、1ヶ月で、その間の私の休みは、ほんのわずかしかありません。愛・地球博の閉幕は、9月25日です。もう、すぐです。

 ジィーマさんの赴任は万博の後半です。ロシア館スタッフがすでに行ったことがあるところでも、ジィーマさんはまだ行ったことがありません。

 名古屋市内をご案内しましょう。8月20日土曜日のことです。

 JR名古屋駅の待ち合わせ場所は、「時計の下」です。ここで会って、「ノリタケの森」へまず行きます。
高級洋食器製造販売のノリタケです。日本ではじめて洋食器をつくったノリタケです。名古屋駅から近く、いま名古屋の人気スポットです。

 洋食器の国からいらした方には珍しくもない洋食器でしょうが、どこか日本風のそれを興味深くご覧です。しかし「高い値段ですね」。そうですね。

 その後タクシーで、「徳川美術館」へ。入館する前に、まず昼食を。中華料理店に入りました。ジィーマさんは、肉と野菜がお好きですから、注文はそういう料理です。「中国ペリメニ」と言って、水餃子と焼き餃子、茄子の肉炒め、豚肉の天ぷら、そしてビールですね。大満足です。
 その後、徳川美術館へ。徳川家の財宝を展示している美術館です。最近規模を大きくして展示物を充実させています。
 ジィーマさんは、展示の英語説明を英語→ロシア語辞典をかばんから出してページをめくりながらの観覧です。それも丁寧に丁寧に。美術専門学芸員でもあるジィーマさんが見る、日本の江戸文化芸術
はいかがなものなのでしょうか?「大きい美術館ですね。立派です」。でも、ジィーマさんが働く「ロシア民族学博物館」に比べたらとっても小さいものですが。

 徳川美術館から少し歩いて、「大曽根」(OZONE)から地下鉄に乗って「八事」(YAGOTO)へ移動しました。八事の墓地霊園へ行くために。途中のコンビニでアイスクリームを買って食べたら、私たちはとても元気になりました。

 八事の霊園は山から山へ、大小新旧の墓地が並んでいます。私のロシア語では、細かいことをお伝えすることができません。とても申し訳なく思いながらも、いろんな方法で伝え合いました。

 私がモスクワのノボディビッチ修道院内の墓地で見た墓地と、この名古屋の八事の墓地との違いは、写真があるかどうかだと伝えたら、ジィーマさんは、もっとするどい発見をしていました。

 私は墓のひとつずつを「この墓は、○○年◎月××日に死んだ人です。◇才で亡くなっています」と読んでいました。と、ジィーマさんは私に聞きました。「この墓に眠る人の誕生日は書かれいるのか?」と。

 そうです。モスクワで私が見た墓のどれもが、(例)「ここに眠るのは、アンドレイ アンドレビッチ アンドオ  ○○年◎月×日に生まれ、○○年◎月××日に亡くなった」と彫られています。

 おおお。私は気がつきませんでした。日本のお墓には生年月日は彫られていません!!

 動物の立て札が、墓地内道路ごとに建てられているのを発見したのはジィーマさんでした。「このウサギの看板は、なにですか?」
 八事の墓地には、一応区画の1区とか2区とかあるのですが、あまりにもお墓が多いので、お墓のある区割りごとに動物の名前をつけています。1区のウサギ地域の奥にある墓とか、3区のカンガルー地域にある墓とか、蟹地域の高いところにある墓とか。なぜ動物かはわかりませんが、ここは動物名での区分となっています。

 そして、「ロシアの住所表現は、通りにある住宅と言うが、日本は、通りに囲まれた地域の何番目という表現をするのですね」と、この動物看板からわかってくださったのです。

 八事霊園の山からは、万博ロシア館メンバーの宿舎近くに立つ、東山タワーが見えます。八事地域と東山地域は、近いと言えば近い距離です。ジィーマさんは、「歩いて帰ります。僕たちロシア人は歩くことが大好きです。タワーを目標に歩いて帰ります」とおっしゃり、夕方の八事の町で、私たちは分かれました。

 ※翌日「昨日はどうでしたか?歩くの時間はどうでしたか?」と聞きましたら、「平気でした。早く着きましたよ」、とのお返事でした。
 


2005年08月20日

137号 ウオッカに酔う

 ある日の夕方、ロシア館で友人と会う。彼を誘って、「ウクライナ館でビールしましょう」。

 ウクライナ館レストランの屋外席には、ロシア館のメンバーとその友人らしき男性が、笑って語らっている。友人らしき人はロシア語はもちろん日本語も達者で、私たちを同じテーブルに誘ってくださり、4人で「乾杯」です。

 彼は関西からやってきた在日で、「きょうはじめて万博へ来て、きょうはじめて彼に会って、とってもうれしいです。みんな素晴らしいですから、とっても良い気分ですよ」と、こころから楽しそうです。

 「エッ、おふたりは、きょうはじめて会ったのですか?そうとは見えないですね」と言えば、「通じ合うものがあれば、回数ではないでしょう」との答えです。そう、そのとおりです。

 ついに、ウオッカが登場してきました。日本のどこに家にもあるしょうゆ差しのガラス瓶に入っています。「これなに?『ロシアの水』ですか?」。答えは「その通り!」です。

 とうとう私も誘われて、飲んでしまいました。美味しいウクライナウオッカを。

 ウオッカは、絶対一気飲みです。唇や歯茎や舌に飲ませてはいけません。「せいのを!」でクイッツといきましょう。そしてすぐに、パンをひとかじり。

 その後話しははずみ、私はいい気もちで、話しが理解できなくとも楽しくって、うれしくって。と、同じくモスクワ生活もある友人は、「ここは日本ではないですね。モスクワにいるみたい」とご機嫌です。

 そんな楽しい夜を過ごして、「ああ、万博」と思ったヨッパの私でした。


136号 ジィーマさんと歩く京都 Ⅲ

 (これは8月14日のことです)


 京都の繁華街へ大原から下りてきました。私の好きな先斗町を歩きましょう。

 先斗町といえば「バー ナカニシ」での大人のお酒の時間です。今回もジィーマさんと短い時間を楽しみ、彼はなつかしいロシアのビール「バルチカ」に喜んでいました。

 狭い道の両端に並ぶお店の個性溢れる意匠を黙って眺めながら、時々写真を写しているジィーマさんの足のむくままに、歩くこととしましょう。先斗町から祇園の賑わいへ、やはり土曜日の京都の夕方は、そぞろ歩きとは呼べない賑わいです。店先の打ち水、風鈴、のれんの涼やかさなど、私も京の夏に、惚れ惚れしました。
 
 ジィーマさんは妻へのおみやげを「ゆかた」と決めているようです。時々すれ違うゆかたの女性を、ながめています。着物にこだわる私は、「夏の着物とゆかたは違う」ことを知ってほしくって、彼に説明をしています。さすが京都ですね。夏着物の女性たちも多くいて、ジィーマさんは「あれは夏着物ですか?それともゆかたですか?」と聞いてきます。簡単な見分け方を教えます。「襟元と足もとが違いますよ」。

 民族学の権威で、自国のことはもちろん諸外国文化の研究者のジィーマさんです。すぐに、もっとちがう一番大事な、品格をわかってくださったようです。「着物をもっと見たい」。今度はぜひ、着物を見に行きましょう。

 京都の町の人ごみを歩きやや疲れたご様子です。さあ、帰りましょう。「今度は奈良へ行きたいなあ」とのご希望は早くかなえましょう。万博は、もうすぐ終了ですから。


2005年08月18日

135号 秋を感じる万博 !!

 仕事帰りに万博会場へ寄るということも、地元で開催されているからこそ出来ることです。
 会場到着が19時ごろになっても、私は行きます。

 17日、昼間のぼわーーっとした暑さは消えて、ちょっと涼しさを感じる夕方、いままでは万博会場に着いてもまだ「明るい」時間だったのに、もう、陽が落ちてしまった。どこかから、虫の音も聞こえてくる。「ああ、秋が来た」と感じたのです。

 愛・地球博もあと、48日かな、あと少しです。もっと精力的に歩き回ろう!!


2005年08月16日

134号 ジィーマさんと歩く京都 Ⅱ

 (これは8月14日のことです) 


 京都の北へと向かう。大原三千院をめざします。京阪電車から叡山電鉄と乗り換えます。たった1両の電車がのんびりと住宅街を走り、濃い緑の山のふもとを目指していきます。
 大原三千院は、5月の新緑のころ、ジィーマさんの先輩同僚オレグさんをお連れしたところです。まったく同じルートで、同じ場所で昼食にしました。ジィーマさんは、「魚は食べない。卵も食べない。野菜とくだものとパンにお肉が良い」とことですが、このあたりにはそのご希望にお応えできるレストランはありません。「好きなものは、ロシアのスープ シイィー (野菜のスープ、私も好きです)」とのことです。きっと、食べたくってたまらないことでしょうね。お察しいたします。

 寺の前の食堂でビールとごはんとおでんとおそばの昼食をゆっくりいただきました。と、思わず話もはずみます。ロシア語辞書を真ん中にはさみ、ノートと鉛筆があっちへいったりこちらへ来たりしながらの会話です。

 ジィーマさんから「日本の数字の嫌われるものと好かれるものはなにですか?」という民族学的質問が寄せらました。
 「『四』と『九』ですね。『死』と同じで『苦』とも同じだから」。私の一生懸命の説明をわかってくれました。話しながら、彼の聡明さに感服いたしました。

 「じゃあ、好きな数字は?」
 「『八』ですね。末広がりですから」と言いたいのですが、「末広がり」を身振り手振りで説明しましたが、さて?わかっていただけたのかしら?

 ジィーマさんは、「僕の数字は「8」です」。と紙に、彼がこれまでの人生でいろんなところで、「8』の数字とかかわりを持ったという不思議を教えてくれました。これは、おもしろい話しです。

 その後、大原三千院の静かな庭をしばし眺め、日本の畳と衝立についての質問にうまく答えられずに、申し訳なく思い、歯軋りする私です。でもジィーマさんはニコニコと静かに、黙ってしっかり観察をされています。

 庭の緑がもう盛りをすぎたようです。ふっと秋の近さを感じました。 ==つづく==


133号 ジィーマさんと歩く京都 Ⅰ

 ジィーマ バラノフさんはサンクトペテルブルク市から7月末にやってきました。愛 地球博ロシアパビリオンの民族文化展示物の管理者です。3月~5月末までみえた、オレグさんの同僚ですから、彼が帰国後、たくさんの日本の思い出をジィーマさんに語り、写真をみせて、日本の各地を紹介したようです。

 だから、ジィーマさんはとてもたくさんの日本での希望を持ってみえます。そのひとつが「京都へ行くこと」です。日曜日、出かけました。

 サンクトペテルブルクからモスクワ~フランクフルト~中部空港へと入国されたので、「新幹線には、はじめて乗ります」とすでに、興味津々の様子です。

 京都の町は、曇りで思いのほか気温が低くて、助かりました。ちょっと雨も落ちてきますが、気になることではありません。まずは、「三十三間堂」へ。ジィーマさんは英語も達者ですから、英語パンフレットや説明板を丁寧に読まれいます。圧倒される仏像を黙ってしっかり眺めています。ジィーマさんはロシア国内だけではなく、諸外国の博物館の所蔵品整理などのために出張仕事もされ、最近ではアフガニスタンでの長期の仕事をされたそうです。

 仏像に差す自然光について、仏像を見る日本人の視線についてなどを拙いロシア語で説明をしたつもりですが、そんなことは私の説明を待たずに、すでにご存知のことだったと、いまは思います。

 おそなえもののお下がりのりんごをいただきました。三十三間堂を出て、道を歩きながらりんごを丸かじりしながら、ジィーマさんは言います。
 「この道がとてもおもしろいです。お店がおもしろいですね。建物にも興味あります」と写真を写しています。私にはあまりにも、ふつうの景色ですが。
 でも、わかります。先日行ったサンクトペテルブルクの町並みを振り返れば、京都の小さな町の細い道路の両脇にびっしり立つ民家。その間にある、また小さなお店が商品を外に並べて、静かに客を待つ。店先ののれんが風に揺れるのも、ぜったいにサンクトペテルブルクには、ない景色です。
          ==つづく==


2005年08月13日

132号 ジィーマさんと会う&手伝う

 夏休み真っ只中の13日、愛 地球博へ行ってきました。暑いので、午後からのんびり出かけました。昨日、ジィーマさんへ電話をして、彼がきょうはパビリオンで仕事をする日と聞いていたので、ロシア館へ行けば、会えます。
 
 ジィーマ=バラノフ ドミトリーさんが来日してほとんどすぐに、私が旅へ出てしまったので、彼とはゆっくりお話しをしていません。きょうは、ジィーマさんとお話しをしよう!です。

 すんごく混んでいるいるだろうと予想して出かけたが、すんごく、ではなかったように見えたが、わからない。(後で、13万人の入場者とわかる。予想に反して少ない!)
 のんびりと歩きながら、途中でビールを買い、ポテトフライをつまむ。夏の休日だ~と思いながら。

 長久手愛知県館の「地球タイヘン講演会」をまた観る。やはり、なにかよくわからないが、「生の舞台」だけを評価しましょう。きょうは、舞台からパラパラと巻く花びらを終演後拾ったら、ナント細かい芸当がされていて驚きましたよ。さくらです。

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 そこを出て、「藤田屋の大あんまき」(超ローカルな甘いお菓子を売っていた!)を買い、食べながら、場内を1周するループに出て、サア、ロシア館へと歩き出すと、眼の前を、ジィーマさんがひとり歩いているではありませんか!!
 
 「どこへ行くのですか?」と後ろから声をかけると彼もびっくりです。「休憩時間だから、散歩です」。

 人ごみの中を歩きながら、日本へ来て3週間の彼の感想などを聞いてみました。
 まずは、万博のほかのパビリオンがなかなか観ることが出来ないことを残念がっていました。ロシアパビリオンも他のパビリオンも、いつも大勢が並びますから、難しそうですね。休日をつかって富士山登山を試みたそうです。「きれいでとっても良かった。すばらしかった」と、おしゃっています。


 「日本の夏は暑いでしょう?」と問えば「いいや、平気ですよ」。そのとおりのようです。約40分くらいでしょうか。ロシア館までを歩いて、私は汗をかいて「暑~う!」と騒いでいても、ジィーマさんはまったくふつうな顔でした。

 その後しばらくしてから、ジィーマさんはロシア館入り口の「スタンプ押し」の仕事です。ちょこっと彼の写真を写しておこうとそこへ行ったら、そのまま、ずっと居着いてしまいました。ひきりなしにやってくる大勢のお客様にスタンプを押す仕事を楽しみながらしているジィーマさんと、お客さんのやりとりを助けていたりしました。ボランティアですね。


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 観客 Aさん 「ロシア館ですね?冷凍マンモスありますか?」=いいえ、ここではありません。

 観客 Bさん 「ソフトクリーム売っていますか?」=いいえ、ここは売っていませんが、どうしてですか?と問えば、青年は「ボク、ソフトクリームを全部食べてみようと思っているのです。だから、ロシアのソフトクリームはどんなのかな?と思って」。残念ですね。ロシア館でソフトクリームを売ると、ロシア人たちがみんな食べてしまうから(笑)。

 観客 Cさん 「あのう、ロシア語教えてください」=私は専門家でありませんから。でも、どうしてですか?「万博ですから各国の言葉を知りたいからです」とノートには各国語がびっしりと書かれています。
 カタカナでロシア語ではなんと言うかを書いて欲しいとのこと。例えば「あなたを愛しています」「値段が高い」「お久しぶりです」「ありがとう」「さよなら」などなど。
 約1時間くらいかけて、ジィーマさんの助けも得て、ロシア語の試験のような時間を過ごしました。なかなかおもしろかった。
 
 途中でひとりの日本人青年が「ロシア館すばらしいですね。僕すっかり気に入りました。また来ます」。とうれしいことも。

 スタンプを押すジィーマさんは、「日本人は『ありがとう』と言いながら、頭を下げて、いつも笑顔で、穏やかですね」。たしかに、私もそう感じます。暑い中をはるばるロシア館までやってきて、並んで入り、「スタンプ押してください」と、ノートを出す人たちが大勢。でも、みんなにこやかです。いいぞ、日本人!!と思いました。その笑顔を壊してはいけないですね。
 
 ジィーマさんには日本語で、「スタンプどうぞ」と「スタンプここです」と教えて差し上げるとすぐに覚えられました。

 そして、明日は、京都をご案内することとなりました。暑くって人が多い京都ですが、楽しみましょう。
 


2005年08月11日

131号 成田から直行 !

 久しぶりに、愛 地球博へ行きました。モスクワからの帰りに寄ってみたのです。

 成田からの直行です。成田でのことをちょこっとご報告いたします。

 成田空港内の「JR切符売り場」へ行き「愛知万博の会場 ” 万博八草”までの乗車券をください」と言いましたら、ナント「そんな駅はありません」とか「名古屋から岡崎へ行ってバスで(万博へ)いかれたらどうでしょうか?」。
 私がルスの間に、万博への交通手段が変わったのか!!とマジに思いました。
 「そんな……。それはちょっとおかしいことですね」と言えば、「この売り場はJRの代理店であるから、特殊切符は売りません。JRの売り場へ行ってください」。

 HU~~~~。

 JRの売り場へ行けば。
 「万博ですか?名古屋で切符を買われたらいかがでしょうか?名古屋で売っているでしょう」

 ああ、これが国際空港でのJRの対応です。残念です。

 と、別の係員がご存知でした。「万博八草まで販売できます」。

 ホッ~~~。

 そんな体験!をしながら、成田~品川~名古屋~万博八草~リニモで「万博入り口」へ。久しぶりに万博会場へ。夏休みの夕方です。とても多くのお客様で混雑しています。

 ロシア館へちょっと用があり、成田から直行したのです。その用を済ませて肩の荷を降ろすことができました。


2005年08月01日

130号 夜のオールスターショーは中止となりました

 すさまじかった7月30日土曜日の夜のそれぞれのゲート付近。私は、命の危険を感じました。前は全然動かないのに、後ろから人がどんどん詰めてくる恐怖。逃げ道のない恐怖です。
 万博協会は、正式の夜のショーは中止と発表しました。7月29日の金曜日の夜からはじまり、そのときもうすでに混乱が起きていたようですが、もっと人出が多くなることはわかっている、土曜日の夜の大混乱。

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 ちょっと想像すればわかると思うけれども、どうなのでしょう。多くの人たちが帰るために集中する、北ゲートの上で、ちょっと不思議なナイトショーを催すとどうなるか。大混乱が想像できなかった、主催者には、抗議しておきます。

 それと、東ゲートのエスカレーターの混雑具合も恐怖です。2機のエスカレーターを動かして、バス乗り場へのお客のうち、車イスやベビーカー以外のすべてをエスカレーターに乗せます。どんどん、乗せますが、前の人との距離をとりません。あれは危険です。もし、急に動きが止まるとどうなりますか?大転倒事故発生ですよ。前後の人との距離を十分にとって、エスカレーター以外の通路も確保しておく必要がありますね。そういう誘導をしてほしいものです。

 ちょっと万博には行くことができませんが、夏休みも真っ盛り、暑さもまっさかり、どうか無事で楽しい万博を過ごしてくださいね。

 モスクワのテレビを点けたら「日本で、EXPOで ○●◎;@~×・×・。がありました」なんて、恐い映像とともに流れないでくださいね。

 では、今度万博へ行くのは、8月13日かな?その時を楽しみにしています。


2005年07月30日

129号 危険な夜の集まりに怒る

 夏の夜のイベントとして、新しく電飾パレードがはじまりました。夜8時半からロシア館のあるコモン4の入り口からグローバルループの上を小さなパレードが北ゲートまで行きます。そして、北ゲートの上で、ちょっとイベントがあります。
 ものすっごく、東京ディズニーランドを意識しすぎた電飾パレードですが、ミッキーもミニーもいません。

 これが帰宅の人の流れとパレードを観たい人とがぶつかり、ものすごい人があふれて大混乱となりました。危険です。

 きょうは、私はこの大量の人の流れにはまりました。危機感を持ちました。車椅子やベビーカーも幼子もお年よりも、その人の中に埋まってしまっています。恐かったです。

 立ち止まって見ている人の後ろからパレードを観終わった人たちがどんどん入ってきます。通行整理係員は、まったくこの人ごみを整理できません。西明石で起きた、人が集まりすぎて起きた死亡事故を思い起こしました。

 万博協会は、夜の退場の混雑を分散させる政策をとっていたのに、これではまるでダメです。各ゲートは帰る人の列がそれは長く長くできていました。今夜の万博帰りに悲しいつらい、いやな思いをした人は多くいたはずです。万博協会はすぐに対策を講じるべきです。


128号 暑い けれど 行ってきます

 なんとも暑くってたまりませんね。空は曇っているのですが、湿度が高くって、汗が流れてきます。
 名古屋の夏です。夏まっさかりです。夏は大好き。

 いまから万博へ行ってきます。
 暑い時の万博行き、必ず持っていくもの。

 タオル。ハンカチでは追いつかないです。長いタオルです。
 帽子。つばがひろいものがおすすめです。
 首筋を守るもの。先のタオルでもかまいませんが、首の後ろを冷やすと効果的ですから、襟のついた服のほうが良いかな。
 日焼け止めクリーム。目薬。眼も日焼けするのです。それに眼に汗が入るのは眼にとても悪いことですから。
 水分補給のための工夫を。ペットボトル持ち込み禁止です。場内では販売しています。いろんな工夫で水分をとりましょうね。
 なによりも、ムリをしないでください。

 では、行ってきます。


2005年07月28日

127号 ようこそ ジィーマさん 

 万博も後半戦です。ロシア館スタッフも、開幕当時おみえだった方たちから顔ぶれもずいぶんかわりました。かわらず、全期間お見えの方も暑い季節を元気に働いています。遊び場所もいろいろみつけたようです。

 おいでになることを楽しみにしておりました、ジィーマさんがロシア館に就かれました。さっそく、オリガさんが電話で私に教えてくれました。ならば、歓迎のごあいさつに行かねばなりません。仕事を終えてから、万博会場へロシア館へ走って(ウソ、バスの中は座っていました!)行ってきました。

 ロシア館へ入ると受付には、いつもお会いする男性が、笑顔で声をかけてくれました、ちょっと聞き取れませんでした。会場の中ほどで、赤いシャツのはじめて見るロシア人スタッフとすれ違いました。

 しばらくしたら、先ほど受付けにいた彼が、さきほどすれ違った赤いシャツの男性を連れて、にこにこと私の前に現れて……。
 「ジィーマさん、お待ちしていました」。爽やかな笑顔で赤いシャツのジィーマさんは、「お会いできうれしいです。もうすぐモスクワですね?」。

 ジィーマさんは、サンクトペテルブルク民族学博物館から派遣されて万博にお見えです。専門はオレグさんと同じく、スラブ民族学とのことです。
 名古屋の地図を前に、「どこがおもしろいところですか?」とジィーマさん。私は「全部ですよ」。

 暑い季節ですが、オレグさんのときと同じく、ジィーマさんを名古屋案内にお連れしましょう。もちろん、私がロシアから戻ってきてからですが。

 ジィーマさんも、ロシアの知性溢れるすてきな人です。お会いしてポーッとしておりましたので、写真は写しておりませんので、次の機会に掲載いたします。


2005年07月26日

126号 「地球タイヘン」博士熱演

 前日は21万人の入場日という記録を樹立した日でしたが、18日の月曜日休日はうって変わって静かな長久手会場です。

 ふだん込んでいるところも比較的入り易そう。長久手会場のほぼ中央部にある「長久手愛知県館」に近づくと「いまならすぐ次の回に入場していただけます」と案内があり、すぐに並んでみる。

 緑に囲まれた池のほとりにあり、列に並んでいても目に入る景色はきれいです。屋根からは万博会場おなじみの霧状水が出て、並んでいる頭の上の気温をさっと下げてくれます。

 「博士が空を飛ぶ」とのうたい文句で、いったいなにがはじまるのでしょうか。会場のイスに座り、舞台を見ていると……。博士が登場し、映像も使い、地球環境について語っているのですが、私は実はよくわからなかった。私の理解力不足でしょうが、どうもあちこち散漫お話しだったかな?

