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<title>閑話傍題（アネクドートの小部屋）</title>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/</link>
<description>－タイトルについて－

これは閑話休題がもとですが、閑話はアネクドートのことで、小話を読んでみて、及第となるのか、はたまた「コリャ、ア閑話」となるのか受け取り方は人それぞれという意味もかけています。
傍題は「針小棒大」と「膨大」、それと「本題ではない」と言う意味を掛けています。</description>
<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2009</copyright>
<lastBuildDate>Tue, 30 Dec 2008 13:30:27 +0900</lastBuildDate>
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<title>新帯研　第42回</title>
<description><![CDATA[<p>カザフスタンのナザルバーエフ大統領は1989年より政権を担当し、2005年12月の選挙でさらに7年の任期を圧倒的多数（投票者の91％）で認められた。国家的に政治的にも経済的にも安定しているとはいえ、石油がらみの汚職事件が頻発し、2003年3月には「カザフゲート」事件が起こった。米国ビジネスマン（Games Giffen）が石油企業からカザフ政府トップへ7800万ドル渡したとして、米国の海外汚職行為防止法違反で起訴され、2007年1月に決定が下されるとある。無論このビジネスマンもカザフ関係者も事件に対し否認している。この他にも、2001年には自由経済改革で辣腕を振るった元首相のカジェゲルジンが亡命し、金融関係の濫用により欠席裁判で10年の刑を宣告されて財産没収となり、元エネルギー相のアブリャーゾフが公金拐帯および国家基金の不正使用で2002年投獄された。2005年11月元知事で非常事態相のヌルカヂーロフが野党のリーダーとして、ナザルバーエフに対し強い批判をしていたが、2005年11月多数の銃創で死亡した（公式には自殺と発表）。2006年2月元情報相で元国家安全会議長官、元駐ロシア大使のサルセンバーエフが国家保安委員会の職員の一団に暗殺されたなどきなくさい匂いも漂い始めている。今回の課題は、<br />
Встречаются трое новых русских и выпендриваются:<br />
Первый:<br />
- Был я тут в Японии, и мне встроили телефон в руку! (где-то звенит, он подносит руку и проводит деловой разговор).<br />
Второй:<br />
- Это что, у меня сотовый телефон с пейджером! (ситуация повторяется).<br />
Третий (неожиданно крякнув и присев) извиняется:<br />
- О, факс пошёл.<br />
設問）和訳せよ。</p>]]></description>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/12/42_1.html</link>
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<category>新帯研</category>
<pubDate>Tue, 30 Dec 2008 13:30:27 +0900</pubDate>
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<title>新帯研　第41回</title>
<description><![CDATA[<p>なぜスターリンがロシア人に好かれるか長年考えてきた。その理由として考えられるのは、例えば、長男ヤーコフがドイツ軍に捕虜になったときにドイツ側からパウリュス元帥との捕虜交換を提案されたが、スターリンは兵士と元帥を交換しないし、自分の息子だけ特別扱いにするわけにはいかないと拒否した。ヤーコフは1943年収容所から脱走を企て射殺された。またスターリンの次男ワシーリーも1943年カリーニングラード州で、ロケット弾を使った漁を企てたが、途中で暴発し、ロケット弾を持っていた技師が即死、一緒にいた飛行士が負傷、彼も足に負傷した。スターリンの命令により即飛行連隊隊長から解任された。スターリンが自分や家族のために蓄財したということはない。青史に名を残すということを考えていたのかもしれない。そういう考え方はロシアでは非常に珍しい。プーチンに私利私欲がないのかどうかは今の時点では不明だが、プーチンもこのような考え方をしているとロシア人庶民は考えているように思われる。あるいは単に肉親の情が薄いせいからかもしれない。2番目の妻が自殺した時も、モロトフは墓でスターリンの目に光るものを見たと述べているくらいである。スターリンの父は飲んだくれで、母については手紙を書いたりしたが、父については何もない。イングーシュ人はスターリンにより第二次世界大戦中中央アジアに強制移住させられたたが、彼らの間では、スターリンはグルジア人ではない。グルジア人は陽気だし、このようなひどいことをする民族ではないという風評がたった。スターリンの母はオセット人で、粗野で傲慢なのはそのせいであるという。弾圧された詩人マンデリシュタームの詩にも「幅広の胸を持つオセット人」という表現がある。今回の課題は、<br />
