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2006年05月16日

** 2 ** ただいま!!!!

 2週間の旅を終えました。「ただいま、みなさま!」。

 なにも混乱はなく、すべてが順調、いや、うれしいハプニングは重なって、怖い思いや嫌な体験もいっさいありませんでした。
 モスクワでは、郊外の小さなダーチャへ行くことからはじまり毎晩観劇し、サンクトペテルブルクは街を歩き回り、フィンランド湾の海辺のダーチャが旅の最後の日の盛り上がりでした。
 春のはじまりのモスクワとサンクトペテルブルクの写真もたくさん写してきました。

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タンポポが満開

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      山は芽吹く寸前

 
このカテゴリーの題名は「ロシアの2都市、春を歩く」といたします。
 出会ったすべての人々に感謝いたします。
 


2006年05月17日

** 3 ** だいたいこんな行動でした

 5月2日(火)、関西国際空港からヘルシンキ経由、モスクワ夜到着。

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モスクワ南西部のいつものホテルへ。

 
  3日(水)、ホテルでのんびりしながら、夕方、ユーゴザーパド劇場へ。「検察官」を見る。
 
  4日(木)、俳優シューラと家族、仲間たちと

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               モスクワ郊外のダーチャへ。


  5日(金)、モスクワ、全展覧会センター(BDHX)へ行き、EXPOロシア館で活躍だったスタッフたちと再会する。その後ユーゴザーパド劇場へ、「巨匠とマルガリータ」観劇。


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   6日(土)、女優カリーナさん宅へ。その後「夏の夜の夢」観劇。
       この「ろしぴろ」主宰者gonzaさん、ひよこさんに会う。

   7日(日)、モスクワ市内歩き回る。夕方はいつもどおり観劇。「結婚」を観る。


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   8日(月)、午前、EXPOロシア館通訳だったオリガさんに会う。
       午後は、シューラ宅へ。頭痛にて早々に就寝する。

   9日(火)、早朝飛行機でサンクトペテルブルクへ移動。
        市内を歩き回り、戦勝記念日パレードなど見る。

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   10日(水)、博物館などをめぐる。
        夕方からマリインスキー劇場・白夜祭開幕日「ボリスゴドノフ」へ。


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   11日(木)、ロシア美術館などへ。市内を歩く。

   12日(金)、きょうはのんびりゆっくりと市内を歩き、再度ロシア美術館へも。夕食自炊する。


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   13日(土)、ワシリー島徒歩探索。

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            工事中の跳ね橋を通る。

   14日(日)、フィンランド湾近く、森の中のジーマのダーチャへ。

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   15日(月)、帰国は、サンクトペテルブルクからヘルシンキへ。夕方関空へ飛ぶ。

   16日(火)、関空へ早朝到着。無事帰宅。

 と、まあこんな具合でした。あっという間の2週間でした。夢のなかの2週間でした。


♪ 31号 ♪ シューラから日本のみなさまへ

 3月末の日本公演を元気に終えて、本拠地モスクワに戻りすぐに彼らは、ロシアのウラル地方の公演に出かけました。
 そして、5月はじめ、私とモスクワ南西部の小さな劇場で再会いたしました。

 俳優シューラから、「日本の公演は成功しました。みなさんありがとうございます。(日本公演の劇場)アートスフィア劇場はもうありませんが、違う劇場で、ぜひまたお会いいたしましょう。その日が近いことを願っています」と、メッセージをいただきました。

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(東京品川駅での俳優シューラ ゴルシュコフ)

 ユーゴザーパド劇場ファンが日本に多くいることを彼らはとても誇りに思っています。小さな劇場の玄関には、日本語の新聞やポスターなど、日本での彼らの活躍を伝えるものがそのまま貼られています。
 日本で世界で大いに活躍していく熱気あふれるユーゴザーパド劇場は、ことし開設30周年の記念の秋を迎えます。若い実力あふれる劇団員を多く迎えています。大演出家ベリャーコビチ氏は健康をすっかり回復して、元気に大活躍中です。
 きっとまた日本へ来てくれます。

 ※このカテゴリーはこれで終了させていただきます。


** 4 ** 早朝の名古屋から関空へ

 ==2006年5月2日==
 行ってきてから言うのもナンデスが、今回の旅は、何度も「止めようかな」と思っていたのです。どうしても行かねばならないわけではなかったから。
 どこかでだれかの言う「止めたら」とか「行ってはダメだ」とか「来てはダメ」という言葉が聞こえたそのときは、潔く旅をとりやめるつもりだったのです。
 が、どうしたわけかまったくそんな声も聞こえずに、ことはとんとん拍子に進み、トランクに物を詰め重いそれを引きずって、前日の腹痛さえも出発の朝は萎えていたから、早朝6時「行ってきます」といつも出かけるのと同じように、ドアを開けたのでした。

 新幹線で新大阪、関空特急「はるか」に乗り換えて、あっと言う間に関空へ着いてしまいました。もちろん途中ウトウトしていたわけで、1月の関空経験で、もう場所も熟知しているからあっという間の出来事と思えたのです。

 関空の出国手続き後の出発ロビーには、小荷物を載せるカートがありません!!これは困ったことです。もちろん、重いトランクなどはチェックインで機内用に預けますが、手荷物を持ってウロウロはつらい。私はリュックサックが重くっていやだった。その中には薄手コートとセーターが入っているのです。
 連休週間だからか混んでいる空港内。本屋で「数独(すうどく)」本をお土産に買って、さっさとフィンランド航空搭乗ゲートへ。
 飛行機内座席はいつものように「通路側」希望を申告しているので、あわてて機内に入る必要もありません。団体客の搭乗の混乱が終わってからゆっくりと機内へ。隣は女性2人連れのようです。

 さあ、これから10時間ほどでヘルシンキ。また3時間半ほど待ってモスクワへ。モスクワ到着は、現地時間2日午後9時30分、俳優シューラが私を迎えてくれる!!


