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2006年06月02日

31号 「地球の歩き方」06~07年版

 2006年6月2日、「地球の歩き方」A31 ロシア・ウクライナ・ベラルーシ・コーカサスの国々 2006~2007年版 改訂版 第10刷第1版 が発行されました。
 さっそく買い求めて、旅人の目で、中身をただいまチェックしている途中ですが、なかなかの充実度です。

 とてもうれしいのは、「モスクワ/エンターテイメントリスト」が充実していることです。やっと、ユーゴザーパド劇場が紹介されるようになりました!!

 サンクトペテルブルクは、ロシア美術館内の案内図が掲載されています。
 
 写真が豊富で、カラー写真です。
 文字も一部大きくなって見やすいです。各情報欄のロシア語表記やホームページ表記も充実しています。評判の悪い!ロシア語だけ表記の、ロシア国入出国カードの記入例も書かれています。
 ウクライナ国のページ表紙は「ビザのいらなくなったウクライナへ行こう!」です。
 
 ロシア国も、そのように表記される日が早くやってきて欲しいものです。


2006年06月04日

32号 フィンランド話題ふたつ

 きょう、6月4日から中部国際空港(セントレア)からフィンランド国ヘルシンキへの直行便が飛び立ちました。この日を待っていました。ホントは、この一番機で私はヘルシンキ経由ペテルブルクへ行きたかったのです。が、できませんでした。

 次回はぜったいに、セントレアからヘルシンキへ。そして乗り継ぎ時間を短くして便利になった、サンクトペテルブルクやモスクワへ行きます。もちろん他の都市へも便利になります。
 我が家からセントレアまで電車乗車時間わずか。ああ、ロシアが近くなりました!!
 時刻表はこちらです。


 ▽ ▽ ▽

 直行便の就航を記念して、ある日、オールヘルシンキ撮影の触れ込み、映画「かもめ食堂」を観てきました。

 感想を一言申し上げれば。

 季節は夏、白夜のころ、明るい町が映し出されていました。ちょっと風の強い曇りの日もありました。そんな日は、マリメッコの衣装などが映えました。外を歩くのも自転車も平気です。「ああ、きれい、いいなああ」とヘルシンキ行きを決意させるような、ヘルシンキ万歳映画でした。
 それもそのはず、フィンランド国の公私いろんなところがスポンサーです。

 ヒット映画ですから、ぜひ冬の季節バージョンをつくるべきです。朝は10時ごろまで暗くって、寒くって道は凍りついているし、15時過ぎには日没を迎えるというヘルシンキの、暗くつらい冬の季節も、写して欲しいものです。
 
 先週観た映画「ククーシュカ」もフィンランド語せりふが語られました。「かもめ食堂」も日本人主演女優は、一生懸命学んだであろうフィン語のせりふを流暢に言います。出演の地元俳優人ももちろんフィン語です。
 私はまったくわからなかった。「キートス」だけ聞き取れた……。ちょこっと勉強してみようかな?


33号 ゴーゴリーに魅せられそうな

 モスクワで、ユーゴザーパド劇場で、ゴーゴリー作「検察官」を見て帰国後、原作「検察官」をもちろん日本語で読み返しました。芝居は、原作に沿ってはいるものの、かなりそぎ落としてある部分もあれば、付け加えている部分もあります。それはそれで素晴らしい。ゴーゴリーが生きた時代のロシアと生きていた人々に興味もわいてきます。「ペテルブルク物語」を読んでみました。「ネフスキイ大通り」「鼻」「外套」の短編3本が収録されています。

 「鼻」「外套」は10年位前に読んだのが、記憶がぼんやりです。当時は、まだロシアのことも、サンクトペテルブルクのことも、ぼんやりしか知らなかったので当然です。当時よりもちょっと物知りになっているので、物語はとても楽しめました。
 
 (地名表記は本書原文のまま)
 ネフスキ大通りをゴーゴリーもどれだけ歩いたのでしょう。
 ネワ川で魚を見てみたり、(4頭の馬がいる)アニーチキン橋で女性たちをながめ、焼きたてのピロシキを食べ……、読みながら、思いは舞台のサンクトペテルブルクへ飛んでいました。
 
 「鼻」のおもしろさ。いやあ、ゴーゴリーさん、やってくれました。「外套」は涙なしには読めませんでした。
 この本おすすめの最高傑作です。ゴーゴリー作をもっと読むことにします。まだまだ読むべき本がいっぱいあります。

 ▽  ▽  ▽

 我が家の庭はことしもびわが豊作ですが、去年より実の成り時期がちょっと遅いです。そんな我が家の庭で、ロシアのダーチャ生活をちょっとまねてみました。いつも部屋の中に置いていた楽に座って本を読むのに最高の椅子を、外へ出し木陰に置いてみました。早い夏の緑の風に吹かれながら読みすすめたのが「ペテルブルク物語」です。この夏は、このスタイルで本を読んでみましょう。


2006年06月05日

** 18 ** ダーチャを見に行く?

===5月4日 夜 モスクワ南部の郊外で===

 5月はじめの日没がはじまる時間は、21時半すぎくらいです。まだ明るい20時半ごろ、シューラが「さあ、帰るよ」と宣言し、飲み食いしたゴミを片付け、ダーチャから自宅へ持っていくものを車に積込み、火の始末と戸締りをしっかりして、ダーチャを後にします。

 ミーシャの車が先に、シューラの車が続き2台は果たしてどこへ向かっているのでしょうか?1時間ほど走って目に見えるのは、広い原っぱといくつかのダーチャがずっと続く場所。ダーチャ村みたいなところでしょうか。もう日が暮れてきているので、いくつかのダーチャには明かりが点っています。真っ暗なダーチャ、新しく大きなダーチャ、まだ何も建っていない原っぱ、建てかけている途中のダーチャ……。

 ミーシャとシューラのふたりは、原っぱの中をどこかへ歩いて行きます。後で知ったことは、このあたりがシューラの新しいダーチャ土地だということと、その近所には俳優仲間も集まっているということでした。もっと明るい時間に見たかったなあ。ふたりは、歩きながら話し込み、私たち女性陣はやや寒くなってきたので、車の中で待機。日が暮れるとあたりは急に真っ暗です。

 彼らも「寒いなあ」と言いながら、車は再び動き出しかなり走るも、そのダーチャ村は延々と続く広大な土地です。街路灯などなく真っ暗です。久しぶりに真っ暗な道を走る体験をしました。で、やっぱり途中迷いました。シューラが、車が。
 機転を利かしたミーシャの車の助けがなければ、一晩ダーチャ村から出られなかったかも。

 モスクワに近づくとともに周辺は町の灯りでどんどん明るくなってきます。でも、車は順調に走っていますから大丈夫です。

 きょうのダーチャ体験は、ロシアを知る上で貴重なものとなりました。
 モスクワ市民ならではのいろんなしんどさがあるでしょう。が、そんな彼らもダーチャが好きならば、夏の日の長い一日、緑と花に囲まれのんびりと好きなようにしてよく、大地を耕し収穫もでき、家族そろって楽しい時間を過ごし……、これは生きるエネルギーが「復活」できます。しんどさなんて、吹っ飛んでしまいます。
 
 もちろんダーチャ生活からもストレスが生まれているのも現実のようです。往復の車の大渋滞、ダーチャの維持管理、近隣トラブルなど諸問題もあるようです。
 
 もっと大きいダーチャが欲しい。こんな不便なダーチャは要らない。古いダーチャより新しいダーチャが欲しい。農作業なんてやりたくない。そんな理由で、ダーチャにまつわる交渉や契約やもめごともあるようです。ダーチャの売買はさかんに行われています。看板や張り紙をあちこちで見ます。決して安い買い物ではありませんし、一生物の買い物となるので慎重であり、大胆にもなるでしょう。
 
 いろんなことが体験できたとても良い一日でした。午後11時30分、もうしっかり夜。ホテル玄関に到着しました。

 「明日は地下鉄に気をつけて乗って、15時、コースチャに会うのだよ。そして、『巨匠とマルガリータ』に遅れないように」と、優しいシューラは明日の私の行動を気遣ってくれました。


2006年06月07日

** 19 ** 再会は地下鉄出口で

== 5月5日 午後 モスクワにて ===

 昨日(4日)は夜遅く戻ってきて、なにもせずすぐに眠ってしまいました。
 目が覚めたのと「暑い」と言ったのは同時かしら。外はすっかり明るく、車の音もひっきりなしに聞こえます。身支度をさっと整えて、1階のレストランで朝食です。

