2006年07月01日
55号 ウクライナを応援しながら
7月1日は午前4時に起きて、テレビを見ました。そうです、ウクライナ×イタリアのサッカーです。
黄色のユニフォームのウクライナ選手団を見ながら、万博ウクライナ館で出会ったスタッフたちを思い浮かべていました。万博でも同じく彼らは、黄色のTシャツを簡単着ユニフォームに、黄色に青のライン入りスーツを正式ユニフォームとしていました。
青い空と黄色のひまわりをイメージしたという、青と黄のウクライナ。ロシア館の通りを隔てて隣にあり、開幕当所こそ静かだったのですが、レストランが人気をよび、去年の今頃はもう長蛇の列ができていましたね。ああ、思い出します。
ウクライナ館アテンダントだった、ダーニャ。どうしているかしら?
ウクライナ語、ロシア語、英語そして日本語がなに不自由なく使えて、「外国語を覚えるのはとても楽しいことで、万博はとても勉強になってうれしい。でも人が多すぎで、ちょっと困るけれどもね」などと言いながら、続けて「(ウクライナへ)帰国したら、ぜひイタリア語を勉強します。イタリアの国にとても興味を持ちましたから」。
人気のレストランで働いていた、アリョーナ、どうしているかしら?きっときっとウクライナチームの応援で声をからしてしまったかもしれませんね。「家族や友人が多くて、いつも集まる家だから」と言ってましたから。
あっ、ウクライナ負けちゃいました。残念です。
でも、良くがんばりました。
○ ○ ○ ○
そんなウクライナに興味津々の日にこんなお知らせも届きました。
名古屋でウクライナフェスティバルが、開催されます。以前ご紹介いたしました、ビターリーさんが大活躍されます
詳しくはこちらです。
2006年07月02日
38号 心のこもっている本・2冊
“本を書く”とは、作者と編者の全身全霊を本に写り住ますことです。もっと言えば、製本や販売する人の気持ちも入っています。そういう本は、「この本を買ってください。読んでください」と本のほうから、呼び止めてくれます。そういう出会いの本がこのところ多くあるのは、私が求めているものが多くあるということです。読むべき本がありすぎるこのごろです。
「トルストイのアーズブカ」=Азбука льва Толстого =心をたがやすお話・・・・(日本語版) 日本トルストイ協会企画、新読書社刊行・税別2000円。
先日、名古屋で開かれた日本トルストイ協会の講演学習会、遅れてしまって肝心な講演を聴くことができなかったのですが、この本には出会えました。そして、出会いに感謝できる、心が澄み渡るような一冊です。
ロシアの大文豪と称され、その本を読んでいなくとも名前だけでも知っている方は多いでしょう。私もそのひとりですが。レフ ニコラエビチ トルストイ(1828~1910)が、子供たちのためにと書いたお話し集です。アーブズカとは、ロシア語で「アルファベット」の意味とか。
この本に集められている127編のお話は、だれもが、きっといままで聞いたことや読んだことがあることでしょう。私も子ども時代に大事にしていた童話集が、このお話集だったことに、気がつきました。「あっ、この話し、たしか、載っていた。あら、これも知っている」など、ウン十年も前の愛読書の世界に戻りました。
優しい言葉で、ていねいに、人間の暮らし、知恵、愛、自然、動物たち、植物たち……、それらの短いお話し集です。最初に掲載の「ニワトリとガチョウとキツネ」は、たった4行だけのお話し、でもその世界にすっと入り込むことができるのは、作者トルストイの人をひきつける心の表れなのでしょう。
いくつかを読んでいくと、先日名古屋で見た芝居、「木の皿」の、あきらかに原題となっている「年老いたお爺さんと孫」に出会いました。「木の皿」はアメリカ人の作家のオリジナルだと思っていたのに。
そして、挿絵のおもしろさも秀逸です。ちょっと前のロシアの人々の暮らしぶりがとてもよくわかります。挿絵画家は、M.G.クリャッツキーエワと、巻末に記されています。原作のトルストイの心がそのまま画家に映っていったものでしょう。優しくわかりやすくきれいです。
もう1冊は「トルストイの生涯」。日本トルストイ協会の前身の昭和女子大学トルストイセンター企画の写真集、2000年5月発刊のA4サイズ224ページに及ぶもの。お値段は4000円です。
これは驚きです。と、いうか私が無知なのですが、トルストイはこんなに写真を残していたのですか。
掲載されている多くの写真と説明文は、今後ゆっくりと読んで、トルストイとの時間を持ちたいと思います。
2006年07月03日
** 32 ** 小劇場でロシアの観客をみる
==5月6日夕方 モスクワ、ユーゴザーパド劇場にて ===
私は、繰返してモスクワを旅していますが、いまだにボリショイ劇場へは行ったことがありません。2001年1月に、ボリショイ劇場で開演されたバレエ「ジゼル」、オペラ「ナブッコ」のチケットをそれぞれ地元の日本人に買ってもらっていたのに、それをふってユーゴザーパド劇場へ行ってしまいました。
もちろんその貴重なチケットは無駄にはしていませんが、「あの大劇場に勝ったユーゴザーパド劇場」と周りは私を冷やかし、シューラは喜び、私は大満足でした。あれからボリショイ劇場は、「いつか行く気になった時にでも行こう」と決めていますが、さあ、それはいつでしょうか?
モスクワにはいくつも大小の劇場があります。ユーゴザーパド劇場ばかり通っているので、他の劇場のことを知らずにいます。
でも、フォメンコ工房のあの小さな空間と俳優たちの美しさ、チェーホフムハット劇場の客席空間と舞台の奥広さ、マヤコフスキー第二劇場の横に広い舞台と狭い楽屋、へリコンオペラの狭い空間で繰り広げられる壮大なオペラなどを、旅人ながら体験していることは、とても幸福なことです。
何度もユーゴザーパド劇場の客席に座り、ほとんどが地元の人たちだろう観客たちに囲まれていると、「ロシア人、あなたたちは……」の衝撃の場面に出会います。
恋人同士、デートの場所が観劇。ふたりは、公演中ずっと手を握るか、彼の肩に彼女はもたれているか、です。もうとても熱いです。男性は、結構タイヘンなんですね。そこまで熱くしていないけれども、ひとめで夫婦とわかるカップルも多いです。
男女のカップルは年代を問わず、男性の女性に対するエスコートが素敵です。冬はコートの管理は男性の役目です。座席へ導くのも男性の役目です。このあたりの男性のマナーを日本人男性はぜひ学んでおかなければ、こちらでは大きな恥になりますよ。また、日本人女性は、そんな男性のエスコートに慣れていないのでつい「自分で」とやってしまいますが、それはいっしょにいる男性に恥をかかせることとなりますから、堂々と男性に守ってもらいましょう。
日本の劇場では、とても希少なことですが、カップル以外での男性の客が多いです。ひとりでも、複数でも男性たちが観劇を楽しむのは、ごく普通のことです。「仕事帰りにみなで芝居に行こう」。いかがですか、あなたも明日から職場の仲間で観劇を……、困難至極でしょう、日本では。
客席の男女比は、その日の演目などにもよるでしょうが、ほとんどが5:5でしょう。
長い人生経験者たちも、心から楽しんでいることがわかります。
子供演目、たいていは休日の午後からの公演が多いですが、パパやママや爺爺や婆婆といっしょの子供たちでにぎやかです。それ以外の夜の公演も、もちろん演目によりますが、小学校3~4年生くらいからの子ども達も客席に座っていることもあります。
はじめてこの劇場へやってきた人たちも、いつもいます。
日本人にも出会います。フランス人にも会いました。英語圏の人もいました。
公演中に携帯電話がなることも、あります。音はしなくとも、暗い客席で携帯の明かりが光っていることもあります。
こんな客席ですが、芝居の公演中はだれもが舞台に集中です。その集中度は、「ぜったいに見逃すものか!」です。笑うときは、大笑い。ときに舞台の役者のせりふと掛け合いになって、役者もそれをうけてアドリブせりふとなって、笑いが起きていたり。
拍手や「ブラッボー」の声も公演中にもかかります。
そして、終演後のいわゆるカーテンコールでは、鳴り止まぬ拍手や、お気に入り俳優への花、なにかしらのプレゼントが客席から届き、いっそう劇場中はにぎやかになります。
終演後の劇場周辺は、顔をポットあからめた客たちだれもが、優しい笑顔で家路に急ぎます。
俳優の出待ちをする観客がほとんどいないことも、ちょっとおもしろい光景です。日本ならば、お気に入り俳優が楽屋から出てくるのを待って、俳優にサインをもらったりここでプレゼントを渡したりも普通ですが、ここは、劇場内だけでの完結なのでしょう、きっと。
「夏の夜の夢」は楽しいカーニバル芝居です。きょうも芝居が好きでたまらない人たちに囲まれて、しばし夢の世界で遊びましょう。
2006年07月06日
** 33 ** 初夏の夜の真実
===5月6日 夕方 暖かいモスクワ・観劇「夏の夜の夢」===
幕開きが大好き。出演のほとんどの俳優たちが歌いながら、踊りながら舞台に並びます。その歌のリズムがしばらく頭に残ります。2003年の来日時には、「夏の夜の夢」を追っかけて、7回も見てしまったので、毎日頭の中はそのリズムが渦巻き、思わず唇もそれを歌っていました。
「夏の夜の夢」も、前に見た「検察官」も次に見る「結婚」も、「勘違い」や「思い込み」「とり違い」が、シナリオの筋で、それが観客も演者も引き付けるおもしろさです。
「勘違い」するのが大勢か、ひとりか、人のなせる業か、見えないものがさせることか。「とり違い」が、とんでもないものか、成り行きのものか、はたまた最初からか、最後に気が付くか……。それがシェークスピアやゴーゴリーの芝居が、世界各地で長きにわたり演じ続けられている、普遍的なものなのでしょう。
衣装がまたおもしろいです。シューラも演じる宮廷の男性たちがズボンを履いていません。ワンピースだけ、それもサイドカットが入っているものとか、透けているものとか。足が見えます。踊るとその上まで見えてしまいます。
そして、ほとんど裸の男女の妖精たち。葉っぱを模した隠し布があまりにも小さいので、彼らが踊ったりすると、思わず「アブナイ!!」、でも目はそのまま……。

