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2005年11月03日

27号 万博の人々 エピソード 5

 今回のご紹介は、ロシア館モスクワ市担当のユーリャです。

 いっしょに、伊勢市・奈良市・岐阜の鵜飼など楽しみました。

 ロシア館出口にあった、写真撮影人気スポットモスクワ市コーナーの担当者でしたから、お会いになった方も多いと思います。聡明さと行動力が溢れ、いつも勉強をしているユーリャです。

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 ユーリャ スミルノワ さん。本職は、モスクワ全展覧会センター企画担当です。

 「幼い子どもを連れた人、車椅子の人などが、とても多く見学に来るこの愛知万博のことは、モスクワに持って帰っておおいに研究したい」。
 「トイレの数や清潔さなど、とても驚きます。モスクワでも役立てたいことです」。
 「たくさんの人が黙って長く並ぶことは、モスクワではできないでしょう」とも。

 奈良へ行ったとき、鹿に紙の端っこを食べさせ、不思議な形になった紙を「ステキな記念です」とうれしそうにしていました。いまごろ、その紙を取り出しては、日本のことを思い出しているかしら?そんなヒマもないほど、多忙な毎日かもしれません。仕事のできる人のところに仕事は集まるから、ユーリャはモスクワでもとても忙しい人でしょう。
 もちろん、またモスクワでお会いしたいです。


28号 万博の人々 エピソード 6 

 今度モスクワへ行くとき、もしこの人に声をかけずに黙っていたら怒られます。

 通訳として広報担当として大活躍だったオリガさんは、閉会してすぐ帰国前日、私に電話をしてきました。
 「もう、帰ります。今度はいつモスクワへ来ますか?いつでもモスクワに来る前に必ず連絡してください。もし黙っていたら、私は怒りますから」。

 その一言で、「もう万博は終わった」と実感してポロリと涙した私でした。


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  オリガ コピエーバさん。{カテゴリー「ロシア館と周辺勝手に通信」 27号にも登場いただきました) 
 日本へ来て、歯痛に苦しみ、「モスクワへ帰りたい」。
 ご家族が夏の休暇に日本へやってきて万博などを見学して、帰られたら、「ああ、モスクワに帰りたい」。
 でも、万博閉幕寸前には、「まだ帰りたくないです。もっと名古屋に居たいです。とっても親切な人ばかりです。ああ、帰りたくない」。

 モスクワNHKの通訳として大活躍です。NHKのモスクワからの放送(ニュースやドキュメンタリーなど)には、オリガさんの仕事ありです。注目しています。
 
 そして、もちろん怒られたくありませんので、モスクワへ行くときは、連絡します!!


【 63号 】 モスクワの北の町へ

~~8月9日 午後 モスクワやや風強し ~~~~

 午前中、買い物や荷物つくりやいろいろしていたら、あっと言う間に約束の時間が来てしまいました。12時、荷物を全部持って、部屋に忘れ物がないように点検してチェックアウトです。
 
 シューラは、ちょっと遅れて来ました。
 「仕事が遅くなっちゃった。水を持っていないか?」
 なんでも、「声」の仕事で、マイクの前にいたとか。「たくさんの読み物を読んだから、水が飲みたい」。
マイクの前の仕事はどんなものなのかは知りません。私が持っていたペットボトル水を一気飲みしました。
 
 以前彼は私に、「アッラ プガチョワ 愛の歌シリーズ・シューラ制作オリジナルテープ」を作ってくれたことがあります。世界にひとつの音楽テープです。俳優が語るプガチョワの歌への思いと歌が交互に入っている優れもの。
 その後、「俳優が読むロシア童話」のテープ制作をお願いしてあるのですが、まだ作られていません。
「ちょっと忙しいから」と言われて、私もそのままにしてあるのですが、いつか必ず吹き込んでもらいましょう。
 
 車に荷物を積んで、きゅうりやトマト、ネクタリンを渡すと「だれにもらったの?」「ひとりで買いに行ってきた」と言えば、「ひとりで!?」と、続けてなにか言ったがわからない。きっと「高いところで高いものを買った」と思っている、とわかる。まあいいじゃあないの。

 乗り込んだ車の助手席には、、「読んできた」という台本がバサッと置いてある。「これを全部読んだ」らしい。「難しいものなんだ」そうだ。

 風が少し強くなってきたモスクワの南の町から、クレムリンがある中央を通って、北の町にある「ロシア全展覧会センター(Всероссийский Выставочный Центр)へ。さて、なにがあるところでしょうか。
 マンモス展示場があり、それについてはロシア館スタッフが勧めてくれたので行ってみたいが、あとはさて?

 万博ロシア館の展示に「モスクワ市コーナー」があり、ВВЦから担当者がいく人かスタッフとして来日している。が、ВВЦについてはまったく知らない。何回もモスクワに来ているが、いつも南部の方をウロウロしているので、北の方は初めて。

 シューラの車は走る、走る。クレムリンが見えてきたら「よく見なさい。もう今回は見えないからね」。
今回もクレムリンには、ゆっくり行けなかったなあと思う。また今度です。
 火事で燃えてしまった「中央展示ホール」は再建されて新しくなり、町のシンボルとなるようです。
 「劇場前広場」をとおりながら「ボリショイ劇場」も改築工事がはじまり、テントがかけられています。
 「ツム百貨店」はテレビCMで「新しくなりましたよ。お買い物はツムで買いましょう」みたいにやってましたね。05年1月来た時にここへ寄って、あまりにも高いものばかりでビックリしたのすが、もっと高級品志向になっているのでしょうか。
 「ここKGBだって知っているよね」とシューラ。右手側にはごっついビルの旧KGB。急に車が混んできて、割り込んできたので危ない。こわい。

 04年1月シューラが出演したマヤコフスキー第2劇場の近く、地下鉄「スーハレスカヤ」のマクドナルドが見えてきた。「このマクドナルド来たよねえ」。「ああ、覚えているよ。熊の時だね」。
 そうです、熊の役のシューラだった。子どもたちのための年末年始サンタクロースと雪娘のお話し。おもしろかった。

 平和大通りに来ると、オスタンキノテレビ塔が見えます。南の方とはまったく違う景色です。モノレールがあり、もうВВЦですって。

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 どこをどう走ってたのかよくわからないが、車はすっごく大きい門の近くに止り、「さあ、マルレンを捜してください。僕は会ったことがないからね」。

 あまりにも大きい門です。見上げてクラクラしてしまいます。人もいろんな方向からたくさん歩いています。「この門で待ち合わせ。彼は青いシャツを着ているって言っていたよ」。


【 64号 】 吉報!合格おめでとう


 ロシアの夏の旅の間、私の面倒をみてくれた俳優が、とってもすごいことをやってくれましたので、お知らせいたします。

 11月3日、モスクワに住む俳優、アレクサンドル ゴルシュコフ(愛称・シューラ)は、国立演劇大学演出学課の最終の試験や面接実技などに合格しました。

 おめでとう!!
 
