2006年09月14日
**57号 ** カザン聖堂 つづき
~~~5月9日、サンクトペテルブルク ~~~
いまこれを書いているのは、暑さもやっと収まった9月のこと。5月の2週間の旅から、わずか4ヶ月しか経っていないのに、もうずっとずっと以前のこととなってしまい、記憶もときどき消えている…。消してはならない記憶を補完するためにと、写真や記録帳は旅人の必携品で、できるだけ記録したはず。でも、記憶は消えていってしまう。
カザン聖堂の天井に咲いている花は、ずっとアカンサスの花をデザインしたもので、柱群の頂にあるアカンサスの葉と対になっているものと、思い込んでいました。この、通信を書くにあたって、あちこちのサイトを探したりして、その思い込みに確信を得ようとしたのですが、どうも、自信はありません。
56号掲載の写真、天井の花のデザインは、どう見ても菊科の花ですよね。マーガレットみたい。アカンサスの複雑な花型をどうデザインしたら、菊模様に似せることができるのかと、自分に突っ込みを入れてしまいました。
柱群に圧倒されて、その上部からあふれるアカンサスの葉の盛りの良さに圧倒されて、堂内の天井に咲く花に、また圧倒されて。
堂内の柱群にも咲く花があったと記憶しているが、これはアカンサスの花だったかもしれない。
カザン聖堂は、19世紀のはじめの建築で、当時芸術アカデミー総裁のストロガノフ氏がその指揮をしたとあります。ローマのサンピエトロ大聖堂をまねたとも。
サンクトペテルブルクを造る当時、ときの権力者は「この町を外国の美しい町に似せてみよう」と、町並みに、水の流れに、建築に、それらを取り入れ圧倒させて権力と金のチカラの偉大さを、見せ付けたのでしょう。建築当時は、どれだけきらびやかであったことだろうか。
歴史は流れて、ソ連という時代には、否定された宗教のために、いやあ、宗教だけでなく「美」そのものも施政者の思惑がらみで、ゆがめられていたかもしれない。教会は、破壊されたり、軍事倉庫や貯蔵庫などに使われたり、宗教否定の展示場ともなっていたそうで。だれもそれを否定しなかった時代が、歴史のなかであったことは事実です。
美を美として認めない、認めさせない、そういうゆがんだ時代は終えるときが来て、美を取りもどす勢いが復活しました。だれがなんと言っても、「きれいなものは、きれい。気持ちの良いものは、だれもが気持ち良い」のです!
ロシアの大地に生きる、人々の長~い歴史の間に植え込まれた熱い信仰心、抑えられていた彼らのDNAがみごとに復活して、いま教会群がどんどん、美しく輝きを取り戻しました。
カザン聖堂、あまりにもあったり前にネフスキー通りにあって、あったりまえに目に飛び込んできて、なぜか通りすぎてしまう寺院のようです。が、サンクトペテルブルクへお寄りの際は、いま一度じっくり見てやってください。
柱群からあふれるアカンサスの葉、彫刻群、天井の花々……、くれぐれも、聖母子のイコンにKISSをする正教徒のみなさんのお邪魔にならないように。
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