町の職人たちの役は、ベテランの名優たち。劇中劇で演じる“下手”演技には、笑いながらその妙技の心地よさに、うっとりです。こちらは衣装なのか普段着なのか、もちろん衣装ですが、典型的おっちゃん労働者スタイルです。
若い4人の男女の恋の騒動、妖精夫婦の浮気騒ぎと妖精グループの騒動、職人たちの芝居つくりの騒動。3つの大騒動がきれいに丁寧にまとめられています。演出家ベリャーコビッチ氏の見せ技は、場面の転換と騒動の仕掛け人妖精ペックの役割では、と私は思います。
「ああ、こういうやりかたがあったのか」……。
観客たちや批評家たちに、その言葉を言わせる快感。それをベリャーコビッチ氏はもう何度も味わっていることでしょう。
「鬼才ベリャーコビッチのマジック」と呼ばれる、外国人のこんな私さえも引き付けて夢中にさせてくれる、超越した魅力的演出家、ワレリー ベリャーコビッチ氏と、同時代に出会えて、私は幸せです。
▽ ▽ ▽ ▽
彼の演出手法などは、NHK教育テレビ9日22時からの「芸術劇場」でご覧ください。
3月26日東京での「マクベス」公演が放送されます。
** 34 ** 「夏の夜の夢」の中の劇場
=== 5月6日夕方、モスクワで観劇中 ====
「とってもかわいい」、これはシューラが知っている日本語のひとつです。2003年、日本各地を「夏の夜の夢」で公演したとき、日本人へのサービスで劇中に、シューラの役のディミィトリーが、相手役のエレナへ言ったせりふです。
きょうの芝居の中でも、そう言ってくれるのではないかと、多いに期待したのです。が、いつもどおりに 「Прекрасно」 でした。ちょっと残念です。
妖精の王女チターニャの女優が変更されていました。体を張った大胆演技と個性で、舞台に女優の華やかさいっぱいの、ニーナはどうしたのでしょうか?
何度も見ているとつい、配役の違いなども見えてきて、それはそれで楽しめば良いのに、つい心配もしてしまいます。俳優たちは、他の劇場への移籍やテレビや映画への転出、俳優そのものの廃業などもあります。いろいろと理由はあるのでしょう、俳優も人生ですから。でも、ファンはたまらないものがありますよね。「ああ、あの俳優のこの役はもう見ることができないのか…」と。
後述=ニーナは、他の仕事のために、この時は出演できなかったそうです。
「夏の夜の夢」は、喜劇です。客席はときに大笑いです。笑いたくってこの芝居を観に来る人もいるのでしょうね。笑いが起きて、劇場中が明るい楽しい雰囲気になっていくと、俳優たちもますます乗ってきて、楽しさ倍増です。楽しいことは良いですねえ。
ロシア語がわからなくとも、俳優たちの身体表現のおもしろさ。かなり大きい派手なアクションです。音楽もにぎやかですし、照明も美しく的確です。
そうです。お祭りです。ベリャーコビッチ氏は「演劇は祭りだ」といつも言っています。
演じる人たちも楽しく演っていれば、観ている人も楽しくなって、そしてもっと大きな楽しさになります。劇場とは、祭りの会場です。だから、私は、劇場が大好きです。
「夏の夜の夢」は3時間ちょっとのお芝居です。カーテンコールも素敵な演出で、祭りの余韻をいっそう濃くして、舞台の明かりは消えます。観客たちは、大満足で客席を立ちます。
gonza さんもひよこさんも、十分に楽しまれたようで、にこにこと、とてもうれしそうです。
「これからも、ユーゴザーパド劇場へ通いますね」とひよこさん。
「ええ、ぜったいに何度も来てたくさん観てくださいね」と私。
劇場の外で、いま出演していた俳優、シューラを待ちましょう。ぜひ、おふたりを紹介しなければなりませんから。
2006年07月09日
39号 思いきりロシアな土曜日 その1
6月8日土曜日は、東京へ出かけ、神田の古本屋街を歩くことと、「ろしぴろオフ会」を開催することを予定していました。その前日金曜日の夜、友人のこれもまたロシアつながりのAさんの面白話しで夜更けまで酒を酌みかわし、好きではないカラオケで、間違っていっしょに、「ポルシュカ ポーレ」をめちゃくちゃ怪しいロシア語で歌ったので、翌朝土曜日の目覚めは少々悪し。
では、ぶらぶらと歩いた神田古本屋街でのご報告から。
ロシア童話と、ロシア演劇関係の本と出会うと良いなと思っていました。
ちゃんと出会うようになっていたので、感動してしまいました。「講談社・世界童話文学全集11:ロシア童話」=1960年発行がありました。
なぜ古いものが欲しいのか?特段の理由もないのですが、ソ連時代に日本の子供たちへどんなロシア童話を選んでいたのかが、ちょっと興味があるところです。私も子供時代は、ソ連時代だったからということです。私が子供のときに夢中で読んでいた童話をもう一度読み返してみたくなったのです。この日以来のことですが。
赤い表紙がちょっと汚れているこの童話集、いったいどんな道程を経て、いま私の手元にやってきたのでしょうか?かすかに、お医者さんの匂いがするのですが……。
ロシア演劇に関する本もみつけました。が、かなり専門的なもので、高額で、小さい字でいっぱい書かれていることに、ちょっと怖気づいてしまい、止めました。
その書店の中でみつけたのが「日本図書センター・作家の自伝 20 唐十郎・わが青春浮浪伝」です。「ああ、唐さん…!」
また書いてしまいますが、モスクワユーゴザーパド劇場の大演出家ベリャーコビッチ氏とおもむきが似ている日本の演劇人が、唐十郎さんです。パッと見ておふたりが同じような輝きを持っているような。だからもっと知りたい唐十郎さんでしたから、この本はすぐ買いました。
神田の書店街、ここへ来たらやはり行かねばならない、ロシア図書専門店のナウカ書店。大通りからはちょっと奥まっている書店は、シャッターが降りていて、ナント!!「本日臨時休業いたします」。
まあ、私が名古屋からやってきたのに……、ああ、ショックでした。
2006年07月11日
** 35 ** gon&ひよさん との語らい
===5月6日モスクワの暖かい夜 ====
お芝居の終演後、劇場の前で俳優シューラに、gon(山本努さん)&ひよさん(吉田紀代さん)を紹介いたしました。シューラは俳優笑顔で、ロシア語万能のおふたりと楽しそうです。
「お芝居、気に入って、また来ますね」とおふたり。
「ぜひ、また観にきてください。チケットのことは心配しないで大丈夫、僕の名前を言って予約してください」とシューラ。記念の写真もちゃんと写しました。
シューラと私とは、明日の連絡です。
「明日は芝居のけいこだから、町へ行けない。気をつけて都心へ行っておいでよ」。もし、稽古がなければ、いっしょにモスクワの中心へ行ってみるつもりだったのですが、仕方がないです。
「芝居が終わったら、いっしょに食事しようね」。明日の芝居「結婚」は、2時間の短い芝居なので、終演後時間があります。お話しましょう。
ターニャさんと車に飛び乗って、俳優夫婦は子らが待つ自宅へと帰って行きました。
日本人3人は、私の宿泊ホテルの喫茶室の、テーブルと椅子の高さがまったく合わない席の、ふかふか椅子に埋もれるように座って、深夜1時まで語らいました。
なぜ、ロシアに興味を持ったのか?
なぜ、シューラと知り合ったのか?
なぜ、いま、モスクワに住んでいるのか?
モスクワ住まいの良いところと悪いところ……
などなど、次から次へと話しは尽きない私たちでした。
再会を約束して、深夜のモスクワ南西部のホテルサリュートの玄関で別れました。
おふたりがこのモスクワで懸命に生きている姿を見ました。幸多かれと後姿に願いました。
ああ、忘れるところでした。
私のために素敵なおみやげを用意してくださったお二人に心から感謝です。「巨匠とマルガリータ」テレビ放送のDVDです。私は飛び上がって喜びました。ありがとうございます。いまそのDVDは、友人の在日ロシア人が喜んで観ております。
私からのおみやげは、名前はデカイけれどちゃちなものでした。甘い「シベリア」、トランクでちょっと押されて形が崩れてしまったので、もっとひどくなってしまいました。
** 36 ** アルバート通りを歩く
===5月7日 日曜日、都心へ===
朝食は軽くとしておきます。きょうは、モスクワの繁華街アルバート通りにある、小レストランで昼食としたいから。それもあるけれど、やはり昨夜の語らいの余韻は、朝食の食欲を落としてくれました。
ゆっくり準備をしながら、「きょうの気温は20度です」のテレビの気象予報も目にして、服装も決めて。モスクワへ来てから、すでに6日目。寒いこともあるだろうと予想していたけれど、それは裏切られて?快適な気温の毎日です。が、空模様は、きょうはちょっと曇って雨でも降ってくるかもと心配です。
日曜日です。町は静か。車も少なく地下鉄への道の人通りも少なく、でも通りの向こうの教会には、人が大勢いるようです。
地下鉄の乗り場も車両も人は少なく、それでも鉄の塊の騒音は大きく、私たちをモスクワ南西部から中心へ運んでくれます。
「地下鉄はどこで降りようかな?」、どこで降りても歩くつもり。「レーニン図書館前」で降りて、もう何度も来ているので、見覚えの建物などを目印にのんびり歩きます。が、雨がさっと降ってきたら、急に気温が下がりました。
うむ、こういう気温の変化が、私は苦手です。スカーフを取り出し、肩にかけて、アルバート通りに入ります。日曜日のまだ早い時間の繁華街は、まだ静かですが、「これから人々がどっと押し寄せるよ」の緊張感が町全部にあふれています。
古いアルバート通りは、いまは高級品がならぶ商店街、歩行者天国、おみやげ屋さん通り、食べ物はなんでもあり、そんな通りです。昔は貴族の館が立ち並ぶ歴史ある通りです。モスクワを訪れる観光客は、ほとんどこの通りを歩くでしょう。私も何度も来て、歩いている通りです。
劇場も博物館も政府建物なども、この道の両側にいくつかあります。
そのひとつに、私がとっても気に入っている建物があり、それをまた見ていたいのです。その美しい建物は、

