2008年02月11日

●新帯研 第1回

しばらく帯研を休んでいたが、その間に書き溜めたものも少しはできたので再開してみようと思う。今回のテーマは露露辞典である。なぜ露露辞典を引けというかというと、例えばкладоваяという単語を見つけて、露和を引けば「倉庫、貯蔵庫、物置、納屋、埋蔵地」とある。似た単語でскладの和訳は「倉庫、置き場」とある。同義語だろうか?そうかもしれないが、単語がまったく同じなら二つは要らないはずで、ニュアンスに違いがあるのではなかろうかと考えて、行き着く先は露露辞典ということになる。кладовая – помещеине для хранения продуктов питания, а также для товаров, сырья, различных материаловとあり、склад – специальное помещение для хранения товара, материалов, сырья, оборудования и т.п.とある。ここから分かるのは、露天の置き場には双方の単語とも使えないようだということと、кладоваяは食料品の倉庫、складは商品の倉庫で、機械設備の倉庫という事が分かる。一通り文法を終えた初級者はどうかというと、露露辞典の単語の定義は簡潔で分かりやすいので、単語の意味をロシア語即座に理解する訓練に最適である。今回の課題は、
На официальном приёме жена замечает, что муж то и дело подходит к стойке со спиртными напитками.
- Послушай, - говорит она, - ты уже девятый раз подходишь к стойке. Что о тебе люди подумают?
- Не беспокойся, дорогая, а каждый раз говорю, что беру бокал для тебя.
課題1)замечает, подходитを過去形にできるか。
課題2)和訳せよ。

Posted by SATOH at 17:27 | Comments [1] | Trackbacks [0]

●新帯研 第2回

ロシアの民話を読んでいると、悪魔も結構ユーモラスである。キリスト教が10世紀に国教となったためにそれまでの土俗の神が悪魔となったからかもしれない。しかし悪魔は人に害をなすというのを生きがいあるいは信条としているのだろうか。神の教える事の反対をするのが悪魔なのだろうか?ことはそれほど簡単ではないと思う。神の教えも絶対的なものであり、こういうものに逆らうというのが原点ではあろうが、やはり自分勝手とかアナーキーというものが悪魔の本質にあるのではないだろうか。つまり人にとって善であろうが、悪であろうが、それは悪魔には関係なく、自分の気ままに行動するというのが悪魔の本質で、そういうのを神に代表される秩序ある社会は嫌うのであろう。また常に気ままに振舞うというのも、一つの固定した信条であり、予想もつかないように、あるときは気ままに、あるときは予想通りに振舞うのが悪魔の本質ということになれば、なんのことはないそれは我々凡人の日々していることではないか?我々日本人は社会のルールを守って生活しているとはいうものの、善をなすとか悪を行うなどと特に考えて生活しているわけではないのだから。今回の課題は、
На морским пляже загорают двое мужчин, глядя как по волнам на водных лыжах несётся красавица-женщина.
- Вот бы такую поцеловать, - мечтательно говорит один.
- Да хоть бы её ноги погладить! – вторит другой.
Неожиданно девушка падает и начинает тонуть. Оба бросаются в воду, несколько раз ныряют, наконец – девушка у них на руках. Положили её на песок, один поцеловал, другой погладил ноги.
- Тьфу, какая она холодная, а изо рта гнилой запах!
- Да и кожа какая-тодряблая, противная!
- Постой, а ведь она на лыжах была, правильно?
- А почему уже эта на коньках?
設問1)5行目падает и начинаетを完了体にする事は可能か?
設問2)和訳せよ。

Posted by SATOH at 17:30 | Comments [1] | Trackbacks [0]

●新帯研 第3回

15年前に買ったマヤコフスキー集全2巻の1巻目を読んだ。個人的にはロシア詩はБатушков, Пушкин, Лермонтов, Баратынский, Некрасов, Тютчев, Фет, Блок, Ахматоваなどの抒情詩のほうが好きである。マヤコフスキーの詩はあまりにも独創性があふれているし、イデオロギー臭もある。ただサイトの題名などには彼の詩をもじったものもあるし、小話のオチに出てくることもあるので、一通り読むことにした次第。彼の詩は嫌いだが、Мое открытие Америки, Я самなどの散文のほうは、文章が簡潔できびきびしていて好ましい。詩についても詩集は100冊ぐらい持っているので、のんびり読んでいこうと思う。後5年か10年したら、ロシア詩についてもピント外れでないような感想が言えるかもしれない。今の段階では好き嫌いぐらいである。最近「ロシア詩鑑賞ハンドブック」(中沢敦夫、群像社、2005年)を買った。詩を勉強しようと思ってよい参考書がないかこの5年ほど探していたので、見つかって本当によかった。一読したが、時間をかけて再読、三読するつもり。非常によい参考書だが、あえて重箱の隅を突っつくとすれば(крохоборничать)、ロシア詩では力点が重要な要素であるにもかかわらず、人名の日本語表記が力点を示していないものが多いのが不満である。プーシュキンやレールモントフは力点通りなら(表記法が定まっているからというのかもしれないが)、フレブニコフ、デリヴィグ、イリヤもフレーブニコフ、ジェーリヴィク、イリヤーと書くべきではないか。ロシア語の地名や人名表記はできるだけ原音に忠実にあるべきだと思う。それとレールモントフの詩の鑑賞でТучиを「雲」と訳しているが、雲はоблако/облакаだとか野暮なことをいっているわけではなく、Парус という詩に対比させているというなら、Белеет парус однокийという白のイメージに対して「雨雲」か「黒雲」と訳すべきではないか?雲なら普通は白雲をイメージするように思えるので一言書いた次第。この文を書いてから3ヶ月経った。今はФетを読了してКольцовを読んでいる。この後はМандельштамの予定。意味はすぐ分かるものの、雰囲気や語感は読んですぐという味読している感じはない。ただ何となく読み流している感じである。5年ぐらいすれば味わえるようになるのだろうか?
Один спросил на улице другого:
- Вы где колбасу брали?
- Да вон в том магазине.
- А народу много?
- Да никого. Даже продавца.
設問1)2行目бралиをвзялиに代える事は出来るか?
設問2)和訳せよ。

