2005年06月01日
61号 こんなの大好きです

これ、ロシア館の中ほどのガラスケースの中にある民族伝統工芸品のひとつです。
これ、すっごくスキです。エッ、なにが?ってですか?
このおっちゃんの大きな目とぷっとふくらんだ頬、大きな手。ちょっと似ている人を知っているのです。
2005年06月02日
62号 ロシア館 ホームページ
いまごろ 掲示していてはいけませんね。もちろんロシア国は最初から、ホームページを持っていました。早くから貼っておくべきでした。が、言い訳をすれば、当所は、ホームページもまだ開店準備中状態でしたから、ここへ貼らなかったのです。
いまはずいぶんと充実しています。
ロシア語・日本語・英語での表示となっていますので、お得意な言語でどうぞ。
※HP写真集のなかにオレグ先生がいました。びっくりしました。そうそう、オレグ先生はやはり帰国するときバタバタ状態で、私たちへの手紙は書くことができなかったそうです。残念。
2005年06月03日
63号 もう一度マンモスを考える
ロシアのサハ共和国ユカルギ村の永久凍土で発掘されたマンモスを、私はまだ見てはいません。それは、愛・地球博会場の「グローバルハウス」で冷凍のまま展示されています。人気です。今度ぜひ見てみたいものです。どんな色、大きさ、そして視線はどこを見ているのでしょうか?
ロシア館には、マンモスの骨格標本があります。これも人気です。特に「いっしょに写真を写してもOK」が人気のまとです。以前は、そのすごい牙に触ることが出来たのですが、あまりにもみんなが触るので、いまは、牙のかけらをさわることができます。どうぞ感触を味わってください。

複製の子どもマンモスは、名前をジーマと言い、長い毛と小さな目が印象的です。

これらのマンモスは、日本とロシアのマンモス研究学者たちの日露交流のシンボルとして、今回登場しています。
マンモスはなぜ滅びたのか?マンモスと気候、マンモスと人間、マンモスと環境、マンモスと現代の象とのつながりは?など、マンモス研究の課題は多く、そのひとつの研究室が名古屋大学内にあります。名古屋とも縁の深いマンモスです。
6月18日には、それら研究成果の発表が公開討論形式で、万博長久手会場内で行われます。ロシアはもちろん日本・アメリカ・フランスなど各国の研究者が集まっての公開討論会は注目されるものです。
ロシア館の骨格標本ですが、これまで世界を旅して各地に展示されてきました。足の一部をのぞいて、すべてが本物の、ものすごく貴重なものです。展示している間の維持管理も緊張するものでしょうが、往復の運搬に関する諸作業も相当のきめ細やかさが求められるものです。ちょっと想像するだけでも、私などゾットしてしまいます。
この、マンモスを担当しているのは、アレクセイさん。第 59号で、赤いシャツを着ていっしょに海へ行き、第 43号で名古屋市内めぐりをいっしょにした、大柄な彼です。遊んでいるところの写真しか掲載していませんが、パビリオンでは、きりりとして、いつもマンモスを見守っている彼です。
2005年06月05日
64号 ロシア館は “休憩室”のようになっています
6月4日の愛・地球博会場は、それは大勢の観客で賑わっています。ゴンドラの切符を買うだけで、20~30分待ちの様子で、見ただけで通り過ぎました。
ロシア館も60分待ちの表示ですが、入館への流れは、大きくざっと仕切って入館させていますから、表示ほども待ち時間ではないですが、待たなければならないのは、疲れます。
ここロシア館へ来るまでにもう疲れています。なにしろ遠いよ~。
入館してマンモスあたりは、人々も流れていますが、ロシア紹介映像ルーム=パイプイスが50脚ぐらい並べられ、当然暗い部屋・工芸品なども展示されています=ここが、イスはもちろん、床に座って、眠り込んでいる人が多くいます。その光景は、ちょっと驚きです。なんというか、「やっと座ってやれやれ」ムードいっぱいです。
映像ルームだけでなく、ちょっと段差がイスのようになっているロシアエネルギー展示台にも座り込んでいる人が何人かいます。みなさんお疲れさまです。
ここは休憩室ですか?でも、休憩できるようなのんびりパビリオンなのですね。多くのパビリオンが、細かく仕切った部屋とか、イスがあっても座っているようなムードがないとか、妙に明るく座っていられないとか、座りたくても喫茶で高い飲み物を買わねばならないとか……。
ロシア館は、のんびりゆっくりと自由に楽しめるところです。でもくれぐれも、貴重品やお手持ちの荷物はしっかり管理しておいてね。カバンからお財布をのぞかせたまま眠りこけている人発見です。
もし事件・事故がロシア館内でも、万博会場でも、どこで発生しても困ります。
65号 伊勢の旅

梅雨入りを前にした晴天の日曜日、ロシア館とお隣りのウクライナ館の休日グループ11人といっしょに、伊勢の旅を楽しみました。とってもおもしろい旅でした。
朝、近鉄電車で名古屋から宇治山田へ。チャーターの小型バスに乗り、伊勢神宮へ。参拝後、そのあたりで食事をして、海へ移動です。とっても良い天気です。
先週の海行きでは、岩場へ連れて行ってしまったので、何度も「砂浜ですか?」とロシアメンバーから確認され地元の人に聞いて、白い砂浜の二見浦の海岸へ。
彼らはおもいきり泳いでいました。私はまた、日焼けを防ぐために、たいへんでした。
その後散歩をしながら、夫婦岩へ。↑ はそのときの全員での記念写真です。
バスのチャーターは大正解です。次は、友人の小西さんのお店へ行き、真珠の買い物をしました。その間、新聞記者の取材もありました。
新聞では、最近は「伊勢地域から、万博へ行こう」と書くことが多いけれど、「万博から伊勢へ来てくれた」との紹介をしたいとのことです。さてどんな記事と写真でしょうか。
景勝地の鳥羽展望台で、海の広さに感動して、戻る道は、海と夕日と緑の山々が、それは美しいものです。全員で喜びました。
また宇治山田駅に戻り、手配しておいた夕食弁当を食べ一息つき、電車に乗って名古屋へ。みなさんが大満足してくださり、私もうれしいです。とってもうれしいです。
月曜日からいよいよ、ロシアナショナルディー=6月17日の準備が本格化し、「忙しくなります」と言うみなさんが十分な英気を養う一日となったようです。良かった、良かった。
2005年06月07日
66号 オレグ博士 毎日新聞に登場する

