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2006年10月03日

NHKBS2 で「ドクトル・ジバゴ」、放映予定

 イギリステレビドラマ版、「ドクトル・ジバゴ」が、NHK BS2に登場します。

 前編10月4日と後編翌5日の2日間の放映です。くわしくはこちらへ。

 どうぞお楽しみください。


2006年10月04日

12月来日・ボルコフ劇場 (1)

 ことしは、ロシア文化フェスティバル2006 IN JAPAN の1年です。師走、フェスティバルの最後を飾るにふさわしい、素晴らしい演劇公演が行われます。すでにチケットは販売中です。

 モスクワの東方向にある都市、ヤロスラバリ市。ここには創立から256年のロシアで一番歴史のある劇場といわれる、ロシア国立ボルコフ記念劇場があります。


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 このボルコフ記念劇場が初の来日公演です。持ってくる公演演目はふたつ。

 12月13~16日は「結婚の申込み」と「熊」=チェーホフ作=Bプログラム
 12月20~22日は「検察官」=ゴーゴリー作=Aプログラム
 会場はともに、東京池袋の東京芸術劇場(中・小ホール)です。

 「検察官」は、私にはとても思い入れがあるお芝居!楽しみです。

 にせ検察官を演じるのは、エフゲニー ムンディム さん。ここは白い衣装のフレスタコフです。ユーゴザーパド劇場のフレスターコフは赤い派手な衣装ですからつい、比べてしまいました。

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 市長は、ロシア人民俳優・ウラジミール サロポフ さん
 市長の妻アンナ役は、ロシア功労女優 タチヤナ イワノワ さん
 
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 そして演出家は、ロシア功労芸術家の ウラジミール バガレポフ 氏

              
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 年末のお忙しいときでしょうが、ぜひロシアの舞台芸術を楽しみましょう。

 チケットなどの詳しいことは
 阿部事務所 (10時~20時ごろまで) 048-475-0355
 日本ユーラシア協会


2006年10月05日

12月来日 ボルコフ劇場 (2)

 ロシア国立ボルコフ記念劇場の来日公演について、くわしいことはこちらへ。

 まあ、びっくり巨○ですねえ~。フレスターコフさんもクラクラですか?


2006年10月08日

ロシア演劇鑑賞のおさそい

 12月来日のロシア国立ボルコフ記念劇場を下↓で、ご紹介しました。ぜひ、多くの方たちといっしょに鑑賞したいです。

 ロシア語に興味のある方やロシア語を学んでいる方には、特にご覧いただきたいです。

 私のお気に入りモスクワユーゴザーパド劇場の来日公演のときも、まわりのロシア語学習仲間らに声をかけました。興味をもって劇場へお出かけになった方たちも大勢いました。が、こんなことをおっしゃる方もおいでで、いささか驚いたのです。

 「ロシア語わからないから」と、ロシア語学習歴相当の方。
 「シャークスピア劇をロシア語で?大丈夫?」と、意味不明なことを。
 「ロシア語芝居は、相当のレベルの人が見るべきで、初心者が行くのは場違いでしょう」と、あら、私へのあてつけ!?

 もちろん、演劇鑑賞は個々の嗜好の範囲です。
 映画を見るより、入場チケット料金も高いですしね。
 ボルコフ劇場公演に限って言えば、東京だけでの公演ですし。
 
 ロシアの俳優教育過程では、ロシア語の講義も長時間組み込まれています。ロシア語しろうとの私にわかるように、俳優シューラが教えてくれました。
 「発声、発音の教授が4年間厳しく指導する。僕たちはいつもロシア語話しているのに、だよ。舌と歯と唇の動きと息とを、訓練するのだよ」。

 Р の巻き舌が出来ずに苦労するとか、Л が、聞き取れないからと特別指導されるとか、  Щ と Ш の発音の違いを厳しく指摘されるとか。
 胎内にいたときからロシア語を聞いてきた人たちが、大学入学するまでにすでに舞台経験も豊富で、難関を突破して入学した演劇大学で、ロシア語の基礎の基礎で苦しんでいるなんて、信じられないのですが。それほど厳しいロシア語専門教育を体得して、日夜舞台の上で、観客たちを心から楽しませてくれるのです。もちろん(ロシアからみれば)外国語を母語として、ロシア演劇大学で学ぶ人たちも多く、ロシア語履修にどれだけご苦労されているかは、推して知るべしでしょう。

