2005年09月28日
160号 きょうが私の万博おわりの日です。
きょう、28日は、私の万博すべての終わりの日でした。
ロシア館メンバーに貸してあったものを返してもらったり、依頼されていたものに応えることができたり、紹介した人と会っていただいたりして、ロシア館と私の、関わるすべての用件が終わりました。
ものすっごくホッとしております。と、同時に疲労もかなりです。
ああ、終わった……。
そしてきょうは私の誕生日です。ジーマさんやナタシャさん、ガリーナさんらが祝ってくれました。
ありがとうございます。素晴らしい誕生日となりました。
明日、ジーマさんは、中部空港からフランクフルトへその後モスクワへ飛び宿泊して、翌日サンクトペテルブルクへ戻ります。さようなら、ジーマさん。またお会いいたしましょう。
2005年09月26日
159号 今度の日曜日は……
↑ と、こんな題をつけると、また私がどこかへ出かけると思われるでしょう?
いいえ。このところの激しいお出かけ続きで、私の身の回りはちょっと、いや相当に乱雑となっております。一番は、万博で買ったもの、もらったものがひとつの袋(大)からはみ出してしまいました。これら記念の品大事なものを整理しておきましょう。
二番目には、洋服を秋~冬用に整理しなければなりません。万博通いにいつも着ていたTシャツ類にもご苦労様をしましょう。
三番目には、パソコンの中の整理です。特に写真を整理しておかねばなりません。
だから次の週末は、久しぶりに家にいましょう。
◇◇◇◇◇
日本へ、EXPOへ長期出張をしていた人を待っているご家族が「もうすぐ、パパに(ママに、子どもに、じいちゃんに、ばあちゃんに)会えるからうれしい」と待ってみえることでしょう。世界のあちこちで、日本でも。みなさん、おつかれさまでした。
158号 もう万博へ行かなくとも良いのですね。
正直な気持ちを書きます。
もう、万博会場最南端にあるあのロシア館まで行かなくとも良いのですね。
もう、万博へ行く必要もないのですね。
もう、あの賑わいの中を歩かなくとも良いのですね。そうです。これがいまの正直な気持ちです。

(だれもいなくなってロシア館入り口 9月25日午後7時すぎ)
出会ったすべての人々に感謝いたします。ロシア館メンバーの豊かで深い知性に心から敬意をはらい、彼らとの再会の機会を待っていましょう。それは全てが許されたときにはたせます。
読者のみなさまへ。まだ、モチネタたくさんをありますので、しばらくはまだ続きますので万博は閉幕しますが、たまにはこちらものぞいてやってくださいね。
また、「ロシア夏の旅」の部はこれから書き進んでまいります。こちらもよろしくお願いいたします。
しかし、泣くかな?と予測していたけれど、私は泣かなかったね。
ほっとしたので、ウオッカを飲んでしまいました。
2005年09月25日
157号 大人気のトヨタ館へはいる
愛・地球博最後の思いで作りができました。大人気のトヨタ館へ入館しました。ロボットの楽器演奏や未来の乗り物と人とのパフォーマンスショーです。照明も音楽も、アクロバットもなかなかきれいでした。
きょうも大勢が集まって賑やかな万博会場を行ったりきたりしたし、トヨタ館は座席に着くまでもしっかり待たされたので、ショーを見ていて、すっごい睡魔に襲われてしまいました。

そしてわかったこと。私はやはり車にいっさい興味がない!!ということでした。だって、運転免許も持たないし、車の話題にはまったくのれないし、トヨタ館の車ショーに燃えなかったし。
こんな私がトヨタ館へ入館してしまい、がんばっても入館できなかったみなさん、申し訳ありません。
2005年09月23日
156号 万博で鍛えたおかげ
香川県こんぴら宮へ、ジーマさんをお連れして、行ってきました。あそこにある旧金毘羅大芝居(金丸座)をお見せしたかったことと、あの階段を上ってさぬき平野を見ていただきたかったから。
現存する日本最古の芝居劇場は、入っただけで劇場の空気が流れています。私も心癒されますが、ジーマさんも同じくですね。とてもくつろいでいます。もちろん日本の古い劇場のつくりには、興味津々であちこちを観察しています。
その後、私たちは1368段の石段をあがり、奥の院めざして上りました。途中で、書院を見たりして。蒸し暑い日ですが、なんなく上がりました。あいにく讃岐平野をぼんやりと雲が覆っていて、景色はかくれていますが、気持ちの良い風と静かな山の中腹で深呼吸できました。
ちょっと休憩後、1368段を下りてきました。
ものすごく気持ちの良い達成感に包まれて下りてきました。思ったよりも早く下界に下りてきました。汗はかきましたが、足も痛くならずにとても心地よい疲労感です。
この元気さは、ひとえに万博で歩き回っているおかげと私は、思っております。感謝です。が、万博終わったら、さてどうしましょう。あら、終わったらって……、もう、終わりますね。
2005年09月22日
155号 Mさんお誕生日おめでとう
21日は、ロシア館で働く日本人青年Mさんのお誕生日です。お祝いのパーティが開かれ、私も参加してきました。Mさんは、まだ寒くって人もまばらだったときのロシア館で出会った青年です。そのころ滞在していたオレクさんといっしょに交流しましたね。
おめでとう。ロシア館メンバーの宿舎の1室で夜遅くに彼を祝いました。とってもステキな記念となるお誕生日です。さらにもっとロシアとロシア語を学んでください。
うーむ、うらやましいなあ。こんなステキなお誕生日の夜があって。とっても記念になるお誕生日となったMさんに、幸あれ。
2005年09月21日
154号 ジーマさんと歩くあちこち
サンクトペテルブルクからやってきたジーマ バラノフさんと休日があえば、いっしょにあちこちに出かけています。京都や奈良、伊勢や岐阜も名古屋市内もあちこち歩いています。ジーマさんは歩くことが大好きで、またあちこち見て回るのも大好きと言います。ということは私といっしょです。
京都へ行ってきました。今度は西の方、竜安寺・仁和寺・金閣寺です。