オレグ ビクトルビッチ博士は、すでに帰国され、サンクトペテルブルク市で日常の生活に戻ってみえるそうです。「毎晩、日本の夢を見るよ」と、メールが届きました。
帰国寸前に、毎日新聞社名古屋の山田記者の取材を受けてみえた。「日本でたくさん写した写真のことを話して、写した写真も見てもらった、それに僕の顔の写真も写していったよ」と、オレグ博士は、うれしそうに報告してくれましたが、滞在中には新聞に掲載はされませんでした。
やっと6月7日夕刊に掲載されました。↑ 紙面を写真にしました。毎日新聞のHPに掲載されたら、ここでお知らせいたします。
紙面から==
“ 「民族学者は細部を大事にする」というルイセンコさん。日本女性のかばんの持ち方には「曲げたひじにかばんを掛ける人はロシアにはいない。これはきっと着物文化のなごりだろう」との仮説を打ち立てた。”
滞在中に写した3000枚の写真を整理して、ことし年末、サンクトペテルブルク市で、写真展を開くそうです。
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オレグ博士に日本をたくさんご紹介できたこと、誇りです。
2005年06月08日
67号 ロシアナショナルディー 情報 Ⅱ
6月17日・金曜日のロシアナショナルディーの取組に関する情報が、電脳通信機器の中を飛び交っております。もうすぐですが、6月8日午後10時現在、公式発表はありません。
なぜ公式発表がないでしょうか?ロシア国ですからと、私は思います。
舞台の幕をあける寸前まで稽古を十分に重ねるロシアの舞台つくりの世界を知っている私は、彼らの公式発表が遅いことは、とてもわかります。
が、まもなくですから、お待ちください。 しっかり確実な情報を得て、公式発表を待ってここにも掲載したいです。
68号 日本国皇太子 ロシア館を訪問する
6月8日、皇太子殿下がロシア館を訪問される。
ロシア館スタッフは緊張でお迎えしたようです。もちろんその時間は前後も含めて、一般人は入場できません。
さて、彼は館内の、何に興味をしめされたのでしょうか?知りたいですが、知る術はありません。
2005年06月09日
69号 白樺の樹皮のおもちゃ
ロシア館内の小物展示の中の、ひとつです。

私がはじめてロシアの国を旅したのは、ちょうど9年前の今ごろでした。誘われて行った、サンクトペテルブルク市は、白夜の美しい季節で、その長い夜はバレエ鑑賞三昧でした。
昼間は、市内や郊外などを見学していました。町からちょっと外へ出ると白樺の林が続く景色でした。賑わう町のすぐとなりに白樺の林が続くことに、「外国に居る」と実感しました。
これはその白樺の樹皮で作ったもの。どうやって作ったのかな?と見入りましたが、ガラス越しでよくわかりません。でも、美しく、手の込んだ、愛情のこもったものです。
ロシアでは、白樺は身近にある健康のシンボルとして大事にされています。白樺の樹皮は、腐敗を防ぐものとして、樹皮で編んだパンケースはよく使われているそうです。と、いうことは、樹皮で編んだこのおもちゃも、子どもの健康のためにおおいに役立つ役割も持っているのでしょう。
2005年06月11日
70号 いよいよ、梅雨の季節
6月も半ばです。雨の季節です。
「日本人は梅雨のとき、なにをしているのですか?」と、ロシア館スタッフが私に聞きました。「うふ?」と答えにつまりました。
「海には、行かないし…、『晴耕雨読』と言う言葉をしっていますか?まあ本でも読んでいましょう」。
と答えました。でも現実はなかなかそうはいきません。雨でも私は万博へ行きます。
雨の万博。気がついたことです。「野外」です。建物はいくつかありますが、基本的に野外活動です。
一番便利は、雨合羽です。もちろん傘をさしてです。

会場内をぐるりと回る木の通路、あそこ滑りやすいです。パビリオン入り口も滑ります。足元要注意です。
そして、タオルを1枚持ちましょう。パビリオンに入る前にはタオルで濡れたものを、さっとぬぐうのが、マナーでしょう。
パビリオンによっては、傘は、必ず傘立てに預けなければならないところがあります。入り口で傘袋を配るところがあります。そのまま持ち込むところもあります。
傘の忘れ物もお気をつけてくださいね。
71号 ロシアナショナルデー 決定

6月17日(金)はロシア連邦ナショナルデーです。なかなか公表されなかったのですが、きょう、やっと発表されました。万博公式ホームページには、11日夜現在は発表がまだありません。が、ロシア館ではチラシを配りはじめましたので、発表させていただきます。
6月17日(金)
会場 EXPO ドーム (ロシア館近く)
10時~ ビャトニツキー記念国立民族合唱団の演奏
11時~ ロシア連邦ナショナルデー 式典
12時~ ガラ・コンサート 「ロシアバレエのスターたち」
主な出演者 ニコライ ティスカリッゼ, ナジェジュダ グラチョーワ,
ウラジミール ネバロージィ
演奏 ボリショイ劇場オーケストラ 指揮 パーヴェル クリニチェフ
14時40分~ クラシック セッション 「アポクリファ」
独唱 イリーナ ムサエリャン ,チグラン マチニャン
クラシック音楽の名曲をアレクサンドル ラブロフ のオリジナル編曲での演奏です。
EXPOドーム前で、当日朝9時~整理券配布です。
72号 ロシアナショナルデー 記念公演
6月18・19日はロシアが誇る道化師 スラーヴァ ポルーニン さんのショーが行われます。
会場は EXPO ホール です。(バレエ公演場所=ドームとは違います) 整理券配布 朝 9時~
時間は、両日とも 15時から
SLAVA’S SNOWSHOW
アメリカブロードウエーでも大人気で、チケットが容易に手に入らないといわれています。
こちらもお見逃しなく。

2005年06月12日
73号 びわの実 お召し上がりください
ことし、我が家の庭では、びわの実が大豊作です。いつだったか、「ロシアにびわはない」と聞いたことを思い出し、「そうだ、ロシア館メンバーに食べていただきましょう」。

