2006年02月21日
☆ 19号 ☆大黒屋光太夫 の出身地へ
冬の終わりが近づいてきた日曜日、大黒屋光太夫記念館を訪ねました。
名古屋から、近鉄電車急行に乗って40分ほどの伊勢若松駅で降りると、駅前には光太夫さんのブロンズ像があります。この光太夫さん、帽子が……。当時の日本には帽子文化は入っていないし、ロシアの帽子文化は、このデザインではないし。まるで、光太夫さんは南の島から戻ってきたみたい。が、私の第一印象でした。
近くの緑芳寺には、光太夫さんがロシアでエカテリーナⅡからいただいたという当時のカペイカ貨幣を模したメダル(?)とロシア文字の書き物。寺の宝として大事にされているのがわかります。
次は、2005年11月13日オープンしたばかりの「大黒屋光太夫記念館」へ。光太夫さんが、ロシアから戻ってきて「江戸で幽閉生活」ではなく、「かなり自由」にしていたのはないかと、最近は言われているそうです。
地元には、いくつか光太夫さんの書やロシアみやげが個人の所有などで散逸しているとか。地元が持っている資料などを、近くの小学校で15年ほど管理していたそうですが、それも困難となり、光太夫さんを愛する地元の人々の熱い情熱で、昨年やっと記念館開館にこぎつけました。今後この記念館が、貴重な資料の収集と管理をして、この大事なものを未来へ残していく決意のあらわれです。
地元では、いままでもこれからも光太夫さんは、愛されているのです。
記念館の新春企画展は「光太夫がかいたロシアの文字」です。光太夫さんが、62歳に書いた「福寿」は ФУКЖЗЮ と書かれているようです。1812年当時のキリル文字のデザイン文字ですが、なかなか美しいです。
光太夫さんが72歳で書いた 「イロハ48文字と洋数字」のキリル文字が、これも美しいです。
その後、近くの魚料理店で昼食をして、造り酒屋さんへ。ここで「大黒屋光太夫」と名のついた、米焼酎を買いました。中味よりもそのボトルデザインが、駅前でみた光太夫さんのブロンズ像と同じでとてもおもしろい。「今度、サンクトペテルブルクのクンストカーメラに持って行こう」と決めたのでした。
光太夫さんはじめ17人の船乗り仲間は、米や木綿を積んで江戸へ出帆したのは、1783年12月13日。三重県東側の唯一の紀州藩地・白子の港。その港には、光太夫さんの記念モニュメントが海を見て静かに建っています。10個の石積みは、光太夫さんの波乱の10年間を表したものとか。
こうして巡ってきて、1月にSt.Peter.で、大黒屋光太夫の縁あるものと出会っている私は、光太夫さんとご縁ができているとずっと思っていました。
はるか遠いサンクトペテルブルクでは、光太夫さんはきっと精力的にロシアとロシア語を勉強したのだと思います。あそこは知的な向学心の街だから。そして、できる限りに「日本」を彼の地の人々に伝え、それはきっと評判となったことでしょう。インテリたちが次々と光太夫さんから日本を学んだと思います。 なによりも光太夫さんは、とても大事にされていたことでしょう。ロシアの人々はお客様が大好きな優しい人々だから。
エカテリーナⅡに謁見したとき、光太夫さんは、彼女の手の甲にキッスをしたと言う。10年もロシアにいれば身につけなければならないマナーですから、驚くことでもないけれども。
光太夫さん日本に戻り、老いてもときに、猛烈にロシアが、サンクトペテルブルクが懐かしくなった時もあったことでしょう。ちょっと違うけれど、いま私が彼の地が懐かしいのと同じかな?
サンクトペテルブルクのインテリ、サーシャ、ジーマ、エレーナやオレクたちを三重県伊勢若松に、連れてきたいですね。 (万博の時には、まだ博物館はオープンしていませんでした。)
お世話になった地元のみなさま、貴重な日曜日にご親切をありがとうございます。
ごいっしょいたしましたみなさま、お世話になりました。
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こんばんは。
充実した訪問でよかったですね。
緑芳寺のロシアゆかりの品は、山下恒夫「大黒屋光太夫史料集 第四巻」(日本評論社)によると、1ルーブル銀貨(1768年製造)とイワン・レプニン(サンクト・ペテルブルクのレプニン公爵の息子、書いた1791年当時14歳)の箴言です。同書にある訳文(中村喜和訳)を一部引用すると”賢者の語るところを聞き流さず、彼らの言葉どおりに振る舞え。(後略)”とのことです。
これらのロシアゆかりの品について詳しくは、同書の31~34頁、690~697頁をご参照ください。
こんにちは。
緑芳寺の寺宝の光太夫さんゆかりの品については、お寺のご住職さまの懇切丁寧な説明がございました。その後、光太夫顕彰会でご活躍の地元の人々からの説明もありました。
にも関わらず、すみません。私があまり記録と記憶がなくて、ゆかりの品の正しい説明を書くことができませんでした。
ツボレフさまご紹介の本=「大黒屋光太夫資料集」は、購入するとかの余裕はないのです。図書館もほとんど行かない生活ですから。が、どこかで出会うとうれしいです。
また、光太夫さん記念館には行きたいですから、次はしっかり説明を聞いてきます。
いつもありがとうございます。