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2005年05月02日

27号 民族学博士の見た日本 Ⅱ

 
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 オレグ ビクトルビッチ博士は、ロシア国の民族学研究の大博士でいらっしゃることが、お付き合いをすすめるうちにとてもよくわかってきました。なにも威張ったところもなく、お酒はやや弱く、少々物忘れもされる、陽気な、知的好奇心とエネルギー溢れるロシア人です。

 民族学という学問そのものを論じることは私にはできません。が、「人間を見る」 ということがその学問の根底にあることはわかります。オレグさんはいつもまったく臆せずに、日本語はまったくできないのに、どこへでも、誰とでもすぐにお友だちになれる人です。そうでなければならない民族学という学問なのでしょう。机上の学問ではない、ということです。

 はじめての日本。おどろくことがたくさんあり、いつも感動してみえます。その感動のうち私も驚いた、民族学者が見た日本、を今回はご紹介いたします。

 風呂敷などの布包みの方法=== お弁当箱を布で包んでいる私の手先を見て、感嘆の声を上げられました。こんなのあまりにもあたりまえの私たちの日常風景ですよね。四角いお弁当箱を、布でくるくると包んで、きりりと締めて彼に渡すと「なんと美しいことか~」。「もう一度見せて」とのことで、ほどき再度包みなおしてみました。その間の彼の目は、私の手元をするどく注目です。包みあがったお弁当箱をじっと見つめる博士です。
 
 たしかに、布で包むって最高に地球に優しい包装です。それもとても美しい包装です。もっと私たちも大事にしたいですね、風呂敷文化を。
 
 女性のバッグの持ち方==腕を「く」の字に曲げて、そこへバッグの手をとおす持ち方は、手のひらが自由になりますね。この持ち方をオレグ博士は、驚き、「神様に祈るため、感謝する(合掌のこと)ために、手のひらを空けておくのか?」。 「ロシア女性は手にバッグを握り歩く。日本女性のバッグの持ち方はとても面白い」。

 その言葉を聞いてから考えていた私は、はっと気が付きました。
 着物文化の日本の美しい所作です。着物を着たときは、ずるりとだらしないことを嫌います。だから持ち物も胸のあたりに抱くとか、抱えるとか、それがいまに伝わっているのですね。

 手ぬぐい==これは、ハチマキからはじまり、手をぬぐう、汗を拭く、暑さ寒さをよけるなど、小さな布の変化にたいへん注目されています。手ぬぐい文化も、とても地球に優しいものです。これからはバッグに手ぬぐいを入れて歩きましょう。

 愛・地球博は小さな海外旅行です。文化交流の場所です。そこへ通うことができてうれしいです。もっといろんなことをいろんな人たちから教えていただきましょう。


2005年05月03日

28号 オレグさんを囲む 輪

 この通信4号に登場していただいた、日本人学生=3月末のロシア館で、ロシア語に耳を傾けていたので、声をかけオレグさんを紹介しました=Mさん。東京の大学でロシア語を学ぶ2回生の彼は愛・地球博の会場近くがご実家で、この連休中に帰ってきて「ロシア館に通います」、と連絡をもらっていました。

 オレグさんにもそのことを伝え、再会を待っていました。29日午後、ロシア館内で、Mさんがご両親とともにやってきました。私の友人Tもやってきて、みんなでロシア館をめぐり、ポーランド館内レストランで交流会もして、楽しい時間です。
 友人 T も、Mさんご両親も、「まだ行ったことがないサンクトペテルブルクへ行きたいわ」と、盛上がりました。ぜひ、ぜひどうぞ。みんなで行きましょう。オレグさん、ご機嫌です。「みんな僕の友だちだよ~」。

 翌日30日には、以前から計画の伊勢の旅へ、オレグさんと通訳のコースチャと私と3人で行く予定をしています。が、夕方になってコースチャがちょっと体調不調で「やめておきます」とのこと。そう言えば、顔色も悪い。無理をしないで、やめて養生して元気にロシア館で働かねばなりません。残念だけれど今回はお留守番です。コースチャは9月までいますから、また、きっと行くことができるでしょう。

 Mさんに声をかけました。「明日、伊勢神宮へ行くけれど、ごいっしょにいかがですか?」二つ返事で「行きます」。これはまた楽しい旅になりそうです。

 その後、愛・地球博場内の「日本広場」にならぶ、お祭り山車(だし)の夜景を見にいきました。オレグさん、ここでもやはり、興奮です。なにに驚かれたと思いますか?
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 縄の仕舞い方です。祭り山車を引くための太い縄がグルグルと巻かれている、それが「美しい」と写真を写しまくっています。あれ?ロシアでは縄など、長いものをしまうときってどうするのでしたか?
 
 「ああ、ロシア館に戻らなければ怒られるよ~」と、彼は戻り、私たちは会場を後にしました。
 
 いま、愛・地球博は午後10時までの開場で、夜の入場者も多いです。もちろんライトが美しいですが、場内は暗いですから、お足元にお気をつけてくださいね。それに、スリや置き引きが出没しているようです。つい、ぼんやりと歩いている私も気をつけよう。

 そして、明日(30日)は、早朝から いざ、伊勢へ。


29号 鳥羽・海・真珠・伊勢神宮 

 とても気持ちの良い晴天の4月30日です。約束の場所で、3人は時間通りに集合です。

 連休がはじまり、さぞや、観光地の伊勢・鳥羽方面は混雑していると思いきや、電車も鳥羽の町も静かでちょっとびっくりした、私です。

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 「はじめて見る太平洋だよ」と、オレグ ビクトルビッチは、三重県鳥羽の海に興奮しています。「海風も気持ちが良い」と深呼吸をして、写真もたくさん写しています。

 ミキモト真珠島へ。ロシアの真珠は淡水の小粒真珠が多いそうです。愛・地球博のロシア館に展示されている、ロシア民族衣装には小粒真珠をたくさん縫いつけた手のこんだものがあります。「日本の大粒真珠」を楽しみにここへ来ました。展示物をていねいに見て、写真も写して。展示の宝飾品は、ロシア国が持つ優れた美しい作品を見慣れたオレグさんには、ちょっと??だったようですが……。多くの芸術工芸品などに触れている、民族学者は、ロシアでは見ることがないものをめざとく見つけます。「鼈甲(べっこう)」の美しさや、着物を着たときの宝石のおしゃれとして許されている「帯留め」「かんざし」などに熱い視線を送っていました。

 昼食は、せっかくの海辺です。美味しいお刺し身と「てこね寿司」と呼ばれる地元の寿司を食べました。「ごはんが美味しい」、「まぐろが大好き」とこれまた大喜びです。
 Mさんは、寿司ネタを、辞書で調べながら、日本語それも漢字とキリル文字でも書いて、オレグさんに教えています。オレグさん、お箸使いがますます上手になっています。

 鳥羽の隣町、二見町へ。私が尊敬する大先輩の小西社長の真珠店へ行くことも、きょうの旅の目的です。真珠だけがお目当てでなく、ぜひオレグさんに小西さんを紹介したく、オレグさんにも「真珠は、私の友だちの店で買ってくださいね」と、他のお店は覗くだけにしておきました。
 小西さんの優しい気持ちがあふれる店内で、オレグさんもMさんも私もしばし、お買い物の楽しいひとときです。

 私が知っているロシア国に住むロシアの人たちは、だれもが、「相手の心を瞬間で読み解く、見抜く」超達人ばかり、と思っています。俳優や運転手や店員や主婦や博物館学芸員など、決して多くの人を知っているわけでないけれど、だれもが、正直でまじめで、対する相手の心の中をしっかり見てくれる人たちばかりです。だから、私の下手なロシア語でも、熱い交流ができるのだと、彼らの持つ天性のものに感謝しています。

 オレグさんもそのとおりで、会ったばかりの小西さんに「いい人だね」、お店の明るい雰囲気に「なんて親切で優しいお店なのだろう」と関心ばかりです。ご紹介をした甲斐があります。小西さんにすっかりお世話になり、甘えてしまいました。二見町の「夫婦岩」なども行きたかったけれど時間がなく、きょうは通過です。

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 伊勢神宮でのオレグさん。まさに見るものすべてに興味津々です。山が見えることがとてもうれしそうです。サンクトペテルブルク市もモスクワ市も、山がありません。以前モスクワからやってきた俳優たちも、「日本の山がきれい」と興奮しでしたが、オレグさんも同じく、「海の隣りに山がある」。


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 神宮は新緑に囲まれてそれはそれはきれいです。Mさんも私も日本語→ロシア語の辞書を手に持ち、指さしながらの、神宮案内です。でも、豊かな知識のオレグ博士は、神道のことも承知ですから、示す単語をすぐに理解して、納得されています。

 伊勢神宮が20年ごとに社殿も宇治橋も新しく建て替える、式年遷宮(2013年)の準備に入っていることを伝えました。いまの社殿のすぐとなりの引越し先は、美しく整えられ神々しい光も感じるオレグさん。「今度は僕が来る時は、こちら側だよ」と、8年後からの新しい建物とその前に立つご自分の姿を想像しているようです。