ロシア館メンバー全員は、ほぼふたつの班に別れての毎日交代勤務です。私のなかでは、コースチャ班とオリガ班と呼んでいますが、そのどちらにも召し上がっていただきたい。ということは、続けて2日、万博会場へ行くこととなりました。
びわは、やはりみなさん初見です。はじめて口にされるものです。
「これはなんですか?」
通訳氏は辞書で調べて「日本のかりんの実、みたいな、『びわ』と言います」とロシア語で、紹介してくれます。
「おいしい」「瑞々しい」「エッ、庭にあるのですか?」「タネも食べてしまいましたよ」……。
「初めて食べるから、あしたお腹が痛くならないかな……?」コースチャはそう言いながら、たくさん食べていました。さて、お腹が痛くなったカナ?
今度は、ウクライナ館のみなさんのところへも、持っていきましょう。ウクライナ館メンバーとも、いっしょに海へ行きましたから、もうお友だちです。
74号 喫煙中…。喫煙は喫煙場所でどうぞ
私もなにをかくそう以前は喫煙していたこともある。が、もう、いまはきっぱり止めて、嫌煙派です。
愛・地球博会場でも喫煙者はなかなか困っています。建物の中は全部禁煙・通行場所も当然そうです。会場内いくつかに、堂々と喫煙できる「喫煙場所」がありますのそちらでどうぞ。だいたいトイレの横とか、です。会場案内地図にその場所は書かれいます。許可された場所以外で喫煙していますと、警備担当者ほかから、きびしい注意をうけます。

↑ロシア館の展示ケースのなかで堂々と喫煙中のおっさん。セイウチの骨で造られている工芸品です。
2005年06月13日
75号 ナショナルデー 「きっと感動されます」
モスクワ市の北東にある「全ロシア展覧会センター」(ВВЦ)に、私はまだ行ったことはありません。地図で見ますと、近くにはいつだったか火事に遭ったオスタンキノテレビ塔やオスタンキノ宮殿があります。地下鉄ヴェーデンハー(ВДНХ)から歩いてすぐのところですね。今度行ってみようと思います。すっごく広い敷地です。なにがあるのでしょうか?
愛・地球博ロシア館でいただいたパンフレットをみると、「全ロシア展覧会センター」の一角のパビリオン№71、「ICE AGE」という博物館はマンモス博物館です。「全ロシア展覧会センター」は博物館の集まりのようなところ、まるで万博みたいです。
その「全ロシア展覧会センター」から愛・地球博へ出張中のレオニード ラールシュキンさんをご紹介いたします。モスクワ市からの依頼で、首都モスクワ市を、日本へ世界へ大きく宣伝するために、ロシア館でお仕事中です。

レオニードさんは、モスクワ市を熱く語られます。
「クレムリンを中心にしてすばらしい景色と歴史的記念物や建物があります。博物館、美術館もたくさんあります。ロシア国の進歩をあらわす街がモスクワですが、大都市として、ひどい交通渋滞や環境問題もかかえています。この愛・地球博のテーマ『自然の叡智』は、モスクワ市がいま抱えている問題を解決するための手立てを教えてくれるだろうと期待しています」。
私はモスクワに憧れて、行きたくてたまらず、実現したのは2000年の夏のことです。それ以来、大好きなモスクワです。「赤の広場」に立つと足元からパワーが伝わってきます。モスクワ河からのクレムリンは美しいです。立ち並ぶ住宅街からちょっと入るだけで緑濃い公園や教会も広場もあります。モスクワの劇場でみる芝居の素晴らしさ。世の中にこんなに素晴らしい心癒すものがあったのかと驚いたのも、モスクワです。
でも、ひどい交通渋滞にはいつも閉口です。空気の汚れも深刻な問題です。物価も高いですし。

「オリンピック開催が、決まれば、モスクワ市は一生懸命やります」。
うむ?それはちょっと難しいかも。すでに、モスクワはかなり厳しい、との評価が、2012年のオリンピック開催検討委員会の決定の前に、流れています。レオニードさんもちょっと重い口調で話してくれました。
「2015年のEXPOをモスクワで開催したい、それは検討中です。だから、この万博でいろんなことを学んでいます」。
私は、モスクワEXPO、行きますから。将来の予定に入っています。
レオニードさん担当のモスクワ市コーナーは、ロシアパビリオンの出口に近いところで、明るい光と花の飾りといくつかの映像でモスクワ市を紹介しています。このモスクワ市紹介映像が優れもので、モスクワ好きの私は、ワクワクして見ています。
愛・地球博オープン当時のモスクワ市コーナは、チューリップの生花がきれいに飾られていました。とても印象に残っています。あのころの会場は寒かった、観客が少なかった、とともに思い出となっています。いまは造花での飾りです。

レオニードさんは、日本へはじめて見えました。
「日本人は親切で、表情は穏やかで優しいです。遠くからでもあいさつをしあう光景は驚きます。みんなが協力的ですね。身体障害者にも国家予算がたくさん使われていて、サポート体制が整っているのはすばらしいことです」。
つづけてレオニードさんは「EXPO協会も事前の準備も細かく、規律がちゃんとしているのは、日本のやり方だろうが、良いことだ」。
そうです。日本のやり方での万国博覧会ですから、諸外国からお見えの人たちは窮屈に思う場面もたくさんあるのでないでしょうか?
「万博協会や企業や団体が、スタッフのため外国人のためにと、いろいろな企画を工夫をしてくれて、とてもうれしいですよ」。
6月17日は「ロシアナショナルデー」です。
「モスクワボリショイ劇場のバレエをご覧いただきます。ロシア連邦は、ナショナルデー企画に誇りを持っています。ロシア館のすぐとなりのEXPOドームで多くの人に楽しんでいただきたいです。きっと感動されます。多くのみなさんぜひおいでください」。
ナショナルデー、とても楽しみですね。その準備のためにとてもお忙しいのに、私とお話ししてくださって、ありがとうございます!レオニードさん。
2005年06月14日
76号 通訳オリガさん「ナショナルディーにおいでください」
ロシア館で働く日本語通訳のおひとり、オリガさんにご登場していただきます。私が2度目にロシアパビリオンへお伺いしたとき、通訳をしていただいたオリガさん。先日の伊勢への旅をごいっしょする予定でしたが、彼女が歯痛に襲われてしまいお留守番されました。今度は、ぜひいっしょに伊勢へ行きましょうね。
では、インタビューいたします。

