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2005年10月10日

8号 だから私たちは見ることが出来ました

 もうひとつの話題「ロシアの夏の旅」へ掲載しようかなと迷いましたが、やはりこちらでご紹介いたしましょう。

 万博ロシア館の人気の展示品のひとつは、小さいものでしたがロシア民族衣装人形たちでした。日本語説明が追いつかず「どれがどれだかよくわからない」と開幕当初は不評な声もありましたが、人形そのものは素晴らしく、多くの人たちが写真を写したり、じっと見入っていました。

 この人形たちは、サンクトペテルブルク市にある「国立ロシア民族学博物館」からやってきました。日本人の観光コースにはなっていない博物館ですが、エルミタージュ美術館にも近く、ネフスキー大通りをちょっと奥に入った静かなプーシキン広場の奥にあります。
 博物館が所蔵する人形たちは、ロシアと周辺国の民族の特徴的な風貌や衣装などを端的に正確に著わしているとして日本へやってきました。が、このお人形たちは日本へ来る前にはかなり傷んでおり、修復作業を終え美しい姿となってから飛行機に乗り、私たちの前にお目見えしたのです。
 修復作業の中心となったのは、私の大事な友人レナ(エレーナ ヤンコフスカヤ)です。

              

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 20世紀のはじめに制作され、ロシア各地や外国にも展示されて移動のたびにあちこちが傷み、首の取れたもの、足がかけたものや衣装の色が変化してしまったものもあったようです。

 レナは修復専門美術家として、また扇の研究家としてもロシア国内で有名な人です。モスクワクレムリン内やエルミタージュ美術館などで展示されている「扇」は、すべてレナの手により修復されて展示されているものだそうです。
 修復作業ばかりではなく、自ら企画の「扇の展示会」をしたり、「扇を通して見る東西文化交流」とか「扇からみえる日本文化」などの講演活動や執筆なども行っています。
 細かい仕事が得意で、私が一番驚いたのは、私への手紙に日本語住所を書いてきたことです。「日本語を細かく見て書いたわ」とのこと。絵のように美しく書かれてあって日本語住所表記です。驚きました。
 
 8月、サンクトペテブルクの博物館前には大きく人形たちの看板が出ていました。レナは「この人形たちは私の命がかかっているのよ。日本へ彼らが行くために私は毎日とっても忙しく、またとても難しい仕事だったわ。私も日本へ、人形たちに着いて行きたかった」と、看板の前で語りました。

 レナの親友で、万博にやってきた民族学者のオレクやジィーマは、もちろんこの人形たちをそれは大事にしていました。私にもとても丁寧に説明をしてくださいましたね。
 そして彼らは、「レナへ伝えるため」と、万博会場の様子はもちろんロシア館内のことなどを写真やレポにしていました。レナは人形たちをよみがえらせ、信頼できる優秀な同僚に日本への夢も託して送り出したのです。

 私はもちろんレナに伝えました。「この人形たちはロシア館の人気者です。日本人のため、世界の人のために、ありがとう」と。いつかレナの来日が実現する日のために、私はレナとの友情をもっと深めていきたいです。


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