2006年08月30日
**50号** 早朝のモスクワ おまわりに怒 2
~5月9日早朝のモスクワ・シェレメチボ空港への道 晴天 ~
このつづきです。
斜め前のややおんぼろパトカー(モスクワの町を走っているパトとは違っていたと思われる。覆面パトだったのか)に、シューラ運転手は乗せられてしまいました。ロシア功労俳優とおまわり(敬称略)AとK、大、それも特大の男3人が、静かになにか話し合っているのが見えます。
私は、車の中で待っているだけ。きれいな晴天の空を見ていたり、住宅街の木々の芽吹きはじめた緑を見ていたり。
いっそう日本語で、「なにやっているのですか!早く行かないと飛行機に乗れないよ」と言いながら、あの車のドアを開けてみようか。とは、さすがにまったく思いません。なにをやっているのか?は気になっていたのですが、あまり緊迫感というか緊張感はわかず。ただ待っていただけです。
どれくらい待ったでしょう。ずっと男たち3人は、静かなのです。5分は過ぎました。もっと過ぎたと思われる。
パトの後部座席のドアが開いてAが降りて、同時にシューラも降りて、すぐに自分の車つまり私の隣の運転席に座り、「フショー」と聞こえました。
車を発進させるとき、Aは軽く手をあげてシューラに送ったようですが、シューラは無視していました。それを見て初めて、「おっ、これはなにかトラブルがあったのだ」と気がついた私です。
ずっと黙っているシューラ。車は、最初にUターンする前の道、つまりホテルを出てからずっとまっすぐ走ってきていた道を走ります。
急にシューラが話し出しました。
「500ルーブル取られたよ」
「はぁぁ~~~?」
「『署まで来てもらおう。書類を書いてもらおう。きょうは休日だ』と言った」
「はぁぁ~~??」
「飛行機に遅れると言ったら、金はあるかと言った」
「はぁぁ~???」
「金をここへ置けと言った。1000ルーブルとか言ったが、『無い』と言ったら……」。
「ここ」とは、車の座席と座席の間を指しています。おまわりは手を出さず、「ここ」にお金が置かれたのだという、言い訳のために「ここ」を指してたのでしょう。
はじめてシューラは、ものすごく悔しい気持ちをあらわにしました。
「あいつら…!!」とでも言ったようです。
500ルーブル(約2000円)は、男ふたりが郊外の町で、昼飯を満腹食べることができるくらいのお金です。
「どうして??」
私は車のルールをいっさい知らない。運転免許も車も持たないので、車に関することは一切わからないから、どうしてシューラが、つかまったのかもわからない。
「僕は、Uターン禁止区でUターンをした」と、ハンドルの片手を動かしながら私に言ったようだ。違うかもしれないが…。いずれにしても、なんらかの反則をしたと、おまわりらは、言ったのだろう。
しばらく無言の運転手。
500ルーブルは昨夕、シューラの家で話題になっていた金額。「モスクワは、もうなんでもどんどん値が上がる」とシューラママが言っていた。なにかが「500ルーブルでもうびっくり」で、しばらく「500ルーブル」話題だった。きっとシューラもそれを思い出しているのだろうと、思う。
まるでおまわりに500ルーブルを渡すためにUターンで戻ったみたいと、思ったが、それは言わない。
どんどん走って、でもずっと車の数は少なく、走りやすく空港へ無事に着いたのです。
あまり余裕の時間はないけれど、どうしてもいっしょにお茶を飲んで、シューラの気持ちを治めなければなりません。喫茶店で紅茶と軽いケーキを注文して、やっと絵顔が見えはじめたシューラです。
「また僕たちは日本へ公演に行くから、ベリャーコビッチ氏はいつも用意しているよ」
「そういえばベリャコビッチ氏に会わなかったわ」
「彼はいつもずっと先のことを準備している。いまはニジニノブゴロド市へ行って、次の公演の準備をしているよ」
「彼が元気になってよかったね」
「今度はどんな芝居をつくるの??」
「チェーホフかな?『ハムレット』も日本で公演したいな。『結婚』も『オセロー』も」。
やはり芝居の話をすると、にこやかになります。
ああ、時間が……。ばたばたとチェックインカウンターへ。
「またね。電話するよ~!」と、手を振りさようなら。
「サンクトペテルブルク行き乗客は早く、来てください!!」と地上乗務員の声。
ガラスの向こうのほうに居るシューラに手を振って、私は走って飛行機へのバスに飛び乗ったのです。
外は絶好の飛行機日和。
さあ、まもなく、サンクトペテルブルクです。
◇◇◇***
読者のみなさまへ。
5月2日から16日帰国の私の一人旅。モスクワ編は終わろうとしています。最後のこの「500ルーブル」事件だけが、大きなトラブルだったかしら?あとはなにもなく無事に、幸福に、過ごすことができました。
さあ、これからは、サンクトペテルブルク編です。また、いろいろと幸福がいっぱいありました。はじまりは、5月9日の戦勝記念日からです。
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初めまして!いつも楽しく読ませてもらっています。私もモスクワでおまわりに何度もボラレました。一番ひどいのは二年前の元旦の夕方ですが、大通りにもほとんど車がなく格好の餌食だったのでしょう。日本人とわかると、「お前は飲酒運転だ」(実際は飲んでません)と因縁をつけ500ドル要求してきました。「ない!」といってひと悶着の後、結局100ドルまで下がり、渋々お金を出すと、おまわりは財布を覗き込み「あるじゃないか」と、200ドル持っていきました。そして、にこやかに「アハッピーニューイヤー」と手をふり見送ってくれました。ロシアは大好きですが、おまわりだけは嫌いです!!田舎のほうでは、いつも大抵100ルーブル程しか要求さないので、田舎のおまわりが良い人に思えます。これもロシアンマジック?
キクリンさん、ようこそおいでいただきました!
そうですか、キクリンさんも鴨にされましたか~。
シューラは、以前空港への道を間違えて、同乗者が飛行機に乗り遅れるて飛行機は飛んでいってしまったという、トンでもない大事件を起こしているので、
この日は、かなり緊張をして、運転をしていました。
だから、「道を間違えたか?」で、焦ったのでしょうね。
戻ろうとしてUターンした、その目の前にいたおまわりにとっては、休日早朝勤務に飛び込んできた、鴨だったので、なんとか逃がさないようにして、がっちりと昼飯代をせしめたのでしょう。
もう終わったことなので、気分を変えて。
サンクトペテルブルク編にいきます。1週間歩き回った、かの地でのいろいろ盛りだくさんの事柄。全部楽しいことばかりでした(たぶん)。
では、これからもよろしくお願いいたします。