 「おはらい町」「おかげ横町」などを覗きながら、ぶらぶらとしていると、ナント午後5時を過ぎてお店はだんだん閉まっていきます。でも、私たちは、ベンチに座り缶ビールを飲みながら、おしゃべりです。Mさんがみつけてきた「うつぼのから揚げ」でビールも美味しい。その間に、周りのお店はどんどん閉店していきます。店舗が閉める雨戸もカメラに収めています。

 もう暗くなって、「サア帰りましょ」とバスターミナルまで来て、驚きました。もう、バスはないし、タクシーもない、すっかり町は夜です。午後7時ですよ。オレグさんも驚きます。私も驚きます。
 「EXPOではいまごろは、大勢の人で賑やかなのに…」。「名古屋の町も、こんなに暗いくはない」。しかし、駅までどうしようかな?歩くとかなりの距離だが。
 でも、ここにいても仕方がないから、駅の方面へ向かって歩きましょう。暗い道を3人は歩きます。私は、「まるで午後11時くらいと思える静かさ、暗さ…」と、久しぶりの田舎の暗さを感じておりました。
 と、1台のタクシーが、まるで迎えにきたように、ゆっくり近づいてきます。もちろん乗り込みました。運転手さんは「神宮が5時に閉まると、ここはすべて閉めてしまう町だから。なにやっていたの?」。
 別に特別のことをしていたわけではないのに、暗くなってしまったのです。

 近鉄宇治山田駅でしばらく待って、帰りの電車も空いており、私は眠り、Mさんとオレグさんはロシア語の勉強をしながら、すっかり仲良くなっています。音楽をふたりで聞いてもいるし…。ザ ピーナッツの「恋のバカンス」が多くのロシア人たちと同じくオレグさんもお気に入りの模様。ロシア語を専攻しているMさんには、オレグ博士は素晴らしい教授です。出会えて良かったですね。

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 楽しい旅がひとつ終わりました。「今度は奈良へ行きたい」。ハイ、行きましょうね。
 


2005年05月04日

30号 コースチャ 元気になる

 愛・地球博には、多くの外国人が働いています。外国館には、日本語の達人外国人が多くいます。出会った日本語達人達を紹介していきたいとも思っています。

 でも、やはり私はロシア館の人たちを紹介することがいま使命ですから、19号に登場していただいたコンスタンチン キムさんに再登場願いましょう。

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 4月30日、鳥羽・伊勢にいっしょに行く予定でしたが、少々不調だったコースチャは、30日はゆっくり休み、夕方は正教会の復活祭前夜祭に出席したとのことです。元気になってなによりです。

 コースチャが、日本での驚きをまた語ってくれました。
 ☆万博関係者用で乗っていたバスの運転手さんが道を知らないので、驚きます。(これはバスの手配が各地に及んでおり、名古屋に詳しくない運転手も多いの、仕方がないことでして…)。
 ☆道はきれい、広いですね。でも、人が少ない。歩いている人がいない。朝と夕方はいるようですが、みな家のなかにいるのでしょうか、驚きます。
 ☆日本人は買い物好きで、驚きます。
 ☆自炊生活です。だから買い物へ行くと、肉が高くって、パンが美味しくない。ちょっと困ります。

 そんな日本に住む人たちへ、日本語を駆使してロシアを伝えてください。ロシア館の展示は、多岐におよびますから、日本語での解説はたいへんなことが多いと思います。「人智圏の調和」というロシア館のテーマは、日本語としても難しいことばです。
 日本人の多くが、この愛・地球博で、ロシア館を訪ねたことで、ロシアを好きになってほしいと私は願っています。ロシアのいまも過去も正しく知ってほしいです。という私ももっと勉強したいです。そのためのコースチャたちの使命はものすごく大きいです。楽しい出会いもきっと多くあることでしょう。
 これから暑い夏を迎える、愛・地球博です。がんばれ~。

 ところで、コースチャ その派手なネクタイは???遠くからでもキラキラ光っている~。

 EXPO2005 ロシア館 コスチュームです。
 シャツの胸ポケットには、マンモスマークが入っているのですが、写っていないですね。ごめんなさい。


31号 トルコパビリオンでの出会い

 なにげに入ったトルコパビリオン。中は暗くって足元は、じゅうたんが柔らかい。どこかいつか聞いたような音楽が聞こえる。
 入ってすぐに展示されているガラスケースの中の装飾品は、なにかとても貴重なもののよう。この展示に日本語説明はないので、パビリオンに来た人々は、ちらりと見るだけで前に進んで行ってします。私はこれに惹かれて、立ち止まってみていると、後ろの壁に立つスーツ姿の青年からの「説明しましょうか?」ビームを感じたので、「日本語はおできなりますか?」と聞くと、待ってましたというように、飛んできて説明してくれます。

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 我が家の近所のお米屋の若旦那に似ている(?)青年は、流暢な日本語で「魔よけのガラス細工です」。続けて「トルコの古い貴重な本です。そして、「これからトルコの国からもっと貴重な展示品が送られてきて、充実します」。

 とてもお上手な日本語に感激して、いろいろお話をしました。ヤースィン テキさん、23歳。
 日本が大好き、日本人が大好きなトルコの人々は、日本からもっと観光にきて欲しい、もっと仲良くなりたい。と熱く語られます。
 はじめて日本に来て、なにも悪いことはなく、日本人の優しさに感動してみえるというありがたい言葉をいただき、恐縮してしまいます。

 トルコ国では二つの大学に日本語学課があり、そこから選らばれてのパビリオン通訳ですから、優秀な学生でしょう。その通りだと思います。「忙しくってなかなか、観光もできません。」。それは残念です。今度名古屋をご案内しなければなりませんね。

 トルコパビリオンの不思議な空間は気持ちが良いものです。流れる音楽も心落ち着くものです。ちょっとロシア館のうるささに、ここで気がつきました。

 トルコは、東西南北の文化を取り入れ、日本人も大好きな場所です。いままで関心がなかった私ですが、これからはチェックしておきます。出会いに感謝です。


2005年05月05日

32号 会場に咲く花たち

 連休中の愛・地球博の人出はさすがに予想通りにすごいです。

 でも、多くの人たちの中で、手入れされた花たちもいまを盛りに咲き誇っています。

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  ※おまけ

 外国館では、お国自慢のビールを売っています。人気のベルギー館のビールも飛ぶように売れています。美味しいです。香りもステキです。

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2005年05月06日

33号 キラキラ光る

 このところの通信が、ロシア館外のものでしたから、今回はロシア館の展示に戻りましょう。
 ロシア館、マンモスだけではありません !!

 ロシアの広大な国土の下には、各種の鉱物が計り知れないほど埋蔵されていることがよくわかる鉱物の展示です。キラキラ光って、観客をひきつけています。これは、モスクワの鉱物博物館の展示品の一部と宝石細工会社所有の、値段がつけられない鉱石・鉱物たちです。すぐに「値段はどれくらいだろう」と聞きたくなるのを我慢して、ガイド通訳コースチャの説明を聞きましょう。

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 「ここに展示のものは、ロシア国の西側、コラ半島・カレリア半島・ウラル山脈・シベリアそして極東から掘り出されましたものです。ムルマンスクの地下12,261mから掘り出したものも展示しています。地下12,261mは世界一深い採掘所です」。(↓ 写真 )

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 琥珀は、大小さまざま。「30万年前、樹液が化石になりました。虫が入っているものもあります」。
 紫の石は、マンモスのふるさとと同じサハ共和国で、1977年にみつかったチャロ石。命名の語源は、「チャーミング」から。紫色が際立っている。
 緑の石は、孔雀石です。ウラル山脈で採掘されています。 
 
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 掘り出した鉱物類は、伝統を引き継ぐ各地の石細工職人の加工のより、飾り物や装飾品にもされるけれど、工業・農業・化学・食品工業・建築資材などに使われています。農業肥料としても鉱物=アパタイトが使われているので、豊作に役立っているそうです。

 ほかに、トルマリン、ロドナイト、メノウ、碧玉、エメラルド、瑠璃石……。これだけのものが並んでいるのを見逃すのは、もったいないです。愛・地球博を報じるマスコミも、この展示におおいに注目すべきですよ。これはぜひおすすめです。

 しかし、これは説明がないと、なにがなにかわかりません。ぜひ、ロシア館スタッフに説明を求めましょう。

 あまりキラキラ光っているので、私のおもちゃのカメラでは写真が写せません。


34号 会いたかったよ

  
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   ロシア館の近く、オランダ館にはときどき、ミフィーちゃんに会えるというウワサ。
  と、ある日、会えました。
  可愛いよ。花柄のドレスがまたステキです。
  抱きついている男の子がなかなか離れずにいます。


35号 マトリョーシカと万国博覧会

 ロシアおみやげで人気の一番は、マトリョーシカです。ロシア館のおみやげ売り場にも並んでいます。

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   ロシア館おみやげ売り場のマトリョーシカたち

 マトリョーシカのはじまりを、ロシア民族学上級科学博士、オレグ ビクトルビッチさんにお聞きしました。と、意外な事実を知りました。

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 1890年ごろのロシアの鉄道王で大金持ちの、マモントフ夫妻は日本へやってきて、日本各地でいろんなものを見聞し、そのひとつに、木彫りのお人形で、中にまたお人形を入れている「入れ子人形」が印象に残ったそうです。