В приёмной посетитель ведёт разговор с секретаршей. <br />
«Простите, сколько вы получаете? – спрашивает он. <br />
«Сто двадцать».<br />
«Переходите работать ко мне, я судовольствием буду платить вам сто пятьдесят!»<br />
«Спасибо, - отвечает секретарша, - но с удовольствием я получаю здесь двести».<br />
設問１）オチが分かるように和訳せよ。<br />
設問2）Профессор попросил ассистент прочитать свой реферат.を意味が曖昧にならないよう訳せ。</p>]]></description>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/12/41_1.html</link>
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<category>新帯研</category>
<pubDate>Thu, 18 Dec 2008 12:37:50 +0900</pubDate>
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<title>新帯研　第40回</title>
<description><![CDATA[<p>カザフスタンは「ッカザックスタン」という発音がカザフ語の発音に近く、語頭には英語でいうck（クロックclockのckで英語では語頭には来ない）である。出張でモンゴルに行ったとき、招待してくれたメーカーの事務所の世界地図には、カザフスタンのことをQazaqstanと書いていた。確かにこの方がKazakhstanより原音表記と言う観点からは近いかもしれない。<br />
カザフ語のアルファベットはロシア語のそれを基にして作られたが、必ずしも同じではない。1940年のカザフ語の正書法では「偉大な」улыはуの上にお盆のような記号をつけ、発音は「オーラ」に近く発音する。字が似ている「毒々しい」улыはその記号なしで、発音は「ウーラ」と発音する。しかし印刷の校正の過程で、よくこのお盆の記号が消えることが多々あった。つまり、「我父であり師でもある毒々しい首領同志スターリン」という風になることがあったということである。ちょっとしたいい加減さや偶然から植字工や新聞記者が塀の中にぶち込まれることもあり得たわけで、彼らはこの文字のことを「殺し屋」と呼び恐れた。言語学者たちがこの窮境を救うために立ち上がり、уの下の部分に横に線を加える事で（￥の横棒が一本足りない感じ）、この混乱に終止符を打ったのである。今回の課題は、<br />
Доктор слушает пациента и приговаривает:<br />
- Хорошо, хорошо...<br />
- Доктор, а что хорошего-то?<br />
- Хорошо, что у меня такого нет!<br />
設問）和訳せよ。</p>]]></description>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/12/40_1.html</link>
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<category>新帯研</category>
<pubDate>Wed, 17 Dec 2008 11:53:04 +0900</pubDate>
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<title>アネクドートに学ぶ実践ロシア語文法</title>
<description><![CDATA[<p>東洋書店より「アネクドートに学ぶ実践ロシア語文法」刊行中。CDもついており、採録したアネクドート115のうち93話はCDに収録した（約40分）。前作の「アネクドートに学ぶ実践ロシア語会話」は、初級と中級の中間のような参考書だったが、今回のは中級者向けである。目次や参考文献はホームページを参照願う。特に動詞の体の用法を詳述した。新帯研で使ったアネクドートも若干は載せてあるが（用法説明には他によい小話がなかったので）、ほとんどは未発表のものである。アネクドートの数は帯研で約100、「アネクドートに学ぶ実践ロシア語会話」で100、「アネクドートに学ぶ実践ロシア語文法」で100、それに新帯研で100（予定）であり、全部で400ぐらいになる。帯研や新帯研のはかなりひねったもの（あるいは学習者のほうで考えすぎるもの）も多いので、これだけ（400）やれば、ロシア人庶民の話す口語や俗語にオタオタしなくなるのは間違いない。ガイドや通訳の仕事で困るのはこの口語や俗語なので、その勉強にはアネクドートが一番だと思う。</p>]]></description>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/12/post_24.html</link>
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<category>著書紹介</category>
<pubDate>Sat, 13 Dec 2008 13:26:29 +0900</pubDate>
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<title>新帯研　第39回</title>