 でもでも、博士も妖精も大熱演です。この博士たちは名古屋で活躍する「劇座」の俳優たちが交代で務めています。一日に何回も公演するものです。だから「どこかで気がぬけることがないように気をつけている」そうです。妖精役も、恐くないかな?高さの問題だけでなく下に観客がいるのは、怖いだろうと思う。今度はお話しに集中してみてきます。

 ネタをばらすことは慎みたいので、謎だらけの文章でごめんなさい。


2005年07月25日

125号 職員食堂

 万博場内で働く許可された人たち=専用IDカードを所持している人たちは、職員専用食堂で食事をします。場内ではいろんな職種・国民・民族・宗教を持っている人が24時間いつでも働いています。アフリカ館近くの職員専用建物の中の食堂は、そういう人たちに対応して、メニューはいろいろ工夫されているようです。また、場内の観客用食堂と比べればお値段も安くなっているのは、せめてもの労働者への福利厚生としてはあたりまえのことでしょうね。

 でも、朝から夜まで1日の3食をそこで食事を続ければ、だれだって飽きてきます。「安いから食堂で食べるのですが……」と、おっしゃるリョーシャさん。もう、日本の生活も4ヶ月。時々はきっとモスクワのご自宅の家庭料理を思い出されることとお察しいたします。

 もちろん私はその職員食堂には、入れません。入り口では厳しいチェックがされます。


2005年07月24日

124号 ロシアの旅の準備

 「マーミンカ通信」を、読んでくださる、愛すべき読者のみなさまへ。

 わたくし、8月2日~10日まで、ちょっとモスクワ・サンクトペテブルクへ行ってきます。
 むこうでは、私を待っていてくれる、シューラ、ターニャ、リョーシャ、マラト、マリヤ、リューバ、オレグ、エレーナら、多くのロシア人との再会を喜び合います。彼らはだれも、日本語を知らないのですが、ロシア語については、専門家たちです。むこうでは、日本人には会わないでしょう。
 つまりは、すべて私のどうしようもない、ロシア語で、交流をしてくれるのです。こんな私を待っていてくれる彼らに感謝です。

 今回は、愛・地球博で知り合ってすでに、モスクワへ戻られた友人たちにも、ぜひ会いたいと思っています。「全ロシア展覧会センター」を訪問してみるつもりです。

 が、旅の用意がなにもできていません。もちろん、旅に必要な航空券やビザなどは手配すみです。

 休暇をとるためには、仕事を片付けておかねばなりません。家事も、そうです。旅の荷物作り=これ、もっとも嫌いな仕事です。夏だから、着るものの心配はない、つもりですが、さて。トランクを前に悪戦苦闘の時間を持つことでしょう。

 なによりも、訪問する友人たちに、旅程を連絡して、スムーズに会えるようにしておかねばなりません。ロシア語のやっつけ勉強もしておかねばなりません。

 そして、万博ロシア館にも行かねばなりません。モスクワの友人たちへのおみやげを、万博ロシア館と万博公式グッズの小物にしようと思っています。

 また、超多忙の新しい週がはじまります。元気にやりましょう。
 みなさまもどうか、暑さに負けないようお元気で~。
  


2005年07月23日

123号 THE BOOM 

 まだ酔っております。素晴らしかった。言葉がみつからないので、どのように表現したらいいのかわからないのですが、素晴らしかった。
 
 いままでも、沖縄・大阪・京都・蒲郡・高松・名古屋などで彼らに会っていますが、会うたびに好きになります。今回は、名古屋の都心にある、真宗大谷派東別院の境内に、寺院をバックに舞台が作られ、庭にパイプイスが並べられ、独特の雰囲気です。

 曇り空で雨が降るかも、という空模様ですが、暑くないのでよかったですね。午後5時過ぎに会場へ入り、開演前の雰囲気を楽しみ、午後6時はじまりました。4人の音楽家がいつもベストで観客に接してくれるので、安心して、いっしょの呼吸ができます。ボーカルの宮沢和史さんの歌声が、夕方の名古屋の町に流れます。

 観客は、人生の先輩も、幼児も、若者も、外国人もいます。9割がた女性ですが、みんないつもどおりマナーよく、それぞれの好きなスタイルで音楽を楽しみます。

 ロシア館のおふたりをお連れしました。彼らはTHE BOOM は、もちろんはじめてですが、きっと楽しんでいただけたことと思います。いや楽しんでいました。

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 まだ、音楽に酔っていますし、立ちぱなしで踊っていたので、ちょっと腰が痛い、わたくしです。でも、すっごいパワーをいただきました、THE BOOMに感謝です。


122号 ロシア語 

 最近とっても思うこと。ロシア語をしっかり勉強したいということ。

 私のロシア語なんて、ロシア語ではないので、とても恥ずかしい。恥ずかしさを強引さで誤魔化しているが、それはダメですね。
 ロシア語の勉強の仕方、つまり私のロシア語に向かう姿勢をとても考えているこのごろです。

 ああ、ロシア語もできないのに……。


2005年07月21日

121号 ご招待いたします そのⅡ

 7月24日名古屋市芸術創造センターで、演劇制作体 地人会公演 朗読劇「この子たちの夏」 が開催されます。
 昨年新聞記事を通じて、この朗読劇台本のロシア語全訳を金沢ロシア語センターが持ってみえることとを知りました。許可を得て、少し増刷させていただき、ロシア人友人たちに「1945年夏広島と長崎で遭ったことを知ってほしい」とその台本をお渡ししています。いずれ「この子たちの夏」ロシア語朗読会が開催されればうれしいなと思っておりますが…。

 ロシア館にも「この子たちの夏」ロシア語台本を届けて、読んでいただいています。そして、7月24日はぜひ舞台をみていただきたいとご招待いたしております。

 広島と長崎で被爆した母と子の手記や詩を女優が読みます。もちろん日本語の舞台です。ロシア館メンバーは、舞台芸術の国=ロシア国の人々です。きっと朗読劇という表現をわかってくださいます。
 
 「マーミンカ通信」の読者のみなさんも、24日午後4時~ チケット2500円指定席 にて販売中です。ご希望の方は、↓下のコメントにご記入くださって送信してください。チケット申し込みに関しては、「公表」いたしません。


 マーミンカは、万博ばかりに通っているように見えましたか?たしかにそうですが、1年かけて、「この子たちの夏」名古屋公演の準備もしてきて、いよいよ24日本番を迎えます。


120号 ご招待いたします そのⅠ

 THE BOOMが23日夕方、名古屋にやってきます。THE BOOMは、「島唄」「風になりたい」「朱鷺」などを歌う、結成16年の4人組グループです。ボーカルの宮沢和史さんの素晴らしい歌唱力と魅惑的な声に、どれだけ感動をもらっていることでしょう。

 THE BOOMの野外コンサートにロシア館のお二人を誘っています。もちろん、私と行っていただきましょう。3人ではじけてきます。
  
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(宮沢和史さん公式サイトより転載)


2005年07月20日

119号 ウクライナ料理長

 7月20日、ユーシェンコ ウクライナ大統領が初来日されます。日本との関係をもっと緊密にして、日本にウクライナをロシアを通じてではなく、直接知って欲しいとの意気込みでの来日です。
 天皇に会い、小泉首相に会い、チェルノブイリ原発事故の国の大統領として広島原爆資料館も訪問します。

 そして、なによりも、ウクライナ国としてはじめての出展をしている、愛・地球博ウクライナ館も訪問する予定となっています。 ウクライナ館では歓迎の取組がいくつかされることでしょう。

 ウクライナ館といえば、いま人気が館内の小さいレストランです。ここで提供されるお料理をすべて管理しているのは、アリョーナさんです。

     
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 以前、いっしょに海や伊勢の旅に行きました。そのときは、料理長とは知らなかったのです。「私の作ったパンです」って、パンを一切れいただいた時も、「宿舎でパンが焼けるのかな?」と思った私。海辺で「魚料理をしたいから魚を買いたい」と言われたときも、「魚料理は難しいし、魚を持って帰るのがたいへん」と彼女の要望を覆してしまった私でした。


 ウクライナの首都キエフの、レストランで働きながら、8歳のお嬢さんを育てています。9月末までの日本滞在、「子どもには、毎日朝も昼も夜も電話をしたい、声が聞きたい。でもね…だから、手紙をたくさん書いているわ」。自宅にはパソコンがないから、せっせと手紙をキエフに送るママです。

 アリョーナのつくる料理は日本の食材を使い、ウクライナの味を大切にしての料理です。

 「冷たいスープ」は、トマトジュースをベースにボルシチにも入れる赤いビーツの絞り汁も入れて、チキンなどのスープで煮て冷やして、きゅうりの千切りと仕上げにスメタナ(サワークリーム)をたっぷりと入れたものです。ちょっと酸味がありますが、とても美味しいです。どこか懐かしい味、私は、その味の思い出をいまも探していますが。
 夏の暑いとき、このスープは元気を与えてくれます。700円です。

    
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 ウクライナのキャベツロールは、手の込んだ一品です。キャベツの中には、ご飯と子牛肉と豚肉とニンジン、たまねぎが入っています。ちょっと小腹がすいたときに、おすすめです。外国の味はちょっとねえ、とおっしゃる方も、「美味しいね」ときっと満足されると思います。イヤミのないさっぱり味です。1200円です。


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 以前もここでお伝えしました、ボルシチはもともとウクライナの料理です。まあ、カレーライスがインドの料理でも、すっかり日本の味となっているように、ウクライナ発でも、ロシアのあちこち、日本でもその家庭やお店の味となっているボルシチです。
 ここウクライナ館レストランでは、アリョーナさんが焼いたパンに、にんにくオイルがかかり「菓子パン」とレストランでは呼んでいますが、これも美味しいパンが、ボルシチについています。

 万博会場の一番奥、ロシア館のとなりに位置するウクライナ館です。館内は訪問するたびに展示内容は充実しています。ぜひ、ご訪問くださってレストランをお楽しみくださいね。


2005年07月19日

118号 冷凍マンモスをやっと見ました

 写真撮影は禁止されていますから、ありません。冷凍マンモス=ロシア連邦サハ共和国内ユカルギ村の永久凍土の中から発掘されて、現代の私たちにたくさんのメッセージを持ってきてくれた、彼にやっと会えました。

 「マンモスだけ観覧」という方法で、待つこと20分ほど、冷凍マンモスに会ったのはわずか、20秒ほどのことですが、灰色の頭のてっぺんに髪の毛が少々残っているのが、生きていた証しだと思えるマンモスでした。

 マンモスラボは入り口がわかりにくいです。必ず会場スタッフに聞きながら、歩いてきてくださいね。マンモスだけの観覧でしたら、時には並んですぐに観覧できるときもあるらしいです。
 並ぶ右手の側へ寄っていくと良いです。すぐ目の前にマンモスが現れます。もちろん左側でも全体が見えることでしょう。

 マンモスだけを見るのに夢中で、マンモス展示室あたりにロシア語が書かれいるらしい情報の真偽を確かめる余裕はありませんでした。


116号 モスクワオリンピック開幕の日

 きょう、7月19日は、モスクワオリンピックの開会の日でした。
 25年前のきょうのことです。
 

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 マスコットは小熊のミーシャでした。なんとも可愛いことでしょう。
 この写真は、ロシア館モスクワ市コーナーに置かれた本の中から写しました。ソ連時代のポスター各種を本に著したとても興味ある本です。


115号 人気者オジサンの全体像

 112号の続きです。

 ロシア館人気者のオジサンの全体像の写真です。ごらんください。より、このオジサンの役目がおわかりになるかと思います。
 グジェリ村の焼き物という、グジェリ焼きです。

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 ロシア館の中の映画上映ルームでは、ロシアを紹介する映画が20分ほど上映されています。そのうちのひとつの中では、グジェリ陶器の絵付けの様子を写しています。
 この映画を解説する日本語男性の不思議な、解説技が時々話題になっていますが、映画の内容は素晴らしいとおもいます。ロシアを知るには、この映画をご覧いただくと、もうあなたもロシア通になります。
 

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 映画上映ルームは、人気です。並んだパイプイスに適当に座って、ごゆっくりとどうぞ。


2005年07月18日

114号 ゴンドラ ふたつ

 この「マーミンカ通信」を書くためには、現場主義に徹しているわたくしです。どれも自分が参加して経験したものばかりを書いています。愛・地球博会場は、それはいろんなものがありすぎて、何度もかよっていてもまだ、見ていない、近くにも行っていない、試してもいないものなど、たくさんあります。だから、題材はいっぱいあるのですが、ご紹介できないものは、ヤマほどあります。「きょうこそは○○へ行ってみよう」と意気込んで行っても、いろんな都合でダメな時もあります。
 が、これからも、できるだけ会場にあるものをいくつか紹介していきたいです。

 今回は、ゴンドラにしましょう。

 会場には、ふたつのゴンドラ路線があります。ひとつは、時々乗ります、「キッコロゴンドラ」。長久手会場の企業パビリオンとロシア館近くのグローバルコモン4を結んでいます。片道600円です。

 会場の全景がとても良く見えます。なかなか良い景色です。

 が、これが、最多入場者数の7月17日のゴンドラ切符売り場です。切符を買うまで「30分かかります」とのことです。ゴンドラは回転していますから、どんどん進みますが、並んで待たねばなりませんね。

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 もうひとつのゴンドラが、長久手会場を瀬戸会場を結ぶ「モリゾーゴンドラ」です。こちらは無料です。私まだ、これは試しておりませんので、レポートできません。このゴンドラは、会場外の空を飛ぶ(?)ものですから、途中で窓が曇ります。これは近隣住民のプライバシー配慮のためにとられている大事な工夫です。もし、私の家の上をいつも多くの人たちが、通っていくとなったら、私はぜひとも覗かれない工夫を求めるでしょう。開幕前に近隣住民からの要求にこたえた当然の措置です。

 こちらも、17日はこんなに待ち行列ができていました。だから乗ることはあきらめました。

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113号 あら、いつのまにか なくなっている

 ロシア館ファン、リピーターのみなさんご存知でしたか?お気づきでしたか?

 ロシア館入り口を入ってすぐの足元の位置には、ロシアの美しい自然を写真にして強化ガラスにデザインし、いくつかが並んでいましたが、これがなくなりました。あらら。

 写真を写しておくべきでした~~。またまた、残念です。ひょっとしたら私の写真ストックの中にあるかもしれませんが…、どうかな?

 ロシアの大地に咲くカモミールの花たち。ななかまどの赤いきれいな実。雪の大地など、ロシアの美しい自然の景色でした。足元にあって入場者がだれも気がつかず通り過ぎるので閉鎖?してしまったのでしょうか。となると、惜しくってたまりません。


112号 ロシア館の隠れ人気者

 外は暑いので、ロシア館の中に入りましょう。冷房が心地よいです。小休止をしている人たちも多いです。ロシア館スタッフはみな心の大きい人たちばかりですから、ロシア館でのんびりゆっくりすることを拒みません。ロシア紹介の映画を観ながらつい居眠りしている人=私もそのひとりとなるときあります=多くいます。
 暑い時ですから、どうか、いろんな工夫で休憩しながらゆっくり万博を楽しんで欲しいです。

 ロシア館の展示のひとつですが、このオジサンは、優しそうでしょ。いかにもロシアのオジサンです。

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 このオジサン私は大好きです。いつもロシア館では、ガラスケースの中のいるこのオジサンに「こんにちは」と声をかけています。
 これはなにでしょうか?アテンダントに聞きました。「ふたです。このビンのふたですね」。

 これはロシア名物のグジェリ焼きの古い物です。いま、モスクワなどのロシア名物品おみやげ屋では、青い色のグジェリ焼きはたくさん売られていますね。

 ワインを入れたのでしょうか?お水かもしれません。いずれにしても、ちょっとおもしろいデザインです。このオジサンふたがついた形のビンの全景は、ガラスケースの中では見ることができません。

 が、ロシア館公式ホームページの写真集の中にありました。オレグ ビクトルビッチ博士が大事に持っているのが、このビンのオジサンふたがついたものです。

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 (ロシア館公式ホームページからの転載です)

 ぜひ、涼しいロシア館でこのオジサンに会ってください。


2005年07月17日

111号 暑い ! うわぁ 人ばかり…

 7月17日の日曜日、夏休み前の3連休の真ん中の日曜日、万博へ出かけました。
驚きました。すんごい人です。そして、めちゃくちゃ暑いです。

 入場者数は、21万人とか。最高の人出です。ふう~~。
 そのうちのひとりの私は、午後1時くらいに会場へ到着しました。いつもどおり名駅メルサからのシャトルバス(往復1500円)は、すぐに乗り込むことができ(時々待つこともあり)、確実に座ることができます。高速道路を走りますから長久手会場東ゲートまでを最速35分です。

 バスが到着するのは東ゲート、ここは一番小さいゲートですが、午後の時間は入場もすんなりできます。東ゲートからロシア館までは、歩いて30分ほどかかります。これが一番の問題ですが、きょうも歩いてロシア館をめざします。ゴンドラ(600円)、トヨタのIMTSというバス(200円)に乗れば、ロシア館までの時間は短縮できるでしょうが、歩いたほうがおもしろいです。
 空中回路を歩いていると途中で、一番大きい入退場口北ゲートを上から見ることができます。と、こんなにすごい人です。

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 奥に見えるのが、リニモ「公演前駅」万博北ゲート前です。駅からすでにすごい人です。あとで、聞けば、名古屋地下鉄藤が丘駅からすでにすごい人。朝は、リニモ乗車を待つ時間が70分だったとか。

 70分待ってリニモに乗り万博会場へ到着しても、この行列です。入場ゲートでは、手荷物検査を係の人の手と目ですすめています。その後金属探知機ゲートを通るのですが、これがよく「ピ~~」となるのです。携帯電話や小銭、ベルトバックルでもなります。そうすると流れが遅くなり、後ろの人がまた待たされるのです。この列は1時間くらいは待つのでしょうか。

 入場しても各パビリオンの外は行列です。必要なものは忍耐です。体力です。身軽さです。


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 赤ちゃん連れの人も多いですが、お気をつけてくださいね。この暑さです。けっこうぐったりしている赤ちゃんや幼児をみかけます。

 入場時にペットボトルや缶入り飲み物の持込厳禁です。会場内でペットボトルを買うことは出来ますが、それも列です。入り口近くの企業パビリオンあたりは特に、行列です。外国パビリオンでは、売店でペットボトル飲料を売っていたりしますので、見かけたときに買っておくと良いです。

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 暑いです。帽子や日傘で太陽光線をさえぎることが大事ですが、日傘は人ごみのなかでは十分に注意しましょう。男性に比べ背の低い人が多い女性が、日傘を差すと人にぶつかります。危険です。くれぐれもご注意ください。

暑いなか場内では、元気に働く人たちもおおぜいいます。みんな、愛 地球博に来ていただいたお客様を無事に気持ちよく過ごしてもらおうと一生懸命です。心から「ご苦労様です」。


2005年07月16日

110号 夜の万博会場

 暑い。だから、万博行きのエネルギーが出なかった、連休はじめの土曜日です。
 「暑いだろうな」とそう、思ってしまったら、家にいましょとなってしまいました。私としてはとても珍しいことです。

 が、昼間は暑くっても、夕方からの愛 地球博会場は、けっこう涼しい風が吹いています。夜のイベントもたくさんあります。なによりもライトあっぷされた会場は美しいです。写真がうまく写せませんでしたが、ご覧ください。

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 写真を何枚か並べるつもりでしたが、その写真があまりにもひどくって、お見せできるものに仕上がっておりませんので、「夜の万博」については、また、改めまして掲載いたします。

 「暑い」万博会場ですが、涼しい工夫もいくつかあります。「水」と「霧」を使っています。それも、またお伝えします。


2005年07月15日

109号 あら!!サチュロスの袋

 イタリア館は、「今後外国には持ち出さないから、この愛知万博が外国でみることができる最後のチャンス」と謳う、サチュロス像が人気です。この像を見るために、イタリア館はいつも賑わっています。私もロシア館へ行く前後に通りかかって、待つ列が短ければ見に行きます。
 
 
 サチュロスは、お酒の神様バッカス様の後ろで、酔って踊り狂っている青年らしいですが、まさにそのとおりの像です。ほぼ等身大でしょうか。髪をなびかせ、ジャンプして、身をくねらせています。それも素っ裸です。
 展示の仕方がとてもおもしろいものです。丸いドームの中の真ん中に立つサチュロスを、ぐるりと観覧客がまわって全身を観ることができます。ライトは時々色変わりします。私は彼の背中の躍動感が好きです。写真撮影厳禁ですから、私の撮影写真はありません。

 イタリア館出口にある売店では、このサチュロスグッズを販売しています。名古屋の老舗デパートの松坂屋が提携しており、おしゃれでなかなか人気です。
 私も買いました、黒い色のお買い物バッグ小型です。重宝しています。とくに万博を歩くにはとても便利です。

 折りたたんで小さくしてポケットに入れて入場して、会場を巡りながら増えるパンフレットや買い物などを入れるのにちょうど良い大きさです。

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 ある朝、万博とはまったく方向違いの乗り物に乗りました。空いた席に座ろうと、目に飛び込んできた隣の女性のひざに置かれた黒い袋は、あら!
 思わず私の口からは、「サチュロスの袋ですね。私もほら、同じです」と言ってしまいました。その時、私も持っていた同じ黒い袋を女性に見せました。

 その女性は、突然声をかけられてびっくりしていました。そりゃそうでしょう。でもすぐに、「あら、同じ……。イタリア館ですね」と、答えてくださり、ふたりで思わず笑いました。万博が地元で開かれていることを、こんなことでとても実感します。


2005年07月12日

108号 せんべい ぱりっ !

 前後しますが、伊勢への旅の打ち合わせをロシア館で、オリガさんと話し合っているとき、私の携帯がなりました。きょう(7月9日)、万博へ行くことをあらかじめ伝えてくださっていた、日本人女性 Kさんからです。彼女は、大のマトリョーシカファンであり、コレクターです。

 「いまロシア館の前にいます。おみやげもあります」との電話です。
 オリガさんにも、Kさんをご紹介するため、ロシア館前で会いました。Kさんはロシア語でオリガさんにあいさつをされました。
 
 Kさんは、「きょうも新しいマトちゃんが並んでいるかしら?マトちゃんに会うために、ロシア館へ何度来たかしら?」。こんなに熱いマトリョーシカファンに、はじめてお会いしました。

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↑ Kさんのコレクションのひとつ。「在日ロシア人作。注文して特別に作っていただいた宝物マトリョーシカです」。Kさんから送っていただいた写真です。


 Kさんとは、6月17日のロシアナショナルディーのときに、はじめてお会いしてから、時々のメール交換で、その後楽しいやりとりをしています。
 Kさんは、「きょうのマトちゃん」に会うために、オリガさんと私は打ち合わせにと、すぐに別れました。短時間の交歓で申し訳なかったです。おみやげでいただいた「おせんべい」は、すぐに、オリガさんが、ロシア館スタッフに配布していました。

 モスクワとサンクトペテルブルクの2都市だけのことだけの私の知識ですが、ロシアは、甘いお菓子は豊富にあります。彼らは甘いお菓子大好きです。日本のあられやせんべいなどは当然ありません。だからか塩味ものは、とても喜ばれます。「塩味ピーナッツ」「柿の種」「しょうゆせんべい」などを開けると小躍りする彼らです。

 「とっても フクースナー !!」
 「オーチン 美味しい!!!」

 オリガさんと私とで、笑いながら、おせんべいを食べながらのせりふです。 これからロシアと日本で流行らないかな?

 ぱりっ!!塩味せんべいは、元気を与えてくれましたので、その後の打ち合わせも順調にすぐ終わりました。
 ありがとうございます。Kさん。


2005年07月11日

107号 キリルさん さようなら

 あのとき、お声をかけておくべきでした。うーむ残念です。

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 キリルさん、ナノテクノロジーの研究専門家です。
 ナノテクノロジー ってなの、じゃなく、なに??というほど、私は、なにも知らないので、彼には、なにも聞くことができませんでした。いつか、ナノテクノロジーのことをちょっとだけ勉強して、キリルさんにちょっとだけ聞いてみようかな?とは、考えていたのですが……。彼は、11日お国へ、帰られました。

 私が犬に噛まれたことを知って彼は、「どんな犬ですか?犬は病気ではありませんか?犬は注射していますか?犬は大きいのですか?」と犬の事ばかりを聞いてくれました。あのお~、私はいま足が痛いのですが……、私のことは聞かないのですか?と思いました。
 が、ロシアではまだまだ狂犬病の心配があるということが、彼のちょっと厳しい顔つきからわかりました。私が狂犬病に感染するのではないかと心配してくれたのですね。スパシーバ!