 モスクワに戻り、モスクワ郊外の町セルゲイ パッサードの木彫り職人に、日本で見た人形のイメージと合う人形を作らせました。職人は、ロシアの女の形にして、ロシアの衣装の絵を描き、名前を「マトリョーナ」とつけました。「マトリョーシカ」は、この「マトリョーナ」の愛称形の呼び名です。

 1900年前後のヨーロッパでは、ロシアの文化が注目されているときで、ちょうどその時、1900年に開催されたフランス パリ万国博覧会にロシアは、この木彫り人形を展示して人気を得ました。

 その後改良を重ねて、セルギエフ パッサードの職人たちから各地へ広がっていったそうです。セルギエフ パッサードにはいまも「おもちゃの博物館」があり、数々のマトリョーシカが展示されています。
            
 ~~~~~~~

 マトリョーシカと万国博覧会は縁が深い!! 驚きました。

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   私のお気に入り・ 1997年 セルギエフ パッサード の クリク作 20ピース 

 


2005年05月08日

36号 キラキラ光る 鉱石細工

 ガラス越しの写真ですが、キラキラ光る宝物を写しました。

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37号 ロシア民族学の貴重な資料

 愛・地球博外国館には、その国の国宝級のものも多く展示されていて、本国の国民でもふだんお目にかかれないようなものや、はじめて外国での展示となるものもあります。
 ロシア館の、マンモスや鉱石類も国の大事な宝物ですが、それ以外にも貴重な展示があります。
 
 今回は、サンクトペテルブルク市国立ロシア民族学博物館の貴重なコレクションをご紹介しましょう。民族学博物館は、民族にかかわるあらゆるものをコレクションしています。例えば、衣装類。ロシア各地から寄せられる民族衣装の古い物を修復する部門を見学したことがありますが、デパートの洋服売り場のように、あらゆる衣装類が仕切られたたんすの中で、修復を待っていました。古くって触るとボロボロと布が落ちるようなものは、別に大事に所蔵されています。
 それらを修復して、時々は展覧会として、多くの人々に見せてくれます。なお民族学博物館は、ロシア各地にあり、学生達は授業の一環で、何度も通って勉強しているそうです。

 愛・地球博のロシア館には、1912年にロシアの画家カメンスキーにより制作されたの民族人形コレクションが展示されています。この人形も首がとれたものもあり修復家の努力で、元に戻ったそうです。みんな大事に扱われて飛行機に乗って日本へやって来ました。
 サンクトペテルブルク市でも、常時展示されているものではなく、特別展などのときにお出ましになるものだそうです。今回日本で、愛・地球博で、これらのたくさんの人形たちをゆっくり見る機会が与えらたことに感謝しながら、私はいつも楽しませていただいております。
 25体くらい並んでいます。そこからの一部をご紹介します。

 
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  左: ハントゥイ 族 (旧オスチャーク族) シベリアの西に住んでいます。
  右: マンシ 族 こちらもシベリア西に住んでいます。

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  ブリヤート 族

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  ロシアシベリア人

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  カムチャッカに多く住む コリャーク人

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  ヤクート人

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  極東に多く住む エヴェンク人
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   モルドヴァ人
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   このように並んでいます。ロシア館では、ぜひごらんください。
 
 
  ※ガラス越しの写真で上手に写せませんでした。きれいではなく、ごめんなさい。


2005年05月09日

38号 マーシャの笑顔に出会えます。 

 この通信には、男性の登場が多いです。なぜか?言うまでもなく筆者が女性だからです。明解な答弁ができます。が、男性ばかりでは、お叱りをうけそうですねぇ。

 では、今回は日本語の達人 ロシア館の女性をご紹介いたします。

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 大学生活優先ですから、いつもロシアパビリオンで仕事をしてみえるわけではありませんので、お会いできた方は幸せですネ。ステキな笑顔で、観客を迎えてくれます マーシャ ゲオールギエブナさんです。
 ロシア国クラスナヤルスク市で日本語を5年間学んで後、日本へ。1年間東外大で、いまは別の大学で経済学を学び続けています。今回、愛・地球博ロシア館では、通訳やアテンダントで働いています。

 「日本語は外国語のひとつとして、勉強をはじめたのですが、だんだん面白くなり日本へ留学したのです。私は最初はカタカナから覚え、ロシア人の名前を書いたりして、日本語を知っていきました」。

 日本の食べ物で唯一苦手は、納豆。「あの糸を引くのは…ちょっと…」。ほかはなんでも大好き、とのことです。いいえ、食べ物だけではなく、「日本が大好き」と言い切ってくださって、うれしいです。
 「安心で、安全で、住みやすい日本です。日本へ来た最初のころは、もちろん驚きもありましたが、いまはすっかり慣れてしまいました」。

 ロシア館にやってくる日本人は、「ロシアについて知識を持っている人が多く、ロシア語を知っている人が多くって、とてもうれしいです」と、マーシャさん。そうですか。それは私もうれしいです。

 ロシア館は、愛・地球博会場の中で一番遠いコモン4の中の、また一番遠いパビリオンです。そのロシア館へ来てくださって、いろんな分野の展示や映像を楽しまれる人たちは、とても多いです。
 「もっと、たくさんの方たちがロシア館へおいでくださることを、心よりお待ちしています」。

 休憩室で日本語文庫本を読むマーシャさんは、短い休憩を終えたらすぐに、パビリオン受付の仕事に戻り、ちょっとだけ並んで待った後に入館してくる大勢の観客たちへ、笑顔でスタンプを押しています。


2005年05月10日

39号 あのぉ、両手が……

 ロシア館の展示はとてもたくさんあります。細かいものから大きなものまで。

 これはなんでしょ?  答えは次回にします。

 よーく見ると、両手が…

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2005年05月13日

40号 医療自動車の お医者さんのようですが。 

 私がはじめてロシア館へ行った日は3月26日でした。寒い日でした。が、いまは新緑の美しい5月の爽やかな日が続いています。ロシア館も観客が多く、人の流れが途切れません。
 各パビリオンは展示の仕方や観客の流れがいろいろです。人数を区切って入場させて、並んでみんなが同じ道を通っていく見せ方。必ずある部屋に入るようになっている見せ方。どこでも好きなように歩き体験していく見せ方など。
 
 ロシア館は、あまり混んでくると入場は制限していますが、館内に入れば、どこでも好きなように見ていても良い、という展示の仕方です。だから興味が引かれたものをじっくり見ていくことができます。
 

 私がはじめてロシア館に行ったときにみつけたもの。それから行くたびに気になっていたもの。それは39号のややピンぼけ写真でご紹介しました白い上着を着た彼のことです。
 が、「どこかで見たことがあるような……?」どこにでもあるもの、といってしまえばその通りですが、でも「どこかで見たことがあるなぁ」。

 彼がいるのは、ガラスケースの中です。 「医療設備と通信設備を設置した自動車は到着困難な場所でも医学研究や臨時医療に利用される」

と、説明板にあります。彼は、その自動車の模型展示の中にいるお人形でした。

 もっと鮮明なものを見てみましょう。

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 そしてですね、両手が反対になっているのですよね~。両手が反対にくっついておりますよ~!!

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 彼は医者でしょうか?通信担当員でしょうか?
 ガイド通訳 コースチャに聞きました。
 「たぶん医者でしょう」。かな??
 「この車はもう実際に使われております。アフリカでとかで」。

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  右端に彼は立っています。なんだか、とてもユーモラスなのです。


2005年05月16日

41号 速報 パビリオン対抗 フットボール大会

 5月15日夜、ロシアパビリオンをはじめ各国パビリオン対抗フットボール大会が開催されました。
 21時キックオフです。パビリオンを閉める時間を早めるわけにはいきませんから、どこも、やりくりして参加です。試合時間は10分間です。3コートを使っての戦いで、周りは各国の応援団も集まっています。

 ロシアチームは21時12分からの第1回戦は、クロアチアとの戦い。勝敗は、4ー0で負けました。

    
   
