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2006年08月26日

64号 見学者の報告 4

 チェルカルスキィ 夫妻は、熱く熱く受講生を指導しています。ロシアの舞台芸術のすべてを極め、それを広めるために生まれて、いっしょになり、ともに協働して高めあっているご夫婦です。当然、とても仲良しということが周りのだれにもわかります。
 妻のガリーナ先生の講座は、見学していませんので、しのぶの演劇レビューを私も読んで「おおこれはすごいこと」と知りました。体で覚えると言いますが、体に覚えさせるためにも、系統だてられた科学に裏打ちされた、実践的教育が必要だとわかります。
 夫婦の理論で教育しているのではありません。ロシアが生んだスタニスラフスキーの演劇教育システムにそっての指導です。

 スタニスラフスキーシステム?これがロシア舞台芸術システムと、言われても素人の私はチンプンカンプンです。このサイトをみつけてなぞってみました。舞台の上で俳優たちは、独立した人間として演じているからこそ、観客たちと共鳴できるのです。深い感銘を生むのです。

 俳優シューラは「僕は俳優です」と誇り高く言います。「俳優はいつもいつも芝居のことを考えています」「俳優はどうしたらもっと上手くなるのか、もっと前に進むにはどうしたら良いのかを考えいます」。そして「俳優は稽古です。いつも稽古をして、良い芝居をつくっていかねばならない」と、言います。
 もちろん彼も、ユーゴザーパド劇場の俳優たちすべてが、スタニスラフスキーシステムを学んできている俳優ばかりです。

 ロシアでは、道でスカウトされたり、出演俳優一般公募とか、そんな安直な方法で「俳優になる」ということはありえません。俳優とは、演劇大学でみっちりと学んできた人たちを指して言う言葉です。

 ▽ ▽ ▽
 
 セルゲイ先生の次の講座は、いままでに受講生に課題としていた「絵画に見る演劇葛藤」のまとめの講座です。

 これ、実は私、わからなかったのです。先生の言葉を追っていくのも難しかったのです。そうです、私はスタニスラフスキーシステム演劇教育など、いっさい受けていないから、わかりません。

 1枚の絵を見て、想像すること。うむ、これが、いかに貧しい私の絵画鑑賞能力かと、我ながら唖然です。絵は見えても、観ていないのですから。
 受講生が「演劇的葛藤のある絵」として捜して、選んできた絵のうち、セルゲイ先生に選ばれた何点かを、壁に貼っての講座です。

 難解なのでレポできません。

 最後に先生が言いました。
 「今後、美術館などで絵を見たときは、そこに演劇的葛藤があるかどうかと観てください。そして、僕を思い出してください」。ええ、思い出しますとも、忘れません !!
 “なんとも貧しいわたし”と、気づかされたこの講義ですから。

 私が知っているわずかなロシアの人たちですが、だれもが美術にも造詣の深い方たちばかりです。いったい彼らはこれまで何枚の絵、もちろん本物を観て、感じて、学んで、研究してきたのでしょうか、といつも思います。まさに私は門外漢ですから、美術も、語れません。なにも私には語るものはないのですが。

 でも、なにも落ち込んでいません。私は、専門家ではないから。が、専門家ではない私もわかりました。
 舞台芸術は科学であること、科学は発展しなければならない。それは専門家のためだけのものでは、ない。全人類的な総合芸術科学の役目を持っていることが、少しわかりました。平たく言えば、舞台芸術は、全人類をしあわせにするプランなのです。
 幸福つくりのための、専門家となるべき人たちには、もっともっと専門教育を受けて欲しいです。専門教育機関が豊富にあるべきです。日本には国立演劇大学は存在しません。
 専門教育を受けて、専門家となって、多くの人々の前で総合芸術の花を咲かせてください。美しい飛び切りの花を咲かせて欲しい。
 
 私は、シューラたちの芝居が見たくなりました。彼らの花の中に全身をうずめたくなりました。


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