 毎晩舞台にふつうに出演して、といことはその稽古にも追われます。
 そのあいまに、映画とかナレターとかもちょっとだけやります。
 他の劇場にも出演します。自分の劇団をつくり、芝居を創作しています。
  ===そんな過密なスケジュールの中でも、かって卒業した演劇大学の別の課に昨年再入学しました。
 「演出家を目指すために」と。
 
 偉大なる俳優シューラです。
 夢の実現にむけて大奮闘しましたね。

 もう一度、おめでとう。

 また彼のお芝居見たいなあ。
 もし、ユーゴザーパド劇場へ行く機会に恵まれている方。
 ぜひ、「巨匠とマルガリータ」、「検察官」、「結婚」、「ロミオとジュリエット」など ご覧ください。シューラの熱演がご覧いただけます。私もすぐにでも観劇の感激に合いに行きたいです。


2005年11月05日

【 65号 】 マルレンさんとの再会

~~~~~ 8月9日 旅の最後の日 モスクワ全ロシア展覧会センターにて~~~

 「シューラ、ここはいったいどんなところ?ディズニーランド?」と聞けば、笑いながら、「ディズニーランドではないよ。ロシア、モスクワさ…」。「ふ~~ん」。

 巨大な門の周りにというか、そこまでも距離があるから近所といえるところには、新しい雰囲気の店がいくつか並び、花壇も宣伝塔も噴水もあり、人はいろんな方向にゆっくり歩いている。日本の小さなスケールで計ることができないほど、私には大きい会場と見えます。だって、いま、門の下にいても、門の柱1本も巨大で、柱の向こう側にだれかがいてもさっぱり見えませんから。


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(写真はВВЦのHPから借用しました。あまりに大きく私には写せませんでした)


 「マルレンさんはどこかなあ??」。

 シューラも、捜しています。彼は青いシャツの人を捜しているのでしょうが、私はマルレンさんを捜しているのです。

 万博ロシア館のモスクワ市担当。全ロシア展覧会センターの重要役職に就いています。マルレンとは、マスクス+レーニンからいただいたお名前とか、ソ連時代に生まれ育った人です。
 ロシア館には、開幕前から赴任して、6月17日のロシアナショナルデーを終えて帰国されました。その前に「僕の後任は、ユーリャだからよろしくね」とステキなユーリャさんを紹介してくれました。
 
 私がこのモスクワの旅に出るとき、ロシア館通訳のコースチャには、俳優シューラの家の電話番号を教えておきました。コースチャのお姉さんに会うために。
 私が旅に出発してから、コースチャ経由でユーリャさんがマルレンさんに連絡をしたようです。
 だからマルレンさんからシューラへ電話があり、「ぜひ、連れていっしょに展覧会センターへ来るように」とのことで、きょうが実現したのです。

 と、柱の角に、「アッ、マルレンさ~~ん」。熱い抱擁です。うれしくって涙がでました。

 青い縞のシャツを着て、最高の笑顔で迎えてくださいました。すぐにお隣りに寄り添う奥様をご紹介してくださって、私は、彼が日本で「妻のためにおみやげは真珠のネクッレスを買いたい」と言ってみえたことが頭に浮かんでいました。

 「さあ、僕の車に乗ってレストランへ行こう」。

 展覧会センター内は許されている車だけが走ることができるようです。そして、彼の車は、ニッサン車。シューラはそれを見て興奮していた。「あこがれの日本車だよ」。しばらく、日本車についてマルレンさんとシューラは話しています。

 すぐにレストランに着くと思ったのに、けっこう長く走っている。私にはまたまた驚きです。愛知万博の会場か東京ディズニーランドか、そんな広さのイメージを持っていたので、広いと言ってもそれほどではないだろう。が、それは小さい島国に住む私のイメージだけでした。

 広いのです。むちゃくちゃ広いのです。もう、あんぐりと驚いている私です。


29号 万博の人々7 インタビュー

 きょう、ご紹介します女性は、大のマトリョーシカファン。ここではマトちゃん(以前はKさん)とよびましょう。

 名古屋近郊の町に住み、主にウイークディの昼間に万博へ、ロシア館へ通い、全期間入場券を使った回数は何回か、つまり何回万博へ行ったのか「覚えていない。20回は行っていると思う」と言うマトちゃんに、万博が終わったある日お会いしました。

   ☆マトリョーシカとの出会いは?
=大阪万博のとき、もちろん私は小さい時ですよ。おばが「ソ連館のおみやげ」と買ってきてくれたのが、マトリョーシカでした。その可愛いいこと、きれいなことが、とっても印象に残っています。その後、いつもマトリョーシカが気になっていました。

   ☆この愛知万博ロシア館にもたくさんマトリョーシカはありました。
=もう、開幕を待っていました。はじめて万博へロシア館へ行った日は、4月10日でした。まだ観客が少なく空いていました。おみやげコーナーには、たくさんマトリョーシカが並んでいたのがうれしくって、長い時間ロシア館にいました。ずっとマトリョーシカを見ていました。

   ☆もちろん買ったのでしょう?
=ええ、もちろんです。全部買いたいと思ったほどです。が、それはできない(笑)。5ピースのきれいな衣装で美人のお顔で、後姿もきれいなマトリョーシカを買いました。お気に入りのものになっています。

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(万博でロシア館で買った後姿に天使がきれいなマトリョーシカ)

   ☆わたしとはじめてお会いしたのが、ロシアナショナルデーの時でした。
=ロシア民謡をはじめロシア音楽・バレエなど大好きですから、ナショナルデーはとても楽しみにしていましたし、EXPOドームで楽しめて最高のひと時でした。
 あのあともマトリョーシカに会いにロシア館へ行きました。万博へ行った時は、いつもマトリョーシカに会いに行く時でした。

   ☆ロシアへは、行ったことはあるのですか?
=まだです。でもきっと行きます。

   ☆ロシア語は、どのように勉強しているのですか?
=ラジオやテレビロシア語講座とか、独学です。昼間教えてくれる先生はいませんか?いま、ロシア語も勉強したいです。

   ☆ロシアに行ったら、マトリョーシカを買い占めるのですか?
=そうしましょうか(笑)。以前は、「買いたい」「手にしたい」という要求でしたが、最近は、万博後ですが、「見てみたい」に変ってきました。
 だから、いまは、本場のマトリョーシカのいろんなものを見てみたい。高級品も古典物も大きいものも小さい物も、どんなものでも見てみたいです。
 もちろん、行けば買うでしょうね。きっと。

  ☆ご自慢のマトリョーシカは?
=私は野球も大好きです。野球を語らせたら一晩でも二晩でも話します。マトリョーシカでもそうですが。その大好きなものをふたつをあわせて、日本に住むロシア人女性につくってもらったものがあります。制作をお願いした彼女は野球をまったく知らないから、野球のことをいろんな工夫で伝えて、作ってもらいました。世界でたったひとつの「私のためのマトリョーシカ」です。

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再掲ですが、これがご自慢のマトリョーシカです。

  ☆ロシア館とマトリョーシカ、なにかおもしろい話しはありませんか?
=おみやげコーナーで、「アッ、これ、ナント言う名前だったかしら?」と、仲間同士でお話ししている人たちに「マトリョーシカと言いますよ」と、何度も教えました。
 おみやげコーナーには、「マトリョーシカ」という看板があまり目立たなかったです。
 それと、万博後半は、けっこうお値段が高くなっていましたよ。最初から見続けている私の目には、それははっきりとわかります。

 ☆万博での出会いはマトリョーシカのほかには?
=もちろん、万博ロシア館の人たちにはとても親切にしていただきました。拙いロシア語であいさつすると笑顔を返してくださったマンモス担当のアリョーシャさん。ナショナルデー以降お世話になったコースチャさん。そして、すっかりお友だちとなったオリガさん。もちろんいっしょに写真を写した人、バイカル湖や鉱石類の展示説明をしてくださった方たちなど、どなたも親切で、忘れられません。
 ロシア館だけでなく、アフリカ共同館内で知り合ったケニア国の若い女性とはメル友です。英語でやりとりしています。
 
 ☆☆☆ ありがとうございます。マトちゃん。
 こんなにマトリョーシカが大好きさんにお会いしたのははじめてです。それにマトリョーシカからロシアに興味を持って、ロシア語やロシアの旅へも夢を持っている人がいるのは、うれしい限りです。これからもお友達でいましょうね。


2005年11月06日

【 66号 】 全展覧会センターとは?