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  ゴールキーパーはアリョーシャ。きびしい戦いで、ひざをすりむいてしまいました
   

  22時からの第2回戦は、イングランド戦。こちらは0-0でした。


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   ロシアチーム !!いよ~やったね。おおいに健闘をたたえます。
 
 

 これは、愛知万博フットサル大会実行委員会主催・読売新聞社後援の外国パビリオン交流会です。愛・地球博会場に近いフットサル場を借りて、国内外24チームが8つのリーグに分かれて各シリーズの1位チームがトーナメント方式で対戦する形式です。決勝は18日です。
 この話が具体化されたのは、4月下旬。ロシアチームは、この日のために相当の練習をしてきました。(と、選手はおしゃっています)。
 
 参加24チームみんな燃えています。ブラジルチームは応援団も選手も熱い熱い。ウクライナチームには旗を振る応援団もにぎやかです。クロアチアはユニフォームをそろえています。

 ロシアチームのユニフォームはそれぞれ個性的にそろえて、応援団の旗はないけれど、フットボールの国の人たちですから、選手も応援団も一生懸命です。「勝って欲しい」と女性陣は熱い声援を送っています。
 さて、どこが優勝するでしょうか?ロシアチームは第1回戦で負けていますが、でも、ひょっとしたら、の、希望はあるそうですよ~。
 速報でお伝えいたしました。


42号 フットボール大会 つづき

 前号は『速報』でしたから、いくつか間違いがありましてごめんなさい。一部手直しをしてあります。

 が題名の「フットボール」はそのままにしておきます。ロシア館のメンバーは「フットボール」と言ってましたから。でも本当は「フットサル」でした。

 約30カ国の24チームの参加です。フットサル会場であらためて多くの外国人が、パビリオンで働いていることがわかりました。会場の盛り上がりぶりで、どれだけ参加者みんながこの日を楽しみにしていたかわかります。日本館からは、「瀬戸日本館」と「トヨタ館」がエントリーしています。また、試合には他国の審判があらかじめ決められています。


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  ↑  試合前のウクライナ館メンバー


 ロシア館チームには日本人スタッフのUTUさんが入っています。1回戦が終わったあと、「こんな本格的なサッカーだとは思わなかった。こんなに一生懸命やるとは思っていなかったよ~」と、やや青い顔をして笑います。彼はロシアチームの勝利のためにと仕事をやりくりして合流して、コートを走り回りました。
 
 フットサル会場は寒くって冷たい風です。5月も半ばなのに寒いです。選手達も試合待ちの時間は、しっかり上着に長ズボンです。私は心配していました。みんな疲れているし、この寒さのなか、あまり入れ込むと危ないなあと。

 ロシアチームはキーパーのアリョーシャが1回戦でひざにすり傷を負いました。でも2回戦には平気で出場していました。どこかのチームがなにかアクシデントで、選手のひとりがコートでうずくまっています。ここで怪我をして、パビリオン生活・日本生活に支障がでてはたいへんなことです。しばらくちょっと騒ぎでしたが、なんとか大丈夫だったようです。ほっ。

 18日は決勝戦です。ロシア館ではもしかして出場かもしれないからか、休日番も返上でパビリオンに集合することとなっているそうです。勤務表では休みとなっていたオレグさん「18日はみんなで仕事となってしまいました」。そうですね、仕事ですね。


2005年05月17日

43号 名古屋市内めぐり 

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 はい、いきなりの写真から入ります。これは5月8日夕方、名古屋港に新しくできたイタリア村にて。ロシア人に囲まれていると私も小さく見えるからうれしいです。

 5月8日は、オレグさんとアレクセイさん(愛称アリョーシャ)と私の3人は、名古屋市内博物館めぐりにでかけました。

 名古屋駅近くの「ノリタケの森」からスタートです。日本ではじめての洋食器メーカのノリタケ。日本人には珍しい洋食器でも、彼らには日常ですから、もうひとつ興味がなかったようです。きれいなテーブルセットを見ても「ロシアのレストランだ」とおしゃってます。

 「日本ではコーヒーや紅茶を飲む生活は新しい」、「家庭のなかでは、パパ用ママ用おばあちゃん用などと食器がわかれている」、「大きな花瓶に花を活けるのも新しい文化」などを一生懸命説明しました。

 オレグさんは、「展示の仕方も興味あることで、ぼくの(サンクトペテルブルク民族学)博物館にも取り入れたい」とも。親子絵付け体験コーナーにとても興味をしめされました。

 次は、徳川美術館へ。「サムライ博物館へ行きたい」とおふたりのご希望で、刀を見に行くことに。が、その前には、ちょうどお昼で、「ビールが飲みたいね」と3人は要求がぴたりと一致して、ちかくの中華料理店へ。

 まずはビールではじまり、「注文は私に任せて」と仕切って、3人は昼間から飲んで食べました。中華料理の熱さは苦手なロシア人ですが、餃子・エビチリ・肉茄子いため・トマトの卵とじ・肉の天ぷら・あとなんだかな?たくさんいただきました。満足満足。

 その勢いで、徳川美術館へ。日本語→ロシア語の辞書を手に、お茶席や能舞台、着物、絵巻物など説明しているつもりの私と聞いているつもりの彼等。昼間のビールの後のむつかしい話しはダメですね。

 徳川美術館のまわりは公園になっています。美術館を出てしばらくベンチにすわり休憩です。緑がとてもきれいで、暑くも寒くもない、一年で一番気持ちの良い季節にこうして日本をご案内できるのは、うれしい。のんびりしていると次のご希望地に行くことが遅くなります。「さあ、名古屋港へ行きますよ」。

 徳川美術館から地下鉄「大曽根」まで歩きます。15分くらいですが、道端の花や建物や道行く人たちにも興味津津のおふたり。もちろんきょうもオレグさんは写真を何枚も写します。

 「OZONE」の看板を見て、ロシアからのおふたりはうれしそう。オレグさんは歌っています。「大曽根ってどういう意味なの?」と問われましたが、はたして??私は知らない。
 大曽根から名古屋港までの地下鉄での30分は、3人ともちょっと眠りました。

 地下鉄「名古屋港」駅を地上へ出ればすぐに港が見えます。オレグさんは「あっ、ペテルブルクのネバ河の景色に似ている」。ネバ河のペトラバブラスク要塞あたりを対岸のエルミタージュ美術館側から見た景色に確かに似ている。とりわけきょうの港の海の色は、濃いグレーです。

 ブラブラと3人は港の公園や水族館まわりを歩きます。最近オープンしたばかりのイタリア村にも行ってみることにしました。でも、入場料が1,000円いるようなので、どうしようかな?と思っていると「午後6時を過ぎましたから無料でお入りください」と聞こえたので、「パイジョーム」で、大喜びで中へ入りました。

 イタリアのどこかをまねて造られたこの小さな村を、ロシア人ふたりはとっても喜んでいます。イタリア料理、雑貨、洋服、小物などのお店が狭い敷地にずらりと並び、どこもひっきりなしに客が入っています。賑やかです。

 「また来るから地図が欲しい」とアリョーシャ。彼はロシアパビリオンのマンモス担当者、会期中ずっと名古屋にいますから、きっとまた仲間とここへ来るようです。夕方ですが、3人とも空腹にはなりません。そして、気持ちの良い疲労感です。

 「もう帰ろうよ」と一致して、地下鉄に乗りました。おもしろい一日でした。おふたりがとても疲れている様子が気になります。「明日の朝も早く起きて、パビリオンへ行って仕事だよ」。

 パビリオンへ行く日は、朝8時に宿舎の外へ集合して、手配のバスに乗り万博会場へ。8時半過ぎにパビリオンに到着して、開店は午前9時。それから12時間以上です。上手に交代で休憩を取っているようですが……。なかなかたいへんなこととわかります。
 これから蒸し暑くなるし、雨が降るとひどい万博会場内ですし、観客もどんどん多くなるので、どうかお気をつけてくださいね。きょうは早くおうちに帰りましょう。


44号 ロシアレストランにて

 ※これは、パビリオン対抗フットボール大会よりも以前の出来事です。 

 名古屋の老舗ロシア料理レストラン「ロゴスキー」へオレグさんをお誘いいたしました。と、いうか、先日の「名古屋めぐり」のときの朝、「夕食はロシア料理にしましょうね」と言っていたのですが、昼食の中華料理をたくさん食べ過ぎたため、“空腹”にならなかったので、「またの機会に」となりました。

 その「またの機会」を、オレグさんのお休みの日の夕食としました。「サッカーの練習をしていたよ」と夕方、にこにこで待ち合わせ場所にやってきたオレグさんは、「レストランへ行くために」と黒いスーツ姿で登場です。ロシアパビリオンでも評判のおしゃれなオレグさんです。

 彼には何度も伝えました「日本のロシア料理店ですから」と。お店のテーブルに着くと「良い店だね」。サンクトペテルブルクのビール、バルチカ3をまずは飲みました。オレグさんは、ロシア語メニューを読みながら、「ロシア語間違っているけれど…」。お店の女性店員さんはロシア語を知らないそうです。インターネットなどで調べてつくったロシア語メニューは彼女の手作りとのこと。彼女はオレグさんに「直してください」。オレグ ビクトルビッチ ロシア語先生は、試験の答えを合わせるようにひとつずつ「これは正しい」「これはこうですね」などと言いながら、ペンで直していたのですが、途中から食べるのが忙しくなり、途中までしかみていないハズです。


 次はグルジアワインのムクザニを飲みながら、前菜盛り合わせ、ピロシキからはじまり、ペリメニ、ボルシチ、パンはお店特製の黒パン。つぼ焼ききのこ・これ↓はなんだったか?「肉野菜煮込み」ですね。