<description><![CDATA[<p>カザフ民族は16世紀シニア・ジュズUlu Juz、ミドル・ジュズ Orta Juz、ジュニア・ジュズ Kishi Juzという３つの大きな部族集団に分かれて遊牧するようになった。ちなみにジュズとはカザフ語で百を意味する。18世紀にはミドルおよびジュニア・ジュズがロシアに服し、シニア・ジュズも19世紀末にはロシアの帰属となった。スターリン時代ミドル・ジュズの一部の支族が中国やモンゴルへ逃れたことから、特に現在モンゴルからカザフスタンへの帰還者がある。1990年代の中国の核実験や隣国で人口が多いことなどから、中国に対しては恐怖感をもっており、アルマトゥイからアスタナーへ遷都したのもこの点をある程度考慮したものとされる。無論遷都の主たる理由は東部に多く住むロシア人対策であろう。このような歴史を学校で教えられているわけではないので、一般にロシア人に対してはウズベク人などに比べ寛容であり、兄と頼るところがある。例外としてはペレストロイカで最初の騒擾事件である1986年12月のアルマアタ（現アルマトゥイ）事件（1名死亡、8000人逮捕）でこれは当時のクナーエフが第一書記の座をロシア人のコルビンに替えられたことに起因する。ソ連崩壊時もそれほど積極的にカザフスタンは独立したがっていたわけではない。因みにナザルバーエフ大統領はシニア・ジュズに属し、その中でも最も由緒あるとされる中国起源の支族出身とされる。シニア・ジュズは南部（アルマトゥイなど）、ミドル・ジュズは北部に、ジュニア・ジュズは西部つまり石油関係に強い。国内政治を行う上で現在でもこの３つのジュズや新興企業家の利権のバランスが不可欠である。今回の課題は、<br />
Отец привёл сына в одесский зоопарк. Подошли к одной клетке.<br />
- Папа, это тигр или лев? – спрашивает сын.<br />
- Это леоперд, - отвечает отец.<br />
- Не морочьте в голове вашему ребёнку, - вмешался пожилой одессит, - это гигиена!<br />
設問）和訳せよ。オチを別に解説してもよい。</p>]]></description>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/12/39_1.html</link>
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<category>新帯研</category>
<pubDate>Sat, 13 Dec 2008 13:23:41 +0900</pubDate>
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<title>新帯研　第38回</title>
<description><![CDATA[<p>原求作先生は「ロシア語の体の用法」、「ロシア文法の要点」、「ロシア語の運動の動詞」（いずれも水声社）を執筆され、ロシア語の中級文法について我々学習者の蒙を開いてくれているわけだが、最近、先生がロシア歴史小説の執筆もなさっていることを知った。「プーシキンの決闘」（水声社、1998年）、「大帝の椅子」（講談社、2000年）、「セルギイ・ラドネシスキイ年代記」（水声社、2005年）である。「プーシキンの決闘」は、ロシアの国民的詩人プーシュキンの芸術家として複雑な性格がよく描かれていると思う。「大帝の椅子」はピョートル大帝亡きあと実権を握ったメンシコフの没落を日本(?)の漂流民ボリースが黒幕として操ったとして描いている。個人的にはこのボリース（色白でアルビノか先祖返りか）の存在という設定自体が、プロットに無理を強いているような気がする。メンシコフを没落に追いやったのはオステルマンだけで十分だったのではないだろうか。このボリースを除けば18世紀初めのロシアについてよく描かれていると思う。ロシア史に興味を持っている人には非常に興味深い小説であり、登場するロシア人についても説得力がある。日本人作家の小説でロシア人が登場するものの中にはほとんど、西洋人には違いないにしろ、ロシア（人）らしさが描かれているものはほとんどない。五木寛之の「さらば　モスクワ愚連隊」や、プロット的にはより面白い「蒼ざめた馬を見よ」、それに「朱鷺の墓」なども登場人物のロシア人は実際のロシア人とは、たんなる外人であって、ロシア人とは別物という感じがする。これまで読んだ日本人作家でロシアらしさやロシア人というものを感じさせたのは、長谷川四朗の「シベリア物語」のみである。長谷川はソ連で収容所も体験し、自身ロシア語も非常に堪能であったことが作品からうかがわれる。やはり、ロシア人を作品で描こうとするなら、ロシアやロシア人、ロシア語に対する深い理解というものが不可欠であろう。ロシアに興味のない一般の日本人にとっても、先生の作品で傑作と言えるのは「セルギイ・ラドネシスキイ年代記」である。14世紀のロシアの置かれた困難な状況について、あらゆる史料を駆使して生き生きとその時代を蘇させる手腕にはただただ驚くほかはない。文体は平明簡潔であり、美しい日本語である。本書はセルギイ・ラドネシスキイの一代記ではあるが、緊迫したプロットがクライマックスのクリコーヴォの戦いまで読者を引っ張っていくのみならず、アレクシイを始め登場人物にしても考え抜かれた性格描写が飽きさせない。当時の大公が神仏を特には信じないものの、祟りを恐れるということが本書で触れられていたが、これは日本でも菅原道真や祟徳上皇、平将門など祟りを恐れる日本的風土と同じであり、先生の炯眼に驚いた次第。本書を一読されることを強く勧める。原先生には中上級のロシア語関係の参考書を引き続き執筆願いたいという希望はあるものの、このような小説もそれ以上に期待するものである。<br />