2006年05月18日

** 5 ** 機内必需品・私の場合 

==5月2日 ・ フィンランド航空機内 ==

 飛行機は好き。平和に飛んでいるときは強くそう思う。揺れだすとイヤなもの。でも、落ちるときは落ちるわナと思う。けれど、ハイジャックされるのはイヤダ。飛行機が「ものすごく怖かった」という体験は、いまのところないのは幸いなことです。

 だいたい機内で10時間くらいを過ごすのは人それぞれやりかたがあって、たとえ親しい関係でもあまり邪魔をしてはいけないと思う。飛行機など数え切れないほど乗っている海外旅行専門添乗員の知人は、「もうどしようもない苦痛の時間」と言い、話しかけられても嫌だと言う。
 別の知人は海外生活もあり世界各地を旅する人、「貴重な勉強の時間。できるだけ行くところの知識を得ておく時間」と言い、ガイドブックを読み簡単な言葉も練習すると言う。

 私は、隣の席にたまたまご一緒する人とは「10時間ほどよろしくお願いいたします」と最初にあいさつはかわして、あとはあまり交流をしない。私はいつも眠いから。まあ、なんとなく話し出すことはあるけれども。
 降りるときには「気をつけて、いってらしゃい」と笑顔で別れれば、それで良いと思う。

 機内での必需品。①ガーゼマスク=乾燥やほこりから身を守ります②フワフワざぶとん=お尻に優しい衝撃吸収体ざぶとん③目薬=これも乾燥から目を守るために④スカーフかマフラー=首筋が妙に冷えることがあります⑤リップクリームやハンドクリーム=乾燥に弱いのです。

 フィンランド航空は、音楽イヤホンが壊れているような某ロシアで有名な航空会社とは違いますから、なかなか良い音で充実したプログラムの機内音楽設備があります。映画も日本映画上映や話題作も上映しているようです。機内映画は座席の場所によりますね。

 文庫本なども持って読み続けることも以前はありました……。
 いまは、とにかく眠いばかり。眠る工夫をなによりも整えてしまいます。

 が、今回はお隣の女性ふたりの会話が耳に入ってきてしまい、興味あるその話題に乗ってしまい、しばらく私たちは盛り上がったのでした。飛行機は一路ヘルシンキへ。


2006年05月19日

** 6 ** キシリトールはフィンランドから

==5月2日 フィンランド航空機内にて ==

 お隣とその隣の女性の会話が聞こえてきます。どうも専門職のおふたりのようです。
 「キシリートール」が会話の中から聞こえてきます。えっ??

 キシリトールは、日本では1997年に認可された甘味料です。くわしくはここなどを読んでください。
 その認可の前だから10年前か、日本へキシリトールを紹介している研究者とお会いしたことがあり、うむなに?キシリトール、と興味津々となりました。その後に、はじめて行ったロシア旅行の入り口がヘルシンキで、そこでガイドからまたキシリトールのことを教えてもらいました。「フィンランド語では、X の文字ではじまるキシリトールが、日本で認可されてうれしい」などと語っていました。

 「キシリトール」と聞けば、いつもはじめてのロシア旅行やヘルシンキの町を思う浮かべていました。ロッテがCMでフィンランドの景色を流したころは、やや興奮したものでした。

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    (ヘルシンキで販売のキシリトールガム缶は、やっぱりムーミン模様)

 そして、今回またヘルシンキへ向かう機内で聞こえる「キシリトール」に思わず、「あのう、キシリトールのご専門家でいらっしゃるのでしょうか?」と声をかけてしまいました。
 やはりそのとおりで、ヘルシンキへ研修に出かけるとのことでした。しばし、キシリトール談義です。とくに、私が彼女たちと話していて同意したのが、「唾液」のこと。「唾液」は年齢とともに少なくなり、食生活の乱れ、喫煙、服薬などで減少してしまう。となると口腔内殺菌ができず、歯周病、口内炎などが多くなると言う。
 「唾液の分泌を促すには、ガムそれも虫歯予防をしてくれるキシリトールガムを噛むこと」です。

 機内食の時間をはさんで、私たちはすっかり仲良くなりました。もっと話していけば、お互い近くに住んでいて、どうもお互い共通の知り合いがいる模様なのです。世の中セマイと思う。
 食事後にはしっかりとキシリトールガムを噛む私たち3人でした。

 「ところでなぜモスクワへ行かれるのですか?」と問われて、「ハイ、ちょっと芝居を見に行ってきます」。
おふたりはのけぞっていました。「芝居ですか…」。「ハイ、私は夢中でして、まあ追っかけです」。

 「ひゃあ~、そんな人がいるのですねえ」。

 ええ、ここにおります。


2006年05月20日

写真掲載 いたしました。

  お待たせいたしました!!
  新しいパソコンでの写真編集機能が出来るようになりました。簡単になってとてもうれしいです。

  下の方へいって旅の写真などぜひご覧になってきてください。では、これからもどうぞよろしく!!