 ミルクかゆが私のお気に入りです。バターが浮いているのですが、甘くってなんだか懐かしくてたまらないミルクの味とやわらかいお粥。元気がでます。
 もうひとつ気に入っているのが、日本で言うところの「飲むヨーグルト」ですね。ここはあらかじめグラスに注がれておいてあるのですが、とても美味しいのです。

 部屋に戻ってゆっくりのんびり。テレビの天気情報は「きょうのモスクワは22度くらいになるでしょう」。たしかに部屋も暑いが、平気です。きょう、万博ロシア館でお世話になったコースチャとアリョーシャとユーリアに会えることは、楽しみでわくわくして、少々の暑さなんて、日本の夏にくれべりゃなんのことです。

 コースチャとの再会の約束の場所は、地下鉄BDHX の出口で、15時です。

 では、ちょっとモスクワの地下鉄について。
 大都市モスクワの地下鉄路線図です。街の中心部をぐるりと囲み、南北に走る線が多いですね。

 「ユーゴザーパドナヤ」駅は、赤い路線1号線の一番南西部にある駅、終点・始発の駅です。バスなどに乗り換える人々も多く、いつもとても込み合う駅です。モスクワの地下鉄駅は、美術館みたいと旅行ガイドブックには書かれいますが、ユーゴザーパドナヤ駅構内は、宮殿どころかなんにもおもしろみのないただの「駅」です。
住宅建設がどんどんすすめられてる街で、駅の周りは、いろんなお店が大小いっぱいあります。大勢の人々が行きかいます。私がはじめてこの辺りへ行った2001年からことしの5年の間に急激な変化の街です。

DSCN2445.bmp

(2005年8月撮影のモスクワ南西部建設ラッシュ風景)

 地下鉄の入り口と地下横断道路がいっしょになっていて、混んでいます。地下鉄入り口のドアを開けました。と言うよりも前の人について、後ろから押される感じで、地下鉄駅に入り込みます。

 予想は的中して、午後の時間なのにすごい混雑です。いや、なにか事故か事件でもあったのか?と思える人だかりに、一瞬ひるんでしまいました。が、よ~く見ればみんな切符を買い求める人の列です。

 こちらの地下鉄の駅はすべて一方通行です。乗る人(入り口)降りてきた人(出口)の人の波はきれいに流れるのですが、切符を買うのにこの混雑は日本でみるずらりと並ぶ自動販売機での切符購入ではないからでしょうか。それよりなにより、ユーゴザーパドナヤ駅は狭いのですね。
 最初はぐちゃぐちゃではじまった切符を買い求める人の波は、だんだん少しはきれいに並んでいきます。こういうところで一番気をつけることは、スリ !! 「だれもそばに来るな!!」オーラーを発光して、順番を待ち、小さな窓口に顔をつっこむようにして、中にいる女性に「5回乗車の券ください」と70ルーブル(約280円)を払い、さっと受け取ります。日本では、いまはもう懐かしい切符の対面販売です。

        ちょっと見づらい写真でごめんなさい。

   0605MocPte 310.jpg

 このカード式回数券を自動改札機に入れて、人の流れに沿って乗るエスカレーターは、スピードが早いと書くよりも、速いがただしいでしょうか。それは慣れるまでは怖いと思える速さです。ホームで待てばすぐに電車はやってきます。始発駅ですから座れます。
 真っ暗の洞窟を鉄のかたまりが猛スピードで突き抜けていく、その中で乗客はひとつの点となって、目的駅を目指します。駅と駅の区間も長く、車内にはするどい金属音が走行中響き渡るのです。駅に止まるごとに聞こえる車内案内を聞き逃さないようにして、目的駅をめざします。

 乗り換え駅では、人の流れがわかれるので気をつけて!出口の流れについていってしまい昇りエスカレーターに乗ってしまっては、もう引き返せない。キリル文字だけの案内板をよーーく確かめて。

 今度は、オレンジのライン6号線に乗り換えます。降りた駅は、「チーストエ ブルドイ」、外へ出ずに構内を歩いて乗り換える駅は「ツルゲーネフスカヤ」です。ここでは、ラインによって駅名がかわりますから、これも注意が必要です。

 乗り換えてすぐに、目的の駅「ヴェーデーエヌハー」駅です。降りるときには、切符の回収とかありませんので、出口を通ればもう、外です。
 余談ですが、日本へやってきたあるロシア人。降車するときにも切符が必要だという、切符に対する緊張感を持ち続ける日本の乗り物のルールがわからず、いつも車内で切符をなくしてしまい、いつも降車時は怒られてしまったそうです。

 にぎやかな地下鉄駅周辺です。「全ロシア展覧会場」へ続く道です。駅の周りには多くの店が立ち並び、待ち合わせの人々も多くいて、きょろきょろと、コースチャを探します。約束より10分早く着いたので、待ちましょう。と、「全ロシア展覧会場へ行きたいが、どの道だね?」、「◎▽×*は、どこか?」などと聞かれたり、私はそのたびに、「ごめんなさい、わかりません」と答えてばかりでした。
 
 さわやかな五月晴れの気持ちが良い日です。地下鉄の出口から人が出てくるたびに背の高いコースチャを探せば、約束の時間ぴったりに、やってきたコースチャ!!再会を大いに喜びました。


2006年06月09日

オフ会、開催いたします

   楽しいお知らせ~~
 「マーミンカ通信」読者のみなさま、とうとうオフ会を開催してみようとおもってしまいました。

 オフ会=オフラインミーティング=ふだん顔が見えないお付き合いですが、顔をあわせて参加者全員でつくる、楽しい交流会です。誰が主賓でもお客様でもありません。その呼びかけ人をマーミンカがさせていただきます。


 【日 時】 2006年 7月8日(土)17時くらいから

 【場 所】 東京都内 品川か横浜中華街か。お酒を飲む席です。未成年の方はアルコールはダメです。
       

 【会 費】 できるだけお安くのつもり 。学割もつくるつもり

 【参加資格】 「ろしあんピロシキ」の読者・投稿者・「マーミンカ通信」読者、つながりのある人。

 【持ち物】 「私のロシア」と題する、あなたが持っている「ロシア」にかかわるもので、みなに披露できるものを1点。
     もちろん、なんにもなくとも参加できます。

 【申し込み締め切り】 第1次締め切りは、6月30日です。

 参加の申し込みは
    この下にあります、コメントする欄

      お名前・メールアドレス・を記入して
      本文投稿欄の最初に、必ず「オフ会参加」として
     
      ①お名前(本名)
      ②男女どちらか
      ③学割所有者か 未成年者の方はそのことを教えてください。     
      ④携帯番号
      ⑤お住まいの都道府県名
      ⑥会への希望などがございましたら
      以上を必ずご記入して送信してください。
      「オフ会」関係のコメントは、公開されません、いたしません。ご安心ください。  
  
 問い合わせは
    コメント欄に同じくお名前のメールアドレスをご記入くださって
    本文の最初に「オフ会問い合わせ」としてください。
    こちらも、もちろん公開いたしません。
 
 
 できるだけ早く、マーミンカから「オフ会の件」と題してのお返事メールいたします。

 なぜ東京で?
 マーミンカは名古屋にふだん住んでいますが、このあたり東京におりまして……。
   では、みなさま、七夕の次の日、お会いいたしましょう!!