中央俳優会館です。俳優やアーチストのための事務所や、大小のホールや会議室、レストランなどすべて、俳優たちのためものが集まっている建物です。ユーゴザーパド劇場も創立記念などのお祝い会をここで催したこともあるそうです。
アルバート通りのほぼ真ん中あたりで、堂々と美しさを誇っているこの建物が大好きです。
高級おみやげ屋さんも覗き、いろんなおみやげを見ては、「おお、こんなに高い!!」と驚きに行きます。確かに道端で売っているマトリョーシカに比べると、上品でおしゃれできらきらもしていますが。
宝石屋も多いです。上記の中央俳優会館の1階には、金銀宝飾宝石販売店があります。高い敷居につまずかないよう、警備員の鋭い眼光に驚かないように、堂々と見ているだけ、です。
ぶらぶらしながら、ちょっと雨も気にしながら、道の両脇のお店とあちこち出たり入ったり。
そして、空腹になってきました。そろそろ昼食としましょうか。
40号 週間「エコノミスト」誌
7月18日号の週間「エコノミスト」誌は、大解剖ロシア経済 と特集を組んでいます。
ロシアで初のサミット、まもなく開催されるからでしょう。
高成長が続くロシア経済を各界専門家が分析しています。
最近気が付いたのですが、朝日新聞朝刊経済欄掲載の各国通貨対日本円 の表の中に、ロシアルーブルも仲間入りしています。
2006年07月13日
** 37 ** アルバートでランチ
===5月7日(日)お昼 モスクワアルバート通り 曇り・雨・晴れ ===