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 食べながら、オレグ ビクトルビッチ博士は、ロシア料理の歴史、酒器のお話し、お酒の種類などを教えてくださいます。私のロシア語レベルに合わせて、わかりやすく、ときには絵も書いて。彼は、サンクトペテルブルクでは唯一の民族学上級博士、とくにロシア語語源をいまは研究をしているそうです。知性あふれる彼のお話しを聞くのが、私はとてもうれしいのです。
 
 
 「ビールは女性の飲み物です。男の飲み物はリキュールやコニャックです」。
 「『スタカン ウオットカ』 とは言ってはいけません。『ストプク ウオットカ』と言いなさい」。

 その後、日本の祝い膳には「鯛」をお膳に載せ「お祝いの時は、赤いごはんを食べます」と言えば、「それは面白い。ぜひ食べてみたい」。
 ロシアの大事な食材の麦のこと。その種類の多さを話されたのですが、これは私はわからない。

 「カーシャが食べたい」ともおっしゃいます。「ぼくのエネルギー源だよ。あなたはラーメンでしょ」。あは、覚えてみえる。先日の中華料理店でひとりラーメンを食べた私、「これは私のエネルギー源です」って宣言したからでした。

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 「おいしい料理をいっぱい食べて幸せです。元気になります。サッカーきっと勝ちます」。

 


2005年05月18日

45号 奈良へ 

 5月14日、オレグ ビクトルビッチ博士を古都奈良へご案内いたしました。早朝名古屋出発、京都乗換え、まずは奈良市西の京の「薬師寺」へ。

 オレグさんは、3つのカメラを持ち写しまわっています。「サンクトペテルブルクで日本を写した写真展を開く」予定だそうです。だから写した写真のコメントを私が書く必要があるとか。ええ、日本のことは私がいたしましょう。「いままで写したものはどれだけの枚数があるかわからないけれど、全部見てね」と、宿題をもうすぐもらいます。

 静かな寺内に鳥の声が聞こえます。すがすがしい院内で仏たちとの対話をします。

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報告はつづきます
 


2005年05月20日

47号 ちょっと休憩 & お知らせ


 きょうは、ご報告をいろいろいたします。

 ▽18日決勝でした、「第1回EXPOフットサル大会」は優勝はクロアチア、順優勝はベルギーでした。クロアチアはロシアと初戦を闘ったチームです。赤白格子のシャツをそろえてかなりやる気でロシアを圧勝したクロアチアの優勝を讃えます。おめでとうございます。

 ▽そのクロアチアの戦いを追ったテレビニュースの枠の中での「万博フットサル大会がありました」の放映では、ロシア戦の模様もありました。オレグさんの笑顔やキーパーのアリョーシャの奮闘ぶりが放映されていました。

 ▽どうも第2回大会もあるらしいです。6月下旬とか。ロシアチームはこれから練習にはげむことでしょうね。きっと。

 ▽ロシア国ナショナルディーは6月17日金曜日です。ロシア館ではすでに準備に入っています。なにか大きなことをやりそうですから、注目です。もちろん発表があればここでお知らせいたしますね。

 ▽6月18日には「マンモスに関するシンポジウム」が愛・地球博会場内で催されます。公開討論会形式です。マンモスは遺伝的にアジア象とアフリカ象どちらに近いかなどの注目される分析結果の発表があるらしいです。ロシア国はもちろん、アメリカ、日本、フランスなどの研究者が集まるそうです。入場無料です。くわしくは、博覧会協会事業管理室(FAX 0561-61-7699)までどうぞ。

 ▽エルミタージュ美術館展・華やぐ女たち  名古屋市美術館で開催されます。5月21日~7月18日まで。チケットは一般1200円、高校生・大学生900円、小中学生は400円です。お問い合わせは、052-212-0001 名古屋市美術館まで。その準備のためにサンクトペテルブルク市からいく人かのスタッフが名古屋にきています。先日オレグさんに紹介していただきました。みなさんで、愛・地球博を楽しんでみえました。

 ▽ロシア館の展示品方法や説明が日々進化しています。新しい展示物もあります。まった追ってここで紹介していきます。


2005年05月21日

48号 奈良の旅 つづき

 45号の奈良の旅の続きをご報告いたします。

 ※ この号の写真は、オレグ ビクトルビッチ氏撮影です。

 5月14日は優しい5月の晴れの日です。暑くもなく寒くもなく爽やかな日でした。オレグさんのご希望で朝早く名古屋を発ちJRで京都へ。近鉄に乗り換えて「西の京」へ。
 電車内では、オレグさん、お隣りに座った女性にいつもどおりすぐに声をかけています。その女性はアジアの青年達との交流活動をしているとかで英語が堪能で、オレグさんもうれしそうです。彼は英語あまり得意ではありませんが、英語交じりのロシア語でもこうしてお友だちになります。
 短い時間お話しがはずみ、「ああ、きょうは仕事ではないから、名刺を忘れてきてしまった。お渡ししたいのに…」と残念がるオレグさん。私が持っていた以前、彼からいただいた名刺をお渡ししました。「ロシアへ来たら僕のところへいらっしゃい。この名刺を持ってきてください」。日本でどれだけこの名刺を配られたことでしょう。これからサンクトペテルブルク国立民族学博物館には、日本からの訪問者が相次ぐでしょう。「オレグ博士にお会いしたいのですが」って。
 笑顔がとってもすてきな美しい女性でした。こういう小さなふれあいができるオレグさんの人なつっこさと相手を嫌がらせない優しいお気持ちはすばらしいです。

 「西の京」へ降り立ったとたんに、うれしそうです。飛び上がらんばかりです。やっと念願の「奈良」ですものね。「薬師寺」をめぐります。写真を写すのに忙しいオレグさんとは、つかず離れずの距離にいて、お互い別行動です。私は私で、久しぶりに静かに仏達との対話です。

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 オレグさんはすでに日本の寺院・仏たちなどについての知識は豊富にお持ちですから、寺院内でのマナーも日本人よりも詳しいのではないかしらと思います。なにも彼の行動を制することもありません。穏やかにのんびりと楽しんでいます。

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 奈良市内へ移動して、「あまりお腹は空いていない」という彼を無理に昼食の席に着かせました。私は空腹でたまらないから。「きょうは奈良に来たのだから、ビールは飲みません」とのことです。奈良市内の地図を見ながら、ここもあそこも行きたいとのことですが、ちょっと難しいかな?でも歩いてみましょう。

 昼食を終えて商店街の一角のくだもの屋さんで「デザートにしましょう」とイチゴを買いました。どこで食べるのかしら?東大寺へ向かう途中の公園でイチゴのデザート時間です。これが美味しいイチゴでして元気が出ました。
 土曜日の奈良公園は、修学旅行や全国、いや世界からの観光客がいっぱいです。オレグさんが大好きなのが、人間であることは知っていますが、こうして人の集まるところは、とてもうれしそうです。女学生に声をかけ、中学生のグループといっしょに写真に収まり、お得意の若い女性たちをまた写しています。

 「大仏」の光と影は、私も大好きな場面です。大仏殿に外部から入いると中は真っ暗です。ところがだんだん明るくなり、同時に大仏の目が自分をみていることに気がつきます。オレグさんも私もしばし大仏と対話しました。なにを思われたのかしら?聞く必要はありません。

 二月堂・三月堂へ回ろうと歩き出し、途中、公園の鹿とも遊びます。ちょうど2年前5月に来日した、モスクワユーゴザーパド劇場の俳優たちも奈良公園で鹿と遊び、「日本はなんてすてきなことだろう。鹿が町にいて人に寄ってくるのだから」と言ってたこと思い出します。オレグさんも「鹿が人間と同じところで遊んでいるのは興味のある風景。鹿の家に行きたい」。

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 「鹿の家」は行く時間がありません。二月堂でゆっくりと仏たちと対話しました。ちょうど夕方の光が西の窓から障子越しに堂内に入り、それが仏たちの脇からゆっくり照らし出し、なんとも不思議な明るさをみました。私も興奮しましたが、芸術家オレグさんも見逃さずにいます。ここでは写真撮影はできませんが「僕の頭の中のカメラに全部写しておくから」。

 奈良から京都へは近鉄電車に乗りもどります。電車の私たちの前に座る3人の女子高校生たちがそれは楽しそうにおしゃべりをしています。オレグさんも私も彼女達の明るい輝きを眺めながら、とても幸せな気分でした。

 京都へ戻り、新幹線「ひかり」乗車まで時間があり、京都駅を登りました。そうです。京都駅は不思議なつくりで、外大階段があり、10階ですかね?階段かエスカレーターで登ることができます。ここでもオレグさん妙に興奮して、「一番上に行きたい」。私は力尽きて、途中で待っていることにして、オレグさんはひとりで頂上めざしました。
 「今度は京都を歩きたい」。以前ロシアパビリオンの仲間10人以上と手配のバスに乗り、京都旅行を楽しまれたそうですが、オレグ博士の興味とみなのそれとは違い、「みんなが騒ぎすぎだった」と不満の京都旅行だったようですから。「京都も奈良も静かに歩く町だから」。

 帰りの新幹線では、缶ビールを飲みほし、いい気持ち。もうオレグさんは名古屋の町もくわしくなったので、名古屋駅で解散しました。彼はたとえ知らない町でもひとりで歩きまわり、なにかをつかんでくる人です。すごいエネルギーの持ち主です。尊敬します。


2005年05月22日

49号 オムスクの日

 5月18・19日の愛・地球博ロシア館は、オムスクの日です。オムスクって?地図で調べてね。