 キリルさんは、その後私にカレンダーをプレゼントしてくれました。NT-MDT Co. ロシアのナノテクノロジー会社が作った英語版カレンダーです。
 「プレゼントします。どうぞ」。
 (あっ、来年のカレンダーだわ、早い)
 と、思ったのですが、もう半年を終えた、今年のカレンダーでした。

 キリルさんは英語の達人らしいです。素晴らしいカメラ=イオスキッスデジタルを大事にしています。
煙草が好きです。ビールも好きですね。

 先日ロシア館へ行った時に、パソコンに向かうキリルさんに声をかけてみようかな?と思ったのですが、ちょっと恥ずかしかったので、やめたのです。それが、万博でお会いする最後になりました。

 あのとき、お声をかけておくべきでした。悔やまれます。

 でもまたどこかでお会いしましょうね。キリルさん。お元気で~~。


106号 梅雨の季節の伊勢の旅

 7月10日、日本の梅雨の季節の真っ只中です。「伊勢の旅に行きたい」「では、行きましょう」としたものの、お天気が心配です。前日の土曜日午後には大雨が降り、ロシア館メンバーが気弱(?)になり「もうやめましょうか。でも、行きたいですねえ」と悩ましい連絡もありましたが。でも、行きました。
 梅雨の季節を知っている私が「雨なら雨で、なんとかなるもの」と、みんなを励まして。

 名古屋は朝から薄日がさしたり、黒い雲が流れてきたりする蒸し暑い日です。総勢、10人で近鉄電車に乗り込みました。通訳のオリガさんに車内で、参加のみなさんのお名前をノートに書いていただき、ロシア館での仕事も教えていただきながら。
 ロシア館内のそれぞれの役割担当者も入れ替わり、はじめてお会いする人もいく人かお見えです。先日地下鉄切符売り場でお会いした、タマーラさんとパーニャさんもご一緒です。日本人のもうひとりは、先日のフットサルに強引に連れて行ってしまった青年Sさん。ロシア国留学帰りですから、ロシア館のみなさんがきっと頼りにされることでしょう。

 伊勢に着き、手配のマイクロバスに乗り、少々混んでいる伊勢神宮内宮のお参りです。神道のしきたりをお話しながら、神域の美しい緑に包まれ、霧の立つ川辺で身を浄めるつもりでちょっと水に触れ、その後参拝です。

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 昼食は、「おはらい町」のお店をそれぞれが覗いたりして、好きなものでと、軽いものです。伊勢の空も梅雨空です、ちょっと薄日もさしたり…。蒸し暑いです。みなさんのお楽しみの「海」へ行きます。

 二見の海水浴場で泳ぎました。「ここでの時間は1時間です」と伝えれば、みなあっという間に着替えて、さっと水に入り、パシャパシャと泳いで、またあっと言う間に、水から上がり着替えました。
 不思議なことに、水に入っている間は、薄日が差し、水から上がったとたんにサーっと雨が降り、シャワーの役目をしてくれて、着替えて、「さあ次は散歩しましょう」と言えば、雨はすっかり上がりました。

 海水浴が気持ちよくって、みんなも最高に気分がよろしいようです。二見の旅館街をブラブラしながら、日本の景色のひとつで有名な、二見夫婦岩ものんびりと観光しました。

 夕方近くになりましたが、もうひとつのお楽しみ、真珠店訪問です。以前もおじゃましていろいろお世話になりました、小西パールセンターへバスを着けてもらいました。
 みなさんは、真珠のできるまでを小西社長の説明で、オリガさんの通訳で教えてもらいます。

    
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 その後、みな、真珠のお買いものです。「若い娘のために」「待っている妻のためにこれはどうかな?」「私がつけるネックレスと指輪が欲しい」など、賑やかです。通訳は青年Sさん大奮闘です。
 
 時間が遅くなりましたから、きょうは、もう宇治山田の駅へ戻ります。みな「満足・満足」とのこと。なによりもうれしいお言葉です。雨なんていっさい心配ありませんでした。出かけて良かったです。

 また行きましょう。きっと行きましょう。

 ※ スペシャルサンクス※
  伊勢パールセンター(小西真珠) 三重県二見町松下  火曜日休み 
    TEL 0596-43-4311
  
  伊勢国際観光バス  マイクロから大型バスまで いろんな旅の相談に乗ってくれます
    TEL  0596-31-3335 


2005年07月08日

105号 ロシア語が聞こえてくる

 きょうは仕事帰りに、ちょっと寄り道をしました。あら、ちょっと1杯ではありませんから、念のために申し上げておきます。いつもとは違う地下鉄駅構内の切符売り場あたりで、外国人女性ふたりが切符を買っている様子が、遠くから見えました。
 このところの名古屋の町はやはり万博の影響でしょう、外国人が多いです。名古屋駅辺りでは、道に迷っている外国人をいつも見かけます。

 あら?切符がうまく買えないのかな?と通りながら二人を気にかけていましたら、ロシア語らしき言葉が聞こえるではありませんか?ロシア語圏の人たち。あら、おひとりは、あら…。

 なんとロシア館のタマーラさんとポーニャさんでした。「こんばんは!」
 私も驚きましたが、おふたりも飛び上がらんばかりに驚いていました。お二人とは先日ごいっしょにジュースを飲んだのでしたから。

 「きょうは瀬戸物を買いに行っていました。おみやげにします。そうそう、ちょっと見てください」と、大きな紙袋から取り出した箱をあけて、中身のティーカップとお皿のセットを地下鉄切符売り場の前で見せてくれました。

 カップの側面には、天智天皇の歌、「秋の田のかりほの庵のとまをあらみわが衣手は露にぬれつつ」が、達筆な字で書かれています。カップもお皿も薄手生地の上品な出来です。こんなおもしろいもの良く見つけましたね。「とてもすてきですね」とお褒めの言葉を贈りました。

 それにしても、偶然という必然でした。うれしいです。地下鉄はそれぞれ反対方向に乗りますが、しばしお話しもできました。「暑いでしょ?」と問えば「いいや全然暑くないわよ、元気よ」とタマーラさんは、とても元気に笑います。今度は、いっしょにまた遊びに行きましょうね。

 もう名古屋の地下鉄も乗り慣れたお二人です。途中の乗り換えの駅だけチェックして、車内の人となりました。


104号 気になってしかたがない 鹿

 ロシア館の展示品の小物系は、すべてガラスケースの中に入っています。以前、オレグさんに、「ちょっと並べ方がちがう」と進言したときに「このケースは開けることができない。今度開けるときは、万博が終わりの時だ」と言われました。そうでしょう。簡単に開けられては貴重な財産に危険が及ぶ可能性ありです。

 ガラスケースの中の小物はどれも大好きで、多くのものをここでご紹介していますし、まだまだ紹介できていないものもたくさんあります。

 きょうは、「鹿」です。きりりと上をむいている鹿はとてもきれいです。金色の角がオスの強さを表しているようです。下を向いている鹿の顔も見たくってたまりません。どんなお顔の鹿でしょうか。ガラスの向こう側にぼんやり写ってはおりますが……。

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 以前、モスクワの超有名レストランにご招待をいただき、ごいっしょしたロシア人俳優が注文したのが、
なにかのお肉ステーキでした。彼は、日本公演の経験もありますから、日本のことをよく知っています。彼の注文がなにの肉なのかを尋ねました。彼の答えは「NARA」と言うではありませんか。「なら??」
ロシア語にも「なら」ってあるのかなど、いろんなことが頭に浮かび、はっとわかりました。それは鹿肉でした。私も少しだけはじめて鹿肉をいただきましたが、やはり、牛肉には負けている…。でも好みでしょうが。

 しかし、見たいものです。向こう下向きの鹿のお顔。気になってしかたがない鹿です。


2005年07月06日

103号 バイカル湖の深さは?

 2000年の夏「バイカル湖の旅に行きませんか?」と友人たちに誘われたのですが、寸秒の差で、モスクワ行きを決めていたので、「バイカル湖はまたの機会に」となった、それが思い出のバイカル湖です。

 ロシア館の入り口すぐのマンモスの前にあるバイカル湖の展示は、みなの目がマンモスの骨格や牙に奪われており、目立たないので残念ですが、ちょっとおもしろい展示の仕方ですので、マンモス見学の前後にどうか、見てやってください。

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 バイカル湖は、2500年前に生まれたとか、もちろんロシアで一番大きな湖で、深さがナント、1637メートルもあるそうです。「地球の歩き方」本には、「深さ1742メートル」と書かれているが、いずれにしても、ものすっごく深い湖です。水温は5~10度Cとか。
 いろいろ特有の動物や植物の宝庫で、貴重な淡水の備蓄でもある「豊かな湖」です。飲料水として活用するために、ペットボトルへ水を汲み入れる工場もあります。となると、ロシア館売店で、バイカル湖の水を売っているかと思われるでしょ?いいえ、売っておりません。
 
 2000年夏、バイカル湖へ行った友人たちは、湖を船で渡ったが、霧が深く寒くって、「ただ船に乗って震えていたのが思い出」と話して、バイカル湖の水をおみやげに買ってきてくれました。その水は、ロシア語教室で、「バイカル湖の話し」のときに、みんなで分けあって飲みました。なんの印象もありませんでした。スミマセン。


102号 2012年オリンピックはロンドン 

 ロシア好きとしては、モスクワ市の当選を狙っていたのですが……。残念です。

 愛・地球博ロシア館内「モスクワ市紹介」のコーナーなどでは、「モスクワ市でオリンピックの開催を」と意気込んでいましたが、さて、展示内容など明日からは変更するのでしょうか?
 今度は、2015年のEXPO開催招致へとモスクワ市は、一気に動きだすのでしょうか?

 名古屋市もその昔、オリンピック開催地として、立候補したことがございます。ご存知でしたか?が、見事に落選して、ソウル市で開催となりました。
 

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 ↑ モスクワシェレメチボ2国際空港に貼られていました。想像で終わりました。


2005年07月05日

101号 「ドン ジョヴァンニ」 を観る

 万博会場を離れて、名古屋市民会館大ホールにて、ロシア国立モスクワ室内歌劇場公演、モーツアルト作曲「ドン ジョヴァンニ」を、ロシア館通訳 オリガさんといっしょに観ました、聴きました。

 1幕90分、20分間の休憩後の2幕80分という長丁場。でも、ここがロシア舞台芸術の真髄です。勢いが落ちない、それどころか、どんどん盛上がっていく、エネルギーは素晴らしい。

 人の声も楽器です。それぞれ個性を発揮する楽器です。登場人物みなが違う音で、目をとじていてもだれが登場したのかはっきりわかる、美しい声と歌。素晴らしい。とりわけ、女声は訓練を重ねている技巧的であって自然な声の美しさでした。ほれぼれ。

 衣装って舞台にはとっても大事なものです。というか、衣装が似合いすぎです。男性は、タイツ仕様の細いズボン(正式名があるかも、知らないのでごめんなさい)が、長~~い足をさらに長く見せてくれます。女性は、ドレスがとてもお似合いです。ドレスの裾のひろがりが緩やかに足にまとわりつくのは、やはり足が長~~いからです。短い足では、裾のひろがりの中で足がもつれてしまいます。
 あまりにかっこ良いので、舞台そのものが美しくってたまりせん。

 最近は舞台で俳優が歩く姿を厳しく観察している私です。歩く姿でどれだけ感情をあらわすことができるのか、これが俳優の巧さのひとつです。靴音をさせる歩き方で、怒りの表現とするか、喜びの表現とするか、なんてやはり俳優はそれが、さっとできて、なお美しくなければなりません。
 歌うだけではなく、その身体での表現も鍛え上げられたものです。拍手パチパチパチ、ブラボー。

 やや後ろの席だったので、俳優たちのご尊顔をまじかに拝することはできませんでしたが、そうであったら、私はもっと舞い上がっていたことでしょう。声だけでもすっかり酔ってしまったのですから。
 オリガさんももちろん大喜びでした。多忙なパビリオン仕事を離れてしばし、深呼吸をされたようです。
 7月になった最初の日のステキな夜でした。


2005年07月03日

100号 いままでとこれからと 

 100号です。当所の目標としていた発行号数まで到達しました。ありがとうございます。

 このプログは、「ろしあんピロシキ」という大きなサイトの中のひとつの投稿コーナーです。このページデザインや、いろいろな細かいことすべては、「ろしあんピロシキ」管理人gonzaさんとひよこさん(モスクワ在)のご尽力の賜物です。私はただ、投稿者としてあれこれと書きなぐっているだけです。おまけに、パソコンの扱いも苦手で、覚えた簡単なことの繰り返しだけができるだけです。
 管理人さんに心から感謝しています。よくぞ見捨てず叱咤激励くださって、ありがとうございます。
 
 私は、愛知万博協会ともロシア館とも、いっさいの利害関係のない、“観客”です。全期間入場券を買って入場しているひとりです。「ろしあんピロシキ」でも、前述のように投稿者のひとりです。決して、ろしあんピロシキ社の名古屋出張所員ではございません。(笑)月曜日から金曜日は万博とは関係のない仕事をしております。

 万博開幕前に、サンクトペテルブルク市に住む友人のエレナから「同僚のオレグが、名古屋へEXPOへ仕事で行くからよろしくね」と電話をもらい、友人の同僚ならば私の友人という簡単な図式で、オープンしたばかりのロシア館へ会いに行き、オレグとはそこから友情を育ててきました。オレグ リシェンコは、とっても良い人で、ロシア館のメンバーを次々紹介してくれました。たくさんのことを教えてくれました。それは興味あるものでした。「留学して彼の大学講義を受講しようか」と出来もしないバカな夢も見たほどです。

 5月末に帰国したオレグです。彼がいなくとも、それまでと同じように、ロシア館の人々に会いに行きます。彼らもいつも笑顔で接してくれます。ロシア国の国家的使命を持って日本へやってきた人たちです。どなたも知性溢れ、豊かで美しい心持ちの魅力の人々です。私にロシア語ちからがあれば、もっともっといろんなことを教えていただきたいです。自分のちからのなさを歯がゆく思います。そこを補ってくれるのは優秀な通訳たちです。コースチャ・オリガ・ペーチャ・マーシャら日本語の達人たちが私を助けてくれます。
 ロシア館の人々とお知り合いになれたことを心から感謝し、私の財産とさせていただきます。
 
 読者のみなさま、これからもどうぞよろしくお付き合いください。
 もう、まもなく、サンクトペテルブルク市から、ジーマ バラノフさんが ロシア館に赴任されます。オレグの同僚で、友人エレナの同僚です。ということは、もう私の友人です。これからの、「マーミンカ通信」には、きっとジーマが多く登場するものと思われます。どうぞ、ご期待ください。
 
 エレナが言いました。「ジーマは優秀な素晴らしい学者であり、魅力あるステキな男性です」。
 もうすでに、ドキドキワクワクして、ご到着をお待ちしております。

 ※犬に噛みつかれた足のけが、もうひとがんばりです。ご心配なさらないでください。お見舞いをいただきありがとうございます。


2005年07月02日

99号 「いせ毎日」=ミニコミ紙に掲載される

 
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  6月5日 ロシア館・ウクライナ館メンバーと出かけ楽しかった伊勢の旅の様子=(マーミンカ通信 65号掲載)=伊勢市を中心に配布されている「いせ毎日」423号、6月21日号に記事が掲載されました。

 この号では、「愛知万博特集」を組み、伊勢から万博へ行きましょうを全面にしたタブロイド版の新聞の4面に、「万博のロシア館・ウクライナ館スタッフ11人・伊勢と二見の旅満喫」と題をつけて旅の様子を掲載してくれました。担当の記者「道」さんが、二見の海岸や真珠のお店で、ロシア館やウクライナ館のみなにインタビューをしたり写真を写したりと取材もしながら、いっしょに楽しく旅をしました。

 この伊勢の旅は、ロシア館で働くメンバーの、(私が勝手に名づけた)コースチャ組からの参加者ですが、反対番のこの日仕事だったオリガさん組から、「ぜひとも、私たちも同じコースで行きたい。(コースチャ組)ばかりが楽しむのはイヤだよ」と、声があがっているそうで、近日中には、オリガさん組も、伊勢の旅に行きます。

 また、この伊勢の旅で訪問して真珠養殖の説明や真珠の展示をみせていただき、真珠製品のいろんなリクエストに丁寧に応えていただいたのは、二見町の伊勢パールセンターです。 とても親切な小西社長をはじめとした社員旅行で、6月28日に愛知万博へ行かれ、ロシア館では大歓待をうけたそうです。
 「展示物の案内を丁寧にしてくださり、とても良い思いでができました」と、小西さんから電話をいただきました。
 これが交流です。人と人の楽しいお付き合いです。よかった。うれしいです。
 さあて、オリガさん組の伊勢の旅の準備をしましょう。


98号 スポンサー企業 ガスプロムの日

 各国パビリオンには、スポンサー・後援・協力企業や団体がついています。館内の出入口近辺にそれらを明らかにしています。
 ロシア館のスポンサー企業のひとつはガスプロム社です。

 ロシア館では、6月20日、「ガスプロムの日」が企画されました。私は参加しておりませんので、詳しいレポはできません。残念です。ロシア館公式ホームページに式典の様子が報告されています。

 ガスプロム社は、世界最大のガス会社、世界一天然ガス埋蔵量保有会社とか国家的戦略企業とか言われるとてつもなく大きい会社です。ガスプロム社が愛知万博のロシア館を通じて、日本へ大きくアッピールをする日が、6月20日「ガスプロムの日」でした。
 式典では、イバノバ戦略発展部副部長が「日本へのガス供給について検討をすすめている」と発言されたようです。

 世界一……、ロシア館の展示には、いくつか「世界一」を名乗るものが多いです。世界一深い湖・世界一深いところから発掘された鉱石・世界ではじめて宇宙へ飛び立つ、世界一のボリショイバレエ団…そしてなんと言っても世界一の広さを持つロシア連邦です。
 そして愛知万博ロシア館の重要な世界一は、世界一のガスプロム社がロシア館スポンサー企業となっていることです。

 世界一のガス会社から、後日いただいたボールペンです。

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  そして、フットサル大会のロシア選手団のおそろいTシャツはガスプロム社提供。胸元には「ロシアからのごあいさつ」です。モデルはおなじみのコースチャ、語学だけでなくサッカーも上手な彼です。

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2005年07月01日

97号 フットサル大会 つづき

 94号にて「速報」でお伝えしたフットサル大会は、第2回目の催しです。「マーミンカ通信」41号と42号でお伝えしましたが前回は5月15日でした。あのときは寒くって、応援団も私もやや震えていましたし、なにより選手のみなさんの動きもいまいちでした。そして、優勝したのは、クロアチア館でした。

 今回は参加選手団も増え、みなの動きも鮮やかです。開会式とその後のたたかいしか見ていませんが、みないろんな形で、お国のアッピールです。クロアチア選手団は、赤と白の格子のシャツ、どこかのチームは手作りのコシミノ風スカートを着けて走っています。女性チームもいます。

 速報94号ではロシアチームと書いてしまいましたが、正しくは、ロシア+ウクライナ合同チームでのエントリーです。応援団は、飲み物などを買い込んで、熱く楽しい応援団風景です。選手のために「エネルギーをつけて」と栄養ドリンクも差し入れていました。
 選手達は、作戦を練ってきたのでしょう、交代を上手にしながらとても走ります。キーパーのアリョーシャも前回は、ひざ下に怪我をしてしまいましたから、今回は足を守るために長いウエアにしています。普段もキーパーをしているのでしょうね。大きな身体でゴールを守っています。

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  日本人審判に途中ちょっと抗議する場面もありました。メキシコ選手団もとても機敏に走ります。白熱の戦いです。が、2度もシュートを決めたのは、メキシコチームでした。アリョーシャのきつい守りを突き崩しての、ゴールでした。ああ。

 でも、戦いに悔いはないようです。みんな汗をいっぱい流しながらとても満足の顔です。こうして、熱くなって夢中になってスポーツをする姿は美しい。拍手を贈りました。

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2005年06月29日

96号 マルレンさ~ん またお会いしましょう。

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 マルレン アコポフさんです。この「マーミンカ通信」のためにインタビューの約束をしていましたが、日程の調節がうまくいかずに出来ませんでした。ごめんなさい。いまは、モスクワ市へ戻り、日常のお仕事をされていることでしょう。また、ぜひ、お会いしたいです。

 マルレンさんとはじめてお会いしたのは、まだ4月のはじめのこと、愛・地球博会場も静かで、ロシア館も静かでした。ロシア館のとなり、リトアニア館の前の庭で、です。
 オレグさんが紹介してくれました。「マルクスのマルとレーニンのレン をあわせた名前の、マルレンだよ」と。そのときのマルレンさんはなにか、お付き合いでもあったのでしょう、やや顔を赤らめ、ご機嫌でした。

 その時、マルレンさんがロシア館のモスクワ市担当者ということも知らず、「私はモスクワへ何度も行っています。モスクワでお芝居をみることが大好きです」と話しました。「とくに、演出家ワレリー ベリャーコビッチ率いるモスクワ ユーゴザーパド劇場が大好きです」とお伝えしましたら、「おお、それは素晴らしい。ぼくもベリャーコビッチ氏を知っているよ」と、とてもうれしそうで、私を抱きしめてくれました。もちろん、私もとてもうれしかったです。ユーゴザーパド劇場を知っている人がいるのは、うれしいです。

 それから仲良しになりました。ロシア館出口の机にいつもいて、にこにこと来館者にプレゼントを渡したりしていました。特に若い女性には気前が良く、とってもうれしそうで、彼女たちといっしょに写真を撮ることも楽しんでいました。

 インタビューの約束はしていたのですが、できずでした。ロシアナショナルデーを終えて6月22日、お国に戻られました。いっぱいお聞きしたかったのです。とくに、日本の印象などを語っていただきたかったのですが、残念でなりません。

 機会があればモスクワ市でお会いしましょう。マルレンさんは、「モスクワ市全ロシア展覧会センター」で、働いてみえるそうですから、行ってみようかな。


2005年06月28日

95号 謹んでの私ごとです。

 敬愛する読者のみなさま。

 この「マーミンカ通信」もまもなく100号を迎えようとしております。題材の愛知万博・愛地球博も、会期を折り返しました。これからは、一層の暑さと大勢の来場者などが問題となってくるでしょう。

 日ごろフットワークの軽さだけは自慢で、あちこちへ行くことはなにも気にならずにおりまして、これからもっと万博の取材に励もうと思っております。万博夏対策・ロシア館展示の紹介・ロシア館を中心にして外国館のスタッフたちへのインタビュー・おすすめの食べ物などの取材企画をと考えております。
 それと、ロシア館メンバー等と夏の名古屋を楽しむ計画を練っています。

 が、とても痛い事が起きてしまいました。

 なんと、この大事なマーミンカの足が、近所の飼い犬に噛まれました。
 全治1週間(あるいは延びるかも)の怪我を両足=足裏と右足首にです。加害犬はふだんから可愛くない犬。根性も可愛くなかった。嫌いよ!!
 もちろんすぐに外科を受診しております。

 というわけでして、唯一の自慢のフットワークがしばらく使えません。お許しください。でも、確実に治っていきますので、待っていてください。お願いします。

 ※このブログの「コメント」機能は書き込んですぐに、公開とはなりません。私宛のないしょ話しでしたら、その旨を頭につけて、書き込んでください。「公開」はしません。
 私が、「公開」ボタンを押せば公開となります。いずれもどうかお気軽に書き込んでください。


2005年06月27日

94号 第2回 フットサル大会速報

 ロシア対メキシコ戦です。今回のロシアチームはシャツをそろえました。キーパーのアリョーシャは、早くから身体をつくり、汗を出しています。仕事が休みの人も、きょう仕事だった人も、相当の意気込みで会場に集まってきました。やる気むんむんです。
 が、他のチームも同じくすごいやる気です。がんばれ、ロシアチーム !!

 きょう出会った青年Sさんを無理やりに誘って、フットサル会場で応援です。

     
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 今日も蒸し暑いです。みんな元気に走りまわります。が、ナント!!メキシコが、勝ちました。2点を与えてしまいました。でも素晴らしい、緊迫した試合でした。みなさん、お疲れさまです。
 


93号 瀬戸市民との交流会・出会い…。

 名古屋市中心部から電車で約35分ほどで、瀬戸市に着きます。瀬戸、瀬戸物の瀬戸はここからと言われる焼き物の街です。愛、地球博の瀬戸会場もあります。
 ここで活躍するNPO瀬戸の方と知り合いました。万博で働く外国人と仲良くなりたいからと、バーベキュー大会とコンサートを開くと聞きました。「ロシア館も参加します」とも。では、私も行かねばなりません。

 日曜日の夕方、コンサートの時間からですが出かけました。でも、ロシアパビリオンからの参加者は、来ていません。あら?どうしたのでしょう。でも、しばらく、会場の様子を見ていました。外国人たちももちろん、瀬戸の市民も参加して楽しそうです。

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 でも、ロシア館からはなぜ来ていないのでしょうか?この場所がわからなかったのかしら?