 と、いうわけで、ロシア演劇で、俳優がせりふで語るロシア語を約3時間、シャワーのように浴びて、どっぷりとつかって、チェーホフやゴーゴリー劇を楽しみましょう、と熱く、お誘いいたします。
 日本での公演は、日本語字幕がつきます。

 そうそう、演劇大学でのロシア語訓練で、こんなことをやっているそうです。
 口を大きく開けて、そこへ自分のげんこつをいれます。そして、せりふを言い、伝える。
 やってみてください。げんこつを入れたら舌が奥へ引っ込むでしょ。唇も動きません。でも、訓練でこんな状態の口から、せりふが発声できるようになっていくとか。厳しい訓練を得て、演劇と舞台芸術に関するあらゆることを学び研究してきて舞台に登場するのが、ロシアの俳優たちです。
 もちろん、俳優になる輝きを持って生まれた人たちでもあります。 


** 60号 ** ロッシ通りの美しさ

 ~~~5月9日 午後、サンクトペテルブルクの街歩きから~~~~

 59号のつづきです。

 アレクサンドリー劇場の後ろというか裏側へ回ります。ロッシ通りと呼ばれる、サンクトペテルブルクでも古く一番美しい通りといわれるところです。

 オレクは「ここに立ってみてごらん、一番美しいのはこの位置からだよ」。
 なんだかとてもうれしそうなオレクです。自分の生まれ育った街を誇りに思い、その中でも美しいといわれる場所に、日本人女性を案内するのは、さぞやうれしいことでしょう。
 万博のとき、私も体験しましたもの。名古屋だけでなく、京都や奈良、伊勢志摩をご案内して、私はとてもうれしかったから、オレクの気持ちが手に取るようにわかります。

 さて、目の前の通りは、建築家カルル ロッシさんが、相当に力をこめて作り上げた建物群にはさまれた通りです。
 ロッシ建築群は、この歴史ある街でいくつも見ることができます。エルミタージュ美術館の広場に立って、美術館を背にすると目の前にある、黄色の半円形の壮大な建物=参謀本部も彼の建築です。あまりにも横に広がって、どこがはじまりで、どこが終わりかわからない建物です。
 私がいつか入ってみたい、先ほど正面をみてきたアレクサンドリー劇場。ロシア美術館ほか、ロッシ建築物は、サンクトペテルブルクを歩く私たちの目にいくつか入ってきているのです。

 ロッシ通り、舞台美術のようで、いまから楽しい芝居がはじまるみたいです。美しいバレエかもしれません。こんなに美しい広がりのある空間を街の中につくってしまったロッシさんは、きっと楽しくおもしろく仕事をしていたのだろうと確信します。


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  この計算されつくした広がりの美しさ、この位置が「一番美しい位置だ」そうだが、うまく写真に撮れないのが悔しいかぎり。正面が、アレクサンドリー劇場で、右側は、ロシアバレエの殿堂ワガーノワバレエ学校です。


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  ロッシ通りでアレクサンドリー劇場を背にして。この位置の写真はあまり発表されていませんね。奥の丸い小さい広場が下の写真の撮影位置です。
    
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  建物が横に長く、丸い屋根のトンネルであちら側にぬけることができるのが、サンクトペテルブルクの建物の特徴と、オレクが教えてくれます。小さな丸屋根トンネルのむこうには、先ほど行ってきたカザン聖堂の屋根が見えて、この位置もとても美しく、し私はずっと立っていたかった場所です。
    
 なんども書いていますが、5月9日、祝日のこの街は、車は少なく、歩いている人が多く、かなりぼんやり街を歩いていても、大丈夫です。が、後日ここをまた歩いて、びっくり仰天しました。平日はここ、ものすごく車が多い場所です。路上駐車の間を通り抜け、道を渡るのは、命がけ!!でした。


** 61号 ** 運河も、また美しく


~~5月9日のサンクトペテルブルク フォンタンカ運河の上で~~~~

 気持ちの良い晴天となり、街歩きも楽しくってすばらしい時間です。

 ロッシ通りをぬけ、左側にある運河がフォンタンカ運河です。もう、運河めぐりの大小の船、舟が多くの客を乗せて走っています。みんな気持ちがよさそう!


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2006年10月11日

追悼 アンナ ポリトコフスカヤ記者

 すでにご存知のことでしょうが、10月7日、モスクワで、ひとりの女性ジャーナリストが待ちぶせをしていただろう人物に、ピストルで撃たれて亡くなりました。