マーミンカ:流暢な日本語を話されます。なぜ日本語を学ばれたのですか?
オリガ*「進学を話題にする年頃に、ボーイフレンドが『ぼく日本語が勉強したいから、そういう大学へ進学したい』って言うから、『私も同じ大学へ行きたい』と強く思って受験したのです。そしたらね、彼は不合格で、私が合格してしまいました」。
マ:学びはじめた日本語はむつかしかったでしょうか?
オ*「ええ、ひらがな、カタカナを覚えるのが難しく、泣きたくなる毎日でした。もう日本語をやめようかと思いました。が、両親が励ましてくれましたから、なんとか続けました」。
マ:日本語の先生以外ではじめて会った日本人はいつでした?
オ*「大学にはひとり日本人の先生がいました。学生生活も終わりに近づいてきた実習のときに、日本人ツアー団を空港で迎えました。あらかじめ,『トイレはどこ』って聞くだろうからと教えられていましたので、『トイレはここです』とまず覚え、とてもドキドキしながら案内したのです。日本語難しいと思いました。いまも思っていますが」。
マ:卒業後すぐに通訳になられたのですか?
オ*「結婚、出産、子育ての時期もありました。出版社でロシア語から訳された日本語の校正をしました。これは、母国語ロシア語がとてもわかる仕事ととなりましたが、つまらない仕事でした」。
マ:ソ連からロシア連邦となった時期にはどうしていましたか?
オ*「91年のクーデター事件のときに、日本のマスコミのために通訳をしました。マスコミとともに働き、あらためて日本語の魅力を知り、日本語の難しさを知りました。ご縁でNHKモスクワ支局で仕事をしています」。
マ:これまで日本へは何度もおみえですか?
オ*「95~96年にかけて3ヶ月日本にいました。NHKの仕事で、日本だけではなく、ロシア各地も行きました。シベリア、極東、カザフスタンなど、行きましたね」。
マ:長期出張はご家族もたいへんですね。
オ*「仕事をするのは当然のことですから。夫に尊敬される妻となっています」。
マ:万博で半年間仕事をされるのですね。名古屋はいかがですか。
オ:「名古屋ははじめてです。名古屋の人は良い人ばかりですね。優しい人ばかりです。でも、物価が高くって自炊生活ですから、たいへんです。コーヒーが、東京では180円でも飲めるのに、名古屋では300円!!」。
マ:ロシアのナショナルデーは17日です。宣伝をどうぞ。
オ*「ナショナルデーの企画はとても素晴らしいものです。ぜひ、みなさまおいでください。ロシア館の展示物もすばらしいものがたくさんあります。マンモスも大人気です。鉱石類はきれいで、みなさん喜ばれます。どれも興味を持ってみなさん見てくださいます。どうぞロシア館へも、おいでください」。
マ:ナショナルデー、とても楽しみです。
オ*「いま大人気であり、実力もあるバレエダンサー ニコライ チュスカリーゼ が踊ります。すばらしいですよ」。
マ:歯痛はいかがですか?もう大丈夫ですか。
オ*「痛みに襲われて苦しみました。モスクワに帰ろうかと思ってしまいましたが、いまは歯科医院に通っています。治療にはちょっと時間がかかるようですが、大丈夫です。この経験は、日本のことを理解する良い機会となりました」。
オリガさんありがとうございます。歯の治療が早く無事終えますように。お大事になさってくださいね。
2005年06月15日
77号 ロシア館警備員 かな?
またロシア館の展示物のなかに、ステキな男性発見です。以前はおみえではなく、最近登場されたのではと思います。

ロシア館のいくつもある展示物を警備する役目を持って毎日、武具で身を固め、手をかざして遠くをしっかりみつめ、すぐに馬で駆け出すことができる彼。
ナント、石で出来ているのです。が、身軽そうでしょ?アッ、でも、馬の足が固定されている……。彼はそのことを知っているのでしょうか?馬は照れてか、仕事をしたくないのか、顔を隠しています。
ロシア館の人気展示物のひとつ鉱石類展示コーナーのガラスケースの中から、一応、警備中です。これも、私は大好きです。
78号 きれいな夕焼け
愛・地球博 ロシア館の前でみたすばらしい夕焼けです。このあともっと赤くなって日が暮れました。その翌日は素晴らしい晴天でした。
梅雨に入ったばかりの日でした。万博会場の空は、とても広いです。

79号 ウクライナ館の ボルシチ
ロシア館内には食堂も喫茶もありません。ちょっとウオッカでも飲みたくても販売はありません。
お隣りのリトアニア館では、ビールやウオッカをスタンド販売しています。きりりと冷えたウオッカは美味しいです。ビールもビンビールとサーバーからの生ビールとあります。紙コップではなくガラスジョッキに注いでくれますので、外へ持ち出して、ベンチでゆっくり味わうのがよろしいかと、思います。もちろん、飲み終わったら、お忘れなくご返却ください。ビールのおつまみの販売は、たしかありませんので、ちょっと持ち込むとよろしいでしょうか。
EXPOドームに近い方のお隣り、ウクライナ館では、美味しいお食事が出来ます、小さなレストランがあります。

ボルシチはロシア料理として日本へ伝わっているけれど、発祥はウクライナです。ウクライナ館では、お国自慢のボルシチに可愛いパンをつけて提供しています。いただきました。
おいしいです。どこか懐かしい味で、ほっとします。トマトとビーツの甘味が優しい。きょうは赤いワインとともにいただきました。

小さいレストランですが、窓辺の飾りが奥行きを感じさせてくれますから、ウクライナの田舎にいるようです。
ロシアナショナルデーのときにのお食事はぜひ、ウクライナ館でどうぞ。
80号 ロシアアニメ出演のみなさん
ロシア館の中の映画上映あるいは、イベント開催ルームの客席の後ろには、「ロシアアニメのコーナー」があります。↓のように、2箇所に別れてガラスケースに入っています。それぞれの人形たちは、小さいものですね。アニメ撮影のために使われたものだろうと、私は思います。微妙に汚れています。
人気のチェブラーシィカはわかりますが、あとは、どこかで見たような人形たちですが、どんな作品に出演したのでしょうか、わかりません。
ロシアアニメファンのみなさん、教えてくださいませんか?それぞれのお人形が出演するアニメの題名はなにでしょうか?写真が小さいですか?