Posted by SATOH at 17:32 | Comments [3] | Trackbacks [0]

●新帯研 第4回

今の若いサラリーマンは時間がないため、ニュースもネットでキャプションだけ流し読みして世の中の動きを調べるぐらいで済ませることが多いようだ。情報の質よりはその伝達スピードを重視しているように見える。多くはそれでよいのだろうが、世の中白黒はっきり分かれることはあまりないわけで、マスコミのキャプションに乗せられないためにも、ある問題について深く突っ込んだ記事を読む癖をつける必要がある。ロシア語の専門家だから、ロシアとせいぜい日本の新聞やテレビを見ればよいというのはおかしい。英語が国際語であり、タイムなど読めるように、またCNNなどを毎日見るようにしておけば、ロシアや日本に対してもより世界的視野から、政治、経済、社会、文化、歴史、科学技術などあらゆる分野の物事を客観的に見ることができるというものだ。私は30歳からタイムをcovet to coverで読み始め、この10年間CNNやBBCもニュースを毎日30分は見るようにしている。ロシアのマスコミも偏見があり、日本の新聞やテレビもそうだということがよく分かる。タイムとCNNは私にとってよい導きの書である。
一般の日本人はロシアのことについてもニュースの1行程度の情報ぐらいしか知らない。我々ロシアの素人専門家は、プロの専門家のやらないような、例えばロシアの大衆文化を研究し、日本の庶民に紹介してゆくためにプロの読み手となったらどうだろう?そうであれば、そのためにこそロシア語の俗語や隠語を極める必要があるのだと思う。今回の課題は、
На пустынном морском пляже одинокий мужчина встречает девушку:
- Скажите, здесь по близости есть милиции? – спрашивает он.
- Да нет здесь никакой милиции – отвечает девушка.
- Тогда раздевайся!
設問1)最終行のраздевайсяを完了体命令形に代える事ができるか?
設問2)訳せ。

Posted by SATOH at 17:33 | Comments [3] | Trackbacks [0]

●新帯研 第5回

学校の英語の先生で英語が話せない先生が相当数いるというが、ロシア語ではどうだろう?会話さえできればよいとは思わないが、ロシア人とまともに会話が出来ない先生は、生徒の信頼や信用を得られまい。少なくとも自分の専門(ロシア語教育論、チェーホフ論など)でロシア人の専門家と丁々発止とロシア語でやりあえないような先生方は生徒の尊敬を得られないだろう。自分ができないものをどうして生徒に教えることができるのだと普通生徒が考えるのではないだろうか。またそのために日々ロシア語を切磋琢磨するような人でないと生徒がついてこないと思う。
Штирлиц выглянул в окно и увидел, что немцы ставят танк на попа. «Бедный пастор Шлаг», - подумал Штирлиц.
設問1)和訳せよ。
設問2)オチを解説せよ。

Posted by SATOH at 17:34 | Comments [3] | Trackbacks [0]

2008年02月13日

●新帯研 第6回

ロシアについてはいろいろ欠点もあるのは周知の事実だが、欠点をあげつらうだけでは意味がない。我々外国人としては過去・現在のロシアについてわが国にはないよいものについて学べばいいのである。私が考えるには、その一つは、多民族国家としての経験である。日本は単民族国家であるが、国際協調の時代他国の人とのあらゆる面での付き合いなしには国が成り立たない。二つ目は、日本でも広がりつつある所得格差である。三つ目は貧乏であるという現実との折り合い(よく言えば精神的ゆとり)ではないかと思う。たんに長生きできればいいということではなく、人間らしく生きがいを持てるかということであろう。ロシア人がこれらに優れているというのではなく、我々と対処の仕方が違うのであり、それがこれからの日本にとって参考になるかもしれないと私は考えているのである。言い訳がましいがロシア人の酒についてだが、回教徒は酒を飲んではいけないので、憂さを晴らすものがない(麻薬はあるが)。そのため過激な行動に走る。だがロシア人には酒があるという話を最近読んだ。今回の課題は、
В магазин заходит мужчина и говорит:
- Дайте мне бутылочку минеральной.
Продавщица:
- С собой?
Покупатель:
- Нет, без вас.
設問1)和訳せよ。オチを別に解説してもよい。

Posted by SATOH at 21:37 | Comments [4] | Trackbacks [0]

2008年02月19日

●新帯研 第7回

どんな簡単に見える参考書でも使い道はある。ロシア語の文例には和訳が施してあるのが普通だから、露文を見ずにその和訳から露訳してみる。全ての文例で同じような訳になればその参考書はその学習者にとって不要だということが分かる。学習者は参考書を露文解釈の面だけから判断していないだろうか?参考書として出版されるものは露文も吟味されているはずだ。一見簡単に見えるからといって、それで参考書を馬鹿にして放置しておくというのはまったくもったいない話だ。今回の課題は、
В кабину пилота врывается террорист:
- Летим в Швецию!
- Нет, в Кушку!
- Почему?!
- Спроси у той бабки с гранатомётом!
設問)和訳せよ。