この他に日本語のロシア関係の本で最近読んだもので面白かったのは、現代ロシアの詩人カザケービチの「落日礼讃」（太田正一訳、群像社、2004年）である。ロシア的なものについてのエッセーと言うことで読みだした。確かに夕日に対するロシア的感覚など興味深いが、それよりも、短編「乳母」には感心した。作者の子供時代に世話をしてくれた乳母のことを書いているわけだが、私の母と同年代（1920年代後半の生まれか？）で、文盲かつ迷信を信じ、おしゃべり好きで、ロシア人のインテリに多いとされる鬱とは対照的な女性で、思いやりと残酷さが共存している。今まで600冊以上のロシアソ連文学を読んだが、短編では一番面白いと思う。本来ロシア語で書かれたものはロシア語で読む主義だが、これはロシア語版では出版されていないということで、邦訳で読んだが、訳文も素晴らしい。チェーホフの短編もよいけれど、やはり100年前の本であり、現代ロシアにもこういう人たちが生きていたのだという驚きのほうが強かった。同じく収録されている「兄弟」も見るべき作品である。「乳母」は清潔整頓好きな村上春樹の主人公と対蹠的な人物であり、「兄弟（実の弟のことを書いている）」では、村上龍の主人公のように作り物めいていて現実的なキレやすい人たちではなく、同じアナーキーでも地に足のついたアナーキーというロシアではどこにでもいそうな庶民が描かれている。ロシアでは村上春樹や村上龍が大人気だが、これは多分にロシアでは珍しいタイプが小説に描かれているからではないだろうか？村上龍は筒井康隆に似ているが筒井康隆の方がをもう少しハチャメチャな感じである。筒井康隆が短編が主だからだろうか？今回の課題は、<br />
- Василий Иванович! Белые нас сзади обошли!<br />
- Впер-р-рёд!<br />
設問）和訳せよ。</p>]]></description>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/12/38_1.html</link>
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<category>新帯研</category>
<pubDate>Tue, 02 Dec 2008 13:09:15 +0900</pubDate>
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<title>新帯研　第37回</title>
<description><![CDATA[<p>私はカザフに2年ほど駐在していたので、カザフについてしばらく書いてみたい。カザフ人はチュルク系であり、13世紀にモンゴルに征服され、14～15世紀にウズベク族から分かれ、15世紀後半にカザフ・ハン国が生まれた。言語的にはウズベク語に近いが、ソ連時代にウズベク標準語とされたのは政治的観点からフェルガナ方言であり、これはタジク語（イラン語族）の影響があり、カザフ語にはある母音調和がないと言う。この母音調和はおよそ千年前頃の日本語にもあったらしい。ウズベク語はカザフ語に比べて聞いていて非常に軟らかい感じがする。カザフ語はウズベク語と違いほとんど方言はないし、チュルク祖語により近いとカザフ国立大学の教授から聞いた。つまりカザフスタンから西に向かうに従って（カザフスタン、キルギスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、アゼルバイジャン、トルコの順）チュルク祖語から離れているというのである。カザフ人・ウズベク人にはキプチャク族の血が、キルギス人にはオグズ系の、トルクメン人にはセルジュクトルコ人の血が入っているとされる。9世紀古代ロシア人を悩ませた遊牧民ペチェネーグ族（チュルク系）は一部バシュキール人となったといわれ、トルコ人はオスマントルコの末裔である。ウズベク人は定住を好み宗教的にも回教の教義を守る。しかしカザフ人は遊牧志向で一応回教徒（スンニ派）とはいうものの宗教をそれほど厳守しない。市場には豚の頭も売っている。遊牧民であるカザフ人には農耕民族であるウズベク人に対して今でも軽蔑感を持っているようだ。カザフ人はジギットджигитを尊ぶ。これはもともと乗馬の名手という意味であるが、騎士的なニュアンスがあり、カフカースなどでも用いられる言葉である。今回の課題は、<br />
- Что нового, коллега? – спрашивает один врач у другого.<br />
- О, уникальнаый случай! Соломенная вдова, больная сенной лихорадкой.<br />
設問）和訳せよ。オチを別に解説してもよい。</p>]]></description>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/11/37_1.html</link>
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<category>新帯研</category>
<pubDate>Thu, 13 Nov 2008 13:10:48 +0900</pubDate>
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<title>新帯研　第36回</title>