別の日には、名古屋近く犬山市にある「リトルワールド」へ行ってきました。
今度は、四国香川県の金毘羅宮へ行く予定です。あそこにある「金丸座」をお見せしたいのです。
私は昨年やっと、日本の芝居は低い位置で演じるのが大きな特徴だと気がつきました。先日のジーマさんのミニ講演の中で、「日本へ来て、日本人は、低い位置で生活していることを知った」とおしゃって、あらためて私が気がついたことへの確信を得ました。
※注 低い位置とは、生活のレベルとか文化の度合いが低いということではありません。目線というか生活仕様というか、そういうことが低いポジションにあるということですので、誤解なさいませぬように※
私たちの生活が「低い位置」でされていることに気がつきはじめました。鵜飼舟に乗ったとき、水面に近い位置に座る私たち。ロシアでは、船に乗ってもイスに座ります。京都の歴史的建物などの古い襖絵の一番美しく見えるポイントは正座をして見る位置であり、神社仏閣のお庭の美しさもおなじく正座して見る目線が美しいところなのですね。立って見るのと座って見るのとでは、まったくといって良いほど違います。
などなど、ロシア人と歩きながらいま私は日本を勉強しています。まだまだ何も知らないことが、多すぎます。
2005年09月20日
153号 さすがの私もへこたれる
愛・地球博始まって以来最高の人出となった18日。最終的には281,441人が入場しました。28万人ですよ!!ひとりずつから1円をもらったらなんと28万円になるのです。
はじめての入場制限もされました。場内に滞留する人が17万人を越えたら、入場口でストップがかかります。帰宅する人があれば入場できるという措置ですが、ストップされたゲートでは、きっと大混乱が生じていたものと予想できます。
入場もタイヘンなら帰宅もタイヘンです。
帰る時間は人それぞれでしょうが、だいたい遅くまでいたいですよね。閉場の午後10時まで会場にいる人も多いです。午後8時半くらいから、みなが集中して帰り始めますが……。
18日、私は帰りの人の渦の中にどっぷりとはまってしまい、どっぷりと疲れました。たいへんなことが予想されたので、別ルートでの帰宅を選択し少しでも楽になるようにと工夫をしたのですが、それでも……。
さすがの私も疲労コンパイ。翌19日の万博行きは、やめました。万博エネルギーがすっかり枯渇してしまいました。すぐに充電しておかねばなりません。あと少しの時間しかありません・。
2005年09月19日
152号 モスクワで会いましょう、コースチャ!!
若いロシア館通訳の人気者コースチャさんが帰国します。大学生生活に戻ります。日本語を学んでまだ日が浅いというけれど、いくつかの試験や面接を受かりなし得たEXPOの通訳。この半年間の大活躍はモスクワに戻ってからの彼の勉学を一層充実させることでしょう。きっと将来大成功する優秀な通訳になると私は承知できます。

彼にモスクワに戻って一番にしたいことはなに?と聞きましたら、「母の作ったボルシチが食べたい」との答えです。ご両親も優秀なご子息のいっそうの成長を喜ばれることでしょう。私とモスクワで会ってくださったお姉さんのユーリアさんも、いまごろはきっと大事な弟さんの帰国を首を長くして待っていることでしょう。
彼はモスクワに戻ってもこの「マーミンカ通信」を読んでくれるそうです。とてもうれしいです。
お別れ嫌いな私は悲しくなかったです。モスクワへまた行けば彼にまた会えるからです。今度行った時は、必ず会いましょうと約束をしました。
コースチャさんお世話になりました。お元気で~~~。
151号 3連休の真ん中の日
9月18日は、日本では3連休の真ん中の日です。愛・地球博ではものすごく混雑が予想されていた日です。予想ははずれませんでした。最高の人出です。28万人くらいとか。
なんというか、狂喜ならぬ狂気のような雰囲気ですよ。まったく。
ああ、3月4月のあのがらがらで寂しいころにもっと見ておけばよかったと思うこのごろです。
さて、ロシア館の18日は、待ち時間1時間以上という時間帯もあって、そのときの行列はとなりのリトアニア館前まで進入していました。もちろん他の館もどこも大行列です。ウクライナレストランは正午のころ1時間は、待ちの行列です。そのとなりのポーランドレストランも1時間以上の待ちだったでしょう。陽射しの強いなか、だれもが無口になって、待っています。
ロシア館には、多くのお客様が受付でスタンプを押してもらいます。そこで見た風景をご紹介しましょう。
☆「ありがとう」をいう子どもは、その親も「ありがとう」が言える大人です。
☆外国人は珍しいのはわかりますが、見世物ではありません。写真を写す時は、声をかけて許しをもらうのがマナーです。黙って突然シャッターを押すぶしつけな人多し。
☆「ソ連」がまだあるのかな?「ここはソ連館ですか?」がけっこうオジサンに多いのですが。
☆日本人で「スパシーバ」を知っている人が多しで、私は驚いた。
☆ときどきキラリと光るとっても可愛くって、丁寧な言葉使いの良い子がいるものですね。そのまままっすぐに育って欲しいと願います。
☆たしかにジーマさんはステキですよ。惚れ惚れ見とれている女性多々あり。
などなど私はロシア館の混雑の中で見ました。
さあ、あと数日です。万博の無事を祈ります。みなさんお疲れさまです。
2005年09月18日
150号 閉幕まで1週間 !
愛・地球博は、誰がなんと言っても、9月25日に閉幕してしまいます。
いま、駆け込みの大勢の来場者で賑わいを越えて、大混雑中です。待つ時間が長いです。が、ひとり身でするりするりと、人の間を通り抜けて(追い越してではありません!!)歩き回り、ひとり分の空き地があればさっと休み、相席でも遠慮せずにこりと同席する……。工夫で人ごみも気にならないのは、リピーターだからでしょうね。
では、きょうも行って来ます。最高の人出が予想される日です。秋の陽射しが気持ちの良い朝です。

(9月14・15日ロシア館内で行われた「サンクトペテルブルクの日」に飾られたのは、私のあこがれのイサーク寺院です)
※※※ ニュースネタをいっぱい持っているのですが、こちらへの書き込みが追いつかずごめんなさい。前後する話題も登場しますが、できるだけ書いていきますので……。ナント言ってもあと1週間ですから。 ※※※
2005年09月12日
149号 民族学者のミニ講演 ロシア語サロン
9月11日午後、日本ユーラシア協会主催の「ロシア語サロン」に、ゲストとして招かれたのは、ジーマ バラノフさんです。テーマは彼の民族学者の仕事についてです。
とっても面白い興味深いお話しでした。最初の第一声から、参加者のこころをぐっとつかんで、ぐんぐん話しの世界に引き込まれました。ロシアの北の村での調査活動でわかったカルドゥーニャ(魔術師・占い師・・治療師などの要素を含む女性)の存在などを中心に学術的に話されました。

ロシアのあの大地に生きる人々の中の人間の力では解明ができない不思議の世界が、いまも生活に役立ち伝わってきている事実を語る民族学者です。冷静に事実だけを見て、何度も現場を訪ね、各方面で話を聞き文献もあたり、ロシアそのものの歴史文化を学問としている人が語ることができる、魔女の存在です。
ジーマさんは民族学博物館で所蔵品の管理をしているだけではなく、各地に調査活動に出かけることや、大学でも講義・発表文献の執筆・他国の博物館援助もするなど、すごい仕事ぶりです。それに、話しがとても上手いです。
「アイヌ民族は解明がまだまだされていない民族です。とても興味がある」ということを、また語られました。彼は来日早々から「アイヌ文化が日本文化に与えている影響を知りたい」とおっしゃっていました。日本に来て、日本を肌身で知り、もっと民族学博士の視点は向上されていくこと間違いないと思います。
ミニ講演を聞きながら、「ジーマ博士がんばれ!」と、応援していくことがこれからの私の喜びになると熱く思いました。
夕方、私たちは5人のグループで岐阜へ繰り出し、長良川の鵜飼見物の宵を楽しみました。楽しかった。
2005年09月11日
148号 また記録更新の日に、参加している
9月10日土曜日、愛・地球博の入場者数は、250,694人。ある都市の人口全部と言ってもいいくらいでしょ。と、いうことはすんごいこととなっているわけです。
食事は、すべての人がお弁当を持ち込むわけではないから、大混乱です。どこも列、列、列。やっと待って手に入れても、「エッ、この値段でこれだけ?」みたいなもののあるそうです。販売店店員もあまりの忙しさで、ちょっとぼんやりしたり……。
トイレは、これもどこも行列です。長蛇の列です。女性用は当然のことですが、男性用も列ができているのです。ああ、すごいことです。
パビリオン待ち時間は、有名館では、最高300分とか!もうなにも言えません。ほとんどのパビリオンに入るには並ばねばなりませんし、待たねばなりません。
会場へ行くために乗るリニモ、バスも待ちます。会場へ着いて入場するまでにも入り口に列を作って待ちます。パビリオンで待ちます。食事で待ちます。トイレで待ちます。おみやげを買うのに待ちます。飲み物を買うのに待ちます。帰りも待ちます。出口で待ちます。バスもリニモも乗るまでに待ちます。そして、みな疲れ果てて帰りつきます。
ゴミ、急病、けが、迷子、いざこざ、落し物、事件事故、きっと多くあったことでしょう。
そんな日に私は、はじめて瀬戸会場へ行きました。やっと行くことができました。いつも行っているロシア館がある会場は、長久手会場ですが、そこから東北に位置する瀬戸会場へです。
瀬戸物の町、瀬戸市は、名古屋の繁華街「栄」から名鉄電車瀬戸行きが出ています。私はこれに乗り40分くらいかで瀬戸市に着き、タクシーに乗って瀬戸会場入りをしました。いろんな行きかたはありますが、たまには思い切って行きかたを変更してみたくタクシーを使いました。
瀬戸会場のあまりの小ささの驚きました。長久手会場の大きさに比べたら、象さんとねずみさんみたい、が第一印象です。幸運なことに、話題の群読劇「一粒の種」の入場整理券を配布しているところに出会って、14時10分の入場チケットをゲットできました。と、いうことは、瀬戸会場には、4~5時間いることとなります。
当所、万博開催を目論む人たちは、ここの山を崩して大きな会場を作りたかったのです。海上の森(かいしょのもり)と呼ばれる自然豊かな山里です。オオタカも住んでいるこの森を壊してはならないと反対運動が大きく起こりました。そして、瀬戸会場は、規模を小さくしたのです。隣接する長久手の青少年公演をつくりかえて、大きい会場をつくりました。