2006年05月21日

** 7 ** ヘルシンキ空港の静かさ

==5月2日 フィンランド時間 16時ごろ ヘルシンキ空港着===

 だいたい定刻どおりに到着しました。ヘルシンキ国際空港は、乗り継ぎ待合室に入る前に手荷物などの検査場を通過します。かなり厳しいですが、職員の動きがきびきびして苦痛は感じません。
 出発ゲートナンバー30番以降で出発を待つ人は、免税店やレストランなども備えた待合室で待ちます。パスポートコントロールを出れば=一旦フィンランド入国のスタンプをパスポートにもらえば、もっと広い空港内出発ロビーに行けます。

 今回は、すぐにフィンランド入国をして、もっと広い出発ロビーの探索です。
 ここはとっても静かです。大勢の人が行きかうのにどうしてこんなに静かなのでしょう。
 インフォメーションカウンターが広くわかりやすいです。笑顔で対応してくれます。

 ただし、ユーロ国ですから通貨はユーロです。ドルなどで支払いをしてもユーロでおつりが戻ってきます。それに、値が高い。免税店でもなにもお買い得感は、私にはありません。美味しいビールだけを飲んで、ちょこっと小間物を買って、また、私の出発ゲートに戻ってきました。さあ、2時間ほどを静かで明るく広いこの待合室でのんびりしましょう。

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 写真の左側にあるのは、手荷物用小型カート、その奥には子供だけを乗せるためのベビーカー(?)。左上の出発案内電光掲示板は各所にあります。右手奥には案内カウンター、左手奥はレストラン。明るく静かな出発ゲート30番以降の待合室です。

 この静かさは、音を吸収する床材を使用しているのでしょう。靴音がしません。人の話し声も響きません。でも、なにか重要なことは確実に伝わるように思えます。静かさがこんな安らぐのかとうれしくなります。ふっと眠くなりました。


** 8 ** モスクワ到着そして

==5月2日 モスクワ時間21時40分ごろ===

 ヘルシンキ国際空港でモスクワ行きを待つ時間は、3時間ちょっと。長いような短いような時間でした。1月もここで長い時間待ったけれど、今回は外が明るいし、寒くもないからだろうか、ウツな気分での待ち時間ではありません。

 ヘルシンキ~モスクワの飛行時間は1時間45分ですが、あっと言う間にモスクワに到着してしまいました。機内ではロシア入国カードが、黙って配られるのでもらい損ねないように注意しておきます。もちろん到着してから空港パスポートコントロール付近カウンターにも、そのカードは黙っておいてありますが、機内で書いておいたほうが、安心です。暗い空港だから。カードが置いていない可能性もあるから。

 さて、モスクワの気温はいかに?私は、半そでTシャツに首にスカーフ、時々薄手コートを羽織って機内で過ごしていました。そんなに寒くなかったから。さあ、モスクワには夜到着なので、セーターを着るべきか。

 シューラに会うのだからお化粧は念入りにしたいところだけれど、明らかに寝ぼけた顔、それもむくんでカサカサ乾燥肌になっている。くちゃくちゃ、ぺったんこヘアーにもなって、ああどうしようもない。

 入国審査も荷物受取も、税関届けも必要がないので、すべてがスムーズに流れすぐに外へ出ることができました。

 いつもどおり「タクシーどうかね?」「おいらのタクシーに乗らないかい?」のおっちゃんたちをはねのけて、さてシューラはどこに???赤いリボンのピンクのカーネーションの花束を持って、待っていてくれました。

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 私の第一声は「冷たいジュースが飲みたい」です。緊張が解けて、急にのどの渇きを感じ、これから市内までの車の渋滞を思うとすぐに、出発とはなりません。

 冷たく美味しいオレンジジュースを飲み、彼にトランクなどの番をさせて、トイレへ行きすっきりして、「さあ、車に乗りましょう」。私はここでもマスクの着用です。

 モスクワシェレメチボ空港は、飛行機の止まっているすぐ脇、金網フェンス越し一段低くなった位置を人が歩く公道となっています。飛行機ジェットエンジンの排気ガスがまともに、歩く人の顔の位置にあたるのです。なんとオソロシャ。
 過去、モスクワ第一歩が、ひどい咳から始まるのはこの所為だったと気がついてから、マスクを着用しています。もちろん車の排気ガス対策のためにも。シューラは笑いながら「また、マスクだあ」と見ています。
 
 セーターを着て薄手コートは手に持って車に乗りこんで、シューラは「今日は暖かいよ。車も少ないよ」。

 と、いうことで、「モスクワ市内をドライブしよう」。日本時間深夜じゃあなくもう、3日の早朝の時間ですが、そんなことは考えちゃあだめ。車は快調に市内を走ります。
 車の中で、日本から持っていったVodafone 3G携帯電話をロシア設定に直したら、コースチャからのメールを受け取りました。「着いたら連絡ください」と。
 シューラが「本当にその電話、ロシアで使えるのか?(シューラの友人でもあり、私も知っているモスクワ在)マラト ダサエフに電話してみて」と言う。
 電話をかけると、マラトは仕事で台湾に行っていると言う。妻のマリヤさんは、「ぜひ、家に来てね。子供たちが待っているわ」と優しい声をかけてくださって、うれしい。
 電話は無事に通じます。

 車は市内を走り、シューラは通りや名所を説明してくれる。私が「すずめが丘に行きたい」と言ったら、「ダメ、まったく違うところを走っているんだ」。高くそびえ立つ建物はモスクワ大学ではなかったのかな?まあ、いいや。

 恐れていた渋滞はなくとても流れもよく、楽しいドライブを経て、モスクワ南西部のホテル・サリュートへ到着しました。もう、何度泊まっていることでしょうか。16階の部屋にトランクを入れて、さっさと身支度を一応整えて、1階の小レストランで遅い食事をしながら、旅の打ち合わせをシューラとしておかねばなりません。

