2006年12月05日

●帯研(第20回)

ロシア語を勉強するには文法を極めようという気持ちが大切であることは論を俟たないが、文法だけでは普通のロシア人が何を言っているのか意味がまったく分からないことがよくある。ロシア人同士の仲間内の話とかそういうことを言っているのではない。文法的には理解できるが、何の話なのか文の意味が皆目つかめないという意味である。ロシア人同士が話していて、それからいざ日本人である私と話すときは、まるでスイッチが切り替わるように分かりやすいロシア語になる。日本語を話す外国人に対しても同じようなことを我々はしているはずだ。これは話の背景にある大衆文化や大衆の一般常識をしらないからであろう。モスクワに駐在する前にも、品川のソ連代表部でもそういう経験を何度もした。そこで映画、歌、宴会での作法も含めて、アネクドートを通じていろいろ調べてきたわけだが、対象が極端に言えば18世紀から2002年ごろまでなので、広すぎてとても一人の手には負えない。そこでインターネットの時代ということを考えて「集合知」を利用するということを考えた。どなたかができれば私と違う分野、あるいは同じ分野でもより深めて背景となる大衆文化を研究してくれないものかと考えたのが、この研究会の趣旨である。アニメ、ジャズ、SFについてはユーラシアブックレットですでに著名な方がすでに筆を取られているが、もっとマイナーな分野を、普通のロシア人を理解するという観点から突き詰めてくれる人がこれからどんどん出てきてくれることを願う。何度も言うがチェーホフやドストエーフスキーだけがロシア研究ではないし、もっと現代(ソ連時代も含めて)の大衆文化(B級文化といってもよい)に目を向ける必要があるのではないか。今回の出題は、
Врач имел привычку, принимая больного, всё время говорить «мы».
- У нас болит живот, и нам очень плохо. Кроме того, мы чихаем. Что же мы должны будем сейчас сделать?
- Я думаю, - заметил больной, - что нам с вами вместе лучше всего пойти к другому врачу.
設問1)和訳せよ。

Posted by SATOH at 2006年12月05日 15:13
コメント

私も、協邦通商時代にロシア人と話をする際にF氏のロシア語はわかりやすいのにS氏のはまるでわからないなどと思った記憶があります。当時はロシア人の知的レベルの差だと思っていました(自分のロシア語の実力がまるでないのは別にして)が、そういうことだったのか、と今更ながら納得しました。

<和訳です>
その医者は、患者を診察する際、常に「私たち」と言う癖があった。
「お腹が痛いし、私たちの症状はあまりよくありませんな。それにクシャミもでますしね。さてどうしたものでしょうかね?」
「思うんですけど」と患者は言った。「一緒に他のお医者さんのところへ行ったほうがいいんじゃないかって」

患者との距離間を縮めようという医者の意図が伝わらないところがミソですね。
コミュニケーションのズレというのは本当にいやになるほどありますね。
代名詞の訳出は必要最小限にとよく言われます。今回の和訳はその工夫をしろというのが出題の意図と考えましたが、私の和訳は大丈夫でしょうか。日本語を書く際に自分だけで納得している個人言語になる傾向があるのでそれを矯正することが今後の課題です。
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代名詞の訳出は最小限というのには賛成です。日本語らしくなるからです。「思うんですけど」というように I thinkを先に訳出すようなテクニックはすごいと思います。同時通訳の初歩ですが、こういう風に溜め込まずに訳のloadを出来るだけ早めに捨てていこうという意識は高く評価します。訳も合格点ですが、お分かりのように、和訳では面白みが出ていません。問題は二つあります。一つはこの小話のオチは日本語にするのがかなり難しいということと、高橋さんがいつものように論理的あるいは経験的推測は正しい(皮肉ではなく頭のいい証拠です)のですが、ロシア語にある「医者のмы」という用法を知らないからではないかと思います。日本語でも幼児に対して医者が「ボク~しようね」というのと同じかと思います。小話はこの医者のмыを皮肉っているのです。けっして小話のためにこの医者だけがмыと言っているわけではありません。私の訳も成功しているとはいえませんが、一応書いてみます。
その医者は病人を診察するときに、たえず「ですね」という言い方をする癖があった。
「おなか痛いですねとか、とても悪いのですねとか。さらにくしゃみ出ますねとか。どうしたらよいでしょうね?」
「私思いますに」と病人が言うには、「一番いいのは、一緒に他のお医者さんに行ったほうがいいでしょうね」
解説)これはロシア語の語法で「医者のмы」といいう用法を皮肉った小話。мы = вы, тыで同情や聞き手の苦労を分かち合うという意識が出る。他に мы = яの例で「皇帝のмы、日本では朕」とかавторское мы という論文の執筆者というのもある。ты = я, они = я, он/она = ты, ты = выというような例があるので研究されてはどうか。

Posted by takahashi at 2006年12月06日 13:05

代名詞も奥が深いですね。мы = вы, тыで同情や聞き手の苦労を分かち合うという意識が出るというの面白いです。注意しながら読んで見たいと思います。ты = я, они = я, он/она = ты, ты = выという例もあるとは・・いきなりこういうのが出てきたら混乱しそうですね。

Posted by takahashi at 2006年12月07日 14:00

たしかに、こんなのを和訳となるとわけがわからなくなってしまいそうですね。なるべく日本人にわかりやすく、ということで代名詞мы を最初に日本語的に説明してみました。

医者は患者を診るとき、いつも「人当たりをよくするためか相手の言うことを自分のことのように言う」くせがあった。

「お腹が痛みますわな。かなり具合悪いですわ。くしゃみも出ますしな。さてと、これからどうしたらいいもんですかな」
「お互い、一緒によその医者に行くのが何よりかと思いますが」
と患者は言った。
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まあその通りなんですが、こうしてしまうと「お互いよほど和訳を考えないと」小話とはならないと思います。会話の部分は私と発想が同じです。トライはしたがそれほど成功していないということでしょうか。今回は医者のмыという用法の紹介ということでご理解願います。

Posted by メイ at 2006年12月07日 17:12


確かに。自分ながらやっていて全然おもしろくないので、こんがらがらないようにするだけで精一杯でした。文化の違いにオチをつけるのは本当に難しいですね。

いっそこんなのはどうでしょう?……(えっ、おもしろくない!!流して下さーい)

「お腹が痛みますやろ。かなりひどいですわ。くしゃみも出るしなぁ。さあて、どうしたもんでっしゃろか」

「ほな、せんせ」と患者は言った。
「せんせも私も、よそのお医者はんで診てもろたら一番ええんとちゃいまっか?」

関西のおばちゃんバージョンでした。失礼しました。
(「せんせ」の最初の「せ」と「よその」の「よ」に力点あり)
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こちらのほうがいいと思います。「せんせも私も」がいかにも作ったという感じがするので、関西弁はよく分かりませんが、「二人して」としてもいいかもしれません。

Posted by メイ at 2006年12月08日 13:36

メイさんの関西バージョンは音読してみるとリズムがあっておもしろかったです。
回答してあとも訳文を何回か練り直してみるのもおもしろそうですね。これだ!というのができれば私も投稿させてもらいまんねん。失礼しやした。

Posted by takahashi at 2006年12月08日 22:30

皆さんに真面目に長々とお付き合い頂きましてありがとうございました。
「二人して」でずっと話が生きてきました。
実は第21回が難しそうなのでここで時間稼ぎをしていただけです。
平にお許しのほどを。 m(_ _)m

Posted by メイ at 2006年12月09日 20:13
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