(瀬戸会場の半分くらいの様子。奥にある建物が、瀬戸愛知館(左)と瀬戸日本館です)
そのあたりのことを映像でみせる「瀬戸愛知県館」は、待ち時間40分ほど。それだけ待って見た映像は、なかなか正直でした。反対運動があったことも伝えていますし、森を守る工夫も知らせています。
映像ルームから愛知県内の小中学生が作った作品のならぶ廊下にでます。これもなかなか秀作です。
昼食は、我が家にある食べ物をでかけにかばんに突っ込んできたので、会場内の野外劇場みたいな座席にすわって子ども達の遊ぶ様子をみながら済ませました。
その後会場をぶらぶら。ここは市民参加の万博です。こういう形もこれからの万博でしょうか。でも、万博とは感じられないふつうの公園みたいです。
「一粒の種」の公演時間が迫ってきました。では、次号にて。
2005年09月08日
147号 さあ残りわずか !!
名古屋の町のあちこちにポスターが貼られています。
「愛・地球博は9月25日に閉幕します」
あと少しの間に、やっておきたいことがたくさんあります。あれとこれと、あれも状態です。だから元気でいなければなりません。
もう、終わってしまうのね……。観客のひとりの私でも、こころが揺らいでいるのですもの。万博会場内で働いている人たち、とりわけ外国からやってきた人たちは、どんな思いでしょうか……。
台風もたいしたことなく相変わらず大勢の人で賑わう愛・地球博です。
2005年09月04日
146号 雨が。どしゃぶりで。でも、やんでしまった。
9月3日の愛・地球博の入場者数は、249,873人です。最高記録です。さぞや大混乱があちこちで起きたことでしょうね。交通機関も、パビリオンも、食堂も、おみやげ屋も、トイレも……。迷子の大人も子ども多かったでしょうね。、気分の悪くなった人、けんかしちゃった人、怒られてしまった人……さぞやドラマがあったことでしょう。
ジィーマさんとユリアさんと私は、奈良に行っていたので会場にいなくて良かった。昨日は、万博関係者のバスなども大渋滞に巻き込まれて大混乱だったそうです。今朝も、大渋滞は起きていました。朝のニュースで「すでに万博への道路は渋滞中。駐車場もすでに満車です」と聞いた瞬間に、「きょうは万博行くのはやめようかな?」と思ったのです。
が、わたしはやはり、行きました。
午後からゆっくりと。いつもどおり名古屋駅からのシャトルバスで。朝は大混雑だったのだろう、バス担当者たちがすでに疲れているとわかります。午後3時近くのバスはとても順調に走り、東ゲートに15時20分ごろ、到着が近くなった。と、雨がパラパラと降ってきて、「ああ、とうとう降ってきた。雨具を持ってくるべきだった」。バスを降りたとたんに、大粒の雨になる。天気予報は午後から雨とは伝えていたが、まったくその気配はなかったのに。
入場してすぐに、東ゲートの公式グッズ販売店に飛び込んで、簡易レインコート=600円=愛・地球博キャラクター入り=を買うことにした。店内はめちゃくちゃに混んでいて、レジに到着するまでに外に並んで待たねばならない。屋根があるのでよかったが、待つ間に雨はどしゃぶりに。ああ~~~。レインコートを着てもこれじゃあ楽しめないし……。10分ほど待ってやっと、レジをすませた。
外へ出るとどしゃぶりの雨は、やんでいた。まだ雲行きは怪しいが、とにかく雨がやんでいるうちに、屋根のあるところまで歩こう。買ったばかりのそれを手にして、さてどこかパビリオンに……。が、どこも混んでいて、やはり一気にロシア館まで歩いた。
ジィーマさんとユリアさんとの約束があるから顔だけでも出しておこう。空はさきほどよりも明るくなってきた。手にしているレインコートはかばんにしまう。受付にいたジィーマさんにあいさつをして、ユリアさんに奈良での思い出の写真をもらって…。
休憩時間となったジィーマさんが彼の仕事のホームページを教えてくれた。私はジィーマさんにこの「マーミンカ通信」を教えた。などやりとりをしていると、外はもう明るい。雨の心配はないようだ。
かばんのなかにあるキャラクターつき簡易レインコート。結局使わなかった。買わされたようなものかなぁ?との、思い出になるレインコート、となったのであります。
145号 奈良の旅へ。
奈良へ行きました。残暑の厳しい9月3日土曜日です。少しでも安いお値段でいけるように工夫をして、名古屋~京都~西の京へ。ロシア館の民族文化などの展示責任者のジィーマさんと、モスクワ市紹介担当のユリアさんと私の3人です。
ジィーマさんは、仕事でアフガニスタンの博物館展示品整備のために、いままでもこれからもアフガニスタンとかかわりを持つので、ならばぜひお見せしたい、薬師寺にある平山郁夫画伯の渾身の仏教の道を描かれた絵がご本尊という新しい院を、お見せしようと出かけたのです。
すでに萩の咲く道を歩き、院の前にくれば、いまは「閉鎖中」でした。ものすごく残念です。
他のお堂や庭などを静かに鑑賞しました。暑い日です。堂内の涼やかに通る風に助けられて、とてもおだやかな休日を楽しんでいます。
薬師寺から、東大寺へ。「鹿がいるのでしょ?」「とっても大きい仏像があるのでしょ?」「たくさん観るものがあるのでしょ?」と、ユリアさんは事前学習をしてみえています。写真もあちこちでたくさん写しています。
ジィーマさんは静かに黙って鑑賞です。そんなジィーマさんがおっしゃったひとこと、大仏殿に入り大仏様とお会いした時です。「まあ、なんと大きいことか!!」。
英語版パンフレットを熱心に読み、どれも見逃すまいと、熱心なおふたりです。私が、どうのこうのと言う必要もないでしょうが、でも、そこは日本人です。できるかぎり質問にはお応えしたり、説明をしてみたり。もちろん拙いロシア語で。もっとロシア語チカラをつけよう。
二月堂・三月堂もめぐりました。美しい仏像と建物の美しさもみていただきました。