Posted by SATOH at 18:17 | Comments [3] | Trackbacks [0]

2008年02月24日

●新帯研 第8回

本を一生に1冊ぐらい書くのはだれでもできるということを読んだことがある。その通りであろう。ただ2冊目からが難しい。机につけば自然に筆が(あるいはコンピューターのキーボードが)動き出すというわけにはなかなかいかない。筆者は自転車での散歩中、起きぬけ、床についてから、翻訳中、電車の中でなど、とにかく何か思いついたら語句だけでもよいから書き留めておく。それをその日のうちか翌日、あるいは1週間後でも時間のあるときに文章にしておく。経験から一つの語句から3~5行ぐらいにはなる。こうして書き留めておいたものを書き溜めるわけだ。週に3回ぐらいは自然にそういう風に書くようにしている。1週間ぐらい何もアイデアが出ないことも多いが、万が一のために常住坐臥ボールペンとメモ用紙は手放さないようにしている。
На конкурсе красоты победительницу спрашивают журналисты:
- Что нужно сделать, чтобы победить в таком сложном конкурсе?
- Забыть обо всём и отдаться главным.
設問1)オチが分かるように訳せ。オチを別に説明してもよい。

Posted by SATOH at 08:11 | Comments [3] | Trackbacks [0]

2008年02月27日

●新帯研 第9回

まえに96度のウオッカを騙されて生のまま飲まされた話を書いたが、実は20年ほど前に会社の近くのアキハバラデパートでポーランド産の96度のウオッカを見かけたことがあった。値段は2000円だったと思う。そのときはこんなウオッカを買うような酔狂な人がいるのかなぐらいだったが、そのうちアキハバラデパートもなくなってしまい、ポーランドに行かなければ買えないのかなと寂しく感じていた。飲むためではなく、記念に写真にでも撮っておこうと思ったからだ。ところが最近近くの酒屋さんで日本製ウオッカ2種とともに売っていたのを見つけ懐かしさでつい買ってしまった。ついでに買った日本製ウオッカとともに念願の写真撮影を果たした。Spirytus Rektyfikovany, 96%, 0.5ℓとある。裏の日本語の説明には蒸留を繰り返すこと70数回、純度を極めたポーランド産ウオッカの雄ですと書いてある。さらに太字で、アルコール度数が高いので、火気に注意してくださいとあり、下線も引いてある。ご参考までに一緒に買った日本製ウオッカはニッカのWilkinson VodkaとキリンディスティラリーのNikolai Vodkaである。ウオッカは嫌いなのでロシア人への土産にしようと思う。96度のウオッカは、会社勤めをしていたときなら嫌いな上司へのプレゼントでもよかったが、今は気楽な稼業だし。どうしたものだろう?泥棒が入ったらビンごとお見舞いしようかしらん?今回の課題は、
Самолёт стоит на взлётной полосе. Все в сборе, кроме командира. За полминуты до времени вылета он, запыхавшись, вваливается в кабину и плюхается на своё место:
- Налива... Ой, раздева...! Э-ээ, от винта!
設問1)オチが分かるように和訳せよ。
設問2)読んでいておかしいと思うところがあれば指摘せよ。

Posted by SATOH at 14:40 | Comments [4] | Trackbacks [0]

2008年03月03日

●新帯研 第10回

革命前のロシア商人はいかに顧客をだまして利益を上げるか競いあった。金儲けが目的ではあるが、仲間内での自慢、つまり「奴はやり手だ」という評判を得たいという気持ちが強かった。これは現代でも若い女性の化粧やおしゃれが必ずしも男の子の気を引く為ではなく、仲間内での評判を高めるためだというのと似ている。仲間の批評が一番きつく、それゆえにやりがいがあるからであろう。日本でも第一次世界大戦中には缶詰に入れるものが足りないからか、あるいはサギ目的で中に石を入れて輸出したこともあったという。
- Бабушка, что с тобой?
- Ох, милый, болею.
- За кого? За «Спартак»? За «Динамо»?
設問1) オチが分かるように和訳せよ。

Posted by SATOH at 23:42 | Comments [3] | Trackbacks [0]

2008年03月07日

●新帯研 第11回

司馬遼太郎は好きな作家の一人だが、その文体はいただけない。内容が面白いからいいようなものだが、その文章を暗記する気にはなれない。音読するとバランスが悪く、非常に耳障りだからだ。ただ一つよいと思った文章は、川路初代警視総監がフランス旅行中に、大を催し、我慢できず車内でして、日本の新聞紙に包んで捨てて問題となったことがある。そのとき、確か、「発した」という表現だったが、これはすごいなと思った。
Сын пьяному отцу:
- Папа, а ты в рай не попадёшь?
- Это почему же?
- А когда ты подойдёшь к воротам рая и дыхнешь на апостол Петра, он тебя просто не впустит.
- Когда я отправлюсь в рай, сынок, дышать я уже не буду.
設問1)オチが分かるように和訳せよ。

Posted by SATOH at 14:20 | Comments [1] | Trackbacks [0]