アッ、そうですね。ロシア館スタッフに聞いてみれば良いですね。以前、オレグ博士は「ははは、僕の専門とはちがうね」と笑ってました。
調べてまた、ここで発表しましょう。
2005年06月17日
81号 ロシアナショナルディー 感動の出会い
詳しい内容は万博公式ホームページをごらんください。
ちょっといま感動で涙がでてしまっています。とても素晴らしい一日でした。
愛・地球博、いろいろ問題があるでしょうが、我が家から近くで開催してくれてありがとう。
ロシアと私の出会いは、ウン年前のロシア語勉強からはじまるのですが、2度目が9年前のいまごろのサンクトペテルブルク旅行でした。それから、深いご縁をいただき、きょうまで。ロシア語もまともにできないのに、ロシアのことも、まだ何にも知らないのに、ロシア国とこんなにご縁をもてることができ、ありがとうございます。
人と人の出会いは、必ず必然です。出会う用意ができたときに、出会います。と、私はいつもそう思っています。きょう、私はまた新しい出会いがありました。ありがとうございます。
ロシア館のみなさん。わがままをいつも言ってごめんなさい。こんな私にもいつも優しくしてくださり、ありがとうございます。
ロシアナショナルデーの企画は明日も明後日もあります。
スラーヴァのスノーショー
ロシアが誇る道化師スラーヴァ ボールニン が演出・主演する幻想的なショーです。楽しみです。
2005年06月18日
82号 「スラーヴァのスノーショー」 最高です。
早朝、万博会場行きのバスに乗り、東ゲートから、一気にEXPOホールをめざします。昨日バレエ公演の行われたロシア館のとなりのEXPOドームとは違う、客席400席くらいのホールへです。
ロシアイベントの「スラバのスノーショー」を見るために。早朝9時からの入場整理券を確保するためにです。「ぜひ見たい」から。そして、それは実現したのでした。
まぶしい夏の陽射しから、一歩ホールへ入るとそこは別世界です。くわしくは書きません。ネタバレになりますから。
道化師スラーヴァ ポルーニンとその一座の素晴らしすぎる公演です。そのすばらしい芸術は、見るものの心の奥へ届き、心を開放してくれます。そして、いつのまにか、優しい心となって、感動の世界にどっぷりと浸かります。感動で泣けてしまいました。
ロシアの舞台芸術は、観客を確実に別の世界へ連れて行き、確実に心を解き放ち、豊かにさせてくれます。スラーヴァ氏の人となりについては無知で、申し訳ないのですが、でも、舞台を見て彼の超一流で高尚な芸術性がわかりました。
EXPOホールを出てから、会場内のグローバルループを歩きながら舞い上がってそのまま空まで飛んでいってしまいそうな、私でした。きょうも、ロシア国に感謝の日でした。
2005年06月20日
83号 オレグさんへ電話をかける
いまはサンクトペテルブルクにいる、オレグさんは帰国する寸前まで、ロシアナショナルデーのことを心配していました。もちろんそのころは企画などを彼らも知らかった。
ナショナルデーの日にちは、万博開幕時から明らかになっていることで、「なにの企画をしたか」「どんな評判だったか」「私も行ったのか」などをご報告するために、国際電話をかけました。
オレグさんは「僕の携帯電話は優れもの、パリでもワルシャワでも通じる」と言ってみえたので、教えていただいた携帯電話へかけてみた。と、言っても2度目のこと。6月はじめにかけたときも、きょうも、電話から聞こえる声は、すぐ近くにいるようです。
私の方からは、国際電話カードを利用してのもの。たくさんの数字をおしまちがえないようにして、オレグさんが電話に出てくれるのを待ちました。
「ロシアナショナルデー、素晴らしかったですよ。バレエと音楽と、それと、ロシア語でなんというのか知らないが、サーカスの人、ポルーニン……」。「エッ、ポルーニン??それはすばらしい。彼はサンクトペテルブルクで公演したよ」。
電話の向うでオレグさんは「日本は雨が降っているかい?」「いいえ、雨は降らないが、暑いですよ」。
ちょっと黙ったオレグさんは、日本の万博会場の景色を思い出しているようでした。
「サンクトペテルブルクは、暖かいよ。気持ちが良い」。
あまりに声が近いので「今夜お酒でも飲まない?」ってお誘いしたくなりました。
84号 オレグさんのこと掲載の毎日新聞
66号掲載のオレグ博士の日本での活躍を紹介する毎日新聞記事です。残念ながら写真はありません。
サンクトペテルブルグでの「写真展」、そのために私に「日本語で説明文を書いてね」と言って見えた博士ですが、と、いうことは、私、サンクトペテルブルグへ行かねばなりませんか?
2005年06月21日
85号 ロシアナショナルディー ご報告 1
ご報告が前後しますことお許しください。万博ロシア館最大企画ナショナルディーのご報告を3回にわたっていたします。
6月17日のロシアナショナルディーの企画発表は、遅かったです。バレエが来るらしいなど「うわさ」はいっぱい流れていたけれど、万博協会やロシア館からの「公式発表」は17日寸前でした。それでも、当日は万博への入場者数も多ければ、会場となったEXPOドームも人がいっぱいです。
さて、私の一日をお伝えしましょう。
早朝起きて、すぐ出発するつもりが、地域のゴミだしを済ませて、ヨーグルトの朝食だけでは、これからの長時間もたないから、朝食をしっかり食べ直してからの、イザ、出発です。
いつもどおり、名古屋駅メルサバスセンターからの直通バス乗り場へ行きます。と、そこにはすでに、人、人、人ばかり長蛇の列ではありませんか!毎回バスを利用しているお得意様の私がいつも乗るときは、かなり空いている時間。早朝のこの多さに仰天です。きょうはみんな「ロシアナショナルディー」に行くのかしら?
バス到着の東ゲートでは多くの人が入場を並んで待っているが、とても幸運なことに列の流れは順調で早かった。が、東ゲートからEXPOドームまでは、実に遠いのです。600円ゴンドラはすでに、切符を買うだけで並んでいる。ゆっくり走るIMTSのバスはいま、1台が出発したばかり。待ち時間がもったいない。
結局歩いてドームへ。暑いです。ループを歩いていると、西ゲート(リニモ西駅とか団体バスとかで来る人の多くが利用する入退場口)はものすごい人の列。「うわああ~~」と声がでてしまいます。
無事ドームへ入ることができました。汗を拭きつつ会場内は、まだ人が少ないです。民族楽団と士官学校少年合唱団も出演。その後セレモニーがはじまる。マイクの音が割れてあいさつの声がほとんど聞き取れない。
いよいよバレエ公演がはじまります。演目などくわしいことは ロシアバレエファンのユーラさんのページをご覧ください。
舞台の床は舞踊にふさわしいようなものでありません。べこべこつるつるに見えます。それに会場が明るすぎて、踊り手の目になにもかも見えます。「落ち着かないことだろう」と心配です。転ばないで欲しいとおもってばかりいました。
きょうは、友人のあっこちゃんがはるばる福岡からやってくる。このロシアナショナルディーのために。「マーミンカ通信」で知り合った人たちともこのドーム内でお会いする約束です。みんなうまく会えるかしら?と、私も落ち着かないです。
もっと落ち着かない少年たちがすぐとなりにいます。さきほど出演をしていた、モスクワからやってきた、アレクセイ・ヨルダン記念カデット少年合唱団のみんなです。「僕たちバレエなんていつも観ているものね」って感じで、バレエが始まったら、いままでの緊張が解けたように、ごそごそしはじめて、ぼそぼそとおしゃべりをはじめてしまい、とうとう私は彼らに「チー」としました。
それを察したように、彼らの指導者たちが、退場をうながして彼らもほっとして、会場を出て行きました。そしたら急に静かになり、音楽がよく聞こえるようになりました。