暑い日です。かなり歩き回ったので、3人は疲れて奈良公園の一角で座り込んで、鹿に囲まれてしばし休憩です。世界中でいろんなことが起きているけれど、人生もいろんなことがあるけれど、「平和な風景」を黙って見入りました。
夕暮れ、元気を取り戻し、春日大社まで。もう参拝客もいない静かな参道を歩きます。「ここは仏教寺院ではなく、神道ですよね?」とジィーマさん。答える私は、「日本は、神道・仏教・キリストも、みんな好きですよ」。あらためて日本人の心の広さを実感している私です。ロシア民族学博士は、にこりと笑いうなづずかれました。
夕方にはさすがに涼しくなりました。もう、秋です。もう、万博も終わり、みなさん帰国されるのですね。などとしみじみ思いながら、やや疲れて乗った京都からの新幹線。車内電光掲示板のニュースは「愛知万博入場者が最高、18時現在23万人」。ギョエッ~~です。おふたりもとってもとっても驚かれて「明日は日曜日、どうなるのでしょうか!?」と。
名古屋駅で午後9時半。「明日は万博へおいでよ」とジィーマさん。「また明日ね」と、ユリアさん。
あと少しだけの万博です。「はい、では、また明日ね」。
2005年09月03日
144号 伊勢の旅へ。
8月最後の日曜日、ロシア館メンバー等と二見の海から伊勢神宮そして真珠のお店へと行きました。
私にはロシア館メンバーと出かけるのは4度目です。各回いろいろ趣が違っておもしろく、楽しい旅です。
ロシア館のそれぞれの担当者は、入れ替わっていますから、みな今回はじめて伊勢の旅です。
きょうは、先に海で泳ぐことにしました。日本ではじめて海水浴場として整備されたといわれる二見海水浴場です。

みなさん、海で泳ぐのをそれは楽しみにしていますから、子どものように大喜びでそれぞれ遊んでいます。すごく晴れわたっている日ではありませんが、海日和です。
私も海に入りましたが、やはりもう、秋ですね、水が冷たいです。砂浜にも台風などの荒波で打ち上げられたのか大量の貝殻です。
伊勢の日本の美しい景色のひとつ「二見夫婦岩」(FUTAMIMEOTOIWA)にも行きました。

とても穏やかな海です。みなさんも大喜びです。海の岩も神域としてしまう日本の神道には驚かれいます。
「せっかく伊勢にみんなで来たのですから、美味しいものを食べましょう」ということで、伊勢市のレストランへ。ビール醸造もしているレストランですからみんなも、また大喜びです。魚を食べたい人と魚を食べない人もいるので、それぞれが選んで、楽しいお食事タイムです。

食後やっと伊勢神宮の参拝ができました。神域のスギ木立に驚くみなさん。神の前で深く額ずく魂を持つ日本人をじっとみつめるみなさん。式年遷宮(20年後との建替え)には、驚くみなさん。きっと日本の良い思い出を作ってくださったと思います。
その後は、真珠販売店へ。真珠のネックレスも指輪もブレスレットもピアスも、日本思い出のおみやげに選ばれました。
楽しい伊勢の旅でした。帰りの電車もにぎやかです。みなさんの溢れるパワーにあらためて驚く、私でした。
2005年08月30日
143号 ジィーマさんのお話しを聞く会 開催のお知らせ
名古屋市にある日本ユーラシア協会愛知県本部では、万博ロシア館で働く ジィーマ バラノフさんをゲストにして、「ロシア語サロン」を開きます。
ロシア語でジィーマさんに語っていただきます。通訳もいますので、ロシア語が分からない方も大丈夫です。申し込みもお問い合わせも、日本ユーラシア協会愛知県本部へ、お気軽にどうぞ。
2005年08月28日
142号 会場に3時間 18万分の1
これから、できるかぎり、万博会場内の写真を写しておこうと決めて、いざ、万博へ出発です。
と、言ってもきょうは、午後から仕事があって、往復の交通事情などを考えても、会場内でいることができる時間は、3時間くらいか。
もうひとつ、ロシア館のメンバーに会う約束もあって、東ゲートからいつもどおり歩いて、ロシア館へ向かう。思えば、開幕当時はこの距離が遠くって、ゴンドラ=600円に乗ってしまったり、IMTSと呼ばれるトヨタ自動車開発の未来のバス=200円にも乗ってしまったが、いまは、鍛えたこのたくましい両足で、歩きます。
が、暑い。が、空がとってもきれい。が、人が多い。



※※ この日の入場者は、18万4千人で、開幕以来 2番目に多い入場数でした ※※
東ゲートから入場する前には、10分の待ち時間。手荷物検査と金属探知機を通る“検査”があるからです。もう何度も経験しております私が見ますに、かなり、ざるでございます。
さて、ロシア館へ。暑いです。体温が上昇していることがわかります。「熱中症」に注意です。首にタオルを巻いて歩きます。人ごみの中では使えませんが、日傘も使います。
もし、イタリア館がすんなり入れるのならば、「踊るサチュロス」を見ようかと近寄るが、まったく不可能というか、待つ列が長くって。きょうはダメです。また、今度にしましょう。
リビア館へ、ここは、先日万博会場周辺に局地的な降雨があり、唯一浸水してしまったお気の毒なパビリオンです。「お見舞い」のつもりで、ピアスを買いました。

ロシア館の前は長蛇の列ですが、お隣りのリトアニア館は、きょうはすんなり入れそうです。と、入り口の前で、組みひもと切り絵の実演販売中です。わたし、こんなのものすっごく弱いのです。つい、衝動買いをしてしまうのです。で、やはり買いました。


リトアニア館の展示の中にあまり知られていませんが、リトアニア演劇についての展示があります。もう一度見ておきたかったのですが、そのあたりには人が滞留しており、やめました。また、次の機会に必ずみてきましょう。
ロシア館のジィーマさんに会い、明日の日曜日にみんなで行く「伊勢の旅」の確認をしてきました。館内もあいからず大勢のお客様です。おみやげ屋さんもにぎわっています。冷房の効いた館内でちょっと身体を休ませて、でも、のんびりしている時間はありません。
人ごみの中を帰ることとしましょう。慌てずのんびりと歩きながら東ゲートへ戻りましょう。「きょうは確実に記録の出る入場者数だろう」と思えます。グローバルループと呼ばれる場内を1周する木の道は、人がいっぱいです。でも、7月の21万人入場者のときと比べれば、少ないです。
東ゲートへ到着したら、「案内所でロボットの案内嬢が動いています。ぜひお立ち寄りください」と誘われて、開幕当所から人気のロボットさんに会いました。