 18日は曇り空で、お昼頃にはとうとう雨も降ってきました。どこで舞踊などを行うのかと思いましたら、ロシア館の前で、です。館内に入る行列だけではない人だかりができています。スピーカーが外へ出されて、ロシアの音楽が流れています。

 と、子どもたちの踊りがはじまりました。

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 小さな子もいます。まわりのお客様に大人気です。「ブラボー」の声もかかています。オムスクからやってきた舞踊団 ソルニシコフ はオムスクの優秀な舞踊団だそうです。男女総勢20人くらいでしょうか。いろんな踊りを見せてくれます。大急ぎの衣装交換もあざやかです。
 
 女性歌手は、ナデェジュダ コマロバさん。とても素晴らしい声のですが、スピーカーが悪いですね。もっと大型アンプスピーカを用意するべきだと思います。残念。

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 男性歌手は、ウラジミール 二キエフさん。迫力のバリトン歌手です。

 バヤンのジュエット演奏家。時にはバラライカに替えてのジュエットも。女性の民族衣装がきれいです。

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 また、館内では、オムスクの超極小絵画の展示がありました。これが人だかりでつい見逃してしまいました。顕微鏡を覗きながら、絵画を見るのです。ロシア美術家同盟の一員 コネンコ画家の展示です。

 オムスクご一行は、18日と19日それぞれ2回公演をして後、京都へ。21日は東京での公演です。

 舞踊衣装をつけた可愛いお嬢さんを写しました。このかんむりは舞踊用のにせものですが、本物はロシアの淡水真珠をたくさんつけます。КОКОЩНИК です。

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2005年05月24日

50号 5月21日の愛・地球博

 この通信も、50号を迎えました。私のロシア館通いも5月21日で16回を数えます。きょう、21日は、万博会場内でオレグ ビクトルビッチと会う最後の日となります。もう、26日早朝には名古屋~成田~モスクワ~サンクトペテルベルクへと帰国されます。

 きょうはお弁当をつくり、パビリオン到着時間とお弁当を持っていくことをオレグさんに電話をして、さあ、でかけましょう、となったときに急に腹痛が襲ってきました。家に置き薬もないので、腹痛のまま出発して途中の薬局で「正露丸」を買って、飲んで、持ってロシア館へ。

 約束の時間をちょっと遅れてしまったので、会場内北ゲートからロシア館近くのEXPOドームまでを走る??IMTS車に乗ることとしました。これはトヨタの開発で話題の無人操車。専用レーンを走るというか、ゆっくりと進む車です。ゴンドラの600円よりは安い200円ですが、なんだかこのゆっくりさとエンジン音が気になる私です。

 ロシア館の前は、いつもどおりの長蛇の列。これからの季節暑さ対策を整えてほしいです。万博主催者側も観客も。炎天下に並ぶのはとっても苦しいことですから。

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 オレグさんがやってきました。「新聞記者の取材と写真を整理していたのだよ」。「お昼ごはん外で食べましょう」。

 お赤飯にしました。民族学博士は、人の一生にかかわる民族の持つ伝統が研究課題ですから、「日本の祝い」のことを、私に「教えてほしい」とのことで、私の得意分野の食べるものから話がすすみました。そのとき、「赤い魚と赤いごはん」を食べると言ったひとことに多いに興味をしめされました。

 ロシアでも、「赤い=若い=きれい=祝福」となり、若い女性の赤いサラファンとか、赤いプラトークとか、赤い花の贈呈とか、赤い刺繍布を部屋に飾るとか、赤い色は幸福への願いがこめられているという。ただ、ソ連時代に、赤い色が強制されてしまったこともあったそうで、いまもそれが伝わっているのが残念だとも。たとえばお葬式に赤い花は、ソ連のなごり、と教えてくれました。

 お赤飯は「おいしい、おいしい」と大喜びです。よかった。「もう日本人ですね。お箸使いがとっても上手ですね」。オレグさんは、「日本で箸を買って、自宅でもこれから箸を使うのだよ」。

 食後、オレグさんは館内の受付の仕事。「1時間後においで」。私はひとりでぶらぶらと緑濃い散歩道を歩きました。この愛・地球博の超人気ものに、有名なアニメ「となりのトトロ」の「さつきとメイの家」の再現展示があります。一日限られた人数しか見学できず、その限られた人の選出方法がいろいろ話題となったところ。
 私は申し込みもしていないので、入場しての見学観覧はできません。離れた場所には「見学コース」があり、「展望台」から見ることができます。なんだかよその家の覗きをしている気分でした。この見学許可書抽選を、家族総出で申し込んで「なによりも行きたい」と言っている友人がいます。「ガンバレ」です。

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 万博会場の中にあって、このあたりは緑がとてもきれいです。池もあります。噴水もあります。これからの季節この水のまわりには人々があつまることでしょう。

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 ロシア館内にもどれば、マルレンさんが私をよびます。「僕はもうすぐ帰国するから日本の思い出を持って帰りたい。『伊勢神宮』へ連れて行ってほしい」とのこと。以前、オレグさんと行った事をもちろん知って見えます。「ええ、良いですよ。行きましょうね」。
 通訳ペーチャは「僕が訳した日本語をあとで見てください」。「ええ、良いですよ。みましょう」。
 オレグさんは「今夜、となりのEXPOドームでスペイン音楽コンサートがあるよ。ほら、切符をプレゼントするよ」。まあ、うれしい!!

 ロシア館内は、大勢の観客でにぎやかです。マンモスはますます人気です。ロシア紹介の映画コーナーはイスに座って好きなように映画をみていても良いスペースです。ちょっと小休憩をする人もいます。おみやげコーナも売れ行き好調です。

 休憩となったオレグさんとちょっとロシア館のまわりを散歩します。「館内はうるさい、空気が悪い。時々外へ出ることが元気のもとだよ」。
 あらためてながめるロシア館の看板。実はオレグさんには「不満」ものなのです。ロシア地図にサンクトペテルブルクが描かれていません。私は人々の顔のなかに、俳優がいないことに「不満」です。

 お隣りのウクライナ館では、小さなレストランスペースがあり、開店準備が遅れたようですがいまは順調に人気です。  

 
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 EXPOドームはすでに人々が入場を待ってならんでいます。まだ、開場までに1時間以上、開演までには2時間以上もあるのにです。 

 オレグさんは「日本で写した写真がたくさんで、そこから何枚かコピーして渡すから、ホームページ(このマーミンカ通信のこと)に載せて、みんなに見せてください」。とってもたくさんの写真を写した彼は、帰国したら、博物館の仲間に見せて、選んで、写真展を開くそうです。「日本語での写真説明を書いて」と、私は依頼されているのですが、いつどうやって書くのでしょうか?ここではそんな時間はもうありませんが。

 ロシア館の通訳ペーチャがさきほど言っていた「日本語訳を見てほしい」の、その日本語訳文がまだ出来上がっていないそうです。ペーチャが苦しんでいます。

 「じゃあ、私はEXPOドームへ行ってきますね。オレグさん荷物を預かってください」とお願いしたら、「はい1,000円いただきます」。と辞書などを入れた袋を持って手のひらを出して笑っています。もちろん出すわけにはいきませんわ。

 ※ EXPOドームのことは次号に掲載いたします。

 
 午後8時半、EXPOドームのスペイン主催イベントが終わってすぐにロシア館にもどると、ペーチャの日本語訳文は出来上がっています。少しそこでそれを読み、素晴らしい訳文に敬服していると、なんだかまわりがバタバタしはじめました。そろそろ帰る時間です。万博は午後10時で営業時間を終わりますが、一番遠くにあるロシア館は、もっと早く閉館しているようです。

 私が訳文を読んでいる横で、オレグさんは「もう帰るよ」。なに?私がこうして仕事をしているのに……。私も早く帰りたい。「ペーチャ、とても良い訳文だと思いますが、少し日本語となっていないところもありまから、私は家でじっくり読みたい。持って帰り自宅からFAXで送ります」。そうでも言わないと私は、ロシア館にひとり置いていかれそうです。それはイヤです。通訳のナターシャが「泊まってもいいですよ。いやですか?」
 「イヤです。丁重にお断りします。夜中にマンモスが動き出したら恐い~~!!」

 訳文をカバンに入れて、預けてあった荷物を忘れずに持って、大急ぎでロシア館を後にしました。オレグさんとも、ちゃんとあいさつしたようなしないような、ばたばたの帰りでした。

 でもね。明日の日曜日はね…、京都へ行くのです。


2005年05月25日

51号 EXPOドームはロシア館お隣り

 愛・地球博会場内には、「EXPOドーム」と「EXPOホール」があります。これ間違える人がとっても多いようです。大勢の人を集めるための会場で、いつもなにかイベントが開かれているのですが、「ドーム」か「ホール」か、この違いは大きいです。場所が大きく離れています。
 「あら、間違えてしまった」と気がついて移動するには、30分はかかると思います。だから、イベント情報の会場については、しっかり確認してください。と、愛・地球博関係者になりかわりまして、申し上げます。