2006年06月10日

** 20 ** ICE AGE 展示場 

===5月5日 午後のモスクワ・全ロシア展覧会センターにて===

 モスクワ市の北に位置する広大な土地にソ連時代の建物が並ぶ、ここ全ロシア展覧会センターは以前にもご紹介いたしました。

 広い敷地に展示場が点在するのは、昨年の愛知万博に少し似ている雰囲気です。
 なぜここに私はいるのでしょうか?そう、万博のロシア館展示の大事なものはここからやってきたからから、です。それといっしょにやってきた愛すべき友人に会いたいから、です。

 愛知万博の人気展示物のひとつは、冷凍マンモスでした。これは、ロシア連邦内サハ共和国所有のものをロシア館とはまったく違う場所にある冷凍庫展示室で、大事に展示したのでした。行列に並んであっと言う間の時間だけ、ご覧になった方も多いでしょう。そのひとりの私ですが、「まあ頭だけでかわいそう」って思ったものです。

 が、ロシア館には、もうひとつのマンモスがいました。覚えていますか?骨格標本マンモスと子供マンモスのレプリカでしたね。当所は、「触っても良い」マンモスでしたから、大勢の人たちが、牙や骨に触れて「おお、マンモスだあ~」と喜びました。が、触ってもいいけれどぶら下がってみたり、引っ張ってみたりをしてはいけません。なのに、そうしてしまう人たちが続出して、ロシア館マンモスは「触らないでください」となりました。大事な財産・商品だから。

 日本へやってきたマンモス骨格は、ここ全ロシア展覧会センターのパビリオン番号71番 ICE AGE の所有物です。マンモス骨格といっしょにやってきたのが、ここの職員、アレクセイ クルトイ です。別名マンモス リョーシャ。彼にも会いたかったから、コースチャとともに、パビリオン 71番に向かっています。

 と、すでに入り口でリョーシャが待っていてくれます。よりマンモスに、じゃなく横に大きくなってしまったリョーシャです。

              0605MocPte 104.jpg

(日露通訳、コースチャ(左) と マンモス担当 リョーシャ)
 
 リョーシャは万博開幕(05年3月25日)からしばらくして来日し、終了後の後片付けなどをしてモスクワへ帰りましたから、半年近くの日本生活でした。人々がわんさかと大勢押し寄せた万博ロシア館で、マンモスを守りながら、日本の生活もエンジョイしていました。モスクワに戻ったら、ほっとしたのでしょうか、大きく成長してしまい、驚きましたよ。
 
 ICE AGE パビリオンは楽しいパビリオンで、ちょっと万博ロシア館に似ている雰囲気です。入り口にそびえ立つ、白熊と黒熊は、「本物だ~」と子供も大人にも人気です。私も彼らのふかふか毛皮を何度もなでました。顔は怖いけれどこの毛皮は、とても優しい感触です。

 もう絶滅してしまったという、一角サイやシベリア狼などの剥製、マンモス牙や骨の部位は、いくつもいくつも展示されています。「たくさん持っていますから」。
 日本へやってきて、さわられまくった骨格標本は、いまはアメリカへ出張中とか。でも、ちゃんと仲間がいて威風堂々展示されています。

 ロシアの氷河期の大地に生きた動物たちを通して、広大なロシアの国を知らせるための教育的・観光的な役割も持っているパビリオン、子供たち学生たち、旅行者などへの企画展示、宣伝なども職員の仕事です。リョーシャも、これからの企画の責任者のようで多忙です。

 お土産品コーナーもあります。映像展示室もあります。写真撮影もOKです。
 モスクワにお出かけの際は、ぜひお立ち寄りください。パビリオン番号71番へ。 

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  オフ会のお知らせ
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2006年06月12日

米原万里さん 追悼番組放送

 
  【緊急のお知らせ】

   米原万里さん追悼番組  放送されます。

   


34号 ふたつの集会のお知らせです

 名古屋で近日に開催されます、集会をふたつご紹介いたします。
  (どちらも主催者から掲載のご許可をいただいております)


    ◇    ◇    ◇


 6月24日(土曜)開催の、日本トルストイ協会・第8回トルストイを語る会 名古屋集会 です。

 くわしくは、こちらをご覧ください。

 この日本トルストイ協会は、私の大先輩がかかわってみえます。とてもお世話になり尊敬している大先輩が、トルストイやロシアに詳しい方であるとは、ある日までまったく知りませんでした。
 ある日何気なく手にした「日本トルストイ協会」の書物の中に大先輩のお名前をみつけ、最初は同姓同名の方?と失礼なことを思いました。とても理知的で広く深い知性教養にあふれ、優しく穏やかで面倒みが良く、だれからも愛されてみえる大先輩なら、大文豪トルストイにかかわるのは、必然のことと思いました。
 そして、確かめる電話をかけてみました。やはりそうでした。「トルストイを訪ねてロシアの旅へも出かけました」とおっしゃられ、ああ、ロシアを知る人がまた身近においでになったと、喜んだ私です。
 実はトルストイ、まだしっかり読めていません。ごめんなさい。でも、いつか必ず身に着けていきたいロシアの大文豪です。

  ◇   ◇   ◇

 6月25日(日曜)午後開催の、日本ユーラシア協会愛知 主催の ユーラシア市民大学講座です。

 くわしくは、こちらをご覧ください。

 講師は、金田一真澄(きんだいち ますみ) 先生です。NHKテレビロシア語会話講師としてご活躍されていたころ、私はテレビの前でお世話になりました。
 「日本とロシアの交流の歴史探訪」は、とても興味あるテーマです。金田一先生は、どのようなところから話されるのでしょうか?演劇のこともきっと登場することでしょう。期待しています。

  梅雨空の6月末の土曜日と日曜日は、名古屋でロシアな日を過ごしてお勉強といたしましょう。

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  オフ会、開催いたします。
  くわしくはこちらをクリックしてくださいね

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2006年06月13日

53号 クロアチア、万博の思い出

 ドイツ国で開催のサッカーワールドカップ、日本は初戦オースラトリアに負けました。日本中いや世界各地が、「あっ~~」とため息を発した瞬間を知りません。睡魔にすでに負けて寝てしまいました。

 次は、クロアチアとの戦いですか。

 クロアチアと言えば……、昨年の万博で私はとても気に入ったパビリオンでした。空を飛ぶ映像で、町の様子を見せてくれました。本当に飛んでいる錯覚にはまりました。

 クロアチアと言えば……、万博で働く人たちの交流フットサル大会で、ロシアと初戦を戦ったのがクロアチアでした。結果は? もちろん、クロアチアの勝ちです。
 ユニフォームをそろえて、軽やかな身のこなしで、気合がめちゃくちゃ入っていて、強かったクロアチアでした。

 クロアチアと言えば……、万博報道に多く登場していました。にこにこといつも笑顔のアテンダントでした。日本語が上手でしたね。フットサル大会のときの彼らは、赤白のおしゃれなユニフォームで、これもまた、みなを注目させました。そして、第1回目の万博フットサル大会優勝チームとなったのでした。

 クロアチア~~~、日本チームには、手ごわいと思われますが、そう思ってしまっては負けです。心ひとつにして、全力疾走でゴールを決めてくれ~~。


2006年06月15日

** 21 ** 短い時間の再会

 ====5月5日 モスクワの午後 ====

 今回の旅は、5月2日出発、同月16日に日本へ戻ってきた、ひとり旅でした。毎日毎日がいろんな出来事が山盛り満載でした。そのどれもがみなさまにお伝えしたいことばかり。ですから、この連続カテゴリー「ロシアの2都市、春を歩く」はかなり長編・長期連載となりそうです。お付き合いくださいね。

  ○  ○  ○  ○  ○

 全ロシア展覧センター・マンモス展示場(パビリオン№71=ICE AGE)を楽しみ、事務室でお茶もごちそうになりました。そこでちょっとこんな会話が。

 質問、私  「 日本から戻ってきてかわったことはありますか?」
 答え、リョーシャ  「 なにもかわらないね」
 答え、コースチャ 「ぼくは、いろいろかわりました」

 リョーシャは、ロシアビジネスマン。日本での生活も仕事の一部でしたから、クールなお答えですね。私はちょっと期待しておりました。「日本様式を生活に取り入れているよ、畳の部屋をつくったよ」なんて……。が、みごとハズレでしたね。

 コースチャは、現役の大学生で、かなり厳しい試験を経て万博ロシア館で、通訳仕事で半年間日本生活をしました。それが人生にいろんな変化をもたらすのは、当然でしょうし、そうであって欲しいものです。大学卒業後は、日本語が活用できる仕事に就く予定だそうです。(もういまは、決まっていると思われます)。
 また、このマーミンカ通信を経て、日本人ビジネスマン氏と知り合い、モスクワで勤めたコースチャの通訳仕事は、ビジネスマン氏から高いお褒めをいただき、次の仕事も予約されているそうです。日本人ビジネスマン氏は、「良い通訳・コースチャ君に出会ったおかげで、モスクワでの仕事が開拓されました」。
 私もとてもうれしいです。
 
 万博ロシア館で後半のモスクワ市担当スタッフのユーリアさんは、同じ全ロシア展覧会センターの中で働いています。昨年8月にお会いしたマルレンさんの同僚です。ユーリアさんとは、奈良や伊勢、岐阜などいっしょに行きました。だから、今回とっても会いたかったのです。が、忙しそうで、お会いできた時間はほんの数分でした。


 彼女のオフィスをちょっとのぞかせていただきました。机の前には、私が送ったクリスマスカード=キティちゃんがおしゃれをしてメリークリスマス=を飾っていてくれました。その隣には、万博記念スタンプ帳もありました。「日本へまた行きたい、けれど遠いわねえ」。