 コースチャに電話をしました。と、言うかコースチャはこの瀬戸NPOの取組は知らなくって、「ロシア館から誰が行くのでしょうか?」って言っていました。
 「だれもいなかったですよ」と瀬戸市から伝えると、「そうですか。私たちはいまからフットサル大会に行きます」と言うではありませんか。エッ、それはたいへん、そちらにも行かねばなりません。

 きょうはこの瀬戸市のコンサート会場でひとりの青年と待ち合わせを約束をしていました。ロシア国のある大学に留学しており、いま夏休みでご実家に帰ってきた青年は、「ロシア館のことなど教えて欲しい」と、私のロシア語仲間を通じての縁を得て、ならば、瀬戸市で会いましょう。きっとロシア館の人たちとも会えるでしょうと思って、瀬戸市へ来てもらったのです。が、残念でした。ロシア館メンバーに会えませんでした。

 が、「フットサルがいまからあるのですが、行きますか」。「はい!」と明るい返事が返ってきたのです、瀬戸市から、フットサル会場へ駆けつけました。

 続きは次号に……。


2005年06月25日

91号 休日は海へ行きました

 25日の土曜日は、ロシア館とウクライナ館の休日メンバーが誘い合って、海へ行くという。ちょっとまよったのですが、気分転換に、内海(知多半島のうつみ海水浴場)へついていくことにしました。

 晴天で風も心地よく、波も穏やかな絶好の海の日です。きょうは私も「海に入る」と決め水着をもっていきました。気持ちよかったです。海は良いですね。大好きです。疲れましたが、いつもの疲れとは違います。

 水辺ならではの「足」で参加者をご紹介します。 
 
  ロシア館潮力発電の専門家。イリヤさんの足
    
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  ロシア館事務方コンピュータ技師。ボーバさんの足

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  ロシア館通訳 コースチャの足

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 本邦初公開、マーミンカの足でございます。

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  そしてもうひとりはウクライナ館の人気もの、ダーニャです。彼女はおきれいなので、そのままでご登場いただいきました。ウクライナ語・ロシア語・英語・日本語もお上手、これからはイタリア語を勉強したいとか。ぜひ、ウクライナ館でお会してください。

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90号 ロシアの少年たちの万博

 ロシアナショナルデーのためにモスクワからやってきた、アレクセイ ヨルダン記念カデット少年合奏団のご一行は、短い時間万博と地元の人たちと楽しい交歓交流をしたそうです。

 少年たちは、EXPOドームでの公式行事のとき私のとなりに座り、暑いな、眠いなあ、窮屈だなモードいっぱいで式典を大人しく聞いていました。が、だんだん、少年らしくやんちゃになってきました。だから、バレエのときに会場を途中退場していきました。そのときのうれしそうな顔を見逃しませんでしたよ。「ホットしたよ」って、少年らしく可愛い顔をしてさっさと退場していきました。

 その後ロシア館の前や名古屋市内美術館の前などで演奏活動もしました。

 もちろん万博も楽しんでいたようですが、19日彼らが、制服のまま「暑いよ~」と会場をぶらぶら歩いているのに遭遇しましたが。暑かったよね。とくにその軍服スタイルは可愛そうでした。

 時には、万博会場の地元瀬戸市の人たちとの交流会に参加して、楽しいひと時を過ごしたようです。このときの通訳には、ロシア館の コースチャが勤めて、彼も少年たちと、瀬戸の人たちとも楽しんだそうです。

 もう無事にモスクワへ帰り、もうすぐ夏休みの学校で、いっぱい日本の印象を話してくれていることでしょう。良いすてきな報告が伝わっていることと信じます。


89号 クロアチア国のパビリオン 

 国境線だけが書かれた白地図を広げて、さて、この国はどこでしょう?と問われても、ほとんど正しくは知らない。もちろん詳しい人は大勢いることでしょうが。なにかの機会に「ああ、ここにあるのか」と知ることは、あります。戦争や暴動や天災が起きて、はじめて知るよりも、美しい景色や人との出会いや、芸術文化=音楽や映画で知ることのほうがどれだけ心にしみこむものかとは、言うまでもありません。
 その、なにかの機会がいま、行われている万博もひとつであるかもしれませんね。35年前に開かれた大阪万博のときとは、明らかに違う世界地図です。出展の各国は、自分の国がどこに位置する国かを、いろんな形で教えています。

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 クロアチアは、パビリオン側面に地図を載せました。それも、人通りが多いほうへ、むけて。思わず立ち止まって見入る人もいます。「クロアチアって、海があるのだね」。それが私とクロアチアとの出会いでした。
 
 クロアチアパビリオンはいつも大勢が並んでいます。が、早朝一番に入ることができました。並んでいる理由は、人数を仕切って、映像の部屋に入るからでした。おもいがけない映像の方法にも驚きましたが、映像の内容も、なにかぐっとくる正直さでした。国と国民の生活を見せてくれました。

 ロシア館の展示には、国民の生活、いまのロシア国民が、なにを食べ、着て、四季をどのようにすごし、子ども達がなにに大喜びをするのか、という紹介は、残念ながらほとんどありません。そこは不満です。すこしだけモスクワ市内映像が市民生活を紹介ているようですが、モスクワ市民だけでロシア国民ではありません。ロシア国、そのあたりは、ちょっと黙っておきたいところかもしれません。

 クロアチア国パビリオン、ちょっと並んでいますが、ぜひ、ご覧ください。おすすめです。


2005年06月24日

88号 ピロスマ二の絵

 EXPOドームがある一角が、コモン4と呼ばれるところ。ロシア館はここに位置します。会場一番南に位置するところです。大勢の人が早朝から並ぶ企業パビリオン位置からは遠いところで、朝は、かなり静かです。が、午後から夕方は混みます。どこのパビリオンは外に列をつくります。

 コモン4の入り口に位置し、「健康と長寿」と看板に大きく書かれているのがコーカサス共同館=アルメニア・グルジア・アゼルバイジャンの展示館です。バラのソフトクリームとかヨーグルト・ワインの販売コーナーもあります。
 ここのグルジアコーナーにやっと、「女優マルガリータ」の絵の複製がやってきました。

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 グルジアの画家ピロスマ二が、憧れた女優をモデルにしたこの絵画は、開幕当所、万博のグルジア館の目玉展示となる予定でした。私は楽しみにしていました。が、なかなか展示されませんでした。グルジア館担当者は「絵の痛みが激しいようで、どうでしょうか?」。また別の方は「展示の予定で本国では準備しているようですが、さて?……」。

 とうとう、複製ですが来てくれました。すてきです。赤いバラの花が飾られています。「百万本のバラの花」の歌詞のモデルとなったのは、この絵とか。ぜひ、ご覧あれ。そして思わず歌いたくなることでしょう。「ひゃくまんぼんのばらのはなを~あなたに、あなたに、あなたに、あなたにあげる~」。

 贈り物の花の話題がでたところで、ちょっと、ロシアでの花の贈り方をお伝えしましょう。基本は奇数本です。これが大事です。ブーケを造ってもらうときも花の本数は、奇数本になるように。そして、1本だけの花でも、良いのです。

 と、いうことは、「百万本のバラ」って……??うふ。
 99万9999本のバラの花を~~って、歌詞では歌うのが難しいし……。うむ。
 


2005年06月22日

87号 ナショナルディー ご報告 3

 6月18日早朝、万博会場にふたりは到着しました。福岡から「ロシアナショナルデー」のためにやってきた友人と、私は、EXPOホール前で並び、午後3時からはじまる「スラバのスノーショー」の入場券を手にして、喜び、朝からビールも飲んでしまいました。朝から暑いです。アジアのパビリオンも回り、ロシア館にも行き、映画を見ながらちょっと休憩もして……。
 ロシア館の前では、昨日のナショナルデーの演目に出演をした、アレクセイヨルダン記念ガゼット少年合奏団の公演もあったようです。

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 EXPOホールの開場時間、会場のドアを開けた瞬間から、もうショーは始まっていました。会場中が雪です。それはすごいものです。「なにが始まるの?」ワクワクします。もう完全に、出演者は、観客の注意力をひきつけました。そして、はじまりました。黄色の道化師コスチュームのおじさんは、舞台に出てくるだけで、オーラが出ています。スターですね。

 緑の厚手のコート姿に、黒いヘンな靴と茶色のぼろい帽子姿の道化師仲間、途中黄色の服で月と星?のふたりも登場です。彼らのひとつひとつのワザがすごいです。片足で立ったまま足元を見ずに前後のふたりが同じリズムで足を動かす、これはすごいです。指先の動きだけで、客席の400人以上の客の拍手のリズムをひとつにしてしまう、これもすごいです。観客を完全に巻き込み、場内がみんないっしょになって笑います。ときどき子ども達が「キャッ、キャッ」と笑うと、もうそれだけで、会場中も釣られて笑います。いいなあ、笑うっていいです。

 笑いながらどこか悲しいのですが。と、悲しんでいる間がないほど、すごく大きなものが登場し、あれよあれよと思う間に、場内には雪が……。「うわあ~~」。と、今度はボールが。「うぎゃあ~~」。それはいままで見たなによりもすごい劇場大道具です。

 完全に私は、参りました。うれしいのや悲しいのや楽しいのや、いっぱいいろんなことで、涙も出てきます。「ブラボー」って叫んでいました。舞台の下にかけていきました。持っていたキャンデーを彼らにプレゼントしました。

 私は完全に空へ舞い上がる気持ちです。「きっと、モスクワで彼らに再会する!!」って決めました。

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      (お宝 : ポルーニンさんのサインです)
          
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      (お宝 : 会場に降った大雪です)


86号 ナショナルディー ご報告 2

 EXPOドーム満員の観客は、ロシアバレエのスターたちのすばらしいバレエ公演に酔っています。

 次の出演は、クラシックセッション「アポクリファ」です。8人のグループがクラッシク音楽のいくつかを歌い、演奏し、ちょっとショーのように見せてくれます。と、いうことが観ていてわかったのですが、最初は、なにをするのかな?と心配でした。が、だんだん、みんなが乗ってきます。独唱の男女ふたり、イリーナさんとチグランさんの声がすばらしいが、ここはドーム。彼らは本当は小ホールで出演すべきですね。でもでも、さすがロシア国が、ナショナルディーに出演させたグループです。魅惑的です。

 すべての終演後、総勢11人のグループとなってロシア館訪問です。ガイドにコースチャをお願いして、展示物の説明をしていただきました。モスクワ市コーナーでは、この担当のマルレン氏が「おお、みんな来てくれたかい。うれしいよ」と、もみくちゃ大歓迎してくださいました。

 きょうのロシア館は、ロシアの日ですから、混んでいます。おみやげの売れ具合もとても良いようです。

 きょうはじめてお会いした Kさんは、マトリョーシカの大ファンです。「幼いころですよ。大阪万博ソ連館のおみやげに、マトリョーシカをもらい、それからずっとファンです。万博会場に近いところに住んでいるので、散歩のように、ロシア館へ、おみやげコーナーのマトリョーシカを見に来るのです。そして、写真も写して」。

 その写真集を見せていただきました。ロシア館おみやげマトちゃん集です。こういうロシアファンもいます。スバラシイ。拍手を贈ります。

 その後それぞれ別れて、遅い昼食です。遠路福岡からおいでの、あっこちゃんと私は、ポーランド館レストランへ。ここでおいしいお料理とビールを十分に楽しみました。むこうのテーブルには、ロシアバレエファングループも楽しく語らい中です。
 すてきなロシアナショナルディーです。みんなをすっかり酔わせてくれました。


2005年06月21日

85号 ロシアナショナルディー ご報告 1

 ご報告が前後しますことお許しください。万博ロシア館最大企画ナショナルディーのご報告を3回にわたっていたします。

 6月17日のロシアナショナルディーの企画発表は、遅かったです。バレエが来るらしいなど「うわさ」はいっぱい流れていたけれど、万博協会やロシア館からの「公式発表」は17日寸前でした。それでも、当日は万博への入場者数も多ければ、会場となったEXPOドームも人がいっぱいです。

 さて、私の一日をお伝えしましょう。

 早朝起きて、すぐ出発するつもりが、地域のゴミだしを済ませて、ヨーグルトの朝食だけでは、これからの長時間もたないから、朝食をしっかり食べ直してからの、イザ、出発です。
 いつもどおり、名古屋駅メルサバスセンターからの直通バス乗り場へ行きます。と、そこにはすでに、人、人、人ばかり長蛇の列ではありませんか!毎回バスを利用しているお得意様の私がいつも乗るときは、かなり空いている時間。早朝のこの多さに仰天です。きょうはみんな「ロシアナショナルディー」に行くのかしら?

 バス到着の東ゲートでは多くの人が入場を並んで待っているが、とても幸運なことに列の流れは順調で早かった。が、東ゲートからEXPOドームまでは、実に遠いのです。600円ゴンドラはすでに、切符を買うだけで並んでいる。ゆっくり走るIMTSのバスはいま、1台が出発したばかり。待ち時間がもったいない。

 結局歩いてドームへ。暑いです。ループを歩いていると、西ゲート(リニモ西駅とか団体バスとかで来る人の多くが利用する入退場口)はものすごい人の列。「うわああ~~」と声がでてしまいます。

 無事ドームへ入ることができました。汗を拭きつつ会場内は、まだ人が少ないです。民族楽団と士官学校少年合唱団も出演。その後セレモニーがはじまる。マイクの音が割れてあいさつの声がほとんど聞き取れない。

 いよいよバレエ公演がはじまります。演目などくわしいことは ロシアバレエファンのユーラさんのページをご覧ください。

 舞台の床は舞踊にふさわしいようなものでありません。べこべこつるつるに見えます。それに会場が明るすぎて、踊り手の目になにもかも見えます。「落ち着かないことだろう」と心配です。転ばないで欲しいとおもってばかりいました。

 きょうは、友人のあっこちゃんがはるばる福岡からやってくる。このロシアナショナルディーのために。「マーミンカ通信」で知り合った人たちともこのドーム内でお会いする約束です。みんなうまく会えるかしら?と、私も落ち着かないです。

 もっと落ち着かない少年たちがすぐとなりにいます。さきほど出演をしていた、モスクワからやってきた、アレクセイ・ヨルダン記念カデット少年合唱団のみんなです。「僕たちバレエなんていつも観ているものね」って感じで、バレエが始まったら、いままでの緊張が解けたように、ごそごそしはじめて、ぼそぼそとおしゃべりをはじめてしまい、とうとう私は彼らに「チー」としました。

 それを察したように、彼らの指導者たちが、退場をうながして彼らもほっとして、会場を出て行きました。そしたら急に静かになり、音楽がよく聞こえるようになりました。

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( ドームの中からみえるロシア館 )


 休憩中に出会ったのは、この「マーミンカ通信」の愛読者でロシア館リピータで、マトリョーシカ大ファンという Kさんです。「入り口で、『マーミンカ通信』に掲載されていたロシア館通訳の青年に声をかけました。勇気を出して声をかけたら、喜んでくださいました」。
 コースチャですね。偉い!!声をかけた彼女も、それに答えた彼も偉い。

 美しいバレエが続き、とても豊かな気分です。ドームらしく、外から鳥の声や騒々しさも入ってきます。まあ、仕方がないことです。というか、実はとても残念です。
 ボリショイ劇場オーケストラのメンバーは、舞台下での演奏です。前半、客席真ん中で聞いたときも「しっかり&優しい」音と聞こえました。が、後半右サイドに席を移動した私は、「音がこんなにも違う」と感動しました。右サイドには、もっと優しいまあ~るい音となっています。どこにもとげのない、音と聞こえます。ドームの中を吹く自然の風に乗って耳に届いているようです。


2005年06月20日

84号 オレグさんのこと掲載の毎日新聞

 66号掲載のオレグ博士の日本での活躍を紹介する毎日新聞記事です。残念ながら写真はありません。

 サンクトペテルブルグでの「写真展」、そのために私に「日本語で説明文を書いてね」と言って見えた博士ですが、と、いうことは、私、サンクトペテルブルグへ行かねばなりませんか?


83号 オレグさんへ電話をかける

 いまはサンクトペテルブルクにいる、オレグさんは帰国する寸前まで、ロシアナショナルデーのことを心配していました。もちろんそのころは企画などを彼らも知らかった。
 ナショナルデーの日にちは、万博開幕時から明らかになっていることで、「なにの企画をしたか」「どんな評判だったか」「私も行ったのか」などをご報告するために、国際電話をかけました。

 オレグさんは「僕の携帯電話は優れもの、パリでもワルシャワでも通じる」と言ってみえたので、教えていただいた携帯電話へかけてみた。と、言っても2度目のこと。6月はじめにかけたときも、きょうも、電話から聞こえる声は、すぐ近くにいるようです。
 私の方からは、国際電話カードを利用してのもの。たくさんの数字をおしまちがえないようにして、オレグさんが電話に出てくれるのを待ちました。

 「ロシアナショナルデー、素晴らしかったですよ。バレエと音楽と、それと、ロシア語でなんというのか知らないが、サーカスの人、ポルーニン……」。「エッ、ポルーニン??それはすばらしい。彼はサンクトペテルブルクで公演したよ」。

 電話の向うでオレグさんは「日本は雨が降っているかい?」「いいえ、雨は降らないが、暑いですよ」。
ちょっと黙ったオレグさんは、日本の万博会場の景色を思い出しているようでした。
 「サンクトペテルブルクは、暖かいよ。気持ちが良い」。

 あまりに声が近いので「今夜お酒でも飲まない?」ってお誘いしたくなりました。 


2005年06月18日

82号 「スラーヴァのスノーショー」 最高です。

 早朝、万博会場行きのバスに乗り、東ゲートから、一気にEXPOホールをめざします。昨日バレエ公演の行われたロシア館のとなりのEXPOドームとは違う、客席400席くらいのホールへです。
 ロシアイベントの「スラバのスノーショー」を見るために。早朝9時からの入場整理券を確保するためにです。「ぜひ見たい」から。そして、それは実現したのでした。
 
 まぶしい夏の陽射しから、一歩ホールへ入るとそこは別世界です。くわしくは書きません。ネタバレになりますから。
 道化師スラーヴァ ポルーニンとその一座の素晴らしすぎる公演です。そのすばらしい芸術は、見るものの心の奥へ届き、心を開放してくれます。そして、いつのまにか、優しい心となって、感動の世界にどっぷりと浸かります。感動で泣けてしまいました。
 ロシアの舞台芸術は、観客を確実に別の世界へ連れて行き、確実に心を解き放ち、豊かにさせてくれます。スラーヴァ氏の人となりについては無知で、申し訳ないのですが、でも、舞台を見て彼の超一流で高尚な芸術性がわかりました。

 EXPOホールを出てから、会場内のグローバルループを歩きながら舞い上がってそのまま空まで飛んでいってしまいそうな、私でした。きょうも、ロシア国に感謝の日でした。


2005年06月17日

81号 ロシアナショナルディー 感動の出会い

 詳しい内容は万博公式ホームページをごらんください。 

 ちょっといま感動で涙がでてしまっています。とても素晴らしい一日でした。

 愛・地球博、いろいろ問題があるでしょうが、我が家から近くで開催してくれてありがとう。
 ロシアと私の出会いは、ウン年前のロシア語勉強からはじまるのですが、2度目が9年前のいまごろのサンクトペテルブルク旅行でした。それから、深いご縁をいただき、きょうまで。ロシア語もまともにできないのに、ロシアのことも、まだ何にも知らないのに、ロシア国とこんなにご縁をもてることができ、ありがとうございます。

 人と人の出会いは、必ず必然です。出会う用意ができたときに、出会います。と、私はいつもそう思っています。きょう、私はまた新しい出会いがありました。ありがとうございます。

 ロシア館のみなさん。わがままをいつも言ってごめんなさい。こんな私にもいつも優しくしてくださり、ありがとうございます。

 ロシアナショナルデーの企画は明日も明後日もあります。

 スラーヴァのスノーショー 
  ロシアが誇る道化師スラーヴァ ボールニン が演出・主演する幻想的なショーです。楽しみです。


2005年06月15日

80号 ロシアアニメ出演のみなさん 

 ロシア館の中の映画上映あるいは、イベント開催ルームの客席の後ろには、「ロシアアニメのコーナー」があります。↓のように、2箇所に別れてガラスケースに入っています。それぞれの人形たちは、小さいものですね。アニメ撮影のために使われたものだろうと、私は思います。微妙に汚れています。
 人気のチェブラーシィカはわかりますが、あとは、どこかで見たような人形たちですが、どんな作品に出演したのでしょうか、わかりません。
 ロシアアニメファンのみなさん、教えてくださいませんか?それぞれのお人形が出演するアニメの題名はなにでしょうか?写真が小さいですか?

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 アッ、そうですね。ロシア館スタッフに聞いてみれば良いですね。以前、オレグ博士は「ははは、僕の専門とはちがうね」と笑ってました。
 調べてまた、ここで発表しましょう。


79号 ウクライナ館の ボルシチ

 ロシア館内には食堂も喫茶もありません。ちょっとウオッカでも飲みたくても販売はありません。

 お隣りのリトアニア館では、ビールやウオッカをスタンド販売しています。きりりと冷えたウオッカは美味しいです。ビールもビンビールとサーバーからの生ビールとあります。紙コップではなくガラスジョッキに注いでくれますので、外へ持ち出して、ベンチでゆっくり味わうのがよろしいかと、思います。もちろん、飲み終わったら、お忘れなくご返却ください。ビールのおつまみの販売は、たしかありませんので、ちょっと持ち込むとよろしいでしょうか。

 EXPOドームに近い方のお隣り、ウクライナ館では、美味しいお食事が出来ます、小さなレストランがあります。

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 ボルシチはロシア料理として日本へ伝わっているけれど、発祥はウクライナです。ウクライナ館では、お国自慢のボルシチに可愛いパンをつけて提供しています。いただきました。
 おいしいです。どこか懐かしい味で、ほっとします。トマトとビーツの甘味が優しい。きょうは赤いワインとともにいただきました。

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 小さいレストランですが、窓辺の飾りが奥行きを感じさせてくれますから、ウクライナの田舎にいるようです。

 ロシアナショナルデーのときにのお食事はぜひ、ウクライナ館でどうぞ。


78号 きれいな夕焼け

 愛・地球博 ロシア館の前でみたすばらしい夕焼けです。このあともっと赤くなって日が暮れました。その翌日は素晴らしい晴天でした。
 梅雨に入ったばかりの日でした。万博会場の空は、とても広いです。

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77号 ロシア館警備員 かな?

 またロシア館の展示物のなかに、ステキな男性発見です。以前はおみえではなく、最近登場されたのではと思います。
 
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 ロシア館のいくつもある展示物を警備する役目を持って毎日、武具で身を固め、手をかざして遠くをしっかりみつめ、すぐに馬で駆け出すことができる彼。
 ナント、石で出来ているのです。が、身軽そうでしょ?アッ、でも、馬の足が固定されている……。彼はそのことを知っているのでしょうか?馬は照れてか、仕事をしたくないのか、顔を隠しています。

 ロシア館の人気展示物のひとつ鉱石類展示コーナーのガラスケースの中から、一応、警備中です。これも、私は大好きです。


2005年06月14日

76号 通訳オリガさん「ナショナルディーにおいでください」 

 ロシア館で働く日本語通訳のおひとり、オリガさんにご登場していただきます。私が2度目にロシアパビリオンへお伺いしたとき、通訳をしていただいたオリガさん。先日の伊勢への旅をごいっしょする予定でしたが、彼女が歯痛に襲われてしまいお留守番されました。今度は、ぜひいっしょに伊勢へ行きましょうね。
 では、インタビューいたします。

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 マーミンカ:流暢な日本語を話されます。なぜ日本語を学ばれたのですか?
オリガ*「進学を話題にする年頃に、ボーイフレンドが『ぼく日本語が勉強したいから、そういう大学へ進学したい』って言うから、『私も同じ大学へ行きたい』と強く思って受験したのです。そしたらね、彼は不合格で、私が合格してしまいました」。

 マ:学びはじめた日本語はむつかしかったでしょうか?
オ*「ええ、ひらがな、カタカナを覚えるのが難しく、泣きたくなる毎日でした。もう日本語をやめようかと思いました。が、両親が励ましてくれましたから、なんとか続けました」。

 マ:日本語の先生以外ではじめて会った日本人はいつでした?
オ*「大学にはひとり日本人の先生がいました。学生生活も終わりに近づいてきた実習のときに、日本人ツアー団を空港で迎えました。あらかじめ,『トイレはどこ』って聞くだろうからと教えられていましたので、『トイレはここです』とまず覚え、とてもドキドキしながら案内したのです。日本語難しいと思いました。いまも思っていますが」。

 マ:卒業後すぐに通訳になられたのですか?
オ*「結婚、出産、子育ての時期もありました。出版社でロシア語から訳された日本語の校正をしました。これは、母国語ロシア語がとてもわかる仕事ととなりましたが、つまらない仕事でした」。

 マ:ソ連からロシア連邦となった時期にはどうしていましたか?
オ*「91年のクーデター事件のときに、日本のマスコミのために通訳をしました。マスコミとともに働き、あらためて日本語の魅力を知り、日本語の難しさを知りました。ご縁でNHKモスクワ支局で仕事をしています」。

  マ:これまで日本へは何度もおみえですか?
オ*「95~96年にかけて3ヶ月日本にいました。NHKの仕事で、日本だけではなく、ロシア各地も行きました。シベリア、極東、カザフスタンなど、行きましたね」。

 マ:長期出張はご家族もたいへんですね。
オ*「仕事をするのは当然のことですから。夫に尊敬される妻となっています」。

 マ:万博で半年間仕事をされるのですね。名古屋はいかがですか。
オ:「名古屋ははじめてです。名古屋の人は良い人ばかりですね。優しい人ばかりです。でも、物価が高くって自炊生活ですから、たいへんです。コーヒーが、東京では180円でも飲めるのに、名古屋では300円!!」。

 マ:ロシアのナショナルデーは17日です。宣伝をどうぞ。
オ*「ナショナルデーの企画はとても素晴らしいものです。ぜひ、みなさまおいでください。ロシア館の展示物もすばらしいものがたくさんあります。マンモスも大人気です。鉱石類はきれいで、みなさん喜ばれます。どれも興味を持ってみなさん見てくださいます。どうぞロシア館へも、おいでください」。

 マ:ナショナルデー、とても楽しみです。
オ*「いま大人気であり、実力もあるバレエダンサー ニコライ チュスカリーゼ が踊ります。すばらしいですよ」。

 マ:歯痛はいかがですか?もう大丈夫ですか。
オ*「痛みに襲われて苦しみました。モスクワに帰ろうかと思ってしまいましたが、いまは歯科医院に通っています。治療にはちょっと時間がかかるようですが、大丈夫です。この経験は、日本のことを理解する良い機会となりました」。

 オリガさんありがとうございます。歯の治療が早く無事終えますように。お大事になさってくださいね。
 


2005年06月13日

75号 ナショナルデー 「きっと感動されます」

 モスクワ市の北東にある「全ロシア展覧会センター」(ВВЦ)に、私はまだ行ったことはありません。地図で見ますと、近くにはいつだったか火事に遭ったオスタンキノテレビ塔やオスタンキノ宮殿があります。地下鉄ヴェーデンハー(ВДНХ)から歩いてすぐのところですね。今度行ってみようと思います。すっごく広い敷地です。なにがあるのでしょうか?
 愛・地球博ロシア館でいただいたパンフレットをみると、「全ロシア展覧会センター」の一角のパビリオン№71、「ICE AGE」という博物館はマンモス博物館です。「全ロシア展覧会センター」は博物館の集まりのようなところ、まるで万博みたいです。
 
 その「全ロシア展覧会センター」から愛・地球博へ出張中のレオニード ラールシュキンさんをご紹介いたします。モスクワ市からの依頼で、首都モスクワ市を、日本へ世界へ大きく宣伝するために、ロシア館でお仕事中です。

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 レオニードさんは、モスクワ市を熱く語られます。
 「クレムリンを中心にしてすばらしい景色と歴史的記念物や建物があります。博物館、美術館もたくさんあります。ロシア国の進歩をあらわす街がモスクワですが、大都市として、ひどい交通渋滞や環境問題もかかえています。この愛・地球博のテーマ『自然の叡智』は、モスクワ市がいま抱えている問題を解決するための手立てを教えてくれるだろうと期待しています」。
 

 私はモスクワに憧れて、行きたくてたまらず、実現したのは2000年の夏のことです。それ以来、大好きなモスクワです。「赤の広場」に立つと足元からパワーが伝わってきます。モスクワ河からのクレムリンは美しいです。立ち並ぶ住宅街からちょっと入るだけで緑濃い公園や教会も広場もあります。モスクワの劇場でみる芝居の素晴らしさ。世の中にこんなに素晴らしい心癒すものがあったのかと驚いたのも、モスクワです。
 でも、ひどい交通渋滞にはいつも閉口です。空気の汚れも深刻な問題です。物価も高いですし。

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 「オリンピック開催が、決まれば、モスクワ市は一生懸命やります」。
 うむ?それはちょっと難しいかも。すでに、モスクワはかなり厳しい、との評価が、2012年のオリンピック開催検討委員会の決定の前に、流れています。レオニードさんもちょっと重い口調で話してくれました。

 「2015年のEXPOをモスクワで開催したい、それは検討中です。だから、この万博でいろんなことを学んでいます」。
 私は、モスクワEXPO、行きますから。将来の予定に入っています。

 レオニードさん担当のモスクワ市コーナーは、ロシアパビリオンの出口に近いところで、明るい光と花の飾りといくつかの映像でモスクワ市を紹介しています。このモスクワ市紹介映像が優れもので、モスクワ好きの私は、ワクワクして見ています。
 愛・地球博オープン当時のモスクワ市コーナは、チューリップの生花がきれいに飾られていました。とても印象に残っています。あのころの会場は寒かった、観客が少なかった、とともに思い出となっています。いまは造花での飾りです。

     
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 レオニードさんは、日本へはじめて見えました。
 「日本人は親切で、表情は穏やかで優しいです。遠くからでもあいさつをしあう光景は驚きます。みんなが協力的ですね。身体障害者にも国家予算がたくさん使われていて、サポート体制が整っているのはすばらしいことです」。
 
 つづけてレオニードさんは「EXPO協会も事前の準備も細かく、規律がちゃんとしているのは、日本のやり方だろうが、良いことだ」。
 そうです。日本のやり方での万国博覧会ですから、諸外国からお見えの人たちは窮屈に思う場面もたくさんあるのでないでしょうか?