 俳優は、舞台の上での自分と相手とのやりとりは、時間と位置と動き方をしっかり確認しますから、とても厳しいのです。旅の日程も話し合いながら、日付ごとに時間と場所などの計画を、ノートにしっかりと書いておきます。ノートの書き方まで指示があります。
 が、さすがに私はもう、エネルギーが切れました。「眠い!」
 「明日は、ゆっくりしていなさい。17時に迎えに来るからね」。

 それだけを聞いて、私は部屋に飛び込んでそのまま眠りました。


2006年05月23日

** 9 ** 何を着るべきか

==5月3日 モスクワサリュートホテル~ ==

 「暑~い」と目が覚めて、カーテンの隙間からの日差しと締め切った部屋の重い空気、遠くの車の音に、ああ、ホテルの部屋だったかと、気がつく。部屋の暖房はもう止まっているのですが、暑い。気温がかなり高くなっている模様です。
 ああ、9時か。朝食へ行かねば!せっかく朝食付きで泊まっているのですもの、ちゃんと朝食はいただかねばなりません。ささぁと簡単に身支度をして、1階のレストランへ。

 このホテル宿泊階へ入るには、エレベータホールの扉の前にいるガードマン氏に宿泊カードを見せなければなりません。そして、そのカードは、朝食許可書ともなっています。
 レストランでそれを示すと、「どこでもいいから座ってください」。
 
 このレストランは、以前は、各自に豪勢な朝食が配膳されていた。どうしてこんなに量が多いの?と疑問にもつような朝食だった。多くの客が残していたのですもの。いまは好きなものを好きなだけどうぞ、とバイキング形式で、食べるのが楽しくなりました。
 これでもかの朝食だったころは、わざと暗くした濃い青いブランドが重苦しいレストランだったが、いまはカーテンを替えて明るくなり、照明も明るくなって外の光を取り入れて、気持ちが良い。

 ハム・チーズ・各種サラダ・ヨーグルト・ミルク粥・かわいい小さなピロシキ・紅茶・オレンジジュースをのんびりといただきました。もちろんメニューはその他いろいろあります。

 昨日、ホテルの部屋に入ってすぐに、コースチャに電話をして、「4日に必ず会いましょう」と約束をしました。その後、シューラは妻のターニャに電話をして、「いつダーチャへ行けるのか」を妻と確認していました。どうも昨日は、朝から出ていてそのまま私を空港へ迎えに来たようで、「私が来た」ことでの彼らの行動計画相談がやっとまとまったようです。4日にコースチャに会うことは難しくなりそう…。
 そんなことを思い返しながら済ませた朝食です。

 そして、私はもう一度眠ります。今夜は芝居を見に行きます。観劇中に眠るわけにはいきません。だから、いま眠っておき絶好調状態で劇場へ行きたい。

 部屋に戻る途中、掃除係りの女性に「きょうは部屋の掃除は要らない」と告げて、ドアの鍵をしっかり閉めてカーテンも閉めて、ばたりとベッドへ。すぐに眠りにつきました。

  …
  …
  …
 
 どれくらい眠ったでしょうか。ますます外は日差しが強く、部屋は暑くなっています。
 テレビを見ながら、トランクの整理です。持ってきたおみやげを、これはモスクワで、これはサンクトペテルブルクでと、分けて。きょう、劇場の俳優たちへ持っていくおみやげを出して…。
 テレビでは、戦争ものドラマや兵隊たちのコメディ劇でしょうか、近づく5月9日の戦勝記念日を意識した番組ばかりのようです。その若い兵隊たちの生活をテーマにしたドラマを、横目で見ていたら、兵隊役のひとりがユーゴザーパド劇場の若い俳優デニスに、似ているように見え、「シューラに聞いてみよう」。
 お風呂にもゆっくり入って、お湯が熱くって満足、満足です。

 すぐに約束の17時になってしまいました。さて、何を着て行ったら良いのでしょうか?暑いのです。今回の荷物は、悩ましかった。寒いかしらとセーターやタイツ、手袋なども用意し、でも軽い薄手上着、ブラウスや半そでTシャツも忘れずに入れて。が、どうもいきなり、薄手ブラウスで出かけてもよさそうです。

 俳優は時間にもうるさいので、遅れたら怒られます。急いで1階へ降りていったらちょうどシューラも着いたところです。
 「どう、よく眠れたかい?」と、顔を覗き込まれたら、「その顔は良く眠った顔だ」。

 でも、私のカバンには、眠気防止の魔法シール「眠気トールパッチ」が入っているのです。だって、芝居の始まる時間は日本時間深夜0時からです。そして、芝居は「検察官」、これを見るためにきょう、わたしはここにいるのです。眠ってはいられません。


2006年05月24日

** 10 ** 俳優たちとの再会

==5月3日 モスクワの夕方 ==

 ホテルサリュートとユーゴザーパド劇場は、目と鼻の先の距離です。歩けば7分くらいでしょうか。劇場からホテルまでは、一方通行などあって遠回りになるのですが、ホテルから劇場まではすぐ、シューラの車は、ちょっと走っただけで劇場駐車場です。

 俳優たちのために日本から持っていったおみやげは、チョコレートやキャンデー類です。軽くって数のあるもの、です。自他共に認める、私はユーゴザーパド劇場の”なじみ客”で”シューラの客”です。なじみ客は、俳優たちに必ず差入れおみやげを持って行くことがマナーです。手ぶらで行くことは考えられません。
 旅の準備は、彼らへのおみやげはなににしようか?から、いつもはじまります。