<description><![CDATA[<p>ロシア語語学教師の資格ということを考えると、まずバイリンガルであることである。日本語とロシア語のバイリンガルというのは、日常会話ができるくらいではなく、日ロ語で無論読み書き、聞く話すが十分できるという意味である。その上で文法についてもよく理解しておく必要がある。さらに日本人にロシア語を教えるなら、日本人の方がよい。ロシア人に日本語を教えるのならロシア人がよい。これは、ロシア語を勉強するのは20歳前後からそれ以降の人が一般的に対象になるわけで、幼いころにロシアや日本に暮らして、自然とロシア語や日本語を覚えた人に、インフォーマントとしての才能は別にして、自分がどうしてその語学をマスターしたか説明できない以上、教わる意味はない。せいぜい発音やイントネーションを学ぶのはいいが、語学で質問してもロシア語（日本語）ではそうは言わない（なぜかは説明できない）ぐらいだろう。そういう人に教わるのは時間の無駄である。語学は文法と語彙、それと発音やイントネーションを組み合わせて勉強するもので、その中でも初級者や中級者には特に文法が大切である。<br />
ついでに、なぜオチのことをロシア語でсоль（塩）というのか長いこと考えていた。最近аттическая соль（アッティカの塩）からきているのではないかという気がしてきた。аттическая сольというのは名言крылатые словаの一つで、утончённая остроумие（凝った機知）, изящная шутка（シャレた言い回し）を指す。古代ギリシャのアッティカの住人は雄弁で有名だった。キケロの「アッティカの住人は機知の塩でまみれているのみならず・・・」という手紙が由来である。どうであろう？<br />
- Дайте мне подписку о невыезде, - потребовал Мюллер у Штирлица.<br />
Получив под писку, Мюллер охнул от боли и присел.<br />
設問）和訳せよ。オチを別に解説してもよい。</p>]]></description>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/11/36_1.html</link>
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<category>新帯研</category>
<pubDate>Mon, 10 Nov 2008 13:52:11 +0900</pubDate>
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<title>新帯研　第35回</title>
<description><![CDATA[<p>最近発売された「時事ロシア語」（加藤栄一、東洋書店）は非常によい企画であり、よい参考書である。時事ロシア語は世界共通語としてのロシア語という意味から、ロシアらしさを最小限に抑えているため初心者には理解しやすい。辞書に載っていない語彙でも、インターネットで似たような日本語の記事を探すだけで、ある程度正しい意味が分かる。そういう意味で、初心者向けにはチェーホフやトルストイなどロシア文学を教材とするよりも、時事ロシア語の方がよいし、通訳やガイドを目指す人にとっては将来に向けての基本的な語彙をつける意味もあるので、この参考書を使った勉強を勧める。ただ、強いて難を言えば、著者は本書を時事ロシア語の入門編と述べているが、この本は初級と中級の中間のような気がする。入門編あるいは初級向けということなら、収録数を2/3にぐらいにして、構文としての説明をつけた方が初心者には親切だろうと思うし、今後和文露訳をする参考にもなろう。多分筆者は中級者向けに第2弾を考えていて、次作はそのようなものにしようとしているのかもしれない。時事ロシア語全般ということで語彙が広く取られているのには感心するが、やはり宗教関係をいくつか削っても環境関係をもう少し増やした方が時節柄よいと思う次第。<br />
学習者の方もロシア語の参考書を用いる場合に、ただ露文解釈の語彙を覚えるだけではなく、構文として使えないかを考えるべきである。参考書を作る側からも、参考書にある例文の和訳は、和訳から同じような同じようなロシア語が作れるような意訳でもない、かといって日本語としておかしくないものというのが理想的である。つまり露文解釈から和文露訳への道筋が十分に立つようなものを載せるべきである。<br />
その他にロシア語をマスターするには理論面だけでは不十分で、実践面でもロシア人と堂々と渡り合ってゆけるようでなくてはいけない。つまり露文解釈を深く勉強することは必須ではあるが、それで止まっていてはいけない。露文で使えると思った表現を暗記して、それを会話などの和文露訳で使い、そういうことを続けて初めてロシア語が使えるということになるのである。繰り返すが露文解釈から和文露訳へという道筋で勉強をすることを考えないといけない。それとプロになるつもりなら、実践面（例えば日常会話ができるとか）だけでも駄目で理論（文法）の裏づけがなければ、後進にその技を伝承することはできないということになる。<br />
勉強する上で実務者にとっては頻出する文法事項、語彙が重要であって、必ずしもあまり使わない文法事項や語彙の説明まで当座は詳しく勉強する必要はない。つまり重要なところとそうでないところに、自分なりに優先順序приоритет (priority)をおいた参考書が必要になる。文法事項でも全体を過不足なく網羅したものも初心者には必要だが、実務者にはわかりにくい体の用法などを詳述したものが必要とされるゆえんである。浅く広くではなく、ポイントを抑えた（ピンポイントの）深く狭くということである。今回の課題は、<br />
Бракоразводный процесс. Разводятся волк и лиса. Спрашивают волка: «В чём причина развода?»<br />
- «Хитрая, рыжая и пробу негде ставить».<br />
Лиса:<br />
- «Не хитрая, а умная. Не рыжая, а золотая, а какое же золото без пробы».<br />