 ~~~~8月9日午後 風が強くなってきたモスクワで~~~

 ロシア全展覧会センターの地図です。ロシア語ですが、広さとか建物の配置とかがわかります。
 いったいどんなところなのでしょうか?
 おなじみ「地球の歩き方」誌によりますと、
 “ ソ連時代は「ソ連経済発展展覧会場 ВДНХ」と呼ばれ、社会主義の宣伝に使われた。”
 そうです。

 愛・地球博ロシア館が配布していました、モスクワ市宣伝パンフレットによりますと、
 “1939年に開設されて、(略)敷地面積は238ヘクタールで大規模な展示館、公園、池、噴水、果樹園、農業実験場などを含む広い展覧会場になっています。”
 参考までに。愛知万博長久手会場は、158ヘクタール。瀬戸会場は15ヘクタールでした。

 続けて、モスクワ市宣伝パンフレットの中では、
 “毎年全ロシア展覧会センターでは146回あまりの展覧会・博覧会が開催されており、中には40回の国際展覧会も開催されています。一番人気のある展覧会は、『「花」国際的な展覧会』、『「黄金の秋」ロシア農工業展覧会などです。
 2002年には、博覧会国際事務局(BIE)の委員会は、万国博覧会を開催するのに最適な場所として認めました。今度の万国博覧会EXPO2015は、ここで開催されると期待されています。”

 つまり、上海万博の次の万博がここモスクワで、ここ全ロシア展覧会センターで開催されるかもしれません。

 さて、私たちは、マルレンさん運転の車に乗って、38号パビリオンに到着しました。

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    ( 写真は、ВВЦ のHPから借用しました。だから、雪が写っています。)

 漁業パビリオンです。が、いったいここには人がいるのでしょうか?レストランなどあるのでしょうか?
 人の気配もなければ、人が集まるような雰囲気も感じないのですが……。

 マルレンさんご夫妻とシューラとわたしの4人は、静かで少々暗いパビリオンに入り、階段を上り3階へ行きました。そこには~~!!