 シューラに「日本からキャンデーとチョコレートを持ってきたけれど……」と言うと、「まあ、子供みたいだね。ロシア人民芸術家・アファナシェフに、キャンデー?」と、きついこと言われました。たしかに。

 劇場近くの食料品店で、俳優たちのお気に入りお菓子を買いましょう。それもできるだけ数を多くしなければなりません。シューラにおまかせです。

 Берлинское (ベルリンスコエ)とよぶお菓子を3箱などを買い求めました。

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(甘くって美味しい、ああ、いま食べたい)

    

 劇場の開場は18時30分ですが、シューラといっしょなので早く劇場に入ることができました。
 私は、チケットの手配をシューラに頼んでありますが、きっちりと定価で買い求めます。この小劇場には、俳優価格とか招待状は存在しないようです。だれかを特別扱いをしていては、120席ほどの小劇場は、運営できなくなります。
 
 チケット担当者の女性たちは、私のことを覚えていてくれて素敵な笑顔です。
 「以前はモスクワに住んでいて、いまは日本に住む日本人女性が、あなたたちに『よろしく』と言っておりました」と伝えると、「こちらこそ『よろしく』とお伝えください。またモスクワに来てくださいともね」。

 劇場地下の黒い暗い喫茶室へ行きます。まだ一般のお客は入っておりません。俳優たちが好き好きにいすに座り、お茶や食事、タバコにおしゃべりにと、いくつかのグループができています。

 ロシア人民芸術家 アファナシェフは、先の日本公演「マクベス」で圧倒する芝居を演じたすごい俳優。とても歌も上手い。シューラが尊敬する俳優でもあります。
 功労俳優 レウーシンは、この劇場で一番女性ファンの多い、モテモテ俳優です。日本で誕生日を迎え、私は甘いお菓子をプレゼントしました。

 タマーラは、この劇場で私が一番好きな女優です。とっても可愛い女優です。
 その夫、ワーニンもいくつもの役を簡単にこなしてしまう、偉大なる功労俳優です。

 ドーキンは、日本でちょっと声を痛めました。もう衣装を着けています。いつも笑顔で歓迎してくれます。
 ザトーヒンは、「マクベス」の魔女役のひとり。日本公演の楽屋で、ひとり稽古する姿を見てしまいました。鬼気迫るものでした。
 
 チュルバは、お茶を飲みながら、台本らしきものを読んでいます。
 あら、先ほどテレビドラマに出演しているのかと思ったデニスです。シューラは「デニスの仕事のことは知らないよ」と言っていました。と、シューラがデニスに聞いています。
 デニスの答えは「それは僕ではありません」。

 18時30分、窓口の女性が喫茶にやってきて大きな声をかけます。「客を入れます」とでも言ったのでしょう。俳優たちは楽屋に引き上げます。シューラは、「化粧の時間だ。あとで」。
 一瞬静かになった喫茶室がしばらくすると、再びにぎやかになります。

 お客さんが集まり始めました。もうすぐ「検察官」の開演です。


2006年05月25日

** 11 ** “役” へとなっていく時間

== 5月3日 モスクワの夕方 ===

 俳優シューラがいつどのように、きょう舞台で演じる役となっていくのかーーこの旅の途中で、私は彼に尋ねました。

 ロシアの劇場は、レパートリー制の日替わり公演です。
 

 たとえば、昨日こんな役を演じて、marid.jpg 「結婚」
  
 きょうはこの役で舞台に立ち samubitu.jpg 「自殺者」
 
 明日はこんなのを演じる
 zyazyauma.jpg 「じゃじゃ馬ならし」

 これが当たり前です。

 「シューラ、教えてください。あなたはいつ、どこで、きょうの役になるのですか?」

 ロシア功労俳優は答えます。
 「家ではダメ。演出家ベリャーコビッチも言うことだけれど、家はいろいろあるから、出来ない。劇場へ入り、鏡の前に座り化粧をしながら、きょうの役になるのです。台本に目を通したりするが、鏡の前の自分が変っていくことを見ることで、役になっていくのですよ」。

 そして、ひとつのロシア語単語を教えてくれました。
“ ГРИМ ” 英語でいうところのメーキャップの意味ですが、ロシア語では、俳優やアーチストが化粧をすることをこの単語で言い、シューラは演劇大学で、 ГРИМ 専門コースも習得して、どんな役でも化粧でつくることができると言いました。

 もちろん、鏡の前で化粧をしているだけで役になれるはずはなく、すさまじい稽古の積み重ねがあってこそです。そんなことはひとことも言わず、笑いながら、「最初は、こんな顔が鏡の前ではね、こんな顔に変化していくんだよ」と顔をいろいろ変化させ、この話しをしてくれました。

 きょうの役は「オーシップ」。私がはじめて見たロシア演劇、はじめて見た俳優シューラ、そして惚れ込んだ役がこの「オーシップ」です。いまごろ、鏡の前で、オーシップに変身していっているのだろうと、想像しながら、私は一番前中央の客席に着きました。まもなく開演です。


2006年05月27日

** 12 ** 「検察官」を観る Ⅰ

===5月3日 夕方 モスクワ ユーゴザーパド劇場にて ===

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  (シューラ演じる オーシップ )

 ゴーゴリー作「検察官」。ロシアではあまりにも有名な話しで、大小新旧プロアマなどのあらゆる劇場で公演される作品です。今夜もどこかの劇場で公演されていることでしょう。
 「だれでも知っている話しを、ほかと同じような芝居をしていたのではダメだ。新しいものをいつも作っていかなければいけない」とシューラは言ったことがあります。
 それがロシアの芝居です。「僕たちは『検察官』をこういう作品にしました」と、観客の評価を得るのです。観客は、幼いころから芝居をいくつもいくつも見てきた人々です。つまらなけばはっきりと、「なんだい、これはつまらん」と言います。良くできていれば「ブラボー」です。