日本語・英語・中国語・韓国語はおなはしできるそうです。万博会場内に関する質問に答えてくれるそうです。では、質問しましょう。
「ここ(東ゲート)から、ロシア館まで歩いていくと、何分くらいかかりますか?」
彼女の返答。
「ロシア連邦パビリオンはコモン4にあります。勉強不足でごめんなさい。わかりません……」。つまり歩いて何分かかるかは、わからないというお答えでした。あのね。もうすぐ閉幕です。勉強しておきなさい!40分かかります。
さっさと退場して、名古屋へ戻るバスに乗ります。当然、これから入場する人たちもおおぜいいます。暑いですから気をつけてね。
2005年08月25日
141号 スタンプを集めるのが楽しい
来月の25日には幕を閉じる万博……、万博にハマッタ多くの人たちはいま、とても複雑な心境なのです。すでに寂しくなっております、と、ともにこれからの1ヶ月をどのように楽しむかとも、作戦を練っています。
私もそのひとりです。これからの1ヶ月はまじめに愛・地球博を楽しもうと思っています。
愛・地球博は、スタンプ博でもあります。各パビリオンの出入り口にはスタンプが置いてあります。自分で押したり、アテンダントさんに押してもらったりします。
押してもうらノートは人それぞれですが、私は万博協会発行の500円のスタンプ帳を最初のころ買ったのです。が、ずっと集めずにいました。

ですから、これから集めるだけ集めることにします。
ロシアファンとしては、やはり気になるロシア館のスタンプは、大きい。

他館のはこんな感じです。

ロシア館の入り口で「スタンプドーゾ」って言っている、ジィーマさんに会われましたらぜひ、お声をかけてあげてくださいね。

140号 ロシア館のこれから行事予定
ああ、万博もあと1ヶ月でおしまいです。
今年の秋は、とりわけすっごく寂しくなります。
ロシアパビリオンのこれからの行事は以下のとおりです。
9月6・7日 ロシア石油とガスの日
9月8日 円卓会議=21世紀のユーラシア輸送体系
9月8・9日 トムスク州の日
9月14・15日 サンクトペテルブルクの日
9月25日 ああ、閉幕でーす。
2005年08月23日
139号 携帯電話紛失 騒動記
21日の日曜日夕方に近い午後、万博会場へ入りました。通算28回目くらいかな?
最近気に入っている「地球タイヘン大講演会」の江古野守博士(名古屋の劇団「劇座」所属俳優が演じる愛すべき博士)にまず会い、彼が撒くさくらの花びらを拾い、そこに博士の似顔絵が押してあり喜んでしまいました。
ロシア館に行き、次の小旅行の計画の打ち合わせをしました。心無い人の言動にややムッとしたり、ジィーマさんが私の下手なロシア語を聞き取ってくださるのでうれしくなったり、声をかけてくださったスタッフの名前を思い出せなくって、失礼をしたり……。
打ち合わせを無事終えて、いつもどおりに東ゲートからバスに乗り、我が家へ。家に着いた時に、「あれ、ケータイがないけれど…」と思ったが、眠くって「朝捜そう」。
月曜日の朝、万博へ持っていったかばんの中も、着ていた服のポケットにもケータイはない。あれれ。
仕事をしながら?昨日のケータイの記憶をさぐると、ロシア館で天気予報を見た、場内を歩きながら途中で時間を見た、バスに乗る前にトイレへ寄った。あれれれ、トイレの棚に置き忘れたか……。それとも、ほかで??
万博協会テレホンセンターへ電話をするが、なかなかつながらない。困ったね。
何度目の挑戦でやっとテレホンセンターにつながり、そこから「忘れ物センター」に回してもらう。
「携帯電話の特徴を教えてください」。
==「ボーダーフォンの新しい機種、東芝製です。赤いです」。