( ドームの中からみえるロシア館 )
休憩中に出会ったのは、この「マーミンカ通信」の愛読者でロシア館リピータで、マトリョーシカ大ファンという Kさんです。「入り口で、『マーミンカ通信』に掲載されていたロシア館通訳の青年に声をかけました。勇気を出して声をかけたら、喜んでくださいました」。
コースチャですね。偉い!!声をかけた彼女も、それに答えた彼も偉い。
美しいバレエが続き、とても豊かな気分です。ドームらしく、外から鳥の声や騒々しさも入ってきます。まあ、仕方がないことです。というか、実はとても残念です。
ボリショイ劇場オーケストラのメンバーは、舞台下での演奏です。前半、客席真ん中で聞いたときも「しっかり&優しい」音と聞こえました。が、後半右サイドに席を移動した私は、「音がこんなにも違う」と感動しました。右サイドには、もっと優しいまあ~るい音となっています。どこにもとげのない、音と聞こえます。ドームの中を吹く自然の風に乗って耳に届いているようです。
2005年06月22日
86号 ナショナルディー ご報告 2
EXPOドーム満員の観客は、ロシアバレエのスターたちのすばらしいバレエ公演に酔っています。
次の出演は、クラシックセッション「アポクリファ」です。8人のグループがクラッシク音楽のいくつかを歌い、演奏し、ちょっとショーのように見せてくれます。と、いうことが観ていてわかったのですが、最初は、なにをするのかな?と心配でした。が、だんだん、みんなが乗ってきます。独唱の男女ふたり、イリーナさんとチグランさんの声がすばらしいが、ここはドーム。彼らは本当は小ホールで出演すべきですね。でもでも、さすがロシア国が、ナショナルディーに出演させたグループです。魅惑的です。
すべての終演後、総勢11人のグループとなってロシア館訪問です。ガイドにコースチャをお願いして、展示物の説明をしていただきました。モスクワ市コーナーでは、この担当のマルレン氏が「おお、みんな来てくれたかい。うれしいよ」と、もみくちゃ大歓迎してくださいました。
きょうのロシア館は、ロシアの日ですから、混んでいます。おみやげの売れ具合もとても良いようです。
きょうはじめてお会いした Kさんは、マトリョーシカの大ファンです。「幼いころですよ。大阪万博ソ連館のおみやげに、マトリョーシカをもらい、それからずっとファンです。万博会場に近いところに住んでいるので、散歩のように、ロシア館へ、おみやげコーナーのマトリョーシカを見に来るのです。そして、写真も写して」。
その写真集を見せていただきました。ロシア館おみやげマトちゃん集です。こういうロシアファンもいます。スバラシイ。拍手を贈ります。
その後それぞれ別れて、遅い昼食です。遠路福岡からおいでの、あっこちゃんと私は、ポーランド館レストランへ。ここでおいしいお料理とビールを十分に楽しみました。むこうのテーブルには、ロシアバレエファングループも楽しく語らい中です。
すてきなロシアナショナルディーです。みんなをすっかり酔わせてくれました。
87号 ナショナルディー ご報告 3
6月18日早朝、万博会場にふたりは到着しました。福岡から「ロシアナショナルデー」のためにやってきた友人と、私は、EXPOホール前で並び、午後3時からはじまる「スラバのスノーショー」の入場券を手にして、喜び、朝からビールも飲んでしまいました。朝から暑いです。アジアのパビリオンも回り、ロシア館にも行き、映画を見ながらちょっと休憩もして……。
ロシア館の前では、昨日のナショナルデーの演目に出演をした、アレクセイヨルダン記念ガゼット少年合奏団の公演もあったようです。

EXPOホールの開場時間、会場のドアを開けた瞬間から、もうショーは始まっていました。会場中が雪です。それはすごいものです。「なにが始まるの?」ワクワクします。もう完全に、出演者は、観客の注意力をひきつけました。そして、はじまりました。黄色の道化師コスチュームのおじさんは、舞台に出てくるだけで、オーラが出ています。スターですね。
緑の厚手のコート姿に、黒いヘンな靴と茶色のぼろい帽子姿の道化師仲間、途中黄色の服で月と星?のふたりも登場です。彼らのひとつひとつのワザがすごいです。片足で立ったまま足元を見ずに前後のふたりが同じリズムで足を動かす、これはすごいです。指先の動きだけで、客席の400人以上の客の拍手のリズムをひとつにしてしまう、これもすごいです。観客を完全に巻き込み、場内がみんないっしょになって笑います。ときどき子ども達が「キャッ、キャッ」と笑うと、もうそれだけで、会場中も釣られて笑います。いいなあ、笑うっていいです。
笑いながらどこか悲しいのですが。と、悲しんでいる間がないほど、すごく大きなものが登場し、あれよあれよと思う間に、場内には雪が……。「うわあ~~」。と、今度はボールが。「うぎゃあ~~」。それはいままで見たなによりもすごい劇場大道具です。
完全に私は、参りました。うれしいのや悲しいのや楽しいのや、いっぱいいろんなことで、涙も出てきます。「ブラボー」って叫んでいました。舞台の下にかけていきました。持っていたキャンデーを彼らにプレゼントしました。
私は完全に空へ舞い上がる気持ちです。「きっと、モスクワで彼らに再会する!!」って決めました。



(お宝 : ポルーニンさんのサインです)

(お宝 : 会場に降った大雪です)
2005年06月24日
88号 ピロスマ二の絵
EXPOドームがある一角が、コモン4と呼ばれるところ。ロシア館はここに位置します。会場一番南に位置するところです。大勢の人が早朝から並ぶ企業パビリオン位置からは遠いところで、朝は、かなり静かです。が、午後から夕方は混みます。どこのパビリオンは外に列をつくります。
コモン4の入り口に位置し、「健康と長寿」と看板に大きく書かれているのがコーカサス共同館=アルメニア・グルジア・アゼルバイジャンの展示館です。バラのソフトクリームとかヨーグルト・ワインの販売コーナーもあります。
ここのグルジアコーナーにやっと、「女優マルガリータ」の絵の複製がやってきました。