設問）和訳せよ。オチを別に解説してもよい。</p>]]></description>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/10/35_1.html</link>
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<category>新帯研</category>
<pubDate>Thu, 30 Oct 2008 14:32:36 +0900</pubDate>
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<title>新帯研　第34回</title>
<description><![CDATA[<p>（ロシア正教古儀式派と日本）<br />
　初期の正教の文書には書写の際の間違いなどもあり、ギリシャ正教とは異なった儀式が15世紀頃までに確立した。これを正そう（このほかにも総主教を世俗の権威であるツァーリより上に置くべきだという野心もあって）と総主教ニコンが1654年にСлужебник（奉事経）により、二本指での十字をきること、2度のハレルヤを唱えることなどを禁止し、ギリシャ正教のやり方（3本指での十字の切り方や3度のハレルヤを唱えることなど）に従わせるというお触れを出したことで、古儀式派старообрядстваが離脱した。古儀式派は大別して、機密（洗令、結婚、聖体、痛悔（懺悔）など）を行うには、主教職が必要であると見なす一派поповщинаと、不要だとみなすбеспоповщинаに大別される。この他に、去勢派とかボゴモールなどあるが、これは正教自体を認めない（宗派の指導者がキリストの生まれ変わりと信じるとか）、いわゆる異端（新興宗教といってもよい）なのでここでは論じない。поповщинаでは、主教が必要だが、1654年以降、主教職は迫害や加齢もあって、死に絶え、新たに主教職を探す必要に迫られた。その頃漠然と東に、古き伝統を持つ国があって、そこにニコン以前の正教を信じる人々が住んでいるという噂が古儀式派の間に流れた。18世紀後半беспоповщинаの修道士マルコが、オポニ王国Опоньское царствоにモスクワ、カザン、エカチェリンブルグ、クラスノヤールスク、グバニ（ゴビ？）を経由してオポニ王国に行ってきたと述べた。そこは白水境Беловодьеという海の向こうにあり、70の島々に住民は住み、島々の距離は500キロも離れているところもある。アシール語асирский языкを話し、179の古き正教の戒律を重んずる教会があり、総主教（アンチオキア系）、4人の府主教、主教もいる。冬は甚だしい寒さで、地震と雷がよくあり、ブドウやコメが実る。金銀が豊富で、外国人を国に入れず、どことも戦はしない。遠い遠い国であるという。ちなみに、アンチオキアというのは現アンタキアで、トルコにある町であり、アンチオキア総主教マカリーは2度モスクワを訪れ、ボルガも旅した。マカーリエフ修道院にも滞在したが、その近くは古儀式派の活動が盛んなところでもある。そのためアンチオキアという名が出てくるのかもしれない。<br />
　1807年トムスク州の村人ボブリョーフがペテルブルグに来て、白水境にロシア人の古儀式派が住んでいるという情報を伝えた。国が許せば、ボブリョーフ自身がそこに出向いて古儀式派のロシア人を連れ戻すという。国は彼に150ルーブルを与え、出発させたが、その後杳として行方知れずとなった。1839年12月にポロームスキー森で捕らえられた浮浪者が尋問に答えて言うには、自分は日本国の住人で、古儀式派である。日本にはたくさんの古儀式派のロシア人が住んでいて、古儀式派の教会もあり、総主教も主教職もいると断言した。人口は50万人ほどで、だれもが租税を国家に納めなくてもよいという楽園だった。無論、これはたわごととして、この浮浪者はシベリア送りとなったという。これらはメーリニコフ（В лесах「森の中で」やНа горах「山で」の作者）の「古儀式派ルポ」に記されている。古儀式派が迫害を逃れて、一部は東に、シベリアや極東に移り住んでいったのは間違いないとされる。そういう人たちの話と極東にある日本が結びつき、さらに話者の願望が結びついてのおとぎ話になったのだろう。しかし、日本とは驚きだが、偶然かもしれないが、海の上に浮かぶ島、地震など似ているところもあるのは興味深い。今回の課題は、<br />
Японец уезжает из СССР:<br />
- Я осен полюбил Советский Союз. Это очен болсой страна, осен красивый язык. В первый год жизни в СССР я выусил 200 слов. На второй год зизни я выусил есе 400 слов; на третий год я выусил есе 500 слов и все они у меня вот здесь (стучит себя по голову) в ... зопе.<br />
設問）和訳せよ。</p>]]></description>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/10/34_1.html</link>
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<category>新帯研</category>
<pubDate>Sat, 11 Oct 2008 06:46:14 +0900</pubDate>
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<title>新帯研　第33回</title>