 短い時間の再会でした。私も午後5時には地下鉄に乗ってモスクワ南西部にも戻らねばなりませんでしたから。もっと時間があれば、みなでお食事をしたかった……。また、次回にお会いしたときは、ぜひ!!熱い抱擁で、再会を約束しました。

 コースチャといっしょに、地下鉄に乗ります。途中までは同じ路線です。「日本へ、またぜひ来てください。みんなが待っていますから」と、金属音がうるさい車内で大きな声で伝えました。


2006年06月16日

** 22 ** 地下鉄の人々

 ===5月5日 夕方近くの地下鉄にて ===

 5日は、金曜日。ロシアは、6日の土曜日に振替出勤にして、7・8・9日3連休となる、ロシアゴールデンウイーク(とは、呼びません)です。6日の土曜日も休日になるところもあって、「きょうの金曜日は、休みの前に仕事を片付けておく日」とかで、17時ちょっと過ぎに地下鉄の人となりましたが、混んではいません。

 車内の人々見回してみると……。

 5月のはじめ。寒い日もあったり暑い日もあったりで着るものに悩みます、日本でも、モスクワでも。私も旅の仕度は悩みました。きょう(5月5日)は、暖かい日です。1着だけ持ってきたシルクの長袖上着とスカートで大丈夫でした。

 きっと彼らも悩んだことでしょう、きょうは、なにを着ようかな?と。人それぞれの服装が私に悩み具合を教えてくれます。
 左隣の青年は、セーターを着ています。右隣の若い女性は、おへそが出ている短い半そでTシャツです。でも足元は毛皮が飾られたブーツですね。
 前に座る女性たち。革のコートを着ている人。薄いブラウスの人。厚手の毛糸製半コートの人。12歳くらいの可愛い女の子ふたりは、ひとりは薄手セーターの上にGジャンと白いパンツ、もう一人は半そでTシャツにミニスカート。手にセーターを持っています。
 濃いまゆげの男性ふたりは、旅の人でしょうか。かなりの厚着に、ふくれたカバン、包んだ荷物を持っていますから。顔がそっくりで、兄弟かな?とつい目がいってしまいます。

 みなが帽子をかぶっていないことが、冬の必需品の「帽子はもう要らない春、5月だから」と、全員で決めてきたみたいです。

 車内では、みな黙っています。というか、地下鉄の走行騒音で話しなどできません。本を読んでいる人が多いです。クロスワードパズルを解いている人も多いです。途中から乗り込んできた、かなり大型女性と小型男性は、数独(ナンクロ)に興じていました。

 いつもおもしろく思うのは、みんなビニール袋を手に提げていることです。商品や商店のCMロゴ、または季節や景色のなど模様の厚手ビニール袋を手にしてます。布製やブランド品のトートバッグ(買い物袋)などを持っている人をみません。女性はハンドバッグを持っていますし、男性は肩からかける布製カバンやリュックサックの人も多いですが、手には、ビニール袋です。日本で多い紙袋はありません。 

 眠っている人は、あまりみかけません。と、ふたりの12歳くらいの少女のひとりGジャンちゃんが急に眠ってしまい、ちょっと美人台無しの寝顔。ミニスカ少女が肩をつついたり、足を押したりしても、眠っています。ユーゴザーパドナヤ駅到着。終点駅なので「お客さんはみな降りてください」。眠っているGジャンちゃんを起こすミニスカちゃん。耳元でなにかを言ったらは、Gジャンちゃんはパッと飛び起きていました。

 「出口」への人のながれのまま付いて行き、外へ出れば、夕方の混雑風景がここにはありました。

 空はまだまだ明るい18時。さあ、いまからユーゴザーパド劇場へ。「巨匠とマルガリータ」を観ます。俳優に贈るために、花を買いましょう。

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7月8日、オフ会開催
   くわしくは、こちら

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2006年06月17日

** 23 ** バラの花を持って

 ====5月5日 18時ごろ まだ明るい混雑のユーゴザーパド駅周辺 ===

 俳優や歌手、舞踊家など舞台関係者へ花を贈る日本の風習では、「誰が誰に対してこの花を贈ってきたのか」を名札を立てて、人目のつくところへ飾ります。受け取った舞台人は、それはうれしいことですし、花を見る人々も心穏やかになります。時には「これは相当奮発した花飾り」と値勘定をしてしまったりして、楽しみます。

 ロシアでの花を贈る・飾る文化に興味があります。花の本数は、奇数が基本で、1本だけ贈っても失礼ではないこととか、茎は長くしたまま贈ってもらい主が自分で長さを調節するとか、女性→男性、男性→男性もありとか、葬式の赤い花はソ連時代に流行ったとか……、花を贈るロシアも含めた各国の文化をちょっと検証してみようと、いま思っています。

 さあて、俳優に贈る花を買い求めましょう。
 町に花屋が多いです。ワゴン車に花を満載にして寒い季節でも、街角で売っている光景はこの国の人々も花が大好きと、わかります。サンクトペテルブルクよりもモスクワのほうが、人口当たりの花屋の数が断然おおいのじゃあないですか。と、ちょっとだけ歩いた旅人が見た目だけのものですが、花屋は多いです。

 ユーゴザーパド地域の商店街にもいくつも花屋があります。出合った花屋。ドアを開けるとバケツの切花が満載、ブーケもたくさん作られ並べられている。
 「こんにちは。俳優に贈る花を買いたいですが……」
 「このあたりのバラはいかが?」
 「うーむ、赤いバラか黄色か、それとも違う花か、どうしようかな?」とは、心の中で。

 「ブーケもすてきでしょう」と笑顔の花屋の女性は、飾られているブーケを手にして見せてくれる。
 「たしかに、きれいで豪華……、でも値が高いなあ」とは、心の中で。

 「きょうは、このバラにします」と、ブーケはやめて、ちょっと紫ぽいピンクのバラを1本買う。すでにおしゃれにラッピングされているので、すぐに受け取り代金は、……、忘れてしまった。旅手帳にも書きとめていなかった。80ルーブルだったかな?320円くらいだったような。

 マンモス展示場で、アリョーシャからいただいたおみやげの大きなビニール袋!!を下げ、バラの花を1本大事に持って、劇場へ歩いている。と、ハンドバッグの口が開いているではありませんか!
 ぎょっとして、バッグの中を見ると…、なにも異常はなかった。なぜバッグの口が??
 花屋でお金を出して、おつりをもらって、そのままバラの花に気をとられていて、バッグの口は閉めなかったのでしょう。花を持ったまま、バッグの口を開けたまま、隣の八百屋の店先や化粧品屋ものぞいていたのでした。あれだけ「スリに気をつけよ」と刷り込まれてきたのに、いつも細心の注意を払っているつもりなのに。スリさんと遭遇しなくて、ホントに良かった、その幸運を喜びます。

 劇場の前に付けば、ちょうど劇場入り口ドアが開けられたところで、待っていた人々が劇場の中へと入っていくところでした。


** 24 ** 「巨匠とマルガリータ」、きょうの出来は?

===5月5日夕方 ユーゴザーパド劇場にて===

 劇場ドアが開いて、切符をもぎるところに立っていた女性は、昨日いっしょにダーチャへ行った、ニーカでした。「こんにちは」とあいさつをしたら、私が持っているバラを見て、「そこの花瓶へ入れておいてね」。バラを渡すのは芝居の最後の最後なので、花瓶に入れておきましょう。
 
 「きっとシューラはいまごろ化粧しながら本日の役つくりに入っているのだろう」と、ちょっと思った私は喫茶室の美味しいアイスクリームとオープンサンドと紅茶で、小休憩です。昨日のダーチャ行きで太陽をしっかり浴びて時差の調節もスムーズにできたようで、日本時間深夜の時間ですが、きっと眠くはならないと思えます。が、念のため眠気防止シールを、こそっとこめかみに貼っておきます。

 きょうの座席は前から3列目の下手側(しもてがわ)=舞台に向かって左手方向=の席です。きょうも満席、男性の姿も多いです。

 幕開きで驚いたのは、きょうの配役がいくつか代わっていたことです。主役の悪魔のボウランドは、グリシェチキン が演じています。彼の演技力もすごいものがあって、この劇場だけではなく他の劇場や、テレビ・映画にも出演している有名な俳優です。正直私は彼が苦手です。なぜ?それはのちほど…。
 ボウランド役は、以前はこの劇場の看板スター、アビーロフが演じていました。恐ろしい悪魔でした。本物の悪魔みたいに怖かったですね。2003年の来日公演は、アビーロフのボウランドが話題になりました。
 大名優で人気者だった彼は、病気で亡くなってしまいました。この劇場の創設時期から活躍していた俳優で、内外に与えたショック大きかったです。その頃のシューラも元気がなかったです。
 
 演出家ベリャーコビッチ氏が演じているボウランドは、インテリで怪しい色香たっぷりの悪魔です。カッコ良くってどきどきして観ました。ことし3月の来日公演は、ベリャーコビチ氏のボウランドでした。

 マルガリータの役も代わっていて知らない女優です。いつも演じているオリガは、美人で声が良くって、舞台栄えのする立派な体格です。きょうはどうしたのかしら?
 