グルジアの画家ピロスマ二が、憧れた女優をモデルにしたこの絵画は、開幕当所、万博のグルジア館の目玉展示となる予定でした。私は楽しみにしていました。が、なかなか展示されませんでした。グルジア館担当者は「絵の痛みが激しいようで、どうでしょうか?」。また別の方は「展示の予定で本国では準備しているようですが、さて?……」。
とうとう、複製ですが来てくれました。すてきです。赤いバラの花が飾られています。「百万本のバラの花」の歌詞のモデルとなったのは、この絵とか。ぜひ、ご覧あれ。そして思わず歌いたくなることでしょう。「ひゃくまんぼんのばらのはなを~あなたに、あなたに、あなたに、あなたにあげる~」。
贈り物の花の話題がでたところで、ちょっと、ロシアでの花の贈り方をお伝えしましょう。基本は奇数本です。これが大事です。ブーケを造ってもらうときも花の本数は、奇数本になるように。そして、1本だけの花でも、良いのです。
と、いうことは、「百万本のバラ」って……??うふ。
99万9999本のバラの花を~~って、歌詞では歌うのが難しいし……。うむ。
2005年06月25日
89号 クロアチア国のパビリオン
国境線だけが書かれた白地図を広げて、さて、この国はどこでしょう?と問われても、ほとんど正しくは知らない。もちろん詳しい人は大勢いることでしょうが。なにかの機会に「ああ、ここにあるのか」と知ることは、あります。戦争や暴動や天災が起きて、はじめて知るよりも、美しい景色や人との出会いや、芸術文化=音楽や映画で知ることのほうがどれだけ心にしみこむものかとは、言うまでもありません。
その、なにかの機会がいま、行われている万博もひとつであるかもしれませんね。35年前に開かれた大阪万博のときとは、明らかに違う世界地図です。出展の各国は、自分の国がどこに位置する国かを、いろんな形で教えています。

クロアチアは、パビリオン側面に地図を載せました。それも、人通りが多いほうへ、むけて。思わず立ち止まって見入る人もいます。「クロアチアって、海があるのだね」。それが私とクロアチアとの出会いでした。
クロアチアパビリオンはいつも大勢が並んでいます。が、早朝一番に入ることができました。並んでいる理由は、人数を仕切って、映像の部屋に入るからでした。おもいがけない映像の方法にも驚きましたが、映像の内容も、なにかぐっとくる正直さでした。国と国民の生活を見せてくれました。
ロシア館の展示には、国民の生活、いまのロシア国民が、なにを食べ、着て、四季をどのようにすごし、子ども達がなにに大喜びをするのか、という紹介は、残念ながらほとんどありません。そこは不満です。すこしだけモスクワ市内映像が市民生活を紹介ているようですが、モスクワ市民だけでロシア国民ではありません。ロシア国、そのあたりは、ちょっと黙っておきたいところかもしれません。
クロアチア国パビリオン、ちょっと並んでいますが、ぜひ、ご覧ください。おすすめです。
90号 ロシアの少年たちの万博
ロシアナショナルデーのためにモスクワからやってきた、アレクセイ ヨルダン記念カデット少年合奏団のご一行は、短い時間万博と地元の人たちと楽しい交歓交流をしたそうです。
少年たちは、EXPOドームでの公式行事のとき私のとなりに座り、暑いな、眠いなあ、窮屈だなモードいっぱいで式典を大人しく聞いていました。が、だんだん、少年らしくやんちゃになってきました。だから、バレエのときに会場を途中退場していきました。そのときのうれしそうな顔を見逃しませんでしたよ。「ホットしたよ」って、少年らしく可愛い顔をしてさっさと退場していきました。
その後ロシア館の前や名古屋市内美術館の前などで演奏活動もしました。
もちろん万博も楽しんでいたようですが、19日彼らが、制服のまま「暑いよ~」と会場をぶらぶら歩いているのに遭遇しましたが。暑かったよね。とくにその軍服スタイルは可愛そうでした。
時には、万博会場の地元瀬戸市の人たちとの交流会に参加して、楽しいひと時を過ごしたようです。このときの通訳には、ロシア館の コースチャが勤めて、彼も少年たちと、瀬戸の人たちとも楽しんだそうです。
もう無事にモスクワへ帰り、もうすぐ夏休みの学校で、いっぱい日本の印象を話してくれていることでしょう。良いすてきな報告が伝わっていることと信じます。
91号 休日は海へ行きました
25日の土曜日は、ロシア館とウクライナ館の休日メンバーが誘い合って、海へ行くという。ちょっとまよったのですが、気分転換に、内海(知多半島のうつみ海水浴場)へついていくことにしました。
晴天で風も心地よく、波も穏やかな絶好の海の日です。きょうは私も「海に入る」と決め水着をもっていきました。気持ちよかったです。海は良いですね。大好きです。疲れましたが、いつもの疲れとは違います。
水辺ならではの「足」で参加者をご紹介します。
ロシア館潮力発電の専門家。イリヤさんの足

ロシア館事務方コンピュータ技師。ボーバさんの足

ロシア館通訳 コースチャの足

本邦初公開、マーミンカの足でございます。

そしてもうひとりはウクライナ館の人気もの、ダーニャです。彼女はおきれいなので、そのままでご登場いただいきました。ウクライナ語・ロシア語・英語・日本語もお上手、これからはイタリア語を勉強したいとか。ぜひ、ウクライナ館でお会してください。

2005年06月26日
92号 海でぼ~~~とする休日

(みんなで泳いだ内海(うつみ)の海、きれいです)
大きい領土のロシア国。海岸に接して暮らしている人やバイカル湖ほかいくつか湖もありますし、大きくゆったり流れる河もありますから、水辺での生活が日常の人たちも多くはいるでしょう。が、あの大きな国に生きる人たちには、「海」をまだ見たこともない人たちも多くいることは、容易に想像できます。
ロシアでは、義務教育の学校にはプールはありませんので、水泳の教育指導はありません。泳ぐことは大人から子どもへ教えていくものだそうです。家族揃って夏の休暇を水辺でゆったり過ごすのことが、夏のお楽しみです。
大都市モスクワは、お金を出せば各種プールがあり、そこで年中手軽に泳ぐことを楽しんでいる人もいます。お金を出して求めれば、水泳指導もうけることが出来ます。
モスクワの中心を流れる見た目はきれいではないモスクワ河で泳ぐ人たちもいます。水がなくとも、公園などで、夏の太陽の下で、おもいきり身体を太陽にさらして、のんびりぼっ~としている人も多くいます。
ロシアやウクライナパビリオンの人たちといっしょに海へ行き、彼らのとても大きなあこがれが、「海に行く」こととわかります。若い人もベテランも「海へ行く」のは、うれしくってたまらないようです。
水着とタオルをもって海へ行き、ちゃちゃっと着替えて、さっと海へ入ります。ばさばさ泳ぎ回るというよりも、水と戯れる、水に身をゆだねるみたいに、のんびり遊びます。
そして水から上がり、太陽の下で、思い切り日光浴です。肌を真っ赤にして太陽を浴びています。
水の中でも、太陽の下でも、ただ、ぼっ~~~~~~~、としているのです。
2005年06月27日
93号 瀬戸市民との交流会・出会い…。
名古屋市中心部から電車で約35分ほどで、瀬戸市に着きます。瀬戸、瀬戸物の瀬戸はここからと言われる焼き物の街です。愛、地球博の瀬戸会場もあります。
ここで活躍するNPO瀬戸の方と知り合いました。万博で働く外国人と仲良くなりたいからと、バーベキュー大会とコンサートを開くと聞きました。「ロシア館も参加します」とも。では、私も行かねばなりません。
日曜日の夕方、コンサートの時間からですが出かけました。でも、ロシアパビリオンからの参加者は、来ていません。あら?どうしたのでしょう。でも、しばらく、会場の様子を見ていました。外国人たちももちろん、瀬戸の市民も参加して楽しそうです。