<description><![CDATA[<p>会議通訳やシンポジウムでも同時通訳で対応するより、アナウンサーを使ってスピーチやプレゼンを読ませるという傾向が出てきたとのこと。これはシンポジウムやプレゼンテーションで原稿を棒読みし、質疑応答だけ通訳をさせるというのは80年代のメーカー通訳でもあった。新米の通訳はシンポジウムの報告者に必ず原稿通り読んでくださいと必死のお願いをし、ベテランは原稿通り読むか、原稿から外れるか前以て聞いておき、外れる可能性があるなら、原稿は無視して通訳に徹するといった具合。たちの悪いのは原稿通り読むと言っておきながら、興がのると勝手に脱線するタイプ。ベテランとて原稿をずっと見ているから、どこで脱線するか分からない。こういのははなから原稿なしで通訳したほうがらくだ。ただこの後のシンポジウムやプレゼンテーションの質疑応答の通訳が非常に難しい。素人は原稿は原稿、質疑応答は質疑応答と思うかもしれないが、シンポ（シンポジウムを略してこういう）の演題に通じていないと質疑応答の通訳などできはしない。このような傾向が同時通訳でも起きてきているのなら、これから職業としてのロシア語の通訳で有望なのは観光ガイドだけとなりそうである。今回の課題は、<br />
- Можно ли писать «сталь»?<br />
- Можно. Но лучше «хру-сталь».<br />
設問）オチを説明せよ。訳せるなら訳せ。</p>]]></description>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/08/33_1.html</link>
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<category>新帯研</category>
<pubDate>Thu, 28 Aug 2008 22:15:06 +0900</pubDate>
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<title>ロシア人と日本観光案内</title>
<description><![CDATA[<p>「ロシア人と日本観光案内」（ユーラシアブックレット、東洋書店）発売中。もともと、「ロシア語ガイド（通訳案内士）入門」ということで原稿を書いていたが、やはりもっと一般向けのほうがよいとのことで、内容を一般向け（ロシア語ガイド用ではなく）に大幅に変えた。もっとも、もともとガイド試験の受験用参考書ではなく、ロシア語のガイドの業務とロシア人気質について書いたものだった。本書の内容について、参考のために目次を書いておく。<br />
目次</p>

<p>第1章	ロシア人と日本観光<br />
(1) ロシア人気質<br />
(2) ロシア人観光客に対するちょっとしたアドバイス<br />
(3) ロシア人の日本観<br />
(4) ロシア人観光客のよくする質問<br />
       宗教、文化、社会、日本人、観光、その他<br />
第2章	観光ロシア語<br />
ショッピング（買い物）、観光案内、交通機関、食べ物、酒、ホテルにて、要望の問い合わせ、花粉症、植物<br />
第3章	観光案内<br />
空港での出迎えや見送り、新幹線での見送り、観光案内<br />
第4章	観光案内のための参考書<br />
第5章	ロシア語ガイドの現状とアドバイス<br />
終わりに代えて<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/08/post_23.html</link>
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<category>著書紹介</category>
<pubDate>Tue, 26 Aug 2008 13:04:01 +0900</pubDate>
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<title>新帯研　第32回</title>
<description><![CDATA[<p>去年の2007年10月1日午後4時ごろいつものように中川の土手を1枚歯の高下駄で散歩していたら、魚が2度3度空中に飛んだ。魚が空中にはねるのには、体についた寄生虫を水面に落ちるときのショックで叩き落すのだとか、空中に浮かんでいる間寄生虫が息が苦しくなって（普段水中で生活しているので）、自然と虫が魚の体から離れるのだとか（1秒ぐらいで息苦しくなるほど虫はやわなのだろうか？）、いろいろ説を聞いたことがあるが、ひょっとしたら、魚も楽しんでいるのかもしれない。魚にとって空中にはねるというのは、我々人間が水に潜ると同じことではないか。お互い長くはできないが、普段と違うスリルを体験してそれが病みつきになってしまったのかもしれない。一番のスリルは臨死体験だというから。そんなことを考えた。今回の課題は、<br />
Решение о выделении юридической консультации с преобразованием ее в коллегию адвокатов принимается простым большинством адвокатов.<br />
課題）和訳せよ。（これは小話ではない。単なる露文和訳であるが上級者でないと無理かもしれない）</p>]]></description>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/08/32_1.html</link>
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<category>新帯研</category>