 ユーゴザーパド劇場がつくった「検察官」は高い評価を得て、2000年秋、日本各地でも公演しました。そのときに私は出会ったのです。このすばらしい芝居はその後の私の人生を変えてくれたのです。
 もしも、あのときこの芝居と出会わなかったら、私は……、いいや、私はこの芝居と出会う運命だったと、いまも強く思っています。

 舞台の上のオーシップ役のシューラの指の先から “光 ” が出ているなどの感想を、友人のロシア人にロシア語訳をしてもらい、手紙にしてモスクワのシューラへ送ったのが、2000年10月のことです。
 彼はそれを読み「僕の指からの光を見た日本人」と私に強い印象を持ったと、いうことをこの3月の来日時、はじめて教えてくれました。

 きょうの舞台、配役がかわり女優のチュルバの演技は、緊張が観客に伝わってしまい少し残念です。先ほど喫茶室でひとり台本らしきものを読んでいたのは、こういうことだったのと、わかりました。

 シューラが、一層しなやかでやわらかな演技となっています。これを円熟と言うのでしょうか。ああ、私にはシューラのすべてが、最高に上手く見えてしまいます。


2006年05月28日

29号 映画「ククーシュカ」を観る

 ラップランドってどこか知っていますか?
 日本からはるばる遠い北の地はいま白夜の季節です。でも冬はそれはそれは厳しい寒さで、私たちの想像を絶するものでしょう。
 きょう観てきたロシア映画の画面では、色を抑えてラップランドの秋を映し出しています。

 良い映画を観ました。東京に続き名古屋での公開、そしてこれから各地へ。
 ぜひ出会えばご覧ください。

 「ククーシュカ」、最後の最後、ぐっと熱いものが押し寄せてきてしまいました。
 
 そして、エンドロールでみつけたのは、ナント この「マーミンカ通信」でおなじみ,ドミトリー バラノフの名前です。が、早く通り過ぎてしまうその中で、彼だ!との確信はいまひとつなのですが、ジーマ(ドミトリー)が、歴史民族風俗検証責任者として、この映画つくりにかかわっています。たぶん、ぜったいに。
 
 映画を観ながら、登場する女性が腰につけている白樺細工のカバンがとても印象に残りました。ああ、あれはジーマが私に教えてくれた白樺細工物だと、見入っていたのです。
 
この映画を教えてくださった読者T氏、ありがとうございます。


** 13 ** 「検察官」を観る Ⅱ

==5月3日 夕方から夜 ユーゴザーパド劇場にて ===


 お芝居の舞台は観客の想像力があって成り立ちます。目の前で演じられるのは、ウソの世界です。舞台の上で、役を演じる俳優が「ああ、昨日からなにも食べていないよ」とせりふを言っても、それはウソだとみんなが知っています。「馬の用意ができました」と言われても、それはウソだとみんながわかっています。でも、「あいつは偽者だったのか」とせりふが出たとき、客席のみなは「やっとわかったのかい?」と笑います。ウソなのにウソの世界に、入り込んでしまいました。観客はそれが楽しくってたまらないのです。遊びです。

 ウソとわかっているものにどうして、こんなに喜ぶのでしょうか?これが演劇が持つ、観客の「想像力」を引き出させて遊ばせてくれる、おおいなる魅力なのでしょう。
 
 想像させてくれない舞台、これほどつまらないものはありません。なぜ、観客に想像をさせることができない舞台が生まれるのでしょうか?
 せりふで説明されつくしたり、俳優が動きすぎたり、逆に動かなかったり、衣装も含めてあらゆるところが汚く醜くなっていたり、芝居が下手で見ているのが不安になったり……、こういう想像力が剥ぎ取られるような舞台は観客は楽しめません。もう2度と見たくないものになります。

 わたくし、この劇場の「検察官」は、日本で2回、モスクワできょうを入れて3回の計5回見ています。いつも発見があり、刺激があり、楽しくって、5回も見ても「もっと見たい」と思えます。
 私に、大いなる楽しい想像力を与えてくれるのです。

 「ああ、気持ちが良かった。素晴らしかった。俳優たち、ステキだったよ」と、終演時、観客は拍手を贈ります。「ブラボー」の声もかかります。
 俳優たちは達成感に満ち溢れ、きらきらと輝いています。「俳優やっていて良かった」と彼らのいままでのすべての苦労が、観客からの拍手喝采で報われます。

 大満足の観客の私、達成感にあふれる俳優のシューラ。私たちは、もう明かりを落とした劇場の前で、手を取り合って喜びました。「良かったよ~!最高だよ~」

 私はホテルまで歩いて帰りました。飛び跳ねるように歩いています。素晴らしいお芝居の世界で十分に遊べて、うれしくってたまりません。

 いいえ、お芝居だけでなく、こんなことを言ってくれました。
 「明日は、ダーチャへ行こう。きっと暖かい日だから、シャシーリク(屋外での肉の串焼き)とワインで楽しもうよ」。
 「何を着て行けば良いの?ダーチャははじめて行くから」。
 「黒い服を着ておいで、そして君はなにもしなくって良いからね」。
 化粧をすっかり落としても輝いているきれいな顔で、俳優は私に言いました。
 
 ねっ、飛び跳ねてしまいますよね。


2006年05月29日

30号 米原万里さん安らかに

 ロシア語通訳で作家としても大活躍の米原万里さんが亡くなられた。そのニュースを聞いたとき、体の力がすっ~と抜けてしまった。彼女の本を全読破し、いつか必ずお会いしたいと思っていたから。