 何度も書きますがユーゴザーパド劇場は、小劇場ですから俳優の人数も少ないです。でもすぐに舞台に上げることができる芝居の数は多く、ひとりの俳優が持っている役もたくさんあります。
 その人の当たり役=この役はこの俳優でなければならない=というものもありますが、時には役が代わることもあります。いつもは演じないがいつでも演じられるようにと、俳優たちは相当な役割を持っています。だから、自分が舞台に立たない日でも、劇場にはいつも来て、他の役のけいこをしたり本番を見たりして、イザというときにも備えることができるのです。本当のプロですから。
 
 先日の「検察官」の舞台では、市長の妻を演じたのは女優チュルバでした。あとでシューラが言うには、この役をいつも演じている魅力あふれるベテラン女優・イリーナが、軽い病気でここ数日舞台に立てなくってチュルバに変更されたそうです。チュルバは、かなり緊張していて、それは観客にも伝わりましたから、ちょっと残念でした。

 「巨匠とマルガリータ」に戻って。
 幕開きしばらくすると、俳優たち総出演の、ダンスパーティの場面。シューラが銀髪のかつらで、背中の開いたドレスにハイヒールの女装で、踊ります。ちょっと滑稽なこのステップがすばらしいです。大好きな場面です。
 
 そして、芝居はいつもどおりエネルギッシュに、リズミカルにすすんでいきます。
 が、が、どうも私には、ちっともちっとも「素晴らしい」との感動が産まれてこないのです。どうしてでしょうか?ええ、たしかにもう何回も観ていますから、私の側に緊張感がないのかもしれません。ええ、ボウランド役のグリシェチキンの胸毛は苦手ですよ。ええ、マルガリータは知らない女優ですよ。だからでしょうか?

 シューラの演じるバレヌーハ、悪魔集団に乗っ取られて大騒動となる劇場の支配人。悪魔集団は劇場の管理者たちを混乱に引きずり込み、バレヌーハも発狂寸前に、悪魔のひとりに噛み付かれて、吸血鬼に変身させられてしまう、そんな役。彼の持ち味いっぱいの見せ場たっぷりです。登場するだけで拍手が起きています。きょうも熱演です。
 
 バレヌーハとからむ、劇場経理部長リムスキーの役もきょうは代わっています。いつも演じているボリソフではなく、シャヘットです。
 シューラの演劇大学同級生で、卒業後はポーランド国ブロツワフ市に居て、またモスクワに戻り俳優をやっているという、背の高いやせ型で日本語が上手い、シャヘットです。
 3月の来日公演には来ていませんでした。シューラが言うには「マキシムは、多くの仕事があって、日本に来れないし、昨年からユーゴザーパド劇場にも出演していない」。だから、きょうの舞台に登場したのは、私はちょっとびっくりでした。 
 
 芝居は、それはきれいです。美しいです。余分なもの無駄なものはなにもない。なのに私が感じるこの不満足感、きれいすぎるからでしょうか。とても贅沢な悩みです。あまりにも上手すぎる芝居の前で、癒されすぎた心は、なにかしらの刺激のためにか、あら捜しを求めているのですから。


2006年06月21日

54号 万博スタッフ集まる・4回目

 18日日曜日は、夜10時(日本時間)キックオフの、日本×クロアチア戦の大注目の日です。その日程の前から計画していた、万博ロシア館日本人スタッフの楽しい交歓会は、キックオフの前に、ロシア料理レストランで開催されました。万博終了後から4回目となります。
 私は、ロシア館でも万博でも仕事はしておりません。何度も通った観客のひとりとして、その集まりに行ってきました。

 幹事は、いつもどおりに内海さん。こまめにみなに連絡を取って、ホントに面倒見が良い人です。

 きょうのテーマは、私の5月のモスクワ・サンクトペテルブルクの旅の写真大公開ショー、内海さんと森さんからの報告発表などです。

 内海さん、とうとうモスクワへの旅に飛び立つと言います。モスクワに住むロシア館スタッフたちとの再会へ、着々と準備をはじめました。はじめてのモスクワ行きをすっごく楽しみにしています。「あの人とこの人と会って話して、あそこへ行ってあれを見て」など、うれしそうに話しています。

 森さん、来年はとうとうロシアへ留学するそうです。大学でロシア語を学ぶ彼女はロシア館スタッフに人気でした。モスクワかサンクトペテルブルクか、留学先はまだ未定だそうですが、どちらの場所にしても万博で知り合ったスタッフらが彼女を助けてくれるでしょう。

 ロシア語の勉強に力を入れだした Yu子さん。万博があったからこそ、ロシアがいっそう身近になったと言います。

 みんなロシアにますますどっぷりとしっかりと、はまりこもうと、しています。万博で、ロシア館で、ステキなロシア人スタッフたちと知り合ったからでしょうね。

 「ああ、クロアチア戦がはじまっちゃう。急いで帰ろう!!」と、すっごく静かな町に驚き、みなはさっさと家路へと急ぎました。


35号 「マクベス」テレビ放送決定

 お知らせいたします。

 3月来日公演をした、モスクワユーゴザーパド劇場の「マクベス」がNHKテレビで放送されます。

 7月9日(日) 22:00~ 24:20 NHK 芸術劇場 にて


 私のお気に入り俳優、アレクサンドル(シューラ) ゴルシュコフは、残念ながら「マクベス」には出演しておりません。が、ロシア語で演じられるシェークスピア劇をどうかお楽しみください。
 
 「巨匠とマルガリータ」も劇場にNHKのテレビカメラが入っていました。いつか放送してくれないかしら? 


** 25 ** お花を渡すとき

 ===5月5日夜 モスクワのユーゴザーパド劇場にて===

 「巨匠とマルガリータ」は3時間半に及ぶ芝居です。日本公演のときは、かなりカットして3時間くらいで演じたそうですが、モスクワの自分たちの劇場では思い切り演じきるので、アドリブなどで時間が伸びてしまうこともあるとか。
 
 途中の休憩時間に、受付の花瓶に挿しておいたバラの花を客席に運んできて、2幕がはじまるときに、そっと足元に置いて楽しみました。2幕は、シューラの出番はあるのですが、暗い場面で踊っているだけです。でも、1幕目で表れたすべてが2幕目で結実するように、最後までスピードは落ちずにきれいな舞台が続いていきます。ボウランドの有名なせりふ「原稿は燃えないものだ」も、胸にずしりと響いてきます。もちろん私のロシア語理解力では、まったくせりふの細かいことが理解できず、本当はものすごく悔しくってたまりません。
 「ああ、あなたたちそのせりふ、日本語でやってくれませんか」と思っているのですが、彼らはロシア語で演じるからこそ、これだけの胸を打つ芝居ができるのですよね。

 芝居は感動を生んで、終えました。拍手喝采です。

 俳優たちは、舞台に出てきて挨拶をします。さあ花を渡すときです。

 私は、舞台の下手側(しもて=左手側)の端っこで、俳優たちが並ぶ様子を見てチャンスをうかがいます。出演の俳優が横に並び、頭を下げて、すぐに引っ込みます。1回目その様子を見ると、シューラは上手側(かみて=舞台に向かって右手側)に立っています。「まあ、あちらまで舞台を横切って渡しにいかねば」。観客は、「あの日本人らしき女性は俳優のだれに花をわたすのかしらねえ」と、注目していることがわかります。

 2回目にシューラが舞台に現れたときに、観客たちの視線を背中にいっぱい受けて、バラの花を渡しました。日本語で「かっこ良かったよ、すばらしかったよ」と言いながら。
 彼はとても素敵な笑顔で 「 Спасибо ! 」。

 前に座っていたやはり花束を持っていた男性も立ち上がって、シューラに渡しています。客席から大きな拍手です。私はもう自分の席に戻らず(だってまた舞台の前を右から左へ移動しなけらばなりませんから)、上手側の柱のかげで、また拍手を贈りました。