 「EXPOドーム」は、わがロシア館のある、コモン 4 にあります。「ドーム」は開幕式が開かれたところです。各国のナショナルディーイベントもここで開かれています。イベントによってあらかじめ申し込み抽選などがあるようです。が、当日朝9時から「入場整理券」の配布が「ドーム」前であって、ロシア館メンバーは、お隣りのイベント入場整理券を朝出勤してすぐにもらいに行ったりするそうです。
 
 5月21日の「2005年愛知万博スペインパビリオン アクティビティ プログラム」のひとつとして、「EXPOドーム」で開かれたのは、「フラメンコの歌い手とキューバ人ピアニストによるボレロ」です。
 オレグさんは、この入場整理券を朝ゲットして、「私のために」と用意をしてくださって。この優しさ、涙が出ます。

 入場整理券は自由席です。良い席をもとめて、ここにも会場前に並ぶ人たちが大勢です。私は並びませんでした。
 ここね、やはり、「音楽ホール」ではありません。音は確実に悪いです。まったくの野外ではないので、音が会場内にこもります。舞台は高い位置です。前のほう、指定席は平面ですから、音は頭の上を飛んでいきます。前のほうと喜んでも、平面ですから前の席に、でかい外国人が座ったら、後ろはヒゲキです。
 後ろ方面は階段席です。イスは冷たい野外用イス、野球場とかにあるあのイスを想像してください。これが冷たい。
 舞台模様は両サイドのテレビ画面映像で見ることができます。

 なにより、「無料」ですから。万博入場料金で、世界の超一流の芸術が楽しめるので、毎回ここへ通っている万博会場ご近所さんもいらしゃっるそうです。「無料」ですから、会場内ザワザワしています。公演中の人の出入りもあります。これ、私の大きらいなこと。遅れて入ってきて、自由席だからと前に席を探す人って、なにですかァ~、許せません。
 もっとひどいのは、「禁止」されている写真撮影をフラッシュ撮影をする人がいること。催しによってはきびしくしているのかもしれませんが、会場係員もなにもしていません。

 では、この項も つづきます。また、おいでくださいね。
 


52号 ロシアナショナルディー 第 1 報 

 【お願い】
  これは、5月25日現在の新聞発表情報です。変更や追加などあるかと思いますので、より新しい情報は読者のみなさまが、ご自分で、それぞれご注意くださいますようにお願いします。


 ☆ 6月17日(金)12時15分~15時40分
 ロシアイベント ネオクラッシクオーケストラとバレエソリスト 出演 コンサート (EXPOドーム)
 
 この日は一日 ロシアナショナルディーですから、↑この前後に式典など他の取組もあることでしょう。

 ☆ 6月18日(土)17時~18時15分
 65人のアンサンブル「ユーラシアの響き」 (EXPOドーム)
 ☆ 6月18日(土)時間未定
 ロシアイベント 「スラバのスノーショー」 (EXPOホール)

 ☆ 6月19日(日)13時~14時15分・ 17時~18時15分 
 65人のアンサンブル「ユーラシアの響き」(EXPOドーム)
 ☆ 6月19日(日)時間未定 
 ロシアイベント 「スラバのスノーショー」 (EXPOホール)

 これは見逃せません。

 詳細を知りしだい、おしらせいたします。


2005年05月26日

53号 オレグさん 帰国 が た・い・へ・ん ~!!

 オレグ ビクトルビッチ リシェンコさんは、サンクトペテルブルクに住む友人 エレーナさんの同僚で、EXPOの仕事のために名古屋へやってきて知り合った人です。が、すっかりお友だちになりました。
 
  
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 知り合った日からずっと「帰国する日は、5月26日」と言ってました。私の聞き間違いではありません。
彼の目の前でカレンダーノートに記入しましたし、ロシア館の人たちもそのように聞いていました。

 私たちが「またお会いしましょうね」ってお別れをしたのは、22日の日曜日です。そのときも、「明日23日はパビリオンへ行き、次の日は引継ぎの書類を書いて、会う人もあるし…。街の写真も撮りたいなあ」。「荷物は、服や靴は日本へ捨てていくから、軽いよ」。
 なんて冗談か本当かわからないこと言ってました。まだ余裕がある、と言う感じでした。

 25日の午前、ロシアパビリオンのペーチャに用があり電話しました。その中で「オレグさんは今朝早く帰りましたよ」とのこと。私は 「エッ?きょうだったのですか?」

 同じ25日午後、今度はコースチャに別件で電話をしました。「オレグさんは自分の運命がわかっていましたね」と笑いながら言うコースチャです。
 「オレグさんは成田で飛行機に乗り遅れました。明日26日になりました。ずっと26日と言っていましたから」。どうして飛行機に遅れたのかはわかりません。25日東京地方の電車は信号機故障で大騒動となったようですからその影響だったと、私は勝手に思っていますが。

 そうですか、だから帰国は26日だったのですね。ちょっとお気の毒ですが、いつもどおりおもしろいオレグさんですね。

 26日午後、インターネットで成田国際空港出発便状況をみますと、ナント、アエロフロート成田発モスクワ経由ロンドン行きは、「出発時間未定」となっているではありませんか?モスクワからの到着は時間どおりとなっていますから、成田でなにかあったのでしょうね。

 なが~~い待ち時間のオレグさんは成田で何をしていたのでしょうか?きっとあちこちで若い女性を相手におしゃべりをしていると思います。きっと写真をいっぱい写していることでしょう。

 結局、アエロフロート機は、6時間近く遅れて出発したようです。お疲れさまです。

 オレグさんにお願いしたものがあります。 この「マーミンカ通信」読者のみなさんへのメッセージを寄せて欲しい、「日本語で書いてね」と言いましたら、「いいよ」とも。
 「ロシアパビリオンのだれかに渡しておくから」。
 でも、その話しをしていたときから出発が早まったのですから、メッセージはさて、どうでしょうか。いずれにしても、日本語でとはならないロシア語ですから、訳すのは時間がかかりますから、いつみなさんへお伝えできるでしょう。

 オレグ ビクトルビッチ先生との出会いに感謝です。とっても感謝です。いまごろロシア国シベリアの上を飛んでいることでしょう。きっと、またすぐにお会いしましょうね。


2005年05月27日

54号 オレグさん 帰国 たいへん つづき

 やはり、オレグさんは、「5月26日帰国する」と、ずっと思い違いをしていたようです。
 どこで、「アッ、25日だ」と気がついたのでしょうか?たぶん、23日月曜日でのパビリオンでのことだと、思います。それから大急ぎで帰国準備をしたのでしょうね。
 24日夜はロシア館メンバーでお別れ会が開かれて、お酒を飲んで……。

 25日、JR名古屋駅を早朝出発したものの、首都圏の信号故障事故で電車が遅れて、成田到着も遅れてしまい、それだけで、ゾ~~ット青くなってしまったことでしょう。

 その後の手続きの変更=当所予定では、到着後モスクワでの宿泊、翌日サンクトペテルブルクへの飛行機搭乗でしたから=荷物を持って、成田空港をあちこちといったのでしょうかしら。
 
 そして、やっと帰ることができる26日は、パスポートコントロールを過ぎてから、コースチャに「じゃあね、帰るよ」と電話があったそうです。が、その後、アエロフロート機は、時間未定の遅延。これは疲れがどっと出ますね。日本の最後の景色が、成田での長時間待ち時間とは、残念です。
 

 でも、もういまはご自宅で、愛する奥様とお嬢さんと2匹の猫ちゃんみんなに、日本のことをいっぱいお話しをしていることでしょう。

 私はいまちょっぴり寂しくなりました。遊んでいた友達が引越していったのと同じです。
 


2005年05月28日

55号 アッ 46号を消してしまった。

 もずくさんからの暖かく優しいメッセージをいただいた 46号を誤って消してしまいました。
 「消去」しないつもりで、「消去」ボタンを押してしまいました。もう、もどりませんかしら?
 どうしましょう。
 もずくさん、みなさん ごめんなさい。

  ※※ 消去したものの 復活はムリ でした。

 ご迷惑重ねてお詫び申し上げます。


2005年05月29日

56号 これはどうやって作ったのでしょうか

 愛・地球博ロシア館は、とてもたくさんの展示物があります。大きいマンモスから、小さなお人形など、とてもたくさんの展示物です。「オムスクの日」のイベントのときは、顕微鏡で覗いてみる絵画展示がされていました。あまりの人だかり、あとで、と 思っていたら、見損なってしまい残念です。

 きょうは、ロシア館の民族工芸品の展示の中から、惹き付けられたものをご紹介しましょう。

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 パン? いいえ。パンではありません。これは、木製のおもちゃです。「グルジア民族のもの」と説明書きにあります。

 これぞ、おもちゃ !! と、感激します。おもちゃとは想像力を育てる役割が大きいもので、かつ、手にして遊ぶものですから、優しさが手を伝わってくるものなければなりません。デザインの美しさももちろん必要です。

 人の成長と関わるおもちゃです。おしゃぶりのときは、手になじむ丸みと口に入れても安全なもの。指使いが上手になったころからは、ひもの端から、指を沿わせてぐるっと回り、戻ってくる。木をひものように簡単にくるくると回らせることができないものと知識を得た段階からは、「どうやって作ったのかな?」っって思考する==これぞ、おもちゃです。

 おもちゃの下にある敷物も、女性たちが丹精こめた刺繍作品です。赤い色は幸福の色。結婚式に使われたもののようです。
 ロシア館の奥、宇宙物のとなりのガラスケースの中にあります。


57号 これはどうやって作ったのでしょうか Ⅱ

 前号に続き、私を感嘆させてくれたおもちゃです。

