2006年08月18日
** 45号 ** オリガとの再会
~~~~ 5月8日午前 やや冷えているモスクワ ~~~
モスクワに到着して、6泊目の朝の目覚めは、さわやかとならずやや重い気分で、窓のカーテンをあけたのでした。室温もいつもより低く、あわててパジャマの上に1枚を重ねて、洗面台へ。顔色も冴えない。
昨夜、あの日本酒もどきの悪口を言ったので、たたりか?はたまた、寿司の食い意地の後遺症か?
きょう午前中は、万博ロシア館通訳として知り合いお世話になった、オリガとの再会の約束です。午後は、買い物へ行ってから、シューラの家におよばれ、それともうひとつと多忙です。
そして、明日は早朝、サンクトペテルブルクへ飛行機で移動です。早朝とは、8時には空港にいなければなりません、逆算していくと、6時にはホテルチェックアウトですか。ああ、早いこと!
そんな緊張感いっぱいで、あまり食欲もないけれど、ホテル下のレストランで朝食です。きょうが最後かと思えば、別れの悲しさで涙が……、なんてことはいつもいっさいありません。「また、いつでも来ることができる」と思っていたほうがどれだけ楽しくなるか、それは旅のリピーターとして実感していることです。
いつでも「また次がある」と夢と希望と期待と展望を持って歩いていたほうが、楽しめます。
レストランもいままでになく、やや寒く感じるので、きょうはいつもより厚着をしなければならないようです。
約束の時間、オリガはご長男を伴ってホテルロビーに現れました。やはり、モスクワの景色にしっかりなじんでいるモスクワっ子ですねえ。俳優シューラが日本にいるときよりも、モスクワで見たほうが、穏やかな顔であると同じく、オリガも万博で見ていた彼女とは別人と思われるほど、優しいお顔です。
たしかに万博のアテンダント通訳は、超多忙でしたね。マスコミ取材・観客の対応・ロシア人アテンダントの世話・館内の雑事の日本人とのやりとり・休日の提案や準備や采配や、日本人との交流とかも……。オリガの場合、すでに日本での生活体験もある超ベテラン通訳だから、軽々とこなしていただろうけれども。でも、時にはお疲れでマイっていたときもありましたね。当然でしょう。
再会のあいさつ後、「さあ、車に乗ってください。長男の事務所がこの近くですから行きましょう」。車の中で、彼女は「日本から帰ってきたら、仕事はたくさんあって、休む間もありませんでした。特に、2月ごろから4月まで、チェルノブイリ関係取材や極東取材があって、いつもどこか出張でした」。NHKモスクワ支局通訳が本業の仕事で、ソ連崩壊前からNHKで働いているベテラン通訳のオリガです。モスクワから日本へ送られてくるロシア報道のウラには、オリガあり、でしょう。

長男が起業して大きく営んでいる、住宅床材販売会社。塗装のための薬剤の匂いが鼻に飛び込んできましたが、広いスペースといくつもある部屋は、順調な経営状況がわかります。落ち着いた白い内装の部屋で、長男氏が煎れてくれた美味しいコーヒーをいただきながら、あれこれと会話です。
この事務所の広い余裕のスペースは営業拡大にも十分対応できるゆとりがあり、「業界競争相手がたくさんいるから厳しい」とか言いながら、かなりやる気強気の経営者長男氏です。
事務所のロビーには、長男の友人という陶芸家の作品を展示しており、「日本で個展を開き、販売をしたい」から「どうですか、開いてくれませんか?またはどなたか紹介してくれませんか?」
「うむ、陶芸作品は日本人かなり厳しい眼を持っているので……」と、オリガの通訳で長男氏に伝えたら、「だから陶芸の本場日本で、ロシアの作家作品と、展示宣伝販売をしてみたい」。そのかなりの強気は、歓迎ですが、私はかかわりません。
作品の一部


「お気にいったものがあればおひとついかがですか?日本へ持っていけるように包みますが」。かなりやり手の長男氏。
「旅がまだこれからも続くので、また次の機会にでも」。と、残念ながら、私の購買意欲はわかない。このころから、きょう一日を悩ませてくれた私の頭痛がはじまっていたのです。
限られている時間であわただしく、すぐにホテルまで送ってもらい、オリガに俳優シューラを紹介したくって、ロビーでシューラがやってくるのをちょっと待ってもらいました。
やってきたシューラの第一声は、「昨日は薄着だったけれど、きょは厚着だね」。私のセーターを引っ張ります。
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