<pubDate>Mon, 11 Aug 2008 17:58:39 +0900</pubDate>
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<title>新帯研　第31回</title>
<description><![CDATA[<p>ロシア語と日本語の通訳・翻訳には露文和訳と和文露訳がある。露文和訳の例では文脈によっては勘のいい人なら文法を極めなくても、ほぼ一見同じように正しい訳が出てくる場合が多い。ニュアンスを含めての解説をつければ別だろうが、普通はいちいちそういうことをするような閑はない。一通り訳が出来ればそれでよしとしている人も多い。一方和文露訳となると、繰り返しや一般的にこうだというような不完了体を使う文では楽に露訳できても、例示的であるとか順次的用法の完了体を使うような口語的用法の文ではロシア人から直されることが多い。現代ロシア語文法の中上級編をマスターしたつもりぐらいでは不十分なのだ。ロシア語では体の用法（不完了体と完了体の使い分け）が一番難しいと実感する今日この頃である。いろいろなタイプのロシア語を読んで、研究し、それを和文露訳に応用できないか試行錯誤の毎日である。<br />
　ロシア語の単語だけではなく、ことわざ、慣用句、句動詞を覚えようと初めて思ったのはロシア語勉強し出してから2年目ぐらいのときである。初めは政治用語が中心だった。これは辞書でも訳にぶれがない。つまりおかしな日本語だなと思うことはなかったし、当時社会主義ソ連ということもあって政治用語が分からないでは新聞も読めないという時代だった。しかしロシア人と会話することが増えるにつれて、より日常会話的表現を覚える必要に迫られてきて、現在に至っているわけである。今でもテレビのニュースなどで「人の渦」、「村八分にする」、「肩を寄せ合って」などという日本語を聞くとロシア語では何と言うのだろうと気になってくる。людской водоворот, создать вокруг кого зону отчуждения (подвергнуть кого общественному остракизмуではややかたいか？), сомкнув плечиなどではないかと考えたりする。今回の課題は、<br />
- Что такое миниюбка?<br />
- Это маленькая юбка.<br />
- А миникомпьютер?<br />
- Это карманный компьютер.<br />
- Тогда почему самый бардак называется министерство?<br />
設問）和訳せよ。オチを別に解説してもよい。</p>]]></description>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/07/31_1.html</link>
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<category>新帯研</category>
<pubDate>Mon, 28 Jul 2008 07:47:11 +0900</pubDate>
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<title>新帯研　第３０回</title>
<description><![CDATA[<p>通訳をしているとロシア人から「それはこういう意味ですかな」などと、婉曲的に間違いを指摘されることがよくある。ビジネス関係のロシア人はジェントルマンが多いからか、「そんなロシア語は初めて聞いた」とか、「ロシア語ではそうは言わない」などと第三者のいる前で通訳に対して言う事はない。そういう意味で通訳やビジネスでロシア語を使っていると正しいロシア語に触れる機会は多い。前にも書いたが私が恥をかくのは黒帯どころか赤帯だというのはそういう意味である。実戦で恥を多くかいて、それを基に修行を続けていけばロシア語はきっと上達する。書いたものばかりでロシア語を勉強しても、頭の中ではすべて分かったような気になっても実戦で和文露訳が即座には出ない。一方通訳やビジネスなどで和文露訳だけやっても、ロシア語の本を読んでいかないと語彙が増えない。どちらも大切である。今回の課題は、<br />
Одноглазый ведёт за собой группу слепых. Неожиданно он натыкается единственным глазом на сучок дерева и восклицает:<br />
- А чёрт, всё, приехали!<br />
- Здравствуйте, бабушка, здравствуйте, дедушка! – хором говорят слепые.<br />
- Да нет, это я на сук напоролся, - объясняет им первый.<br />
Слепые снова хором:<br />
- Здравстувуйте, девушки!<br />
設問）和訳せよ。オチを別に説明してもよい。</p>]]></description>
<link>http://www.rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2008/07/post_22.html</link>
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<category>新帯研</category>
<pubDate>Mon, 21 Jul 2008 13:26:10 +0900</pubDate>
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