 そして、奇縁なことに、先のロシアの旅に持っていった本のうちの一冊が「旅行者の朝食」文春文庫版で、旅先でのこの本の話題を、きょう(29日)ここへ書こうと思っていたのです。

 5月4日、俳優シューラの家族らと彼らのダーチャへ行く日、私はかばんの中に、「旅行者の朝食」本を入れていました。行きの飛行機の中でちょっと読んだだけで、まだほとんど未読なので、「なにもやらなくても良い」と言われたダーチャで、読んでみようと持っていったのです。

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 本の表紙絵がロシア人たちに話題になっていました。「日本の文字はたてに書く」と言うことも、話題になり、本の文字を指でたどりながら、シューラは「上から書くのか?」と聞いたので、「いいや、下から書くのさ」みたいに答えたら、ものすっごく驚いていたロシア人たち。
 「あははは、冗談だよ。上から書くのです」と、ダーチャの昼下がり、小さな本を囲んで笑いました。

 帰りの飛行機の中で、読みながら眠ってしまい、本を座席の下に落としたことに気づかず、もう少しのところでそのまま私は、降機してしまうところでした。本が、「ちゃんと持って帰りなさいよ」と呼んでくれたがごとく、拾い上げカバンに収めたのでした。

 米原万里さん、まだお若いのに残念でたまりません。
 あなたの書かれた、私たちへ教えて残してくださった書物を、心して読みます。
 どうぞ安らかにお眠りになってください。合掌。


** 14 ** まずは買い物 

 ===5月4日 モスクワ郊外へ ===

 朝、テレビのお天気番組は、「今日は暑くなります。モスクワでは21度になるでしょう」。
 えっ、21度。これは暑いくらい。でも要注意です。すでに何度もモスクワに来ていますから、この季節の暑さは本物ではなく、いち日の気温差が大きくあることを知っています。
 
 半そでTシャツを着て、薄手の長袖ブラウスとセーターもかばんに入れて用意しました。帽子とスカーフも。あとは、音楽CDと文庫本と少々の化粧道具とを入れて。

 約束の午前10時。1階に降りると、きょうは俳優ではなく、農耕おっちゃんスタイルのシューラがやってきました。

 車の後部座席には、妻のターニャともうすぐ3歳になるお嬢ちゃんポーリャがいて、シューラのママのリョーヴァさんは車を降りて私を待っていました。
 「おはようございます」のあいさつで再会を喜びました。ポーリャが可愛く笑っています。

 シューラは車の(日本車で言えば運転手席側)右前席のドアを開けて立っています。ならば私は左側へ行き思い切りドアをあけて、中へ座ろうとしてびっくりしました。ハンドルがあるから、です。

 シューラもターニャもママも大笑いしています。
 「きょうは君の運転か…」。
 「まあ日本と間違えてしまった…、おほほ」。
 あわててシューラが立っている右側に行き、本物の運転手はシューラです。

 「いまから、買い物へ行き、それからダーチャだよ」

 車は、朝のモスクワ南西部を走っています。そんなに渋滞はなく流れは順調です。車の中では質問攻めです。

 「日本は暑いか?」
 「日本は冬に雪が降ったか?」
 「名古屋は雪が降るか?」
 「桜は咲いているか?」
 「ホテルの朝食はなにがあるか?」

 私の拙いロシア語を彼らは聞いてくれます。時々シューラが運転しながら直して補足してくれます。

 超大型スーパー、アシャーンに到着です。

 「ダーチャに持っていくものを買う。長男の誕生日(5月7日)の用意を買う」と、シューラが書いたメモをターニャは手にして、超大型スーパーの中を買い物カートを押しながら、いろんなものを買っています。が、各人がそれぞれの買い物売り場へいってしまい、私はポーリャのお守りです。ポーリャと遊びながら彼女のロシア語を聞いていました。
 いっぱいあるいろんなものを、ポーリャは片っ端から「これはなに?」「これは靴」「これはなに?」「これは帽子」みたいに、彼女はひとりでしゃべって楽しんでいます。

  
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   (巨大スーパーへ押し寄せる人々)

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(ずらりと並んでいるケーキ)
 

 超大型スーパーは、いろんな品ぞろえ、ないものはない、です。
 客たちはみんなたっぷり買い物をします。
 シューラたちも驚く買い物です。

 車の後ろトランクに、いくつもの袋に入れたいっぱいの品を積んで、「ここから1時間でダーチャだよ」。
 気持ちの良いさわやかな晴天の休日です。

 シューラの家族はやっと休日がそろったようで、きょうは貴重な一日のようです。
 「やっと休日だから、4日はダーチャへ行きたい。君にダーチャを見せたい」と言い、申し訳なかったけれど、コースチャに会う日を変更してもらったのです。

 両脇に大小いろんなダーチャと農園が続く道路を走り、途中ダーチャ用品販売店で買い物をして、また走り、そしてぐるりと曲がったら、「ハイ、僕たちのダーチャです」。


2006年05月31日

** 15 ** ダーチャのシューラ

 ===5月4日 モスクワ南部の郊外 ===

 ダーチャはロシア語、「別荘」と訳されることが多いです。私たちの持つイメージの、別荘とはちょっと違うのでしょうか?あるいは同じようなものなのでしょうか?さてどんなところなのでしょう。
 いつか、ダーチャに行ってみたいと願っていました。願いはかない、今回の旅で、ふたつのダーチャ体験をしました。
 そのひとつ俳優シューラの小さなダーチャを写真を中心にして、ご紹介いたしましょう。