2005年11月09日

【 67号 】 Счастливцы (私たち幸せ者です)

 ~~~~8月9日 風の強いモスクワの午後 ~~~~

 1枚の写真がすべてを表しています。
       
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 人と人の出会いはすべて台本ができているものと、私は思っています。偶然はありません。
 「この人と出会うように、いままでのすべてが、ここへ向けて歩いてきた」のです。

 俳優は、ご馳走に大喜びです。そして、舞台や映画の仕事の話から、このパビリオンを使ってなにか新しい表現仕事のイメージが湧いてきたようです。その後、支配人と打ち合わせもしていました。

 私は、ご馳走を前にくらくらしながら、美味しいワインと幸福に酔い、ロシアと出会ってからのすべてが、ここに集まっていた感動にも溺れておりました。
 ロシア語できないし、ロシアについても無知ですし、こんな私にでも幸せを与えてくださるこころ広いロシアの友人たちは、ナントすごい素晴らしい人たちでしょう。

 マルレンさんは、「また、9月に日本へ行くよ。EXPOロシア館のあと片付けに行くよ」。
 それはとてもうれしいことです。

 では、読者の皆様には写真でごちそうをみていただきましょう。

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 漁業パビリオン内レストランですから、お魚料理です。大皿はお魚の盛り合わせです。
 満載キャビア。トマトに載ったチーズ、イタリア風です。
 ワインはどこのかな?わかりません。
 ジュースは「オレンジ・りんご・さくらんぼ、なにになさいますか?」って尋ねられて即答です。
 「日本ではめったに飲めない、さくらんぼジュースをください!」
 ワインと同じ色をしていますが、さくらんぼジュースです。不思議な甘さの美味しさです。

     別の角度からも、どうぞ。
 くだものの盛り合わせは本物です。
 各種パン。美味しそうですね。
      
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    メインもお魚料理です。
        
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 鮭の切り身のマヨネーズ焼きイクラのせ、付け合せは日本を意識して白ごはんにしてみました。
     =これ、ちょっと魚臭くって、わたしはつらかった。魚の臭いを和らげる、しょうゆかしょうがなどがありますともっと美味しくなりました。


   デザートはこれ。
            
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 デザート用にと、別バラを残しておりましたが、ダメでした。こんなに手の込んだお菓子なのに食べきれず、とても残念でした。


 ◇ ◇ ◇

 私たちはとても幸福な時間を過ごしました。マルレンさんにこころから感謝です。ありがとうございます。
 外は風が強くなってきました。雲の色もちょっと怪しくなってきました。
 「飛行機の時間が心配だから早めに空港へ行きなさい。またいつでも、モスクワにおいで。待っているよ」と優しいマルレンさんです。
 シューラともども熱くお礼を申し上げて、私たちは、一路シェレメチボ2空港へと走ることとしました。全ロシア展覧会センターがあまりにも広いので、次の機会にゆっくり見学することとします。

 もう、さようなら、モスクワです。
 が、そうは簡単に帰してくれない、モスクワです。   


2005年11月14日

30号 名古屋名物電飾には、いません。

   
        takasimaya 4a.jpg


     名古屋の冬の名物となった、名古屋駅ツインタワーの電飾ツリーがはじまりました。
  多くの人たちが楽しんでいます。写真を写しています。聞こえてくるのが「、モリ・コロはいないのかな?」です。

 モリコロとは、愛知万博のキャラクター、モリゾウとキッコロです。私は実は彼らは好きではなかった。万博終了とともに、「森へ帰った」ので、彼は見事に町のあちこちから消えてしまいました。でも、ときどき人気につられて商戦場には復活するとかの意気地のない彼らです。

 もちろん、この星座を現した電飾に、モリコロは、まったくいません。
 ああ、もう年末ですか……。きれいな電飾ですよ。


31号 なごや民間大使ご紹介

 名古屋駅からほど近い場所に名古屋市の国際センターがあります。名古屋と周辺に住む外国人たちの情報交換や交流の場として、定着しています。

 国際センターの第37代・なごや民間大使は、ウクライナのビタリーさんです
 万博ウクライナ館でいつも通訳で館内の人気者だった彼です。とっても流暢な日本語と優しい笑顔です。いつかきっとゆっくりお話しをお聞きしたいです。
 ウクライナのこと教えていただきましょう。


32号 3色の、熊とチェブラーシカと

 30号に書きました、モリコロは実はすごい人気者でした。最初は「ちょっと不気味」とか、「あえて可愛いものではない逆キャラがおもしろい」とか言われていました。
 が、万博人気とともに彼らの人気はうなぎのぼりにのぼっていきました。ずっと「嫌い」を通していた私もとうとう最後の最後には、モリゾー人形を買ってしまったのですから。

 が、もう万博を終えて2ヶ月。彼らは、もうどこにもいません。一応キャラクター商品も販売されていないはずです。
 
 名古屋駅にあるデパート、JRタカシマヤはこの冬、熊のキャラクターを発表しました。色は青と赤と白です。11月9日発売と同時に、赤色ちゃんと白色ちゃんは、完売ですが、青色ちゃんは売れ残っています(14日現在)。とてもすごい人気商品です。12月半ばにはまた3色揃うらしいです。欲しいなあ。モリコロより魅力的です。

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 なぜ、こんなことを書いているかと言えば、ナントはるばる離れているロシア国でも、3色の人形がもうすぐ発売されるそうです。あちらは、トリノ冬季五輪のロシアチームキャラクターです。
 熊ではなく、ロシアアニメの人気者、チェブラーシカです。日本にも多くのファンがいるチェブちゃんです。万博ロシア館にも映画撮影に使われた本物が、そっと展示してありました。
 3色のチェブちゃん、とても可愛いものでしょうね。これも欲しいけれど日本では、買うことはできないかしら?ロシア国内と、イタリアでは販売があるようです。

 と、これは、ロシア国サンクトペテルブルク市にお住まいの、SP Walker さんご紹介情報です。ありがとうございます。


2005年11月17日

【 68号 】 モスクワ、さようなら

  ~~~~ 8月9日午後  モスクワを去る日~~~

 モスクワ市の北、全ロシア展覧会センターの大きい門に「再会」を誓って、シューラ運転の車は、私を後部座席に乗せて、一路モスクワ市の北西部に位置する、シェレメチボ空港へ走ります。
 「空港は近いところだよ」と言うシューラに任せて、私はモスクワの町をきょろきょろと見回して黙って座っているだけです。飛行機の出発時間は19時25分です。空港には、その2時間前には到着していたいので、このまま順調に走ればちょうど良い時間となる、そういう計算です。

 夏の火曜日は、さほども車の渋滞もなく、ほっと安心しているシューラです。ほとんど信号もないので気持ち良く走ります。
 風はさらに強くなってきました。だんだん暗くなってきました。と、降ってきました。

 まるで南の国のスコールか!急にたたきつける雨です。車のワイパーも追いつかず、前がほとんど見えません。でも走ります。怖いです。

 さすがに車全体のスピードは落ちてきてはいますが……。と、あるところで、車の流れがぴたりと止まりました。前方の見える車全部が止まっています。雨は少しだけ小ぶりになったような。しかし、ワイパー全開です。

 運転手は黙っています。
 ここだけの話しですが、シューラは、私の友人でもある彼の劇場関係者日本人をやはりシェレメチボ空港へ送っていくときに、道を間違えてしまい、空港へ着いたときにはすでに飛行機が飛びたってしまった、と言う、ニガーーーィ経験の持ち主です。
 それ以降、空港へ行く時には、余裕を持っていくようにしているようです。きっと、いまの彼の頭にはその時の情景が浮かんでいるのではないでしょうか。

 少し動き出しました。が、それはやはり少しだけ。そんな時間がどれくらい過ぎたでしょうか。

 雨が急にやみました。急に太陽が出てきました。なんと言うことでしょう。まぶしい光がフロントガラスに反射します。おおお!!車が、急に流れ出しました。すぐに全部の車が遅れを取り戻すように、ビュンビュンと走ります。

 空港の建物が見えてきて、ほっとしました。建物は見えてもまだ距離はあります。と、シューラが「大丈夫だよ」と言います。

 空港の前はいつもたくさんの車が駐車場を探したり、降ろしたり乗せたりで、車がくちゃくちゃ状態です。出発ロビー前はどこの空港でもそう言う景色ですが、ここはいつもくちゃくちゃ光景です。やっと入り口に近づいて、私に「先に下りて先に中へ入っていなさい。僕は止めるところを探して行くから」。

 トランクを下ろしてもらい、まず建物の中へ。ここは空港建物に入る全ての人がセキリュテイーチェックを受けます。混んでいます。ラインはひとつだけ。建物に入る人すべてが荷物をラインに乗せて、あの赤外線チェックを受けるのですよ。それなのに、ラインがひとつとは!!