でも、ロシア館からはなぜ来ていないのでしょうか?この場所がわからなかったのかしら?
コースチャに電話をしました。と、言うかコースチャはこの瀬戸NPOの取組は知らなくって、「ロシア館から誰が行くのでしょうか?」って言っていました。
「だれもいなかったですよ」と瀬戸市から伝えると、「そうですか。私たちはいまからフットサル大会に行きます」と言うではありませんか。エッ、それはたいへん、そちらにも行かねばなりません。
きょうはこの瀬戸市のコンサート会場でひとりの青年と待ち合わせを約束をしていました。ロシア国のある大学に留学しており、いま夏休みでご実家に帰ってきた青年は、「ロシア館のことなど教えて欲しい」と、私のロシア語仲間を通じての縁を得て、ならば、瀬戸市で会いましょう。きっとロシア館の人たちとも会えるでしょうと思って、瀬戸市へ来てもらったのです。が、残念でした。ロシア館メンバーに会えませんでした。
が、「フットサルがいまからあるのですが、行きますか」。「はい!」と明るい返事が返ってきたのです、瀬戸市から、フットサル会場へ駆けつけました。
続きは次号に……。
94号 第2回 フットサル大会速報
ロシア対メキシコ戦です。今回のロシアチームはシャツをそろえました。キーパーのアリョーシャは、早くから身体をつくり、汗を出しています。仕事が休みの人も、きょう仕事だった人も、相当の意気込みで会場に集まってきました。やる気むんむんです。
が、他のチームも同じくすごいやる気です。がんばれ、ロシアチーム !!
きょう出会った青年Sさんを無理やりに誘って、フットサル会場で応援です。

今日も蒸し暑いです。みんな元気に走りまわります。が、ナント!!メキシコが、勝ちました。2点を与えてしまいました。でも素晴らしい、緊迫した試合でした。みなさん、お疲れさまです。
2005年06月28日
95号 謹んでの私ごとです。
敬愛する読者のみなさま。
この「マーミンカ通信」もまもなく100号を迎えようとしております。題材の愛知万博・愛地球博も、会期を折り返しました。これからは、一層の暑さと大勢の来場者などが問題となってくるでしょう。
日ごろフットワークの軽さだけは自慢で、あちこちへ行くことはなにも気にならずにおりまして、これからもっと万博の取材に励もうと思っております。万博夏対策・ロシア館展示の紹介・ロシア館を中心にして外国館のスタッフたちへのインタビュー・おすすめの食べ物などの取材企画をと考えております。
それと、ロシア館メンバー等と夏の名古屋を楽しむ計画を練っています。
が、とても痛い事が起きてしまいました。
なんと、この大事なマーミンカの足が、近所の飼い犬に噛まれました。
全治1週間(あるいは延びるかも)の怪我を両足=足裏と右足首にです。加害犬はふだんから可愛くない犬。根性も可愛くなかった。嫌いよ!!
もちろんすぐに外科を受診しております。
というわけでして、唯一の自慢のフットワークがしばらく使えません。お許しください。でも、確実に治っていきますので、待っていてください。お願いします。
※このブログの「コメント」機能は書き込んですぐに、公開とはなりません。私宛のないしょ話しでしたら、その旨を頭につけて、書き込んでください。「公開」はしません。
私が、「公開」ボタンを押せば公開となります。いずれもどうかお気軽に書き込んでください。
2005年06月29日
96号 マルレンさ~ん またお会いしましょう。

マルレン アコポフさんです。この「マーミンカ通信」のためにインタビューの約束をしていましたが、日程の調節がうまくいかずに出来ませんでした。ごめんなさい。いまは、モスクワ市へ戻り、日常のお仕事をされていることでしょう。また、ぜひ、お会いしたいです。
マルレンさんとはじめてお会いしたのは、まだ4月のはじめのこと、愛・地球博会場も静かで、ロシア館も静かでした。ロシア館のとなり、リトアニア館の前の庭で、です。
オレグさんが紹介してくれました。「マルクスのマルとレーニンのレン をあわせた名前の、マルレンだよ」と。そのときのマルレンさんはなにか、お付き合いでもあったのでしょう、やや顔を赤らめ、ご機嫌でした。
その時、マルレンさんがロシア館のモスクワ市担当者ということも知らず、「私はモスクワへ何度も行っています。モスクワでお芝居をみることが大好きです」と話しました。「とくに、演出家ワレリー ベリャーコビッチ率いるモスクワ ユーゴザーパド劇場が大好きです」とお伝えしましたら、「おお、それは素晴らしい。ぼくもベリャーコビッチ氏を知っているよ」と、とてもうれしそうで、私を抱きしめてくれました。もちろん、私もとてもうれしかったです。ユーゴザーパド劇場を知っている人がいるのは、うれしいです。
それから仲良しになりました。ロシア館出口の机にいつもいて、にこにこと来館者にプレゼントを渡したりしていました。特に若い女性には気前が良く、とってもうれしそうで、彼女たちといっしょに写真を撮ることも楽しんでいました。
インタビューの約束はしていたのですが、できずでした。ロシアナショナルデーを終えて6月22日、お国に戻られました。いっぱいお聞きしたかったのです。とくに、日本の印象などを語っていただきたかったのですが、残念でなりません。
機会があればモスクワ市でお会いしましょう。マルレンさんは、「モスクワ市全ロシア展覧会センター」で、働いてみえるそうですから、行ってみようかな。