 休日の買い物に行き、車とアパートを何回も往復して荷を運んでいる途中でのこと。きっとそのときの彼女は、仕事を離れたママと妻の顔だったろうに、ピストルを向けた奴は、ジャーリスト ポリトコフスカヤを待ち伏せ狙い撃ったのです。
 アンナ ポリトコフスカヤ記者のご冥福をお祈ります。
 犯人とその背後にいる人たちを厳しく糾弾します。

 このニュースを聞いたとき、私の頭に浮かんだのは、4つのことでした。
 
 ウクライナの作家 アンドレイ クルコフ作の「ペンギンの憂鬱」の小説。
 なにか大きな見えない、命をねらう恐ろしい人たちが闇にいることをこの小説はテーマのひとつにしています。

 映画「大統領のカウントダウン」に登場するチェチェンを取材する女性ジャーナリストのこと。ロシア人女性での設定ではなかったが、体当たりで取材をする女性ジャーナリストが活躍した、映画でした。

 モスクワ・ユーゴザーパド劇場の演目は「殺し合いをテーマにしない」と言っていた、俳優シューラのことば。「世の中、あまりにも殺し合いが多い。舞台の上までも殺し合うことは要らない」と、言っていました。

 そして、この夏の暑い日の記憶ですが、街の大型書店の書棚でみつけた、「チェチェンやめられない戦争」の本。著者はアンナ ポリトコフスカヤ記者。
 そのとき、買うべきで読むべきと思ったものの、いろんなことでいっぱいいっぱいの私だったから、「もう少し後で読むね」と、本に伝えて、一旦手にしたのを書棚に戻したのでした。
 この事件を知り、すぐに行った書店の棚に在庫はなく、いま取り寄せてもらっています。

 殺しあうことから、生まれるのは憎しみしかないはず。もう世界中の人間は長い長い歴史の中で十分に知っているはずなのに、まだわからないのでしょうか?なぜでしょうか…?
 
 ジャーナリストは、綿密な計画を立て、歩き回って現場で人に会い、取材し、あらゆる資料をさぐって、十分過ぎるほどの記録を留めて、的確な表現手段を使って発表していく人たちです。それは天から与えられている使命・役割です。
 体制側の批判や問題点の指摘や隠された真実を明らかにしていくなど、ジャーナリストがやるべき仕事です。
 
 気分感情で、匿名で、無責任な態度で、ネット掲示板に書き込んで、人を嗤うような人は絶対に、ジャーナリストではありません。

 もし、気に入らない意見があるのなら、また、間違っている視点なら、堂々と意見交換をしていけば良いではありませんか!
 それが民主主義のルールであり、私たち人類がまた歴史から学んだ、現代では保障された表現ルールでしょうに。
 意見が合わないから、あの人は嫌いだから殺す……、こんなことをぜったいに許すわけにはいかない。ロシア政府はいま、全世界がこの事件の真相解明を求めていることを、真摯に受け止めて、決してうやむやにしないで欲しい。してはならない!私も、ここ日本から熱く厳しく、プーチン大統領らに求めていきたいです。
 
 「チェチェン総合情報」 から。
 10月12日夜には、「緊急追悼集会」が東京でも開かれます。東京にいれば参加したいものです。
 
 転載をして多くに広めてほしいとの主催者の依頼に応えて、ここに内容を転載しておきます
 
    【集会の概要】

集会名: 緊急追悼集会「アンナ・ポリトコフスカヤの暗殺とロシア・チェチェン戦争」

日時 : 10月12日(木)19時00分~21時00分(開場18時30分)

会場 : 文京区民センター 2A (210名収容可)

地図 : http://www.city.bunkyo.lg.jp/sosiki_busyo_academy_shisetsu_gakusyubunka_kumincenter.html

交通 : 交通:地下鉄丸ノ内線・南北線「後楽園」駅徒歩5分/地下鉄三田線「春日」駅A2出口真上・大江戸線春日徒歩1分


参加費: 300円 (可能な方はお見舞金への協力をお願いします)

共催 : チェチェン連絡会議 市民平和基金 チェチェンニュース編集室 チェチェンの子どもを支援する会 ハッサン・バイエフを呼ぶ会 社団法人アムネスティ・インターナショナル日本 日本ビジュアル・ジャーナリスト協会

後援 : DAYS JAPAN 週刊金曜日

連絡先:editor*chechennews.org (*を@に置き換えてください)

   【内容】

報告: 林克明(ノンフィクションライター)「ポリトコフスカヤという人・事件の経過報告」
     稲垣收(フリージャーナリスト・翻訳家)「ポスト・ソビエト時代の報道弾圧の歴史」

司会: 青山正(市民平和基金代表)

共催各団体からのメッセージ・アピール 追悼文または共同声明の読み上げ

                                              以上


2006年10月14日

** 62号 ** 運河に沿って