 並んで待ってやっとチェックを受けて。私は空港通路というかホールで、トランクを開けて最後の詰め直しとロープ掛けです。「早くシューラ来てくれないかな」。セキュリティチェック場のラインは、2本になったようで、並んでいる列は短くなりました。が、そこにはシューラはいません。駐車場に苦労をしている模様。
 トランクは、毎度の旅でしっかりガードしてくれる、長さ5メートル弱、縛り上げることのできる器具が付いている優れもの強化ロープで十字掛けにしばります。男の人の力でぐっと縛ってもらうとうれしいのですが、と、苦労をしているとシューラがやっと到着です。

 トランク縛りを手伝ってもらい、私は「トイレに行きたい」と荷物を彼に預けて、トイレに走る。

 そして、とうとうシューラとお別れの時です。 …………。………。ありがとう、さようなら………。

 私はチェックインカウンターへ進みます。

 「東京行きはこっちよ」と声をかけてくれる係員です。カウンターの周りに乗客がだれもいません。


2005年11月20日

33号 ウクライナのお話しを聴きましょう

 名古屋周辺にお住まいの方に朗報です。
 「マーミンカ通信」31号でお知らせいたしました、名古屋国際センター民間大使のウクライナ出身、ベレジヌィ ビタリーさんがお話しをされます。万博ウクライナ館で人気者だったビタリーさんにまたお会いできます。

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  「麦畑と青空の国ウクライナ」
 日 時 12月18日(日)午後2時~4時 
 場 所 名古屋国際センター 別棟ホール   
 参加費 800円 (賛助会員は400円) 当日払い 
 定 員 100名
 主 催 財団法人名古屋国際センター
 申し込み・お問い合わせ 052-581-3755 
   国際センター 交流協力課 
   ただし、朝9時~夕方6時までの間に電話を。
   そして、もうひとつ、申し込み受付は
   12月11日からです。先着順です。
 お話し・試食タイム・ウクライナ民謡・民族舞踊などあります。

 このちらしを見たとき、私は興奮してすぐに、国際センター交流協力課へ電話しました。
 「ウクライナのビタリーさんのお話しを聞きたいのです。明日の日曜日ですね、まだ申し込めますか?」と。電話口の係の人が「はあ???」。
 と、私、「明日の日曜日でしょ?」と言いながら、ちらしをもう一度よく見ますと、なんと12月でした。
 「スミマセン。先行し過ぎでした」。

 電話番号や日程などお間違いのないように!!
 


【 69号 】 さよなら。でもすぐ、また会いましょう

~~~~~8月9日 雨上がりのモスクワの夕方 シェレメチボ2国際空港・機内へ~~~

 大雨や渋滞に合い、ハラハラドキドキしながらやっと到着した空港。もう何度も到着、出発している愛すべき空港、でも世間には悪評の国際空港ロシアシェレメチボ2空港。
 私がはじめてこの空港へ降り立ったのは、2000年の夏だった。その出発前、日本で友人が「シェレメチボの荷物受取場所は、スリや置き引きがいます、十分に注意してください」と忠告してくれ、とっても緊張して飛行機を降りてきたものでした。
 天井は丸い筒が並び蜂の巣のようなデザインで、暗い。荷物受取のターンテーブルはちっとも動かないし、小さいお店はしっかり閉まっているし、荷物を運ぶことを仕事にしている男性たちが「運ぶよ、どうだい」とずっとそばに付いているし……。なによりもあまりにも殺風景で、「ここはどこ?国際空港??」。
 そんな初めて体験から、行くたびに明るくなり、宣伝看板も多くなりロシアの発展と比例してきれいになっていく愛すべきシェレメチボ国際空港です。
 入国、出発ロビーも、行くたびに明るいお店がたくさん出来て、時間をつぶすことも苦にはならないような、雰囲気です。ただ、イスは相変わらず少なく取り合いです。

~~~~~~~~~~~~~

 私たちが、その空港へ着いたのがいったい何時であったのか。まったく時計を見る余裕もなかったので知らないのです。ただシューラにすべて任せていました。
 でも時間が押していることはたしか。
 シューラとのお別れも、さらりと、「またすぐに会えるから」。でも、やはり涙が……。
 シューラは「早く行きなさい。またおいで」。
 「うん、グスン」。
 
 涙を拭いて、チェックインカウンターへ。いつも大きい荷物を持った日本人団体、出稼ぎに行くイカツイおっちゃん軍団やいかにもお金持ちさまら、多くの乗客で混雑するカウンター付近ががらがらです。カウンター女性が、手を振り「東京へ行く人、そこの日本人!こっちよ」とロシア語で私を呼んでいます。

 このとき、やっとハッとしました。ひょっとして飛行機が飛び立つ寸前なのかと。
 荷物の20キロ制限もクリア。いつもお願いしている座席指定もOK。パスポートコントロールも、数人が並んでいるが、きょうは窓口の方が多く開いているのですぐに順番が来て終わる。
 出発ゲート付近も人が少ない。いつもなら大勢の人がいて座るところもなく、嫌だけれど階段に座り込んでビールを飲みながら時間を待つのに、きょうはイスの方が待っている。きょうはもうビールを飲む要求もない。だって、さっきあんなにご馳走とワインをいただいたのですから!!

 すぐに出発ゲートへ。ここは出発ゲート前で荷物検査です。手荷物全部と靴も脱いで、検査機を通過させます。靴を入れる靴用の箱が用意されていたのがわからなく、ふつうの小荷物いれお盆(?)に靴を乗せようとして、怒られた。

 すでに搭乗ははじまっていました。

 そうそう、忘れてはならないマスク。私の飛行機内必需品です。マスクをすでにつけて乗り込みます。モスクワの空は雨上がりのキラキラと輝く太陽です。きれいです。「さようなら。でも、またすぐに来ます」。

 飛行機はガラガラでした。私の希望は、真ん中のシマの通路側席です。真ん中2つをあけて向こう側に女性が座っています。前の方に日本人団体が座っています。
 けっこう窓側が詰まっていて「窓側」を希望する人が多いらしい。私は、窓側でひとりなら良いけれど、隣りにたとえ知り合いでも、その人をまたいだりしてトイレへ行ったりの移動をするのは、とってもイヤ、何よりもイヤなのです。だからいつも通路側。新幹線でも通路側です。
 10時間近くの機内です。できるだけ快適に過ごしたい。
 
 前の座席の日本人グループから聞こえてくる日本語。久しぶりの日本語です。彼らは日本の朝日新聞を広げて言っています。「国会解散よ。総選挙よ。小泉さんどうなるのでしょうね」。

 日本はこれからどうなるのでしょうか、などとちょっとだけ思い巡らしたが、すでに睡魔が襲ってくる、乗り込んでホッと安心して、眠い。日本の今後については、日本で考えることとしましょう。