2008年03月09日

●新帯研 第12回

ロシアとビジネスしている商社に勤めていると収入と勉強の一挙両得のように思えるが、やはり腰を落ち着けてロシア語だけを勉強する時間が3年ぐらいは必要ではないかと思う。その期間にこれまでの自分の勉強の成果を整理して、次のステップへどのように勉強を進めるか考えるとよい。今回の課題は、
Уезжает Василий Иванович в штаб. Вызывает Анку:
- Я тебе тут «пояс верности» смастерил. Весь секрет в том, что если в отверстие, которое спереди на «поясе», что-нибудь всунуть, срабатывает механизм и встроенные ножницы автоматически откусывает проникающий предмет. Одевай и носи, пока я не вернусь!
Через неделю врозвращается Василий Иванович. Постороил дивизию, приказал всем оглиться ниже пояса. У всех – обрубки членов, у одного Петьки «красавец» во всю длину.
- Ну, а ты, что-ж, Петька Анку не захотел попробовать?
- А-а-а-а...
設問)オチが分かるように訳せ。

Posted by SATOH at 13:01 | Comments [3] | Trackbacks [0]

2008年03月16日

●新帯研 第13回

20年ほど前モスクワに駐在していたときの事、オフィスにロシア人の若いビジネスマンがやってきた。書類を持ってきてくれたらしく、会社のロシア人秘書が対応した。どうもその若い男の態度が生意気だったらしく、別の女子社員にコソコソ話している。別に立ち聞きしていたわけではないが、最後のところだけ聞こえた。それはОн ещё мальчик!というものだった。Мальчикというのは5歳から12歳頃までの少年だとばっかり思いこんでいたので少々びっくりした。強いて訳せば、「まだボウヤじゃないの」とか、「まだガキのくせいして」となろうか。ちなみにこのお姉さん方は年の頃は30前後だったと思う。
Идет по тротуару девушка, красивая – ужас, ноги от зубов, талия – оса, юбка – мини, балкон, как у Софи Лорен в молодости.
設問1)訳せ。
設問2)идётをходитに代える事は可能か?

Posted by SATOH at 23:47 | Comments [5] | Trackbacks [0]

2008年03月18日

●新帯研 第14回

1年前(2007年3月7日)近所の文房具店で買い物をしていたら、消防署の人が入ってきてトイレを貸してほしいという。どうも町内消防団の設備のチェックで回っているらしい。女の店主は、店にはトイレはないとけんもほろろ。消防士が出てゆこうとすると、彼女は呼び止めて、消防車から葉書が来て、それについて電話したいが電話番号を教えてくれという。書けば1行だが、それを葉書の内容から、なぜそんな葉書が来たのかクドクド5分も話している。自分もトイレは若いときから近いほうだから、このような切羽詰った状況はよくわかる。それなのにこの女は知らん振り。人事ながら腹が立った。きっと自宅を兼ねた店での仕事だから、外でトイレをすることがないのだろう。この消防士は冷静に受け答えをしていたが、頭の中は「ここでだめなら、向かいのコンビニはどうだろう?」などと考えているのでは考えるととおかしくもあり、また気の毒でもあった。何か言ってやろうと口を開きかけた瞬間、電話番号を聞いてこの女も納得したらしく、ようやく消防士を解放した。人に使われたことがない人なのか、とにかく無神経な人は年配の女性にでもいるということに驚いた次第。今回の課題は、
В деревенской школе учитель:
- Ну вот, я объяснил вам, что такое вычитание, теперь слушайте задачу. Я дал сторожу на чай четвертачок, он купил закуски на две копейки, а на пятак выпил. Сколько у него осталось? Петров!
- Восемнадцать копеек, господин учитель.
- Хорошо! А как это действие называется?
- Выпивкой, господин учитель!
設問1)和訳せよ。
設問2) 上から3行目оставалосьとできるか?
設問3)最後の行 Выпивкаとしたら誤りか?

Posted by SATOH at 22:22 | Comments [4] | Trackbacks [0]

2008年03月24日

●新帯研 第15回

高炉(俗に言う溶鉱炉)доменная печьを口語でдомнаというが、エレンブルグの自伝を読んでいたら、彼が1932年Кузнецкий комбинатで働いていたときに、労働者たちが少しでも動かない機械を牛馬のように鞭打ったりしたと書いていた反面(取って代わられるかもしれないという機械に対する本能的恐怖か、大したことはないという侮蔑の表現か?)、Домна Ивановнаやдядя Мартын(мартеновская печь平炉、これは日本にはもうない)と呼んで慈しんでいたという。今回の課題は、
Жена чукчи:
- Почему такие анекдоты ходят про нас?
Чукча: Да потому, что мы вот (стучит по столу).
Жена: Кто там?
Чукча: Сиди, я сам открою.