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 ちょっと見にくい写真でもうしわけありません。四角の中にも球体の中にも、ボールが入っています。どちらも、木製です。よーく考えてみると、不思議ですね。どこからボールを入れたのでしょう。考え込んでしまうと夜も寝られなくなります。
 手にとって触ることは出来ないのですが、これを振って、音を聴いてみたいですね。カラカラと音がするのでしょうかしら?

 大人も楽しめる想像力を十分に養うおもちゃです。そして、このワザ。ぜひ、ロシア館でご覧になってください。


58号 オレグさんと歩く雨の京都

 オレグさんの帰国前、最後にお会いすることができる日は、5月22日の日曜日でした。京都へご案内をすることにいたしました。彼はすでに、ロシア館メンバーとバスで京都・清水寺あたりは訪れてますが「京都はもっといろいろあるでしょう?行きたいなあ」。では、行きましょう。

 京都は雨模様です。最初に三十三間堂へ行き、並ぶ仏像に感嘆です。「日本ですね。ロシアにいるみんなに見せたい」。写真集を買われました。
 修学旅行で賑わっています。静岡からの中学生グループが「京都で出会った外国人に英語で質問」という課題を持って旅をしているようで、オレグさんが囲まれました。
 中学生の英語をロシア語に訳す私、それを英語で答えるオレグさん。それを日本語に訳す私。==ロシア語もおぼつかないのに、英語はさっぱりできないのに、私の学習課題みたい==と、思いながら。
 中学生が、とってもオレグさんを気に入ってしまい、4人それぞれがたくさんの質問をします。オレグさんも面白がってにこにこと答えています。
 せっかくだから、「ロシア語覚えていきなさい。ロシア語の先生から直接教えてもらいなさいね」って、中学生に言うと彼ら、すごく喜んでいます。
 彼ら中学生が、ロシア人とロシア語に、これから少しでも興味を持ってくれる機会となれば、うれしいです。

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 昨夜NHKラジオで「京都大原で『大原女(おはらめ)まつり』が開かれます」と聞き、オレグさんを、京都の北の大原へお連れしようと決めていました。乗り物を乗り継ぎ、緑の美しい大原へ。ところが楽しみに来た「大原女まつり」は、 “雨のため来週”となってしまいました。

 「大原女まつり」のポスターにみつけた わたし です。これは驚きです。私の小学生のときにそっくりです。なにより、オレグさんも驚いて言います。「これは、あなたですね。日本人女性の顔です」。

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 京都大原寂光院と三千院を歩いてめぐります。雨が時々少し降ってきて、でも気にはなりません。山には霧が生まれ、道端には花が咲き、緑がそれはそれは美しい季節です。心が洗われます。
 
 オレグさんは、大感動です。お連れしてよかったです。

 遅い昼食は、三千院門前の食堂で。では、一問一答形式で再現しましょう。全部ロシア語です。

   
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 マ=「日本でお気に入りの食べ物は?」
 オ=「寿司、まぐろは美味しい。ラーメン。赤いごはん。そして、これ!!」。
   このとき、オレグさんはおでんを食べていました。

 マ=「では苦手な食べ物は?」
 オ=「餅・団子、甘いもの」。
   このとき、私は団子を食べていました。

 マ=「ロシアでの食べ物、一番好きなものはなにですか?」
 オ=「ああ、どれも食べたいなあ。お肉を焼いて、サラダをたくさん作って、くだものも……」。
   このとき、しばらく沈黙で、しみじみ思い出すというか、遠くを見るオレグさん。

 マ=「私がオレグさんの家に行ったら、何をご馳走してくれますか?」
 オ=「ブリヌイにスメタナ。たくさん食べさせるよ」。
 マ=「エッ?私は、ボルシチとピロシキとマロージナエ(アイスクリーム)と……」
 オ=「あなたがたくさん食べることは知っている、だからブリヌイをたくさん作るからね」
 マ=「ありがとう」小さな声で……。

 マ=「ロシア人の名前と愛称形、呼び方は難しいです。例えば、アレクサンドルは、サーシャとかシューラとかあるでしょ。」
 オ=「相手が呼んで欲しいという名前を呼ぶのがマナーです。サーシャといつも呼んでいるのに、シューラと替えるのは、マナー違反ですね。心が変わったと思う」。
 
 マ=「日本では名前に必ず、○○さん と「さん」をつけて呼ぶことが大事です」
 オ=「知っているよ。僕は、オレグさん ですね」。

 オ=「あれっ?ここは僕のダーチャにいるかと思ってしまったよ」。
 緑に囲まれた食堂の窓の景色を、勘違いしてしまい、笑うオレグさんでした。

 三千院はそれぞれ、つかず離れずに静かに楽しみました。
 「またここへ来ましょうね」。
 「次は上海万博です」。
 「上海は、日本ではありません」。なんて、どうも興ざめのことを言ってしまう私です。

 大原からのバスの時間がちょうどよく、バスで京都の繁華街に下りてきました。

 先斗町(ぽんとちょう)にある、「ウオットカバー ナカニシ」で大人のお酒を飲むことにしましょう。

 中西さんは、ちょうど2年前ユーゴザーパド劇場来日時、俳優 ゴルシュコフと私がいっしょに来たこととなど、覚えていてくださり、私は多いに感動です。オレグさんは並ぶ、ウオットカに感動です。


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 「オレグさん、ここは京都です。名古屋ではありませんからね。私たちは新幹線で名古屋に帰りますからね」としっかり、言い聞かせました。(笑)。ウオットカに感激して根が生えてしまっては、たいへんで す。
気持ちよく酔って、四条の町をそぞろ歩きながら、おみやげも買って。

 新幹線で名古屋駅へ戻ってきて、「また会いましょうね」とお別れしました。
 たくさんいろんなことを教えていただきました。もっと彼の講義を聞きたいです。教えていただきたいです。ロシアのこと、ロシア語のこと…。たくさん、たくさん。
 
 何度も書きますが、出会いに感謝です。
 この出会いをひとり占めするのではなく、多くの方たちにお分けしたいのです。
だから私は、「マーミンカ通信」を書いています。下手な文章で、思い入れいっぱいで、申し訳ないのですが、こうして読んでくださるみなさまにも、多いに感謝します。

 ※誤って消去してしまった、46号にコメントをよせてくださいました もずくさんのコメント。
 要約ですが、 “万博へお母様とおでかけになり、ロシア館を楽しみ、ロシア館の外で、オレグさんに偶然会い彼はとても気持ちよくあいさつをされたそうで、お母様ともども喜んでくださった” という、ありがたいコメントでした。

 もずくさんのコメントを京都へ行ったとき、オレグさんにお伝えしました。
 オレグさん、とっても感激していました。ちょっと涙目でした。
 「ありがとう。日本人でロシア館へきてくださって、僕のことを知っていてくださって、なお、コメントを書いてくれる人は、すばらしい。また会いたいです」。 

 きっとまた会えますね。きっと。


59号 海だ~ あれ? でも、海だ

 海です。休日組のみなさんと海へ行きました。

 8人のロシアとウクライナの人たちと、私です。が、水先案内人の役目の私が場所を間違えました。岩場の海(知多半島豊浜)へつれてきてしまいました。「ここも海だけれど…」。
 期待にあふれる彼らを、おおいに失望させました。
 「砂浜がない!」「せっかく持ってきたボールで遊べない!」「日焼けができない!」「泳げない!」
 

 歩いて砂浜に行きました。1時間以上歩きました。
 そして、やっと、泳げました。日光浴ができました。ボールで遊べました。

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 真ん中にある丸いもの、これぞ泳いでいるロシア人たちです。

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 そして、帰りも歩きました。海をながめ青空に包まれて。

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 日本人の私は、日焼けしたくなくて、長袖、長ズボンに靴下、帽子で身を守っています。もともと泳ぐ気はないのですが、いま泳ぐなんてできません。寒いのです。
 彼らはお日様にあたって、日焼けがしたくって、5月でも泳ぎたくって。着替えも海岸で、タオル1枚でさらりと着替えて、泳ぎ終わったあとのシャワーもなく、平気です。
 なんとかご満足いただいたようです。5月28日の土曜日は、ちょっと曇り空ですが、知多半島山海(やまみ)の海は穏やかでした。


2005年05月30日

60号 EXPOドームはロシア館お隣りです Ⅱ

 まもなく楽しみな、ロシアナショナルディーです。このときに、愛・地球博へお出かけになる方も多くいらしゃるかと思います。

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   ↑ 北ゲートとEXPOドームを結ぶ IMTS は200円です。


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   ↑ これがドーム内部。天井も壁も超安普請ですから、一流アーティストたちはきっと不満だろうと思います。


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   ↑ ドーム近く、コモン4の食堂街です。ほかに外国館にもレストランはあります。


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