2005年1月にはシューラといっしょにこの通りを歩きました。中央俳優会館は、俳優たちの誇りです。この写真、ご自分と会館がきれいに入る立位置にこだわりました。俳優はどこででも、写真撮影は、背景と光とにものすごくこだわります。
◇ ◇ ◇ ◇
ちょっと早い昼食は、間口が小さいので見落としそうなところにあるレストランへ。
05年1月に何気に入ったレストランでしたが、とても気持ちが良いサービスに、今回もリピートしました。
「はるか遠い王国カフェ」という意味か= тридевятое царство CAFE = シンボルマークは、 3/9 3の上に王冠が載っています。 きっとロシアの皇帝か、民話のなかのなにかをあらわしているのだと思うのですが、私はわからない。アルバート通り4番。店のドアをあけると、ちょっと東洋系顔立ちの美人支配人がにこやかに席を案内してくれます。
別にどうってことのないごく普通の椅子とテーブルの席は、以前と同じところに座りました。ガラス越しにアルバート通りを行きかう人々が見えるから。

(お店のカード)
ボルシチスープ、トマトサラダ、カツレツ、マッシュポテト、イタリア赤ワインと美味しいパン。もうこれだけで満腹なので、デザートは要らない。いや、ホントは目線の先にずっとあるガラスケースの中に並んでいるケーキの中から選んでみようかと、迷っていましたが、やめました。もう満腹で、美味しく食べることができそうになく、ケーキに申し訳ないから。
小さいカフェレストランと思っていたら、実は地下にかなり広いレストランホールがあって、旅行の団体がいくつか出入りしていました。トイレは以前は、1階の奥にあったところを案内されたのですが、今回はその地下のホール脇にあるところです。地下を増築したのでしょうか?
トイレは、とってもきれいな広い気持ちが良い場所で、ちょっと驚きました。日本の高級ホテルのそれみたい、です。
雨がちょっと降っています。「困ったなあ」と思いつつ、遊んでいる旅人のいい加減さで、ホントはなにも困っていない。雨がやむまでカフェから、外を見ていたのでした。これまた美味しい紅茶を飲みながら。
外へ出れば、雨はあがってきれいな青い空が広がっています。白い雲がいくつも流れます。そして、冷たい風が出て、寒いと感じます。が、平気でまた、町を歩きましょう。




(写真表示時間は日本時間。マイナス5をすると現地時間です。写真としては邪魔な表示ですが、記録記念としては貴重な表示です)
2006年07月15日
41号 ナウカ書店が倒産!!
7月8日の土曜日、私は東京神保町の書店街をかなり気分良く歩いていました。
「このあたりだったよな~」と大通りから1本奥まったところにある、ロシア書籍の専門店ナウカをめざしていました。妙に静かなところです。みつけた書店はシャッターを下ろしていました。
シャッターの上には、小さなメモ紙に「臨時休業します」。 エッ~~~!!!
買い込むつもりで、リュックを背負って名古屋からやってきたのに。
土曜日に臨時に休むなんて、ちょっといかんですよ。
そんな東京の旅を終えて、我が家にもどり、「ナウカ書店」のHPへ訪ねていくと、つながりません。あれれ??
「ロシぴろ」の掲示板にマチルダさんの書き込みで、「ナウカ倒産」を知りました。
…
…
…
またひとつ貴重な日本の文化が消えていきました。
私たちはわがままです。
欲しい本は一刻も早く手に入れたいです。電脳ショッピングという便利な手段を使って、かなりマニアックな本も簡単に手に入るようになりましたから、駆使してなんでも手にいれます。
書店は、いつも開いていて、いつも新刊本がきれいに並んでいて欲しいです。そして、書店の窓口で注文しても、対応良くすばやく入荷して欲しいです。
私たちはわがままなんですねえ。
こんな私たちに応えるための、書店の努力はいかばかりでしょうか。
…
…
…
いろんなことを考えてしまう…、寂しいかぎりです。
42号 お誕生日おめでとう !!
今度は明るい話題でいきましょう。
7月14日は、大好きなジーマの長男サーシャの 1歳のお誕生日です。
「おめでとう」の電話をしました。
サンクトペテルブルクといえば、サミット開催で周辺も街中も、規制ばかりで市民生活が不便なこととなっていると思います。だから、ジーマ家族はきっと、ダーチャに行っていることでしょう。
やはり。電話は、あの素晴らしいダーチャで受けてくれました。