~~~5月9日 サンクトペテルブルク フォンタンカ運河沿い ~~~

 サンクトペテルブルクの街の匂いは、モスクワとは明らかに違います。どこかに潮の匂いと、水の匂いがしています。モスクワはあまりにも排気ガス臭くって、嫌な匂いですから、違いは大きいです。でも、サンクトペテルブルクも車は多くって、どんどん排気ガスくさくなっているし、もっとひどくなっていくでしょう。

 オレク リシェンコ 民族学博士は大学教授でもあり、超多忙な方です。ロシア国内はもちろん各国への調査研究活動の出張などが多く、その前後の準備も膨大な仕事量になっていると、言います。この時も、トルコへの調査活動に出かける寸前だったのですね。


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急にオレクの携帯がかかってくるようになり、私は、運河の岸の柵にもたれて、しばらく彼の電話を待っているだけとなりました。

 運河には魚が群れています。網をもってきたら、それこそ一網打尽が味わえると、見ていました。
 運河を見ながら歩くときは、足元要注意です。歩道に、急に穴が開いていたり、レンガが壊れていたりします。転びそうになりました。
 運河を見ていたら、後ろから声をかけられました。「すみません、○▽◇×はどこですか?」とロシア語で、背の高い男性です。「ごめんなさいね。私はわかりません」と、応えると、にこっと笑って彼は行きました。こちらに住んでいる人ではないな、とは直感で思ったのですが。
 オレクの電話が終わって、彼が言うには…。

 「トルコ行きの準備のために、明日会う人がいるから。ナターシャが準備をしてくれた」らしい。ナターシャってだれ?まあ、私には直接関係のない話しだから。

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 ネフスキー通りまで戻ってきたら、通りは記念日の雰囲気が一層盛り上がっています。パレードの準備が少しずつ始まっているのでしょうか。      


** 63号 ** 記念日おめでとう

~~5月9日午後のサンクトペテルブルク・ネフスキー大通りにて ~

 最高に晴れています。風が気持ちよいです。と、またオレクに電話がかかって、聞くとはなしに聞こえてくるのは、おっ!ジーマのことです。電話相手は、ジェーニャみたい。

 「ジーマとジェーニヤとサーシャは、エルミタージュの前に行くと言ってるよ」。わあ、うれしいジーマたちにもきょう会えます。

 ネフスキー通りで、オレクはひとりの若い女性に声をかけられ、道を教えているようです。あまりやりとりはわからないので、ふたりのそばには寄らなかったら、急にオレクが腕を引っ張り彼女のところへ連れていかれました。
 「日本人ですか?初めて会うわ」みたいなことを言われました。

 若い女性は、きょうの戦勝記念日をサンクトペテルブルクで楽しむために、田舎からやってきたようです。小柄で全身たくましい!厚着がこの街の人ではないようなと、私でもわかりました。

 どうもオレクと話している途中で、そばにいる私に興味を持ったのでしょう。きっとオレクが「あの人日本人」とでも言ったのでしょう。

 「日本はとても遠いでしょ。日本は魚ばかり食べるのでしょ。ジャガイモは食べないのでしょ。みんな髪は黒いのでしょ」みたいに、彼女の知っている日本を聞いてきます。
 それに応えているのは、オレクです。

 「日本語を教えて」と言うので「こんにちは」と日本語で言ったら、目をまんまるにして、「キャー難しい」。
そんな好奇心旺盛な彼女とは、握手をして、通りで別れました。ひょっとしてこの後をずっと一緒に歩くのではないかと、内心思っていたのですが、安心しました。

 ネフスキー通りからはずれて、静かな小さい通りに入る途中で、今度は「僕の教え子だよ」とオレクが言う、いかにも女子大生とその友人にばったりと会いました。オレクは、なにやら彼女たちを大笑いさせるようなことを言って、笑いながらすれ違っていきました。

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  (オレクおすすめの、サンクトペテルブルクらしい建物の中庭への入り口)


 と、またオレクに電話です。「おっ、ナターシャだよ」。
   :
   :
   :

 オレクの妻のナターシャさんからでした。(先ほどのナターシャは職場のナターシャですって)。

 妻のナターシャさんは、某大企業の営業で働き、彼女も出張をすることが多い。などとオレクは日本滞在中に教えてくれました。「だから、いつも電話をするのさ」とも。

 街を行きかう人たちの胸にあるリボン飾りが気になります。同じリボンは、モスクワで、シューラが車のアンテナに取り付けていました。なにかグループの目印かと思っていたのですが、どうも違うようです。なにかなあ??