「ストラップや待ちうけ画面について教えてください」
==「ストラップは、えっと鈴です。小さな金色の鈴です。待ちうけ画面は、朝顔の写真です」と、きっぱり答えられた。というか、へんなおっさんの待ちうけ画面(どんなんでしょ)にしていなくて良かったと内心思った。
と、電話の向うの女性は、「そのような携帯電話がセンターに届いているようです。が、いま、この電話があるところにその電話があるわけではありませんので、確かめましたら、もう一度お電話しますので、連絡先電話番号を教えてください」
==「エッ、ありそうですか、うれしい。連絡先は、090 … あっ、携帯電話がないのにケータイの番号を言ってもダメですね」と、笑われてしまいました。
「必ず確認して電話をしますので、お待ちください」。
なんとも親切な対応に感謝です。待つこととしましょう。
そうですね。夕方近くだったでしょうか。電話がかかってきました。もう一度特徴を伝えましたら、ぴったり一致する携帯電話でした。
==「受取に行きます。明日行きます」。
そして、23日火曜日仕事を終えてすっ飛んで行きました。万博会場内北ゲート「お忘れ物センター」へ。行ってびっくりです。
「~~~の忘れ物をしました。きょうの午後◎◎パビリオンあたりで」。
「これと同じものを落としたらしいです。ありませんか?」
「携帯電話受取に来ました」(私といっしょだヮ}
その間もスタッフが、かばんとか傘とか、紙袋とかを持って「忘れ物センター」へ入ってくる。
これだけ人が集まれば、当然忘れ物落し物をいろいろあることでしょう。
そして、私の携帯電話は無事戻りました。やはりバスに乗る前にご用に寄ったトイレの棚にあったそうです。親切な方が発見してくださったのですね。そして、親切な対応で早く手元に戻って、うれしいです。
皆さん、ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます。感謝です。
2005年08月22日
138号 ジィーマさんと歩く 名古屋の町
万博期間中の私の休みの日は、全部万博とロシア館のために使おう!!と決めています。あと、1ヶ月で、その間の私の休みは、ほんのわずかしかありません。愛・地球博の閉幕は、9月25日です。もう、すぐです。
ジィーマさんの赴任は万博の後半です。ロシア館スタッフがすでに行ったことがあるところでも、ジィーマさんはまだ行ったことがありません。
名古屋市内をご案内しましょう。8月20日土曜日のことです。
JR名古屋駅の待ち合わせ場所は、「時計の下」です。ここで会って、「ノリタケの森」へまず行きます。
高級洋食器製造販売のノリタケです。日本ではじめて洋食器をつくったノリタケです。名古屋駅から近く、いま名古屋の人気スポットです。
洋食器の国からいらした方には珍しくもない洋食器でしょうが、どこか日本風のそれを興味深くご覧です。しかし「高い値段ですね」。そうですね。
その後タクシーで、「徳川美術館」へ。入館する前に、まず昼食を。中華料理店に入りました。ジィーマさんは、肉と野菜がお好きですから、注文はそういう料理です。「中国ペリメニ」と言って、水餃子と焼き餃子、茄子の肉炒め、豚肉の天ぷら、そしてビールですね。大満足です。
その後、徳川美術館へ。徳川家の財宝を展示している美術館です。最近規模を大きくして展示物を充実させています。
ジィーマさんは、展示の英語説明を英語→ロシア語辞典をかばんから出してページをめくりながらの観覧です。それも丁寧に丁寧に。美術専門学芸員でもあるジィーマさんが見る、日本の江戸文化芸術
はいかがなものなのでしょうか?「大きい美術館ですね。立派です」。でも、ジィーマさんが働く「ロシア民族学博物館」に比べたらとっても小さいものですが。
徳川美術館から少し歩いて、「大曽根」(OZONE)から地下鉄に乗って「八事」(YAGOTO)へ移動しました。八事の墓地霊園へ行くために。途中のコンビニでアイスクリームを買って食べたら、私たちはとても元気になりました。
八事の霊園は山から山へ、大小新旧の墓地が並んでいます。私のロシア語では、細かいことをお伝えすることができません。とても申し訳なく思いながらも、いろんな方法で伝え合いました。
私がモスクワのノボディビッチ修道院内の墓地で見た墓地と、この名古屋の八事の墓地との違いは、写真があるかどうかだと伝えたら、ジィーマさんは、もっとするどい発見をしていました。
私は墓のひとつずつを「この墓は、○○年◎月××日に死んだ人です。◇才で亡くなっています」と読んでいました。と、ジィーマさんは私に聞きました。「この墓に眠る人の誕生日は書かれいるのか?」と。
そうです。モスクワで私が見た墓のどれもが、(例)「ここに眠るのは、アンドレイ アンドレビッチ アンドオ ○○年◎月×日に生まれ、○○年◎月××日に亡くなった」と彫られています。
おおお。私は気がつきませんでした。日本のお墓には生年月日は彫られていません!!
動物の立て札が、墓地内道路ごとに建てられているのを発見したのはジィーマさんでした。「このウサギの看板は、なにですか?」
八事の墓地には、一応区画の1区とか2区とかあるのですが、あまりにもお墓が多いので、お墓のある区割りごとに動物の名前をつけています。1区のウサギ地域の奥にある墓とか、3区のカンガルー地域にある墓とか、蟹地域の高いところにある墓とか。なぜ動物かはわかりませんが、ここは動物名での区分となっています。
そして、「ロシアの住所表現は、通りにある住宅と言うが、日本は、通りに囲まれた地域の何番目という表現をするのですね」と、この動物看板からわかってくださったのです。
八事霊園の山からは、万博ロシア館メンバーの宿舎近くに立つ、東山タワーが見えます。八事地域と東山地域は、近いと言えば近い距離です。ジィーマさんは、「歩いて帰ります。僕たちロシア人は歩くことが大好きです。タワーを目標に歩いて帰ります」とおっしゃり、夕方の八事の町で、私たちは分かれました。
※翌日「昨日はどうでしたか?歩くの時間はどうでしたか?」と聞きましたら、「平気でした。早く着きましたよ」、とのお返事でした。
2005年08月20日
137号 ウオッカに酔う
ある日の夕方、ロシア館で友人と会う。彼を誘って、「ウクライナ館でビールしましょう」。
ウクライナ館レストランの屋外席には、ロシア館のメンバーとその友人らしき男性が、笑って語らっている。友人らしき人はロシア語はもちろん日本語も達者で、私たちを同じテーブルに誘ってくださり、4人で「乾杯」です。
彼は関西からやってきた在日で、「きょうはじめて万博へ来て、きょうはじめて彼に会って、とってもうれしいです。みんな素晴らしいですから、とっても良い気分ですよ」と、こころから楽しそうです。
「エッ、おふたりは、きょうはじめて会ったのですか?そうとは見えないですね」と言えば、「通じ合うものがあれば、回数ではないでしょう」との答えです。そう、そのとおりです。
ついに、ウオッカが登場してきました。日本のどこに家にもあるしょうゆ差しのガラス瓶に入っています。「これなに?『ロシアの水』ですか?」。答えは「その通り!」です。
とうとう私も誘われて、飲んでしまいました。美味しいウクライナウオッカを。
ウオッカは、絶対一気飲みです。唇や歯茎や舌に飲ませてはいけません。「せいのを!」でクイッツといきましょう。そしてすぐに、パンをひとかじり。
その後話しははずみ、私はいい気もちで、話しが理解できなくとも楽しくって、うれしくって。と、同じくモスクワ生活もある友人は、「ここは日本ではないですね。モスクワにいるみたい」とご機嫌です。
そんな楽しい夜を過ごして、「ああ、万博」と思ったヨッパの私でした。
136号 ジィーマさんと歩く京都 Ⅲ
(これは8月14日のことです)
京都の繁華街へ大原から下りてきました。私の好きな先斗町を歩きましょう。
先斗町といえば「バー ナカニシ」での大人のお酒の時間です。今回もジィーマさんと短い時間を楽しみ、彼はなつかしいロシアのビール「バルチカ」に喜んでいました。
狭い道の両端に並ぶお店の個性溢れる意匠を黙って眺めながら、時々写真を写しているジィーマさんの足のむくままに、歩くこととしましょう。先斗町から祇園の賑わいへ、やはり土曜日の京都の夕方は、そぞろ歩きとは呼べない賑わいです。店先の打ち水、風鈴、のれんの涼やかさなど、私も京の夏に、惚れ惚れしました。
ジィーマさんは妻へのおみやげを「ゆかた」と決めているようです。時々すれ違うゆかたの女性を、ながめています。着物にこだわる私は、「夏の着物とゆかたは違う」ことを知ってほしくって、彼に説明をしています。さすが京都ですね。夏着物の女性たちも多くいて、ジィーマさんは「あれは夏着物ですか?それともゆかたですか?」と聞いてきます。簡単な見分け方を教えます。「襟元と足もとが違いますよ」。
民族学の権威で、自国のことはもちろん諸外国文化の研究者のジィーマさんです。すぐに、もっとちがう一番大事な、品格をわかってくださったようです。「着物をもっと見たい」。今度はぜひ、着物を見に行きましょう。
京都の町の人ごみを歩きやや疲れたご様子です。さあ、帰りましょう。「今度は奈良へ行きたいなあ」とのご希望は早くかなえましょう。万博は、もうすぐ終了ですから。
2005年08月18日
135号 秋を感じる万博 !!
仕事帰りに万博会場へ寄るということも、地元で開催されているからこそ出来ることです。
会場到着が19時ごろになっても、私は行きます。
17日、昼間のぼわーーっとした暑さは消えて、ちょっと涼しさを感じる夕方、いままでは万博会場に着いてもまだ「明るい」時間だったのに、もう、陽が落ちてしまった。どこかから、虫の音も聞こえてくる。「ああ、秋が来た」と感じたのです。
愛・地球博もあと、48日かな、あと少しです。もっと精力的に歩き回ろう!!
2005年08月16日
134号 ジィーマさんと歩く京都 Ⅱ
(これは8月14日のことです)
京都の北へと向かう。大原三千院をめざします。京阪電車から叡山電鉄と乗り換えます。たった1両の電車がのんびりと住宅街を走り、濃い緑の山のふもとを目指していきます。
大原三千院は、5月の新緑のころ、ジィーマさんの先輩同僚オレグさんをお連れしたところです。まったく同じルートで、同じ場所で昼食にしました。ジィーマさんは、「魚は食べない。卵も食べない。野菜とくだものとパンにお肉が良い」とことですが、このあたりにはそのご希望にお応えできるレストランはありません。「好きなものは、ロシアのスープ シイィー (野菜のスープ、私も好きです)」とのことです。きっと、食べたくってたまらないことでしょうね。お察しいたします。
寺の前の食堂でビールとごはんとおでんとおそばの昼食をゆっくりいただきました。と、思わず話もはずみます。ロシア語辞書を真ん中にはさみ、ノートと鉛筆があっちへいったりこちらへ来たりしながらの会話です。
ジィーマさんから「日本の数字の嫌われるものと好かれるものはなにですか?」という民族学的質問が寄せらました。
「『四』と『九』ですね。『死』と同じで『苦』とも同じだから」。私の一生懸命の説明をわかってくれました。話しながら、彼の聡明さに感服いたしました。
「じゃあ、好きな数字は?」
「『八』ですね。末広がりですから」と言いたいのですが、「末広がり」を身振り手振りで説明しましたが、さて?わかっていただけたのかしら?
ジィーマさんは、「僕の数字は「8」です」。と紙に、彼がこれまでの人生でいろんなところで、「8』の数字とかかわりを持ったという不思議を教えてくれました。これは、おもしろい話しです。
その後、大原三千院の静かな庭をしばし眺め、日本の畳と衝立についての質問にうまく答えられずに、申し訳なく思い、歯軋りする私です。でもジィーマさんはニコニコと静かに、黙ってしっかり観察をされています。
庭の緑がもう盛りをすぎたようです。ふっと秋の近さを感じました。 ==つづく==
133号 ジィーマさんと歩く京都 Ⅰ
ジィーマ バラノフさんはサンクトペテルブルク市から7月末にやってきました。愛 地球博ロシアパビリオンの民族文化展示物の管理者です。3月~5月末までみえた、オレグさんの同僚ですから、彼が帰国後、たくさんの日本の思い出をジィーマさんに語り、写真をみせて、日本の各地を紹介したようです。
だから、ジィーマさんはとてもたくさんの日本での希望を持ってみえます。そのひとつが「京都へ行くこと」です。日曜日、出かけました。
サンクトペテルブルクからモスクワ~フランクフルト~中部空港へと入国されたので、「新幹線には、はじめて乗ります」とすでに、興味津々の様子です。
京都の町は、曇りで思いのほか気温が低くて、助かりました。ちょっと雨も落ちてきますが、気になることではありません。まずは、「三十三間堂」へ。ジィーマさんは英語も達者ですから、英語パンフレットや説明板を丁寧に読まれいます。圧倒される仏像を黙ってしっかり眺めています。ジィーマさんはロシア国内だけではなく、諸外国の博物館の所蔵品整理などのために出張仕事もされ、最近ではアフガニスタンでの長期の仕事をされたそうです。
仏像に差す自然光について、仏像を見る日本人の視線についてなどを拙いロシア語で説明をしたつもりですが、そんなことは私の説明を待たずに、すでにご存知のことだったと、いまは思います。
おそなえもののお下がりのりんごをいただきました。三十三間堂を出て、道を歩きながらりんごを丸かじりしながら、ジィーマさんは言います。
「この道がとてもおもしろいです。お店がおもしろいですね。建物にも興味あります」と写真を写しています。私にはあまりにも、ふつうの景色ですが。
でも、わかります。先日行ったサンクトペテルブルクの町並みを振り返れば、京都の小さな町の細い道路の両脇にびっしり立つ民家。その間にある、また小さなお店が商品を外に並べて、静かに客を待つ。店先ののれんが風に揺れるのも、ぜったいにサンクトペテルブルクには、ない景色です。
==つづく==
2005年08月13日
132号 ジィーマさんと会う&手伝う
夏休み真っ只中の13日、愛 地球博へ行ってきました。暑いので、午後からのんびり出かけました。昨日、ジィーマさんへ電話をして、彼がきょうはパビリオンで仕事をする日と聞いていたので、ロシア館へ行けば、会えます。
ジィーマ=バラノフ ドミトリーさんが来日してほとんどすぐに、私が旅へ出てしまったので、彼とはゆっくりお話しをしていません。きょうは、ジィーマさんとお話しをしよう!です。
すんごく混んでいるいるだろうと予想して出かけたが、すんごく、ではなかったように見えたが、わからない。(後で、13万人の入場者とわかる。予想に反して少ない!)
のんびりと歩きながら、途中でビールを買い、ポテトフライをつまむ。夏の休日だ~と思いながら。
長久手愛知県館の「地球タイヘン講演会」をまた観る。やはり、なにかよくわからないが、「生の舞台」だけを評価しましょう。きょうは、舞台からパラパラと巻く花びらを終演後拾ったら、ナント細かい芸当がされていて驚きましたよ。さくらです。