(ジーマのダーチャについては、後日記載いたします。ロシア語ダーチャの訳は別荘が正しい、そう思える、立派なダーチャです)。
「サーシャのお誕生日おめでとう!!」
電話口のパパは、長男の誕生日をとてもうれしく迎えていることが、見えます。元気で明るい声です。
ジーマは昨年、7月23日から、愛知万博のロシア館のスタッフとして万博終了までの期間を、暑い名古屋で働きました。はじめての子どもが生まれて、たった10日後、はるか東方の国への3ヶ月の長期出張へと旅立ったのでした。
ことし、1月と5月にもサンクトペテルブルクで、妻のジェニャともどもお会いしました。
そのときジェニアは、「パパが不在で、新生児をかかえての3ヶ月間、たいへんだった」と。そうでしょうとも。
だから、ジーマパパは、「しばらくは子どもとの時間を大事にしたいから、出張などは出かけない予定にしている」と言ってました。お会いしたときのジーマはそれはそれは素敵なパパでした。

(5月サンクトペテルブルクで。このときサーシャは10ヶ月)
おめでとうございます、ジーマとジェニャ、かわいいサーシャ。
サーシャはもうすぐ歩きだしますね。3人で、サンクトペテルブルク中をいっぱい散歩することでしょうねえ。また、会いましょう。きっと、きっとね。
2006年07月16日
43号 ワールドビア特集@東急ハンズ
暑い、暑い名古屋です。夏だから仕方がないです。
こんな暑いときは、デパートへ行っておもしろいことはないかな?とウロウロすることが、私の消夏法のひとつです。いまは夏物がすでにバーゲン価格で、思わぬ掘り出し物もありますし、夏ならではの、イベントもあり、けっこう楽しめます。
東急ハンズ名古屋店でみつけたのが、「ワールドビア」イベントです。(東急ハンズ名古屋店HP→イベント情報→6F )
思えば、昨年の愛・地球博(万博)のとき、世界各国のパビリオンの中のビール販売があるところでは、ビールを飲みましたね。「世界のビールめぐり」とひとり命名をして。足しげく通った一番はやはりベルギービールでした。次は、ロシア館のお向かいにあったリトアニアビール、チェコビールも。
つまりはビールが好きなので、東急ハンズでこれをみつけたときは、「おっと」と、喜びニコニコしてしまいました。
販売コーナーの担当者は、ベルギービールからの回し者か、さかんにベルギービールをすすめ、2本以上の本数を買うごとに景品もつけると言います。
しかし、私は、ベルギーの谷間にあったロシア、バルチカビール№3、№8 を見逃しませんでした。そうです、サミット開催の場所サンクトペテルブルクで生まれたビール、バルチカです。日本で普通に販売しているのは珍しいです。ロシア料理店などで置いているところもありますが、高い値段で高級ビールです。
やはり、買いました。ベルギービールだけをすすめる彼女は、「いっしょにベルギーも味わってください。ロシアのビール買っても景品はないですよ。ベルギービールで景品がもらえますよ」。
その言葉に乗ったわけではない!と強調しておきますが、ベルギービールも2本買いまして、どうでも良い景品もゲットしました。6本のビンビールを家に持って帰るまでが、重いこと重いこと。汗をどっとかいてしまいましたので、急速冷蔵して、ベルギービールは飲み干しました。
さあて今夜は、サミットのニュースでも聞きながら、バルチカを飲み干しましょう。ボルシチでも作ろうかな…。
(あとで写真を掲載する予定です)
44号 思いきりロシアな土曜日 2
7月8日土曜日のことです。前回の続きです。
午後は、「莫斯科浮遊録」という教養あふるるブログ主宰者にお会いしました。misakkさんとは、はじめてお会いしたにもかかわらず、約3時間新宿の某デパート内レストランの席に居ついてしまい、全編ロシア話題で、ふたりは盛り上がりました。
夕方は、当所は「ロシぴろ」オフ会を開催する予定でしたが、申込者ゼロでしたから開催はできませんでした。なにかとみなさんご多忙な土曜日夕方だったのでしょう。
ならばと、misakkさんもご存知で最近モスクワから戻ってきた日本人女優、くにさん、こと野崎美子さんに会いに行きました。街角のオープンカフェで3人短い時間でしたが近況報告などもかねて、モスクワを振り返って、日本でのこれからの夢を語りました。 《 くにさんについては、また別項でくわしくご紹介いたします。 》
女優・演出家はいろいろなつながりで、いろいろお芝居を見ることも仕事です。くにさんといっしょに芝居を観ることを予定していました。misakkさんとは再会を約束して、新宿で別れました。
若手演出家、竹重洋平氏が率いる劇団「弾丸MAMAER」(ダンガンママー)主催の「からっぽう」という芝居。なんの知識も持たず、小劇場・新宿シアターサンモールの席に座りました。
ロシアと関係ないじゃないか?と思われることでしょう。と、私も席について、くにさんから教えられるまでは、そう思っていました。
この芝居の美術担当、佐藤朋有子さんと舞台監督の山田和彦さんは、モスクワユーゴザーパド劇場来日公演時の日本側スタッフなのです。だから、彼らはモスクワにも通い、ユーゴザーパド劇場の芝居のしかたをじっくりと学んできた人たちなのでした。
「からっぽう」の芝居は、思いのほか気真面目なものでもっと練り上げると、中高年女性受けるするようなテーマです。原爆・戦後の混乱・高度経済成長・老齢化社会など……、ふんだんに盛り込んでいるテーマのなかの人の書き方は、まだちょっと荒いのが気になってしまいましたが。でも真面目さと女優の声が気に入りました。
終演後、くにさんと佐藤さん、山田さんとともに、モスクワやユーゴザーパドやロシアつながりなどを話題に夜更けまで盛り上がりました。
2006年07月19日
45号 ナウカ書店、8月まで営業
「ナウカ書店倒産」とショッキングなことをここで書いて以降、私に「なにか」できないものだろうかと、ない知恵でぼんやりと考えもしたものです。「なにか」というのは、ナウカの労働者たちのためにです。このどうしようも暮らし難いご時勢に、失業はなんと言ってもつらいこと。いったいみなさんどうするのだろうか。
東京にある本屋ですから、名古屋にいる私は、やはりなんにもできないな。無力だなと思っていたときに、いただいた、拙ブログへのコメント。心打たれました。避けたい2重掲載ですが、ぜひ多くの方に知っていただきたいので、あらためてここで紹介させていただきます。
★ ★ ★ ★ ~~~~~~ ★ ★ ★ ★
ナウカ書店元社員さんからのコメントです。
ナウカ神田神保町店は、実は、その後、破産管財人の許可が
下りまして、8月末まで、営業しております。祝日・日曜日を除い
て、朝10時から夕方6時まで。在庫に限り、通信販売もいたして
おります。電話03-5259-2711です。
遠慮なく、お問い合わせください。
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元社員さま、書き込みありがとうございます。
ぜひ多くのロシア書籍ファンのみなさま、この機会にぜひ、ナウカ書店へお立ち寄りになってください。
**追記
なお、ナウカ書店については、毎日新聞東京版、7月20日朝刊掲載関連記事をご参考にしてください。
** 38 ** 雨上がりのモスクワの空
これまでのことと、これからのことなどを短く。
5月2日モスクワに到着した、私の「2週間ひとり旅モスクワとサンクトペテルブルク・ロシアの2都市の春を歩く旅日記」は、まだ、モスクワ編の5月7日のところです。これからモスクワ騒動やサンクトペテルブルク1週間などと続いていきます。
5月7日日曜日の夕方は、モスクワ南西部にある、小劇場・ユーゴザーパド劇場で「結婚」の芝居を観ます。その前にモスクワの繁華街を歩き回ってきました。
▽ ▽ ▽
時計は、午後2時ごろ。1時間くらい前にまた雨がさっと降ったので、アルバート通りのお店の中で雨宿り。雨がやみ外へ出るとそれはきれいな空が広がっています。と、言いましても都会の狭い空。が、きれいなので思わず空を見上げながら、地下鉄駅へもぐりました。
そろそろ「ユーゴザーパドナヤ」へ戻りたいのです。
芝居は、午後7時から始まりますが、その前にホテルへ戻って、休憩をして観劇モードに気分を変えて、俳優シューラ主演の喜劇「結婚」を万全の体制で観劇したいから。
日曜日の午後の地下鉄は、それほど混雑もなく、乗客ものんびりと座っている雰囲気です。町の中心繁華街から、ユーゴザーパドナヤまでは約30分。地下鉄駅から歩いて劇場までは10分ほど。劇場を通り越して私のホテルサリュートまでは、7分ほどですから、ホテルには、午後3時に戻るつもりで、地下鉄を降りてからも、きれいな空の下、ぶらぶらとユーゴザーパドナヤ地域を歩いています。
途中、食料品によって、丸い日持ちがする甘い菓子=баранки(バラーンキ)と菓子パンみたいものとアイスクリームを買う。お店の女性たちが、親切でうれしかった。「袋は要りますか?」「アイスクリームのレジは、あそこですから」とにっこりと笑顔で教えらたり……。ロシアのお店で笑顔は売られていないと言われるのは、もう古い話しでしょう。
外は暑くもなく寒くもなく気分良く、買い物袋を振り回しながら、歌を歌いながら歩いて、ユーゴザーパド劇場の駐車場の脇を通ります。「あれ?シューラの車はない。来ていないのだろうか?きょうは、稽古があると言っていたが、あれれ?」
芝居が始まれば会えるのだから、それで良いから、いま居るのか居ないのかは、なにも問題ではない。
空は仰ぎながら、芽吹いたばかりの通りの木々をながめながら、ホテルへと。


◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
ホテルでの小休憩は、体をとても楽にしてくれて、さあ、芝居にいくぞ~と、力をみなぎらせてくれました。開演間近の午後6時45分ごろ、また駐車場の脇を通って劇場の観客となりました。駐車場には、やはりシューラの車はありません。来ていない?そんなことは絶対にありえないことです。
2006年07月20日
46号 「ロシア語プレス大会」INカザフスタン
業界には「業界紙」とよばれる業界の動きを報じる新聞があります。美容業界・食料品業界・タクシー業界・新聞業界・船舶業界……、多種多様な業界の業界紙にいま興味があります。
と、あるところで目にした、「新聞協会報」という新聞業界紙のなかの小さな囲み記事。珍しくロシアに関するものでしたから、そのあらましをご紹介しましょう。
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6月25日から3日間、ロシア語を使う世界の新聞や放送局などの代表者が、カザフスタンの首都アスナタで開かれた「第8回世界ロシア語プレス大会」に、40カ国以上から約200人が集まり、ロシア語系住民の交流手段としてのメディアの役割をテーマに協議した。
ここに寄せられたプーチン大統領のメッセージは、「討議が国際交流や海外でのロシア語やロシア文化の普及を促進すると確信している」と、いうものだ。
====前段は概略こんな内容でした。
日本には、ロシア語新聞ありますか?ロシア語放送ありますか?
日本に住むロシア人のために、ロシア語を学ぶ日本人と日本に住む外国人のために。
たしかありませんよねえ。
ロシアと日本は隣国、なのですが……。
2006年07月22日
47号 名古屋場所で活躍
平成18年大相撲名古屋場所で活躍のロシア国籍のお相撲さんたち。
白露山(はくろざん)・露鵬(ろほう)・若ノ鵬(わかのほう)・阿夢露(あむうる)・大露羅(おおろら)の5人です。
そのうちのひとりが、場外で大きな話題をつくってくれました。ご本人は反省しています。(たぶん)
私は、いまは親方O氏の関取時代からの後援会員、相撲好きでもあります。いまも彼がテレビに登場すると、ドキドキと見入っております。
この夏のいち押しは、把瑠都(ばると)・エストニア出身、三保が関部屋。
土俵入りのとき、並んだ関取陣のなかで飛びぬけて長い足。ひざから下が長い!その長さにクラクラしてしまいます。
「しおたらん」って知ってます?(右側の動画クリックすると笑顔の把瑠都がいます)。
2006年07月23日
** 39 ** 「結婚申込み」 観劇は感激
====5月7日 夕方 モスクワユーゴザーパド劇場にて ===
チケットは、3日に受け取っていたので、きょうの席はあらかじめ知っています。6列10番・後ろの真ん中では、動くことができないので、カーテンコールでのプレゼントはできません。
2時間に満たない芝居ですから、休憩もありません。私はもう何回この「結婚申込み」を見ていることでしょう。ゴーゴリーのお得意な、間違い・勘違い・思い込みが主題のお笑い劇です。