 「万博協会や企業や団体が、スタッフのため外国人のためにと、いろいろな企画を工夫をしてくれて、とてもうれしいですよ」。

 6月17日は「ロシアナショナルデー」です。
 「モスクワボリショイ劇場のバレエをご覧いただきます。ロシア連邦は、ナショナルデー企画に誇りを持っています。ロシア館のすぐとなりのEXPOドームで多くの人に楽しんでいただきたいです。きっと感動されます。多くのみなさんぜひおいでください」。

 ナショナルデー、とても楽しみですね。その準備のためにとてもお忙しいのに、私とお話ししてくださって、ありがとうございます!レオニードさん。 


2005年06月12日

74号 喫煙中…。喫煙は喫煙場所でどうぞ

 私もなにをかくそう以前は喫煙していたこともある。が、もう、いまはきっぱり止めて、嫌煙派です。

 愛・地球博会場でも喫煙者はなかなか困っています。建物の中は全部禁煙・通行場所も当然そうです。会場内いくつかに、堂々と喫煙できる「喫煙場所」がありますのそちらでどうぞ。だいたいトイレの横とか、です。会場案内地図にその場所は書かれいます。許可された場所以外で喫煙していますと、警備担当者ほかから、きびしい注意をうけます。

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 ↑ロシア館の展示ケースのなかで堂々と喫煙中のおっさん。セイウチの骨で造られている工芸品です。


73号 びわの実 お召し上がりください

 ことし、我が家の庭では、びわの実が大豊作です。いつだったか、「ロシアにびわはない」と聞いたことを思い出し、「そうだ、ロシア館メンバーに食べていただきましょう」。

      
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 ロシア館メンバー全員は、ほぼふたつの班に別れての毎日交代勤務です。私のなかでは、コースチャ班とオリガ班と呼んでいますが、そのどちらにも召し上がっていただきたい。ということは、続けて2日、万博会場へ行くこととなりました。

 びわは、やはりみなさん初見です。はじめて口にされるものです。
 
 「これはなんですか?」
 通訳氏は辞書で調べて「日本のかりんの実、みたいな、『びわ』と言います」とロシア語で、紹介してくれます。
 「おいしい」「瑞々しい」「エッ、庭にあるのですか?」「タネも食べてしまいましたよ」……。

 「初めて食べるから、あしたお腹が痛くならないかな……?」コースチャはそう言いながら、たくさん食べていました。さて、お腹が痛くなったカナ?

 今度は、ウクライナ館のみなさんのところへも、持っていきましょう。ウクライナ館メンバーとも、いっしょに海へ行きましたから、もうお友だちです。


2005年06月11日

72号 ロシアナショナルデー 記念公演

 6月18・19日はロシアが誇る道化師 スラーヴァ ポルーニン さんのショーが行われます。

 会場は EXPO ホール です。(バレエ公演場所=ドームとは違います) 整理券配布 朝 9時~

 時間は、両日とも 15時から

     SLAVA’S SNOWSHOW

 アメリカブロードウエーでも大人気で、チケットが容易に手に入らないといわれています。
 こちらもお見逃しなく。


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71号 ロシアナショナルデー 決定 

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 6月17日(金)はロシア連邦ナショナルデーです。なかなか公表されなかったのですが、きょう、やっと発表されました。万博公式ホームページには、11日夜現在は発表がまだありません。が、ロシア館ではチラシを配りはじめましたので、発表させていただきます。

 

    6月17日(金)
    会場 EXPO ドーム (ロシア館近く)
10時~ ビャトニツキー記念国立民族合唱団の演奏
11時~ ロシア連邦ナショナルデー 式典
12時~ ガラ・コンサート 「ロシアバレエのスターたち」
  主な出演者 ニコライ ティスカリッゼ, ナジェジュダ グラチョーワ,
          ウラジミール ネバロージィ 
  演奏 ボリショイ劇場オーケストラ  指揮 パーヴェル クリニチェフ

14時40分~ クラシック セッション 「アポクリファ」
  独唱 イリーナ ムサエリャン ,チグラン マチニャン
      クラシック音楽の名曲をアレクサンドル ラブロフ のオリジナル編曲での演奏です。


   EXPOドーム前で、当日朝9時~整理券配布です。


  


70号 いよいよ、梅雨の季節 

 6月も半ばです。雨の季節です。

 「日本人は梅雨のとき、なにをしているのですか?」と、ロシア館スタッフが私に聞きました。「うふ?」と答えにつまりました。
 「海には、行かないし…、『晴耕雨読』と言う言葉をしっていますか?まあ本でも読んでいましょう」。

と答えました。でも現実はなかなかそうはいきません。雨でも私は万博へ行きます。

 雨の万博。気がついたことです。「野外」です。建物はいくつかありますが、基本的に野外活動です。
 一番便利は、雨合羽です。もちろん傘をさしてです。

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 会場内をぐるりと回る木の通路、あそこ滑りやすいです。パビリオン入り口も滑ります。足元要注意です。
 そして、タオルを1枚持ちましょう。パビリオンに入る前にはタオルで濡れたものを、さっとぬぐうのが、マナーでしょう。

 パビリオンによっては、傘は、必ず傘立てに預けなければならないところがあります。入り口で傘袋を配るところがあります。そのまま持ち込むところもあります。

 傘の忘れ物もお気をつけてくださいね。



2005年06月09日

69号 白樺の樹皮のおもちゃ

 ロシア館内の小物展示の中の、ひとつです。

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 私がはじめてロシアの国を旅したのは、ちょうど9年前の今ごろでした。誘われて行った、サンクトペテルブルク市は、白夜の美しい季節で、その長い夜はバレエ鑑賞三昧でした。
 昼間は、市内や郊外などを見学していました。町からちょっと外へ出ると白樺の林が続く景色でした。賑わう町のすぐとなりに白樺の林が続くことに、「外国に居る」と実感しました。

 これはその白樺の樹皮で作ったもの。どうやって作ったのかな?と見入りましたが、ガラス越しでよくわかりません。でも、美しく、手の込んだ、愛情のこもったものです。

 ロシアでは、白樺は身近にある健康のシンボルとして大事にされています。白樺の樹皮は、腐敗を防ぐものとして、樹皮で編んだパンケースはよく使われているそうです。と、いうことは、樹皮で編んだこのおもちゃも、子どもの健康のためにおおいに役立つ役割も持っているのでしょう。 


2005年06月08日

68号 日本国皇太子 ロシア館を訪問する

 6月8日、皇太子殿下がロシア館を訪問される。
 ロシア館スタッフは緊張でお迎えしたようです。もちろんその時間は前後も含めて、一般人は入場できません。
 さて、彼は館内の、何に興味をしめされたのでしょうか?知りたいですが、知る術はありません。


67号 ロシアナショナルディー 情報 Ⅱ

 6月17日・金曜日のロシアナショナルディーの取組に関する情報が、電脳通信機器の中を飛び交っております。もうすぐですが、6月8日午後10時現在、公式発表はありません。
 なぜ公式発表がないでしょうか?ロシア国ですからと、私は思います。
 舞台の幕をあける寸前まで稽古を十分に重ねるロシアの舞台つくりの世界を知っている私は、彼らの公式発表が遅いことは、とてもわかります。
 が、まもなくですから、お待ちください。 しっかり確実な情報を得て、公式発表を待ってここにも掲載したいです。


2005年06月07日

66号 オレグ博士 毎日新聞に登場する

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 オレグ ビクトルビッチ博士は、すでに帰国され、サンクトペテルブルク市で日常の生活に戻ってみえるそうです。「毎晩、日本の夢を見るよ」と、メールが届きました。

 帰国寸前に、毎日新聞社名古屋の山田記者の取材を受けてみえた。「日本でたくさん写した写真のことを話して、写した写真も見てもらった、それに僕の顔の写真も写していったよ」と、オレグ博士は、うれしそうに報告してくれましたが、滞在中には新聞に掲載はされませんでした。

 やっと6月7日夕刊に掲載されました。↑ 紙面を写真にしました。毎日新聞のHPに掲載されたら、ここでお知らせいたします。

 紙面から==
 
 “ 「民族学者は細部を大事にする」というルイセンコさん。日本女性のかばんの持ち方には「曲げたひじにかばんを掛ける人はロシアにはいない。これはきっと着物文化のなごりだろう」との仮説を打ち立てた。” 

 滞在中に写した3000枚の写真を整理して、ことし年末、サンクトペテルブルク市で、写真展を開くそうです。

 ==== 

 オレグ博士に日本をたくさんご紹介できたこと、誇りです。


2005年06月05日

65号 伊勢の旅 

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  梅雨入りを前にした晴天の日曜日、ロシア館とお隣りのウクライナ館の休日グループ11人といっしょに、伊勢の旅を楽しみました。とってもおもしろい旅でした。

 朝、近鉄電車で名古屋から宇治山田へ。チャーターの小型バスに乗り、伊勢神宮へ。参拝後、そのあたりで食事をして、海へ移動です。とっても良い天気です。
 先週の海行きでは、岩場へ連れて行ってしまったので、何度も「砂浜ですか?」とロシアメンバーから確認され地元の人に聞いて、白い砂浜の二見浦の海岸へ。
 彼らはおもいきり泳いでいました。私はまた、日焼けを防ぐために、たいへんでした。

 その後散歩をしながら、夫婦岩へ。↑ はそのときの全員での記念写真です。

 バスのチャーターは大正解です。次は、友人の小西さんのお店へ行き、真珠の買い物をしました。その間、新聞記者の取材もありました。
 新聞では、最近は「伊勢地域から、万博へ行こう」と書くことが多いけれど、「万博から伊勢へ来てくれた」との紹介をしたいとのことです。さてどんな記事と写真でしょうか。

 景勝地の鳥羽展望台で、海の広さに感動して、戻る道は、海と夕日と緑の山々が、それは美しいものです。全員で喜びました。

 また宇治山田駅に戻り、手配しておいた夕食弁当を食べ一息つき、電車に乗って名古屋へ。みなさんが大満足してくださり、私もうれしいです。とってもうれしいです。

 月曜日からいよいよ、ロシアナショナルディー=6月17日の準備が本格化し、「忙しくなります」と言うみなさんが十分な英気を養う一日となったようです。良かった、良かった。
 


64号 ロシア館は “休憩室”のようになっています

 6月4日の愛・地球博会場は、それは大勢の観客で賑わっています。ゴンドラの切符を買うだけで、20~30分待ちの様子で、見ただけで通り過ぎました。
 ロシア館も60分待ちの表示ですが、入館への流れは、大きくざっと仕切って入館させていますから、表示ほども待ち時間ではないですが、待たなければならないのは、疲れます。
 ここロシア館へ来るまでにもう疲れています。なにしろ遠いよ~。

 入館してマンモスあたりは、人々も流れていますが、ロシア紹介映像ルーム=パイプイスが50脚ぐらい並べられ、当然暗い部屋・工芸品なども展示されています=ここが、イスはもちろん、床に座って、眠り込んでいる人が多くいます。その光景は、ちょっと驚きです。なんというか、「やっと座ってやれやれ」ムードいっぱいです。

 映像ルームだけでなく、ちょっと段差がイスのようになっているロシアエネルギー展示台にも座り込んでいる人が何人かいます。みなさんお疲れさまです。

 ここは休憩室ですか?でも、休憩できるようなのんびりパビリオンなのですね。多くのパビリオンが、細かく仕切った部屋とか、イスがあっても座っているようなムードがないとか、妙に明るく座っていられないとか、座りたくても喫茶で高い飲み物を買わねばならないとか……。

 ロシア館は、のんびりゆっくりと自由に楽しめるところです。でもくれぐれも、貴重品やお手持ちの荷物はしっかり管理しておいてね。カバンからお財布をのぞかせたまま眠りこけている人発見です。

 もし事件・事故がロシア館内でも、万博会場でも、どこで発生しても困ります。


2005年06月03日

63号 もう一度マンモスを考える

 ロシアのサハ共和国ユカルギ村の永久凍土で発掘されたマンモスを、私はまだ見てはいません。それは、愛・地球博会場の「グローバルハウス」で冷凍のまま展示されています。人気です。今度ぜひ見てみたいものです。どんな色、大きさ、そして視線はどこを見ているのでしょうか?

 

 ロシア館には、マンモスの骨格標本があります。これも人気です。特に「いっしょに写真を写してもOK」が人気のまとです。以前は、そのすごい牙に触ることが出来たのですが、あまりにもみんなが触るので、いまは、牙のかけらをさわることができます。どうぞ感触を味わってください。

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複製の子どもマンモスは、名前をジーマと言い、長い毛と小さな目が印象的です。


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 これらのマンモスは、日本とロシアのマンモス研究学者たちの日露交流のシンボルとして、今回登場しています。
 マンモスはなぜ滅びたのか?マンモスと気候、マンモスと人間、マンモスと環境、マンモスと現代の象とのつながりは?など、マンモス研究の課題は多く、そのひとつの研究室が名古屋大学内にあります。名古屋とも縁の深いマンモスです。

 6月18日には、それら研究成果の発表が公開討論形式で、万博長久手会場内で行われます。ロシアはもちろん日本・アメリカ・フランスなど各国の研究者が集まっての公開討論会は注目されるものです。

 ロシア館の骨格標本ですが、これまで世界を旅して各地に展示されてきました。足の一部をのぞいて、すべてが本物の、ものすごく貴重なものです。展示している間の維持管理も緊張するものでしょうが、往復の運搬に関する諸作業も相当のきめ細やかさが求められるものです。ちょっと想像するだけでも、私などゾットしてしまいます。
 
 この、マンモスを担当しているのは、アレクセイさん。第 59号で、赤いシャツを着ていっしょに海へ行き、第 43号で名古屋市内めぐりをいっしょにした、大柄な彼です。遊んでいるところの写真しか掲載していませんが、パビリオンでは、きりりとして、いつもマンモスを見守っている彼です。
 


2005年06月02日

62号 ロシア館 ホームページ

 いまごろ 掲示していてはいけませんね。もちろんロシア国は最初から、ホームページを持っていました。早くから貼っておくべきでした。が、言い訳をすれば、当所は、ホームページもまだ開店準備中状態でしたから、ここへ貼らなかったのです。
いまはずいぶんと充実しています。

 愛知万博ロシアパビリオン公式ホームページです。

ロシア語・日本語・英語での表示となっていますので、お得意な言語でどうぞ。
 
※HP写真集のなかにオレグ先生がいました。びっくりしました。そうそう、オレグ先生はやはり帰国するときバタバタ状態で、私たちへの手紙は書くことができなかったそうです。残念。


2005年06月01日

61号 こんなの大好きです

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 これ、ロシア館の中ほどのガラスケースの中にある民族伝統工芸品のひとつです。
 これ、すっごくスキです。エッ、なにが?ってですか?
 このおっちゃんの大きな目とぷっとふくらんだ頬、大きな手。ちょっと似ている人を知っているのです。


2005年05月30日

60号 EXPOドームはロシア館お隣りです Ⅱ

 まもなく楽しみな、ロシアナショナルディーです。このときに、愛・地球博へお出かけになる方も多くいらしゃるかと思います。

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   ↑ 北ゲートとEXPOドームを結ぶ IMTS は200円です。


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   ↑ これがドーム内部。天井も壁も超安普請ですから、一流アーティストたちはきっと不満だろうと思います。


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   ↑ ドーム近く、コモン4の食堂街です。ほかに外国館にもレストランはあります。


2005年05月29日

59号 海だ~ あれ? でも、海だ

 海です。休日組のみなさんと海へ行きました。

 8人のロシアとウクライナの人たちと、私です。が、水先案内人の役目の私が場所を間違えました。岩場の海(知多半島豊浜)へつれてきてしまいました。「ここも海だけれど…」。
 期待にあふれる彼らを、おおいに失望させました。
 「砂浜がない!」「せっかく持ってきたボールで遊べない!」「日焼けができない!」「泳げない!」
 

 歩いて砂浜に行きました。1時間以上歩きました。
 そして、やっと、泳げました。日光浴ができました。ボールで遊べました。

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 真ん中にある丸いもの、これぞ泳いでいるロシア人たちです。

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 そして、帰りも歩きました。海をながめ青空に包まれて。

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 日本人の私は、日焼けしたくなくて、長袖、長ズボンに靴下、帽子で身を守っています。もともと泳ぐ気はないのですが、いま泳ぐなんてできません。寒いのです。
 彼らはお日様にあたって、日焼けがしたくって、5月でも泳ぎたくって。着替えも海岸で、タオル1枚でさらりと着替えて、泳ぎ終わったあとのシャワーもなく、平気です。
 なんとかご満足いただいたようです。5月28日の土曜日は、ちょっと曇り空ですが、知多半島山海(やまみ)の海は穏やかでした。


58号 オレグさんと歩く雨の京都

 オレグさんの帰国前、最後にお会いすることができる日は、5月22日の日曜日でした。京都へご案内をすることにいたしました。彼はすでに、ロシア館メンバーとバスで京都・清水寺あたりは訪れてますが「京都はもっといろいろあるでしょう?行きたいなあ」。では、行きましょう。

 京都は雨模様です。最初に三十三間堂へ行き、並ぶ仏像に感嘆です。「日本ですね。ロシアにいるみんなに見せたい」。写真集を買われました。
 修学旅行で賑わっています。静岡からの中学生グループが「京都で出会った外国人に英語で質問」という課題を持って旅をしているようで、オレグさんが囲まれました。
 中学生の英語をロシア語に訳す私、それを英語で答えるオレグさん。それを日本語に訳す私。==ロシア語もおぼつかないのに、英語はさっぱりできないのに、私の学習課題みたい==と、思いながら。
 中学生が、とってもオレグさんを気に入ってしまい、4人それぞれがたくさんの質問をします。オレグさんも面白がってにこにこと答えています。
 せっかくだから、「ロシア語覚えていきなさい。ロシア語の先生から直接教えてもらいなさいね」って、中学生に言うと彼ら、すごく喜んでいます。
 彼ら中学生が、ロシア人とロシア語に、これから少しでも興味を持ってくれる機会となれば、うれしいです。

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 昨夜NHKラジオで「京都大原で『大原女(おはらめ)まつり』が開かれます」と聞き、オレグさんを、京都の北の大原へお連れしようと決めていました。乗り物を乗り継ぎ、緑の美しい大原へ。ところが楽しみに来た「大原女まつり」は、 “雨のため来週”となってしまいました。

 「大原女まつり」のポスターにみつけた わたし です。これは驚きです。私の小学生のときにそっくりです。なにより、オレグさんも驚いて言います。「これは、あなたですね。日本人女性の顔です」。

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 京都大原寂光院と三千院を歩いてめぐります。雨が時々少し降ってきて、でも気にはなりません。山には霧が生まれ、道端には花が咲き、緑がそれはそれは美しい季節です。心が洗われます。
 
 オレグさんは、大感動です。お連れしてよかったです。

 遅い昼食は、三千院門前の食堂で。では、一問一答形式で再現しましょう。全部ロシア語です。

   
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 マ=「日本でお気に入りの食べ物は?」
 オ=「寿司、まぐろは美味しい。ラーメン。赤いごはん。そして、これ!!」。
   このとき、オレグさんはおでんを食べていました。

 マ=「では苦手な食べ物は?」
 オ=「餅・団子、甘いもの」。
   このとき、私は団子を食べていました。

 マ=「ロシアでの食べ物、一番好きなものはなにですか?」
 オ=「ああ、どれも食べたいなあ。お肉を焼いて、サラダをたくさん作って、くだものも……」。
   このとき、しばらく沈黙で、しみじみ思い出すというか、遠くを見るオレグさん。

 マ=「私がオレグさんの家に行ったら、何をご馳走してくれますか?」
 オ=「ブリヌイにスメタナ。たくさん食べさせるよ」。
 マ=「エッ?私は、ボルシチとピロシキとマロージナエ(アイスクリーム)と……」
 オ=「あなたがたくさん食べることは知っている、だからブリヌイをたくさん作るからね」
 マ=「ありがとう」小さな声で……。

 マ=「ロシア人の名前と愛称形、呼び方は難しいです。例えば、アレクサンドルは、サーシャとかシューラとかあるでしょ。」
 オ=「相手が呼んで欲しいという名前を呼ぶのがマナーです。サーシャといつも呼んでいるのに、シューラと替えるのは、マナー違反ですね。心が変わったと思う」。
 
 マ=「日本では名前に必ず、○○さん と「さん」をつけて呼ぶことが大事です」
 オ=「知っているよ。僕は、オレグさん ですね」。

 オ=「あれっ?ここは僕のダーチャにいるかと思ってしまったよ」。
 緑に囲まれた食堂の窓の景色を、勘違いしてしまい、笑うオレグさんでした。

 三千院はそれぞれ、つかず離れずに静かに楽しみました。
 「またここへ来ましょうね」。
 「次は上海万博です」。
 「上海は、日本ではありません」。なんて、どうも興ざめのことを言ってしまう私です。

 大原からのバスの時間がちょうどよく、バスで京都の繁華街に下りてきました。

 先斗町(ぽんとちょう)にある、「ウオットカバー ナカニシ」で大人のお酒を飲むことにしましょう。

 中西さんは、ちょうど2年前ユーゴザーパド劇場来日時、俳優 ゴルシュコフと私がいっしょに来たこととなど、覚えていてくださり、私は多いに感動です。オレグさんは並ぶ、ウオットカに感動です。


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 「オレグさん、ここは京都です。名古屋ではありませんからね。私たちは新幹線で名古屋に帰りますからね」としっかり、言い聞かせました。(笑)。ウオットカに感激して根が生えてしまっては、たいへんで す。
気持ちよく酔って、四条の町をそぞろ歩きながら、おみやげも買って。

 新幹線で名古屋駅へ戻ってきて、「また会いましょうね」とお別れしました。
 たくさんいろんなことを教えていただきました。もっと彼の講義を聞きたいです。教えていただきたいです。ロシアのこと、ロシア語のこと…。たくさん、たくさん。
 
 何度も書きますが、出会いに感謝です。
 この出会いをひとり占めするのではなく、多くの方たちにお分けしたいのです。
だから私は、「マーミンカ通信」を書いています。下手な文章で、思い入れいっぱいで、申し訳ないのですが、こうして読んでくださるみなさまにも、多いに感謝します。

 ※誤って消去してしまった、46号にコメントをよせてくださいました もずくさんのコメント。
 要約ですが、 “万博へお母様とおでかけになり、ロシア館を楽しみ、ロシア館の外で、オレグさんに偶然会い彼はとても気持ちよくあいさつをされたそうで、お母様ともども喜んでくださった” という、ありがたいコメントでした。

 もずくさんのコメントを京都へ行ったとき、オレグさんにお伝えしました。
 オレグさん、とっても感激していました。ちょっと涙目でした。
 「ありがとう。日本人でロシア館へきてくださって、僕のことを知っていてくださって、なお、コメントを書いてくれる人は、すばらしい。また会いたいです」。 

 きっとまた会えますね。きっと。


57号 これはどうやって作ったのでしょうか Ⅱ

 前号に続き、私を感嘆させてくれたおもちゃです。

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 ちょっと見にくい写真でもうしわけありません。四角の中にも球体の中にも、ボールが入っています。どちらも、木製です。よーく考えてみると、不思議ですね。どこからボールを入れたのでしょう。考え込んでしまうと夜も寝られなくなります。
 手にとって触ることは出来ないのですが、これを振って、音を聴いてみたいですね。カラカラと音がするのでしょうかしら?