 知らぬ間に飛び立っていた。飲み物が配られたときに起きて「お水をください」だけ。その時に気が付いたけれど、2席むこうの通路側にいた女性がいない。大きいバックを空いている席に置いていたのが印象的だった、それだけを覚えているがいまはそのバックもありません。
 しばらくすると、日本人女性が、私に、「ここに座っていた人はどこへいかれましたか?ここ空きましたか?ここへ変わりたいのですが」とのこと。
 「彼女がどこへ行かれたかは私は知りません。どうぞご自由に」と伝えて、私はまたトロリトロリ。先ほどの日本人女性は空いた席に移動して見えるかと思ったが、そのままです。

 食事が配られてきた。が、満腹が続いているので、いままでではじめて食事はお断りしました。そして、空いている3席を使って、つまり4席に長々と横になりました。マスクをはめ、顔を隠すスカーフをかけて、毛布と枕を工夫して。
 
 そして、空の上、大爆睡です。
 


34号 いまさらですが、残念でならないこと。

 万博期間中、それはたくさんの大小の催しが開催されていました。それら催しの宣伝方法などは万博協会を通じてマスコミなどへアッピールをしていたようです。地元の新聞やテレビ局は「明日の万博」とか「きょうの予定」とか、多くの取組の宣伝をしていました。協会のHPにも掲載されてもいました。
 
 ロシア館もナショナルデーはすばらしく大人気でした。が、その宣伝はとても遅くなりました。バレエの出演者や演目などを知りたがるバレエファンは、あちこちで情報を集めていました。
 私は、いくつか「マーミンカ通信」でご紹介しました。あまり宣伝もされず、「知る人ぞ知る」ようなものとなった、とっても素晴らしい企画がロシア館であったのです。

 それは、9月14~16日間ロシア館内外で開かれた「サンクト・ペテルブルクの日」です。

 愛知万博はまたの名をTOYOTA万博です。TOYOTAといえばサンクトペテルブルク(以下略してSP)への車両組立て工場建設です。SPではTOYOTAのお膝元での万博をとても意識しているようでした。SPはいま、日本のトップ企業の多くが注目している場所です。

 「愛知万博サンクトペテルブルクの日」では、ビジネス関係交流もまずはあったようです。

 ▽座談会「SPー国際的な観光事業最大の中心地」ー主催・日本語通訳ガイド会社「パートナー」

 ▽ビジネス会議「水素エネルギー開発の展望」-主催・連邦国家ユニタリー・エンタープライズ「船舶電子工学テクノロジー中央科学研究大学」

 ▽ビジネスセミナー「SPへの事業進出について」-主催・SP投資戦略プロジェクト委員会・SP市経済開発・産業政策・商業委員会

 など、経済交流も開催されました。かなり専門分野の交流ですからそれなりの方たちがご出席なさったのでしょう。
 ロシア館内では、SPの文化芸術企画も催されました。こちらは万博へ入場されたみなさんが無料で楽しめるものです。ロシア館内の狭いホールでの開催です。。いったい何人の人たちが鑑賞できたのでしょうか? なぜ、もっと大きいホールでもっと多くの人たちに観て、聴いていただくようにしなかったのでしょうか。
 SPファンとしましては、とても悔やまれる出来事でした。そんな文化企画があったことを今更ですがお伝えしておきます。アッ、私ですか?もちろん行きました!!

 ◇陶芸体験教室・アート体験教室(ロシア館前庭で)。
      これについては知りませんでした。

 ◇声楽アンサンブル 「ラジュネストヴァ」 代表 オリガ ストプネーワ
      素晴らしいアンサンブルです。年季の入ったプロ達の公演です。最後には会場のお客たちも舞台あげての楽しい企画もありました。
    
 ◇バレエ レオニードヤクブソン名称「舞踊小品」劇場
  ソリスト ロシア功労芸術家の ウラジミル・アドジャモフとエレナ・グリニョワのふたりによるバレエ

 ◇子ども舞踊「ロヴェスキニ」による舞踊と合唱のひととき
      可愛い子どもたちの歌と踊りです。最後には日本の柔道を意識した舞踊を見せてくれました。
      
 ◇「テレム カルテット」 公演
      とても素晴らしい。もっと聴いていたかった。彼らのCDを買ったのに、どこを探しても出てこない。ということは買ってどこかへ忘れてしまったのでしょうか。このカルテットは、ジィーマさんの友人たちでもあるそうです。

