2006年11月03日
** 67号 ** オレク行方不明
~~5月9日のサンクトペテルブルク午後~~~
パレードは、私には残念ながら単なる眺めでした。パレードを歩く人たちのそれぞれの団体の象徴とか、顔ぶれとか、私にはさっぱりわかりません。が、パレードを見ている側の人たちの多くは、「あっ、だれがいるわ」とか、「おお、彼ら英雄だ」とか、「万歳、万歳」なのです。
「日本にはこんなパレードはない」と、ジーマに言えば、彼は、昨年8月15日にちょうど日本にいて、日本の敗戦記念日の雰囲気をちょっとだけ知っているので、「僕は日本の戦争の歴史を勉強したから、日本とは違うことは、よくわかるよ」。
サンクトペテルブルク市民のオレクもジーマもやや興奮してみています。拍手や掛け声や、私に「あれを見よ」と、少しでも見やすい場所を探してくれたりします。
が、その間、オレクの携帯は何度も鳴っているのです。オレクがジーマに何か伝えて、オレクは人ごみの中に消えました。「あれ?どこへ」。
しばらく待っても帰ってきません。パレードの最後にいままで沿道で見ていた人たちも参加して、ネフスキー通りを歩きます。「おお、この大通りを歩くチャンスだ」と、私もジーマとサーシャと彼の乳母車を押しながら歩きます。ちょっと頭の中では、ディズニーランドのパレードの後ろについていく気分となっています。でも、すごい人。大勢の人たちは、みなかなりハイテンション中です。一年に一度の大祭典ですから。
オレクはどこへ?ジーマは「彼はもう来ないよ、人がこんなにいるから……」と、いうわけで。
結局ジーマの家の近くまで歩きました。相当の距離です。
私はさすがに疲れてしまい、トイレの用もあり、どこか喫茶店でも入りたい。サーシャも疲れれてしまってぐずるので、ジーマパパも、帰宅を急いでいます。彼とは別れて、ひとり喫茶店に入って「ホット」する。
どれだけの距離を歩いたのでしょうか?このころの日没時間は午後10時くらいなので、陽はまだ高いのですが、もう夜の時間です。ああ、一日中歩いていたわね、と、喫茶店の椅子にどっかりと座って。
頭も足をぼんやりぐらぐら状態で、その後の地下鉄乗車中もぼんやりしていた。見る人が見ていたら、襲われる様な、まったく緊張感のない旅人でした。ああ、無事でよかったと、いまは思う。
ホテルに戻ると、ガリーナさんは「パレードはどうだったかい?楽しかったかい?」
「きょう、あなたはサンクトペテルブルクの街に居てよかったよ。とても幸福だよ」と言ってくださった。
「ありがとう、でもとても疲れたわ」。
眠る前にオレクに電話をして、明日の約束を決める。「無事かい?」「ええ、大丈夫よ」と、半分以上眠りながら、応えていたのだった。
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