 オレクに質問です。
 「きょうの記念日に言う『言葉』はありますか?例えば『おめでとう』みたいな……」
 と、オレクは、しばらく考えています。なんで考えているのだろう。私の質問がわからなかったのかしら?いや、ちがうみたい。あきらかに何かを思い出しているみたい。

 「С праздником !! 」  って言えば良いよ。でも若者は言わないかな。と、歩きながら、発音練習です。記念日おめでとう みたいな意味ですか。
 
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 エルミタージュを目指して歩いていますが、人がだんだん多くなってきました。ビールを手にして歩いてる人も多くいます。すでに出来上がって真っ赤になっている青年たちのグループがいます。遠くに長蛇の列をつくっている一角がみえます。公衆簡易トイレの前にできている行列です。ほらほらビールを飲むとそういうことになるのだからね。


2006年10月15日

エカテリーナ二世 テレビ出演?

 来る、10月24日は、またテレビを見ましょう。

 日本テレビ系、10月24日午後9時~ドキュメンタリー番組「女帝エカテリーナ 愛のエルミタージュ」と題して、女優山口智子さん(久しぶりの登場!)がサンクトペテルブルクを訪ねたりしての、番組です。地方によって放映時間などちがうかもですから、それぞれお調べくださいね

 エカテリーナの手紙もいくつかが読まれるようです。たぶん、日本語でしょうね。
 エルミタージュ美術館も、ゆかりの地も登場するでしょうか。
 楽しみです

関連ニュースリンクしました。
  
 日本テレビ

 毎日新聞


2006年10月16日

もうひとつ、TVドラマご案内

 11月25日夜、フジテレビ系列で、「二夜連続、奇跡の夫婦愛スペシャル」と題して、実話ドラマが放送されます。そのひとつが、シベリアで生きていた夫と、夫の帰りを待っていた妻と、夫と暮らしていたロシア女性、3人の愛の物語「遥かなる約束」が、阿部寛さん主演で放映されます。

 ご存知、「クラウディア奇蹟の愛」を原案として、主役を演じる阿部寛さんは、ロシア語を特訓してこのドラマに全力投球しています。

 (この項、更新予定です) 


2006年10月23日

み~ぃつけたぁ。

 ★NHKの連続テレビ小説==「芋たこなんきん」の場面で、きれいにならんだ赤いマトリョーシカが、出てきます。健次郎さんの家の茶の間に置かれた、サイドボードの中です。
 
 ★日本のある有名会社、名古屋が本社の会社です。ここの商品宣伝のためのインターネット広告をみつけました。ロシア語版のロシア国でロシアの人たちが制作したものでしょう。
 テーマは日本です。書道・尺八・石庭と、日本へのロシア人の興味ある、3本です。←画面上3つの窓をクリックしてみてください。(注)いきなり音も出ます、びっくりしないでね。
 
 製作者は一生懸命に日本を表現したと思います。いろいろ調べてはいると思います。でも、ですねえ。突っ込みどころ満載です。
 さあて、間違いはいくつあるでしょうか??