Posted by SATOH at 16:23 | Comments [1] | Trackbacks [0]

2008年03月29日

●新帯研 第16回

和文露訳をする場合ロシア語としてスムーズかどうかというよりは、内容が原文に忠実かどうかが重要であるのに、日本語を知らないロシア人(知っているといっても程度問題で日常会話はともかく日本語を日本人並みに理解しているロシア人は少ないだろう)に、和文露訳したロシア語をチェックしてもらうと、たしかにロシア語らしくはなるだろうが、原文の意図通りかは大いに心もとない。この点を考慮して、ロシア人のいうことを鵜呑みにするのではなく、再度見直すくらいの気持ちが必要である。今回の課題は、
Штирлиц вышел из подъезда и натолкнулся на сук.
- Шли бы вы домой, девочки, - сказал он им, - война всё-таки.
設問)オチが分かるように和訳せよ。

Posted by SATOH at 17:14 | Comments [1] | Trackbacks [0]

2008年04月06日

●新帯研 第17回

メーカーで依頼される製品のパンフレットпроспектや取扱説明書инструкция по эксплуатацииの和文露訳を、宣伝用のコピーライトと勘違いしている人がいる。翻訳はあくまで正確かどうかであり、日本にいるロシア人にチェックさせると宣伝用のカタログやパンフレットに近いものに書き直させられる事がある。目を引くという観点から、例えば無騒音などと書いているのが、実際はかなりうるさい機械もある。怖いのはこういうロシア人は素人ゆえにクレームという考えがまったくないことである。翻訳を頼むときはクレームということを頭において、少しゴツゴツした訳でもまず正確なものに仕上げるのが大事だというのはいうまでもない。
Совместное советскоамериканское предприятие издаёт на базе «Коммуниста» и «Плейбоя» новый журнал «Член КПСС».
設問1)オチがわかるように和訳せよ。

Posted by SATOH at 13:36 | Comments [4] | Trackbacks [0]

2008年04月11日

●新帯研 第18回

ロシア語を学ぶ目的をロシア人のように自然とロシア語が口をついて出てくるような境地を目指すという風にしてはいけない。赤ん坊のころからロシア人が周りにいてロシア語と日本語がバイリンガルであるというような特殊な環境の人は別にして、早くても20歳前後からロシア語の勉強を始めた人が大半だと思うが、目指すべきは理詰めに文法で、このような場合はこのような表現を使うのが自然であろうと悟得することにある。そうすれば、後進にも感覚ではなく、理詰めで(こういう徴候があればこういうロシア語表現を使うのだとか)、技能の伝承ができるということになる。時間を見つけて、取りあえずは、文法で一番難しいと筆者が思っている体の用法など、どちらの体を使うのか理詰めで考える癖をつけるとよい。つまり露文和訳は単語の意味が分かれば、想像力を働かして和文を作る事はそれほど難しくない。問題は逆の場合である。和文から露文を作るときに、完了体を使うのか、不完了体なのか、複数なのか単数なのかなど、文法がよく分かっていても難しいと思うことが多い。
Третья мировая война. Командир ракетного дивизиона докладывает по рации генералу:
- Товарищ генерал! Как вы и приказали, от города осталось ничего, передаю по буквам: николай, иван, харитон, ульяна, яков! Повторяю: ничего.
設問)オチが分かるように訳せ。

Posted by SATOH at 17:01 | Comments [2] | Trackbacks [0]

2008年04月19日

●新帯研 第19回

Гюгоとその孫Жан Юго(画家)(Эренбург-9-715)でどうしてロシア語表記が違うのかというと、19世紀に発音しない 'h' で始まるフランス人の姓は、Гюго, Гудон(彫刻家), Гавр(都市名)のようにгをつけた。ところが、後により発音に忠実に表記されるようになった。Эредиа(詩人)、Оннегер(作曲家)、Эрриоなどである。今回の課題は、
- Обязательно купите это платье – это же последний крик моды!
- Боюсь, это будет последний крик моего мужа!
設問)オチが分かるように訳せ。

Posted by SATOH at 06:40 | Comments [3] | Trackbacks [0]

2008年04月27日

●新帯研 第20回

人が何を考えているかは誰にも分からない。パラノイアでない限り一つのことに固執する人はあまりいないが、その人を理解しようとして単純なレッテルを貼りたがる傾向がどの人間にもある。ただ逆に、政治家など、あるイメージを抱かせるために、人に自分がどんなタイプの人間かを、故意かそうでないかは別にして、他人に分かりやすい行動をとることはありうる。今回の課題は、
Фоторепортёр показывает другу альбом с фотографиями.
- Вот землетрясение в Японии... Вот ураган на Флориде..Страшный пожар в Чикаго... Моя свадьба...
設問)オチが分かるように訳せ。

Posted by SATOH at 18:53 | Comments [2] | Trackbacks [0]

2008年05月10日

●新帯研 第21回

最近綾小路公麿の本を4冊図書館から借りてきて読んだ。ジョーク関係の本は面白くないのが普通だが、これは語呂合わせの妙もあって、また自分も中高年だからかとても面白かった。彼も自分の才能を信じて長く努力を続けてついに売れっ子になったわけだが、ロシア語についても同様で、ロシア語に対して向き不向きというよりは、物事を続けるというのも才能だから、長く続けられるというのであれば必ず成果は出る。ただ凡人である我々は20年から30年はやらないとものにはならないだろうけど。
У писателя, произведение которого пошло на отзыв Фурцевой, спросили, не боится ли он её.
- Нет, я не боюсь министра культуры, - ответил писатель, - я боюсь культуры министра.
設問)オチが分かるように訳せ。

Posted by SATOH at 14:56 | Comments [2] | Trackbacks [0]