 大人も楽しめる想像力を十分に養うおもちゃです。そして、このワザ。ぜひ、ロシア館でご覧になってください。


56号 これはどうやって作ったのでしょうか

 愛・地球博ロシア館は、とてもたくさんの展示物があります。大きいマンモスから、小さなお人形など、とてもたくさんの展示物です。「オムスクの日」のイベントのときは、顕微鏡で覗いてみる絵画展示がされていました。あまりの人だかり、あとで、と 思っていたら、見損なってしまい残念です。

 きょうは、ロシア館の民族工芸品の展示の中から、惹き付けられたものをご紹介しましょう。

   igursyuk 1.jpg


 パン? いいえ。パンではありません。これは、木製のおもちゃです。「グルジア民族のもの」と説明書きにあります。

 これぞ、おもちゃ !! と、感激します。おもちゃとは想像力を育てる役割が大きいもので、かつ、手にして遊ぶものですから、優しさが手を伝わってくるものなければなりません。デザインの美しさももちろん必要です。

 人の成長と関わるおもちゃです。おしゃぶりのときは、手になじむ丸みと口に入れても安全なもの。指使いが上手になったころからは、ひもの端から、指を沿わせてぐるっと回り、戻ってくる。木をひものように簡単にくるくると回らせることができないものと知識を得た段階からは、「どうやって作ったのかな?」っって思考する==これぞ、おもちゃです。

 おもちゃの下にある敷物も、女性たちが丹精こめた刺繍作品です。赤い色は幸福の色。結婚式に使われたもののようです。
 ロシア館の奥、宇宙物のとなりのガラスケースの中にあります。


2005年05月28日

55号 アッ 46号を消してしまった。

 もずくさんからの暖かく優しいメッセージをいただいた 46号を誤って消してしまいました。
 「消去」しないつもりで、「消去」ボタンを押してしまいました。もう、もどりませんかしら?
 どうしましょう。
 もずくさん、みなさん ごめんなさい。

  ※※ 消去したものの 復活はムリ でした。

 ご迷惑重ねてお詫び申し上げます。


2005年05月27日

54号 オレグさん 帰国 たいへん つづき

 やはり、オレグさんは、「5月26日帰国する」と、ずっと思い違いをしていたようです。
 どこで、「アッ、25日だ」と気がついたのでしょうか?たぶん、23日月曜日でのパビリオンでのことだと、思います。それから大急ぎで帰国準備をしたのでしょうね。
 24日夜はロシア館メンバーでお別れ会が開かれて、お酒を飲んで……。

 25日、JR名古屋駅を早朝出発したものの、首都圏の信号故障事故で電車が遅れて、成田到着も遅れてしまい、それだけで、ゾ~~ット青くなってしまったことでしょう。

 その後の手続きの変更=当所予定では、到着後モスクワでの宿泊、翌日サンクトペテルブルクへの飛行機搭乗でしたから=荷物を持って、成田空港をあちこちといったのでしょうかしら。
 
 そして、やっと帰ることができる26日は、パスポートコントロールを過ぎてから、コースチャに「じゃあね、帰るよ」と電話があったそうです。が、その後、アエロフロート機は、時間未定の遅延。これは疲れがどっと出ますね。日本の最後の景色が、成田での長時間待ち時間とは、残念です。
 

 でも、もういまはご自宅で、愛する奥様とお嬢さんと2匹の猫ちゃんみんなに、日本のことをいっぱいお話しをしていることでしょう。

 私はいまちょっぴり寂しくなりました。遊んでいた友達が引越していったのと同じです。
 


2005年05月26日

53号 オレグさん 帰国 が た・い・へ・ん ~!!

 オレグ ビクトルビッチ リシェンコさんは、サンクトペテルブルクに住む友人 エレーナさんの同僚で、EXPOの仕事のために名古屋へやってきて知り合った人です。が、すっかりお友だちになりました。
 
  
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 知り合った日からずっと「帰国する日は、5月26日」と言ってました。私の聞き間違いではありません。
彼の目の前でカレンダーノートに記入しましたし、ロシア館の人たちもそのように聞いていました。

 私たちが「またお会いしましょうね」ってお別れをしたのは、22日の日曜日です。そのときも、「明日23日はパビリオンへ行き、次の日は引継ぎの書類を書いて、会う人もあるし…。街の写真も撮りたいなあ」。「荷物は、服や靴は日本へ捨てていくから、軽いよ」。
 なんて冗談か本当かわからないこと言ってました。まだ余裕がある、と言う感じでした。

 25日の午前、ロシアパビリオンのペーチャに用があり電話しました。その中で「オレグさんは今朝早く帰りましたよ」とのこと。私は 「エッ?きょうだったのですか?」

 同じ25日午後、今度はコースチャに別件で電話をしました。「オレグさんは自分の運命がわかっていましたね」と笑いながら言うコースチャです。
 「オレグさんは成田で飛行機に乗り遅れました。明日26日になりました。ずっと26日と言っていましたから」。どうして飛行機に遅れたのかはわかりません。25日東京地方の電車は信号機故障で大騒動となったようですからその影響だったと、私は勝手に思っていますが。

 そうですか、だから帰国は26日だったのですね。ちょっとお気の毒ですが、いつもどおりおもしろいオレグさんですね。

 26日午後、インターネットで成田国際空港出発便状況をみますと、ナント、アエロフロート成田発モスクワ経由ロンドン行きは、「出発時間未定」となっているではありませんか?モスクワからの到着は時間どおりとなっていますから、成田でなにかあったのでしょうね。

 なが~~い待ち時間のオレグさんは成田で何をしていたのでしょうか?きっとあちこちで若い女性を相手におしゃべりをしていると思います。きっと写真をいっぱい写していることでしょう。

 結局、アエロフロート機は、6時間近く遅れて出発したようです。お疲れさまです。

 オレグさんにお願いしたものがあります。 この「マーミンカ通信」読者のみなさんへのメッセージを寄せて欲しい、「日本語で書いてね」と言いましたら、「いいよ」とも。
 「ロシアパビリオンのだれかに渡しておくから」。
 でも、その話しをしていたときから出発が早まったのですから、メッセージはさて、どうでしょうか。いずれにしても、日本語でとはならないロシア語ですから、訳すのは時間がかかりますから、いつみなさんへお伝えできるでしょう。

 オレグ ビクトルビッチ先生との出会いに感謝です。とっても感謝です。いまごろロシア国シベリアの上を飛んでいることでしょう。きっと、またすぐにお会いしましょうね。


2005年05月25日

52号 ロシアナショナルディー 第 1 報 

 【お願い】
  これは、5月25日現在の新聞発表情報です。変更や追加などあるかと思いますので、より新しい情報は読者のみなさまが、ご自分で、それぞれご注意くださいますようにお願いします。


 ☆ 6月17日(金)12時15分~15時40分
 ロシアイベント ネオクラッシクオーケストラとバレエソリスト 出演 コンサート (EXPOドーム)
 
 この日は一日 ロシアナショナルディーですから、↑この前後に式典など他の取組もあることでしょう。

 ☆ 6月18日(土)17時~18時15分
 65人のアンサンブル「ユーラシアの響き」 (EXPOドーム)
 ☆ 6月18日(土)時間未定
 ロシアイベント 「スラバのスノーショー」 (EXPOホール)

 ☆ 6月19日(日)13時~14時15分・ 17時~18時15分 
 65人のアンサンブル「ユーラシアの響き」(EXPOドーム)
 ☆ 6月19日(日)時間未定 
 ロシアイベント 「スラバのスノーショー」 (EXPOホール)

 これは見逃せません。

 詳細を知りしだい、おしらせいたします。


51号 EXPOドームはロシア館お隣り

 愛・地球博会場内には、「EXPOドーム」と「EXPOホール」があります。これ間違える人がとっても多いようです。大勢の人を集めるための会場で、いつもなにかイベントが開かれているのですが、「ドーム」か「ホール」か、この違いは大きいです。場所が大きく離れています。
 「あら、間違えてしまった」と気がついて移動するには、30分はかかると思います。だから、イベント情報の会場については、しっかり確認してください。と、愛・地球博関係者になりかわりまして、申し上げます。

 「EXPOドーム」は、わがロシア館のある、コモン 4 にあります。「ドーム」は開幕式が開かれたところです。各国のナショナルディーイベントもここで開かれています。イベントによってあらかじめ申し込み抽選などがあるようです。が、当日朝9時から「入場整理券」の配布が「ドーム」前であって、ロシア館メンバーは、お隣りのイベント入場整理券を朝出勤してすぐにもらいに行ったりするそうです。
 
 5月21日の「2005年愛知万博スペインパビリオン アクティビティ プログラム」のひとつとして、「EXPOドーム」で開かれたのは、「フラメンコの歌い手とキューバ人ピアニストによるボレロ」です。
 オレグさんは、この入場整理券を朝ゲットして、「私のために」と用意をしてくださって。この優しさ、涙が出ます。

 入場整理券は自由席です。良い席をもとめて、ここにも会場前に並ぶ人たちが大勢です。私は並びませんでした。
 ここね、やはり、「音楽ホール」ではありません。音は確実に悪いです。まったくの野外ではないので、音が会場内にこもります。舞台は高い位置です。前のほう、指定席は平面ですから、音は頭の上を飛んでいきます。前のほうと喜んでも、平面ですから前の席に、でかい外国人が座ったら、後ろはヒゲキです。
 後ろ方面は階段席です。イスは冷たい野外用イス、野球場とかにあるあのイスを想像してください。これが冷たい。
 舞台模様は両サイドのテレビ画面映像で見ることができます。

 なにより、「無料」ですから。万博入場料金で、世界の超一流の芸術が楽しめるので、毎回ここへ通っている万博会場ご近所さんもいらしゃっるそうです。「無料」ですから、会場内ザワザワしています。公演中の人の出入りもあります。これ、私の大きらいなこと。遅れて入ってきて、自由席だからと前に席を探す人って、なにですかァ~、許せません。
 もっとひどいのは、「禁止」されている写真撮影をフラッシュ撮影をする人がいること。催しによってはきびしくしているのかもしれませんが、会場係員もなにもしていません。

 では、この項も つづきます。また、おいでくださいね。
 


2005年05月24日

50号 5月21日の愛・地球博

 この通信も、50号を迎えました。私のロシア館通いも5月21日で16回を数えます。きょう、21日は、万博会場内でオレグ ビクトルビッチと会う最後の日となります。もう、26日早朝には名古屋~成田~モスクワ~サンクトペテルベルクへと帰国されます。

 きょうはお弁当をつくり、パビリオン到着時間とお弁当を持っていくことをオレグさんに電話をして、さあ、でかけましょう、となったときに急に腹痛が襲ってきました。家に置き薬もないので、腹痛のまま出発して途中の薬局で「正露丸」を買って、飲んで、持ってロシア館へ。

 約束の時間をちょっと遅れてしまったので、会場内北ゲートからロシア館近くのEXPOドームまでを走る??IMTS車に乗ることとしました。これはトヨタの開発で話題の無人操車。専用レーンを走るというか、ゆっくりと進む車です。ゴンドラの600円よりは安い200円ですが、なんだかこのゆっくりさとエンジン音が気になる私です。

 ロシア館の前は、いつもどおりの長蛇の列。これからの季節暑さ対策を整えてほしいです。万博主催者側も観客も。炎天下に並ぶのはとっても苦しいことですから。

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 オレグさんがやってきました。「新聞記者の取材と写真を整理していたのだよ」。「お昼ごはん外で食べましょう」。

 お赤飯にしました。民族学博士は、人の一生にかかわる民族の持つ伝統が研究課題ですから、「日本の祝い」のことを、私に「教えてほしい」とのことで、私の得意分野の食べるものから話がすすみました。そのとき、「赤い魚と赤いごはん」を食べると言ったひとことに多いに興味をしめされました。

 ロシアでも、「赤い=若い=きれい=祝福」となり、若い女性の赤いサラファンとか、赤いプラトークとか、赤い花の贈呈とか、赤い刺繍布を部屋に飾るとか、赤い色は幸福への願いがこめられているという。ただ、ソ連時代に、赤い色が強制されてしまったこともあったそうで、いまもそれが伝わっているのが残念だとも。たとえばお葬式に赤い花は、ソ連のなごり、と教えてくれました。

 お赤飯は「おいしい、おいしい」と大喜びです。よかった。「もう日本人ですね。お箸使いがとっても上手ですね」。オレグさんは、「日本で箸を買って、自宅でもこれから箸を使うのだよ」。

 食後、オレグさんは館内の受付の仕事。「1時間後においで」。私はひとりでぶらぶらと緑濃い散歩道を歩きました。この愛・地球博の超人気ものに、有名なアニメ「となりのトトロ」の「さつきとメイの家」の再現展示があります。一日限られた人数しか見学できず、その限られた人の選出方法がいろいろ話題となったところ。
 私は申し込みもしていないので、入場しての見学観覧はできません。離れた場所には「見学コース」があり、「展望台」から見ることができます。なんだかよその家の覗きをしている気分でした。この見学許可書抽選を、家族総出で申し込んで「なによりも行きたい」と言っている友人がいます。「ガンバレ」です。

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 万博会場の中にあって、このあたりは緑がとてもきれいです。池もあります。噴水もあります。これからの季節この水のまわりには人々があつまることでしょう。

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 ロシア館内にもどれば、マルレンさんが私をよびます。「僕はもうすぐ帰国するから日本の思い出を持って帰りたい。『伊勢神宮』へ連れて行ってほしい」とのこと。以前、オレグさんと行った事をもちろん知って見えます。「ええ、良いですよ。行きましょうね」。
 通訳ペーチャは「僕が訳した日本語をあとで見てください」。「ええ、良いですよ。みましょう」。
 オレグさんは「今夜、となりのEXPOドームでスペイン音楽コンサートがあるよ。ほら、切符をプレゼントするよ」。まあ、うれしい!!

 ロシア館内は、大勢の観客でにぎやかです。マンモスはますます人気です。ロシア紹介の映画コーナーはイスに座って好きなように映画をみていても良いスペースです。ちょっと小休憩をする人もいます。おみやげコーナも売れ行き好調です。

 休憩となったオレグさんとちょっとロシア館のまわりを散歩します。「館内はうるさい、空気が悪い。時々外へ出ることが元気のもとだよ」。
 あらためてながめるロシア館の看板。実はオレグさんには「不満」ものなのです。ロシア地図にサンクトペテルブルクが描かれていません。私は人々の顔のなかに、俳優がいないことに「不満」です。

 お隣りのウクライナ館では、小さなレストランスペースがあり、開店準備が遅れたようですがいまは順調に人気です。  

 
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 EXPOドームはすでに人々が入場を待ってならんでいます。まだ、開場までに1時間以上、開演までには2時間以上もあるのにです。 

 オレグさんは「日本で写した写真がたくさんで、そこから何枚かコピーして渡すから、ホームページ(このマーミンカ通信のこと)に載せて、みんなに見せてください」。とってもたくさんの写真を写した彼は、帰国したら、博物館の仲間に見せて、選んで、写真展を開くそうです。「日本語での写真説明を書いて」と、私は依頼されているのですが、いつどうやって書くのでしょうか?ここではそんな時間はもうありませんが。

 ロシア館の通訳ペーチャがさきほど言っていた「日本語訳を見てほしい」の、その日本語訳文がまだ出来上がっていないそうです。ペーチャが苦しんでいます。

 「じゃあ、私はEXPOドームへ行ってきますね。オレグさん荷物を預かってください」とお願いしたら、「はい1,000円いただきます」。と辞書などを入れた袋を持って手のひらを出して笑っています。もちろん出すわけにはいきませんわ。

 ※ EXPOドームのことは次号に掲載いたします。

 
 午後8時半、EXPOドームのスペイン主催イベントが終わってすぐにロシア館にもどると、ペーチャの日本語訳文は出来上がっています。少しそこでそれを読み、素晴らしい訳文に敬服していると、なんだかまわりがバタバタしはじめました。そろそろ帰る時間です。万博は午後10時で営業時間を終わりますが、一番遠くにあるロシア館は、もっと早く閉館しているようです。

 私が訳文を読んでいる横で、オレグさんは「もう帰るよ」。なに?私がこうして仕事をしているのに……。私も早く帰りたい。「ペーチャ、とても良い訳文だと思いますが、少し日本語となっていないところもありまから、私は家でじっくり読みたい。持って帰り自宅からFAXで送ります」。そうでも言わないと私は、ロシア館にひとり置いていかれそうです。それはイヤです。通訳のナターシャが「泊まってもいいですよ。いやですか?」
 「イヤです。丁重にお断りします。夜中にマンモスが動き出したら恐い~~!!」

 訳文をカバンに入れて、預けてあった荷物を忘れずに持って、大急ぎでロシア館を後にしました。オレグさんとも、ちゃんとあいさつしたようなしないような、ばたばたの帰りでした。

 でもね。明日の日曜日はね…、京都へ行くのです。


2005年05月22日

49号 オムスクの日

 5月18・19日の愛・地球博ロシア館は、オムスクの日です。オムスクって?地図で調べてね。

 18日は曇り空で、お昼頃にはとうとう雨も降ってきました。どこで舞踊などを行うのかと思いましたら、ロシア館の前で、です。館内に入る行列だけではない人だかりができています。スピーカーが外へ出されて、ロシアの音楽が流れています。

 と、子どもたちの踊りがはじまりました。

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 小さな子もいます。まわりのお客様に大人気です。「ブラボー」の声もかかています。オムスクからやってきた舞踊団 ソルニシコフ はオムスクの優秀な舞踊団だそうです。男女総勢20人くらいでしょうか。いろんな踊りを見せてくれます。大急ぎの衣装交換もあざやかです。
 
 女性歌手は、ナデェジュダ コマロバさん。とても素晴らしい声のですが、スピーカーが悪いですね。もっと大型アンプスピーカを用意するべきだと思います。残念。

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 男性歌手は、ウラジミール 二キエフさん。迫力のバリトン歌手です。

 バヤンのジュエット演奏家。時にはバラライカに替えてのジュエットも。女性の民族衣装がきれいです。

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 また、館内では、オムスクの超極小絵画の展示がありました。これが人だかりでつい見逃してしまいました。顕微鏡を覗きながら、絵画を見るのです。ロシア美術家同盟の一員 コネンコ画家の展示です。

 オムスクご一行は、18日と19日それぞれ2回公演をして後、京都へ。21日は東京での公演です。

 舞踊衣装をつけた可愛いお嬢さんを写しました。このかんむりは舞踊用のにせものですが、本物はロシアの淡水真珠をたくさんつけます。КОКОЩНИК です。

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2005年05月21日

48号 奈良の旅 つづき

 45号の奈良の旅の続きをご報告いたします。

 ※ この号の写真は、オレグ ビクトルビッチ氏撮影です。

 5月14日は優しい5月の晴れの日です。暑くもなく寒くもなく爽やかな日でした。オレグさんのご希望で朝早く名古屋を発ちJRで京都へ。近鉄に乗り換えて「西の京」へ。
 電車内では、オレグさん、お隣りに座った女性にいつもどおりすぐに声をかけています。その女性はアジアの青年達との交流活動をしているとかで英語が堪能で、オレグさんもうれしそうです。彼は英語あまり得意ではありませんが、英語交じりのロシア語でもこうしてお友だちになります。
 短い時間お話しがはずみ、「ああ、きょうは仕事ではないから、名刺を忘れてきてしまった。お渡ししたいのに…」と残念がるオレグさん。私が持っていた以前、彼からいただいた名刺をお渡ししました。「ロシアへ来たら僕のところへいらっしゃい。この名刺を持ってきてください」。日本でどれだけこの名刺を配られたことでしょう。これからサンクトペテルブルク国立民族学博物館には、日本からの訪問者が相次ぐでしょう。「オレグ博士にお会いしたいのですが」って。
 笑顔がとってもすてきな美しい女性でした。こういう小さなふれあいができるオレグさんの人なつっこさと相手を嫌がらせない優しいお気持ちはすばらしいです。

 「西の京」へ降り立ったとたんに、うれしそうです。飛び上がらんばかりです。やっと念願の「奈良」ですものね。「薬師寺」をめぐります。写真を写すのに忙しいオレグさんとは、つかず離れずの距離にいて、お互い別行動です。私は私で、久しぶりに静かに仏達との対話です。

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 オレグさんはすでに日本の寺院・仏たちなどについての知識は豊富にお持ちですから、寺院内でのマナーも日本人よりも詳しいのではないかしらと思います。なにも彼の行動を制することもありません。穏やかにのんびりと楽しんでいます。

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 奈良市内へ移動して、「あまりお腹は空いていない」という彼を無理に昼食の席に着かせました。私は空腹でたまらないから。「きょうは奈良に来たのだから、ビールは飲みません」とのことです。奈良市内の地図を見ながら、ここもあそこも行きたいとのことですが、ちょっと難しいかな?でも歩いてみましょう。

 昼食を終えて商店街の一角のくだもの屋さんで「デザートにしましょう」とイチゴを買いました。どこで食べるのかしら?東大寺へ向かう途中の公園でイチゴのデザート時間です。これが美味しいイチゴでして元気が出ました。
 土曜日の奈良公園は、修学旅行や全国、いや世界からの観光客がいっぱいです。オレグさんが大好きなのが、人間であることは知っていますが、こうして人の集まるところは、とてもうれしそうです。女学生に声をかけ、中学生のグループといっしょに写真に収まり、お得意の若い女性たちをまた写しています。

 「大仏」の光と影は、私も大好きな場面です。大仏殿に外部から入いると中は真っ暗です。ところがだんだん明るくなり、同時に大仏の目が自分をみていることに気がつきます。オレグさんも私もしばし大仏と対話しました。なにを思われたのかしら?聞く必要はありません。

 二月堂・三月堂へ回ろうと歩き出し、途中、公園の鹿とも遊びます。ちょうど2年前5月に来日した、モスクワユーゴザーパド劇場の俳優たちも奈良公園で鹿と遊び、「日本はなんてすてきなことだろう。鹿が町にいて人に寄ってくるのだから」と言ってたこと思い出します。オレグさんも「鹿が人間と同じところで遊んでいるのは興味のある風景。鹿の家に行きたい」。

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 「鹿の家」は行く時間がありません。二月堂でゆっくりと仏たちと対話しました。ちょうど夕方の光が西の窓から障子越しに堂内に入り、それが仏たちの脇からゆっくり照らし出し、なんとも不思議な明るさをみました。私も興奮しましたが、芸術家オレグさんも見逃さずにいます。ここでは写真撮影はできませんが「僕の頭の中のカメラに全部写しておくから」。

 奈良から京都へは近鉄電車に乗りもどります。電車の私たちの前に座る3人の女子高校生たちがそれは楽しそうにおしゃべりをしています。オレグさんも私も彼女達の明るい輝きを眺めながら、とても幸せな気分でした。

 京都へ戻り、新幹線「ひかり」乗車まで時間があり、京都駅を登りました。そうです。京都駅は不思議なつくりで、外大階段があり、10階ですかね?階段かエスカレーターで登ることができます。ここでもオレグさん妙に興奮して、「一番上に行きたい」。私は力尽きて、途中で待っていることにして、オレグさんはひとりで頂上めざしました。
 「今度は京都を歩きたい」。以前ロシアパビリオンの仲間10人以上と手配のバスに乗り、京都旅行を楽しまれたそうですが、オレグ博士の興味とみなのそれとは違い、「みんなが騒ぎすぎだった」と不満の京都旅行だったようですから。「京都も奈良も静かに歩く町だから」。

 帰りの新幹線では、缶ビールを飲みほし、いい気持ち。もうオレグさんは名古屋の町もくわしくなったので、名古屋駅で解散しました。彼はたとえ知らない町でもひとりで歩きまわり、なにかをつかんでくる人です。すごいエネルギーの持ち主です。尊敬します。


2005年05月20日

47号 ちょっと休憩 & お知らせ


 きょうは、ご報告をいろいろいたします。

 ▽18日決勝でした、「第1回EXPOフットサル大会」は優勝はクロアチア、順優勝はベルギーでした。クロアチアはロシアと初戦を闘ったチームです。赤白格子のシャツをそろえてかなりやる気でロシアを圧勝したクロアチアの優勝を讃えます。おめでとうございます。

 ▽そのクロアチアの戦いを追ったテレビニュースの枠の中での「万博フットサル大会がありました」の放映では、ロシア戦の模様もありました。オレグさんの笑顔やキーパーのアリョーシャの奮闘ぶりが放映されていました。

 ▽どうも第2回大会もあるらしいです。6月下旬とか。ロシアチームはこれから練習にはげむことでしょうね。きっと。

 ▽ロシア国ナショナルディーは6月17日金曜日です。ロシア館ではすでに準備に入っています。なにか大きなことをやりそうですから、注目です。もちろん発表があればここでお知らせいたしますね。

 ▽6月18日には「マンモスに関するシンポジウム」が愛・地球博会場内で催されます。公開討論会形式です。マンモスは遺伝的にアジア象とアフリカ象どちらに近いかなどの注目される分析結果の発表があるらしいです。ロシア国はもちろん、アメリカ、日本、フランスなどの研究者が集まるそうです。入場無料です。くわしくは、博覧会協会事業管理室(FAX 0561-61-7699)までどうぞ。