 こんなに素晴らしい企画でした。
 では、私が舞台の端っこから写した写真をご覧いただきましょう。
  (ひどい写真で、ごめんなさい)。

        spday.jpg
   奥の男性はこの日の司会者 手前の女性は通訳

         spday ba.jpg
     バレエダンサーズ。ものすごっく色ぽくってドキドキしてました。

         terem.jpg
     テルムカルテット 素晴らしい音楽です。

  そして、当日ロシア館で配られたレア物です。

      spday pi.jpg


【 70号 】 成田到着 !!ご愛読ありがとう

 ~~~8月10日 成田国際空港到着 ~~~~~

 飛行機の4席を使って爆睡!!
 ぱっと目が覚めて、「あれれどこ?あ、飛行機の中か」。と、腕時計を見れば、5時間近くは眠ったようです。すごいですね。こんなに続けてしっかり眠ったのは、この旅の間ではじめてではないかしら?

 むっくりと起きてトイレへ立ち、ついでに熱い紅茶をもらって、ばっちり目を覚ましました。まだ、成田まで4時間くらいか。やはりまた横になって、時間をつぶして……。

 成田到着前の朝食は、しっかりいただきました。また元気になりました。

 夏まっさかりの成田国際空港へ到着です。明るくまぶしい日本の空です。頭はさえてバッチリです。
 万博ロシア館通訳コースチャのためにこのまま、万博長久手会場へ直行して彼のお姉さんからの預かり物を、渡してしまおう!!

 成田空港は広くて明るくってわかりやすくって、良いですね。日本入国もすべてがスムーズに行きました。そして、私は愛知万博へ直行!!です。

  ◇ ◇ ◇ ◇

 みなさま、ご愛読ありがとうございました。
 このカテゴリー「ロシア夏の旅」は、ちょうど70号を発行して終わります。


2005年11月22日

35号 万博の人々8 インタビュー

 このマーミンカ通信を読んでくださって、メールをくださり、ロシア館ではじめてお会いした女性YU子さんにあらためてインタビューしました。

 ◇はじめて万博へいかれたのはいつですか?
==5月3日です。
    
 ◇期間中何回行かれましたか?
==33回です。その半分以上をロシア館に寄りました。

                natu.jpg
         (夏の盛りの万博会場)
    
 ◇ロシアと出合ったのはいつ?どうして?
==ソ連時代ですが、タシケントやタマルカンドに行ったことがあるのです。シベリア鉄道にも乗ってとても楽しい思い出です。また「森は生きている」のお芝居を見て感動したこともあり、バイカル湖にも興味があります。
    
 ◇ロシア語は?
==ロシア語を聞くととてもうれしいです。ロシア館でロシア人たちがお話しをしているのが聞こえてくるとうれしかったです。何を話されているのかは残念ながらわかりませんが。でも、ロシア語を勉強して、いつかロシアでみなさんとお話しがしたいです。
 
 ◇はじめてお会いしたのが7月の末でしたよね?
==そうですね。ロシア館前で待ち合わせて、ロシア館で遊んで(笑)。暑くってビールが美味しかったですね。たくさんおしゃべりしてたくさん歩きました。夜のパレードが大混乱した日でした。いまは思い出です。
    
 ◇サンクトペテルブルクからおいでになったジィーマさんと会われたました。
==ジィーマさんがロシア館の民族関係の展示を説明してくださったとき、とても気になることをおっしゃったので、次にロシア館へ行ったときは、通訳さんにもお願いして詳しく教えていただきました。とてもていねいで素晴らしい民族学博士とお話しができてうれしかったです。
    
 ◇ジィーマさんと私との3人で京都へ行きました。楽しかったですね。
==誘っていただき、うれしかったです。とても楽しかったです。竜安寺、仁和寺それと金閣寺。こころが和みました。ジィーマさんがどこでも興味深く見学される様子は、日本人としてもうれしかったです。
    
 ◇ロシア館での手伝いもされました。
==受付のお手伝いを少ししました。ロシア館で働く日本人たちとも交流ができて、お友だちが増えました。みなさんには、またお会いできる機会がありそうでうれしいです。
 
 ◇万博は終わったのですが、その後はいかがですか?
==ロシアにもロシア語にも民族学にも、興味がいっそうわいてきました。いつかきっとロシアに行きたいです。行きます!!

 
 YU子さんはロシア語の勉強に励んでみえます。いつかロシアへ行くためにの大きな目標を持っています。ジィーマさんに、「ロシアに来ればロシア語上手になりますよ。きっとロシアでお会いしましょう」って最終日に言われてポーッとしていたYU子さん。
 きっと彼女は遠くない将来に必ず実現させると思います。
 


2005年11月25日

☆ 1号 ☆ 新しいカテゴリーです。

 いつもお読みいただきありがとうございます。
 きょうから、新しい話題をはじめます。「きょう出会ったロシア」です。

 私はロシア語もロシアに関しても専門家ではありません。ちょこっとロシアに縁があるような、こんな私が、日常生活の中で気がついてしまったロシアのことを書いていきます。どうぞよろしくお願いします。さあて、どんな話題が飛び出すか、実は私も楽しみにしています。

 なお、予告ですが、12月にはもうひとつ新しいカテゴリーを開く予定です。
 もちろんいままでの「万博」話題は、まだ終わりとはなりませんので、ご安心ください。


☆ 2号 ☆ 甘酒(あまざけ)

 ただいま、私は甘酒にハマッております。
 甘酒はアルコールが入っているとばかり思っていました。あまり美味しいものではないとも思っておりました。ある日ネットサーフインしておりましたら、「甘くて美味しい日本のヨーグルトが甘酒」とみつけて、すぐに食料品店で「米と麹だけの甘酒・袋入り」を買ってきました。
 どれどれ、と言う感じで、温めておろし生姜をちょっと入れて飲むと、まあナント美味しいことでしょう。酒と名が付くのですがアルコールは入っておりません。
 以来どこで売っている、どこのメーカーのものが美味しいかなと、いろいろ試しているところであります。

 甘酒の袋入りの中味を鍋にあけるときのどろりとした米と麹のつぶつぶは、見た目はお粥と同じです。

 モスクワの旅で食べたミルク粥のことを思い出します。お米でできた粥にミルクと砂糖をたっぷり入れて、また少し煮て最後にバタを落として出来上がる甘いミルク粥です。どこか懐かしい甘さです。が、甘さはしっかりしていて、最後には甘さに負けそうになります。ああ、でもまた食べたい!!

 そして、お粥といえば赤ちゃんの離乳食は、日本もロシアもお粥です。
 万博で働いていたジィーマさんと、名古屋市内見学で寄った「ノリタケの森」でのこと。食器売り場で和食器を見ていたジィーマさんは、赤ちゃん用の食器セットの中の小さいお茶碗を手にして、不思議そうに眺めていました。
 私が「カーシャ(お粥)のために……」と言えば、彼はこくりとうなずき、その赤ちゃん用食器をそっと置きました。
 彼は、日本に来る前に長男が生まれたばかりでした。新生児を病院から家に連れてきて、すぐに彼は日本へ万博へとやってきたのでした。内心とっても心配をしていたのです。だからこそ万博の仕事も、日本の見学もなにもかもを精いっぱい大奮闘でした。と、私は見ておりました。
 そんなジィーマさんへのおみやげには、「可愛い赤ちゃんの成長を願って」の思いをこめて、そのとき見ていたノリタケの赤ちゃん用食器セットを贈りました。とても喜んでくださいました。

 甘酒から連想ゲームのようにお粥とジィーマさんのことを思い出しています。いま、温かい甘酒を飲みながら書いております。