2008年05月22日

●新帯研 第22回

地方での仕事のときに一枚歯の下駄を見つけたので買った。5000円だった。こういう天狗がはくような下駄のあることは古武道で有名な甲野善紀先生の著書で知ってはいたが、なかなか売っていなかった。店主に聞いたら特注品の売れ残りらしい。結構学生でも体の鍛錬(バランスを鍛えるために)買う人がいるとのことである。さっそくはいてみた。立ち上がったときはバランスがとりにくいが、一旦歩き出したら結構スイスイと歩ける。ただ歩幅が小さくなるせいか遅い。婆さんにも抜かれる。もっともトボトボ歩くのが性に合っているのでそれはそれでいい。仕事がないときは毎日30分ぐらいこの下駄で散歩している。最近浅草の仲見世でも見かけた。ちなみに花魁用の下駄は3枚歯のもので25万円で浅草の仲見世で売っていた。興味ある方は一度覗いてみたら?
На устном экзамене в комакадемии Чапаева спрашивают, какие документы выдаются делегатам. Василий Иванович смущённо молчит. Котовский, прикрываясь ладонью, подсказывает:
- Манда-ты!
- А ты, Григорий Иваныч, - вскипает Чапай, - если тебе уши отрезать, и вовсе на хуй будешь похож!
設問)訳せ。オチの訳が難しいようであれば別に解説をつけてもよい。

Posted by SATOH at 21:03 | Comments [1] | Trackbacks [0]

2008年06月09日

●新帯研 第23回

今評判の「カラマゾ-フ兄弟の翻訳をめぐって」(大島一矩、光陽出版社、2008年)を読んだ。基本的にロシア語ができる以上ロシア文学はロシア語読むことにしているので、和訳では読んだことがない。例外はソルジェニーツィンの「収容所列島」で、40年前学生の時に、隠語辞典が手に入らなかったこともあり、これは和訳で読み、後に原語で読んだ。そういう意味で大学者たちの和訳の比較ができる機会を与えてくれた著者には深く感謝したい。5か所ほど自分でもっと調べてみたいなという個所はあるものの、それ以外はなるほどと感心するのみである。これまで大学者たちが「カラマーゾフ兄弟」の和訳をしてきたわけだが、中には同じようなミスをしており、訳を参考にしたのが裏目に出た(124ページ)ように思えるのもある。その中のある翻訳者などは自分の訳に絶対間違いがあるはずがないと豪語していたのだから失笑するばかりである。訳している日本語の文章に引きずられて、語義を正確に露露辞典で確認するのを怠ったのだとしか思えない。完了体の訳がおかしいと著者が指摘したところが2か所(131ページ、337ページ)ある。別にむずかしい用法でもないからどうなっているのだろうと首をかしげざるをえない。著者が誤訳を指摘した箇所は100ほどだが、これは目についたものを挙げただけで、本気で最初から著者がチェックしたらこの何倍も、何十倍も見つかった可能性が高い(もっともそんなチェックに金を出す人はいまいが)。村上春樹氏が新聞に書いていたが、自分の小説はあとで直そうと思ったことはないが、翻訳は何度でも機会があるなら手を入れたい、間違いというのは誰にでもあるからだと書いているのは当然のことだと思うが、立派な見識と思う。ロシア語の大家ですらこうなのだから、自分などはまだまだ精進する必要があるなと心した次第。著者のこつこつとした努力には頭が下がる。大学でなくとも、市井にこういう大ロシア語専門家がいるというだけで心強い限りである。
ドストエーフスキーやチェーホフは日本でもファンが多いが、語学を覚えるのは日常の決まり文句から覚えていくわけで、語学の授業にチェーホフなどの大作家の文章を講読としてやるのはいかがなものか。偉大な作家になればなるほど、独自の表現が多く、ありきたりの語句は使わない。無論語彙がкрылатые слова(名言)になったものは別だが、語彙を多く覚えるためには、露文解釈の教科書には、かえって二流作家の本のテキストを使うほうが分かりやすい。つまり映画化やテレビ化されるような探偵小説などがよいと思う。美しいロシア語が分かるには、あるいは勉強するには、一般的なロシア語が自分の中にできあがってからでよいと思う。今回の課題は、
Двое приятелей разговаривают:
- Моя жена – просто ангел.
- Везёт тебе! Моя ещё жива.
設問)和訳せよ。

Posted by SATOH at 12:37 | Comments [1] | Trackbacks [0]

2008年06月12日

●新帯研 第24回

日本人でロシア語が一番できるのはだれかと問われれば、30年前なら躊躇なく上智大の染谷茂教授を挙げただろう。文法から隠語の知識に至るまでかなう人は今でもいないだろうし、誰からも異存は出ないであろう。ところが現在はとなると、そう簡単ではない。ロシア語ができる人というと、それは大学の先生だと考える人がいるかもしれない。確かに大学の先生や語学学校の先生方は教えるのはプロだが、自分で使うロシア語の能力となると、学校の英語の先生の例でも分かるように会話などでは心もとないという人が多いようだ。ロシア語の能力を仮に4つ、露文和訳、露話通訳、和文露訳、和話露訳に分けて考えてみると、露文和訳についてはロシアソ連文学の翻訳者の諸氏が一番であろう。露話通訳ならプロの通訳の諸氏、和文露訳はあまりいないが、例えば2001年ロシア大使館の河東公使が熊野アキラのペンネームでЗа даль земли. Повесть об Ильеという1993~1994年のロシアを舞台にした小説をロシア語でВагриус社より出版されたという。私は残念ながら読んでいないが、この方などは和文露訳では一番であろう。和話露訳となると、現役のロシア語ガイド、通訳ということになる。これで分かるようにお金をもらうプロでないとその道の一番にはなれないと思う。真剣さが違うし、恥をどれだけかいてきたかというのも実力向上には必須だと思うからだ。ロシア語が一番できるというのを、上記の四つの分野のいずれかと考えるか、あるいは筆者のように4つの総合的な力を評価したいと考えるかは好みによる。別に4つではなく、技術関係、ロシア史とか、文法、ロシア哲学とかなどと細分化して考えればなおのことである。ただロシア語を読む、聴く、話す、書くという能力は基本であり、この一つにでもロシア人と普通にコミュニケーションが取れなければ、プロとしては問題だろうと思う。自分の好きな分野で流暢に話したり読んだりということは5年もロシア語を一生懸命勉強すれば不可能ではない。通訳、翻訳者、語学の先生などのプロは自分の好き嫌いにかかわらず仕事をせねばならないわけで、それに対応できるだけの語学力をつけるには10年では不足だろう。
- Какая страна самая целомудренная?
- Советская Россия, так как она ни с кем не имеет никаких сношений.
設問)オチが分かるように訳せ。