 ▽エルミタージュ美術館展・華やぐ女たち  名古屋市美術館で開催されます。5月21日~7月18日まで。チケットは一般1200円、高校生・大学生900円、小中学生は400円です。お問い合わせは、052-212-0001 名古屋市美術館まで。その準備のためにサンクトペテルブルク市からいく人かのスタッフが名古屋にきています。先日オレグさんに紹介していただきました。みなさんで、愛・地球博を楽しんでみえました。

 ▽ロシア館の展示品方法や説明が日々進化しています。新しい展示物もあります。まった追ってここで紹介していきます。


2005年05月18日

45号 奈良へ 

 5月14日、オレグ ビクトルビッチ博士を古都奈良へご案内いたしました。早朝名古屋出発、京都乗換え、まずは奈良市西の京の「薬師寺」へ。

 オレグさんは、3つのカメラを持ち写しまわっています。「サンクトペテルブルクで日本を写した写真展を開く」予定だそうです。だから写した写真のコメントを私が書く必要があるとか。ええ、日本のことは私がいたしましょう。「いままで写したものはどれだけの枚数があるかわからないけれど、全部見てね」と、宿題をもうすぐもらいます。

 静かな寺内に鳥の声が聞こえます。すがすがしい院内で仏たちとの対話をします。

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報告はつづきます
 


2005年05月17日

44号 ロシアレストランにて

 ※これは、パビリオン対抗フットボール大会よりも以前の出来事です。 

 名古屋の老舗ロシア料理レストラン「ロゴスキー」へオレグさんをお誘いいたしました。と、いうか、先日の「名古屋めぐり」のときの朝、「夕食はロシア料理にしましょうね」と言っていたのですが、昼食の中華料理をたくさん食べ過ぎたため、“空腹”にならなかったので、「またの機会に」となりました。

 その「またの機会」を、オレグさんのお休みの日の夕食としました。「サッカーの練習をしていたよ」と夕方、にこにこで待ち合わせ場所にやってきたオレグさんは、「レストランへ行くために」と黒いスーツ姿で登場です。ロシアパビリオンでも評判のおしゃれなオレグさんです。

 彼には何度も伝えました「日本のロシア料理店ですから」と。お店のテーブルに着くと「良い店だね」。サンクトペテルブルクのビール、バルチカ3をまずは飲みました。オレグさんは、ロシア語メニューを読みながら、「ロシア語間違っているけれど…」。お店の女性店員さんはロシア語を知らないそうです。インターネットなどで調べてつくったロシア語メニューは彼女の手作りとのこと。彼女はオレグさんに「直してください」。オレグ ビクトルビッチ ロシア語先生は、試験の答えを合わせるようにひとつずつ「これは正しい」「これはこうですね」などと言いながら、ペンで直していたのですが、途中から食べるのが忙しくなり、途中までしかみていないハズです。


 次はグルジアワインのムクザニを飲みながら、前菜盛り合わせ、ピロシキからはじまり、ペリメニ、ボルシチ、パンはお店特製の黒パン。つぼ焼ききのこ・これ↓はなんだったか?「肉野菜煮込み」ですね。

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 食べながら、オレグ ビクトルビッチ博士は、ロシア料理の歴史、酒器のお話し、お酒の種類などを教えてくださいます。私のロシア語レベルに合わせて、わかりやすく、ときには絵も書いて。彼は、サンクトペテルブルクでは唯一の民族学上級博士、とくにロシア語語源をいまは研究をしているそうです。知性あふれる彼のお話しを聞くのが、私はとてもうれしいのです。
 
 
 「ビールは女性の飲み物です。男の飲み物はリキュールやコニャックです」。
 「『スタカン ウオットカ』 とは言ってはいけません。『ストプク ウオットカ』と言いなさい」。

 その後、日本の祝い膳には「鯛」をお膳に載せ「お祝いの時は、赤いごはんを食べます」と言えば、「それは面白い。ぜひ食べてみたい」。
 ロシアの大事な食材の麦のこと。その種類の多さを話されたのですが、これは私はわからない。

 「カーシャが食べたい」ともおっしゃいます。「ぼくのエネルギー源だよ。あなたはラーメンでしょ」。あは、覚えてみえる。先日の中華料理店でひとりラーメンを食べた私、「これは私のエネルギー源です」って宣言したからでした。

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 「おいしい料理をいっぱい食べて幸せです。元気になります。サッカーきっと勝ちます」。

 


43号 名古屋市内めぐり 

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 はい、いきなりの写真から入ります。これは5月8日夕方、名古屋港に新しくできたイタリア村にて。ロシア人に囲まれていると私も小さく見えるからうれしいです。

 5月8日は、オレグさんとアレクセイさん(愛称アリョーシャ)と私の3人は、名古屋市内博物館めぐりにでかけました。

 名古屋駅近くの「ノリタケの森」からスタートです。日本ではじめての洋食器メーカのノリタケ。日本人には珍しい洋食器でも、彼らには日常ですから、もうひとつ興味がなかったようです。きれいなテーブルセットを見ても「ロシアのレストランだ」とおしゃってます。

 「日本ではコーヒーや紅茶を飲む生活は新しい」、「家庭のなかでは、パパ用ママ用おばあちゃん用などと食器がわかれている」、「大きな花瓶に花を活けるのも新しい文化」などを一生懸命説明しました。

 オレグさんは、「展示の仕方も興味あることで、ぼくの(サンクトペテルブルク民族学)博物館にも取り入れたい」とも。親子絵付け体験コーナーにとても興味をしめされました。

 次は、徳川美術館へ。「サムライ博物館へ行きたい」とおふたりのご希望で、刀を見に行くことに。が、その前には、ちょうどお昼で、「ビールが飲みたいね」と3人は要求がぴたりと一致して、ちかくの中華料理店へ。

 まずはビールではじまり、「注文は私に任せて」と仕切って、3人は昼間から飲んで食べました。中華料理の熱さは苦手なロシア人ですが、餃子・エビチリ・肉茄子いため・トマトの卵とじ・肉の天ぷら・あとなんだかな?たくさんいただきました。満足満足。

 その勢いで、徳川美術館へ。日本語→ロシア語の辞書を手に、お茶席や能舞台、着物、絵巻物など説明しているつもりの私と聞いているつもりの彼等。昼間のビールの後のむつかしい話しはダメですね。

 徳川美術館のまわりは公園になっています。美術館を出てしばらくベンチにすわり休憩です。緑がとてもきれいで、暑くも寒くもない、一年で一番気持ちの良い季節にこうして日本をご案内できるのは、うれしい。のんびりしていると次のご希望地に行くことが遅くなります。「さあ、名古屋港へ行きますよ」。

 徳川美術館から地下鉄「大曽根」まで歩きます。15分くらいですが、道端の花や建物や道行く人たちにも興味津津のおふたり。もちろんきょうもオレグさんは写真を何枚も写します。

 「OZONE」の看板を見て、ロシアからのおふたりはうれしそう。オレグさんは歌っています。「大曽根ってどういう意味なの?」と問われましたが、はたして??私は知らない。
 大曽根から名古屋港までの地下鉄での30分は、3人ともちょっと眠りました。

 地下鉄「名古屋港」駅を地上へ出ればすぐに港が見えます。オレグさんは「あっ、ペテルブルクのネバ河の景色に似ている」。ネバ河のペトラバブラスク要塞あたりを対岸のエルミタージュ美術館側から見た景色に確かに似ている。とりわけきょうの港の海の色は、濃いグレーです。

 ブラブラと3人は港の公園や水族館まわりを歩きます。最近オープンしたばかりのイタリア村にも行ってみることにしました。でも、入場料が1,000円いるようなので、どうしようかな?と思っていると「午後6時を過ぎましたから無料でお入りください」と聞こえたので、「パイジョーム」で、大喜びで中へ入りました。

 イタリアのどこかをまねて造られたこの小さな村を、ロシア人ふたりはとっても喜んでいます。イタリア料理、雑貨、洋服、小物などのお店が狭い敷地にずらりと並び、どこもひっきりなしに客が入っています。賑やかです。

 「また来るから地図が欲しい」とアリョーシャ。彼はロシアパビリオンのマンモス担当者、会期中ずっと名古屋にいますから、きっとまた仲間とここへ来るようです。夕方ですが、3人とも空腹にはなりません。そして、気持ちの良い疲労感です。

 「もう帰ろうよ」と一致して、地下鉄に乗りました。おもしろい一日でした。おふたりがとても疲れている様子が気になります。「明日の朝も早く起きて、パビリオンへ行って仕事だよ」。

 パビリオンへ行く日は、朝8時に宿舎の外へ集合して、手配のバスに乗り万博会場へ。8時半過ぎにパビリオンに到着して、開店は午前9時。それから12時間以上です。上手に交代で休憩を取っているようですが……。なかなかたいへんなこととわかります。
 これから蒸し暑くなるし、雨が降るとひどい万博会場内ですし、観客もどんどん多くなるので、どうかお気をつけてくださいね。きょうは早くおうちに帰りましょう。


2005年05月16日

42号 フットボール大会 つづき

 前号は『速報』でしたから、いくつか間違いがありましてごめんなさい。一部手直しをしてあります。

 が題名の「フットボール」はそのままにしておきます。ロシア館のメンバーは「フットボール」と言ってましたから。でも本当は「フットサル」でした。

 約30カ国の24チームの参加です。フットサル会場であらためて多くの外国人が、パビリオンで働いていることがわかりました。会場の盛り上がりぶりで、どれだけ参加者みんながこの日を楽しみにしていたかわかります。日本館からは、「瀬戸日本館」と「トヨタ館」がエントリーしています。また、試合には他国の審判があらかじめ決められています。


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  ↑  試合前のウクライナ館メンバー


 ロシア館チームには日本人スタッフのUTUさんが入っています。1回戦が終わったあと、「こんな本格的なサッカーだとは思わなかった。こんなに一生懸命やるとは思っていなかったよ~」と、やや青い顔をして笑います。彼はロシアチームの勝利のためにと仕事をやりくりして合流して、コートを走り回りました。
 
 フットサル会場は寒くって冷たい風です。5月も半ばなのに寒いです。選手達も試合待ちの時間は、しっかり上着に長ズボンです。私は心配していました。みんな疲れているし、この寒さのなか、あまり入れ込むと危ないなあと。

 ロシアチームはキーパーのアリョーシャが1回戦でひざにすり傷を負いました。でも2回戦には平気で出場していました。どこかのチームがなにかアクシデントで、選手のひとりがコートでうずくまっています。ここで怪我をして、パビリオン生活・日本生活に支障がでてはたいへんなことです。しばらくちょっと騒ぎでしたが、なんとか大丈夫だったようです。ほっ。

 18日は決勝戦です。ロシア館ではもしかして出場かもしれないからか、休日番も返上でパビリオンに集合することとなっているそうです。勤務表では休みとなっていたオレグさん「18日はみんなで仕事となってしまいました」。そうですね、仕事ですね。


41号 速報 パビリオン対抗 フットボール大会

 5月15日夜、ロシアパビリオンをはじめ各国パビリオン対抗フットボール大会が開催されました。
 21時キックオフです。パビリオンを閉める時間を早めるわけにはいきませんから、どこも、やりくりして参加です。試合時間は10分間です。3コートを使っての戦いで、周りは各国の応援団も集まっています。

 ロシアチームは21時12分からの第1回戦は、クロアチアとの戦い。勝敗は、4ー0で負けました。

    
   
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  ゴールキーパーはアリョーシャ。きびしい戦いで、ひざをすりむいてしまいました
   

  22時からの第2回戦は、イングランド戦。こちらは0-0でした。


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   ロシアチーム !!いよ~やったね。おおいに健闘をたたえます。
 
 

 これは、愛知万博フットサル大会実行委員会主催・読売新聞社後援の外国パビリオン交流会です。愛・地球博会場に近いフットサル場を借りて、国内外24チームが8つのリーグに分かれて各シリーズの1位チームがトーナメント方式で対戦する形式です。決勝は18日です。
 この話が具体化されたのは、4月下旬。ロシアチームは、この日のために相当の練習をしてきました。(と、選手はおしゃっています)。
 
 参加24チームみんな燃えています。ブラジルチームは応援団も選手も熱い熱い。ウクライナチームには旗を振る応援団もにぎやかです。クロアチアはユニフォームをそろえています。

 ロシアチームのユニフォームはそれぞれ個性的にそろえて、応援団の旗はないけれど、フットボールの国の人たちですから、選手も応援団も一生懸命です。「勝って欲しい」と女性陣は熱い声援を送っています。
 さて、どこが優勝するでしょうか?ロシアチームは第1回戦で負けていますが、でも、ひょっとしたら、の、希望はあるそうですよ~。
 速報でお伝えいたしました。


2005年05月13日

40号 医療自動車の お医者さんのようですが。 

 私がはじめてロシア館へ行った日は3月26日でした。寒い日でした。が、いまは新緑の美しい5月の爽やかな日が続いています。ロシア館も観客が多く、人の流れが途切れません。
 各パビリオンは展示の仕方や観客の流れがいろいろです。人数を区切って入場させて、並んでみんなが同じ道を通っていく見せ方。必ずある部屋に入るようになっている見せ方。どこでも好きなように歩き体験していく見せ方など。
 
 ロシア館は、あまり混んでくると入場は制限していますが、館内に入れば、どこでも好きなように見ていても良い、という展示の仕方です。だから興味が引かれたものをじっくり見ていくことができます。
 

 私がはじめてロシア館に行ったときにみつけたもの。それから行くたびに気になっていたもの。それは39号のややピンぼけ写真でご紹介しました白い上着を着た彼のことです。
 が、「どこかで見たことがあるような……?」どこにでもあるもの、といってしまえばその通りですが、でも「どこかで見たことがあるなぁ」。

 彼がいるのは、ガラスケースの中です。 「医療設備と通信設備を設置した自動車は到着困難な場所でも医学研究や臨時医療に利用される」

と、説明板にあります。彼は、その自動車の模型展示の中にいるお人形でした。

 もっと鮮明なものを見てみましょう。

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 そしてですね、両手が反対になっているのですよね~。両手が反対にくっついておりますよ~!!

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 彼は医者でしょうか?通信担当員でしょうか?
 ガイド通訳 コースチャに聞きました。
 「たぶん医者でしょう」。かな??
 「この車はもう実際に使われております。アフリカでとかで」。

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  右端に彼は立っています。なんだか、とてもユーモラスなのです。


2005年05月10日

39号 あのぉ、両手が……

 ロシア館の展示はとてもたくさんあります。細かいものから大きなものまで。

 これはなんでしょ?  答えは次回にします。

 よーく見ると、両手が…

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2005年05月09日

38号 マーシャの笑顔に出会えます。 

 この通信には、男性の登場が多いです。なぜか?言うまでもなく筆者が女性だからです。明解な答弁ができます。が、男性ばかりでは、お叱りをうけそうですねぇ。

 では、今回は日本語の達人 ロシア館の女性をご紹介いたします。

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 大学生活優先ですから、いつもロシアパビリオンで仕事をしてみえるわけではありませんので、お会いできた方は幸せですネ。ステキな笑顔で、観客を迎えてくれます マーシャ ゲオールギエブナさんです。
 ロシア国クラスナヤルスク市で日本語を5年間学んで後、日本へ。1年間東外大で、いまは別の大学で経済学を学び続けています。今回、愛・地球博ロシア館では、通訳やアテンダントで働いています。

 「日本語は外国語のひとつとして、勉強をはじめたのですが、だんだん面白くなり日本へ留学したのです。私は最初はカタカナから覚え、ロシア人の名前を書いたりして、日本語を知っていきました」。

 日本の食べ物で唯一苦手は、納豆。「あの糸を引くのは…ちょっと…」。ほかはなんでも大好き、とのことです。いいえ、食べ物だけではなく、「日本が大好き」と言い切ってくださって、うれしいです。
 「安心で、安全で、住みやすい日本です。日本へ来た最初のころは、もちろん驚きもありましたが、いまはすっかり慣れてしまいました」。

 ロシア館にやってくる日本人は、「ロシアについて知識を持っている人が多く、ロシア語を知っている人が多くって、とてもうれしいです」と、マーシャさん。そうですか。それは私もうれしいです。

 ロシア館は、愛・地球博会場の中で一番遠いコモン4の中の、また一番遠いパビリオンです。そのロシア館へ来てくださって、いろんな分野の展示や映像を楽しまれる人たちは、とても多いです。
 「もっと、たくさんの方たちがロシア館へおいでくださることを、心よりお待ちしています」。

 休憩室で日本語文庫本を読むマーシャさんは、短い休憩を終えたらすぐに、パビリオン受付の仕事に戻り、ちょっとだけ並んで待った後に入館してくる大勢の観客たちへ、笑顔でスタンプを押しています。


2005年05月08日

37号 ロシア民族学の貴重な資料

 愛・地球博外国館には、その国の国宝級のものも多く展示されていて、本国の国民でもふだんお目にかかれないようなものや、はじめて外国での展示となるものもあります。
 ロシア館の、マンモスや鉱石類も国の大事な宝物ですが、それ以外にも貴重な展示があります。
 
 今回は、サンクトペテルブルク市国立ロシア民族学博物館の貴重なコレクションをご紹介しましょう。民族学博物館は、民族にかかわるあらゆるものをコレクションしています。例えば、衣装類。ロシア各地から寄せられる民族衣装の古い物を修復する部門を見学したことがありますが、デパートの洋服売り場のように、あらゆる衣装類が仕切られたたんすの中で、修復を待っていました。古くって触るとボロボロと布が落ちるようなものは、別に大事に所蔵されています。
 それらを修復して、時々は展覧会として、多くの人々に見せてくれます。なお民族学博物館は、ロシア各地にあり、学生達は授業の一環で、何度も通って勉強しているそうです。

 愛・地球博のロシア館には、1912年にロシアの画家カメンスキーにより制作されたの民族人形コレクションが展示されています。この人形も首がとれたものもあり修復家の努力で、元に戻ったそうです。みんな大事に扱われて飛行機に乗って日本へやって来ました。
 サンクトペテルブルク市でも、常時展示されているものではなく、特別展などのときにお出ましになるものだそうです。今回日本で、愛・地球博で、これらのたくさんの人形たちをゆっくり見る機会が与えらたことに感謝しながら、私はいつも楽しませていただいております。
 25体くらい並んでいます。そこからの一部をご紹介します。

 
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  左: ハントゥイ 族 (旧オスチャーク族) シベリアの西に住んでいます。
  右: マンシ 族 こちらもシベリア西に住んでいます。

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  ブリヤート 族

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  ロシアシベリア人

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  カムチャッカに多く住む コリャーク人

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  ヤクート人

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  極東に多く住む エヴェンク人
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   モルドヴァ人
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   このように並んでいます。ロシア館では、ぜひごらんください。
 
 
  ※ガラス越しの写真で上手に写せませんでした。きれいではなく、ごめんなさい。


36号 キラキラ光る 鉱石細工

 ガラス越しの写真ですが、キラキラ光る宝物を写しました。

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2005年05月06日

35号 マトリョーシカと万国博覧会

 ロシアおみやげで人気の一番は、マトリョーシカです。ロシア館のおみやげ売り場にも並んでいます。

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   ロシア館おみやげ売り場のマトリョーシカたち

 マトリョーシカのはじまりを、ロシア民族学上級科学博士、オレグ ビクトルビッチさんにお聞きしました。と、意外な事実を知りました。

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 1890年ごろのロシアの鉄道王で大金持ちの、マモントフ夫妻は日本へやってきて、日本各地でいろんなものを見聞し、そのひとつに、木彫りのお人形で、中にまたお人形を入れている「入れ子人形」が印象に残ったそうです。

 モスクワに戻り、モスクワ郊外の町セルゲイ パッサードの木彫り職人に、日本で見た人形のイメージと合う人形を作らせました。職人は、ロシアの女の形にして、ロシアの衣装の絵を描き、名前を「マトリョーナ」とつけました。「マトリョーシカ」は、この「マトリョーナ」の愛称形の呼び名です。

 1900年前後のヨーロッパでは、ロシアの文化が注目されているときで、ちょうどその時、1900年に開催されたフランス パリ万国博覧会にロシアは、この木彫り人形を展示して人気を得ました。

 その後改良を重ねて、セルギエフ パッサードの職人たちから各地へ広がっていったそうです。セルギエフ パッサードにはいまも「おもちゃの博物館」があり、数々のマトリョーシカが展示されています。
            
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 マトリョーシカと万国博覧会は縁が深い!! 驚きました。

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   私のお気に入り・ 1997年 セルギエフ パッサード の クリク作 20ピース 

 


34号 会いたかったよ

  
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   ロシア館の近く、オランダ館にはときどき、ミフィーちゃんに会えるというウワサ。
  と、ある日、会えました。
  可愛いよ。花柄のドレスがまたステキです。
  抱きついている男の子がなかなか離れずにいます。


33号 キラキラ光る

 このところの通信が、ロシア館外のものでしたから、今回はロシア館の展示に戻りましょう。
 ロシア館、マンモスだけではありません !!

 ロシアの広大な国土の下には、各種の鉱物が計り知れないほど埋蔵されていることがよくわかる鉱物の展示です。キラキラ光って、観客をひきつけています。これは、モスクワの鉱物博物館の展示品の一部と宝石細工会社所有の、値段がつけられない鉱石・鉱物たちです。すぐに「値段はどれくらいだろう」と聞きたくなるのを我慢して、ガイド通訳コースチャの説明を聞きましょう。

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 「ここに展示のものは、ロシア国の西側、コラ半島・カレリア半島・ウラル山脈・シベリアそして極東から掘り出されましたものです。ムルマンスクの地下12,261mから掘り出したものも展示しています。地下12,261mは世界一深い採掘所です」。(↓ 写真 )

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 琥珀は、大小さまざま。「30万年前、樹液が化石になりました。虫が入っているものもあります」。
 紫の石は、マンモスのふるさとと同じサハ共和国で、1977年にみつかったチャロ石。命名の語源は、「チャーミング」から。紫色が際立っている。
 緑の石は、孔雀石です。ウラル山脈で採掘されています。 
 
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 掘り出した鉱物類は、伝統を引き継ぐ各地の石細工職人の加工のより、飾り物や装飾品にもされるけれど、工業・農業・化学・食品工業・建築資材などに使われています。農業肥料としても鉱物=アパタイトが使われているので、豊作に役立っているそうです。

 ほかに、トルマリン、ロドナイト、メノウ、碧玉、エメラルド、瑠璃石……。これだけのものが並んでいるのを見逃すのは、もったいないです。愛・地球博を報じるマスコミも、この展示におおいに注目すべきですよ。これはぜひおすすめです。

 しかし、これは説明がないと、なにがなにかわかりません。ぜひ、ロシア館スタッフに説明を求めましょう。

 あまりキラキラ光っているので、私のおもちゃのカメラでは写真が写せません。


2005年05月05日

32号 会場に咲く花たち

 連休中の愛・地球博の人出はさすがに予想通りにすごいです。

 でも、多くの人たちの中で、手入れされた花たちもいまを盛りに咲き誇っています。

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  ※おまけ

 外国館では、お国自慢のビールを売っています。人気のベルギー館のビールも飛ぶように売れています。美味しいです。香りもステキです。

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2005年05月04日

31号 トルコパビリオンでの出会い

 なにげに入ったトルコパビリオン。中は暗くって足元は、じゅうたんが柔らかい。どこかいつか聞いたような音楽が聞こえる。
 入ってすぐに展示されているガラスケースの中の装飾品は、なにかとても貴重なもののよう。この展示に日本語説明はないので、パビリオンに来た人々は、ちらりと見るだけで前に進んで行ってします。私はこれに惹かれて、立ち止まってみていると、後ろの壁に立つスーツ姿の青年からの「説明しましょうか?」ビームを感じたので、「日本語はおできなりますか?」と聞くと、待ってましたというように、飛んできて説明してくれます。

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 我が家の近所のお米屋の若旦那に似ている(?)青年は、流暢な日本語で「魔よけのガラス細工です」。続けて「トルコの古い貴重な本です。そして、「これからトルコの国からもっと貴重な展示品が送られてきて、充実します」。

 とてもお上手な日本語に感激して、いろいろお話をしました。ヤースィン テキさん、23歳。
 日本が大好き、日本人が大好きなトルコの人々は、日本からもっと観光にきて欲しい、もっと仲良くなりたい。と熱く語られます。
 はじめて日本に来て、なにも悪いことはなく、日本人の優しさに感動してみえるというありがたい言葉をいただき、恐縮してしまいます。

 トルコ国では二つの大学に日本語学課があり、そこから選らばれてのパビリオン通訳ですから、優秀な学生でしょう。その通りだと思います。「忙しくってなかなか、観光もできません。」。それは残念です。今度名古屋をご案内しなければなりませんね。

 トルコパビリオンの不思議な空間は気持ちが良いものです。流れる音楽も心落ち着くものです。ちょっとロシア館のうるささに、ここで気がつきました。

 トルコは、東西南北の文化を取り入れ、日本人も大好きな場所です。いままで関心がなかった私ですが、これからはチェックしておきます。出会いに感謝です。


30号 コースチャ 元気になる

 愛・地球博には、多くの外国人が働いています。外国館には、日本語の達人外国人が多くいます。出会った日本語達人達を紹介していきたいとも思っています。

 でも、やはり私はロシア館の人たちを紹介することがいま使命ですから、19号に登場していただいたコンスタンチン キムさんに再登場願いましょう。

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 4月30日、鳥羽・伊勢にいっしょに行く予定でしたが、少々不調だったコースチャは、30日はゆっくり休み、夕方は正教会の復活祭前夜祭に出席したとのことです。元気になってなによりです。

