2008年01月14日
15号 「ハムレット」観劇とその後
「ハムレット」の舞台はとても素晴らしい。登場人物のだれもが舞台の主人公です。だれをとっても人間の普遍性と狂気さとおかしさを持っている人生、それをおおいに感じます。私たちの人生は舞台の上の演劇です。
しかし、私は22時間近くの飛行機の旅でモスクワに到着し、すぐにトランクを持ったままにタクシーで劇場へやってきて、すでに2回もの芝居を観て、長編の「ハムレット」の観劇です。疲労は突き抜けてかなりのハイ状態です。気を抜けばすっとんと落ちてしまう、実に危ない状態でもありまして……。
休憩時間に、リューバさんが「頭が痛い」と先に言うので、私はまたそのままハイを続けているしかありません。「リューバさん、大丈夫ですか?」と、問えば「この芝居は辛いね」とおっしゃる。ちょっとロシア語がわからなくって良かったと思った瞬間でした。
「『ハムレット』は厳しい重いお芝居ね、なんだか頭が痛くって。なんだか辛い」。顔色も悪そう。でも、私に気を使ってくださっているのがよくわかります。私も普通の状態でないのですから。
劇場の細い廊下のむこうに、日本人らしき女性が立っています。が、私から声をかける余裕がきょうはありません。「こんにちは。日本の方ですか?」とあちらから声をかけてくださり、ちょっと恥ずかしい思いもしました。留学生でまだモスクワに来たばかりで、このユーゴザーパド劇場の大ファンであるとおっしゃいます。
再び芝居は始まり、場面はハムレットの苦悩が全面に、ハムレットの母ガートルードの母の苦悩も胸が痛くなるほど。ですが、ガートルード役女優の体の大きさが、なにがあっても大丈夫な肝っ玉母さんみたいに見えてしまい、女王の雰囲気が消えてしまい、ちょっと残念な私です。
「ハムレット」の有名なせりふのひとつ。
To be, or not to be that is the question
==生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ。(河合祥一郎訳)これがロシア語では、
Быть или не быть таков вопрос となるところを聞き逃してしまったのも残念です。
最後の決闘の場面は、この劇場お得意の客の想像力に任せる手腕で演出され、それでも十分に決闘シーンは、胸にせまります。熱演のハムレット役、オレク レウーシンは93年の来日時いっしょに宝塚劇場へ行った仲なのです。舞台が好きでたまらないと全身が唸っているような熱い大俳優です。
終演してすぐのカーテンコールでは、並ぶ俳優たちに花やなにかしらの贈り物を渡すファンたち。やはり人気俳優、オレク レウーシンへは女性たちが花束を渡しています。シューラへもファンの女性から花が贈られていました。うん、とても良い舞台でした。
さきほど休憩時間に声をかけていただいた、愛称 K子さんに「少し外で待つとシューラに会えますが」と軽くお声をかけたら彼女が大喜びしました。「俳優とお話しするのははじめてです」。えっ、驚く私です。ロシア演劇を勉強中でしたら、ロシア俳優とお話を交わすことも大事な勉強だと思いますから、ぜひシューラを紹介すべきと思いました。
シューラのママのリューバさんは「私は頭が痛いから、バスで家に戻ります」と言い残して、さっさと居なくなりました。劇場の前で終演後、たむろする興奮の客たちの姿がひとりふたりと消えて、静かになったころ俳優たちが、素となって楽屋口から外へ出てきました。主演を演じた俳優は花束をいくつも抱えています。なんだかとっても素晴らしい美しい姿です。
シューラも花束を手にしてうれしそうに出てきました。すぐにK子さんを紹介してふたりは、うれしそうです。「明日は『夏の夜の夢』も観に来ます。また会いましょう」とK子さんと別れました。シューラは私のトランクを車に運び込んで、私をホテルへ送ってくれます。日はとっぷりと暮れた街は、まだまだ賑わっています。午後10時半ごろの冷えてきたモスクワ南西部の街です。
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