Posted by SATOH at 10:12 | Comments [1] | Trackbacks [1]

2008年06月16日

●新帯研 第25回

詩が現代の歌謡曲にとって代われないのは、歌謡曲には歌詞のほかにメロディーがついており、歌詞の内容が具体的にイメージしやすい(感情的な面で)ということもあるだろう。これは文学が映画やアニメ(漫画)に取って代われたのと軌を同じくする。分かりやすいものへと移行するのは水が低きにつくのと同じである。万葉の歌垣や万葉の歌は庶民のものだが、それとて即興のメロディーがついていたと思う。エセーニンの詩は好きだが、その中でも好きなのは歌になっているКлёнやПисьмо материなどである。メロディーがつくとイメージが固定するというような危惧もあるが、よいメロディーならそれはそれでよいのではないかという気がする。文学や詩を味わうには、想像力が必要ということで、歌にもいい歌、悪い歌というよりは、自分の好みの歌というのがあるのだから、詩はメロディーがないだけ、自由に自分のイメージを膨らませる事ができるはずだ。もっとも常人にはそういう鍛錬が必要だとは思うが。
Из мемуаров старого большевика, изданных в 1970-е годы.
- Помню, идут Ленин с товарищами по Петрограду в октябре 1917 года и обсуждают, когда поднять восстание. Вдруг сзади появляется бровастый мальчуган:
- Двадцать пятого, дяденьки, только двадцать пятого.
- Погоди, - спрашивает Ленин, - а как тебя зовут-то?
- Лёнькой.
設問)オチが分かるように訳せ。

Posted by SATOH at 13:57 | Comments [3] | Trackbacks [0]

2008年06月20日

●新帯研 第26回

20年ほど前モスクワに駐在していたときの事、オフィスにロシア人の若いビジネスマンがやってきた。書類を持ってきてくれたらしく、会社の秘書が対応した。どうもその若い男の態度が生意気だったらしく、別の女子社員にコソコソ話している。別に立ち聞きしていたわけではないが、最後のところだけ聞こえた。それはОн ещё мальчик!というものだった。Мальчикというのは5歳から12歳頃までの少年だとばっかり思いこんでいたので少々びっくりした。強いて訳せば、「まだボウヤじゃないの」とか、「まだガキのくせいして」となろうか。ちなみにこのお姉さん方は年の頃は30前後だったと思う。
«Армянское радио» справшивают:
- В какой геологической период вступил Советский Союз?
- В юрский, но андропогенез уже начался.
設問)オチが分かるように訳せ。

Posted by SATOH at 13:31 | Comments [2] | Trackbacks [0]

2008年06月22日

●新帯研 第27回

1996年か97年カザフスタンのアルマトゥイに駐在していたとき、オフィスの近くに住んでいたマンションに休みの日の朝から電話が鳴った。当社の下の住人からわりに穏やかな声で、天井から水漏れするので急いで来てくれとの事だった。現場までは歩いて5分。水漏れというよりは滝のように水が降ってきている。えらいことになった、トイレから水が漏っているのかと思い、2階のオフィスのドアを開くと天井からこれもまた滝のように水が降ってきている。私の机の上にはノートパソコンが置いてあり、その1メートルぐらい離れた上から水が降ってきているのだ。結局3階の朝鮮系の夫婦(カザフにはスターリンの政策で極東に住んでいた朝鮮系の人たちを第二次世界大戦直前にカザフなどに強制移住させ、今でも50万人ぐらい住んでいるとのことだ)が洗濯機に水を入れたまま外出したせいだと分かった。それにしても考えられないことである。モスクワに住んでいたとき(2002年)も、元旦に天井から水が漏ってきたことがある。これは上の階のポンプの故障らしく、元旦からではついてないと思ったが家主に始末書を書かせたが、その始末書をどうしてもこちらには渡さないという。責任問題になるのがいやだからであろう。もっとも80年代にモスクワのある日本の駐在員の家ではトイレから水が吹き出し、家中水浸しということがあったというから筆者などはましなほうであろう。
Вопрос армянскому радио:
- Хорошо ли в Армении с мясом?
- С мясом хорошо, а вот без мяса совсем плохо.
設問)オチが分かるように和訳せよ。

Posted by SATOH at 14:15 | Comments [2] | Trackbacks [0]