◇◇◇
あるところに気弱な独身オトコがおりました。こういう男にはいつも、口八丁な友達がいて「おまえ早く結婚しなければ。いつまでぐずぐずしているんだよ。そうだ仲人おばさんに頼んでみるよ」
独身オトコは、あまり乗り気はないものの、アガフィャと名乗る女性とお見合いをすることとしました。「気立てがよろしくって、可愛くって、お家柄も十分で、フランス語もおできになる賢い方ですよ、この機会を逃すと出会わない方ですから、ぜひ、お会いになってご結婚をお申込みなさいよ」と、仲人おせっかいおばさんと口八丁友人の言うままに、会うこととなります。
が、この仲人おばさん、あちこちにアガフィヤのことを言いふらしているので、見合いをしたいという男たちが他に3人、つまり4人の男たちが、アガフィヤへ結婚を申し込もうとするのです。
アガフィヤは「ああ、私は4人の男性から求婚をされて、どうしましょう。お相手はどなたがよろしいのかしら…」と、悩んでしまいます。
仲人おばさん、口八丁友達、気弱オトコと3人の男たち、そしてフランス語を話す美人のアガフィヤ……、それぞれが絡み合い大騒動。さて、いったいアガフィヤを射止める幸せものはだれでしょうか~。
◇◇◇

シューラの役は、ずばりアガフィヤです。
彼の体格を一層引き立てるグリーンのでかいドレスで舞台に登場すると、それだけで大笑いと拍手が起こります。どう見たって美人のお嬢様ではありません。目線や手の扱いや足の運び方は、女性になってやっていますが、あるところでは突然、男しぐさになって大笑い舞台になります。
彼女がドレスのすそを踏んでもち肌があらわになり、客席がぎょっと驚く大大爆笑が起こります。
舞台にドデッと倒れこむと、山のように大きいのでまた大爆笑です。
フランス語を駆使(?)すると、これまた大大大爆笑です。
日本の吉本新喜劇のような、志村けんのような、と思いながら見ていました。
超一流の喜劇です。この笑いは世界共通の癒し芝居です。俳優たちの計算されつくされた美しい舞台、いっさいの無駄を省いた舞台、観客の想像力を十分に引き出させてくれる快楽の舞台、それはもう芸術作品です。
拍手かっさいで終幕です。ああ、お花を渡したい、この席でなければ、大きな花束をアガフィアに贈るのに……。
▽ ▽ ▽ ▽
彼らのこの「結婚の申込み」=日本語では「結婚」と言っています=は、フランス・パリ公演やフランスアビニヨン演劇祭で大人気を得た作品です。
シューラがあるとき言いました。
「ゴーゴリーの作品はロシアの人々はみんな知っている。あちらこちらで何度も見ている。だから、他と同じことを演じることはいけないこと。ユーゴザーパド劇場らしいゴーゴリー作品を出していかねばならない」と。
また、「日本でもこの作品を公演したい。日本人にきっとわかってもらえる作品。男優が女性を演じるのは日本の歌舞伎の手法を取り入れたのだから、日本でこそ演じたい」。
私の夢のひとつは、この「結婚」日本公演のおっかけをすることです。日本中どこへでも付い行きます。早く来ないかそんな日が~。フランス公演があれば、行ってみるのも良いかな、初フランスをおっかけで、それも良いですね~。
** 40 ** 俳優との語らい
===5月7日夜 モスクワ南西部にて ====
「結婚の申込み」を見終えて劇場の外へ出ると、午後9時ちょっと過ぎ、まだ外はじゅうぶんに明るくってちょっとびっくりです。俳優がやってくるまでその明るさのなかで、いま見てきた芝居の余韻に酔っております。少し風が冷たさを運んできていますが、いまは芝居の興奮で寒さは感じません。
シューラがとてもきれいな顔で、笑顔でやってきました。きれいとはお化粧を落として、念入りに洗面をしたからです。今夜は、約束通りにさきほど大熱演の人気俳優と日本からやってきた観客とで、芝居のあと、ゆっくりふたりで食事会です!!
以下会話で記載していきます。私はロシア語ほんのちょっとしかできません。シューラは日本語がまったくできません。お互い英語もできません。だから会話は全部ロシア語です。それを日本語に訳して載せますね。Sは、シューラが言う。Mは私です。
S=「きょうは車には乗ってこなかったよ。ビールを飲むためにね」。
M=「なに食べるの?お寿司にしましょうか」。
S=「良いねえ。僕もお寿司食べたい」。
と、話しながら、劇場近くの寿司屋へ向かって歩きます。
S=「(劇場観客席で)君がどこに座っていたか見えなかった、わからなかった」。
M=「エッ、私は手を降ったりしていたのに。花を渡したかったけれど、後ろの席だったからできなかった」。
S=「後ろの席からでも、『シューラに渡して』って花を前に送れば良いのだよ。『シューラ』って言えば、俳優たちは待っているから。花を俳優は欲しいのだよ。」。
それはかなり目立つことですが、今度からそのようにしましょうか。出来るかな?
M=「きょうは、アルバート通りを歩いたよ」。
S=「なにか高いものを買ったのかい?」
M=「いいえ、見ていただけ。でもおもしろかったよ」。
S=「昼食はなにを食べたの?」
ここで俳優からのロシア語講座です。Жと巻き舌Р について。
このことは後ほど詳しく掲載します。