 客たちの興奮は治まらずいますが、客席には灯りがともり、芝居はもうすっかり終わりました。

 観客たちはそれぞれに狭い通路を通り、外へ向かいます。だれもが素敵な笑顔です。

 外は、もうすっかり暗くなっています。ドアの前でシューラを待ちましょう。


2006年06月23日

** 26 ** 写真をお楽しみください

=== 5月5日 モスクワの夜 ====

 サッカー応援などでお疲れでございましょうから、きょうは、写真集といたしましょう。

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  グリシェチキンの演じる ボウランド  私の苦手な胸毛が濃い、濃すぎます。
  右にいる女優は、カリーナ。後ほど詳しくお伝えしますが、5月6日午後は、彼女の家で美味しい食事をいただきました。
  

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  小さい劇場の出入り口は、このドア1枚だけ。俳優たちは裏にある楽屋口からの出入りです。

  
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    ユーゴザーパド劇場の座席表です。階段状になっている、たったこれだけの座席です。手前から1列目、下が舞台という表記になっています。舞台から見た観客席の表示です(西洋式)。日本では、観客の側から見た座席表(日本式)で、舞台が上に表記されます。日本の一部の新しいホールなどが、この西洋式を取り入れていますが、日本式を見慣れた目には、混乱を招いています。
 (「日本式」「西洋式」は、私の呼び方で、一般的にはなんというのでしょうか知りません)


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小さい写真で恐縮ですが、シューラもボウランドを演じています。ユーゴザーパド劇場ではなく、別の小劇団では、シューラ演出で、出演で「巨匠とマルガリータ」を時々公開します。。
 このボウランドは、怪しくって少々こっけいで、でもすっごく怖いです。

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    もう二度と会えない、怖いボウランド。名優・故アビロフです。


2006年06月24日

** 27 ** 新車披露会

===5月5日 夜 モスクワ南西部 劇場の駐車場にて ===

 劇場は、観客を追い出すようにして、さっさと電気も消して暗くなります。もちろん裏の楽屋は、俳優たちが居る間は明かりが灯っていることでしょう。
 暗くなってしまった劇場の前で、シューラを待っていると、劇場の俳優専用駐車場のあたりがにぎやかに人が集まっているのが見えます。楽しそうな雰囲気です。「なにをやっているのかしら?」

 シューラがニコニコとやってきました。手には、男性からの花と私からの花を大事に持っています。「昼間はコースチャに会えたかい?時間は大丈夫だったかい?地下鉄もわかったかい?」と質問攻めにされて、「みんな大丈夫だよ」と答えました。
 「で、彼らはなにやっているの?」と、聞けば。

 「リョーバが新車を買ったので、今夜はお披露目会だよ。おいで、ワインがあるよ」と駐車場の方へ。と言いましても、ホテルへ戻る通り道ですが。

 この劇場の人気俳優で、ウラル地方出身で、シューラとも仲良しで、3月の来日時に誕生日を迎えたオレク レーウシンは愛称 リョーバ、女性ファンが多く独自のサイト(←やや重い)も持っています。

 俳優やスタッフがどんどん集まってきて、ワインとジュースと、たっぷりのイチゴが振舞われています。シューラが「ワインとイチゴ、たくさんもらっていいよ」とワインを注いでくれて、それがとっても美味しくって。と、俳優コパロフが、「こうやって車にかけてお祝いするのさ、リョーバ、車にかけるよ。おめでとう」などと、コップのワインをいまにもボディにかけようとするので、リョーバは「こら、だめだよ!」と笑いながら、コパロフさんを押さえ込んで……。

 車のタイヤのところへワインをかけて、ワインを飲み干して、それがお祝いで、車の無事を祈ることとなるそうです。。リョーバは私に、「良い車でしょ!前の車は、ほらあそこ、あれはもう売ってしまうよ。この新しい車とぼくと写真に写してよ」などと、とてもうれしそうです。

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 イチゴが美味しくって、乾いたのどに甘い果汁が沁みます。シューラもバクバクと食べていますが、私も負けずにいただきました。にぎやかな俳優たちの集まりは、なかなか崩れる様子はありません。

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 私は適当なところで、ホテルへ引き上げることとしました。シューラに告げると、「そうだね、もう遅いから。明日は、14時ホテルロビーに下りてきて。買い物をしてからカリーナの家に行こう」。

 ワインで軽く酔い、ふらふらとホテルまで歩いて戻りました。寒くも、暑くもない気持ち良い夜です。 Спокойной ночи !!


36号 「トルストイ」に魅せられた人々と

 34 号でお知らせいたしました、「日本トルストイ協会」の集まりへ行って来ました。大先輩が名古屋においでになることと、名古屋での集会に興味があることで、早くから参加を予定をしていたにもかかわらず、肝心な講演会にはどうしても間に合わず、聞き逃してしまいました。

 でも、交流会には参加して、いくつかの驚きがありました。

 昨年の万博でロシア館で出会った通訳さんも参加していました。
 同じく万博のマンモス展示場で通訳をしていた方もおいででした。
 「ろしあんピロシキ」掲示板などでおなじみの方が、おいでになってびっくりでした。
  == Mさん、わたしも驚きましたし、うれしかったです。またお会いいたしましょうね。

 2010年は、トルストイ没後100年です。

 終了後、大先輩と共通の友人とともに、名古屋ロゴスキーで夕食をして、ロシア話題いっぱいの楽しいひと時を過ごしました。
 みなさま、お疲れ様でした。


2006年06月25日

** 28 ** ホテルは大事

===5月6日 モスクワ南西部 ホテルサリュートにて ===

 モスクワには、すでに何度も行き、旅人としていくつかのホテルに泊まりました。

 2001年1月、はじめてのモスクワ旅行で泊まったホテルは、「ブタペスト」。市内繁華街にあり足回りは便利です。が、朝食は、指定の時間にお部屋に届きます。若い男性が「おはようございます。ご朝食を持ちしました」。と、いうことはですね、私はそれ以上に早く起きて、身支度も整えて、ベッドメーキングもあたりも整えていなければ、ものすっごく恥ずかしい。だから、ちょっと困った毎朝でした。なので、嫌でした。

 次は、「スプートニク」。ああ、いろいろ思い出のホテルです。けっこう好きでした。都心にも南西部にも中途半端な位置でした。朝食は、食堂で、各人に配膳されるときと、バイキングスタイルのときとありました。ミルクかゆ、美味しかった。
 すっごい美少年の配膳係りの彼がいました。ぬけるような白い肌、真っ青な眼、金色の髪が白いコック帽の端っこから見えます。「君、このレストランにいるよりも、日本でテレビに出てごらん。すぐに話題の美少年になってしまいホクホクの毎日が送れるよ」と、言ってみたかった。泊まっていた毎朝の楽しみは彼に会えるかな?でも交代勤務だから次の日は、居なかったりして。

 「ダニロフスカヤ」ホテルは、修道院内にあり、誰でも泊まれるホテルで、修道院で作られている食材などをレストランで使っているというところです。そのレストランでの朝食は、各自に配膳されます。紅茶やパン、ジャム、ハム、チーズなどはあらかじめセットされていますが、6つくらいのメイン料理メニューからひとつを選びます。泊まっていた1週間日替わりで楽しめました。飲むヨーグルト、スライスチーズ、ブリヌイなど美味しかった。
 レストランメニュも、美味しさは感涙ものです。ボルシチをホフロマ塗りのスプーンでいただきます。丁寧に作られたサラダなど、きれいで食べるのが惜しいくらい。ちょっとお値段がそれなりですが。おすすめレストランのひとつです。
 もちろんホテル客室もきれいで、静かで、窓からの眺めもそれは美しい、☆×4のホテルです。
 地下鉄駅までちょっとだけ歩きますが、修道院回りに「お金をお恵みくださってお助けくださいな」の人たちが多くて、いつもつらかったところです。特にレストランで満腹になったあとなどは……。

 モスクワ南西部の劇場に近いことが一番便利なホテルは「サリュート」です。最近はいつもここです、劇場から近いことがとても大事です。
 ホテルの前は大通りが交差しているため車の騒音が24時間しています。うるさいです。が、音の伝わり方は、障害物があると遮られたり、反射したりと変化するということが、よ~~くわかるホテルです。
 今回の部屋は、建物のL字型の曲がっている部分に位置するので、音がかなり遮られるのです。決して静かではありませんが、うるささはあまり感じません。