 こういう間違いを、私は指摘していきたいです。「正しい日本」を世界の人たちに知っていただきたい、が願いです。


2006年10月24日

** 65号 ** エルミタージュ美術館のまえで

~~~5月9日 午後、サンクトペテルブルク・エルミタージュ美術館前~~~~

 戦勝記念日の集会のために、エルミタージュ美術館の宮殿広場は、閉鎖されています。だから、広場のまわりの柵囲い周辺は、人だらけ……。オレクとはぐれないように、気をつけて、「ジーマと待ち合わせの、美術館前」に行きます。

 ネヴァ河の風をおおいに感じながら、美術館の入退場口でしょうか、人ごみのなかでジーマたちを探している、オレクと私です。

 と、いました!!半そで姿のジーマ、赤い可愛いジャケット姿の美人のジェーニヤ、そしてふたりの愛息サーシャは乳母車の中で泣いています。

 「ジーマ!」と大きな声で呼ぶと、彼らも気が付いてくれて、わずか4ヶ月ぶりの再会にみんなで大喜びしました。サーシャが大きくなって、ジーマはパパらしくなって、ジェーニヤはますます美しくって。彼らの先輩であり、親友でもあるオレクもまた大喜びです。

 ジーマの自宅は、このネヴァ河シュミット中尉橋の近くですから、エルミタージュ美術館までは歩いて30分くらいかしら。あのエルミタージュ美術館に徒歩で行くことができ、赤ちゃんの乳母車を押しながら、家族そろっての散歩コースが、世界的超有名美術館前とは……、どういう幸せものたちでしょうか!

             
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 ジェーニヤは「いまからお芝居を観に行くから。また、会いましょうね」と、すぐにどこかへ行ってしまいました。ジーマがサーシャの乳母車を押して、オレクと私。
 私たち4人は、ネフスキー通りで「戦勝記念日パレード」を見ることとしました。

 オレクが生後10ヶ月のサーシャに言っています。
 「サーシャは生まれてはじめてのパレード見学だね。良かったねえ。サンクトペテルブルクに生まれたのだから、しっかりと見なさいよ」と。


2006年10月31日

** 66号 ** パレード !!

==5月9日 サンクトペテルブルク・ネフスキー大通りにて 晴れて気持ちが良い ===


 オレクとジーマ、ふたりとも大事な友人。彼らはサンクトペテルブルクで生まれて、育ち、この街の歴史も含めて、ロシア・ソ連の歴史民族学研究者でもあります。この街のことはなんでも知っているふたりと、ジーマの長男可愛いサーシャといっしょに、戦勝記念パレードを見ます。

 もうすでに通りの両方は人がいっぱい。日本じゃあ背が高いほうかなの私も、ここじゃあ小さい日本人で、人垣でみんなの頭しか見えない。いろんな頭毛の色があるのだなあ。赤ちゃんが生まれたときに聞くことが「男か女か?髪の色は?目の色は?」の人たちですものね。
 
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 戦勝記念も含めてロシアのパレードというものをはじめて見ます。まず、市長を中心とした、サンクトペテルブルク市などの、偉い人たちの集まりが歩いていきます。次々といったいどんなグループなのか私にはわかりませんが、「ああ、軍事国家だ」と痛感しました。わかります。みんなの誇りに満ちて、うれしくって「万歳」で、意気揚々としている姿は、戦勝国だからでしょう。

 では、写真集といたしましょう。

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「巨匠とマルガリータ」イスラエル公演

 モスクワ・ユーゴザーパド劇場は、10月18日~27日、イスラエル各地を公演しました。演目は、劇場の自信作、ブルガーコフ作「巨匠とマルガリータ」です。
 イスラエル公演は、彼らにははじめての地です。どのようなスポンサーとかコーディネーターがいるのかなどは私にはわかりません。きっと大きなスポンサーが付いたと思われます。だって、「巨匠とマルガリータ」は出演俳優が多く、舞台装置も道具も衣装も多く、それなりに多額のお金がかかる公演です。

 公演地は、
 18日、出発   
 19日 Патах- Тиква (パタフ チクワ)
   20日   休日
 21日 Бер-Шев (ベル シェフ)
 22日 Иерусалемм (エルサレム)
 23日 Ащкелон (アシケロン)
 24日 Бат-яли (バッ ヤリ)
   25日   休日
 26日 Хайфа (ハイファ) 
 27日  無事モスクワへ戻ってきました
 ※イスラエルの地名を知らないです。間違っていたらご教示ください。

 帰国後、俳優、シューラ ゴルシュコフは、イスラエル公演について、こんなメールを寄せてくれました。

 「イスラエルはおもしろい興味深いところです。でも、観客は少なくって、ひとつの公演は中止となりました。俳優は、地中海で泳いで日焼けして遊びました」。

 俳優たちは、季節はずれの日焼けをしても、さっそくモスクワの本拠地では毎晩舞台公演です。
 これから寒さが増すとともに、俳優たちは芝居にノッテきます。観客たちも、どんなに寒くっても、劇場へ行くのが楽しみで、楽しみで、いそいそと出かけます。舞台シーズンはいよいよこれからが楽しみです。


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 ところで、ユーゴザーパド劇場は、ことし創立30周年の記念すべき年です。
 いま、私はお祝いのための行動を準備中です。
 また、こちらでみなさまにも呼びかけますね。ぜひ、日本のファンから「30周年おめでとう」と「ぜひ、また日本公演にきてくださいね」のメッセージを贈りましょう~。


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