そこを出て、「藤田屋の大あんまき」(超ローカルな甘いお菓子を売っていた!)を買い、食べながら、場内を1周するループに出て、サア、ロシア館へと歩き出すと、眼の前を、ジィーマさんがひとり歩いているではありませんか!!
「どこへ行くのですか?」と後ろから声をかけると彼もびっくりです。「休憩時間だから、散歩です」。
人ごみの中を歩きながら、日本へ来て3週間の彼の感想などを聞いてみました。
まずは、万博のほかのパビリオンがなかなか観ることが出来ないことを残念がっていました。ロシアパビリオンも他のパビリオンも、いつも大勢が並びますから、難しそうですね。休日をつかって富士山登山を試みたそうです。「きれいでとっても良かった。すばらしかった」と、おしゃっています。
「日本の夏は暑いでしょう?」と問えば「いいや、平気ですよ」。そのとおりのようです。約40分くらいでしょうか。ロシア館までを歩いて、私は汗をかいて「暑~う!」と騒いでいても、ジィーマさんはまったくふつうな顔でした。
その後しばらくしてから、ジィーマさんはロシア館入り口の「スタンプ押し」の仕事です。ちょこっと彼の写真を写しておこうとそこへ行ったら、そのまま、ずっと居着いてしまいました。ひきりなしにやってくる大勢のお客様にスタンプを押す仕事を楽しみながらしているジィーマさんと、お客さんのやりとりを助けていたりしました。ボランティアですね。

観客 Aさん 「ロシア館ですね?冷凍マンモスありますか?」=いいえ、ここではありません。
観客 Bさん 「ソフトクリーム売っていますか?」=いいえ、ここは売っていませんが、どうしてですか?と問えば、青年は「ボク、ソフトクリームを全部食べてみようと思っているのです。だから、ロシアのソフトクリームはどんなのかな?と思って」。残念ですね。ロシア館でソフトクリームを売ると、ロシア人たちがみんな食べてしまうから(笑)。
観客 Cさん 「あのう、ロシア語教えてください」=私は専門家でありませんから。でも、どうしてですか?「万博ですから各国の言葉を知りたいからです」とノートには各国語がびっしりと書かれています。
カタカナでロシア語ではなんと言うかを書いて欲しいとのこと。例えば「あなたを愛しています」「値段が高い」「お久しぶりです」「ありがとう」「さよなら」などなど。
約1時間くらいかけて、ジィーマさんの助けも得て、ロシア語の試験のような時間を過ごしました。なかなかおもしろかった。
途中でひとりの日本人青年が「ロシア館すばらしいですね。僕すっかり気に入りました。また来ます」。とうれしいことも。
スタンプを押すジィーマさんは、「日本人は『ありがとう』と言いながら、頭を下げて、いつも笑顔で、穏やかですね」。たしかに、私もそう感じます。暑い中をはるばるロシア館までやってきて、並んで入り、「スタンプ押してください」と、ノートを出す人たちが大勢。でも、みんなにこやかです。いいぞ、日本人!!と思いました。その笑顔を壊してはいけないですね。
ジィーマさんには日本語で、「スタンプどうぞ」と「スタンプここです」と教えて差し上げるとすぐに覚えられました。
そして、明日は、京都をご案内することとなりました。暑くって人が多い京都ですが、楽しみましょう。
2005年08月11日
131号 成田から直行 !
久しぶりに、愛 地球博へ行きました。モスクワからの帰りに寄ってみたのです。
成田からの直行です。成田でのことをちょこっとご報告いたします。
成田空港内の「JR切符売り場」へ行き「愛知万博の会場 ” 万博八草”までの乗車券をください」と言いましたら、ナント「そんな駅はありません」とか「名古屋から岡崎へ行ってバスで(万博へ)いかれたらどうでしょうか?」。
私がルスの間に、万博への交通手段が変わったのか!!とマジに思いました。
「そんな……。それはちょっとおかしいことですね」と言えば、「この売り場はJRの代理店であるから、特殊切符は売りません。JRの売り場へ行ってください」。
HU~~~~。
JRの売り場へ行けば。
「万博ですか?名古屋で切符を買われたらいかがでしょうか?名古屋で売っているでしょう」
ああ、これが国際空港でのJRの対応です。残念です。
と、別の係員がご存知でした。「万博八草まで販売できます」。
ホッ~~~。
そんな体験!をしながら、成田~品川~名古屋~万博八草~リニモで「万博入り口」へ。久しぶりに万博会場へ。夏休みの夕方です。とても多くのお客様で混雑しています。
ロシア館へちょっと用があり、成田から直行したのです。その用を済ませて肩の荷を降ろすことができました。
2005年08月01日
130号 夜のオールスターショーは中止となりました
すさまじかった7月30日土曜日の夜のそれぞれのゲート付近。私は、命の危険を感じました。前は全然動かないのに、後ろから人がどんどん詰めてくる恐怖。逃げ道のない恐怖です。
万博協会は、正式の夜のショーは中止と発表しました。7月29日の金曜日の夜からはじまり、そのときもうすでに混乱が起きていたようですが、もっと人出が多くなることはわかっている、土曜日の夜の大混乱。