 サリュートホテルは、2005年1月も8月も泊まりました。今回気が付いた大きな変化はエレベーターが新しくなっていたことと、シンボルマークが変わっていたこと、1回喫茶室がロビーから直接見えないように植木で目隠しができていたことと、前にも書きましたレストランの明るさです。


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 そんなサリュートホテルで迎える朝も、4日目です。バイキングの料理もまあ毎日同じようですが、それは平気です。さっさと済ませて、部屋でのんびりです。テレビの天気予報は「モスクワの気温は20度、晴れ」です。ハラショー。
 小さな旅ノートはこの「マーミンカ通信」ネタ帳ですが、忘れないようにと書くことが、たくさんあります。ロシア語の復習もしておかねばなりません。~~~~と、思いつつまた眠ってしまいました。


** 29 **俳優は、こころの仕事のひと

===5月6日晴天のモスクワ南西部 でお買い物====

 約束の時間より「渋滞で遅れちゃった」とシューラがやってきました。(妻の)ターニャもいっしょです。いまから行く、カリーナは彼らとはすっごく仲良し、「カリーナの家は、最近引越しをして広くなった。まだターニャは、そこへは行っていないのだよ」。ターニャはこの後もいっしょに「夏の夜の夢」のお芝居を見ます。子供たちはお留守番、もう大きいから「大丈夫だよ」。

 地下鉄ユーゴザーパドナヤ周辺のマーケットで、カリーナへのおみやげの買い物をします。ターニャは、車の中で待っていてもらって、シューラと私で、ケーキとお菓子と花を買います。

 歩きながらシューラが言いました。「昨日はお花をありがとう。昨日の芝居どうだった?」
 「うん、良かったよ」。
 「ダメだったでしょう。シャヘットが間違えた。彼は……。僕は気分が悪くなってしまった。でも、お花をもらってうれしくなったから、良かったよ」。

 ははあん、昨日終演後、ちょっと難しい顔をしていたのはそういうことだったのですね。
 「息が合う」のが舞台の上でとても大事なことです。俳優同士の息がぴったりあって、エネルギーが客席に飛んでくると、客席からもエネルギーを舞台に、俳優に送ることができます。そういう見えないもののやりとりこそ、生の舞台の醍醐味です。
 間違いは、きっといくつもいままでもあることでしょう。相手とかみ合わないとか、相手がトチルのも舞台の上ではよくあることでしょう。それを客席に感じさせずに、芝居を続けていくのがプロでしょう。
 
 シャヘットとのやりとりの間違いがわかる私ではありません。たぶん俳優同士だけがわかる間違いだったと、思っています。シューラは厳しい人だから、相手にも厳しいから。
 贈った1本の花で、気分が良くなり元気になってくれればうれしいことです。

 さて。
 「たくさんケーキの店はあるけれど、ここは一番美味しい」と評判のケーキ屋はお客がいっぱいです。たくさん並ぶケーキの中から、「カリーナが好きなものはこれだよ」と、選びました。

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 ケーキ屋の隣にある、チーズ屋では、チーズ巻きみたいなものが気になります。伸ばしたチーズ板にハーブやミンチ肉や果物などのいずれかを包み込んで、海苔巻きの太巻きみたいな1本のままか、あるいは切り分けて種類を混ぜてのパック売りにしています。シューラに「これ名前はなんというの?」と聞いたら、「食べたいの?これも買って行こう。3本ください」とお店に言う。
 「あれ?どうして?」
 「カリーナと僕んちと君もホテルで食べると良いよ」
 「だめです。ホテルではこんなにたくさんは食べられないから」
 「食べられないの?冷蔵庫に入れておけば良いよ」
 
 1本でも切り分けパックでも、とても量が多いですから、私がひとりで食べきる前に、固くなってまずくなってしまうことでしょう。 
 「あとでカリーナにひとつもらうから。カリーナとシューラとの2本買ってください」
 
 これ名前はなんというのだろうか?もう一度シューラに聞くと「はは、僕知らないの」。そうですか。名前は知らなくとも食べることができますものね。あとで、ターニャかカリーナに聞いてみよう。


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 次は花屋さんです。
 たくさん並ぶ花の中で、気に入ったのは、白いゆりの花です。いま、咲いている花とつぼみもあって豪華です。シューラは盛んに、「(紫の)アイリスもいっしょに入れると良い」と言いますが、私は赤いチューリップが気になって、花屋さんに「ゆりのここ(茎を指で指しながら)を切って、チューリップもいっしょに入れて」と言ったら、花屋さんが「ダメ、ゆりは長いままで。チューリップは短いからゆりと合わない」と言われちゃいました。
 シューラも「切ってはダメ。長くそのままが良い。アイリスも入れよう」とさかんに言っています。

 日本なら、ゆりの茎を切ってチューリップをアレンジしてくれるけれどもね……。と思っていると
 「日本の花はみんな、短く小さくしている。ロシアは長くそのままが良いの」と日本で花束をもらうことが多い来日経験豊富な俳優らしい、ご意見を言われました。
 そうです。日本はいけばな文化のある国です。小さくても豪華にできるのだから、とは、心で思っていても言いませんでした。「そうだね。ここはロシアだものね」。そして、長い茎のままでゆりを買い、アイリスはやめました。


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(カリーナが短くカットして花瓶へ)


 花屋さんで切って欲しかったのになぁと、ちょっとむっとしていた私です。私がむっとしていることを、気がついているシューラです。
 そんな私に、「君の好きなりんごジュースを買って行こうね」。まあ、なんとも上手に気分を変えさせてくれますこと。さすが、こころの仕事の人ですこと。りんごジュースの紙パック入りを買いました。これ美味しいのですよね。もう、にこにこです。

 カリーナが住む高層住宅街は、ユーゴザーパドナヤから車で15分くらいで到着しました。


2006年06月26日

** 30 **女優カリーナは、多才な人

== 5月6日午後、モスクワ南西部 カリーナの家にて===

 ユーゴザーパド劇場の人気女優、カリーナ ドイモントは、シューラの演劇大学同級生です。演劇大学では、スダコワ専任教授のもとで、朝から夜までの厳しい授業と課題・実習の大学生活。就職したユーゴザーパド劇場では、鬼才ベリャーコビッチ氏のもと、それは厳しく楽しい俳優生活を、ともにがんばっているふたりです。
 楽屋生活をともに過ごすことは、寝食をともにして裸の付き合いで、深い厚い友情で家族以上のつよい絆があることと思われます。
 「いつか君をカリーナの家に連れて行きたい」と、来日公演時に言ってくれたシューラです。その日が早く実現しました。

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 高層住宅の高層階の新しい住まいは、広いです。ロシアの人たちは、客に全部のお部屋を見せてくれます。「ここが寝室で、ここがママのお部屋で、ここがテレビのお部屋よ」と、おしゃれな小さな飾りがなにげに置いている部屋を見せてくれました。ピアノの先生をしているママは、「仕事で遠くへ行っている」とか。猫が「にゃぉ~」と迎えてくれました。

 「さあ、召し上がれ」とカリーナが用意してくれたお料理の数々。
 スープは、ボルシチ風味の具沢山スープです。豪華なスープです。「スメタナをたくさん入れてね」とカリーナ。最初の一口でその美味しさに飛び上がりました。

 「美味しい」
 「これはね、アファナシェフがレシピを教えてくれたのよ」。
 「彼は料理もプロですね」

 アファナシェフは、もうなんども「マーミンカ通信」にご登場いただいていますが、ユーゴザーパド劇場の大実力俳優、きめ細かい芝居で観客をうならせる俳優です。以前あるところで彼がギターを持って歌う場面に出会って、歌も上手い俳優と知りました。そして料理も天才か。

 彼からのレシピを忠実に再現して、「これはあの人が教えてくれた料理」と誇らしく、作って盛ってくれるカリーナも、天才料理人か。サラダ、メインのチキンのハーブ焼き、ミキサーを使ってフルーツジュースなど、どれも美味しくって、感激・満足・満腹です。

 女優 カリーナ ドイモントは、ユーゴザーパド劇場での人気女優です。出演作品も多くどれも主役か準主役です。

 彼女の芝居を初めて見たのは、2000年10月の来日公演時です。シューラは「検察官」で、私と出会いましたが、カリーナは「検察官」には出演していませんから、名古屋や京都では知りませんでした。東京へ「ロミオとジュリエット」を観たときに、可憐な少女のジュリエットを演じていたのがカリーナです。「まあ、なんと可愛い女優さん」。