 ところで、ロシアには、甘酒はないことでしょう。今度、あちらの友人たちにおみやげで持っていこうかな?「日本のヨーグルトだよ」と。さて、気に入ってくれるでしょうかしら?


2005年11月27日

☆ 3号 ☆ フィギアスケート ロシア杯

 日曜日の朝でも、私は早起きです。いつものようにNHKラジオのスイッチをポチッ。
 定時のニュースがはじまったところ、トップニュースが「ロシア、サンクトペテルブルク…」、ヒャッとびっくりしました。なにがあったのか!! と。

 でも次の瞬間それはとても明るいニュースとわかりホッとしました。

 フィギアスケートグランプリシリーズロシア杯にて、女子フリー演技で安藤美姫さんは2位、恩田美栄さんが3位と大健闘です。
 その安藤さんが言いました。
 「上手になりたいと思わない。強い選手になりたい。強い選手とは自分に自信を持っている選手、そういう選手が勝つ」。
 彼女たちの大奮闘に敬意を表します。
 
 私は中学校から高校後もしばらく、遊ぶ場所はスケートリンクでした。近所だったこともあるのですが、いつもスケート場へ行っていました。ところがちっとも上手くはないし、いつも緊張状態で滑っていました。もちろん転んでは、あちこち打ち痛くてこまったことや、衝突事故が目の前で起きて、キャーと叫んだこともありました。
 下手で、やる気はなくってダラダラしていたので、それだけです。大枚をはたいて買ったスケート靴の調子が悪くって、いつのまにかやめていました。別に選手になろうとかまったく思ってはいないから、何も後悔はないけれども。

 当時、いつも一生懸命やっている少女たちがいました。そこだけ特別の光がさしているような輝く少女達でした。その中のひとりが伊藤みどりちゃんだったとは、あとで知ったことですが。

 今年もどこかへフィギアスケート観に行きましょう。防寒をしっかり整えて。くるくる回る彼らの回転数はあまりの速さで数えられないけれど、ピシッと決まったときは素晴らしい。
 


36号 名古屋在 ロシア館スタッフ達交流会 2回目

 暖かい11月26日の夕方、ロシア館で働いていた人たちが集まりました。10月に続いて2度目の集まりです。

 場所は今回も地下鉄東別院駅近くのロシア料理店「ルパシカ」にて。
 集まった11人は、この日を楽しみにしていました。今回の一番の報告は、「私たち3人はモスクワへ行ってきました!!」です。
 万博ロシア館でボラで活躍していた3人は、ロシア語を大学で学んでいます。担当教授からのすすめもあって、11月はじめにモスクワへ行き、万博で出会った人たちと再会をしてきたそうです。
 素晴らしいモスクワの秋を楽しみ、とても有意義なステキな旅ができたことが、報告されました。
 
 そしてもうひとつは、マトリョミンなるものの実物登場でした。
 アッ、もうひとつ、発表がありましたね。

詳細は次号へ続きます。


2005年11月28日

☆ 4号 ☆ 毎日新聞 日本のスイッチ には…

 編集制作は毎日新聞、企画は慶応大学佐藤雅彦研究室の「日本のスイッチ」は、毎週月曜日に掲載されます。いま話題の事柄質問が8個くらいで、回答はふたつのうちのひとつを選ぶもの。携帯サイトからも参加できます。(各携帯の「毎日新聞」サイトから)。

 11月28日の「日本のスイッチ」結果発表では、参加者44162人。問い②で、「ロシアと中国、よりつき合いやすい隣国は? ロシア60%、中国39%」となっています。回答者は「どっちにしとこうかな?」と、きっと悩んだものと思われますが……。

 先週プーチンさんが日本においでのときの、設問と回答期間でした。
 プーチンさんは、小泉さんになにも期待していないような顔つきで、「島の話」よりも「金もうけの話」で、日本企業の方だけを見て帰っていきました。
 小泉さんも、ちっとも歓迎していないみたい。と、テレビ画面からは見えました。

 おっと、問い①の「ブッシュ・小泉両首脳の友達のような親密さは?いいことだ39%、不安を感じる61%」とありました!
 プーチンさんの前においでになったブッシュさんは、京都金閣寺に連れて行ってもらいました!!


☆ 5号 ☆ 「父、帰る」 WOWOW登場

 我が家はテレビ家族ですから、WOWOWの加入者です。毎月送られてくるガイド誌を読むのも楽しみですが、なんと言ってもアメリカ映画の上映が多いのがちょっとイヤなところです。

 が、とても久しぶりに、ロシア映画が放映されます。

 12月7日(水)13時 から
 2003年作 監督 アンドレイ ズビャギンツエフ 
 「父、帰る」 

 そうです、昨年日本で話題になりました、謎ふかきロシア映画です。
 私は気に入って2度も続けてみました。
 あの画面の色合いと音楽が素晴らしい。
 父親役の俳優の抜群の上手さ。
 母親役の女優のこれもすごい演技。
 もちろんふたりの息子たちも……、でも兄役の俳優はもうこの世にはいない。

 放映が平日の午後です。ちょっと悔しいことです。


2005年11月29日

☆ 6号 ☆ 幹事はТАМАДА

 きょう29日は結婚する友人のお祝い会とお別れ会です。結婚を機に遠方へ行ってしまう友人は、万博のとき、ロシア館メンバーを紹介しいっしょに遊びました。
 彼女にゆかりの友人たちを集めてパーティを計画しています。私は幹事ですから、プレゼントの準備やお金の精算も気を使います。幹事はなかなかたいへんです。

 まったく関係なく、ロシア語→日本語を調べたくって、露和辞書のページをめくっていて、目に止った単語が「ТАМАДА」 最後のAにアクセントがあり、タマダーと読みます。

 そして他の辞書をみれば、この語の語源はグルジア語。そして、Aで終わるけれど男性名詞で、変化は女性形です。なんともおもしろい単語です。

 これからの季節、 「ТАМАДА」 さんたちが活躍されますねえ。そうです。「ТАМАДА」とは「(宴会の)幹事」の意味です。幹事の日にみつけたので思わず笑ってしまいました。きっともう忘れないハズです。


2005年11月30日

☆ 7号 ☆ 空道をご存知ですか?

 11月29日朝日新聞夕刊のスポーツ面・「格闘技」という囲み記事が目にとまりました。

 “ 空手+柔道=空道 ”と “ 日本で発祥、ロシアで人気 ” との見出しがついています。

 記事の中でいちばん気になったのが、「(日本では) 顔面プロテクターで選手の表情がよく見えず、テレビ映えしない地味な印象がメジャー化を妨げている」とあります。きっとそれだけのことではない、なにかがあるはずですが。

 選手の顔が見えない地味な空道、なのになぜロシアでは人気なのでしょうか?
 ロシアでは「安全性と大衆性が受け入れられ」ているそうです。大きな企業スポンサーもついて、大会結果もロシア全土にニュースとなるとか。ウラジオにある極東大学では体育授業に取り入れられていることも報じられています。

 格闘技話題には疎い私です。「空道」というものも今回この記事ではじめて知りました。そしてすぐに「空道」で検索をしてみると、日本の空道選手達がモスクワ訪問をした様子なども書かれたホームページを見ることができました。
 
 日本で生まれたものが諸外国で人気となるものは、スポーツだけに限らずとても多いことです。もちろんそれは大賛成。国境や民族などを超えて多くの人たちの発想・知恵・工夫・向上心などで、より良いものに発展していくことを望んでいます。どんどん交流できていけばとってもうれしいものです。

 この空道、これから、ちょっと気にかけておきましょう。
 空道と書いて「くうどう」と読みます。“ 空洞 ”とは発音を変えて読んでくださいね。空道家も日本においでになって日々発展にご努力してみえます。 


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