ちょっと想像すればわかると思うけれども、どうなのでしょう。多くの人たちが帰るために集中する、北ゲートの上で、ちょっと不思議なナイトショーを催すとどうなるか。大混乱が想像できなかった、主催者には、抗議しておきます。
それと、東ゲートのエスカレーターの混雑具合も恐怖です。2機のエスカレーターを動かして、バス乗り場へのお客のうち、車イスやベビーカー以外のすべてをエスカレーターに乗せます。どんどん、乗せますが、前の人との距離をとりません。あれは危険です。もし、急に動きが止まるとどうなりますか?大転倒事故発生ですよ。前後の人との距離を十分にとって、エスカレーター以外の通路も確保しておく必要がありますね。そういう誘導をしてほしいものです。
ちょっと万博には行くことができませんが、夏休みも真っ盛り、暑さもまっさかり、どうか無事で楽しい万博を過ごしてくださいね。
モスクワのテレビを点けたら「日本で、EXPOで ○●◎;@~×・×・。がありました」なんて、恐い映像とともに流れないでくださいね。
では、今度万博へ行くのは、8月13日かな?その時を楽しみにしています。
2005年07月30日
129号 危険な夜の集まりに怒る
夏の夜のイベントとして、新しく電飾パレードがはじまりました。夜8時半からロシア館のあるコモン4の入り口からグローバルループの上を小さなパレードが北ゲートまで行きます。そして、北ゲートの上で、ちょっとイベントがあります。
ものすっごく、東京ディズニーランドを意識しすぎた電飾パレードですが、ミッキーもミニーもいません。
これが帰宅の人の流れとパレードを観たい人とがぶつかり、ものすごい人があふれて大混乱となりました。危険です。
きょうは、私はこの大量の人の流れにはまりました。危機感を持ちました。車椅子やベビーカーも幼子もお年よりも、その人の中に埋まってしまっています。恐かったです。
立ち止まって見ている人の後ろからパレードを観終わった人たちがどんどん入ってきます。通行整理係員は、まったくこの人ごみを整理できません。西明石で起きた、人が集まりすぎて起きた死亡事故を思い起こしました。
万博協会は、夜の退場の混雑を分散させる政策をとっていたのに、これではまるでダメです。各ゲートは帰る人の列がそれは長く長くできていました。今夜の万博帰りに悲しいつらい、いやな思いをした人は多くいたはずです。万博協会はすぐに対策を講じるべきです。
128号 暑い けれど 行ってきます
なんとも暑くってたまりませんね。空は曇っているのですが、湿度が高くって、汗が流れてきます。
名古屋の夏です。夏まっさかりです。夏は大好き。
いまから万博へ行ってきます。
暑い時の万博行き、必ず持っていくもの。
タオル。ハンカチでは追いつかないです。長いタオルです。
帽子。つばがひろいものがおすすめです。
首筋を守るもの。先のタオルでもかまいませんが、首の後ろを冷やすと効果的ですから、襟のついた服のほうが良いかな。
日焼け止めクリーム。目薬。眼も日焼けするのです。それに眼に汗が入るのは眼にとても悪いことですから。
水分補給のための工夫を。ペットボトル持ち込み禁止です。場内では販売しています。いろんな工夫で水分をとりましょうね。
なによりも、ムリをしないでください。
では、行ってきます。
2005年07月28日
127号 ようこそ ジィーマさん
万博も後半戦です。ロシア館スタッフも、開幕当時おみえだった方たちから顔ぶれもずいぶんかわりました。かわらず、全期間お見えの方も暑い季節を元気に働いています。遊び場所もいろいろみつけたようです。
おいでになることを楽しみにしておりました、ジィーマさんがロシア館に就かれました。さっそく、オリガさんが電話で私に教えてくれました。ならば、歓迎のごあいさつに行かねばなりません。仕事を終えてから、万博会場へロシア館へ走って(ウソ、バスの中は座っていました!)行ってきました。
ロシア館へ入ると受付には、いつもお会いする男性が、笑顔で声をかけてくれました、ちょっと聞き取れませんでした。会場の中ほどで、赤いシャツのはじめて見るロシア人スタッフとすれ違いました。
しばらくしたら、先ほど受付けにいた彼が、さきほどすれ違った赤いシャツの男性を連れて、にこにこと私の前に現れて……。
「ジィーマさん、お待ちしていました」。爽やかな笑顔で赤いシャツのジィーマさんは、「お会いできうれしいです。もうすぐモスクワですね?」。
ジィーマさんは、サンクトペテルブルク民族学博物館から派遣されて万博にお見えです。専門はオレグさんと同じく、スラブ民族学とのことです。
名古屋の地図を前に、「どこがおもしろいところですか?」とジィーマさん。私は「全部ですよ」。
暑い季節ですが、オレグさんのときと同じく、ジィーマさんを名古屋案内にお連れしましょう。もちろん、私がロシアから戻ってきてからですが。
ジィーマさんも、ロシアの知性溢れるすてきな人です。お会いしてポーッとしておりましたので、写真は写しておりませんので、次の機会に掲載いたします。
2005年07月26日
126号 「地球タイヘン」博士熱演
前日は21万人の入場日という記録を樹立した日でしたが、18日の月曜日休日はうって変わって静かな長久手会場です。
ふだん込んでいるところも比較的入り易そう。長久手会場のほぼ中央部にある「長久手愛知県館」に近づくと「いまならすぐ次の回に入場していただけます」と案内があり、すぐに並んでみる。
緑に囲まれた池のほとりにあり、列に並んでいても目に入る景色はきれいです。屋根からは万博会場おなじみの霧状水が出て、並んでいる頭の上の気温をさっと下げてくれます。
「博士が空を飛ぶ」とのうたい文句で、いったいなにがはじまるのでしょうか。会場のイスに座り、舞台を見ていると……。博士が登場し、映像も使い、地球環境について