2006年01月19日
22号 厚かましく生きています。
※写真を過去分、入れました、下の方へも見に行ってやってください。
===1月3日 夕方===
列に並んでいると、ナント「本日は16時に終了します」と連絡が入った模様です。レナ姐さん、さっそく窓口へなんらかの抗議のようです。私は、外で待っているだけ。
暗いです。もう日が暮れようとしていますが、暗さが日本の夕方とは違います。
夏は白夜のサンクトペテルブルク。23時くらいまで明るく、空気の中に繊細なレース網が織り込まれていると感じた私の白夜体験。それはとても美しいものです。
冬はまったく反対に、暗くって……。
目的の展覧会は、レナ姐さんの奮闘にも関わらず、きょうは「ムリ」とのことで、あきらめました。要塞内をぶらぶらして、入ることができる建物などに入ってみます。以前ここへ来た時は、まだまだ荒れており、あちこち改修工事も行われており、決して「きれい」とは思えなかった。とりわけトイレ。「2度と、入らない・入ることができない」トイレでした。が、今回は、驚いた!!有料ですが、広くって明るくってきれいで、紙も備わっているのです。

(そのトイレ内に貼ってありました。トイレは ↑こうして使いましょうネ!)
さて、レナは、「日本人男性に早く会いましょう」と、うれしそうに、また電話をしています。02年冬に、サンクトペテルブルクに当時留学していた日本人男性(N氏)と、はじめて私は会いました。レナもいっしょに会ったのです。その時も、会うべき彼との約束の場所などは、レナと彼とが連絡を取り合っていました。N氏とレナはその後友情を育てあって、レナはN氏の面倒をしっかり見たそうであります。
今回もレナは「St.Peter.で日本人同士がはじめて会うのはとてもおもしろいではありませんか!」とうれしそうです。
地下鉄駅入り口で、T氏と会うことができました。レナは彼にあいさつをして、再会を約束して、キーチャ君を連れて帰宅しました。
T氏と私は、近くの軽食堂に入りました。私は、財布に、ルーブルがありません。朝からずっと「両替・両替」と言っていたのに、とうとう夕方になってしまいました。昼食があの肉のゼリー寄せだったので、ほとんど食べていません。空腹でした。
だから、はじめてお会いした SP walkar =T さんに、たくさん食べさせていただきました。そして、私のロシア体験を、しゃべりまくりました。「話があちこちへいくけれど、付いてきてくださいね」。
おまけに、私のホテルまで送っていただきました。ありがとうございます。
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