2006年11月03日
** 68号 ** 朝の地下鉄 ありゃりゃ
====5月10日 サンクトペテルブルクの朝 ====
朝食は、昨日買ってきた食材をつかって、サラダや卵焼きをつくって、コーヒーとクワスを飲んで満足。
メンシコフ宮殿へ行きます。民族学博物館のオレク博士が「君を案内したい。サンクトペテルブルクで大事な場所で、僕の教え子のカーチャが、ガイドをしているから、ぜひ行こう」。
メンシコフ宮殿は、ワシリー島のサンクトペテルブルク大学の近く。昨日、私が疲れて入った喫茶店の近くにあります。地下鉄に乗って最寄の駅、「Василеостровская 」まで行きましょう。 約束の時間に十分に間に合うようにと、早めにホテルを出て、地下鉄駅「технологичский 」まで7分ほど歩く。
ロシアも5月のはじめは連休続きです。特に大事な休日5月9日戦勝記念日を無事に終えて、街にはホッとした雰囲気と、連休明けの緊張感も感じます。地下鉄駅周辺に地下鉄利用者が多くって、ちょっとびっくりです。どんどん地下に下りて、どんどん地下から上がってきます。
サンクトペテルブルクの地下鉄には専用のジェトンと呼ばれる、硬貨を買い、自動改札機へ入れます。まずは、そのジェトンを買うやや混雑の列。あらかじめお金はポケットに入れてきたので、財布は見せずに買う。たくさんのジェトンを手にして、さてどこへ入れておこうか?肩にたすきがけのカバン中のポケットに入れるのを、日本では緊張感なく、人ごみの中でも平気でしているけれど、ここは、十分に気をつける必要のある街です。後ろを向き、さっと済ませ、カバンをかかえるようにして、ホームに来て、またもやびっくり。

人・人・人・人です。ぎょっとして、でも、約束の時間があるから、人ごみの中到着した地下鉄のドアが開いたので、乗り込もうとしたそのとき!
「どけっ、うろうろするな!!」とでも言われたのでしょうか。私に向かって何か言われ、何人かの人たちが押して、弾き飛ばされてしまい地下鉄の車両に体を打ちつけて、それでも人に押されて。
地下鉄のドアが閉まり、動き出そうとします。
私の生命力的判断だったのか、神様が手を差し伸べてくださったのか、はたまた見ていただれかが引っ張ってくれたのか、動き出す寸前の車両から、飛びのくことができました。一瞬のことです。もうちょっと、半秒でも遅れたら、車両に巻き込まれていたでしょうねえ。
体のどこかでザーッと、血の気が引くという現象がわかりました。
「日本人女性、サンクトペテルブルクの地下鉄に巻き込まれる」とニュースになったかも。日本人女性かどうかは、首にいつもつけている、識別ネームタグがはずれなければ、すぐにわかってくれるはずですが。
しばらく、ホームに立っていると、杖を持ったばあさんが私めがけて、杖を振り回すので、逃げて……。さっきから怪しい目つきは感じていたので、それはすばやく動けたが。そのばあさんは「金をおくれよ」と言っていたのだろう、きっと。
私に言っても、私はそれどころの状態でなく、気持ちを落ち着かせるのに、いっぱいいっぱいだったのです。近くにいた女性が、ばあさんにお金を渡してなにかを耳元で言ったら、ばあさんは、どこかへ行ったけれど。
私の気持ちは、複雑に揺れ揺れ状態。
地下鉄先頭車両へ移動して、少しでも待っている人が少ない乗車口へ。何台見送ったことでしょうか、やっと無事に乗り込み、ほっとするも、今度は乗り換え駅「Невский Проспект 」の混雑を想像するだけで、体がこわばります。
もう、地下鉄やめよう!!!
降りて地上に出たとき、緊張が解けてほっとして。
歩いて走るように歩いて、オレクが待つメンシコフ宮殿へ。途中オレクに電話をすると「大丈夫だよ。待っているよ」。
ネフスキー大通りをまっすぐ、旧海軍省の建物を左に、エルミターシュ美術館を右に、宮殿橋を渡り、20分以上くらいだったかしら?走るようにして、汗をかいて、オレクに会えました。ネバ河が目の前にあります。イサク寺院も河の向こう側で光っています。ああ、サンクトペテルブルク、です。
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