仲人おばさん・ヒョクラを演じるマキシム
「あなた、4人から結婚を申し込まれているのよ。さあ、お選びなさいよ」。 アガフャを演じるシューラは、わざと男髪型です。
S=「きょうの芝居はどうでしたか?」
M=「とても素晴らしかった」
S=「(俳優)マキシムが久しぶりに演じたのだよ。彼は1年間くらいユーゴザーパド劇場に出ていなかったから。マキシムが芝居を忘れていた……。『結婚』そのものも、日本公演(3月末)以来、久しぶりに演じるので、きょうはけいこを長くやっていたのだ」。
ちょっと不満足そうな横顔です。
M=「マキシムもミーシャも上手だった。一番素晴らしいのは、シューラだよ!」
こう言って俳優の気分をかえましょう。
S=「『結婚』の日本公演の計画はないかな?日本へ行きたい。3月に行ったばかりだけれど、すぐにまた行きたい。日本でラーメン食べたい。ご飯に卵をかけて食べたい」。
おいおい、やはり目的は食べることかい?
そのほか、いろいろ話しながら、歩きながら、目的の寿司屋に到着しました。お店の前にぎょっとするものがあります。その後もぎょっとすることが多くて、おもしろかったですよ。
次号は、モスクワではじめての寿司体験記・ぎょっとする、これでも寿司か!編です。
2006年07月25日
48号 バルチカビールの写真はこちら
第43号が下に流れてしまいました。こちらでバルチカビールの写真を掲載します。
むかしむかしのロシアでは、ビールは各家庭でつくる女性のための飲み物だったそうです。あの大地で麦を作っていたのですから、ビールをつくることはあたりまえ。ワインではなく、ビールの国です。
麦を選びより分け、ビール酵母菌、砂糖、水などと大きなたらい(盥)状のもので混ぜ(たのだろう、と曖昧表現)、その後発酵させる、たる(樽)に仕込み、程よい時期を選んできりりと栓をあけて、кружка(ビールジョッキ)などに注ぎ、味わいます。もちろん、いま私たちが味わうビールとは違う味だったことでしょう。
地方で、家庭で、あるいは人によって、ビールつくりの上手い下手があったでしょう。
ロシア語ですが、サンクトペテルブルク民族学博物館「生きている水・ロシアのビール醸造の歴史」展示会が開かれています。←5月11日にこの展示を見ました。
ソ連時代は、どうもビールつくりが下手だったようですね。美味しくないので、「馬のおしっこ」と間違えられるビールと、笑い話は伝えています。
いまや、サンクトペテルブルクの町のあちこちには、バルチカビールの看板があります。そして、とっても美味しくできているので、人気です。もちろん他のメーカーも外国輸入ビールもあり、ビールが大復活です。大小の売店には、ビンビールが各種これでもか!!と、たくさ~ん並んでいます。
カフェやビヤホール、テントと簡易テーブル・椅子を並べたビールガーデンも、にぎやかです。
サンクトペテルブルクで開かれたビールフェスティバルを SP walker さんのページからのご紹介です。
サンクトペテルブルク生まれのバルチカビールは、0番から9番まであり、番号が大きくなるほど、アルコール度数が強くなっています。

3番と8番を東急ハンズは、売っておりました。

3番は、いわゆる白ビールです。フルーティな香りです。

↑は、8番。とても美味しいです。気に入りました。
2006年07月27日
2006年07月31日
50号 「チェーホフを楽しむために」
旅先の本屋で、「チェーホフを楽しむために」、阿刀田高さんのエッセイを買いました。新潮社2006年7月刊行のハードカバー本。阿刀田さんの軽妙な名文は、旅の移動中に気持ちよく読んでしまうことができました。
阿刀田さん、チェーホフが大好きで、同業者としてもたくさんの刺激をもらい愛してやまないことが、全編からあふれています。
ロシア演劇の代表作、「かもめ」とか「桜の園」、「ワーニャおじさん」や「3人姉妹」などはご存知の方も多いことでしょう。2004年は、「チェーホフ没後100年記念」の行事も多く開かれました。チェーホフ研究家、愛好家、ファンの人たちも多くいます。ロシアに関心がなくても、その名前を聞いたことがある人も多くいます。
日本で多くの人が知っているロシア人のひとりが、アントン チェーホフではないでしょうか。医師でもあり作家でもあり、妻は女優で、1860年に生まれて、1904年に44歳の若さで亡くなってしまいました。その間、書いて書いて書きまくっている人です。
あっ、大事な偉業、チェーホフは、30歳前後で「突然、ふいに」サハリンへ行っています。そして、「サハリン島」と題する学術論文を書いているのですが、阿刀田さんは「(その論文には)ここでは中味には触れない。一読して“チェーホフを楽しむための”のものではない(略)」と、サハリン行きについては、少々だけのページ数です。その潔さが気持ちよいので、また阿刀田ファン度が深まります。
わたしは、もうずっとずっと前のこと。チェーホフの戯曲「桜の園」を演劇鑑賞会でのお芝居で見ましたが、まったくちんぷんかんぷんという思い出があります。日本語で、日本人がロシア人になって演じている「桜の園」なのですが、もう名前からして、よくわからなかった…。
だからでもないでしょうが、いまもチェーホフ劇との縁は、薄いです。いつか、しっかりとチェーホフ劇ばかりを楽しみたいとの、願いはあります。
阿刀田高氏は、チェーホフの人生を追い、作品を紹介しながら、チェーホフへの愛を軽妙なタッチで、楽しくってたまらない様子で書き綴っています。まさに題名、「チェーホフを楽しむために」の通りです。この題名は大正解ですよ!おすすめの一冊です。
とりわけ、第9話、「チェーホフの周辺飛行」で綴られている、モスクワのチェーホフ劇と、いまはDVDで見ることができる「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」と「ストーン」の紹介は、ワタシ的には、とてもおもしろいです。
雨が降る旅先の北の町で、出会った一冊は、旅の友でした。
日本の北の町のこの夏、日照時間が短くて、稲の成長が心配されています。旅人には涼しくって快適でしたが。
で、どこへ行っていたかですって?

ここでした。笹かまぼこと牛タンと「♪~広瀬川 ~♪」と歌われいる、仙台市へ行っておりました。
まもなく七夕まつり。JRの駅構内は、すでにこのように飾られて、旅人を迎えてくれました。
《 仙台余話 》
2003年6月、モスクワユーゴザーパド劇場の来日公演スケジュールの終盤は、仙台での1週間でした。東京公演を終えて仙台に移動した彼らは、仙台の町をとても気に入りました。当時、シューラが送ってくれた手紙があります。
「仙台では、たくさんのお客さんが、『夏の夜の夢』をよく笑ってくれます。町は公園があって、僕たちは散歩をたくさんして、とても気分が良い毎日です。仙台が大好きです」。