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2006年04月15日

64号 旅の最後に大イベント 2


 ここから読まれた方のために。

 私はモスクワとサンクトペテルブルクだけですが、ロシアへの観光訪問は、複数回を重ねています。最初はツアーで行きましたが、回数を重ねるごとに一人旅もできるようになりました。英語はできません。ロシア語は、ほんとに少しだけ相手がゆっくり言ってくれればわかるときもあります。
 いろんな宴、いや縁が重なり、モスクワにもサンクトペテルブルクでも、親しい友人たちのところへ、彼らに会いに行くことが旅の目的となってきています。
 2006年1月2~9日帰国まで、サンクトペテルブルクの旅を楽しみました。
 登場するジーマ・オレク・エレナ(またはレナ姐さん)は、ロシア国立民族学博物館で働く、ロシアの叡智の人々です。エレナからの紹介で、昨年の愛知万博にやってきたジーマとオレクと知り合い、おふたりとはとても楽しい日本の時間を過ごすことができました。
 冬のサンクトペテルブルクを歩き回り、彼らから熱く歓待されて私の旅もいよいよ帰国前日の夜です。ジーマの家にご招待をいただきました。
 彼の家は歴史的建造物で、彼のご家族はインテリぞろいで、大学関係者たちのサロンでもありました。1月7日はロシアのクリスマス、その集まりとあわせて「日本人がやってくる」とでも題したのでしょうか。おおぜいの人たちが、私を囲んでくださいました。そんな準備がされているとはまったく知らずの私は、服も化粧も髪もテキトーで、ジーマの家に行きました。
 が、日本のお抹茶と道具を持って、ジーマの妻ジェーニャにゆかたを着せて、そしてもうひとつ日本から運んだものをご披露することとなりました。
 
 ===1月7日 夜 外の気温は0℃前後。ジーマ宅にて ===

 大勢のお集まりのみなさんは、それぞれ席を代わっては交流をしてみえます。日本のお茶を飲み、ジェーニャのゆかた姿に拍手を贈りました。 
 さて、私はもうひとつ。日本から運んでどうしてもジーマやオレクにお見せしたかったものをいよいよご披露いたします。

 テーブルの上を少々片付けてスペースをつくり、昨日ジーマに預けてあった風呂敷包みを開けました。なにがはじまるかと、みなの視線が注がれます。

 すずりと墨に筆、下敷きに紙をたくさん。そうです、いまから書道の時間です。
 まず、墨を擦ります。これにみなさんさらに注目です。「私がやりたい」ときれいなピンクの服の女性が、墨を擦ります。「服が汚れる……」と心配ですが、彼女はすずりに、墨に集中です。

 墨ができ、白い半紙に何を書こうかな?漢字で「雪国」と書いてみました。次は「聖都」、そして「みなさんのお名前を書きます」。

 カタカナ縦書きで、「ミーシャ」「アンドレイ」「ターニャ」「デニス」「ユーリー」などなど。次々と「私の名前は○○よ」と彼らは言います。私は、半紙を折り、字数を数えて、字の配分を整えて=つまりいい加減ではいやなので、きっとりと=心をこめて書きます。何人書いたことでしょう。「子どもの名も書いて」のリクエストもありましたね。

 みな大喜びです。そして、ジーマからは「日本語のアルファベットを書いてほしい」と。
 「いろは」としようか、でもわかりやすい「あいうえお」をひらかなで書いてみました。

 これはけっこう時間もかかり、私もかなりヘロヘロとなりました。が、日本を知っていただく良い機会ができたものと、「持ってきて良かったなあ」と、トランクの重みも報われました。

 私はこのとき、ロシアの『紙』はどのようにできてきたのか?をジーマに聞いてみました。と、お集まりのなかに専門家がいらしたのでした。


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