 舞台が終わり、シューラを待つ間に楽屋近くで、間近にしてお会いしたとき、まあ、背が高い、まあ、小顔、まあ、きれいなお肌、まあ、足が長い……。と驚愕したのでした。女優オーラがピカピカでした。

 モスクワで日本で、彼らの芝居を観るといつも出演しているカリーナです。
 「夏の夜の夢」で、ふたりの男性から追っかけられる可愛い女の子を演じます。
 「巨匠とマルガリータ」で、悪魔集団の怪しい魔女。ほとんど裸での舞台出演で、芝居の途中には、男性観客が大喜びする一瞬もあり、シューラ(役はバレヌーハ)に噛みつく場面もありです。
 「ロミオとジュリエット」。可愛い幼いジュリエットが、ロミオに恋をして、大人の女性へと変化していくさまを演じています。名演技です。
 「かもめ」「ドラキュラ」「人形たち」「ハムレット」「宿屋の女主人」などたくさんに出演していますから、あるインタビューでは、「楽屋に住んでいるみたいです」とおっしゃっていました。その通りだと思います。

 彼女の新しい部屋には、彼女が描いたスケッチや写した風景写真や、上手に育てている植木鉢などがあります。ピアノも弾きますし、歌も歌いますね。ああ、女優とは多才な才能を持つ美しい人です。

 「学生時代のビデオを見せましょう」と、テレビ室へ移動して、彼らの大学時代の貴重な映像を見せてもらいました。シューラが、写っています!青年のシューラです。
 ビデオに写っている芝居は、子供のためのもののようです。カリーナがとっても可愛い少女の役。シューラはなにか、森の精みたいな役かな?他に幾人か俳優が出演しています。それを観ながら「○○だよ!」とカリーナとシューラで盛り上がり、私のことはかまわずに、彼らの世界で楽しみ笑っています。懐かしくその舞台を思い出しているようです。

 が、そろそろ劇場へ行く時間です。きょう、彼らは「夏の夜の夢」に出演、ぜったいに遅れてはなりません。ばたばたと用意して、俳優たちは車に乗り込み、ユーゴザーパド劇場へ向かいます。

 そうそう、あのチーズ巻きは、カリーナが名前を知っていました。
 сулугуни グルジアのチーズの食べかただそうです。ひとついただきましたが、うーむ、濃いです。1パックを買わずに正解、ひとり旅の旅人が買うものではないです。すぐに食べてしまわねばならないものです。 


2006年06月27日

37号 ロシア語単語をおぼるために

 えー、きょうはロシア語のお話しでございます。

 くま「おい、はっつぁん、ロシア語の勉強はどうだい?もうなんでもロシア語で話せるかい?」
 はち「くまさんや、そんな簡単なものじゃあないよ。長いこと日本語ばっかりのところで暮らしてたんだい。ロシア語は、むりやりに覚えて、脳みそにいれこまなきゃあなんないだよ」

 くま「ああ、そうだろうな。どうだい、ちょっとロシア語の勉強手伝ってやろうかい」
 はち「うれしいね。どうやるのだい?」
 くま「そうさな、単語をいくつ知っているか。まあ、長い間ロシア語勉強してりゃあ、いっぱい知っているだろうけれどさ。ちょうど、いまサッカーワールドカップやってるから、サッカー用語をロシア語で答えておくれよ」

 はち「サッカーは得意だよ。じゃあ、日本語言っておくれ」
 くま「ボールは?」
 はち「мяч・ミヤーチ」
 くま「名古屋弁みたいだな。じゃあ、ロスタイム?」
 はち「потерянное время ・ パチェーリンナエ ヴリェーミャ」
 くま「また名古屋弁みたいだなあ。次は、キック オフ?」

 はち「начальный удар・ ナチャーリヌィ ウダール」
 くま「前半は?」
 はち「первая половина игры ・ピェールバヤ パラヴィーナ イグルィ」
      …
      …

 おかみさん「おまえたち、なにやってんだあい?さっさと片付けておしまいよ。また、ロシア語の勉強かい?熱心だね。そうそう、さいきんいい本があるんだよ。ボーナスはずむからふたりともお買いよ」

 はち「おかみさん、ボーナスはずんでくれるんで、うれしいねえ」
 くま「おかみさん、なんて本ですか?ボーナスで買えますか?」

 おかみさん「なに言ってんだい。お前たちは、ロシア語の勉強を甘く見ちゃあいけないよ。使ってなきゃあすぐに忘れるし、忘れたら思い出せないよ。いつも忘れないように、忘れないようにとしておくこったよ。なんどもなんども繰り返しさ。そして単語だよ。見えるもの全部ロシア語単語で言えるようにおしよ。
 そうそう、いい本ってのはね、これだよ。お前たちのボーナスでちゃんと買えるよ」

 はち・くま「あのう、おかみさん。その本はボーナスで買います。おれたち、実は、研究社の辞書が欲しいですよ。あれこそボーナスで買おうと思ってたんで、あのう、もっとボーナス出してくれませんかねェ」

 おかみさん「そうさね、サンクトペテルブルクにトヨタの工場も出きるし、日産のゴーンさんもあそこ狙っているしねえ。うちも、そろそろやってみようかね。サンクトペテルブルクで、売るんだよ。そして大もうけしたら、ボーナスどんと出してやるから。おまえたち頼んだよ」

 はち・くま「がってんだ。おれたちロシア語しっかりやって売りまくりますぜ。で、なに売るんで、おかみさん」

 おかみさん「サンクトペテルブルクで売るものは、………だよ。ビールじゃないよ、発音気をつけなよ。大きな声で言っちゃあ、ライバルが聞いているからさ、ナイショダヨ。寿司つくるのにぜったい要るものだけれど、あっちじゃあ無いものだよね。そのうちにみんな家でも寿司つくりたくなるよ。そのときこれがあると便利だしさ、名所の地図や美人の顔でも描いてあったら、良いよねえ。
 まあ、そのうちブームになってさ、おおもうけで、わたしゃあ、ひだりうちわってもんさ」。

 お粗末でした~~。(しーーん)
 


2006年06月30日

** 31 ** ゴン&ひよさん、はじめまして

===5月6日 夕方モスクワ、ユーゴザーパド劇場開演前===

 女優カリーナの家から劇場まで、渋滞でちょっといらいらしていたのは、私だけで、運転手も同乗者たちも「こんなの当たり前よ」です。18時25分に劇場の前に到着して、ホッとしました。
 俳優たちはすぐに楽屋へ。
 ターニャには「きょうここで日本人に会うから」と告げてあるので彼女も劇場に入っていきました。

 そうです。きょう、私は、この「ろしあんぴろしき」を作って立ち上げて管理している、モスクワ住まいのgonza さんと ひよこさんにお会いして、一緒に「夏の夜の夢」を見ます。とても楽しみにしています。

 さあて、おふたりはどこかな?劇場の横の通りに日本人男性がおいででした。「あのう…」もうそれだけで、わかりました。「はじめまして、gonza さん!!」。
 劇場のドアを開けるとそこには、日本人女性が。「はじめまして、ひよこさん!!」。

 この「マーミンカ通信」は、gonza さんのデザインで、開設時には、おふたりにいろいろと細かいアドバイスメールをいただき、モスクワと名古屋でいくつかのやりとりをしました。なんとかオープンでき、今に至っているのはおふたりがあってこそです。
 当所は、「こんな難しいものを!どうしたらよいのかわからない!!もっと親切にしてよ」などのキツイメールを送りつけてしまったという、経緯もあります。
 そんなこんなで、おふたりにはどうしても謝って、感謝の気持ちをお伝えしなければなりません。モスクワでお会いしたかったのです。

 「ユーゴザーパド劇場は未踏の劇場」と言うおふたり。ならば「ぜひ、劇場で、『夏の夜の夢』をいっしょにみましょう」。シューラに切符の手配と終演後にお二人を紹介する約束をして、gonzaさん、ひよこさんと、こうして会うことができました。

 gonza さんは、私の小学校時代の担任近藤先生に似ている、と言ってもどなたもご存知ないでしょうが(笑)、優しい良い人オーラが発揮されています。ひよこさんは、優しく厳しく、実はとても優しい賢い美人です。
 空腹とおっしゃるgonzaさんのために、劇場地下喫茶室で軽食を急いで食べてから客席に着きました。

 彼らは舞台上手(かみて=右手)側の席で、私は下手(しもて=左手)側の席、ターニャは補助席に座ってます。きょうも満席で、シェークスピア作「夏の夜の夢」がはじまりです。


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