 

  俳優のダーチャです。演出、出演している「巨匠とマルガリータ」のポスターが、部屋の壁にあります。
               
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   ダーチャの外で、働くシューラ写真集です。

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    嬉々として働くシューラを見ることができて、楽しいダーチャの日でした。 
    次号では、このダーチャ周りの自然をお届けいたします。


** 16 ** ダーチャの周辺は

=== 5月4日 午後 モスクワ南部近郊のダーチャで ===

 ここは、田舎の小集落のはずれにある、ダーチャの集まりの一角です。
 
 シューラたち家族はことしはじめて、やっとダーチャに来ることができたと言いながら、外の塀の鍵、建物の鍵も開けるとき、とても緊張していました。ひと冬、それもとっても寒かった冬をルスにしているダーチャに、なにか変化があっては困りますから。
 最近は、ルスの間にだれかが住んでいたり、悪さをされていたり、ひどいときは、燃やされていたりもあるとか。ここへくる途中にも、火事で焼けてしまったダーチャを見てしまったのです。

 ドアの鍵を開けたら、窓際に水の塊があって彼らはちょっと騒いでいたけれど、だいたい無事なようです。さっそく女性たちは、建物の中の掃除です。敷物も外へ出して、床もごしごしと洗うように拭いています。ベッドもありますから、布団も干します。
 シューラは外回りの掃除や片付けです。木の枝や枯葉を処理したり、いすやテーブルを、これも洗うようにきれいにしています。お隣や管理者のところへあいさつに行っています。

 水道はお隣と共同で使っています。お隣は、もう何度も来ているようで、おじさんは畑を耕し、たぶんじゃがいもを植えつけていました。

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 お芝居にたとえるならば、5月のはじめは厳しい冬の舞台は完全に終わり、春の舞台がはじまっていますが、まだ音楽が聞こえてきただけ、これから俳優たちが優雅にはげしく演じることがわかっています。春のエネルギーが大爆発をする、寸前の季節です。

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  木の枝にぶら下げたブランコは、ポーリャのお気に入りです。 


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 ちょっとわかりにくい写真ですが、ネコヤナギがもうすっかり猫から葉っぱに変化したところです。
 ダーチャの庭に、イチゴ畑があり、梨の木、りんごの木があり、野菜類を植えるのでしょう、畑もあります。が、きょうはまだなにも手をつけていない彼らです。
  

 ダーチャの隣の丘を越えると、「魚釣りが楽しめる」と言っている池があります。

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  まだ、水は冷たそうですが、ここにも一気に春がやってきて、釣り人たちが群れるのはすぐのことでしょう。わたし、魚釣りが好きで、こういうところも大好きです。


** 17 ** ダーチャ的食生活

=== 5月4日 午後 モスクワ南部郊外 ダーチャの庭で ====


 とても気持ちのよい晴天の日です。半そでTシャツでいても寒くありません。

 掃除や片づけが終わったら、「さあ、お茶にしますよ」。
 ちょうど俳優仲間のミーシャとニーカがやってきました。ふたりは、さっそくお茶の席に座ります。

 大判うす型アルメニアパン (лаваш)に、きゅうりとトマトに各種ハーブ、彼らの好きなマヨネーズをたっぷり入れて、くるくると巻いて、紅茶といっしょにいただきます。

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 その後は、みんなでダーチャの外へ散歩に出かけます。のんびり木立の中を歩きながらおしゃべりを楽しみます。歩いているうちに暑くなってきました、気温が相当あがっているようです。

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 戻ってくると、メインのシャシリークです。シューラとミーシャが仕切ります。炭が燃えて面白うそうなので、炭を触ったら、シューラに 「Не надо !!! 」と怒られちゃいました。


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 私がどうもよくわかっていないのですが、味付け肉ですか、これ?

 これを串に刺して、熾って(おこって)いる炭の上に程よい距離を置いて、並べます。途中で、肉の入っていた容器の中の汁をかけます。

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 良いにおいがするので突然猫も参加してきました。

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 焼きあがると、串からはずします。ナイフを使い大皿にまず入れて、そこから各自に配膳します。これは女性がさわっても良いみたい。各自好きな食べ方でいいようです。マヨネーズの人、塩の人(わたし)、マヨネーズとケチャップの混ぜ合わせソース(ミーシャおすすめ)、ハーブをまぶして(これもわたし)など、好きなように食べます。
 ああ、ワインもね。もちろん運転手はダメです。シューラもミーシャもワインは飲まず、クワスとかりんごジュースを飲んでいました。つまり、女性人はワインを楽しみました。

 お肉が終わると、彼らの大好きな甘いケーキの時間です。たっぷりの紅茶とロールケーキやお菓子をいただきます。お湯をどこで沸かしているのかと思ったら、部屋の中にコンセントがあり、電気ポットを使っていました。

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 とても幸福な時間です。彼らのエネルギー源は、ダーチャだと、わかります。
 家族そろって、ときには親戚や友人たちを誘って、ときには友人たちダーチャのところへも行ったりして、こうしてのんびりとした時間を過ごして……。


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 シューラは私に言いました。「ぼくは他のところにダーチャの土地があるのだけれど、まだ建物が建てられない。次の機会には、ぜひ新しいダーチャへ連れて行くよ」。
 「私もダーチャが欲しい。買いたい。毎週飛行機で通うよ」と言ったら、「それは良い考えだ。もうホテルに泊まらなくても良いね」。と賛同を得ました。が、できるわけないじゃんか。


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  将来のユーゴザーパド劇場をしょってたつ、名優 シューラ(右)& ミーシャ です。


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