 コースチャが、日本での驚きをまた語ってくれました。
 ☆万博関係者用で乗っていたバスの運転手さんが道を知らないので、驚きます。(これはバスの手配が各地に及んでおり、名古屋に詳しくない運転手も多いの、仕方がないことでして…)。
 ☆道はきれい、広いですね。でも、人が少ない。歩いている人がいない。朝と夕方はいるようですが、みな家のなかにいるのでしょうか、驚きます。
 ☆日本人は買い物好きで、驚きます。
 ☆自炊生活です。だから買い物へ行くと、肉が高くって、パンが美味しくない。ちょっと困ります。

 そんな日本に住む人たちへ、日本語を駆使してロシアを伝えてください。ロシア館の展示は、多岐におよびますから、日本語での解説はたいへんなことが多いと思います。「人智圏の調和」というロシア館のテーマは、日本語としても難しいことばです。
 日本人の多くが、この愛・地球博で、ロシア館を訪ねたことで、ロシアを好きになってほしいと私は願っています。ロシアのいまも過去も正しく知ってほしいです。という私ももっと勉強したいです。そのためのコースチャたちの使命はものすごく大きいです。楽しい出会いもきっと多くあることでしょう。
 これから暑い夏を迎える、愛・地球博です。がんばれ~。

 ところで、コースチャ その派手なネクタイは???遠くからでもキラキラ光っている~。

 EXPO2005 ロシア館 コスチュームです。
 シャツの胸ポケットには、マンモスマークが入っているのですが、写っていないですね。ごめんなさい。


2005年05月03日

29号 鳥羽・海・真珠・伊勢神宮 

 とても気持ちの良い晴天の4月30日です。約束の場所で、3人は時間通りに集合です。

 連休がはじまり、さぞや、観光地の伊勢・鳥羽方面は混雑していると思いきや、電車も鳥羽の町も静かでちょっとびっくりした、私です。

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 「はじめて見る太平洋だよ」と、オレグ ビクトルビッチは、三重県鳥羽の海に興奮しています。「海風も気持ちが良い」と深呼吸をして、写真もたくさん写しています。

 ミキモト真珠島へ。ロシアの真珠は淡水の小粒真珠が多いそうです。愛・地球博のロシア館に展示されている、ロシア民族衣装には小粒真珠をたくさん縫いつけた手のこんだものがあります。「日本の大粒真珠」を楽しみにここへ来ました。展示物をていねいに見て、写真も写して。展示の宝飾品は、ロシア国が持つ優れた美しい作品を見慣れたオレグさんには、ちょっと??だったようですが……。多くの芸術工芸品などに触れている、民族学者は、ロシアでは見ることがないものをめざとく見つけます。「鼈甲(べっこう)」の美しさや、着物を着たときの宝石のおしゃれとして許されている「帯留め」「かんざし」などに熱い視線を送っていました。

 昼食は、せっかくの海辺です。美味しいお刺し身と「てこね寿司」と呼ばれる地元の寿司を食べました。「ごはんが美味しい」、「まぐろが大好き」とこれまた大喜びです。
 Mさんは、寿司ネタを、辞書で調べながら、日本語それも漢字とキリル文字でも書いて、オレグさんに教えています。オレグさん、お箸使いがますます上手になっています。

 鳥羽の隣町、二見町へ。私が尊敬する大先輩の小西社長の真珠店へ行くことも、きょうの旅の目的です。真珠だけがお目当てでなく、ぜひオレグさんに小西さんを紹介したく、オレグさんにも「真珠は、私の友だちの店で買ってくださいね」と、他のお店は覗くだけにしておきました。
 小西さんの優しい気持ちがあふれる店内で、オレグさんもMさんも私もしばし、お買い物の楽しいひとときです。

 私が知っているロシア国に住むロシアの人たちは、だれもが、「相手の心を瞬間で読み解く、見抜く」超達人ばかり、と思っています。俳優や運転手や店員や主婦や博物館学芸員など、決して多くの人を知っているわけでないけれど、だれもが、正直でまじめで、対する相手の心の中をしっかり見てくれる人たちばかりです。だから、私の下手なロシア語でも、熱い交流ができるのだと、彼らの持つ天性のものに感謝しています。

 オレグさんもそのとおりで、会ったばかりの小西さんに「いい人だね」、お店の明るい雰囲気に「なんて親切で優しいお店なのだろう」と関心ばかりです。ご紹介をした甲斐があります。小西さんにすっかりお世話になり、甘えてしまいました。二見町の「夫婦岩」なども行きたかったけれど時間がなく、きょうは通過です。

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 伊勢神宮でのオレグさん。まさに見るものすべてに興味津々です。山が見えることがとてもうれしそうです。サンクトペテルブルク市もモスクワ市も、山がありません。以前モスクワからやってきた俳優たちも、「日本の山がきれい」と興奮しでしたが、オレグさんも同じく、「海の隣りに山がある」。


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 神宮は新緑に囲まれてそれはそれはきれいです。Mさんも私も日本語→ロシア語の辞書を手に持ち、指さしながらの、神宮案内です。でも、豊かな知識のオレグ博士は、神道のことも承知ですから、示す単語をすぐに理解して、納得されています。

 伊勢神宮が20年ごとに社殿も宇治橋も新しく建て替える、式年遷宮(2013年)の準備に入っていることを伝えました。いまの社殿のすぐとなりの引越し先は、美しく整えられ神々しい光も感じるオレグさん。「今度は僕が来る時は、こちら側だよ」と、8年後からの新しい建物とその前に立つご自分の姿を想像しているようです。

 「おはらい町」「おかげ横町」などを覗きながら、ぶらぶらとしていると、ナント午後5時を過ぎてお店はだんだん閉まっていきます。でも、私たちは、ベンチに座り缶ビールを飲みながら、おしゃべりです。Mさんがみつけてきた「うつぼのから揚げ」でビールも美味しい。その間に、周りのお店はどんどん閉店していきます。店舗が閉める雨戸もカメラに収めています。

 もう暗くなって、「サア帰りましょ」とバスターミナルまで来て、驚きました。もう、バスはないし、タクシーもない、すっかり町は夜です。午後7時ですよ。オレグさんも驚きます。私も驚きます。
 「EXPOではいまごろは、大勢の人で賑やかなのに…」。「名古屋の町も、こんなに暗いくはない」。しかし、駅までどうしようかな?歩くとかなりの距離だが。
 でも、ここにいても仕方がないから、駅の方面へ向かって歩きましょう。暗い道を3人は歩きます。私は、「まるで午後11時くらいと思える静かさ、暗さ…」と、久しぶりの田舎の暗さを感じておりました。
 と、1台のタクシーが、まるで迎えにきたように、ゆっくり近づいてきます。もちろん乗り込みました。運転手さんは「神宮が5時に閉まると、ここはすべて閉めてしまう町だから。なにやっていたの?」。
 別に特別のことをしていたわけではないのに、暗くなってしまったのです。

 近鉄宇治山田駅でしばらく待って、帰りの電車も空いており、私は眠り、Mさんとオレグさんはロシア語の勉強をしながら、すっかり仲良くなっています。音楽をふたりで聞いてもいるし…。ザ ピーナッツの「恋のバカンス」が多くのロシア人たちと同じくオレグさんもお気に入りの模様。ロシア語を専攻しているMさんには、オレグ博士は素晴らしい教授です。出会えて良かったですね。

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 楽しい旅がひとつ終わりました。「今度は奈良へ行きたい」。ハイ、行きましょうね。
 


28号 オレグさんを囲む 輪

 この通信4号に登場していただいた、日本人学生=3月末のロシア館で、ロシア語に耳を傾けていたので、声をかけオレグさんを紹介しました=Mさん。東京の大学でロシア語を学ぶ2回生の彼は愛・地球博の会場近くがご実家で、この連休中に帰ってきて「ロシア館に通います」、と連絡をもらっていました。

 オレグさんにもそのことを伝え、再会を待っていました。29日午後、ロシア館内で、Mさんがご両親とともにやってきました。私の友人Tもやってきて、みんなでロシア館をめぐり、ポーランド館内レストランで交流会もして、楽しい時間です。
 友人 T も、Mさんご両親も、「まだ行ったことがないサンクトペテルブルクへ行きたいわ」と、盛上がりました。ぜひ、ぜひどうぞ。みんなで行きましょう。オレグさん、ご機嫌です。「みんな僕の友だちだよ~」。

 翌日30日には、以前から計画の伊勢の旅へ、オレグさんと通訳のコースチャと私と3人で行く予定をしています。が、夕方になってコースチャがちょっと体調不調で「やめておきます」とのこと。そう言えば、顔色も悪い。無理をしないで、やめて養生して元気にロシア館で働かねばなりません。残念だけれど今回はお留守番です。コースチャは9月までいますから、また、きっと行くことができるでしょう。

 Mさんに声をかけました。「明日、伊勢神宮へ行くけれど、ごいっしょにいかがですか?」二つ返事で「行きます」。これはまた楽しい旅になりそうです。

 その後、愛・地球博場内の「日本広場」にならぶ、お祭り山車(だし)の夜景を見にいきました。オレグさん、ここでもやはり、興奮です。なにに驚かれたと思いますか?
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 縄の仕舞い方です。祭り山車を引くための太い縄がグルグルと巻かれている、それが「美しい」と写真を写しまくっています。あれ?ロシアでは縄など、長いものをしまうときってどうするのでしたか?
 
 「ああ、ロシア館に戻らなければ怒られるよ~」と、彼は戻り、私たちは会場を後にしました。
 
 いま、愛・地球博は午後10時までの開場で、夜の入場者も多いです。もちろんライトが美しいですが、場内は暗いですから、お足元にお気をつけてくださいね。それに、スリや置き引きが出没しているようです。つい、ぼんやりと歩いている私も気をつけよう。

 そして、明日(30日)は、早朝から いざ、伊勢へ。


2005年05月02日

27号 民族学博士の見た日本 Ⅱ

 
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 オレグ ビクトルビッチ博士は、ロシア国の民族学研究の大博士でいらっしゃることが、お付き合いをすすめるうちにとてもよくわかってきました。なにも威張ったところもなく、お酒はやや弱く、少々物忘れもされる、陽気な、知的好奇心とエネルギー溢れるロシア人です。

 民族学という学問そのものを論じることは私にはできません。が、「人間を見る」 ということがその学問の根底にあることはわかります。オレグさんはいつもまったく臆せずに、日本語はまったくできないのに、どこへでも、誰とでもすぐにお友だちになれる人です。そうでなければならない民族学という学問なのでしょう。机上の学問ではない、ということです。

 はじめての日本。おどろくことがたくさんあり、いつも感動してみえます。その感動のうち私も驚いた、民族学者が見た日本、を今回はご紹介いたします。

 風呂敷などの布包みの方法=== お弁当箱を布で包んでいる私の手先を見て、感嘆の声を上げられました。こんなのあまりにもあたりまえの私たちの日常風景ですよね。四角いお弁当箱を、布でくるくると包んで、きりりと締めて彼に渡すと「なんと美しいことか~」。「もう一度見せて」とのことで、ほどき再度包みなおしてみました。その間の彼の目は、私の手元をするどく注目です。包みあがったお弁当箱をじっと見つめる博士です。
 
 たしかに、布で包むって最高に地球に優しい包装です。それもとても美しい包装です。もっと私たちも大事にしたいですね、風呂敷文化を。
 
 女性のバッグの持ち方==腕を「く」の字に曲げて、そこへバッグの手をとおす持ち方は、手のひらが自由になりますね。この持ち方をオレグ博士は、驚き、「神様に祈るため、感謝する(合掌のこと)ために、手のひらを空けておくのか?」。 「ロシア女性は手にバッグを握り歩く。日本女性のバッグの持ち方はとても面白い」。

 その言葉を聞いてから考えていた私は、はっと気が付きました。
 着物文化の日本の美しい所作です。着物を着たときは、ずるりとだらしないことを嫌います。だから持ち物も胸のあたりに抱くとか、抱えるとか、それがいまに伝わっているのですね。

 手ぬぐい==これは、ハチマキからはじまり、手をぬぐう、汗を拭く、暑さ寒さをよけるなど、小さな布の変化にたいへん注目されています。手ぬぐい文化も、とても地球に優しいものです。これからはバッグに手ぬぐいを入れて歩きましょう。

 愛・地球博は小さな海外旅行です。文化交流の場所です。そこへ通うことができてうれしいです。もっといろんなことをいろんな人たちから教えていただきましょう。


2005年04月30日

26号 宇宙へのロマンが仕事 ウラジミール氏

 
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  (展示から M55・C-XXI)


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  (展示から 英雄 ガガーリン宇宙飛行士 )


ロシア館の宇宙技術に関する展示は、やはりロシアの底力が溢れます。
 お金持ちの方へ。パイロットひとりで、二人の観光客を載せて、安全装置がしっかり完備した宇宙旅行のためのシステム M-55・C-XXI 実現のための資金援助をされませんか?愛・地球博ロシア館では、本物と同じサイズのモデルを展示しておりますので、お手にとって製品をお確かめください。

 その技術開発の仕事をしているウラジミール ワシリエフビッチ氏は、宇宙への大ロマンを持ち、「毎日コツコツと細かいことの積み重ね」とご自分の仕事を語ってくださいました。(通訳*コスチャ氏)

 バロージャ氏(ウラジミールの愛称形)は、モスクワ郊外のジュコフスキ市に住み、ミャシシェフ工場設計部副部長です。「日本へ来て驚くことはなにもないね」。と私の期待を見事に裏切ってくれました。(笑)。「ぼくは世界各地へ仕事で行っているから。特別に日本だからは、ないよ」。5月12日にはモスクワへ戻り、すぐにパリの航空ショーへ行かねばならないそうです。
 ロシア国の宇宙技術開発設計技師のふだんの生活は、朝8時前には職場に入り、夕方5時までの就業時間を超え、土曜日も半日は職場に出ていると言う。「管理職だからね」。そして、ロシア国を代表して何度も世界各地へ出かけているとも。
 
 「頭も使うが、細かく手も使う」仕事をしている彼の休日は、「ロシア各地に釣り旅行に出かけること」。「釣った魚を燻製にして食べると美味いよ。つい食べ過ぎるね」。と、お腹をぽんとたたきました。

 技術者バロージャ氏は日本で起きた大きな鉄道事故もきつく叱りました。「どんなに技術が良くても、人間をどうするのかが問題だよ。モスクワの地下鉄の運転手は、若いときは補助的な仕事をたくさんしながら覚えていき、ベテラン運転手の指導のもと運転をはじめる。(JRは)若い青年に運転を任せてしまったね」。

 「おお、そうだ、日本の温泉センターは良いところ」。ロシア館の休日メンバーで、健康温泉センターでのんびりゆっくりくつろいだときの写真をパソコンからみせてくれました。「ロシア語でいうところの『ПРОФИЛАКТИКА』(病気の)予防っていうのが、温泉だ」。写真はどれも、メンバーのうれしそうな顔がならびます。

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  右がウラジミール ヴァシリエフ 氏  仲良しのマルレン 氏 とともに


 「なぜロシアは月へ行かないのです?」と、オバカな質問をする私に、バロージャ氏は「アメリカは本当に月へ行ったのかな?ふふ、ロシアは二番目はイヤだなあ。お金があったら宇宙へどんどん行くよ」。
 
 
 ※ 宇宙技術関連展示コーナーに流れる映画は、充実した内容です。英語字幕で、日本語が流れますが、その解説が聞こえる“位置”がありますので、探してください。そこへ立たなければ、場内のうるささで聞こえません。


25号 ちょっと休憩中

 愛・地球博は、4月26日から開場時間が延長となりました。
 
 
 きょうは短い通信です。

ロシア館の マルレン氏とウラジミール氏。「夕方になるとお腹がすくのだよ」。
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 友人 T と オレグ 氏。「ウオットカはこうして飲むのだよ」。

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 ガスパビリオンにて。「私たちは仕事中です」。わかります。この足元の緊張感…。

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 では、ロシアへ行かねばなりませんね。

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2005年04月26日

24号 愛・地球博 ロシア館までの道

 大きな鉄道事故が起きました。お亡くなりになられてしまわれた方たちのご冥福を祈ります。公共交通はなによりも、絶対と言える安全がなければなりません。
 いよいよゴールデンウイークがはじまります。緑の木々は今年も新しく美しく、私たちにエネルギーをくれます。だからこそ、どこにいても、いつでも、だれでも、安全・安心な生活を過ごせますようにと願います。

 連休中しっかり混雑が予測されています、愛・地球博へお出かけの方への、地元&リピーターからのお役立ち情報をお伝えいたします。
 まずは一般的なところから。
 ▽会場は一日の気温差が大きく、夕方からぐっと冷えます。昼間暑いからと薄着のままでいると日が暮れてから、「ああ寒いなあ~」となります▽靴は履き慣れた歩きやすい靴で。ミュールなんて履いてきて「足が痛い」って泣いているお嬢さんがいますが、あなたが間違っているのです▽これはどこにいてもですが、紫外線対策も忘れないで▽日傘も雨傘も、列に並ぶ時には、お互い気をつけてください。

 次は、ろしあんピロシキ読者のためのロシア館への道のりのご案内です。
 ▽名古屋駅メルサからの直通バスが到着するのは東ゲートです。花の咲く道をしばらく歩くと北ゲートあたりまで来ます。企業館に並ぶ人々にひるまないで、ロシア館めざしましょう。遠いですが▽リニモでやってきた人たちは、リニモを万博会場駅を降りるとすぐ北ゲートです。ここは混んでいます。ゲートを入って左方向から、グローバルループ(会場内を一周している木の道)へ。東ゲートから入ってきた人も、左回りです。サア歩きましょう
 ▽左手に見えるのが、コモン 1 アジアのパビリオン群です。キルギスタン・タジキスタンなどの中央アジア共同館はここにあります▽右手方向に下に見えるのが、愛・地球広場です。ここでお弁当を広げることもできます。写真:下

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 ▽冷凍マンモスがいるグローバルハウスがあります。私はまだここへ近づいていません…追ってレポします。写真:下

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 ▽左手には、グローバルコモン 2 北・中・南アメリカパビリオン群です。

 ▽グローバルループの真ん中は、グローバルトラムというバスみたいな乗り物が時々走りますので、お気をつけて。でも、トラムの前には、つゆはらい係員がいます。トラムはゆっくり、のんびりです。

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  (撮影は4月はじめ)

 ▽頭の上の方を、ゴンドラ(大人600円也)が動いています。あるときは右手側に、あるときは左手側に、ある時は、まったく見えなくなりますが、何台も次々に行き交っています▽ループに、緑の丘がぐっと迫っているのはこのあたりです。

 ロシア館は、何度も申し上げますが、遠いです。まだまだです。
 ▽右手に池も見えてきました。「こいの池」です。夜はここに、なぜか猿が出る(?)「こいの池イブニング」は、午後8時からの30分間です▽池が終わったところが、「日本広場」と丸い茶色の建物がみえますか?建物の外を竹で編んだ「長久手日本館」です。エコ工夫がいっぱいです。

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  (日本広場と長久手日本館です)

 ▽続いて右手には、レストランなどがならぶ建物があります▽左手には「長久手愛知県館」です。

 ▽ときどき出会うでしょう、黄色のジャンバー姿の「ボランティア」たちですが、会場内のことを知っている人と知らない人がいます。「きょうだけボラ」もいるそうです。でもみなさん一生懸命です。

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 ▽右手にパビリオン群が見えてきましたね。

 ▽大勢の人が並んでいるのは、ドイツ館です▽きっと遠めでも目につく赤・黒・白などの派手な丸いわっか様なものがつながっている建物は、スペイン館です。

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▽目の前のグレーの建物には、大きく日本と周辺の国の都市名が書かれています。ウラジオストクが目に入り、「調子悪くてあたりまえ」のめるさんを読者諸氏はきっと思い出すことでしょう。ここはクロアチア館です。クロアチアがどこにあるかこの地図を見るとわかります▽このあたりのパビリオン群がグローバル コモン 3 ヨーロッパです。人気のイタリア館、「踊るサチュロス」は、ここです。

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 (イタリア館1階の照明に浮かぶガラスの橋)

 まだ、ロシアは遠いです。
 ▽ヨルダン館では「死海体験」ができます。もし、体験希望者はここで、予約なり詳しいことを聞いてきましょう▽パビリオンの外のフランスピザ屋さん。ピザ1,000円、ビール500円、コーヒーは300円です。フランスの水、エビアンも売っています▽左手に池が見え、山が見え、空をゴンドラがいくつも走ります。なかなか良い景色です。写真:下

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▽目の前にやっと、グローバル コモン 4 の案内板が見えますね。やっと。

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  (たまたま通りかかった係員3人のパレード?)


 近づいてきました、ロシア館。
 ▽左手にぐっと回りましょう。右手にトイレ、案内所もあります。相談事はここ案内所を利用しましょう。なんでも知っているのは彼女たちです。英語・韓国語・中国語など対応してくれます。たぶん。▽目の前に、コーカサス共同館が見えます。グルジア館には「ピロスマ二の絵」が来ているとの、ウワサもありますが、まだというか、来ないらしい…▽右手には、水色のラインもすっきりの北欧共同館です。中の売店ではムーミングッズもありますが、北欧食材のおつまみにビールもあります。

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 ▽隣りはベルギー館。外に並んでいる人たちは、ワッフルを求める人たちです。ビールの方は店内へどうぞ。ビールの種類が多いので楽しんでください▽オランダ館は、並んで待っても入ってください。私のお気に入りですから。

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 ▽大きく赤い字でかかれた「山」の字。ここはスイス館です。

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 ▽ちょっと坂道ですが、目の前にロシア館が見えてきましたか。やっと▽アイルランド館の入り口にはいつも日本人女性が立っています。ハイクロスはコピーものですが、それでも100年前のものをお国から運んできたそうです。一見の価値あり▽ロシア館の前は列ができていますか?

 ▽ロシア館の右手にあるリトアニア館。ここもパビリオン奥でビールを売っています。ジョッキのまま外へもってきて、ベンチでいかがですか。

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 ▽ロシア館に並ぶ前にトイレの御用は、すぐ右手側にガラスの小さな建物へ。入り口奥に車椅子用トイレがあります。和室の休憩所です▽ここを背にして、ロシア館を右手にして目の前に見える大きい建物がEXPOドームです。イベント情報がわかりにくい…。

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 (4月29日撮影のロシア館とEXPOドームの屋根)


 ロシア館へようこそ。お疲れさまです。並びながら、外に展示してある「ロシアと日本の友好条約150年」の看板を見てみましょう。日本人船乗りでロシア語辞典を作ったゴンザの顔がありますね。ろしぴろの管理人ゴンザさんのこと、私はいつも思い浮かべます。

 館内に入ってすぐ右手に受付カウンターがあります。

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 ここで通訳コンスタンチン キムさんを尋ねてみてください。「ろしぴろ・マーミンカ通信を見ました。館内を案内してください」ってお願いしてみましょう。ロシア語のできる方は、臆せずロシア語で、どうぞ~~~。では、ごゆっくりとお楽しみください。
 
 ※より詳しいことは、愛・地球博公式ページへ。
 
 ※※ 通訳 コンスタンチン キムさんは、いつも館内におみえとは限りませんので、あらかじめご承知おきくださいませ。

 ※※※ 西ゲートもありますし、グローバルループ(場内一周の道)の反対周りでもロシア館に行くことができますが、私が未踏のため、レポは、しばらくお待ちください。


2005年04月24日

23号 正教会から真言宗の世界へ

 正教会の儀式はロシアからの参加の人々も涙を流すほど、厳粛に滞りなく行われたました。オレグさんもみなも、喜んでいます。在日の人たちともしばし交流され、アドレス交換もされています。

帰り際に司祭の松島さんにお聞きしました。
 「女性がスカーフを被らないのはなぜですか?」
 「日本では根付かなかったのですね。どちらでもかまいません。どちらでも良いです」。
 続けて松島さんは、「愛 地球博においでの各国の正教徒のみなさんがおいでいただくのはとてもうれしいことです。でもこの教会は狭いですから、ちょっと心配ですね」と笑って、私たちを送ってくださいました。イリーナさんたちは、「買い物に行きます」とのことで、教会の前で別れました。

 オレグさんは、「ビールを飲みましょう。きょうは儀式の日(聖枝祭)だからお酒を飲みましょう」。
 私は、「もちろん、私は休日です。すてきな晴天の休日ですから、飲みましょう」。
 と、いう訳で、昼食時にまたビールを飲みました。

 八事山興正寺は、名古屋の東部に位地する高野山真言宗別格本山です。国の重要文化財の五重の塔が際立つ寺内は緑濃い山々が名古屋の町なかにいることを忘れさせてくれます。東側にある、八事霊園は、大霊園で、名古屋の土地区画整理で市内の寺から移動してきたお墓群、新しく整備されたお墓群、それはそれは、宗派を問わずに多くの墓地が集まり、壮観な墓地です。

 気分も良く、八事興正寺境内を歩き、本堂内に入りました。オレグさんには、それはどれも興味のあるものばかりです。でも博士は、すでに日本の仏教に関わることは詳しく知識を得ている方で、黙って仏様の前に居て、静かさを聞きました。風が堂内に吹いても消えないろうそくの火の不思議さ。私はそれがロシア語で言えずに、指差し表現で伝えると、わかってくださったようです。

 その後は、八事霊園へ。墓はいつから建っているのか?誰