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2007年12月22日

1号 いざモスクワへ。訪ロ回数も忘れる

 12月8日~15日帰国の予定で、モスクワへ、ユーゴザーパド劇場のお芝居を観に行くこと=俳優シューラに会うことを目的に出かけることとしました。ご存知のとおり、ロシア行きは昨日思いついてきょう出発できるような、簡単な旅行計画を許してくれません。諸手続きを経てのち、私のパスポートに 「ВИЗА」(VIZA) が、貼られていなければ旅行できません。12枚目のロシアVIZAが張られたパスポートと航空券を手にして、中部国際空港(以下、愛称のセントレアで表記)にむかったのは、12月8日土曜日の朝です。やっとやってきました、この日。行こうかな行きたいなあ行けるかなどうしようかな、なんて迷いながら、よし行こう!と決めたら諸事全般がとんとんと進んで、この日を迎えることができました。

 12枚目のVIZAと前述しましたが、これは2000年9月に取得したこのパスポートに張ってある枚数で、以前のパスポートにはすでに4回の訪ロ記録が有りますから、うわああ~~今回は16回目の訪ロです、ってことをいま、認知しました。16回も行っているのですね。あの国に、われながらよくもまあ。

 その16回体験をちょっとだけ、ここで振り返っておきます。

 はじめての訪ロは1997年6月、2回目は99年5月です。日本の女優に誘われて彼女の仲間でつくった少人数ツアーでのサンクトペテルブルク行きでした。女優の仕事にくっついて行き演劇大学見学や学生たちとの交流もありました。私はまったくロシア語わかりません。でも、2回目のときモスクワにすっごく行きたくなり、いつかきっと自分でモスクワに行くと決めていました。
 その夢はすぐに実現して2000年夏、友人らを誘い4人+ロシア青年とでモスクワへ初めて行きました。サンクトペテルブルクへも足を伸ばし、ここでひとりのロシア女性エレーナと出会いました。

 2000年は私にとって大転機の年。ロシア語の勉強を始めました。年齢はすでにウン十歳です。脳みそは刺激を喜びにしてロシア語をどんどん覚えてくれました。偉いです。だから、ロシア演劇日本公演へも、勇んで出かけ、そこで運命の出会い。ひとりの俳優の名演技にしびれてしまいました。

 2001年1月、モスクワへ。その俳優の本拠地のユーゴザーパド劇場へ。長い付き合いの友人らを誘い、俳優シューラと通訳を介しての交流は冬の寒さの中でもとても温かいものでした。ぜったい、また来るからモスクワ!と帰国する日には次の日程を決めていました。

 02年1月、モスクワとサンクトペテルブルクへ。もちろんモスクワでは観劇して大感動してしまう。サンクトペテルブルクでは、2000年夏に会ったエレーナとの再会にも大感動する。寒くっても暖かいロシアでした。

 02年7月、夏のモスクワへ。演劇シーズンではなかったけれど夏らしいモスクワを満喫して、もちろん俳優シューラとも交流できて、すっごく楽しかった。でも、私のロシア語はまったく上達してはいませんから、通訳が必要でした。

 03年1月、日本の舞踊芸術家とともにモスクワへ。すったもんだもあったけれども、もちろんユーゴザパド劇場のお芝居を楽しんで、シューラともたくさんお話できた。着物で歩いたモスクワでした。寒かったけれどもね。

 8回目となる03年10月。黄金の秋と呼ばれるモスクワの秋が知りたくって、そして私のロシア語力をためしたくって、ひとり旅をする。これが本当に楽しくって、私には「旅の守り神様がしっかり付いている」と実感する。俳優シューラとエレーナを紹介してふたりが私をいっぱい助けてくれました。もちろんユーゴザパド劇場のお芝居を楽しみました。

 04年1月元旦出発のひとり旅です。モスクワはとても優しく楽しく私を迎えてくれました。ロシア語をたくさん教えてもらいました。雪がたくさん降り冷たい風の寒いモスクワ体験もしました。

 04年5月、わずか4ヵ月後の春のモスクワの花の季節を楽しみました。「巨匠とマルガリータ」に魅せられたので俳優シューラとブルガーコフの墓参りにも行きました。

 11回目は05年1月、冬のモスクワです。シューラと歩いたモスクワ、一人で歩いたモスクワ。車が人が多くって嫌いなモスクワだけれども、どうも私はモスクワが好きみたい。

 12回目はこちら『マーミンカ通信』で書き散らしていますが、05年8月、サンクトペテルブルクの夏を楽しみました。ああ、ステキだった。

 2006年は勢いで年に3回も行きました。
 1月に13回目サンクトペテルブルクへひとりで、5月、はじめての2週間ゆっくりひとり旅で、モスクワ&サンクトペテルブルクへ。年末に友人とサンクトペテルブルクとモスクワへ、それは15回目でした。

 2007年12月、モスクワだけへ、ゆっくりとシューラと話したいと願いながら、いつもどおりに荷をあわててつくり、セントレアへと急ぎました、その朝の名古屋は冬らしい少し寒くって雲っていた日でした。


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