2008年07月02日

●新帯研 第28回

「カラシニコフ自伝」(エレナ・ジョリー聞き書き、朝日新書、2008年)を非常に興味深く読んだ。訳がちょっとおかしいところが若干あり、姓名の力点が無視されていて実際の発音とかなり違うが、フランス語からの和訳なのでそれはそれでやむを得ないと思う。それと「共力作用」という日本語はないと思う。これは「相乗効果」ではないか?そういう細かいことを別にすれば、ロシア関係に興味のある人なら読むことを勧める。カラーシュニコフのライバルのジェクチャリョーフが「鎌と槌」2等記章を受けるくだりで、1等はだれがもらったんだという話になったときに重い沈黙に包まれたという。ナンバーワンは常にスターリンだからだったらしい。カラーシュニコフも最優秀企業家2等勲章をゴルバチョフ時代に授けられた時に果たして1等はだれなのか分からなかったという。同じことが1939年第1回全ソ芸能人コンクールに1位なしの2位でトップになったライキンにもいえる。ずっとユダヤ人だったからだと思っていたが、やはりスターリンのことを考えて審査委員会が遠慮したのだろう。また1964年レーニン賞を受賞するくだりで、「レーニン賞はソ連におけるもっとも栄えある賞の一つで、科学技術や文学、芸術などさまざまな分野の偉大な功績に対して授けられていた。この賞はレーニンの死後、1925年に創設されたものだが、1935年から1957年にかけては誰一人受賞していない。スターリン賞がレーニン賞に代替しためであり、その後、1966年にこのスターリン賞はソビエト連邦国家賞に取って代わられた」とある。まず、医者関係のбайка(馬鹿話)を一つ。
Все ясно, как в морге.          明々白々、霊安室の如し。
Тяжело в лечении, легко в гробу.  治療はつらいが、棺の中では気も軽く。
Нет кремации без реанимации.   集中治療なくして火葬なし。
Врач ошибается однажды, но каждый день. 医者の間違い一度きり、でも日々のこと。
На леченом коне далеко не уедешь.   病気の馬じゃ遠くは行けぬ。
今回の課題は、
Анекдоты про Горбачёва пока в основном идут из среды недовольных алкоголиков.
Пустыня. Зной. В песке зарытый по шею Горбачёв.
- Пить! Пить! – просит он.
Мимо идёт человек. Он поднимает руку, смотрит на часы.
- Рано! Ещё двух часов нет.
設問)訳せ。オチを別に解説してもよい。

Posted by SATOH at 18:34 | Comments [1] | Trackbacks [0]

2008年07月14日

●新帯研 第29回

技術関係のシンポジウムの通訳では当然ながら技術用語が頻出する。これが同じ日本語かと思われるものもある。例えば「サワー環境における応力腐食割れ」сероводородное коррозионное растрескивание под напряжениемというのが、石油掘削関係のパイプ(鉄鋼分野)の技術交渉で使われるが、この日本語を一度聞いただけで意味が分かってすぐ露訳できる人はまずいないだろう。これは硫化水素(今流行りの猛毒のガス)がある環境でパイプに応力がかかって腐食が起き、それによるひび(割れ)のことである。応力というのは物体に力が加えられるとそれに抵抗する力が起こる。これを応力といい、応力より物体にかかる力大きければ物体は破壊される。応力はнапряжениеで、ロシア語では電気用語の「電圧」と同じ形なので、使われる文脈によって和訳を変える必要がある。このようにビジネスロシア語とはいってもその分野の専門用語が分からないとお話にならないわけである。今回の課題は、
Кто может – превышает свои права. Кто не может - качает.
設問)訳せ。

Posted by SATOH at 17:55 | Comments [2] | Trackbacks [0]

2008年07月21日

●新帯研 第30回

通訳をしているとロシア人から「それはこういう意味ですかな」などと、婉曲的に間違いを指摘されることがよくある。ビジネス関係のロシア人はジェントルマンが多いからか、「そんなロシア語は初めて聞いた」とか、「ロシア語ではそうは言わない」などと第三者のいる前で通訳に対して言う事はない。そういう意味で通訳やビジネスでロシア語を使っていると正しいロシア語に触れる機会は多い。前にも書いたが私が恥をかくのは黒帯どころか赤帯だというのはそういう意味である。実戦で恥を多くかいて、それを基に修行を続けていけばロシア語はきっと上達する。書いたものばかりでロシア語を勉強しても、頭の中ではすべて分かったような気になっても実戦で和文露訳が即座には出ない。一方通訳やビジネスなどで和文露訳だけやっても、ロシア語の本を読んでいかないと語彙が増えない。どちらも大切である。今回の課題は、
Одноглазый ведёт за собой группу слепых. Неожиданно он натыкается единственным глазом на сучок дерева и восклицает:
- А чёрт, всё, приехали!
- Здравствуйте, бабушка, здравствуйте, дедушка! – хором говорят слепые.
- Да нет, это я на сук напоролся, - объясняет им первый.
Слепые снова хором:
- Здравстувуйте, девушки!
設問)和訳せよ。オチを別に説明してもよい。

Posted by SATOH at 13:26 | Comments [2] | Trackbacks [0]

2008年07月28日

●新帯研 第31回

ロシア語と日本語の通訳・翻訳には露文和訳と和文露訳がある。露文和訳の例では文脈によっては勘のいい人なら文法を極めなくても、ほぼ一見同じように正しい訳が出てくる場合が多い。ニュアンスを含めての解説をつければ別だろうが、普通はいちいちそういうことをするような閑はない。一通り訳が出来ればそれでよしとしている人も多い。一方和文露訳となると、繰り返しや一般的にこうだというような不完了体を使う文では楽に露訳できても、例示的であるとか順次的用法の完了体を使うような口語的